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言葉は不思議だ。文字にして書く段階で既に頭の中で音読しているわけだが、その時に何か妙な魅力を感じたり、嬉しくなってしまう単語が皆さんにはないだろうか?そんな言葉に出会った時は、是非とも口に出して言ってみて欲しい。(声に出すことが重要だ)合コンですべった時。好きなテレビ番組が打ち切りになった時。帰ったら食べようと思っていたプリンを弟が食べてしまっていた時。トイレに入ったら紙が無かった時。人生はかくも苦難に満ち溢れているが、お気に入りの単語を口に出すことによって何とか半笑いくらいにはなれる事がある。以下に私のお気に入りの言葉を紹介しよう。なお、「声に出して読みたい日本語」とは一切関係がなく、日本語でなかったりもするが響きの美しさでは負けていないはずだ。ブランデンブルク辺境伯領まずはこれだ。これが何なのかはよく憶えていない。世界史で習ったドイツだかプロイセンだかにある国の名前だ。非常に長いにも関わらず韻が踏まれているような箇所もあり、独特のリズムがあって声に出して読むと非常に心地よい。マルクス・アウレニウス・アントニウスこれも世界史から。大秦国皇帝安敦(だいしんこくこうていあんとん)と中国では呼ばれていたお茶目なローマ皇帝だ。アントンだ。アントン。現代ではアントンといえばアントニオ猪木であるが、授業中に心の中で「アントンて」と小さく突っ込んでからは私の中でアントンと言えばコイツだ。これは「憶えて言えた」という不毛な満足感を呼び起こしてくれる。ドラコン・ソロン・ペイシストラトス・クレイステネス・ペリクレスまたもや世界史から。ギリシャ時代の改革者だかなんだかの名前で、六人分。当時世界史の担当であったM先生が我々に覚えさせようと呪文のように毎時間唱えるので、意味より先に音だけ覚えてしまった。買い物しようと街まででかけたのに財布を忘れてしまった。という時などに10回唱えると非常に落ち着く。ソトマイヨール走り高跳びの名選手の名前である。きっとマヨネーズを連想するので落ち着くんだと思う。見ろ!人がゴミのようだ某悪人の台詞。高い場所に登って嬉しそうに言うが吉。超古代文明のオーバーテクノロジーを手に入れた気分に。寺田農の物真似が出来ればなお良し。僕がガンダムを一番上手く使えるんだ!!パーマが失敗した時限定。我侭な子供の心を思い出すことができる。ウコン「またそれかよ」と思われた方、申し訳ない。私はこの言葉に非常に注目している。別に普通の単語なのに、口に出した時に湧き上がる言いようの無い背徳感といったらどうだ。それはきっと人間の最もプリミティヴな部分に通じる感覚だと思う。思考を超えた条件反射の部分で反応してしまうので、自分が知的で良識があると思っている人間ほど心が揺り動かされるのだ。したり顔の大人に羞恥と満足の笑みを浮かべさせるパワーがこの言葉にはある。いーちー、にぃー、さーん、しー、ごー、ろく、しち、はち、きゅー、じゅう文字にしても一切伝わらないが、大阪弁の1から10までの数え方は歌のように節がついている。これで数を数えると非常に楽しい。発展編としていーち、にー、さんまのしっぽ、ごりらのむすこ、なっぱ・はっぱ、くさったとうふというものがある。1、と2がそのままという適当さがまたいい。これは是非、親から子、子から孫へ歌いついで欲しい。以上、一例を挙げてみたがどうだろうか。本家と趣旨がずれてしまっている部分もあるが、紛れも無く私が口に出してみたい言葉である。非常に感覚的なものなのでその嬉しさを伝えきれたかどうかは自信が無い、というか伝え切れていない確信さえあるが、止むを得まい。音声学や言語学、心理学を勉強すればもう少し私の嬉しさを理屈で説明できるのだろうが、嬉しさを理屈で説明するのも無粋であるかもしれないので、ひとまずこれで良しとしておく。結論として分かる人だけ分かればよいのである。なお、これらの言葉、または皆さんなりの言葉を発する時一つだけ注意するべき点がある。必ず密室である事、または周囲10m四方に人がいないことを確認する事。仮に余人に聞かれてしまった場合、皆さんの社会的評価・地位がどうなろうとも責任は持てないので悪しからず。(こっそり言うのが楽しいんだしね。あなたのとっておきの言葉も是非教えて下さい。)非常に便利なページ達なのでブログ生活に役立ててやってください。楽天検索広場楽天のブログだけをgoogleで検索できます。その設定は簡単に出来るので別にここでなくてもいいんですが、まあ既存のものを使うと楽なんで。News&Blog Search楽天に限らず、様々なブログを検索できます。関連記事など、同じキーワードで繋がったブログも出てくるので興味をもった記事をたくさん読みたいときに役立ちます。ニュースも各新聞などのページから集約されてくるので便利。日記才人ここは登録制のブログサイト。私はあまり使っていませんが・・・。(登録一ヶ月以上でいまだにレベル1)Lv UP制度などあり、けっこうお遊び要素があります。人気ブログランキング投票形式のブログランキング。ランキングどおりとはいきませんが、色々見ていると中には面白いものがあります。ちなみにこれを押すと私に一票はいります。ご協力よろしくお願いします。他にも私の知らない便利なページがあったら教えて下さい。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。
2004.08.31
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人気blogランキングに参加してます。ランキングというのはあてにならないもので、私より下でもいいのはあります。逆に高順位でも「なんでこれが?」っていうのも。基本的に「週間IN」でランクが決まるんですが、ランクは25位以内をキープできればいいです。(もちろんより高い方が嬉しいですが)問題はOUT。つまりランキングから何人自分のHPに来てくれてるかという数。これが伸びなかったら登録してる意味もほとんどないですからね。あと、やはりランキング内をうろうろして面白い日記を探す事ですか。幸い、私のすぐ下に「フクダカヨ絵日記」というのがありました。お気に入り。プロのイラストレーターさんの絵日記です。やはり絵っていい。(みなさんは、画材屋本舗を応援しましょうね(笑))最悪の気分・・・。何を考えとんねや。あの観客は。とりあえず磔にしてブラジルに送らなあかんなあ・・・。あれがなかったら、どうなってたかは分からん。ブラジルの選手が勝ってたかもしれんし、同じ結果になったかもしれん。でも、だからこそ許せんのよね。スポーツ見てここまで暗い気持ちになったのはちょっと記憶にないなあ。