2003.11.28
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今君がこの手紙を読んでいるころには僕はもう君の前から完全に姿を消していることになるね。後のことは全て弁護士である佐藤くんに任せているから安心してくれ。

この手紙を開封したちょうど2時間後に、君に2通の電子メールが届くだろう。
報告書と、銀行のパスワード。口座に入っている電子マネーは、今回の報酬と思ってくれればいい。身の危険を感じたら、警察庁警備局第二公安課の溝口くんを頼るんだ。
今僕がどこにいるかは聞かないで欲しい。この手紙を書いている時点では、まだ自分がどこへ向かうべきなのか、自分でもわかっていない。
なお、この手紙は自動的に消滅する、成功を祈る。

探偵小説やスパイ小説を読みすぎていたオレはだいぶ長く付き合っていた女と別れるとき、そんな内容の置手紙を書いてアパートを出た。パソコンもケータイも、オンラインバンクも電子メールも、あまり普及してなかった頃のことだ。
正確にはこのときが2度目の別れで、1度目に、一緒に暮らし始めて1ヶ月も経たない時期に浮気をしてばれて、叩き出されて以来の別れだった。
かばん一つで追い出されて、3ヶ月ぐらい経って寄りを戻した。お互い経済的にも精神的にも自立してない頃で、1人ずつ不安定な暮らしをしているよりは、一緒に生活したほうが社会へ立ち向かう上で有利だからという理由だけで、元に戻った。

結局別れてしまったけれども、別れたということは、結果的に愛情なんてものは最初から無かったということに違いない。

この女と別れるためにオレは、友人に頼んで合コンをセッティングしてもらい、その打ち合わせという名目で家に電話をしてもらうように仕組んだ。弁護士の卵でもある友人の佐藤は裕福な家庭に育ち、学生の分際でソアラを乗り廻し、深夜の首都高を200㌔以上のスピードで走ってカーブを曲がりきれず、壁に激突した。クルマを大破し病院に担ぎ込まれが、入院先の看護婦と仲良くなりった。
そういった矢先、看護婦との合コン企画が浮上していた。
女と2人で部屋にいるとき、電話が鳴った。
「元気か?オレは元気さ、新しいクルマ買ったんだよ、なんだと思う?」
なんでもいいよ、退院したばかりなのによく金あるな。
「あ?なに聞こえない。今首都高なんだけどさ、恐くて安全運転してますよ、でなんだっけ、看護婦との合コンの件な。」
まだ契約に何万もかかっていたこの頃、この男は携帯電話を持っていて、用も無いのに電話をしてくるから少し迷惑だとも思っていたが、この男の携帯電話は、たまにオレにとっても便利なものとして機能していた。
「サトミが言うにはのミキちゃんとクミちゃんの2人は完璧に抑えていて、あとは篠原さんと佐々木さんにOKもらえばばっちり、あと男だけどさ、ウッチーは誘うとしても、」
クミちゃんいいね、目がこう、きりっとキツくて。
「おまえ人の話きいてるか?」


電話を切ったあと、そばで話を聞いていた女がいった。そういわせることが目的で佐藤に電話をさせたのだったが、オレは女を直視せずになんとなくはぐらかした。
「そういうの、あまり面白くないんだけど。」
そのときのやりとりが原因で、まもなく2人は別れることになった。

別れることが決まっても、今度はすぐに家を追い出されるというようなことはなかった。別れることを前提に、1ヶ月ほど共同生活をしたが、内容的には、別れると決める前とあまり変わらなかった。一緒に食事もしたし、テレビを見たし、同じベッドで寝た。別れることが決まっている、ということを除いて、平凡な恋人同士となんら変わらない生活をしていた。ただその非常に不安定で不思議な期間に、最低な気持ちになったことが1回だけある。どういうわけか夜、セックスをしてしまったときのことだ。多分酔っぱらっていたのだろう。射精したいという生理を処理するために、別れることが決まっていた女を抱いた。腰を振っている最中に間違いに気づいたがもう遅かった。
精液をティッシュでぬぐう間も、服を着る間も2人は無言だった。女が壁の方に向いて寝入った後にオレはベッドの横のじべたでウイスキーを2杯ぐらい飲んで、泥酔してそのまま寝た。


何年かぶりに、そのときの女と偶然、再会した。
仕事が終わって、駅のホームで電車が来るのを待っていた。間もなく電車がホームへ入ってきて、やがて停車した。乗りこもうとして顔をあげると、電車の中に本を読む彼女の姿を見つけた。鼓動が速まった。なぜか違う扉から乗りこもうとして移動しかけた。彼女はオレには気づいていない。本に集中している。気づかれないうちに、彼女に一番近い扉から乗り込んだ。近づけば、声をかけたくなるかもしれないから近づいた。つり革を気にしながら本を読んでいる彼女の後ろにオレが立っている図が窓にうつった。これじゃストーカーだ。鼓動はますます高
くなってゆく。自動的に、手が動いた。彼女の腕にちょっと触れた。彼女は少し迷惑そうに後ろを振り向いた。いぶかしげにオレの顔をのぞきこむ。誰?あんた誰?そんな顔をしていたが次第に崩れて笑顔になった。
「おー、久しぶり!なに?太った?えー!」

彼女は極めて陽気に、底抜けに明るくオレと話した。オレは虚勢をはっていたが内心臆していた。今はなにをしているだとかどこに住んでるだとか、友人は誰と結婚しただとか、そんなような話をしたが、お互いに恋人はいるのかどうかということはきかなかった。
ああそう、メシでもどう?
「うーん、いいや、今日は帰ってカレー作んないと」

それからしばらく、電車の中で彼女の姿を探す日が続いた。





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最終更新日  2003.11.30 15:11:19
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