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カムサハムニダ(ありがとうございます)韓国旅行最終報告韓国で買ったもの①メガネ2個(南大門市場) ②青磁のコーヒーカップ(窯元) ③お面(儒城観光ホテル) ④韓国のり(チャガルチ市場) ④キムチ(ソウルのみやげ物店) ⑤激辛チョコレート(ソウルのみやげ物店) ⑥本(「ナヌムの家歴史館」「ナヌムの家のハルモニたち」「独立記念館」)⑦ボールペン(韓国企業家=韓国「PILOT」との交流で紹介されたボールペン。参加者から好評で輸入。)この他ホテルでのマッサージは同室のSさんともども大満足でした。セブンイレブンでは飲み水、歯ブラシ、歯磨き(ホテルのものを使用したら有料だったため)などを購入。電源は220Vが主流ですが、110Vも設置されているためカメラの充電は大丈夫でした。パソコンを持っていかなかったのですが持っていっても十分に使える(電源確保)事がわかりました。初めての韓国はおおいに楽しみ、リフレッシュして帰ってきました。韓国はかつては漢字が主流だったそうですが、今ははほとんど見られません。全部ハングル。しかし日本語との共通点も多く興味を持ちました。カムサハムニダのカムサは感謝のこと。オンチョン=温泉などなどです。
2003年05月26日
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今日午前中、原田市会議員、Mさんと行動。いっせい地方選挙戦のお礼と9月の市会議員選挙での協力の訴えを行いました。昨日開かれた6中総は、(赤旗報道で)「430万までおしもどされた2001年の参院選挙の力関係からどれだけおしかえしたか」という5中総決定にてらして教訓を引き出す必要があると強調され、「……獲得した得票は『反転攻勢』に向けた足がかりになる結果を得た…」などとした上で、「質・量ともに強大な党建設をめざす活動の立ち遅れを提起した」と伝えている。長野市の党組織がもう少し強力であったら、活動量がもっとあったら、など2議席確保できなかったことへの悔しさを甦らせるものとなった。そうしたなかでの行動では「赤旗日曜版」読者が2人増え(今月5人増)、選挙協力も約束していただいた。「変わり始めた県議会と思っていたが、また知事の人事案に反対していて、全く変わっていませんね」とか「教育委員に前島さんを選任しなかったのは残念。ああいう人が入らなければダメ」など県議会の旧オール与党に対するきびしい目は健在。午後、善光寺のご開帳に行ってきました。ものすごい人出で、まるで2年参りのようでした。バスの運行がストップしていたため歩いての参拝となり運動不足解消となりました。仲見世では、仏具店でリンの撥(バチ・600円)を購入。おやき博物館でにら野菜おやき1個(140円)を購入。おやきは期待はずれでした。善光寺では「おやき」と「八幡屋のとうがらし」が行列をつくっていると聞いていましたが、どのお店も客でごった返していました。
2003年05月25日
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「小面に挑戦」3を更新しましたのでご覧下さい。きょうの県議会本会議では、総務・警察委員会報告が行われ、石坂ちほさんが監査委員に選任されました。しかし、内山卓郎氏、松葉けんぞう氏に対する選任案件は何れも否決されました。投票の結果は内山氏 白票 23 青票 34松葉氏 白票 17 青票 40でした。一番驚いたのは、松葉氏選任についての討論に立った、柳田清二議員(県民クラブ)の発言です。監査委員は政党に偏ってはならない、と述べ昨日の総務警察委員会で、鈴木清議員が内山氏、松葉氏の政党所属について質問したが、把握していなかった。県民クラブの独自調査によれば、松葉氏は共産党籍を有している。内山氏もかつて共産党に籍を置いていた。などと発言しました。この討論の後石坂議員が、事実と異なる発言があったとして休憩動議を提出しました。不確かな調査による「共産党籍云々」は全く不当な発言です。どういう調査によって共産党籍の有無を知ることが出来たのだろうか?。柳田議員の発言は、思想信条を調査できる機関とのつながりを暴露したものです。思想信条の自由を侵す許すことが出来ないもの。県民クラブは、どういう調査によって知ることが出来たのかを県民に知らせる義務と責任があると思います。また、内山氏、松葉氏は当人として、ぜひ県民クラブに調査内容を明らかにするよう要求して頂きたいと思います。さて「韓国平和の旅」も終盤大田駅から釜山へ特急列車で2時間半の旅 釜山チャガルチ市場を見学 釜山から金浦空港へソウル市内を車窓から別れを惜しんで仁川空港へ。
