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祖母が亡くなった。86歳。大正時代に生まれ、昭和、平成と戦争時代もその後の経済成長時代も生き抜いてきた祖母。最後の一年は入院しての闘病生活で、本人も苦しかったようだが、最後まで頑張って、逝った。いつも穏やかでやさしいおばあちゃんだった。小さい頃は、夏休みにおばあちゃん家に泊まりに行くと、あちこち遊びに連れて行ってくれたり、おいしいおはぎを作ってくれたりした。そんなおばあちゃんの人生は、どんなだったのかな。つらいことも、楽しいことも、いろいろあったのだろうな。冷たくなったおばあちゃん。もうこの世の人ではないのだ。泣いても笑っても、こうして人は死ぬ。どうせ死ぬのなら、精一杯生きよう。ある本のキャッチコピーに、「人は価値があるから生きるのではない、 生き抜くことに価値があるのだ」というようなことが書いてあった。ありがとう、おばあちゃん。これからも天国で見守っていてね。
2006/12/25
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今日、(株)フューチャー・クリエイションのセミナー&事務所移転パーティーに参加した。中国人と結婚して、中国に移住することになったつばめは、日本で国民保険もかけてないし、自分の将来は自分で守らないといけないという思いが強く、お金の勉強しないと、とファイナンシャルプランナー講座や簿記3級講座など、いろんな勉強をしていた時期がある。その時期に受けたセミナーのひとつが、フューチャー・クリエイションのSMMSセミナー。とても分かりやすく、セミナー参加者には後日無料カウンセリングをしてくれて、社長の前川さんが、ひとりひとりのファイナンシャルプラン作成のお手伝いをしてくれるのだ。今回のセミナーは2回目だけど、誠実であたたかい人柄の前川さんにぜひまたお会いしたいなぁと思っていた折に、事務所を拡大移転し、新事務所でセミナーとパーティーをするということで、迷わず申し込んだ。セミナーの内容も大変勉強になったが、その後のパーティーには、いろんな人が来ていて、本当に楽しく、元気をもらえた。前川さんの誠実で真面目な仕事態度が、いい人間関係をひきつけ、事業も発展していっているし、奥さんや子供さんも応援してくれるのだなーって、すごく暖かい気持ちになったパーティーだった。最近仕事で落ち込んでいたつばめだけど、みんなからパワーをもらえた一日だった。フューチャークリエイションHPhttp://www.f-cre.com/main/(6000円のSMMSセミナー、おすすめです!)
2006/12/23
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週末、「硫黄島からの手紙」を見に行った。この映画の新鮮なところは、何といってもこれがアメリカ人が作った映画だということ。徹底的に日本側の視点に立った描き方は、日本人の監督ならある意味当たり前の視点だが、アメリカ人監督が、ここまで相手側の立場で物語を描き切るというのは、なかなかできることではないだろう。投降し捕虜になった日本兵をアメリカ兵が殺してしまうところなど、普通だったら、自国のことを美化して、なかなかこういう場面は描きたがらないものだと思うが、全くにパラダイムの変換が成し遂げられていて、感心した。そして、イーストウッド監督はお国のために散っていった日本人の大和魂、その一人一人に大切な家族があり、国や家族を守るために必死に戦ったことなど、ここまで日本の立場を理解してくれてるんだ、と、好意を持った。さすがアメリカ、懐が深い。日本にこれと同じことができるだろうか。南京大虐殺を、日本人監督が、徹底的に中国人の視点で描き切ることができれば、中国人は、「日本人は自分たちの痛みを理解してくれている」と、好意を持つのではないだろうか。先日読んだ「7つの習慣」という本の中には、「理解してから理解される」という原則が書いてあった。美しい国、日本の立場を理解してほしい、といろいろアピールすればするほど、相手の国も、自国の立場を理解してほしい、と強く主張するだろう。これでは平行線だ。日本人が自分の国をかわいいと思うのと同じく、相手の国の人も、自分の国をかわいいと思っている。それをまず、認識しなければならない。「理解してから、理解される」のだ。相手のことを一生懸命理解しようと努力すれば、相手のほうもこちらを理解しようという気持ちになる。こちらの立場を分かってよ!と先に自分の立場ばかりを押し付けると、相手の反発は避けられないだろう。これは国と国との間だけではなく、個人対個人の関係にも応用できる法則だ。「硫黄島からの手紙」を見て、イーストウッド氏の、日本の立場を理解しようとする姿勢に、頭が下がる思いがした。
