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きょうは皆が都合がつかず一人で行動。四十数件を訪問、イラク戦争のこと、県議会のこと、石坂再選を訴えた。どこでも石坂(日本共産党)の評判はいいのだが、県議選まであとわずか、時間がない。「玄関に入ると県議選候補者のパンフレットが置いてある家が多い。「Tさんが来たんですか」と聞くと「パンフレットが入っていたんです。ここにはNさんが来ました」とのこと。他の家でも「N候補が来た」といわれた。先日、我が家にもG候補のパンフが入っていた。個人演説会の日程も決まり、選挙本番となってきた。行動中に二人組みのおじさん(?)とであった。聞いてみるとT候補者の運動員だった。一人はT候補のお父さんだという。「この辺を廻っても無理、みんな石坂だよ」というと「石坂さんは大丈夫だ」などというので定数削減のなかで思い切ってひろげているところだ、などの会話を交わし別れたが、三輪地域の候補者が、吉田を廻っている。今までの選挙とはちがう、激しさを増してきたことを感じる。
2003年03月30日
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赤旗読者ニュース「わら駒」No90を発行。JR長野駅前で行われて街頭演説会での石坂千穂さんの訴え全文を掲載。また(教育委員に推薦された)前島さんの思いを載せました。きょうの支部会議は、一週間後に迫った県議選告示までに活動量を増やすことなどを話し合った。このなかでNさんがMさんのところに行った時の話をした。「公明党が訪ねてきたので“あんた達が与党から抜けたら話を聞いてやる。創価学会は仮にも宗教団体だろう、それが戦争推進とは何事か”といったらすごすごと帰っていった」という。われわれの知らないところで公明党に反撃していた。公明党は、「平和」「福祉」の党などといっていたが国民を裏切り中。反戦、平和を訴える者に対し「利敵行為」などと声高にいう公明党・冬柴幹事長らはまさに戦争推進派。先日閉会した長野市議会では、「医療費が高騰しているなか、社会保険3割負担を凍結する意見書を賛成多数で採択したが、反対したのは公明党だけ。戦争に賛成、福祉切り捨てに対する意見書に反対の公明党には未来を託せない。前島さんの思いを載せた「わら駒」から 二月七日知事室に呼ばれ田中知事から思わぬ言葉教育委員に選任したい。親の会で六年間がんばられた事を長野県教育に生かして欲しい」といわれとまどうばかりでした。知事にご迷惑をおかけしてはいけないと断る理由を幾つか持ち出しましたが、あっさり納得させられてしまいました。 そんな事から始まった長野県教育委員選任人事案は、皆さんも報道等でご存知のとおり否決されました。 この間、誹謗中傷に家族は苦しめられました。八十歳を越える義母は、心臓を患い寒さに苦しんでいる時に、一日中電話のベルが鳴りつづきました。本来なら幸せな老後を過ごしていたはずなのに、孫を亡くし、義父も昨年旅立ち悲しみをこらえる日々でしたので、また寿命を縮ませてしまい申し訳なく思っています。弱者を責めていていいのでしょうか? 嬉しい励ましの電話もたくさんありました。現場で苦しんでいる先生方からでした。「生徒のことを思えば思うほど職場で孤立してしまいます。」「権力に負けまいとしていますがひとりぼっちです。」………悲痛な叫び、なかなか届きません。 文教委員会もそうでした。事前に私の話を聞いて下さった委員(日本共産党・無の会)の皆様には大変感謝していますが、ほかの委員の皆様、当事者の声は聞くべきではないでしょうか?!今後の課題・教訓にして下さい。 今、子供達を取り巻く環境は、大変な状況になっています。 長引く不況で中小業者の皆さんは廃業に追い込まれ、労働者はリストラされ、授業料を払えないため退学していく高校生、勉強時間をさいて新聞配達をして家計を助けている中学生、生まれてからこの間「外食をしたことがない」といっていた中学三年、中学一年、小学五年生の兄弟、中学生時代に恐喝・暴力を振るわれていた生徒が、高校へ入学したら、また加害者がいた「怖くて学校に行けない」いじめを学校に訴えても「君にも問題がある」といわれ不登校になってしまった中学二年生、等たくさんの被害者を私は見てきました。 高校生、大学生の就職難も深刻です。いつも犠牲になるのは弱い立場の子供達です。 立場は、今までどうりですが、こんな子供達を作らないため、世の中の景気回復を願い今後も頑張りたいと思います。 この一か月お騒がせしましたし、ご心配もお掛けし本当に申し訳なく思います。今後のご支援もお願いし、御礼とさせていただきます。
2003年03月28日
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議会事務局の仕事をはじめて約5ヶ月。こんなに忙しいの?と悲鳴をあげている。きのうが議会最終日。24日まで議会で議論された「不公正な同和行政」の質問、と答弁。それに委員会での質疑の内容をテープに起こす仕事に追われていた。議会中に職員の異動が発表されたため、数百人の「赤旗」読者を整理しなければならない。1200人を超える移動人事名簿のなかから選び出し、分類していく作業は思いのほか大変な作業だ。この作業を昨日からはじめ、きょういっぱいかかってしまった。更に、月末までに済ませなければならない集金の仕事が重なっていて、チョト頭に血がのぼってしまっている。血が上っているといえばブッシュだ。平和解決の道を戦争によって断ち切り、罪もないイラクの国民を殺戮している。日増しに強まる反戦の声をよそに、NHKはじめ各放送局は、戦争の実況さながら、まるでゲームの解説でもしているような口調だ。「国際紛争を武力で解決しない」という立派な憲法を持ちながらこれを世界に発信しようとしない各メディアも頭に血が上っているのだろうか?アカデミー賞の受賞者マイケル・ムーア監督は授賞式で、ウソの選挙で選ばれ、ウソの戦争をはじめたと語り「……われわれは戦争に反対する。恥を知れブッシュ」と叫んだと伝えられた。こうした勇気ある発言も出てきた。われわれも叫ぼう「恥を知れコイズミ」「恥を知れフユシバ」。いっせい地方選挙は「平和の党を選ぶか、戦争の党を選ぶか」の闘い。大いに奮闘しよう。
2003年03月26日