どこの誰やアイツは。弁解・同情の余地はないぞ。きっちり公の場に引っ張り出して向こう30年間は蔑みの目の中で生きさせるべき。感情のままに書いてるだけやけど、とりあえず文章にでもせんとこの気持ちをどこに持って行ったらええかわからへん・・・。ほんまに、アスリートはみんな尊敬してる。特に世界なんかでやってる人は。スポーツは娯楽。でも自分の中ではかなり特別な娯楽。もしかしたら生きてる中で一番純粋な気持ちで見られるもの。それを穢されて、何も出来ないのが今は無性に口惜しい。こういうのは誰も求めていないと分かっていても、書かずにはいられませんでした。公開日記なんで自己満足に走らないというルールを自分に課してた時期もありましたが、それは実はブログの一つの価値でしかなかった気がします。公の場で自分の心情をストレートに吐露するというのもまた、ブログの意義なんじゃないでしょうか。「読ませよう」という事をあまりに意識しすぎると今度は自分がつまらなくなってくるんですよね。どこかから原稿料でも出てるなら話は違ってきますけど・・・。(もらえるほどももんでもないですしね)最近はあまり頭を使わず、文章もそれ程練らずシンプルに書きたいと思った事を制約無しに書いています。つまんないとその内に誰も読んでくれなくなりますし、それを肯定しすぎると自分のモチベーションも下がるので加減の難しいところですが。
2004.08.30
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神聖モテモテ王国週刊少年サンデーで96年ごろから二年間ほど連載された漫画。独特、というか絶対に真似できない台詞回しと、各所にちりばめられた政治・経済・思想・漫画・アニメ等のパロディが出色。高橋留美子や曽田正人が大絶賛したが、いきなり終わってしまった。(打ち切りではないようだ)作者のながいけんは、これより十年近く前にマニア雑誌ファンロードでカルト的な人気を誇ったが突然姿をくらまし、その後いきなり「モテモテ王国」で復活する。昨冬ヤングサンデーにおいて五話のみの集中連載でまたもや再起。そして再び消えるというなんとも謎多き漫画家。天才であることは間違いない。騙されたと思ってぜひ読んでみて欲しい。今頃どこで何をしてるやら。紹介ページ(のつもりで書き始めたのだけど、読んでも意味が分からないだろう。)わざわざ紹介ページを特設したのは気まぐれです。人気blogランキング。今何位?え?今日はこれだけ?はい。
2004.08.29
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うこん。それは非常に有益な食材である。香辛料としてだけではなく、漢方薬として用いられるほどの健康増進効果がある。そんな優等生が、或る人間の根源的で敏感な部分を刺激してしまうが故に、罪作りな単語に変身してしまう理不尽さ。うこん。それは清浄と汚濁の混沌。 『醗酵ウコン粒』あなたは何も悪くない。恨むなら「醗酵」「ウコン」「粒」という奇跡の配列を恨め。 『うっちんスライス』一方、こちらは悪意に満ち満ちている。ウコンな上にうっちんとは。宣戦布告とみなす。 『春うこん カプセル』飲みにくい粉末タイプをカプセルに詰め込みました。ビジュアル的に余計飲みにくくなった気が。今日は多くを語るまい。「くだらない」と思いつつ、少しでも「ニヤッ」としてしまったのなら君は私の仲間だ。こんなことをしても少年の心を持った大人という便利な言葉があるので安心。ビバ、うこん終劇人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。今日から不定期でお気に入りの漫画でも紹介しますか。風の谷のナウシカベタですが、映画を見たことがあっても漫画は読んだ事がないという人もけっこういるのでは?漫画と映画はかなり違います。漫画はさらに重い。人間の業というものを戦争、差別などを絡めて描いています。ナウシカも救世主的な聖母としてではなく、深い業を背負った一人の人間として描かれております。トルメキアのヴ王、三皇子、ドルクの神聖皇帝ミラルパとその兄ナムリス、森の人セルムなどアニメに出てこない魅力的なキャラクターも。個人的にはトルメキア戦役のあたりが好きです。戦記物みたいで。身内であるはずの王族の陰謀によって、子飼いの第三軍と切り離された王女クシャナ。第三軍は神速を旨とする機動部隊のはずが最も不向きな拠点防衛を命じられ壊滅寸前に。将軍は兵を見捨てて逃げ出す算段をし始める始末。そこへ帰ってくるわけです。トルメキアの白い魔女と呼ばれた彼女が。「軍団長に歓呼三声!」「ラー・・!」「ラーー・・!」「ラーー・・!!」なんつって。
2004.08.28
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08/22の日記にあるように、私はパーマに失敗しました。しかし、数日経つと「パーマが落ち易い」という髪質が幸いし、随分マシになったものです。心の平安は余裕を生み出し、加害者の心情を慮るまでになりました。加害者と言っている時点でかなり余裕のないようにも見えますが、前の日記では「お前の血は何色だ」と言っていたくらいなので・・・。美容師というのは大変な職業だと思います。一時期、カリスマ美容師などという間抜けな脚光の浴び方をしたために勘違いされてしまいましたが、基本的には地味な重労働です。休憩時間以外は一日中立ちっ放しで、規則正しい時間に食事を取ることもできません。水と薬品を多く使うために手が荒れることも多いそうです。元ちとせは余りに薬品まけし過ぎたために、一度美容師を諦め郷里に帰った過去があるとか。さらには休日が一般の人と合わず、友人・恋人と疎遠になったり、一人前になるまでには就職後も遅くまで技術訓練を受けねばならない等、時間的な制約もあります。とまあ、ちょっと挙げてみただけで中々大変そうですが、私が何より大変だと感じるのはやはりお客への対応でしょう。美容師の仕事はただ髪を切るだけではありません。髪を切る時には当然、お客と接します。どれだけ腕が良くても、その時にゴルゴ13のような無言・無表情だとどうでしょうか?お客は緊張のあまり言いたいことも言えず、挙句の果てにはカット代金をスイス銀行の秘密口座に振り込みかねません。多くの客は高い技術と同時にリラクゼーション等の付加価値を求めて、わざわざ高額な美容室に出向くのです。ヴィダル・サ・スーンが自社ブランドのシャンプーや整髪料を売り出しサ・スーン・クオリティとかほざいていますが、ユニットバスで水漏れを気にしながら背中丸めて頭洗って、何がサ・スーン・クオリティだ、ということです。(上記の記述は私の体験からくるヒガミとは一切、断じて、決して、関係ありません)そういうわけですから、必然的に接客態度やカット中のお客との対話も大きなウェイトを締めるわけです。