2006/12/19
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「愛国心」が盛り込まれた改正教育基本法が成立したそうだ。私も海外に出て、自分が全く愛国教育を受けてきておらず、「日本は間違った戦争をした、日本は悪かった」ということ以外に、自国を擁護する何の言葉も持たないことにあ然としたクチなので、今叫ばれている愛国心を盛り込んだ教育には一概に反対というわけではないが、愛国心が間違った方向に走ってしまうと自国の立場ばかりを正当化する人間が増えないか、心配でもある。そもそも、「愛国心」とは何なのだろう。自国に誇りを持つっていうけど、どうしたら自国に誇りを持てるようになるのかという根本的なことが議論されていないように思う。なんだか今言われている愛国教育の真のポイントは、「日本は間違っていた」という戦後の歴史観をくつがえし、自国を弁護・正当化する歴史観を持つことにあるような気がするのは、私だけだろうか。歴史はひとつでも、歴史観(史実に対する見方)は国の数だけある。自国としての歴史観を教えることも、もちろん必要だと思う。だけど、相手国への配慮を同時に教えないと、ごう慢な国民になってしまう。自国を愛する心を教えるなら、同時に他国の人も、あなたと同じように自身の国を愛しているのだということをいつも忘れないように、という教育をすることが、次世代の子供たちが世界のいろんな国の人と仲良くおつきあいができるようになるために、必要なことだと思う。
2006/12/16
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今日、仕事の帰り道、ふとシュークリーム屋を買おうと思って店に入った。家に帰って母と食べよう。マロンシュークリームとあずきシュークリーム。ヤッター^^店を出て、家に向かって歩き出したとき、心の中で「老公(ダーリン)!」って呼んでる自分を発見。意味もなく、無意識に。やっぱり好きなんだな。おいしいものを食べるとき、夫のことを思い出す。
2006/12/15
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会社の帰り道、ふと見上げると、きれいなイルミネーション輝く吊り広告が目に入った。ん、ルミナリエかな?って思ったら、そうではなくて、老舗百貨店の広告。「あなたの愛で、心斎橋ラルーチェが輝いています」というキャッチフレーズと、ライトアップされてキラキラ輝くウィンドウが、ほんわかしたあたたかい気持ちを呼び起こす。この輝きは、愛に満ちた光なのかな。ちょっと下に小さめの字で、「恋人、家族、友人・・・大切な人がたくさんいる幸せ。」って書いてある。ステキなフレーズだけど、私だったら「たくさん」とは書かない。だって、大切な人をたくさん持っていない人だって、いるかもしれない。一人孤独に、この広告を眺める人だって、いるかもしれないのだ。でも、たったひとりでも、そういう人を心に抱いている人は、愛に満ちた幸せな人だと思う。たとえそんな人が一人もいなかったとしても、暗い夜に明るくともる光は、人にささやかな幸せを運んでくれるのではないだろうか。その心斎橋ラルーチェとやらに、行ってみたくなった。
2006/12/14
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今日、中国人のWさんが、中国の昔話を教えてくれた。「むかーしむかし、あるところに・・・」という始まりは、日本と同じ。ある人が傷ついた狼を発見し、かわいそうに思って、家に連れて帰って、暖かい部屋で、傷の看病をしてあげた。「そして回復した狼は・・・」ここからが、違った。元気になった狼は、助けてくれた主人を食い殺してしまったのだ。「えー、それでお話はおしまいなの!?」と、びっくりするつばめ。日本人的には、何とも後味が悪い。日本だったら、「鶴の恩返し」が普通でしょう?「じゃあ一体、このお話が示す教訓って、何なの?」と問い詰めるつばめ。Wさん曰く、「狼はあくまで狼だ、だからいくらかわいそうに見えても、 情けをかけて助けてやったりしてはいけないってことだよ。」・・・そうなんだ。つまり、悪人は何があってもあくまで悪人で変わらない、だから、そういう人がどんなに困っているように見えても、決して情けをかけるべきではない、そんなことしたら、あとでひどい目にあうのは自分だ、ということらしいのだ。