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昨日のトレッキングがこたえて、かなりの筋肉痛です。空路鹿児島に、向かいました。屋久島の空港は、今まで見た記憶では、最もしょぼい空港でしたが、鹿児島空港の立派なことに驚きました。空港バスで、鹿児島市内に入って、長女が朝にホテルで、ガイドブックでリサーチした鹿児島ラーメンの店に行きました。昼下がりと言うのに列を成してました。美味しかったです。西郷隆盛翁の銅像を見に行き、空港に戻り、大阪に戻りました。旅行の感想を、家族のみに、それぞれが携帯で送信しました。皆が喜んでくれて、自然に触れる、少しハードな旅行でしたが、娘達には生命の尊さや自分の存在させてもらっている今において、先祖と未来への縦の関係の大切さを感じてくれたみたいです。それぞれが、明るく力強く生き抜く活力になった旅であった事が、何より嬉しく思いました。 >
2012.03.30

朝四時に起床して、ホテルを五時前に出発して、荒川登山口から六時に登山開始です。目指すは縄文杉です。運良く、雨の心配は無しでした。屋久杉搬出のために大正時代に敷設されたトロッコ道を歩いて行きます。京都嵐山の住民である私達の家族は、トロッコと言うと、今や地元嵐山の観光名物のトロッコ列車を連想してしまいますが、昭和四十年代の半ばまでは、村があり、小杉谷集落跡には小学校の校庭や人家の石垣が残り、心血を注いで生きる為の生命線だった線路跡を歩いているのを実感しました。ガイドの管さんが平たんな山道でなく、往復十時間を超える道程をさして、登山前に『ピクニックでもなければ、ハイキングでもありません。』と言われたのが、私には長い距離、険しい登山道、強風の中を渡る橋の恐怖以上に、枕木の上を心して踏みしめるようにも言われたように重く胸に響きました。屋久島の森の魅力は、着生と教えて頂きました。これだけは、全てを忘れても覚えといて下さいとの事でしたので、あえて書きました。自然の生命力は素晴らしいです。あまり、講釈を並べるより、是非とも行って、体感してほしいです。それが感想です。家族で、列を成して、互いに励ましあいながらの登山は、日常生活では忘れかけていた家族の絆を蘇らせてくれました。
2012.03.28

先週の土曜日、家族で空路、大阪より、屋久島に向かいました。強風の影響で、船の着岸が不可能になり、観光客の入島が出きずに波乱の幕開けです。そのおかげで、本来なら島全体に在るタクシー30数台が、船の観光客のガイドで予約済みだったらしいですが、全てがキャンセルになり、田中さんという、素晴らしいガイドに恵まれ千尋の滝を観に行く事が出来ました。車中の屋久島のお話も楽しくて、勉強になり、思いをより深めた次第です。
2012.03.27
昨夜は、次女と三女と三人での夕食でした。私が帰り道で、惣菜を買ってくる予定でしたが、次女が用意する連絡があり、楽しみにしてますと、色々と買ってきて、台所に立って用意してます。今までは見たことのない光景です。思いもしないオリジナルのたこ焼き試食会となりました。キムチありミルキーありの斬新なアイデアでしたが、美味しかったです。
2012.03.22

大震災の被災地の墓地のお彼岸の、御様子をテレビで観てると、先祖を大切に思う日本人の国民性からすれば、墓石のあの状態は心が痛み、早い復興を願わずにはいられませんね。お寺さんだけの、御努力ではどうにもならない深刻な状況が見て取れます。おかげさまで、私は昨日、天竜寺の我が家の墓と会社の供養塔の清掃と、花を供えてのお参りが出来ました。昼からは、地元の京滋で一番の標高を誇る愛宕山に登りました。家族の意見。『山登りのパパは好きやわ。だって無口やし。』50歳には堪える体力の消耗でしたが、自然に身を置く、無言での深山との対話は、お彼岸での至福の時でした。
2012.03.21

オープン戦も終盤を迎え、各チームも、いよいよ臨戦体制となってきました。我が、DeNAは、昨日は惜敗しましたが、戦力が不足していると揶揄されながらも、オープン戦は、打力が弱い感じですが、順調な成績であります。近年に無い盛り上がりで、ペナントレースも期待大であります。
2012.03.19