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トップページも選挙モードに……。長野市議会はきょう閉会した。3月議会は、同和対策がいかにひどいものかが明らかになった議会として歴史に残る(大袈裟にいえば)ものだった。部落解放同盟の書記長の人物を長野市が社会福祉協議会職員として採用し、隣保館の管理運営に当たらせていた。と言うもので、この書記長は、23年間にわたって補助金から給料を取っていながら、長野市(社協)からも給料を取っているという「二重取り」の実態が明らかになった。こうした長野市の不公正な同和行政が明らかとなった。今後は市民の目線でこれを正してゆくことが求められる。きょう石坂ちほ後援会代表者会議が開かれた。石坂さんは挨拶で、どこに行っても県政に関心が高く、党への評価も良い。それだけに頑張らないといけない。長野市から堀内さんとともに2議席を確保したい、これが無ければ変わり始めた県政を支える事が出来ない、と発言。「足が悪いので、電話で対話を進めているが1000名を超える対話をした。最近は『既に決めている』という人も多くなってきている」とKさん。若槻女性後援会のOさんは「ハンドマイクで宣伝しているが、Nさんから『隣りがS議員の事務所で、地元の人の出入りが激しさを増していることから石坂さんが心配になった、どうしても家の前でハンドマイク宣伝したい』と言われ、S議員事務所前で宣伝した。」と発言。地元のSさんからは「同じ地元のT議員の後援会員が『田中知事が一番信頼しているのはTさんだ』などといって廻っている。」と激しい状況が報告された。Yさんからは「土木、建築業者は、選挙になればI議員に金も出し、事務所に人を派遣していた。そうしないと公共事業の入札にも入れてもらえなかった。今度、入札適正化委員会が出来た事で誰でもが入札に参加できるようになったので、選挙の度に嫌な思いをしなくてすむようになった、共産党には頑張ってもらいたい」という業者の話を紹介した。Yさんによれば、こうした業者が少なくないという。選挙戦ももう終盤となってしまったが、当たり残しの無いようにするには、動く人を増やすこと、活動時間を増やすことだ。悔いを残さない闘いにしなければ……。
2003年03月25日
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今朝、バクダットに巡航ミサイルなど1500発を打ち込んだ。と言うニュースが流されてた。テレビでは、攻撃シーン、炎上シーンしか流されていないが、その中に一般市民が犠牲になっていることは(想像はつくが)報道はしていない。徹底した報道管制が惹かれている為だ。また、従軍記者は、誓約書を書かされた上で制限された報道しか発信できないと言う。きのう行われた街頭演説会で志位委員長は「今度の戦争には根拠がない、アメリカが“ならず者国家”と決め付ければ戦争ができるとなれば、21世紀の世界は無法と恐怖が支配するものとなってしまいます。こんな事を絶対に横行させてはなりません」と訴え「小泉首相はブッシュ大統領の声明をただオウム返ししてスピーカーの役割を果たしている」一国の首相として恥ずかしい。とのべ、今度の地方選挙で「どの党が平和の党で、どの党が戦争推進の党か見きわめて選んでください」と訴えた。
2003年03月24日
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きょう、墓参りのあと須坂まで足を伸ばし、前島さんの原稿をいただきに行った。読者ニュース「わら駒」に載せるために頼んでおいたもので、田中知事に呼ばれ「教育委員に選任したい」と言われ、文教委員会で否決されるまでの間、激励の電話とともに嫌がらせ電話があとをたたなかったことなど思のいが綴られたもの。今回の否決は、「民商の職員だから」なのか「女性じゃないから」なのか「須坂市教育委員会を相手に訴訟を起こしている」からなのか理由がないものだった。県議を入れ替えた後にぜひ選任されてもらいたい。子どもの気持ちが分かる教育委員が一人くらいいて当たり前じゃないだろうか。
2003年03月21日
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きょう、アメリカはイラクを攻撃した。国連安保理による査察の継続と平和的解決を求める国際世論は、全世界に広がる中で、アメリカが求めていた新たな決議案が拒否されると見るや、ブッシュ大統領による「最後通告」を一方的におこない今日ついに爆撃を開始した。小泉首相は、アメリカの攻撃をただちに「支持」を表明している。憲法9条は「…武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と明記している。こうした憲法をも投げ捨てる小泉首相はもはや末期症状ではないのか。今日、イラク戦争No!世界中が声を上げている――いま平和のために集まろう――!の集会が開かれた。1000名が参加し、「戦争反対」のアピールを採択し、長野駅前までデモ行進を行った。今日、こうした内容の抗議文を小泉首相当てにメールした。内閣総理大臣 小泉純一郎殿 アメリカのブッシュ政権は、今日、イギリスと共についにイラクへの攻撃を開始しました。 あなたは「世論は必ずしも正しくない」などと「戦争反対」の声を無視した発言を繰り返していましたが、国連安全保障理事会での「決議案」が支持されない国際世論のなかでブッシュ大統領は「最後通告」なるものを発表しました。あなたは、国民の「戦争反対」の世論を無視して支持を表明しました。 この戦争は、こうした国際世論や国連憲章が規定した平和の国際秩序をも無視した行為で絶対に許すことができません。 この戦争は、イラクの大量破壊兵器問題を平和的に解決する道で断ち切ったものです。国連査察団は、大量破壊兵器の廃棄のためには、「数ヶ月間の査察調査延長」が必要だとの報告を安保理におこないそのための「作業計画」まで提出していました。大量破壊兵器の廃棄に向けた査察は、本格的軌道に乗ろうとしていました。 平和解決の道は開かれていました。この道を武力でもって断ち切るアメリカ政府の行為は、アメリカ政府にとっては大量破壊兵器の課題が目標ではなく、武力によるフセイン政権打倒こそが、本来の最大の目的であったことをあからさまな形で実証したものです。 この無法で、野蛮な戦争を「支持」した小泉内閣と与党である自民党、公明党、新保守の責任も重大であす。この間「戦争反対、平和解決」を求める世論と運動や国連安保理で「査察継続、平和解決」を求めるフランス、ロシア、ドイツ、中国などの態度を「利敵行為」とまでよんで非難し、ひたすらアメリカへの追随と迎合に終始してきました。 「戦争放棄」「武力行使の禁止」を明記した憲法第9条を踏みつけにする小泉内閣や与党の態度は、世界平和の敵対行為であり、平和や人命の尊さを語る資格はありません。イラク戦争に「支持」を表明したあなたに強く抗議すると共に、「支持」の撤回を求めるものです。