しかし、お客と一口に言っても年代・性別・職業・趣味嗜好・性格は様々です。私のような扱い易いお客ばかりではないでしょう。私など、仮に失敗してもブログで人でなしと書かれるくらいのものです。色々美容師さんの苦労話をカットされながら聞きだすのですが、態度が気に入らないと怒鳴り込まれたり、話題についてこられないと説教されたりすることもあるそうです。態度が気に入らないというのは本当に美容師側に何か失礼な態度があったのか、単なる言いがかりかは分かりませんが、とにかくまずは接客の基本を学んで対応するしかないでしょう。一番困るのは話題の引き出しをどうやって増やすかということだと思います。まずはスポーツや新聞の社会欄に載っているような話題が無難でしょうか。今なら楽なものですね。「オリンピック見てますか?」の一言で会話の花は咲きまくること必至です。他に季節ごとのイベントの予定を聞いてみるという選択肢が多用されます。例えば「もうすぐGWですけど、どこか行くんですか?」土曜日の昼間だと「これから、どこか遊びに行くんですか?」果ては「今年のクリスマスどうするんですか」など。これらは場合によっては客が涙ぐむ場合があるので、あまり軽率に使わないでいただきたいものです。特に最後の。私などは「この後の予定!?今日はこのためだけにわざわざ出てきたんだよ!後は家帰ってマンガ読んで飯食って屁こいて寝るだけじゃい!!」と漢(おとこ)らしく言おうと思いつつも「いや、まあ適当にその辺をブラブラして・・・」と中途半端に答えて、その夜枕を濡らすのです。しかし、中には客から話題をふってくる場合もあり、その時こそ真の実力が試されます。政治経済などは案外多いらしく、そのために勉強することも多いそうですが、到底カバーできない範囲の話題だったりそれ以外の要素で会話が成立しない場合どうするんでしょうか。例えばお客がテレパシストまたはチャネラーだった場合。お客は当然美容師に対して念話で話しかけてくるわけですが、それを聞き(?)逃せば「無視された」と怒りかねません。インドの山奥で悟りを開くか、ニュータイプとして覚醒するのを待つしかありません。例えば九州で就職してしまった場合。当然お客は九州弁を使ってくるでしょう。九州弁は、特に南に行けば行くほど解読不能です。九州の大学を受験した時、隣りの人が友達同士で何を話しているのか本気で分からなかったことがあります。鹿児島出身の友達は「大阪来ても方言使ったらええやん」と言う私に対して、少し寂しげに笑いながら「本気で鹿児島弁を使うときっと誰も分からないから」と私には到底真似できないイントネーションで答えます。インドの山奥で悟りを開くか、ニュータイプとして覚醒するのを待つしかありません。例えばお客がダムマニアだった場合。そんな奴は居ないだろうと思うかもしれませんが、ダムマニアは実在します。しかも相当数。ここをごらん下さい。googleのページランクもかなり高く、HIT数も相当なものです。かのタモリ倶楽部でもダムマニアは特集されKen(L'Arc~en~Ciel), 松尾貴史, 加藤明日美, 竹村公太郎(元国土交通省河川局長) という豪華メンバーでダムの奥深さ、味わい深さについて熱く語っていました。(他にもジャンクションマニアなど有り)インドの山奥で悟りを開いてもニュータイプとして覚醒しても無理です。こう考えると一人前の美容師への道のりはかなり厳しく、「美容師にならなくてよかった」としみじみ思うのです。人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。
2004.08.27
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roiroiroiさんの日記(8/17)で紹介されていた商品を見て、私の全身は凍りついた。お手軽うんちポーチこれである。危険物をお手軽に扱っていいのか。それはさておき、説明書きを抜粋してみる。『ワンのウンチョス、おウチまで持って帰るのがワンオーナーのマナー。』ワンのウンチョス。ワンのウンチョス。ワンのウンチョス。確かに犬の糞では身も蓋もない。ぼかして可愛らしくするのは商品イメージにとって大事だ。しかし言うに事欠いてウンチョスとは。これは活用形なんだろうか。ホーム、ホーマー、ホーメストみたいな(←違うウンチョスとはウンチの最上級だろうか?比較級だろうか?なんにせよウンチョスである。問答無用でウンチョスなのだ。『でも、車で遠方まで出掛けたときや、カフェでの休憩タイムにはやっぱり少し気になっちゃいます。そんな時は、この可愛いポーチに入れてあげてくださ~い!』カフェでエスプレッソを飲んでいる人のカバンにワンのウンチョスが入っているという可能性を、我々はこれから考慮して生きねばならないのか。今まではワンを連れている人がビニール袋を携えていれば「ああ、あの中にはウンチョスが入っているんだな」と心の準備が出来たわけだが、これからは油断できない。(ワンオーナーもウンチョスのポリ袋を持ってカフェに入る勇気はあるまい)この商品の登場によって、ワンのウンチョスが様々な場面で登場する可能性は飛躍的に向上してしまった。競技場に現れたアスリートのスポーツバッグにワンのウンチョスが。「うんをつける」なんてことを言うくらいだからありえる話だ。ワンのウンチョスを競技場に持ち込むことの是非が北京オリンピックでは取りざたされるかもしれない。公園でワンを散歩させている女性が落としたポーチ。「お嬢さん、落としましたよ」ウンチョスが恋のきっかけになる日はもう目の前だ。「お父さんとお母さんの出会いはコロのウンチョスなんだよ」なんてメルヘンチックな会話が家庭内で繰り広げられるのだろうか。今まで犬を飼っていない人間とは縁遠かったワンのウンチョスが、急激に身近になろうとしている近未来。今、そこにある危機。今、そこにあるウンチョス。後になってから「ああ、時代の転換点はあそこだったな」と分かる事はよくあるが、お手軽うんちポーチの登場がまさにそれかもしれない。NHKのその時歴史は動いたで取り上げられる日も来るのだろうか。人間は素晴らしい発明・発見の恐ろしい使い道を考えるのが得意だ。ダイナマイト、原子力 etc...ニンのウンチョスの輸送に使う暴挙だけは止めなければならない。さて。これからバッグにポーチを入れている人を見かけたらどうすればいいのか。中身がウンチョスかどうかを見極めねば近づく事もままならない。それを考えた時、このフレーズに合点がいった。ワンのウンチョスとはお手軽うんちポーチユーザーを見分ける暗号・合言葉だったのだ。いきなり「あのーその中身って犬のウンコですか」と聞いて、勘違いだと大ひんしゅく、頭のオカシイ奴である。「あのーその中身ってワンのウンチョスですか」こう尋ねればうんポ(今考えた愛称)ユーザーなら「はい、そうですよ」と笑顔で答えるだろうし、ただのポーチなら「????」となるわけだ。「あ、いや、なんでもありません。いやーいい天気ですね・・・」と誤魔化せばいい。ちょっと安心した。注意書きにこうある。『洗濯機で洗濯は可能ですが、念のため他の洋服などとの洗濯はお避け下さい。』確かにこれはウンチョスをじかに入れるものではない。しかし敢えて言おう誰がするか。売り切れだ・・・!みなさん、気をつけて!お手軽うんちポーチは既に相当数が世に出ている!!きっとワンオーナーにとっては本当に便利なアイテムなんでしょうね。