ええーっ。中国の子供は、小さいときからこんな教訓を叩き込まれて育っていくの?思わず、「私、中国で生き抜いていくには、 幼稚園に戻ってやり直さないといけないですね」って口から出てしまった。そのぐらい、中国人と日本人には、大きな感覚の違いがあるのだ。日本人って、善人が報われるって、なんだか素直に信じてるところがある気がするんだけど・・・。もちろん、中国もこんな民話ばかりではないらしいけど、日本にはない感性だと思う。それとも私が知らないだけかな。「情けをかけるとひどい目にあうぞ」という教訓を含んだ日本の昔話って、あるのだろうか。あったらぜひ、知りたいものだ。
2006/12/13
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今日、通勤途中で、つばめが勤める学校の会長に会った。一緒に学校の門の前まで来たとき、ふと会長が立ち止まった。「君は先に行って」とおっしゃったが、ちょっとためらって後ろを振り返ると、会長が門の前に散らばるごみを拾っていた。やはり経営者というのは違うものだな、と感心した。学校を愛しているのだ。私だって学校が好きだけど、朝バタバタと出勤するときに、足元のゴミなんて、目に入ったことがなかった。ときおり表情が消えた恐ろしい表情で事務所を歩き回る会長だが、ふとしたときに見せる素顔に、私は心魅かれる。やっぱりすごいなー、って思う一瞬を持っている不思議な方だ。
2006/12/11
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今日は、友達と市内のワインバーでおいしいワインと食事をいただいた。しあわせ。たまにはゆっくりまったり、おいしいものを食べるのがいい。それにしても。やっぱり、友達に元気ないねって言われた。そう。つばめ、最近パワーダウン気味。仕事の悩みもあって、元気が出ない。今日思ったのは、元気出ないときはゆっくり休もうということ。元気出ないときに、無理にカラ元気出してがんばろうとすると、結果はよけいよくない気がする。運気の流れに身を任せて、低空飛行のときは、あんまり頑張らず、できることを地道にやろう。これを機に、忙しくて勉強できなかったことを勉強したり、好きな趣味をしたりして、パワー回復するまで、静かな生活をしよう。これだって素敵じゃない?ちょっと立ち止まってゆっくり考えてみたら?っていう神様の声なのかもしれない。
2006/12/10
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最近ちょっと弱り気味のつばめに嬉しかったこと。今週は、たくさんの友達から、たくさんのメールが来た。・・・というのも、ある中国語コミュニティーに登録したら私の友人たちに勝手にメールが送られちゃったみたい。友達には迷惑かけたけど、久しぶりにいろんな友達と連絡が取れたことは、よかった。日本のあちこちに友達がいて、海外のあちこちにも友達がいる。上海や、香港や、アメリカの友達とも話ができてみんな頑張ってるんだなーって、励まされた。フィンランド人のパウリからも連絡が来た。パウリは私が7年前に北京に短期留学していたときの友達。1999年。私が最も低空飛行だった年。仕事に挫折し、自分が信じられなくなり、次の就職先を見つける気力もなく、ただただ、中国に行きたいという一念で北京にやってきたあの年。ブルー全開のつばめは、日本人留学生ともつるまず、ただただ、ストイックに中国語を勉強していた。クラス行事で万里の長城に行くことになったバスの中、私は一人、座席に座っていた。その隣に座ってきたのが、当時まだ高校生だったフィンランド人のパウリ。ナイーブで繊細で、シャイな笑顔でたたずむ彼、そんな雰囲気が私の気分にしっくりマッチし、それから彼と、友達になった。パウリは中国文化をこよなく愛しており、中国POPSにはまり、中国料理を好み、中国の羽根蹴りに夢中になっていた。彼は私の持つ欧米人のイメージと違い、静かな人だった。でも、心には中国文化に対する尽きない興味があり、いつも新しい発見に、胸をときめかせていた。彼は、中国語が上手な人だった。きれいな発音に、なめらかな話し方。面白がって漢字を書く彼は、非漢字圏から来た学生にしては、よほど珍しいほうだったろう。あれから7年。彼はまだ中国に魅せられている。アジア全般に興味があるようで、日本の古代文化にも触れたいし、韓国のキムチにもはまっているそうだが、やっぱり一番彼を惹きつけてやまないのが、中国。そんな彼と、いつか中国で再会する日がきっとあるに違いない。