2003年03月20日
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きょう3・18は「第56回解放運動無名戦死合葬追悼会」が行われた。きょうは、987名が合葬された。日本青年館で開かれた追悼会の後青山墓地まで葬送行進を行い無名戦死の墓に献花した。合葬者のなかには妻とともに義父(妻の父親)も含まれていた。原さんは「親子で合葬されるなんて珍しい」と残念だなと話していた。結婚するときに2人で原さんを訪ねて家を探していただいた事をことを想い出した。「追悼歌・いのちのかぎり」を中央合唱団が歌ったときには涙が込み上げてきた。この日、ブッシュがイラク攻撃開始を宣言(最後通告)し、48時間以内にフセインが亡命しないかぎり攻撃するというものだ。小泉首相は、ブッシュのイラク攻撃を支持しすると発言するなど一国の総理とも思えない傀儡(かいらい)ぶりを発揮していた。ドイツやフランスは、「1%でも平和的解決の道があるなら追求すべきだ」としているのに比べ日本人として恥ずかしい。武力では何も解決しない、ことは誰の目にも明らかなのだが、何で戦争なのか。
2003年03月18日
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今朝出勤前に電話が、出てみるとご近所のMさんから「きのうみんなでコーヒーを持って葉っぱちゃん(妻の愛称)の墓参りに行って、葉っぱちゃんといっぱい話して早春譜などの歌をいっぱい歌って来ました」とのこと。聞けば車3台で13人もの友だちが墓参りしてくれたとのこと。墓参りに行きたいから場所を教えてほしいと聞かれたが、そんなに大勢で行ってくれたとは、友達って良いなー感謝、感謝。今日午後4時頃、共産党長野県議団控え室で仕事をしているOさんから、今日の文教委員会で、前島さんの教育委員の登用を5:4で否決したとの電話を頂いた。継続審議、廃案が予想されていたが採決されるというニュースも流されていたので、注目していたのだが、残念だった。きのう民商の慰労会のなかでも話題になっていた。教育委員に推薦されている前島さんはみんなよく知っている仲間だ。支部で岡崎城址のお花見の旅行に行った時もみんなが世話になっている、頼まれたら嫌な顔をしないでこつこつと仕事をするまじめな人。文 教 企 業 委 員 会 ●は反対、○は賛成 ▼は委員長 ▲佐 野 功 武(公)●向 山 公 人(信)○池 田 益 男 (F) ○島 田 基 正(む)●高 橋 宏(創) ●平 野 基 成(自) ○佐 藤 友 昭(無)○堀 内 瑛(共)●望 月 雄 内(信) ●森 司 朗(社)※ 所属党派 (創) ・・・ 創新会(自) ・・・ 自民クラブ(F) ・・・ フォーラム改新(信) ・・・ 政信会(社) ・・・ 社会県民連合県議団(共) ・・・ 日本共産党長野県議会議員団(ク) ・・・ 県民クラブ(公) ・・・ 公明党県議団(む) ・・・ 無の会(無) ・・・ 無所属社県連団長(社民党)の浜万亀彦議員は「女性を希望していた」と訳のわからないことを言って前島さんの起用に一番熱心に反対していたように感じていた。社県連は、ダム問題でも建設推進の急先鋒だった。田中知事が再選されると「不信任に反対の立場から採決に加わらなかった」などとあたかも不信任に反対したかのようなポーズで県民をだましつづけている。全く許せない連中だ。
2003年03月14日
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今日は、民商などが中心となって全国一斉に行われる3・13重税反対統一行動の日。民商は、重税に反対し、営業と暮らしを守る活動をしている。今年、年明けから財界をはじめ自民党、公明党などから消費税値上げ発言が盛んに行われているなかこうした統一行動が開かれる意義は大きい。長野民商東部支部に所属している私も、集会には参加できなかったが、集会終了後開かれた慰労会には参加した。ここには長野市会議員の小林よしかずさん、県会議員の石坂千穂さんも参加。大いに盛り上がった。石坂さんからは、変わり始めた県議会のこと、今激しく行われている県議選の情勢などが報告された。小林さんからは、変わり始めた県政が全国の仲間を励まし、勇気を与えている、長野市区からは必ず石坂さんと堀内さんの議席を確保して新しくはじまった県政の流れをさらに進めて頂きたい。今年9月には市会議員選挙も行われる事も紹介され、件政改革のように市民の目線で行政が行われるよう頑張る決意も語られた。
2003年03月13日
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日本共産党長野市議団は、3月7日の代表質問、一般質問で開放同盟書記長を長野市が「社協」職員として採用した形をとりながら、給与を支払い続けていた問題を連日とりあげてきた。今日は野々村議員が一般質問を行い「長野市が支払った給与とは別に、解同に出している2400万円に及ぶ補助金の中から人件費として書記長手当も得ている。これは給料の二重取りではないか」と質したのに対し、補助金の使われ方には関知していないと答えるなど、不公正な同和行政をあきらかにしないし幹部の態度は許せない。3月12日野々村博美議員一般質問への答弁中島保険福祉部長 会計検査に基づき当該職員にいくら支給されていたかについて 市では昨年平成13年度分に関わる団体の会計検査を行いましたが、その中で当該職員の給与がいくら支払われていたかにつきましては、のことはその団体固有のものでありまして、長野市情報公開条例の規定にも該当するものでございますので市で会計検査をして知り得たとしても市の立場として申し上げることはできませんのでご理解をお願い致します。 なおこの事につきましては昨年会計検査で発見されましたので平成14年度からは見直しをするようにし現在は改善されております。 次に、不正取得であり当然変換すべきであるとのご意見でございますが、団体補助金につきましては市からそれぞての団体に包括的に支出したものでその使途につきましてはそれぞれの団体で決定するものであります。会計検査の結果その使途に適正を欠いていたからと言って直ちに返還請求をするということには至らないと考えております。 