2004.08.26
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スポーツ中継に欠かせない要素として挙げられるのがアナウンサーの実況です。中には「あんなものなくてもいい」という意見もありますが、テレビで見ている以上会場の臨場感は味わえないわけで、それを代替するのが実況・解説だと思います。伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!これはNHKの刈屋富士雄アナウンサーが体操団体のアンカー富田選手の金メダルを確定させる演技の最後に加えた実況です。巷では体操ニッポン復活の感動と共に名調子・名台詞と言われています。なるほど、確かに良く出来た台詞です。NHKのオリンピックテーマ曲栄光の架け橋(ゆず)にもかかっており、推敲の後がうかがえます。しかし、私はこの実況には少しブーイングです。理由はよく考えられた台詞だからです。アナウンサーの実況はスポーツ中継に欠かせないと最初に言いましたが、それがメインであるとは思いません。サンテレビ(関西のUHF局)の阪神中継のアナウンサーが「テレビは映像があるので、アナウンサーが必要以上に喋る必要はありません。感動は画面を通して伝わるのであって、実況はそれを邪魔しないBGMのようであるべきです」という趣旨の事を言っていました。私もそれに大賛成で、先の刈屋富士雄アナウンサーの実況は、よく考えられた「実況のための実況」だったが故にちょっと胸焼けしたのです。しかし、刈屋アナの実況はまだ良く出来ていたが故に許せる部分もありました。ちょっと料理の味は濃くなりましたが、それでも料理の味を引き立たせるための味付けだという意識はあったからです。真に度し難きは古館伊知郎。彼も一応、スポーツ実況の名手と言われているようですが、世界水泳、誠に興ざめでした。彼の頭にあるのはいかにして自分をアピールするかということだけ。そのために珍妙なフレーズを事前にスタッフと一緒になって考え、用意し、競技そっちのけでその迷台詞を言う事に必死になるのです。スポーツが面白いのはノンフィクションだからです。選手の営みが瞬間、瞬間に有機的に絡み合って、一つの物語が紡がれていく過程に予定調和やご都合主義はありません。たとえ、結果としてそう見えたとしても。感動は競技の中に全て内包されているわけで、そこに演出や作為を挟み込むのは無粋というものです。大きな自然の流れ、運命の絡み合いの中に人工物(それも醜悪でセンスゼロの)を混ぜ込む事によって台無しにしてしまう男。それが古館伊知郎なのです。選手達が血を吐く思いでやっと上がった最高の舞台を自分が目立つために利用し、ぶち壊してしまう彼の所業は万死に値するというのは言い過ぎでしょうか。報道ステーションでのインタビューが面白くないのも同じ理由です。横山やすしをして「敵わない」と言わしめた久米宏の話術と勝負しろとまでは言いませんが、あまりに酷いのです。とにかく、実況アナに言いたいのです。見てる方より先に感動・興奮しないでくれ!!(血涙)これも多数意見だと思うのですが、日テレ船越アナの「ゴール24連発」も頭に来た実況の一つです。生まれて初めて抗議の電話をしようと思いました。もっとコミカルに書こうと思ったのですが、勢いでこんな面白みのないグチのような日記になってしまいました・・・。最近説教臭い。人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。今見ておけば「劇場で観たんだぜ」と自慢できる。そんな映画になります。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう
2004.08.25
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日本の野球が終わる。そう思ってしまうくらい大きな大きな敗戦だったと思います。結果論で選手個人をボロカス言ってる人もいますが、さすがにそこまでは言う気になれません。しかし・・・1チーム二名までという明らかに本気でない人選。監督に至ってはベンチにも入れないのになぜか監督のまま。長嶋JAPANという言葉は空虚でした。最初から「お飾り」だったということ?しかも代行が中畑清じゃあ・・。選手個人がどうこうと言うより、この中途半端な編成で負けてしまったことが問題ですね。余計に傷口が広がってしまった感が否めません。それでも出ちゃった以上は勝たなきゃいけなかったんですよね。あのいぶし銀の宮本選手の涙はみてられなかったなあ。プロフェッショナルなのでミッション・インコンプリートともなれば責任は重いんですが・・・。北京オリンピックには本当に野球界一丸となって、真の意味で最高の選手と首脳陣を送らねばならなくなりましたね。正式競技として残れば、ですけど。プロは出ないという選択肢はもうなくなったでしょう。このことで利己主義的な各球団がちょっとはまとまるかな?なんて甘い期待も。野球、しっかりせんとホントやばいですよ。サッカーに食われまっせ・・。もう手遅れ?ちなみに私は「夢をありがとう」「感動をありがとう」という言葉が嫌いです。選手としては我々の夢や感動のことなどきっと優先順位で言うと40位くらいでしょう。もちろん、期待に応えたいという思いは強いでしょうけど、「夢や感動を与えたい」とまでは思ってないはず。それなのにそんなこと言われたら、気持ち悪くないですか?私だったら半笑いで誤魔化すくらいしかリアクション思いつきません。見てる方は勝手に感動して勝手に夢をもらえばいいんです。「感動した」だの「夢をもらった」というのは個人の感想として述べるべきで選手にかけるべきじゃないと思うんです。感謝の押し売りはちょっとね・・・。結果に納得してない選手に対して言う場合などは気持ち悪いではすみません。下手したらその選手を愚弄する事にもなりかねませんよ。「すごい!」「おめでとう!」「残念だったね」でいいんじゃないですか。