語意は、色々あるのですが、一つの花が美しい五枚の花びらを開き、それがやがておのずから立派な果実を結ぶように、心の花を咲かせ、五智を開発させたならば、悟りは願わずとも自然に成就するという解釈もあります。本日、娘三人と禅居庵様に参りました。次女・三女の大学と高校の受験に際して、摩利支尊天様のお堂で、特別祈祷を新年祭の時にして頂いたのですが、今日の三女の合格発表で、二人ともに摩利支尊天様の御加護のおかげで、日頃の力を出し切れて良い結果となりました。そのお礼に参った次第です。娘三人共に、今春、新しい門出になる事を、上松正明和尚も喜んで下さり、良い報告が出来て幸せでした。報告をさせて頂いた書院の床の間には、一華開五葉のお軸が掛ってました。この良き日を三人の娘たちは生涯忘れる事はないと思いますが、今後の人生であの御縁は何だったんだろうと振り返る時があるならば、父親は多少は世間のお父さんより、熱心な仏教徒であった事を思い起こし、三人助け合って心の花を咲かせて、人さまに思いやりのある女性になってほしいと思いました。
2012.03.16
次女が、大学入試で、志望校に合格しました。本日の入学手続き、本人が以前から、計画していた友達との、浦安への旅行の為に、場違いの大学キャンパスに、親爺(私)が参上しました。入学式ではないので、すぐに用は足せるのですが、女の子は、友達と来たり、一人で来てるケースが多いのですが、おかあさんと来ているのは、断然、男の子が目立ちました。そんな大層な事でもなかろうに、私の学生時代には、考えられない現象です。
2012.03.15

昼前に、出先から戻りますと、円覚寺の管長様からの郵便物が、デスクに置いてありました。管長様が、日曜説教という円覚寺の会で話された内容を筆録されてまとめた『青松閑話』平成二十四年版という書物を、辱けなくもご恵送下さったのでした。サブタイトルにー弱いままに生かされるーとありました。拝読する前に、そのサブタイトルが、とても気になり、今まで、文章を味わいました。震災後の、お話であったので、管長様がお聞きになられた実例を挙げながら、人は生命あるかぎり、精いっぱい明るく生きなければならない事を説いて下さってると思いました。己の弱さを知り、家族や知人・社員等、関わって下さる皆々様と手を携えて、生きて行こうと勇気を頂いた書物でした。
2012.03.13

昨日は、震災一周忌で、日本国にとっては、大切な日でありました。全国の至るところで、犠牲になられた方々の英霊にたいして、心からの哀悼の意を捧げる法要や行事が行われたようです。京都では、各本山の法要と共に、復興支援の京都マラソンが、市民マラソンの形で、初めて実施されました。私共の家の前がコースに選ばれましたので、通過されるランナーに、声援を送りました。時には、ハイタッチをしたり、思いかけず知人を見かけたりで、楽しくも有り、参加する事で、復興の一助になろうとされるパワーが伝わり、この国は、皆で力を合わせて盛り返せると確信をしました。
2012.03.12
私の青春時代のヒーロー的存在は、松山千春でした。彼のデビュー曲は旅立ちでした。今日は、長女の22歳の誕生日です。彼女は、昨日から卒業旅行でインドに向かいました。インドに向かう前に、親に宛てて、手紙を置いて行きました。京都駅まで共に向かいましたが手紙の存在は直接は言わずに成田空港から出国する際にメールで手紙の存在を知らせてきました。22歳を迎えるのにあたり、今まで、衣食住の苦労なく、行きたい学問の道にも進ませてもらった感謝の意を綴っていました。四月からは、社会人として、某電機メーカーに勤めます。勤務地は鎌倉に決まりました。彼女の旅立ちです。親の気持ちを察してか、休日があればマメに帰省するとも書いてありました。いつも、進路の岐路において、時には涙しながらも支えてきた家内に、私は感謝しています。
2012.03.05
二月二十九日に、鎌倉に出張しました。雪の影響で、新幹線も遅れるぐらいの大雪でした。北鎌倉の駅を降りて、円覚寺の門をくぐると、見事な銀世界でした。雪潭瀉春色【せったんは、しゅんしょくをしゃす】の言葉どうりの景色でした。前にも、怒りを込めて、中年から高年のカメラ小僧のパチパチ病を書きましたが、珍しい銀世界の古刹の情景を撮る、絶好のチャンスとばかり、数人が観えておりました。写真の趣味は良いのですが、私が管長様にお会いに参じる専門道場の門の中には、舎利殿があるのですが、中に入る方は流石におられませんが、私も群がってる方の様子を暫く観てましたが、写真を撮る前に、合掌する姿はお見受けできませんでした。写真を撮る被写体は、何であるか意識をしてほしいです。舎利殿をバックに記念写真を撮られたおば様が、『来年の年賀状にしようかしら。なんちゃって』と言ってられましたが、若い人のモラルを問題視する人が多いですが、私は、若い人に、模範になっているのかと自己反省も含めて考えました。便利なデジカメも、使い様ですね。
2012.03.02
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