次に同和研修の講師として講師料は払われていたかとのご質問でありますが、当該職員が市職員研修所からの依頼により講演した講師料は謝礼として支払われる範囲のなかで処理されております。 なお、民間団体等の依頼による講演件数等については実態を把握しておりませんのでご理解をお願い致します。野々村議員の再質問 解同書記長の給与の二重払いと申し上げましたが講師料が払われていたと、社協の職員で、中央隣保館の嘱託職員であったにもかかわらず別枠で講師料まで払われていたと言うことでありますので、三重払いに改めたいと思います。 先ほど市長の方から「これは不正支出ではない」と言うことでありましたが、この方は23年間社協の正規職員として雇用されていながら名簿に載せてこなかった、これは後ろめたかったからあるいは隠さなければならなかった、こういう事になっていたのではなかったのではないでしょうか。20年以上に渡って長野市と社協がぐるみになって隠し続けてきたと言うことは、これはまさに不正支出であると思います。この点について改めてお答えを頂きたいと思います。それから、社協の賃金体系表に基づいて払われていたと言うことですけれども、給料表のどの号俸に当たっていたのかお答えを頂きたいと思います。それから明細表、これはプライバシーと言うことですけれども、税金を使っているわけですから不正支出の疑いがあるわけですから、プライバシーにはならないんでは無いかと思います。鷲澤市長の答弁(時間切れ) 長野市として私が「遺憾であった」と言うことを申し上げた理由として基本的には名簿に入っていなかったと言うことであります。どうしてそうなったのかについて今になって調べるかと言うことははっきり言ってないと言うことであります。昨年の4月の段階でこれを載せるべきであるという論議はあった……。
2003年03月12日
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今日はイラク戦争反対の全国大行動が行われ、長野電鉄桐原駅でNさんと「イラク戦争に反対です」の赤旗号外を配布。あいにく雪降りで、傘をさす通勤客が多いため受け取りはイマイチでしたが、「ご苦労様」と声をかけてゆく人も多く、イラク戦争の行方に関心が高まっている事がうかがえました。今日は長野市議会では、「イラク攻撃に反対を要請する決議」を全会一致で採択されました。今日の一般質問は、伊藤議員が行い、きのうの市長答弁、保健社会部長の答弁について「当該職員(解同の書記長)の給与は何を基準として決めているのか」「平成14年4月から出向を解いたというが、何をしているのか」「今後はどう対処するのか」などを追及しました。保健社会部長は、給与は社協職員規定によって決めたこと。今後の処遇については、社協に戻して仕事をさせる事、などと答えました。聞けば聞くほど解同と長野市の関係の癒着ぶりが明らかになる。給与の二重取りをしている解同の書記長を今度は社協の仕事につかせるとした部長の答弁には呆れ果てた。まだまだ追及の手を緩めず追及していただきたいものだ。あすの一般質問は野々村ひろみ議員。期待できそう。
2003年03月11日
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長野市議会は今日から一般質問が行われた。本会議冒頭、3月7日に行われた原田議員の代表質問に対する「再答弁」という異例の謝罪答弁が行われた。原田質問で、解同書記長を社協として採用し、23年間社協から給料を出し続けていたことなど長野市と解同の癒着ぶりが明らかにされた。この人物は、解同の補助金から書記長としての給料をもらい、さらに長野市から32万円の給料をもらう二重取り(いずれもわれわれの税金から支出)をしていた事になる。鷲澤市長は、「このことを見出せなかったと言うことについては大変私自身不徳の致すところでございます。今日に至ったことは大変遺憾であるというふうに思います。」と謝罪したが、税金を食い物にする解同のこうした犯罪的行為を無くすと同時に不正に受け取っていた給料を返還させるべきではないだろうか。この日行った異例の謝罪答弁は以下のとうりです。中島保険福祉部長3月7日の原田議員の再質問にお答え致します。 当該職員につきましては昭和55年4月に、長野市が若里に同和行政の拠点とする施設として中央隣保館を建設する際、その準備とその後の管理並びに行政と共に同和問題解決のため、長野市の要請に基づきまして昭和54年4月に社会福祉協議会職員として社会福祉協議会で採用を致しました。 その当初から長野市に出向し、市では嘱託職員とし中央隣保館での勤務をしており、平成14年の4月1日に出向を解き現在に至っています。 職員名簿につきましては社会福祉協議会では「採用当初から長野市に出向していたため、職員名簿に掲載せず今日に至っていた」とのことでございます。市の職員録のなかで中央隣保館の欄に記載してないのは、職員録作成に当たっては、館長のみを従来掲載しているものでございます。 何れに致しましても今後、見直すべきところは見直し、是正をして参りたいと考えております。以上でございます鷲澤市長 私からこの度の原田議員のご指摘事項につきまして私の見解を申し上げたいと思います。 私は、今日まで長野市が行ってきた同和行政については、同和団体との協調関係を築いてきたことによって、同和問題の解決に一定の成果があったものと理解をしております。それぞれの時代、それぞれの方々が一番よいと考えてそれぞれの施策を行ってきたというふうに思います。しかし、現時点で振り返った場合に必ずしも適切ではなかった、ということで、大変遺憾な事もあった、こともあると感じております。具体的に申し上げると同和団体に対する補助金の適正な使途、あるいはその監査、どうも不明朗な部分があったと言うようなことについて、また職員の問題についても若干そういう部分があるんではないかと思います。 私も就任以来1年4ヶ月経ちますが、このことを見出せなかったこと言うことについては大変私自身不徳の致すところでございます。今日に至ったことは大変遺憾であるというふうに思います。 何れにしても、これまでの一連の状況のなかで、反省すべき事は反省をし、今後の対応図って参りたいとこういうふうに考えております。以上よろしくお願い致します。
2003年03月10日
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今日は妻の一周忌。菩提寺に預って頂いていたお骨を境内の墓に納めた。