2003年05月23日
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「選びなおして欲しい」夕方の記者会見で田中知事が発した言葉。きょう開かれた総務委員会で、知事が選任した監査委員の2氏内山さん、松葉さんについて相応しくないと否決してしまったからだ。「知事の思い入れの人では……」「オンブズマン的な人は相応しくない」など理由にならない理由をつけて否決してしまった。県民の立場で選任した理由を述べ、県民から監査上問題があるのではないかと指摘された桜まつりについて「問題ない。以前の監査においても問題ない」と言ってきたが、「桜まつりの(旅費)は返還を求められた」いままでの監査委員が「機能していなかったのは明らか」と指摘し「県民の信頼しうる人を選任したい」と述べました。今日前島のりよしさんと電話で話をした。「選挙前と何も変わっていない」無念さを口にしていました。「4月の選挙はなんだったんだろう、公約違反ではないか」とも。昨日の教育委員選任案といい、監査委員選任案といい田中知事が選任した人選を全て否決してしまう県議会とは一体何なんだろう。「選びなおして欲しい」と思っているのは知事だけではないだろう。
2003年05月22日
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今日の信濃毎日新聞によると、日本共産党が監査委員を務めた例は、京都府、滋賀県にあるだけ、だそうです。すごいですね。また「社会衛生委員会」で小林伸陽議員が委員長になりましたが、これも県政史上初めてのこと。4年前の選挙時点で5人に躍進した県議団は、「交渉会派」にもなれず各派交渉会にはオブザーバー参加したことから見れば隔世の感があります。長野県が目に見える形で変わり始めました。いっせい地方選挙で「変わり始めた県政をさらに進めよう」とい訴えてきたことが現実となり始めています。日本共産党県議団の今後の活躍を期待したいと思います。きょう行われた本会議で、知事から提出された前島さんを教育委員に選任についての討論が行われ、採決の結果は、白票17票、青票39票で否決されてしまいました。前島さんは教育委員にはなれませんでしたが、これからもいじめ問題などに悩む児童・父母の力になっていって頑張っていただきたいですね。
2003年05月21日
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長野県が決めたダムなし案に沿って浅川改修計画が練られ、流域の各地域での説明会を行っています。きょうは吉田地区の説明会。改修区間は13.5km。浅川ダムを建設することで改修工事に入っていた浅川は、県が示した枠組みでは、基本高水流量(360㌧/毎秒)は、ダム計画ですすめた350㌧/毎秒とは10トンの差なのだが、10箇所の橋の架け替えが必要となる訳です。もともとここ基本高水計画自身があいまいな点が多く文字どおり水増しされて計画されていたもので、はじめからちゃんとやっていれば無駄づかいせずにすんだのにと悔やまれます。説明会では、「ダムをつくったほうが安上がりだ」「国はなんと言っているのか。県単事業になってしまうんではないか」「長野市長は流域対策を含めたもので説明して欲しいといっているがどうなっているのか」などの質問が出されましたが。私は「この計画はよく練ってあるもので、早く実施して欲しい。流域対策についていろいろ言われているが、もともとダムありきということで、十分な対策をしてこなかった。運動公園地下にある貯溜池も規模を縮小して造っていると指摘し、合流点下流には狭さく部があり、ダムの役割を果たしているが、国に千曲川の浚渫(しゅんせつ)を働きかけてほしい」趣旨の発言をしました。「韓国平和の旅」のつづき独立記念館見学のあと百済の都あと扶餘(プヨ)へ。国立扶餘博物館、定林寺跡を見学。扶餘国立博物館のメインは、近年発見された「百済金銅大香炉」(高さ62.5cm)があり、町のいたるところにこの香炉のレプリカが目に付きました。 定林寺跡に立つ石塔この日の宿泊は大田市にある儒城温泉(ユソン・オンチョン)・儒城観光ホテル。このたびの目玉のひとつ、「韓国の情勢」について経済学者の朴璟さん(大学教授)と地元中小企業家との懇談。夕食をしながらの懇談会の様子はあとで。