変に良い話にしなくても。本当は自分の人生で感動を味わえればそれが一番なんでしょうけど・・・。日常にはない非日常をスポーツに求めるのは当然ですよ。それで高揚感を味わいたいというのは一つの正しい見方です。気持ちは分かりますよ。分かりますけどね。感動そのものが目的になってしまうのはいかがなもんでしょうか。結果としての感動なのに、既に最初から目的化してるような。感動をありがとう、なんて言ってしまうとまるで感動したくてたまらんかった人みたいじゃないですか。「さあ、是が非でも感動してやる。さあこい感動、もっと来い、ドンと来い」というスタンスで応援している人けっこういるんじゃないでしょうか。とにかくお祭り騒ぎがしたいだけの応援団なんかには多そうです。「感動ジャンキーになって感動をあさらずに、自分のことで感動できるように頑張ろうぜ」と思ってしまいます。(それは自分も少し含まれます。)実はつい最近ある漫画を読んだんですけど、以前自分が書いた日記と少し似ているところがありました。でも、その「似てる部分」は普遍のテーマなんで当たり前だなと納得しています。(「俺の潜在的無意識をテレパシーで読み取ってパクった」などという電波なことは申しません。)他の人もきっと同じスタートラインから書いてることもありえます、というかきっとそういう人は複数いるはずです。で、そこからどこまで深く、遠くに到達できるかが問題なんですよね。もちろんその漫画の方がより緻密に考え抜かれていますが。今日はなんかアレだな・・・。他人の日記に異議があってもそれを引用して書かねば意味が無い場合、けっこうストレスが溜まります。コメントつければいいんでしょうけど、いつも迷ってる間に「まあ、そこまでして言うほどのことじゃないなあ」とやめてしまいます。それ以外の場合は自分の日記の中で反論してます。本人も第三者も気付いてないでしょうし、そもそも本人が読むかどうか不明ですけどね。ということはよくここに来られる方の日記に対してではないということです。もし、知ってる人の日記に「それはちゃうんちゃう?」というのがあったら悩むだろうなあ。人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。今見ておけば「劇場で観たんだぜ」と自慢できる。そんな映画になります。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう
2004.08.24
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俺も昔は荒れてたけど今はすっかり落ち着いたぜ、的なノリで昔のチンケな悪行を武勇伝のように語る人がたまにいます。そういう人は更正してません。本当に更正したら、自分の行為が恥ずかしくてそんな自慢話(?)はできませんから。更正した人は恥をもってもっと慎み深く話します。そういう人に出合ったり見かけたりするとエネルギーがマイナス30です。せっかく持ってるスーパーひとし君人形もボッシュートです。早く盗んだバイクからおりなさい。卒業から卒業しなさい。尾崎豊の詞の99%は感情移入できない。中2くらいのマインドだ。それをいい年こいて書いてしまうのだから恐ろしい。仲間内でカラオケに行くと私は必ず「卒業」を絶叫して歌う。これが非常に受ける。「卒業」は我々の中で既に面白ソングなのだ。しかし、一曲だけ好きな歌がある。「シェリー」だ。これはこれで臭いのだが、こういう直球は好きだ。その歌詞の一節に気になるくだりがある。「シェリー あの頃は夢だった 夢のために生きてきた俺だけど シェリー お前の言うとおり 金か夢か分からない暮らしさ」金と夢は別に同じでもいい。金が夢でも全然恥ずかしくないと思う。でも、「シェリー あの頃は夢だった 夢のために生きてきた俺だけど シェリー お前の言うとおり 金か夢か分からない暮らしさ でも、よーく考えよーお金は大事だよー うーう うーう うううー」だと歌詞にならないのでこれでいいと思う。尾崎の中で金≠夢であって、別に普遍的なことを書いたわけではないということでいい。これを書いていたら連想的に思い出したが、憲法学の中に二重の基準論というものがある。かいつまんで説明すると(というかあまり突っ込んだ話をするとボロが出るので)「精神的自由権は民主主義の根幹を成すものであり、一度損なわれると政治過程で回復するのが難しいので、その規制に対しては経済的自由権より厳しい基準で合憲性を審査しましょう」というものだ。一応これが「通説」となっているが少数意見の反対説もある。「そもそも経済的自由権がそのまま即精神的自由権に繋がるという価値観も存在するのであって、精神的自由権にだけ優位性を認めるのはインテリ層の傲慢である。二重の基準論の論拠は精神的自由権の重要性を説くだけであって、その優位性までも根拠付けるものではない」というものだ。「あんたらは飯が十分足りてるから、金がすべてだと言う人間の気持ちなんてわからんだろう。経済的自由が自己実現にとって不可欠な場合もある。それに精神的自由権の大事さは説明してても優位性はイマイチ説明できてないんじゃないの?」という感じか。ものっそ大雑把に紹介した。ちゃんとした話をしようとするとエライことになるし、私自身が対応できないので法律論議はご勘弁を。聞きかじっただけなんで。(ネットでこういう話をするのは怖いんだよなあ)知ってた人やより詳しい人は「そんなこと知ってるぜ。しかも間違ってるぜ」と心の中で。知らなかった人は「ふーん」で。興味を持った方はご自分で。感想はください(へへへ)質問されると高確率で落ち込みます。さだまさしの「償い」は泣けます。実話が持つエネルギーってのはやはり重いですね。あと「善人猶もて往生をとぐ、いわんや悪人おや」という言葉。これは「悪人こそが救われるべきである」という意味だと思ってたんですが、全然違ったんですね。やはり「自分は善人である」と思い込んでいる人というのはアッチョンブリケです。あんまり内罰的なのもアレですが。人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。今見ておけば「劇場で観たんだぜ」と自慢できる。そんな映画になります。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう
2004.08.23
