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というか、正確には間引きという名前ですが・・・ほうれん草の10cmくらいになったものがひしめき合っていたので♪本当の紛うかたなきはじめての間引き、という事で言えば、人参(の葉っぱ)。これを茹でておひたしみたいにすると、芹のようなお味で。芹が大好きな私としては、意外な発見でした。まだ小さい葉っぱがたくさんあって(というより、何故か?未だに大きくなれないだけのことなのですが)、芹のお味がまだまだ楽しめそうです・・・さて、この初収穫?のほうれん草のお味がまた、えもいわれぬ!お味なんですね。感激ものでした。あの小さな粒がこんなに大きくなって・・白菜や大根なんて、もっと小さい種なんですよね。あんなに小さな種が、どうしてこんなに大きく育つのかと(収穫はまだまだ先ですが)、自然の力の偉大さに、ただ心打たれております。人の力なんて、ホントちっぽけなものに思えて来て・・でも、ちっぽけなのは私の力なのであって、人の力が全体としてちっぽけというわけではないのですが。少し、自然に対して謙虚な気持ちが芽生えて来たような気がしています。自然に対して働きかける、そして自然の心?に沿うような形で!人に有用なものを引き出させていただく、という意味で、「労働する」という言葉を使うなら、やはり私は労働して生きていきたい、と今日も考えているのでした。
2013年10月31日
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畑にいると、ときどき、我を忘れている時があります。多分、今までの人生で、夢中になって何かをやったことが少なかったのでしょう。同じ借り仲間?の一人は これやってると「癒されるんだよね~」とうっとりと仰います。忙しい合間を縫っての畑作業はストレス解消なのだそうです。私はそこまでは行きませんが、無心に草をむしっているときなど、「自然と対話」をしているなと感じるようになりました。実は自然の方では、何をするんだ、大事な草を抜いて、と怒っているかも知れませんが・・・そう考えてみるのも楽しかったり。そうしていつの間にか考えているのは母の事だったりします。母もこうして、自然と対話していたのかな?などと。畑作業を楽しく感じるのは人間が自然に持っている力なのか?それとも母の遺伝なのか?などと考えてみるのも、面白かったり。誰しも野良作業をしたいわけではないと思うので、自然に備わった力、とは言えないだろうけど、でも、実際やってみたら楽しかった、という人はひょっとしたら多いかもしれない、ような気もします。(今回初めて鍬を握るなんて方も、楽しそうに畝を作っています。私の3倍くらいのスピードでしかも、めちゃくちゃりっぱな畝を作るので、何十年も?鍬になれていた私としては大ショック。男性だから力はあるし、一般的に道具の扱いは器用な方が多いとは言えるかも。と自ら慰めつつ。)昔は多くは、自然に働きかけて、自然の恵みをいただくのが労働だったと思うのですが、今でも、その労働がなくては人類はやっていけない、ことは確かです。ということは、それが楽しいものだ、という遺伝子はやはり多かれ少なかれ、人という動物にすりこまれているに違いない、とこじつけて、人は自然と対話しつつ生活した方が幸せなのではないかしら?などと、考えています。農作業(他に林業や水産業)だけでなく、科学技術の開発も自然との対話だし、空や海や風や雲との対話もそうだと言われればそうなのですが、それはそれで別個に発展していただいて結構なので、一次産業の方も希望者は誰しも参加できるようだといいな、と。
2013年10月27日
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私の住んでいる市では、市の施設を案内してくれる催しがあり、給食センターや、クリーンセンター、浄水場などを見学できます。随分前に見学した際、クリーンセンターで堆肥をいただいて帰ったことを今回、畑に精を出すにあたり、思い出しました。隣の市では、堆肥の作り方を教えてくれる講習会が年に何回かあり、そのためのキット?を200円とか300円とかの値段で参加者に売ってくれるのだとか。私のところにはなさそうなので、それに参加したいと思ったら、季節的に今はやっていないのですと。つまり、温度が低いと発酵しにくいため、夏場だけの開催だと言われました。