2003年03月08日
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長野市議会はきょう代表質問が行われた。日本共産党を代表して原田のぶゆき議員が行った。このなかで、解同の書記長が、社協から二十数年にわたって給料を取っていることを明らかにした。担当部局からはシドロモドロの答弁が繰り返され、市長は「今はじめて聞きました」と驚きの答弁を行った。日常は、ほとんど解同の仕事をしている、との答弁を引き出した原田議員からは、「この人物は、どこを探しても社協の名簿には載っていない」ことも明らかにし、解同と市幹部との癒着ぶりが明らかになった。長野県が同和対策予算を補助金、委託料、営農指導、経営指導などの名目で出していたものを来年度で終わらせる事を明らかにしているが、長野市は県が予算を減らした分をカバーする形で予算付けしているなど、解同との癒着ぶりが際立っていた。こうしたなかで明らかになった今回の問題は更に追及していただきたい。そして解同との醜い癒着を一掃してもらいた。
2003年03月07日
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「小面」に挑戦=能面製作過程をアップしました。こちらもご覧下さい。先日書いた「日記」にNさんから「合い言葉は、7月5日を忘れない!」と言う書き込みがありました。忙しいNさんが長々と引用した「わら駒日記」を読んでくれたのにはチョッと恐れ入っています。それにしても社会県民連合(社民党)竹内久幸議員にはみんな頭にきているんだなーと改めて思う。先日、「浅川ダム建設阻止協議会」が目的を果たし改称し「浅川・千曲川治水対策会議」を新たに立ち上げた。この会は、個人が自由に参加し、治水のあり方などの意見交換をして行こうと言うもので大いに期待をしたい。この会議のなかでも、竹内県議が「長野市民新聞」紙上で「知事不信任反対の立場から採択に加わらなかった」発言は許せないと、話題になった。「社民党(社会県民連合と竹内久幸議員)のとった態度が許せない」と言うものでした。「反対であればなぜ議場で反対票を投じなかったのか、社会県民連合が反対していればあの不信任は成立していなかった可能性もあった」「浅川ダム推進と知事降ろしにもっとも熱心だったのは竹内議員だ」などの意見が出された。会としても竹内議員に対して「公開質問状」を出してこのことをただそうと言う事になった。県議選直前の県議会では、ヤジ・不規則発言をしているのは不出馬を表明した議員だけと言う話も聞いた。再選を果たすためにしばらくは野次らないで静かにしているというところだろうか。「7月5日を忘れない!」を合い言葉に強力な日本共産党県議団をつくりましょう。
2003年03月05日
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今日、党東部ブロックの県政学習会があった。講師は長野県委員会書記長の山口さん。「県財政の破綻は目前」だったとして、旧吉村県政時代につくられた1兆6000億円の借金で、毎日1億3000万円の利息を支払っている、こと。また、税収の落ち込みについても説明。この中で、建設業者が「田中知事になったから不況が進行した」と言っていることについても「税収の落ち込みのトップは電機関連企業で昨年度130億円のものが30億円と約100億円の税収の落ち込みだ」として、小泉不況のなかでの税収落ち込みであることを明らかにしました。そして、田中知事が取り組んでいる「財政再建プログラム」がなければ「財政再建団体(自治体の倒産)」となり、国の管理下に置かれ30人学級を始め医療、福祉予算は削られ、公共料金の値上げなど県民生活が破壊されてしまう、と財政再建団体となった愛知県赤池町で行われた、公共料金軒並み25%値上げされた例も紹介。無駄な公共事業の付けが如何に県民を苦しめ、住民自治というものがなくなってしまうかを思い知らされました。田中知事が進めようとしている方向は、借金を返しながらも県民要求にはできる限り応えてゆく方向を示し、ムダな公共事業を減らすことで節約できるとしている点に確信が持てた学習会となりました。吉村知事の下で湯水のように使っていた公共事業費に「待った」をかけた共産党などに対し「有利な起債(借金)」だとしてあとで国から交付金で戻ってくるなどとごまかしていましたが、「有利な起債などといっているのは長野県だけ」と感想を漏らした県幹部の話を紹介しながら、吉村県政とそれを支えてきたオール与党だった共産党以外の県会議員を告発しました。
2003年03月04日
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先週の金曜日、長野県議会各派の代表質問が終わった。代表質問が終わったこの日の知事の記者会見をnetで見た。記者から「県議会は変わったと思うか」と問われ「……社会県民連合の竹内久幸議員は、確か答申取りまとめのときに、委員会で「脱ダム宣言の高い理念に立って……」について削除を求められた。社会民主党のチラシには『ダムによらない治水対策を』とはっきり書いてある。浅川総合治水対策連絡協議会には石田治一郎さん、竹内久幸さん鈴木清さんなど5人の県会議員ダム推進会議にが参加している。こうなりますとどれを信じていいのか。ヤジ不規則発言がなくなれば、変わったといえるのか。表層に現れたことだけでは内層、深層というものは分からない。不信任に賛成した方々も、不信任には賛成だが時期尚早だとして退席なさった事が、このことの正しさが証明された」としている。「どのように変わったのか。変わらないところはどこなのかをはっきりして頂きたい。」「そういう意味で、りメンバー?July5 についてどう思われるか。何も変わっていないと思う」チョッと長々引用したましたが、社会県民連合の竹内久幸議員に対し怒り心頭というところだろうか。「わら駒日記」――T議員のこと――をご覧ください。【参照】2002.7.5竹内久幸議員の質問と休憩動議部分の抜粋(ちょっと長いけれど)小市土木部長 お答えいたします。 基本高水450トンにつきましては現在県として検討した基本高水でございます。 その基本高水をもって整備計画を策定して国に対して認可申請していくということでございます。基本高水の検証につきましては、今知事から話がございましたが流量観測等を通じて、そのバロメーター等の検証をするということでございますが、それなりの期間が必要と考えております。