2003.06.15
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男はほとんど雨に打たれても濡れることをさほど気にせず、コンロの炭が
落ち着いてくると、まずは手始めに焼鳥から並べられることになった。たま
に木の枝や葉の隙間からこぼれ落ちてくる水滴が火に落ちて「じゅう」という
音を立てた。いい音だ。野菜を切り終えた女は木陰に並んで立ち、心配そう
にコンロを眺めながら初対面の男と会話を交わしていた。通常の合コンと
違い、屋外の調理をともなったイベントは会話に困ることはない。言葉に詰
まったら天気や食料の具合について意見を述べたり、あるいは無言でも
何か仕事をし続けていればいい。

「豪雨」と表現してもいい雨脚になって一時は我々を絶望的にさせたが、

これは夕立のようなタイプの雨だったことがわかり安堵すると、立ったまま
並んでいた女たちが働き出した。女たちはアルミホイルを正方形にカットし、
その上にバターを塗った。そしてエリンギだかしめじだかのきのこ類を並べ
たり、にんにくを丸ごと包んだりしてホイル焼きの準備をし始めたた。
コンロでは焼鳥が出来上がっていて、ビールを飲みながら調理していた
オレやもう1人の男が1ほんづつつまみはじめるとコンロの周囲は皿を
持った若い男女で溢れた。ひとしきり皆に焼鳥が行き渡ると今度は網の上
を女たちが用意したホイル焼きが占領した。きのこやニンニクを丸く包み、
上の部分を絞ってタマネギのようなカタチになったこのアルミホイルは、
「メタルスライム」と名づけられ親しまれた。

豚肉の細切れや牛ステーキの網焼きが始まった。

醤油をたらすと味が引き締まってなおいい。塩コショウは持ち運びの利便性
からアウトドアでは良く使われる調味料だ。焼肉のタレはまず、人の好みに
より辛口を甘口の両方を用意しておかなければならないし、皿に注がれた
タレに浸す動作が必要であり、ということは左手は皿により塞がれてしまう。
右手で箸を持つわけだから、結果両手が塞がれてしまう。これらのことから


肉や野菜が消費されてゆき当座の空腹は満たされた。
室内ならばとりあえず歓談がてら自己紹介でも執り行われるところだが、
男女11名に対して椅子は5しかなく、すでに顔を真っ赤にさせて酔った人か
らコンロの周辺を陣取ってしまい動く気配は全く無かったし、青いビニール
シートはまだ雨で濡れて渇いていなかったから、残りの6名はなんとなく
立ったままになっていた。機をうかがっていたオレは、
「そろそろ凧でもやろうよ」といってショートスキー用のバッグを開き、凧を
出した。「へえ、それに凧入ってるんだ。」客は凧よりもバッグに注目した。
確かに、どの凧よりもバッグの方が高価だ。照れくさそうにそのことを言い
ながら凧を組み立てた。組み立てるといっても後ろに棒を1本通すだけだ。

オレは近くにいたおねいちゃんを無理矢理誘導し、凧糸の糸巻き部分を持た
せた。この時点でこのおねいちゃんはまるで凧には興味がない風だったし、
オレも、確か1度紹介されて聞いたはずのこのおねいちゃんの名前を忘れて
しまっていた。しかし凧揚げには名前は必要なかったし、むしろおねいちゃん
のやる気もあまり関係なかった。オレはこのおねいちゃんが絶対凧に夢中に
なってしまうことをわかっていたからだ。

オレが凧を持ちおねいちゃんが糸巻きを持った。糸を延ばしながら離れる
こと10数メートル。両手で掴んでいた凧を空へ放った瞬間、おねいちゃんの
口は開き、視線はそのまま上へ上へ向かった。おねいちゃんには、空飛ぶ
物体をコントロールするという新しい快感が芽生えてしまったようだった。
そしてその予想以上の快感の深さに戸惑っているような表情を浮かべていた。
「ひっぱって、で、すぐにリリース」とかいうアドバイスを与えることなどで、オレ
の中にも、このおねいちゃんに新しい快楽を植えつけたという自負や快感が
湧きあがった。最初のおねいちゃんの凧を遥か上空50メートルまで揚げ、
うまく軌道に乗せたところで、再度オレはベースに戻って新しい凧を組んだ。
そして組んだ端からおねいちゃんに手渡してはサポートし、安定するまで見
守ってはまた組んで、という作業を繰り返していった。当初は誰一人として凧
には興味を示さなかったが、最終的に5機の凧が上空で風に煽られながら
制止した状態になると、おねいちゃんたちは皆真剣な表情で、コントロール下
の凧を誰よりも高く飛ばそうと競いはじめたりした。
やがて我々の仲間はもとより、周囲のバーベキュー客も、灰色の空に舞い上
がってなおも上昇し続ける5機の凧に注目し始めた。
多くの歓声や羨望に包まれて、凧をコントロールするおねいちゃんたちは緊張
した。しかしそれは注目を浴びる者の宿命だ。ステージ上で芸を披露する
エンターテイナーが抱く緊張であり、緊張は快楽をともなっている。
そしてこの壮大な凧ショーを演出したのはオレだ。
その自負心こそ、凧プロデューサーであるオレにとっての快楽なのである。
オレはこれから、「タコのひと」として憶えられてしまうだろう。
複雑な気持ちだ。





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最終更新日  2003.06.16 16:35:20
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