2006/12/09
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12月。もうすぐクリスマスがやってくる。街もキラキラと輝きだす季節。一緒に街を歩いて、きれいだねーって、ほほえみかけたい相手が今年もそばにいない。日本の12月の雰囲気って、特別だ。クリスマスに浮き立った街と、師走の押し迫った空気。日本の12月は、こんなに素敵なのよって、教えてあげたい。感動するたび、その気持ちを伝えたい人が心に浮かぶようになったのは、いつごろからだろう。いるべき人がそばにいない。心にすーっと風が吹く一瞬。でも、感動を分かち合いたい人が心に住んでいるって、あたたかい。
2006/12/06
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今日、読売新聞の朝刊に、「中国メディアが一変、応援団!?」という見出しで、中国記者団に対する苦情とも批判ともつかぬ記事が載っていた。「選手のコメントを取ろうと、記者など数百人がどっと押し寄せ、規制しきれないと判断した大会組織委は・・・」「熱心なのは良いが、取材者から”応援団”に 一変してしまうことも。」最後に「ぜひ、マナーは身につけてほしいものだ。」つまり、中国メディアのマナーのなさを暗に批判しているのだ。これを見てつばめが思ったこと。「読売は嫌中派なんだな。こういうこと書かれると、 ますます中国嫌いが増えそうで、嫌だな」と、思わず新聞社を責める心持ちに。。。しばらくして気がついた。「あれ?私中国側に立った見方してる」よく考えてみると、中国メディアがマナーに欠けるのはおそらく事実であろう。はっきり言って中国人、まだまだマナーは遅れてる。中国メディアの皆さんには、日本の新聞にこんなこと書かせないように、マナー向上させてほしいものだと思う。中国を愛するからこそのつばめの思いだ。
2006/12/05
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今日の夕方、つばめが勤める日本語学校に学校コンサルタントのA先生が突然やってきた。あいにく校長はもう退社した後。私たち中国スタッフ陣は仕事をしながら、A先生のお相手をしていた。仕事も終わってさあ帰ろうかという雰囲気の頃、A先生が中国人スタッフのLさんに、「今晩食事でも行こうか」と声をかけた。ところがLさん、少しの躊躇もなく、「いえ!今日は帰って次の日の準備をします。」ときっぱり誘いを断った。間をおかずWさん、さっさと事務所を出る。Wさんにつられて私もつい事務所を出てしまった。Wさんに、「A先生、みんなでご飯行きたかったんじゃない?」と言うと、そんなの知らないよ、って感じでさっさと帰途についた。きっとご飯に行きたくないからこそ、すばやく事務所を出たのだろう。びっくりした。中国人って、心に染まぬつきあいってしないの?・・・そんなことないとは思うけど、断るときは、日本人よりはっきりしている。嫌なものは嫌なのだ。自分の意思をはっきり持っていて、日本人のように、雰囲気に流されて、ほんとは行きたくないけど、行くことになってしまった、なんてことは起こりそうにない。行くのは自分の意志で決めたときだけだ。日本人より素直なんだろうけど、日本人の礼儀の感覚からは、ちょっと外れているかもしれないな。
2006/12/05
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先日、母がある求人広告を手に持って言った。「ほら見て、これ。年齢65歳までだって」とうれしそうに顔をほころばせている。「これで店辞めても行くところできたわ」うちの母は今年57歳。長年自営業の父を手伝ってきた母は、自分で働いて、自分でお給料というものを手にしてみたいという。店をやめても働こう(働かざるを得ない)と思っている母をけなげに思うとともに、それをうれしそうに話す母の明るさをさすがだと思った。でもほんと、求人広告見てると、30歳、40歳ぐらいまでっていうのが、多いですね。若いって財産だ。そして、その財産って一秒一秒減っていくのだ。何もしないでいると、稼げる能力って減っていくのだなあ。でも若さより大切なのは、明るさだ。最近乗馬に夢中になっている母の生き生きした様子を見ていると、人間、明るいことが大切だと思う。
2006/12/03
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