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ラジオで久々に目頭が熱くなりました。群馬県の助産師さんのお話です。県内の小中学校で命の大切さを子どもたちに伝えたいとがんばっていらっしゃいます。まだ年若い10代の犯罪が報道されます。その方は30年間に1000人ほどの赤ちゃんをとりあげたそうですが、「感動をもって生まれてきた赤ちゃんがわずか10年そこそこで!!、犯罪にまきこまれたり、自ら犯罪を犯してしまう立場に追いやられてしまう」ことはひょっとして、「自分を好きになれない」「自分なんか」という気持に追いやられてしまっていることが(背景に)あるのではないか?とお考えのようです。「命の授業」(と私が勝手に思う)の中で、実物大の3ヶ月の胎児を抱かせたり、胎児の心音を聴かせたりしているとのこと。〔タイトルはその方が出版された本の題名〕実物大の3ヶ月の胎児の大きさって3cm位しかないそうで、そんな小さな胎児がこんなに大きくなったのは、自分が頑張ったからなんだよ!(胎児の心音はすごく速いのですが、)それがそんなに速いのは、大きくなるためにはー生まれるためにはー頑張らないといけないから一生懸命速く打っているんだよ!子どもたちは「生きてていいんだよ」というメッセージを受け取り、自分を肯定的に受け止めるようになる、あるいは「自分が好きになる」子が多いとのことでした。「自分が好きになる→自分を大切にする」「自分を大切にできない人は他人も大切にできない」とも・・・『お母さん一人の力で生まれてきたんじゃない、自分が(生まれたいという)強い意志を持っていたから生まれてきたんだよ!』私も久々に胎児の心音を聴いてーうるうるーしました。。子どもが生まれたときの感動を、昨日のことのように思い出しました。出産してしばらくの間は赤ん坊の泣き声を聞くたび自動的に目が潤んでしまったものです。テレビでみどり児の映像が流れるだけでも・・こんなに愛すべき対象は他には見当たらない、と誰もが思うと思います!!「すべての赤ん坊は愛されるために生まれて来る!」それを社会が全面的に応援するようなシステム・・というのを夢想しています。
2006年04月26日
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農家の生まれですが、野菜を育てることはとても下手で、苗を買ってきてもろくに収穫できたことがありません。今朝のテレビで農業の学校があることを知り、私もいつか入校したい、と思いました。自分で調べてわかることもあるのでしょうが、大勢の仲間と一緒に農業をやる、というのは一人では得られない経験ですよね。そういうのが夢でもあります。ルソーがもっとも自然な職業と呼んだ(記憶です)という農業。地産地消というのが、世界中どこでも可能だといいな、と考えることがあります。現実には難しいですが、可能な限りそれを目指していくことが地球のためにとってもいいことのような・・農業の学校がそこら中にあって、誰でも入れるといいのに、と思います。働きながら学ぶということで、費用がタダ、ということだったらもっといいのですが。
2006年04月21日
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愛国心を教えることが教育に必要である、という方たちからのコメントをたくさんいただきまして、全部のコメントにお返事が書ける力量がありません。たぶん返事になっていないかもしれないと思いますが。私の理解では対立点は愛国心を子どもに教える必要があるかどうかの一点だと考えます。子どもとは未来の社会を担う宝です。未来の社会では、この私たちの住む地球をどう運営して行ったら人類共存の素晴しい道が開けるのか?という問題をクリアしていてもらいたい、と考えています。それを展望する上で、任意の2人の人間を取り出してきたとして、その2人をどの国から選んできたとしても、人間としての垣根はある一定の範囲を除いてはそうそうあるもんじゃない、ところが、国と国との垣根は一人の人間がしゃっちこばってもどうにもならない、ということがあると考えています。国と国とが理解しあえない分、人と人とが理解しあうように努力することは可能で、世界平和は「愛国心」対「愛国心」ではなく、「愛地球心」対「愛地球心」、人類愛対人類愛でないと難しいのでは?と。。
2006年04月16日