2003年05月19日
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5/15・16日の2日間党長野市議団の6月議会にむけての勉強会が行われました。戸隠高原のペンションでの学習会は、鷲澤市政の政治姿勢、党議員団の実績、議案提案権を持っての議員団活動、今後のとりくみなどを話し合い実りある勉強会となりました。休憩時には山菜摘みも行うなど付録もありました。きょうは、党支部が選挙選後初めての行動を行い、選挙で協力していただいた家などを訪問。「もう少しうまく配分できなかったかい」など長野市区での2議席獲得できなかったことへの無念さも語られましたが、多くの家では「良かったですね、市議選挙も頑張って」と秋の市議選挙へむけてしっかりやって欲しい、と激励されました。今日の行動で、赤旗日曜版読者が2人増えました。また韓国旅行続報宿舎の温陽グランドホテルを出発きょうはメインの独立記念館を見学。 記念館入口の彫刻像日本帝国主義侵略館にはこのような説明書きがありました。「古代以来、韓半島から文化を受け入れた日本は、19世紀の半ばから武力で韓国を侵略してきた。日本帝国主義は機会がある度に各種不平等条約を強要し、1910年には韓国を強制に併合し、経済的収奪と独立運動に対する非人道的な弾圧を行い、結局、韓国民族を抹殺しようとした。この展示館には日本帝国主義の侵略と蛮行の実状が展示されている。」独立記念館
2003年05月18日
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日本共産党市議団は、きょう各種団体との懇談会を行ないました。議会ごとに行う懇談会は、市民要求実現と、市民と市議団とのパイプの役割を果たす重要な場です。鷲澤市長の元で、保育所民営化や給食センターの一部民営化を進める一方でゴミ圧縮梱包施設の建設など莫大なお金をかけて進めています。また「韓国平和の旅」 再び日本軍従軍慰安婦歴史館「ナヌムの家」のこと。この画像は、「手折られた花」(咲ききれなかった花)この銅像の真下には慰安所の模型があります。過去の苦しみを地下に沈め、現在の生活は空に向かって前向きに過ごせるようにという願いをこめて設置されています。この銅像に添えられてあった詩「慰霊の場」を紹介します。花ひらくとしごろ、日本軍に連れ去られ踏みにじられ失った人生、とりもどすのに五十年の歳月を要した。いまは、私だけのハルモニになったが、勇気ある証言、その証言の力で私たち真実を知った。いつも暗い影がおおっていた彼女たちの世界に今こそ、明るい光を照らそう。とりかえせない歳月、翁草になってもあでやかな衣装をかろやかにはおり、翼をひろげる。ここで再び、心底望んだ生活を営む。虚空をさまよう悲しい魂も、もういまは、天に向かって解き放とう。ナヌムの家ホームページご覧下さい。http://www.nanum.org
2003年05月15日
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「どうしてこんな市長を選んでしまったのだろう」先日の「しんぶん赤旗」投書欄にこんな一文が寄せられていました。長野市の鷲澤正一市長のこと。鷲澤市長は、「民営化は私の公約」として、保育園の民営化をはじめ給食センターの一部民営化など急ピッチで進めようとしています。日本共産党長野市会議員団では、こうした民意を無視した鷲澤市長に対し、「保育所民営化を白紙撤回せよ」と申し入れを行ないました。このなかで「保護者のほとんどが反対している。市長はもっと市民の声を聞くべきだ」などと市長に詰め寄りました。しかし「民営化は私の公約。福祉・教育分野だけでなく民営化できるところは聖域をもたずにすすめてゆく」などと語り市民を無視した姿勢を示しました。この申し入れのなかで、鷲澤市長は、タバコをふかしながらの横柄な対応で、野々村議員に対し「あなたとは話したくない」などと述べるなど、まるで民主主義が分かっていない。JSFさんから「今回の有事法は国内で戦争をするための法律です」と言う書き込みがありました。しかし、海外で活動する自衛艦が攻撃を受けたときその艦船を「国内とみなす」と国会答弁でくり返しているのです。今度の戦争法はまさに海外での武力行使を公然とできる法律なのです。さて「韓国平和の旅」のつづきソウル2日目、市内の景福宮を見学、中学生が見学にきていて、日本語で「質問してもいいですか、日本と朝鮮文化の違いはどこですか」などと質問攻め。