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前回までのあらすじ画材屋本舗はパーマをあてました。(おわり)いきなり終わってしまいましたが、続きです。1液をかけてからかなりの間放置され、内心焦っていた。確かに強めにかけてくれとは言ったが、あまり長い。もしかして忘れられているのではないか。そんな最悪の事態が頭をよぎった頃、ようやく美容師がやってきた。おもむろにサランラップをめくり、ロッドの一本を一度解いてチェックしている。私は彼女の目を観察した。もし失敗したなら動揺の色が出るはずだからだ。なかなか厳しい目をしている。しかし、迷いはないようで確信に満ちているように見えた。さすがプロだ。たとえ去年の冬のファッション誌を渡すというボケをかましても、締めるところはきっちり締めてくれる。そう、パーマさえ成功すればそれでいい。もうどこにも売っていないジャージを買い逃した事を知って酷くがっかりしたが、そんなことはいいんだ。私は気にしていない。気にしてはいない。2液をかけた後も女性セブンを読んでいたが、それもいいだろう。おかげで氷川きよしの情報もだいぶ脳にインプットされた。繰り返すが私はそんなことは気にしていない。私がにわか氷川きよし通になったころ、ロッドが次々に外されていき、ウェーブのかかった髪の毛があらわになった。まだ、今の状態では分からない。とりあえずシャンプーして乾かしてからだ。美容師も涼しい顔をしている。別にあっ!とかいう声も聞こえなかったしドキッ!とかギクッ!という擬音を発しそうな所作もない。私が美容師だったら、失敗した時絶対ばれる。きっと目が泳ぐからだ。しかし、ドライヤーで乾かしてしばらくすると、美容師の表情が一瞬こわばったかのかのように見えた。それは自分の主観がそう見せたのかもしれない。だが確実に言える事は私の顔は確実にこわばっていたと言う事。なんかどんどん膨らんできたのだ。何がって?無論、頭だよ!チキショー!髪の毛が乾くのと平行してどんどんボリュームを増していく頭。どうしよう。帰り、ヘルメットかぶれるかな。いや、そんなことじゃなかった。問題は。この美容院ではパーマと言えば全てアフロパーマのことなんだろうか。それともそれは既にナウなヤングの常識なのか。何らかの巨大な力による情報操作によって、私にそのトレンディーな情報の供給がストップされていたのだろうか。黒幕は誰だ。いや、またパニックになっていた。素数を数えて落ち着くんだ。ジョジョを読んでいて本当に良かった。(1,3,5,7,11,13・・・・)といきなり素数を間違えたが、幸い頭は少し冷えた。とりあえず美容師の出方を見よう。まさかこれを見てなんとも思わないわけがない。(人の頭を面白くしやがって・・!!)(こんな面白い頭でこの先どうやって生きていけばいいんだ。あんたは自分の彼氏がこんな頭でデートに現れても帰らない自信があるか。)(お前らの血は何色だー!!!)私が南斗水鳥拳の使い手ではないことを激しく後悔していると、美容師はおもむろにすきバサミを取り出し、猛烈な勢いで私の髪の毛を減らし始めた。絶対にパーマ後にこんなにカットする事は普通ではありえない。だってまた足元には髪の毛の山が出来始めたんだから。自分でもこれだけすいて禿ない自分の頭に感心。とりあえず頭は徐々に小さくなっていく。一時はどうなる事になるかと思ったが、なんとか帳尻はあうのだろうか。しかし最初のデカさのインパクトが余りに強く、私の中では既にパーマが失敗かどうかではなく、デカイままなのかどうかが最大の関心事となっていた。ミステリー小説の心理トリックと同じ原理である。(違う)カットも終わりに近づいた頃、鏡の中には見事なおばちゃんパーマがかかった私の姿が。頭の隅であるメロディが流れ始める。燃え上がれ 燃え上がれ燃え上がれ ガンダムー 君よー掴めー美容師の胸倉を掴んでやりたい。私の髪型はアムロ・レイさん(16)のそれになっていた。もう、正常な思考は働かない。というより余りに酷な現実を受け容れられず、もうこれが夢なのかとさえ思えてきた。虚空をさ迷う瞳と重い足取り。さながらリビングデッドとなった私は「やり直してください」という言葉など言えるはずもなく気がついたら店を出てバイクに乗ろうとしていた。美容師には生殺与奪権があるので免許制なのだ、と聞いたことがあるが、まさかそれが精神的な意味合いだったなんて。もう怒りに燃える闘志もない。バイクのアクセルをふかしながら「アムロ、行きまーす」とボソッと言ってみた。前方の車のテールランプが何故か滲んだ。家に帰った後、アムロの台詞を色々言っているとなんだか楽しくなってきた。いよいよおかしい。よし、死のう。 実際はこんな生易しいもんじゃないぞ。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。
2004.08.22
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パーマをかけることはある種の賭けである。洒落ではない。断じて。(意図せずに洒落を言ってしまう事ほど恥ずかしいことはない。)パーマは高い。だいたい普通の美容室だと8000円~12000円くらいだろうか。(カット代別)さらに、通常のカット以上に本人にも、美容師にも仕上がりの予測がつき辛い。もちろん、なるべく腕の良い馴染みの美容師を選択すればリスクは軽減されるが、それでも絶対ではない。まして、私は美容師を指名しない宣言を勝手に出している身だ。毎回違う美容師と会話を楽しむというプラスの動機もあるが、指名を外された人がなんだか可哀想というくだらない同情と、あの人がお気に入りなのかと思われるのが恥ずかしいというくだらないプライドからだ。(ちなみにくだらない同情と言ったのは、相手がプロだからである)そんな私にとって、「パーマとカットでお願いします」と予約を入れてからが既に賭けのスタートなのである。今日は運悪く初対面の美容師であった。私の毛質、毛量を把握してはいまい。一応、今までの記録、カルテなるものがあるがそんなものはあてにはならない。美容師も見てすぐ分かる事だが、予め言っておく。「僕、めちゃくちゃ髪の毛多くて硬いですから」私は髪の毛が非常に多く、硬く、そして太い。カットする時かならず「すく」という毛量調節の工程があるが、一人分の髪の毛が床に落ちてなお、まだ人並み以上の毛量を保つので驚かれる事がある。硬さも相当なもので、髪を触っていたら指の薄皮一枚のところに刺さったという経験が今までに10回弱ほどある。太いということは丈夫だということで、パーマも少し強めにかけないとすぐ取れてしまう。とにかく、それらを伝えたくて「僕、めちゃくちゃ髪の毛多くて硬いですから」と言ったのである。美容師の方も私の忠告と自分の判断で感じ取ったのだろう。「これはただごとではない」と。とにかく、まずはすく、すく、すく。これでもかと言うほど髪の毛を減らす。ここで失敗するとサッカーの中沢のようなボンバーヘッドになってしまう。上から物が落ちてきた時などは便利だろうが、日常生活に支障をきたすのでさすがにアレはやばい。そしてついにパーマである。