それから嵩上げの件でございますが、場所によりましてかなり開きがございますが、概ね10センチから30数センチ内外というように事務所の方から聞いております。細かいことにつきましては、これからの精査でございます。以上でございます。竹内質問再質問致します。流量調査10年というのは、いわゆるそれまでの間、全体の概要というものが具体的に住民の皆様に納得のゆく施策というものは出ないと私は思います。特にこの枠組み案、それぞれ段階によってやっておりますけれども一番初めの基本は入り口の論議の中でこれがはたして認可になるのかどうか、国が認めるのかどうかということの検証が必要だろうと私は思います。責任者としてそういうことを前提とした中で物事を判断して議会に提案すことが最低限の責務であると私は思っています。であるならば、市町村の皆さんの不安、住民の皆様の不安それぞれ財政的な検証を行う、或いは国の認可はどうなるのか。或いは流量調査した結果その後また変更になるというような過程の中で、今回の枠組み案というものが実現可能なのかどうか、このことが一番の今の焦点になっているんだと思っております。その前提を踏まえまして、まず、知事にお伺いしたいのは、では財政的試算は今後行うとしていますが、どの位お金が多額にかかってもこの枠組み案という考え方で実施するのかどうか、この点について改めて確認しておきないと思います。田中知事答弁お答え申し上げます・昨日、申し上げました枠組み案をさらに詳細につめ国の認可が得られるよう努力してまいります。ご質問に関しましては、ご質問の通りでございます。竹内質問 昨日の小林議員のご質問の中で1000億という様な試算も出されました。 これは現実的に実現可能なのであるかどうかということもあるんですが、それではお聞きしますがお金がかかった場合に何年かけて整備して行くのかどうか、その点について質問致します。田中知事答弁 お答え申し上げます。 私どもは出来るだけ効率的なそして、速やかな成果が得られるよう手法に関してもさらに国と相談しながら努力を重ねます。竹内質問 検討委員会に私も参加しましたが、いずれにしても事は重要な問題であるだけに、財政的な試算、財政ワーキンググループなども作りましてですね、そのことを同時に検証しながらどう考えて行くのか判断してまいりました。その意味で今回出された枠組み案につきましても、議会に基本的に概算であっても、その主な財政的見通し示すべきですし、どの位の時間がかかるのか、流域の皆さんに整備の手法について示す必要があると。基本的な枠組み案というものは、やはり、まず国の認可に耐えうるものであるかどうか。補助金の返還はしなくても良いものであるかどうか。そういう事も含めて県政全般への影響を考えながら、提案するのが私はスジだと思っております。その意味でなぜそういう提案がされなかったのか、もう一度確認させて頂いて質問させて頂きたいと思います。田中知事答弁 これは既に昨日もですね、価値観の異なる多数の委員から構成される委員会の限界と答申がいみじくもこうした困難さというものを乗り越えてですね、そして、私どもの治水に関しての考え方、河川の整備に関しての考え方をキチント国に伝えて相談申し上げながら認可を頂くために、まず私どもの枠組みというものを、県民の代表であられる議員の方々が集う議会の場で表明した訳でございます。竹内質問動議どうぞ質問の途中でごさいますが、お許し頂きましたので、動議を申し上げたいと思います。先ほどらい私が申し上げております事は、例えば何時までに対処するお考えを持っておられるか概要でもお示しいただきたい。と同時に、知事の示した中身というものは枠組み案でございます。枠組み案であっても中身ととして、それが例えば450の基本高水を途中で変更するようなことを本会議でしゃべりました。それに対する具体的に将来変更することも含めた基本高水の考え方について、まず入り口の段階で国の認可になるのかどうか。このことも大きなポイントだと思います。そのことをなぜ確かめずに提案したのか。そのことをキチット国土交通省に電話でも結構ですので確認してもらいたい答弁頂きたいということが一つでございます。それから財政問題について、財政問題につきましては、大変今後の県政運営を語る上で極めて重要な課題でございます。治水に限らず財政運営ということに関わる問題でございます。その意味で27橋梁というものを出した数字がある訳ですから、遊水池や嵩上げ引き提に関わる費用というものを概算で結構でございまので、出して頂かないと審議が出来ないと思います。そのために明確な答弁を頂かけますよう、審議が出来ませんので、議長のところで休憩をおはかり頂きますように動議を申し上げたいと思います。よろしくお願い致します。議長ただいま竹内議員から休憩の動議が提出されました。この場合の動議の提出は、会議規則第85条の規程により、提出者の外5人以上の賛同を必要とします。よって提出者をのぞき本動議の提出に賛同の議員の起立を求めます。賛成5人以上でありますので動議は成立致しました。竹内議員の動議を議題と致します。本動議を採決致します。本動議に賛成の議員の起立を求めます。起立多数であります、よって本動議は可決されました。暫時、休憩致します。約2時間休憩議長休憩前に引き続き会議を開きます。このさい、田中知事から発言を求められておりますので、これを許可致します。田中知事答弁 先ほどのご質問に関しました3点ご質問があったというふうに認識を致しております。この点に関しまして順を追ってお答え申し上げます。 まず、いつまでに対処するのか時期を示すことという点であろうかと思われます。去る6月定例会の提案説明で、答申を尊重する旨を申し上げましたところ、より具体性をとのご意見も伺いましたので、昨日現時点においてお示しできる浅川及び砥川の治水・利水についての枠組みについてご説明申し上げました。長野県はこれにもとずき具体案を作成し、国との協議を重ね市・町、流域住民の皆様にご説明をしご理解を得て出来る限り早期に河川整備計画を策定するなど具体的な対策の着手に向けて努力を重ねてまいります。 二番目と致しまして基本高水の変更の可能性がある旨答弁をしたと思われるが、将来変更の可能性のある状況下で国の認可が得られるかどうか、国に対して確認することという点であろうかと思われます。この点に関しまして基本高水を変更する可能性は流量データの蓄積などにより合理的理由が生じた時に行うことを意味しております。