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私より9歳も若い、友人が逝き今日、お通夜の席に参列して驚いたのはお坊さんもいない、よってお経もない、線香もない参列者はお花を手向けるだけだったこと。宗教色のないのは初めてだったので、びっくりして、また感動。。喪主はまだ30歳にも満たない彼女の長女。だいぶ前に離婚されていて、今は娘さん二人だけが残され。10年ぶりくらいに会った二人はびっくりするくらいしっかりしていて。。彼女もそんな成長した二人を見ることができ、安心して旅立てだのかも。と思おう。今回そんな通夜の形、あってもいいんだって、若い、二人に教えていただいた気がしました。私が知らなかっただけなのでしょうが、またまた、私の時は、もしやるなら無宗教で、と今からお願いしておこう、と思いました。心温まる、静かな、良いお通夜でした。若い人の死はつらいですが・・・
2013年07月20日
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という言葉をどこかで見かけましたが、与党への投票こそ、その名にふさわしい、ような・・・もちろん、棄権はいけません!!若い人は特に、政治に期待が持てないという理由で棄権するのはもったいないです。政治を若い世代に振り向かせるチャンス!では・・
2013年07月19日
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いつもコメントを下さるTomさんが、前回のコメントで資本主義でなければ社会主義か共産主義か、と仰るのですが、いや、他のどの方も、大抵の方がそう言われるのですが。そこで、一つ今日は質問してみたいのです。資本主義を否定して、その上に成り立つ理想の社会のはずの社会主義、共産主義はもう過去のもので、歴史的に失敗している。ソ連や中国や北朝鮮が良い例(失敗の)で、あんな恐ろしい社会はごめんだ、ということなのでしょう。(か)ところが、そう仰る方の大部分が、歴史的に本当の意味で社会主義や共産主義の社会が実現したことはない、と片方で仰います。言いたいことは、そういう社会は実現するはずはないし、そういう社会を目指そうという勢力はろくな事をしない、できない、口先だけだ、100歩譲って、良き意図があるかもしれないが、実現度は限りなくゼロに近い。つまるところ、ソ連や中国のような不自由な社会に行き着くのが関の山だ、ということではないかしら。しかし、資本主義でない社会といえば、それ以外ないのでしょうか?ここが一番聞きたいところです。問題は、今の社会を根本から変えたいと思っているか?ちょっと修正したいだけか?資本主義をそのままにしていて別の社会を目指さなくて良いのか?ということではないか?と思うのは、結局、どんな勢力が国会で多数を占めても、経済が資本主義的である限り、←資本主義を前提にする限り企業の利益優先の政治しか得られない、と断ぜざるを得ないからなのです。資本主義のもとでは、個々の企業から利益優先の目標をはぎ取ることは不可能です。できることは昔聞いた言葉ですが良くて「大企業からぼろ儲けのぼろをとるだけ」今はそれすらできなくなっていて、ぼろ儲けの上にぼろ儲けをさせているような状況ではないでしょうか?それでいて企業がつぶれたら雇用も得られないぞ、と脅し、外国へ逃げてしまうぞと脅し。労働者はどんなに賃金が削られても、労働時間が長くなっても、低賃金過ぎて、労働条件が悪すぎて結婚できなくても、代わりはいくらでもいるぞ、と言われ・・・法律さえますます企業よりになり、権利は剥奪され・・・資本主義そのものを問題にすべき時だと思うのは、そういった政治しか、持てなくなっていることに危機感を感じていることもあります。今から資本主義以外の社会を模索した方がいいのでは、と思う次第です。共生主義と名付けたいかも。ブログ仲間(私が勝手に思っているのですが)のマー坊さんのところにヒントがあるような気もしますが・・・
2013年07月14日
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維新という言葉は好きじゃないけど明治維新は肯定的に考えています。坂本龍馬が好きなもので・・時代を前に進めるのか、それとも旧体制にしがみつくのか?その岐路に立っている、としたら、来るべき新しい時代のために何ができるか考えるか?それとも旧態依然として、倒れかけた徳川家をなんとしても守ろうとするのか?倒れかけているのはひょっとしたら資本主義体制そのものなのではないかしら?もう、国家をあげててこ入れしなくちゃにっちもさっちも!いかなくなっているのでは?そんな倒れかけた資本主義なんか、いつまでも後生大事に抱えていなくてもいいのではないかしら?なんちゃって。。経世済民、ということが可能な社会というのを、本気になって考えてみれば、もう、次の時代のことを考える時期に来ている、と思ったりするわけです。取り戻すとしたら、本来の人間社会のあるべき姿。日常が助け合いばかりの社会・・・坂本龍馬が今生きていたら、次の時代を考えていたに違いない、と夢想しています。
2013年07月08日
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ファミリーサポートセンターというのがあるのを知ったのはつい最近のことです。世の中の事情に疎くて、名前だけはもう少し以前から知っていたのですが、自分には何の関係もないものだ、と勝手に思いこんでいました。それが、あ、私がやってもいいんだ、やればできるんだ、と今頃!気がつきこのほど、講習を受けてきました。実際にお子さんを預かることがこれからあるかどうか、わかりませんが、こういう、サポートしたいよ、と考えている人が近くにいるんだ、と、子育て中の近所の方に知っていていただくだけでも、力になれそうな気がしています。ところが、近所にいるよ、と知らせる手だてというのは、実はお話が来てみないことにはわからないわけなのですね。団地に住んでいても、あまりお子さんの声を聞くことがなく、どこにどんなお困りの方がいらっしゃるか、まるでわからない。それもそのはず?団地の中にある育成会も、もう風前の灯火、と言うくらい、お子さんの人数は減っています。いや、実は人数が多いか少ないかにかかわらず、地域のコミュニティが機能していない中では、2~3軒お隣ではもうどんな方がお住まいかわからない、といった状況なのでした。ファミサポに関わっていれば少しはお役に立てるかな?と考えてみたのですが、依頼が来ない限り、あまり今までと変わりなさそうで、ちょっとがっかり?いや、してる場合じゃないです。コミュニティの復活!をどうしたら進めていけるか?考えて行きたいですね。昔は地域社会が子育てしていたのですから。(ファミサポの受け売り♪)
2013年07月03日
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