すぐにある程度落ちてしまうことを計算して、きつめにかける。入念にロッドを巻き、1液をかける姿は中々に手際がいい。先ほどのカットもかなりイメージ通りの仕上がりだったし(これはアタリだな)と内心ホクホクしていた。そして頭にサランラップをまかれる。「しばらくお待ち下さい」と言われ、雑誌を手渡された私はそれに目を通して時間を潰す事になった。(今日はいい感じの人に当たったな。次回は指名してみようか)そんな事を考えながらSMARTの11月号を読む。この冬のアウター・ベスト100(へえー今年はこんなのが流行りなのかあ)(って暑いんだよ!八月だよ今!しかも去年じゃん!)標準語でのノリ突っ込みも心の中で出たことだし絶好調だ。去年のファッション誌を堂々と渡してきたことも店側のボケだと前向きに解釈する余裕が今の私にはある。他にもセレブのセレクトカタログという特集があり、これも突っ込みどころ満載であった。とりあえず金子賢は確実にセレブではない。最近セレブという言葉が安っぽくなって面白ワードと化している。まあ、そんなこんなで楽しくSAMRT11月号を読み終わった。まだ美容師は来ない。(仕方ない、他の雑誌を読もう)手を伸ばして女性セブンやアンアンを読む。はっきり言って読むところはほとんど無いが、無理して読む。(それにしても、ちょっと遅すぎないか・・・?)美容師が来るのがかなり遅いと気付き始めた私は脳内が不安で薄暗く染まっていくのを感じていた。つづく・・・・・あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。
2004.08.21
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福原愛選手がベスト16で敗退しましたね。福原曰く「負けてすぐインタビューというのは辛いですね」とのこと。その一連のインタビューの中でこんなやり取りがありました。記者「オリンピックは楽しめましたか?」福原「楽しむために来たわけじゃありませんから」数年前からよく使われる楽しむという言葉。アトランタオリンピックのおり、日本の水泳チームは実績のある選手が多く、大いに期待されながら結果が出せずにいました。水泳競技も終盤に近づいた頃オリンピックを楽しもうを合言葉に、勝負にこだわらない姿勢で試合に臨む選手たちが出始めました。その最たる姿が、試合会場に七色のアフロのカツラをかぶって入場するというものでした。楽しむという言葉は非常に響きのいいものです。特に日本人には欠けているメンタリティーだと言われ、80年代辺りから必死にならない、楽に行くことが進歩的だという風潮があったように思います。しかし、それは欧米人のいう楽しむという言葉を大いに取り違えてしまった感が否めません。先に出た福原選手と、バルセロナでの水泳選手団の何人かとでは、どちらがオリンピックを楽しんだでしょうか。確かに水泳選手の方は勝負にこだわらず、気楽に泳いだと思います。しかし、オリンピックとは世界最高の心・技・体を鍛えに鍛えてきた選手達が真剣勝負をする場所です。その最高の場に立ちながら、勝負を捨ててしまう姿勢は本当にオリンピックの真髄を味わったといえるのでしょうか。オリンピックを楽しむとは、最高の舞台に立てる喜びを実感し、世界の強豪と息の詰まるような真剣勝負を味わえることなのだと私は思います。それはまさに選ばれた者だけに与えられた特権なのです。世界に通用する実力があるのなら尚更ですね。各々が発した言葉とは裏腹に、実は福原選手の方が何倍もオリンピックを楽しんだのではないか、と思う私でありました。クーベルタンが唱えた「参加する事に意義がある」というオリンピックの精神。その言葉には「死力を尽くして」という言葉が含まれていながら、当然のことなのであえて記すこともなかった、と私は解釈します。80年代から90年代にかけての日本のスポーツ界の低迷とこの話はかなり関連性の深いもので、それを見直す動き(反動・カウンター)が今回のアテネでの好成績に結びついているのではないでしょうか。間違った精神論を全面に押し出しすぎプレッシャーをプレッシャーとしてしか感じ取れなかった時代、プレッシャーから逃げ、勝負からも逃げた時代。それらを経て、プレッシャーや勝負を楽しめる世代が日本人の中に生まれてきた。そんな感じです。てめーまじめぶりやがって、とかいじめないで下さい。普通の事も言いますよたまには。でも普通すぎて恥ずかすぃ。人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。今見ておけば「劇場で観たんだぜ」と自慢できる。そんな映画になります。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう
2004.08.20
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もうヤワラちゃんはやめにしませんか、松岡修造さん。もうヤワラちゃんはやめよう、とか最初からヤワラちゃんと呼ぶのは反対だ、という意見は以前から随分出ています。私はそれほど気にしていませんでした。積極的に賛成できないまでも、本人が嫌じゃないなら別に呼びたいように呼べば良い、と思っていました。今年のオリンピック特番の松岡修造を見るまでは。あれはキューバ戦の直前だったでしょうか。修造(もう、こう呼ばせてもらいます)がメインでやっている特番スタジオに谷亮子選手がゲストで出演しました。私は谷亮子のインタビューが好きです。スポーツ選手の中で、あれほどハキハキとした受け答えをする人は珍しいんじゃないでしょうか。インタビュアーの意図を読み取って、さらに聞かれた以上の内容を自分で膨らまして話すので、いつも楽しみにしています。まあ、その点ではその日の放送も期待を裏切る事は無かったと言えましょう。しかし、私はどうもイライラするというか、落ち着かない気分で一杯でした。原因は分かっていました。修造が連呼するヤワラちゃんという言葉です。「ヤワラちゃんが来てくれました!!」「いやー、でもね、ヤワラちゃん・・・・」「ヤワラちゃんとしては・・・・」「この後すぐに谷さんの応援に行くんでしょ?ヤワラちゃん」最後の台詞などもう何がなんだかもうね、「友達なんかお前は」というくらいのなれなれしさ。で、実際親しいのかと言えば決してそうではないんですよ、おそらく。だって親しいならヤワラちゃんとは呼ばないでしょう。日本スポーツ史上最高峰のアスリート、そしてええ年(28?)した人妻。それを捕まえてヤワラちゃん、ヤワラちゃんと連呼し、しかもタメ口で無駄に熱い。「もう、やめてけれー!!」と耳を塞いで涙を流し、砂浜を駆け抜けていきたくなりました。