グループごとに質問して歩いている。 安重根記念館見学。安重根は韓国の英雄。日本帝国の戦意高揚のため満州ヘゆく伊藤博文がハルピン駅に降り立ったとき安重根が伊藤博文を銃殺にした。1909年10月のこと。ソウルを後にし、温陽(オニャン)温泉へ。途中日本軍慰安婦歴史館見学。ここには新潟県出身の青年が、ボランティアとして活動していたのにチョッと驚きました。強制的に連れまわされた慰安婦の様子が写真や模型、慰安所の部屋の再現などを見学しました。軍隊が移動するたびにその土地土地で日本兵による強姦が相次ぎ「天皇の軍隊としてよくない」ということで軍の要請で「慰安所」が作られていった経緯や、「突撃一番」(コンドーム)が配られたいたこと、アジア全土に慰安所が作られていたなどの説明を受け、同じ日本人として恥ずかしいと思いました。この日の食事、昼食は参鶏湯(サンゲタン)。夕食は温陽温泉レストランでプルコギ。
2003年05月14日
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民主党の菅直人代表は、小泉首相との首脳会談で、「戦争法案」の修正が受け入れられたとして、衆院有事法特別委員会で日本共産党などの反対を押しきって、明日14日に締めくくり、15日にも衆院本会議の通過をはかる構えです。海外での武力行使に道を開くこの「戦争法」は、アジア諸国に侵略を続けたことへの反省もなくアメリカとともに戦争する国としようとしています。断じて許す事が出来ません。長商連が企画した「韓国平和の旅」は無事終えることが出来ました。トップページに貼り付けた写真は、景福宮(王宮)裏の風景。日本の侵略者は、この景福宮の前に贅を尽くした大理石で総督府を建設し朝鮮民族を支配した場所。民族の誇りを傷つけられた場所で今はその影も無く歴史的な場所として多くの市民が訪れていました。タプゴル(パコタ)公園はソウル市の中心部にありやはり市民の憩いの場所となっています。1919年3月1日日本帝国からの独立宣誓書を読み上げた場所で、公園内には独立を万歳を叫ぶ市民、学生、などのレリーフが掲げられ当時を再現しています。ソウルだけでなく半島の各都市で行われた独立万歳の運動の様子とそれを銃剣で弾圧する日本兵の姿が描かれていました。 独立宣言とそれを読み上げる姿<3・1独立運動>1919年、日本帝国主義の植民地支配からの独立を求めた朝鮮人民の民族独立運動。同年3月1日、パゴタ公園(ソウル)で開かれた集会で独立宣言書が読み上げられ、集まった市民が「独立万歳」を叫びながら街頭へ。民衆も合流して大規模なデモとなりました。これがきっかけとなって全国で3ヶ月にわたる独立闘争がくりひろげられ、のべ二百万人が参加しました。日本の天皇制政府は、軍隊まで動員して徹底した弾圧を加え8000人近い犠牲者を出しました。自然発生的な闘争にとどまりましたが、その後の全民族的な抗日運動、民族解放闘争の出発点となる意義をもちました。(「しんぶん赤旗」2003・3・1「なんだっけ」から)「韓国平和の旅」1日目は、このあと南大門市場へ出かけ眼鏡を買いました。ソウルの眼鏡屋さんは有名で、行く前から買おうと思っていたもので、ツアーの仲間もついて来て一緒に購入。「度付きサングラスもどうですか?」と店員に勧められ、それも購入。夕食はレストランで「韓定食」食べきれないほどの量がところせましと並ぶ、日本の定食とはチョッと違います。
2003年05月13日
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連休中は、「面打ち」に没頭。妻の墓参りに出かけただけでした。明日からソウル、広州、扶余、釜山などを周る韓国「平和の旅」に出かけてきます。西大門監獄博物館、タプゴル(パコタ)公園、日本軍慰安婦歴史館(ナヌムの家)、独立記念館、国立扶余博物館などの見学と「現在の韓国情勢について」(北朝鮮との関係なども)の講演や地元中小企業家との会食も行なわれる予定です。パコタ公園は1919年3月1日、日本の侵略者からの解放を宣言した歴史的な場所。一度行ってみたかったところのひとつです。ビビンバ、プルコギ、ドルサムバップ、海鮮鍋、田舎料理など大いに楽しみ、韓国の人たちと友好を深めてきたいと思います。
2003年05月06日
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