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前回の日記で、「国を愛する」人たちが誰も彼も素晴しい人たちなら~と書いてしまったのですが、「国を愛せよ」と言っている人たちが誰も彼も~の間違いでした。というのは、やはり、愛情というものは「自然にわいてくるもの」であり、法律で決めて、「愛するように仕向ける」ものではない、と思うからで。。。人にそれを強制する人たちは素晴しくない、とつい思ってしまいました。強制ではない、という人もいますが、「国旗・国歌」は掲げたり歌ったりの強制はしない、といいつつ成立しましたが、なんのことはない、実質的に強制されています。法律で明記する、というところがミソなのです。明記されたら、いつのまにか、「強制力を伴う」のです。「国を愛する」という言葉をどうしても盛り込みたい人たちは、その内、「国を愛するのは当たり前、愛せないなんていうやつは非国民だ」、と言い出すかもしれません。いや、今でももうそれに近いことが言われています。それがこわいのです。その内、国のやることに文句が言えなくなる。そういう事態が起こらないと誰が保証できるでしょう?何度言っても言い足りないのは、愛情は強制からは生まれない、ということです。(逆に言えば、強制しない方が本当の愛情は生まれやすいのでは?)強制してでも、国を愛させたい人たちは何故、そんな偽者の愛情を欲しがるのか?自分たちの愛情が本物だったらそれでいいので、人に強制することではない、と。「心は自由」です。そのはずですが、今、その「心の自由」まで奪われてしまいそうで不安になります。
2006年04月13日
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教育を考える上で『愛国心が足りないことが問題』、と言う声を耳にします。国を愛するってどういうことなのか???よく、どこそこの国は好きだとか嫌いだとかいいますが、その国の何を見て好きとか、嫌いとか言っているのか考えてみますと、国土とか、人間とか見て言っているのではなく、その国が何をしているか、どういう政策を行っているか?を見て言うことが多いように思います。。わが身を振り返ってみまするにー、自分の国を愛する人は誰も彼もみんな素晴しい人なのかどうか?その答えがYESならためらわずに国を愛すると思います。しかし、その昔、愛国心にあふれた人たちで満ち溢れていた時代、あの戦争を誰もとめることはできませんでした。思うに、『国を愛する』、ということは、とりもなおさず、『その国の政策を愛すること』に容易にすりかえられてしまうものだ、ということではないでしょうか?誰も国のやることに異を唱えられなくなる。国のやる政策を誰でも認めて愛するようになれば、政治をやるものにとって、こんな都合のいい国(国民)はありません。今、日本の国の政策は、万人が愛すべきもの、となっているでしょうか?弱者切捨て、強いものの味方。昔のヒーローものとは逆を行く政策。人間に必要なものは助け合う社会、安心して暮らせる社会だと思うのですが、その社会には背を向けて、儲けられる人はいくらでも儲けてください、という社会をめざしているような国の政策は、少しも愛せないのです。儲ける能力だけが人間の持っている良いところのすべてではありません。いや、その能力は「良いところ」、という評価を下してもいいものかどうか、疑問が残ります。(しかし、現実にはそれが評価される、というか、唯一のものさしであるかのような錯覚がまかりとおっています)。人を愛する気持はよくわかりますが、国を愛する気持はよくわかりません。純粋な愛は強制を求めないものだと思います。
2006年04月10日
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今朝のニュースは少しショッキングでした。広島の被爆桜が、昨年被爆二世の女性や大勢の子どもたちの手によって植えられた被爆桜がなんと、6本も折られていた、というのです。これを見た子どもたちはどう思ったでしょう・・その桜の苗を折る、という行動が理解できません。戦争の記憶、被爆の記憶をよびさましたくない、ということ?何を言いたいのか?そのことによって何を伝えたいのか?確かに被害者の側面だけでは語れない太平洋戦争ですが、それを言いたいのだとはとても思えないし・・・何より、命あるものに危害を加える、という行為も心を傷つけると思いますが、平和への願いをこめた、その心そのものを傷つける行為でもある、ということが悲しい。。。心にもいろいろある、と言う人がいるかもしれませんが、わざわざ、幼い心に悲しみを植えつける必要があるのでしょうか?(いや、幼い心でなくても!)