そうした堆肥で育った野菜は病気や害虫に強く、消毒しなくても丈夫に育つと聞いたのですが、一年目ではそれは期待すべくもなく・・・何度か消毒されてしまいました・・・こうなったら来年からでも自分で作った堆肥で、などと意気込んでみたものの、手っ取り早く手に入る物はそうそうなさそうです。仕方がないので、穴をほって、落ち葉を集め、あとは生ゴミやら米ぬかを調達して・・等々、考えあぐんでいます。ネットで調べる手もありますし。財政的に考えても、「生ゴミが減って堆肥という資源」になれば♪焼却費が減り、有用物が出来、それが販売できれば支出はへり、収入は増えるということにならないのかしら?そんなに上手く行くならとっくにやってる?のかもしれません。循環型社会をうたうなら、多少経費がかかってもやってみる価値はありますよね。そのうち、市に聞いてみようと思います。
2013年10月21日
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電気自転車を買っていただいたので♪これからは、晴れて!一人で畑に行くことができることになりました。今日は早速勇んで出かけたはいいのですが、坂道を上るのが楽ということを除けば、目的地までにかかる時間はさほど変わりません。(いや、この坂道が実はあまりの楽さ加減に感激しています。)やはり、人様に頼っていたのでは、一人前にはほど遠いというものですね。それでもまだほど遠いって?・・・確かに。そこで、何と一人でスギナと格闘することに。一人では何ほどのこともできないのですが、1時間半ほど、無心になれました。意外と楽しい・・・それにしても、スギナの生命力は驚嘆に値します。少し前に根っこを掘ったはずのところに、もう次の芽が。畑中に根っこが縦横無尽に走っているかんじです。とってもとっても、掘っても掘っても・・あまり深く掘り下げられないので、ムリもないことですが。その生命力、少し分けてもらいたい。調べたら地上に出ている部分を干してお茶にするといいようですが、今度やってみようかな。しつこいようですが。自分一人で行かれる、となると、やはりいっちょまえ、に近づいたという錯覚が起きるわけでして、今はそれでも何か、やったぞ、という達成感を味わうことができ、とりあえず、満足♪しています。ひとのふんどしで相撲を取るという言葉がありますが、大勢の人のふんどしをお借りしている上で、とりあえず一つ、ふんどしをお返しできた、ようなことでしょうか?スギナに負けないように・・・がんばらなくちゃ♪
2013年10月11日
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とは、畑づくりの先輩のお言葉です。まだお百姓さんにはほど遠いながら、基礎の基礎から教えていただかないと、右も左もわかりません。NHKの『やさいの時間』など見ても、ほんとのところ、何がどういいのか、さっぱり。先日白菜の種を植えたところが、隣の畑のと比べると、まるで大きさが違います。聞いてみたら、播いた日はたった3日しか違わない・・何でこんなに育ち具合が違うのでしょうか?と聞いてみても、その方はまるでわからない、と。肥料もそんなにやってないよ、と仰います。少し考えてみたのですが、私たちが(複数でお借りしているので)よかれと思って、馬糞の発酵したものを(下さるところがあり)撒いたのがよくなかったのかな?と思えてきました。まだ発酵途中のものを使うと逆に作物に悪い影響を与えてしまうということがあるとか。たぶん、できたてのものだったような・・それと、お隣の畑では、昨年はそこにネギを作っておられたということで、ネギは土壌改良の有り難い性質を持っているので、それが良い結果をもたらしているのかも・・とはお隣の方のお言葉です。土作りと一言で言っても、いろんな難しい問題があり、一年生の私にはわからないことばかり。一年生だから失敗は許されるよね、と皆で笑って話していますが。毎日行けないので、ちゃんと面倒見られるわけがない、というものです。やるならもう少しきちんと向き合わなくては、と思っていたら、何と!つれあいが!電動の自転車買ってもいいよ♪ですと。現金収入ないのに、今はまだ出て行くばかりなのに、そして、来年から消費税あがる!というのに。節約、節約!です。でも、土と戯れていると、「ホントのひととき」「ホントの人生」という昔の言葉が思い出されてきます。現金収入なくても「生きて」、「働いている」、という実感が持てます。
2013年10月07日
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