河川整備計画の認可にかかわる国の見解は、これまで検討委員会での求めにも応じて複数回に渡って確認をして来ておりまして、検討委員会へもその都度ご報告をしてきております。これによりますと国の見解は県から河川整備計画の具体案が提出されて後の判断とのことであります。本日、議会のお求めに応じ土木部長の小市から国土交通省河川局治水課の田村秀夫企画専門官に対し再度この点を電話で確認申し上げましたが、国の見解には変わりはございませんでした。 第三点目と致しまして、浅川では27橋の架け替え遊水池が必要だと答弁をしたが概算の費用を示すことという点であろうかと思われます。河川改修部分については、昨日土木部長から取り急ぎ求めた概ねの額をお示し致しました。流域対策部分については森林整備、遊水池、調整池、各戸貯留施設、公共施設での貯留、水田の活用、ため池の活用、或いは下水道の整備、浸透性の舗装など様々な手法がございます。これらの手法の中から組合せ効果や整備量を数値化する努力も行い総合的に基本高水の約2割を担保しようとするものでございまして、整備手法、或いは効果予測など検討がさらに必要でございます。従いまして財政試算については今後具体案を策定するなかで、所要額を積算してまいりますので現時点でお示しすることが出来なくなっております。竹内質問 まず、いつまでにということについて具体的な目標値がなかった訳でございますが、なぜ具体的な目標値が示せないのか、その点について改めて知事にお尋ね致します。 それから国土交通省の認可にかかわる課題について、私が申し上げたのは基本高水が将来に渡って変更が伴うということが既に述べられている訳でございまして、その場合にそれを言わないで例えば国土交通省に認可を求めたとしても、もしそれを国土交通省が知っていれば、どういうことになるのかなと不安を抱いて質問をした訳でございます。しかし、河川整備計画が実際に出なければ国土交通省として判断が出来ないという回答であったということでございますので、その点も含めて私も個人的にも或いは議員としても今議会中に国土交通省に確認することも検討しなければならないのかなと、いうことだけこの場で申し上げておきたいと思います。 財政試算の問題でございますが、私具体的に申し上げましたの遊水池、或いは引き提、それに対するものが、橋梁27の数字が出ているということは試算ができるではないかということで申し上げた訳でございます。この点について改めて土木部長に、これまで試算をしたのかしてないのか、その点について金額についてですね概算について再度質問をさせて頂きます……。「7月5日を忘れない!」
2003年03月02日
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槙村浩(本名 吉田豊道)1912年高知市生まれ。少年の頃から神童とよばれたひと。<3・1独立運動>1919年、日本帝国主義の植民地支配からの独立を求めた朝鮮人民の民族独立運動。同年3月1日、パゴタ公園(ソウル)で開かれた集会で独立宣言書が読み上げられ、集まった市民が「独立万歳」を叫びながら街頭へ。民衆も合流して大規模なデモとなりました。これがきっかけとなって全国で3ヶ月にわたる独立闘争がくりひろげられ、のべ二百万人が参加しました。日本の天皇制政府は、軍隊まで動員して徹底した弾圧を加え8000人近い犠牲者を出しました。自然発生的な闘争にとどまりましたが、その後の全民族的な抗日運動、民族解放闘争の出発点となる意義をもちました。(「しんぶん赤旗」2003・3・1「なんだっけ」から)1922年(10歳)久邇宮朝融王(昭和天皇の義兄)が高知に来た際、御前講義をした。久邇宮より「アレキサンダーについて述べよ」ときかれると「アレキサンダーといっても何人もいる、どのアレキサンダーか」と聞き返したと言う。また文部次官から「何か書け」といわれ即座に「支那論」を書いた。と言う天才。1927年(15歳)マルクスの「資本論」を読みはじめ図書館では社会主義の本を読んでいた。1931年(19歳)プロレタリア作家同盟新人賞。長詩「間島パルチザンの歌」を作る。1932年(20歳)「間島パルチザンの歌」を発表。<1932・3・1> 関東軍、満州事変を引き起こして、これを契機に清朝の廃帝・溥儀を迎え、満州国の独立を宣言する。満州国は人口約3000万、黒竜江省ほか四省にまたがり、日本人が実権を握る傀儡国家であった。(「きょうは何の日」から)間島パルチザンの歌は、1931年、野蛮な日本侵略軍との間に起こった抗日闘争の記事が「無産者新聞」に報道されたのを読んだ槙村浩が詩情を激発されて創作したもの。1936年(24歳)7月不審尋問で検挙、杉並署に抑留。高知への護送中脱走。12月、高知の「日本人民戦線事件」で検挙。高知警察に抑留。1937年(25歳)重症のため釈放。1938年(26歳)9月3日死亡。間島パルチザンの歌 思いではおれを故郷ヘ運ぶ白頭の嶺を越え、唐松の林を越え蘆(あし)の根の黒く凍る沼のかなた赫(あか)ちゃけた地肌に黝(くろ)ずんだ小屋の続くところ高麗雉子(こうらいきじ)が谷に鳴く咸鏡(かんきょう)の村よ雪溶けの小径を踏んでチゲを負い、枯葉を集めに 姉と登った裏山の楢林よ山番に追われて石ころ道を駆け下りるふたりの肩に背負縄はいかにきびしく食い入ったか吹く風はいかに血ごりを凍らせたか雲は南にちぎれ熱風は田のくろに流れる山から山に雨乞(ごい)いに行く村びとの中に父のかついだ鍬先を凝視(みつ)めながら眩暈(めまい)のする空腹をこらえて姉と手をつないで越えて行ったあの長い坂道よえぞ柳の煙(けむ)る書堂の陰(かげ)に胸を病み、都から帰ってきたわかものの話は少年のおれたちにどんなに楽しかったかわかものは熱するとすぐ咳をしたはげしく咳入りながら彼はツァールの暗いロシアを語ったクレムリンに燻(くす)った爆弾とネヴァ河の霧に流れた血しぶきと雪を踏んでシベリヤに行く囚人の群れとそして十月の朝早く津波のように街に雪崩(なだれ)れた民衆のどよめきをモスコーの空高く鎌と槌の赤旗が翻(ひるがえ)ったその日のことを話し止んで口笛を吹く彼の横顔には痛々しい紅潮が流れ血がチョゴリの袖を真っ赤に染めた崔先生とよばれたその若者はあのすさまじいどよめきが朝鮮をゆるがした春を見ずに灰色の雪空に希望を投げて故郷の書堂に逝っただが、自由の国ロシアの話はいかに深いあこがれとともに、おれの胸に沁(し)み入ったかおれは北の空に響くすばらしい轍(わだち)の音を聞き祖国を持たぬおれたちの暗い植民地の生活を思ったおお蔑(さげ)すまれ、不具(かたわ)にまで傷つけられた民族の誇りと声なき無数の苦悩を載せる故国の土地!