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きょう誕生日を迎えた。家に帰ると久しぶりに娘が来ていた。「誕生日おめでとう」と、ハンカチ、ネクタイ、靴下のセットのプレゼント。きょうは3人で食事に行くのだという。息子が計画した誕生日プレゼントだった。長野市は、鷲澤市長誕生によって「民間感覚」?導入が叫ばれ民営化が推進されようとしている。現在の学校給食は、3箇所の給食センターによりそれぞれ1万食もの給食が作られ、場所によっては1時間もかけて届けている。今調理部門を民営化してゆくというもの。また保育園の民営化委託を進め、来年度から6園ですすめようとしている。「財政状況が厳しさを増すなかで、行財政運営の効率化と、より効果的、効率的な保育所運営を図り、かつ多様なニーズにこたえるため、公立保育所の民営化を推進するもの」などと説明しているがとんでもない。民営化は営利が目的。利益優先となれば保育師の削減などサービス低下に陥る事は当然。父母からも不安の声があがっている。鷲澤市長は「自治」を忘れた「痴呆自治」。
2003年04月30日
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きょうも牟礼村議選応援のため伊藤事務所へ。最終日を迎えたいっせい地方選挙は、全国各地で公明創価学会のし烈な攻撃が行われています。自民・公明がすすめる生活破壊の福祉切り捨てなどの悪政を隠すために行なっていることは明らかです。民主主義破壊のこうした反共攻撃を打ち破っていっせい地方選挙に勝利しましょう。牟礼には、大山桜、枝垂桜の名所があり、昼休みに地蔵久保の大山桜を見に行ってきました。画像トップページに貼り付けました。
2003年04月26日
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いっせい地方選挙前半戦(県議選)が終わって、長野市が1議席を失った事で重苦しい気持ちを引きずりながら後半戦に入ってもう終盤。我が支部は連日牟礼村伊藤まゆみ候補の応援に行っています。激しい選挙戦のなかでパソコンを開く事も無く毎日を過ごしています。牟礼村は、日本共産党が与党の村政で、国保世帯主は10割給付を行い、今年から社会保険世帯主に対し1割給付を行うなど、小泉自民・公明政府のすすめる福祉切捨てから村民を守る、全国でも貴重な自治体となっています。伊藤まゆみ候補(現)は、4年間の議会で全て質問に立ってこうした施策を推し進める原動力となってきたこと、いまの自民党の悪政から村民を守る「砦」の役割を果たすのが地方自治の役目だ、と連日訴えています。いま意識的に「共産党は大丈夫」と他候補から攻撃されています。共産党を除籍されたT(元村議)が前回の村長選に出馬し落選。今回また村議選に立候補するなど複雑な情勢のなかで村議選が闘われています。残された期間伊藤候補当選めざして奮闘します。
2003年04月25日
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元県政会の大物議員として自他(?)ともに認める石田治一郎氏はテレビカメラの前で何度も「禊(みそぎ)は済んだ、知事と同じ立場だ」と強調した。みそぎとは、「罪・けがれをなくすために、川に行って水で体を洗い清めること」(岩波国語辞典)だそうだが、何が罪で、何が汚れだったのかをあきらかにしないままでは禊(みそぎ)をしたことにはならない、と思う。選挙前の3月議会では、日本共産党議員団が提出した「政治倫理条例」(案)は旧オール与党によって否決されたが、議員による口利きが問題となっているいま、議員の襟を正すべき時に何もあきらかにしないまま「みそぎ」が済んでしまったのでは県民はたまったものではない。石田氏のいう「みそぎ」とは何をさしているのか。県の公共事業受注業者から顧問料を受け取っていたことなのか、昨年7月5日の県知事不信任を強行のことなのか、または県民の知らない「奥深い何か」があるのか、何も明らかにしていない。田中知事は「みそぎが済んだ」発言を聞いて「浅薄な見方」と批判した、と伝えられたが当然なこと。
2003年04月15日
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読者の皆さん、県議選ご苦労様でした。石坂ちほさんの当選をめざして活動してきましたが、長野市区での堀内さんの貴重な議席と南安曇群区の丸山茂さんの議席を確保できなかったことは残念という他ありません。捲土重来を期して頑張りましょう。毛利栄子さん(岡谷市区)、備前光正さん(塩尻市区)、林奉文さん(駒ヶ根市区)でそれぞれ当選を果たし、党躍進といってもいい。皆さんおめでとうございます。
2003年04月14日
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石坂ちほさんの第一声は事務所前で行われた。支持者を前に立ったちほさんは、女性のつどいのカンパで作った若草色のスーツと「魔法の靴」をはいて元気いっぱい。ちほさんの政治家の原点は「よわい立場の人に光をあてること」住民運動と一緒になってついに浅川ダムを中止にした思い。田中知事になって変わり始めた県政の状況を訴えた。教育次長が教育現場に行って現場の大変さを身を持って体験したことなど吉村県政時代には考えられなかったこと。議長を勤めた大物県議が浅川ダムの地質コンサルタント会社の役員顧問をして毎月20万円の報酬を受け取っていた事が分かり、「政治倫理条例」を出したが日本共産党の6人と無の会の2人が賛成しただけだった。吉村県政時代と何も変わってはいないことを訴えた。県議選に勝利し、再びこの条例案を提出したいと訴え、前島さんの教育委員の選任も前進させたいと語った。支持者から多くの拍手に送られ出発した。
2003年04月04日
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