2006年04月07日
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会社に来るとても笑顔の素敵な男性、なんともう高校生のお子さんがいらっしゃるそうで・・「子どもがあんまり口をきいてくれない」とグチを言ったとか言わなかったとか。10代でお子さんを育てるのは大変だったろうな~とつい余計なことを考えてしまいました。その方は本当にいつも優しい笑顔だし、人柄もとてもよさそうで、しかもハンサム!だし、こんな若くて素敵なパパならお子さんはさぞ鼻高々ではないか?とおもいきや・・・なんでかな~?と考えて、ひょっとしたら、とまたまた余計なことを思いつきました。きっと仕事で一番良い顔を使い果たしているんだ!そうでなきゃいつもあんな笑顔でばかりいられるもんじゃない!!なんていうのは全然ウソでーそんなことはないのでしょうけど、でもいつもいい顔でばかりいられないのは誰でもそうですよね。かくいう私も「笑顔を忘れずに」、と自分に言い聞かせていても、つい眉の間にしわが・・それどころか、ここ3日くらいは会社につくと頭痛が押し寄せてくる、出社拒否状態が続いていました(2日の日曜日一日寝込んでの後遺症?家に帰ると治るのです)。たぶん明日からは完全復活!です(^_^)v。あの青年父ちゃんは、(笑顔は仕事向け、という感じは一切ないのですが)、無理しているのでなければいいが、といらぬ心配までしてしまいました。彼に倣って、仕事だけでなく、ご近所さんにも、家庭でも笑顔を忘れないようにしたいものだとあらためて思いました。(一人でも笑顔の人が増えると社会が明るくなる気がするのです♪)〔写真を娘に貼り付けてもらいました♪自分では何もできないので(>_
2006年04月05日
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印象に残った言葉労働時間が男性より短い働き方しかできない女性は(家事育児があるために)「男性と同じ戦力にはなりえない」「その男性が仕事人間でいられるのは家事育児を一手に担っている女性の存在あってこそ」「日本の男性の労働時間は長すぎる。先進国の中で日本の男性が一番育児休暇をとる率が低い」「大企業と中小企業ではまるで条件が違う。圧倒的に多い中小企業では、そもそも社員に育児休暇を取らせるだけの余裕がない。そんなことをしていたら競争に負けてしまう」「資本主義の社会では、付加価値をより多く提供できる人のほうが重要視されるのは当然」(少し言い回しは違いましたが)「人生の中のたった一ヶ月は長くない。」「気がついたらこどもが育っていた、というのは寂しい」「たった二週間の育児休暇で、実際には何もできなかったけど、そこで考えたことは大きい。やってみて初めてわかることがある」「育児は楽しい。女性だけでなく男性も是非この楽しさ、素晴しさを味わうべき」「男性の仕事人間には後ろに専業主婦がいる。働く女性には専業主婦はいない、自分でその部分を担わなくてはならない。(もともとハンディがあるのだから、それを乗り越えるためには)女性は男性の何倍も多くのことを抱えることになり、(それで育児をあきらめることになるなら)少子化はとめられない」中で、「それは男性の問題でなく、社会の問題だから、社会を変えていこう」という意見があり、「そのために一票があるでしょ」という発言も・・そうだ、社会を変えようよ!と言いたくなりました♪ことに、会社を儲けさせるような仕事だけが重視される世の中では、競争第一の社会では、人間は生きにくいのでは?と思いました。子どもはもちろん、大人も生きにくい社会ではないか?と思います。
2006年04月01日
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