そのお前の土を飢えたお前の子らが若い屈辱と憤懣(ふんまん)をこめて嚥み下すとき-お前の温かい胸から無理強いにもぎ取られたお前の子らがうなだれ、押し黙って国境を越えて行くとき――お前の土のどん底から二千万の民衆を揺り動かす憤激(ふんげき)の溶岩を思え!おお三月一日民衆の血潮が胸を搏(う)つおれたちのどのひとりが無限の憎悪を一瞬にたたきつけたおれたちのどのひとりが一九一九年3月1日を忘れようぞ!その日「大韓独立万歳!」の声は全土をゆるがし踏み躙られた日章旗に代えて母国の旗は家々の戸ごとに翻(ひるがえ)った胸に迫る熱い涙をもっておれはその日を思い出す!反抗のどよめきは故郷の村にまで伝わり自由の歌は咸鏡(かんきょう)の峰々に 谺(こだま)したおお、山から山、谷から谷に溢れ出た虐(しいた)げられたものらの無数の列よ!先頭に旗をかざしてすすむ若者と胸いっぱい万歳をはるかの屋根に呼び交わす老人と目に涙を浮かべて古い民衆の謡う女らと草の根を噛りながら、腹の底から嬉しさに歓呼の声を振りしぼる少年たち!赫土(あかつち)の崩れる峠の上で声を涸らして父母と姉弟が叫びながら、こみ上げてくる熱いもに我知らず流した涙をおれは決して忘れない!おお、俺たちの自由の歓 びはあまりにも短かった!夕暮れおれは地平の涯に煙を揚げて突き進んでくる黒い塊(かたまり)を見た悪魔のように狼煙(のろし)を投げ、村々を焔(ほのほ)の波に浸しながら、歓声をあげて突貫する日本騎馬隊をだが焼け崩れる部落の家々も丘から丘に炸裂する銃弾の音も、おれたちにとって何であろうおれたちは咸鏡の男と女搾取者への反抗に歴史を綴ったこの故郷の名にかけて全韓に狼煙(のろし)を揚げたいくたびかの蜂起に血を滴らせたこの故郷の土にかけて首をうなだれ、おめおめと陣地を敵に渡せようか旗を捲(ま)き、地に伏す者は誰だ?故郷を捨て、敵の蹄鉄(ていてつ)」に故郷を委(まか)せようとするのはどいつだ?よし、焔(ほのほ)がおれたちを包もうとよし、銃剣を構えた騎馬隊が野獣のようにおれ達に襲いかかろうとおれたちは高く頭を上げ昂然(ふんぜん)と胸を張って怒涛のように峰を揺るがす万歳を叫ぼう!おれたちが陣地を棄てず、おれたちの歓声が響くところ「暴圧の雲光を覆(おお)う」朝鮮の片隅におれたたちの故郷は生きおれたちの民族の血は脈々と搏(う)つおれたちは咸鏡の男と女!おお血の三月-その日を限りとして父母と姉におれは永久に訳(わか)れた砲弾に崩れた砂の中に見失った三人の姿を白衣を血に染めて野に倒れた村びとの間に紅松へ逆さにかかった屍(しかばね)の間に銃剣と騎馬隊に隠れながら夜も昼もおれは探し歩いたあわれな故国よ!お前の上に立ちさまよう屍臭(ししゅう)はあまりにも傷々しい銃剣に蜂の巣のように突き刺され、生きながら火中に投げ込まれた男たち!強姦され、肉を刳(けず)られ、臓腑(ぞうふ)まで引きずり出された女たち!石ころを手にしたまま絞め殺された老人ら!小さい手に母国の旗を握りしめて俯伏した子どもたち!おお君ら、先がけて解放の戦さに斃(たお)れた一万五千の同志らの棺(ひつぎ)にも蔵(おさ)められず、腐死(ふし)を兀鷹(はげたか)の餌食(えじき)に曝(さら)す躯(むくろ)の上を 荒れすさんだ村々の上を茫々たる杉松の密林に身を潜(ひそ)める火田民(かでんみん)の上を北鮮の曠野に萌える野の草の薫りを籠めて吹け! 春風よ!夜中(よじゅう)山はぼうぼうと燃え火田を囲む群落の上を、鳥は群れを乱して散った朝おれは夜明けの空に渦(うず)を描いて北に飛ぶ鶴を見たツルチュクの林を分け欝蒼(うつそう)たる樹海を越えて国境へ――火のように紅い雲の波を貫いて、真直ぐに飛んで行くもの!その故国に帰る白い列におれ、十二の少年の胸は躍(おど)った熱し、咳き込みながら崔先生の語った自由の国へ春風に翼(つばさ)を搏(う)たせ歓びの声をはるかに揚げていま楽しい旅をゆくもの!おれは頬を火照(ほてら)し手をあげて鶴に応えたその十三年前の感激をおれは今なまなましく想い出す氷塊が河床に砕ける早春の豆満江を渡り国境を越えてはや十三年苦い闘争と試練の時期をおれは長白の平で過ごした気まぐれな「時」はおれをロシアから隔て厳(いかめ)しい生活の鎖は間島(かんとう)におれを繋(つな)いだだが、かつてロシアを見ず生まれてロシアの土を踏まなかったことを、おれは決して悔いないいまおれの棲(す)むは第二のロシア民族の壇を撤したソヴェート聞け! 銃を手に深夜結氷を越えた海蘭(ハイラン)の河瀬の音に密林に夜襲の声を谺した汪清(ワンシン)の樹々のひとつひとつに血ぬられた苦難と建設の譚(ものがたり)を!」風よ、憤懣(ふんまん)の響きを籠めて白頭から雪崩れてこい!濤(なみ)よ、激憤の沫(しぶ)きを揚げて豆満江に迸(ほとばし)れ!おお、日章旗を飜(ひるがえ)す強盗ども!父母と姉と同志の血を地に灑(そそ)ぎ故国からおれを追い今剣をかざして間島に迫る日本の兵匪!おお、お前らの前におれたちがまた屈従せねばならぬと言うのかふてぶてしい強盗どもを待遇する途をおれたちが知らぬというのか春は音を立てて川瀬に流れ風は木犀(もくせい)の香を伝えてくる露を帯びた芝草に車座になりおれたちはいま送られた素晴らしいビラを読み上げるそれは国境を越えて解放のために闘う同志の声撃鉄を前に、悠然と階級の赤旗を揚げるプロレタリアートの叫び「在満日本革命兵士委員会」の檄!ビラをポケットにおれたちはまた銃を取って忍んで行こう雪溶けのせせらぎはおれたちの進軍を伝え見覚えのある合歓の林は喜んでおれたちを迎えるだろうやつら! 蒼ざめた執政の蔭に購われた歓声を揚げるなら揚げるがいい疲れ切った号外売りに嘘っぱっちの勝利を告げるなら告げさせろおれたちは不死身だ!おれたちはいくたびか敗けだした銃剣と馬蹄はおれたちを蹴散らしもしただが密林に潜んだ十人は百人となって現れなんだか!十里退却したおれたちは、今度は二十里の前進をせなんだか!「生くる日の限り開放のために身を献(ささ)げ赤旗のもとに喜んで死のう!」「東方解放軍」の軍旗に唇を触れ、宣誓したあの言葉をおれが忘れようかおれたちは間島のパルチザン。身をもってソヴェートを護る鉄の腕。生死を赤旗とともにする決死隊いま長白の嶺を越えて革命の進軍歌を全世界に響かせる――海を隔ててわれら腕結びゆく――いざ戦わんいざ、奮い立ていざ――ああインターナショナルわれらがもの
2003年03月01日
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