いやなんで砂浜か、なんで偽東北弁かって言われると困るんですけど。修造、嫌いじゃないんですよ。熱血テニス馬鹿っていうのはいいキャラです。ただ、ちょっとそれが社会に認知されすて、受け容れられすぎて、本人が自分はそれを求められているという確信があるような気がしますね。ほら、あなたにもありませんか?「私、天然なの」という女の子にアイアンクローしたくなったことが。(ないか)私はその都度、刑法第204条、208条などを暗唱して乗り切っています。確かにあのインタビューでも、視聴者の多くはアレを望み、修造は応えたのかもしれませんが。私個人としては修造が自分の(いい意味での)バカっぷりが受けていることに気がついてしまっている現状はあまり面白くありません。テニス馬鹿は愛せても馬鹿テニス馬鹿は愛せないんですよね。同じく馬鹿系と言えば長嶋一茂。同じ馬鹿系でも、こちらは少し性質が悪いような気がします。各局パーソナリティーが「応援する」というスタンスなのに、何故か解説しちゃってます。野球の解説じゃないですよ。柔道や水泳ですよ。普段の野球の解説すらどうかなと思っていますが、まあ一応プロ経験があるので100歩譲ってOKとしましょう。で、完璧にアウトになってくるのが格闘技。確かにやってるそうですね、けっこう真面目に。でも、趣味でしょ?K-1などは芸能人を解説に呼ぶこともありますが、なまじスポーツ経験があるだけに余計に堂々と語るのが恥ずかしい、と私なんかは思うのですが。それに加えて今回のオリンピックです。「いやー惜しかったですね」とか「すごかったですね」とかそういう応援・感想コメントでいいんですよ。なんで解説するんですか?やったことないものを。何の臆面も無く、堂々と出来るのは天然だからでしょうが、ちょっと失礼にも程があるんじゃないかと。私が例えば柔道の代表で優勝できずに涙に暮れている時に、テレビで一茂が「今回は組み手が・・・」なんて言ってるのを聞いたら、即帰国して家の中に前回り受身で突撃ですよ。セコムしてても行きます。一茂には三日に一度、池山と広沢にからかわれまくっていた珍プレー好プレーのVTRを強制的に見せるというプロジェクトを国家レベルで進めてください。憲法改正してでも取り組むべきです。って誰にお願いしてるんでしょうか。人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。一茂ファンも見て下さい。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう
2004.08.19
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こんばんは。とりあえずやりたいことは終えました。昨日くらいから通常モードです。オリンピック見まくってるんじゃないのという御指摘がありましたが、それは図星で見まくっています。と言っても最初の三日くらいはリアルタイムで見ることが出来ず、録画したものを一気に見ました。やはりなんだかんだ言ってもオリンピックはいい。4年に一回の世界大会というのが最高だ。四年間の思い、国の威信、国民の期待。それら全てを一身に背負って極限の勝負に挑む。世界最高を賭けて戦う「超人」達の姿は敗北すら美しく、その有様事態が至高の芸術だ。競技を見る時はいつもその選手が背負っているもの、今までに積み上げてきた努力を想像します。もちろんそれらは単なる想像であって、自分なんかには分からないことなんだけれど、もうそれだけで鳥肌が立ちます。勝利した選手を見て感動するのはもちろんなんですけど、自分は敗れ去った選手を見て色々感慨にふけることも多いですね。気の遠くなるほどの長い研鑽の末たどり着いた最高の舞台で、呆気なく一瞬で消え去っていく大多数の選手ですが、背負っているものや積み上げてきたものは時に勝者と同等かそれ以上です。才能を持った選手が努力して努力して、どこまでも自分を追い込んで、それでも勝てない。「どれだけ努力できるのか」ということも含めた才能の差というものが、究極に煮詰まってより顕在化するオリンピックという場の残酷さに、慄然とすると同時に神々しさを感じます。ピンポンです。ピンポン。あれの世界ですよ。昨日の昼、ちょうど三時ごろでしょうか。小腹がすいた、ということで立ち食い蕎麦でも食べようかと思った私はちょうど駅前でみかけたありふれた店へ入りました。時間が時間ということもあって、店内には先客が一人だけ。厨房には4,50代のおっちゃんとおばちゃんが二人で座って談笑、という程もなくボソボソと話していました。私が入ってきたのを見て、二人は立ち上がり注文を受ける準備をします。私はきつねうどんか天ぷらうどんかをフルパワーで悩み抜き、しかし、出来うる限り最高のスピードで結論を出しました。「天ぷら、、、あ、すいませんやっぱりきつねうどん」おっちゃんが麺をゆで始め、おばちゃんがアゲやネギ、ドンブリの用意を黙々と始めるのを尻目に私はセルフサービスの水を汲みきつねうどんを迎え撃つ準備を整えます。この暑い夏の日差しの中を歩いてきたのです。いきなりうどんの汁をすすってしまえば、私の口内の渇きは倍増して実感され、それを半日は悔やむ事になってしまうことを私は知っているのです。まずは冷たい水を一口含み、口内と精神を一度落ち着かせるのは当然でありましょう。そしてそれは、うどんが出てくるまでの間をもたせるという意味でも重要です。さすがは日本のファストフード。そうこうしているうちにきつねうどんは出来上がり、270円と引き換えに私の目の前に現れました。おっちゃんとおばちゃんは再び椅子に腰を下ろし、小さな小さな吐息を一つ吐き出し体の力を弛緩させます。先客がうどんの汁を飲む横で、私も七味をふりかけ割り箸を割り、立ち食い蕎麦屋の風景の中に溶け込んでいきました。ほぼ一点、うどんのドンブリの中心から五センチ上方を見つめながら黙々とうどんを食べる私。おっちゃんとおばちゃんは時折、雑談をしながらダシをチェックしたりオニギリの個数を数えたり・・・。店内には有線が入っているようで、各局のオリンピックテーマソングが流れます。汁を飲み干し無言で去っていく先客。その日何百回目かのありがとうございました、を発するおっちゃんとおばちゃん。ひたすら黙ってうどんを食べ続ける私。ほんの数十センチ背後にはうだるような夏の暑さと街の喧騒が、それこそきつねうどんのようにないまぜになってうねっています。うどんを食べながら「ああ、今日はキューバ戦があるな。柔道は勝つかな」と思いました。人気blogランキングに参加してます。画材屋本舗は今何位?ご協力お願いします。あとお手すきでしたら上の三つもポチッと押してやってください。もう見ましたか?見てない人は校庭20周のあと腕立て100回。あと反省文。これ見て見に行った人っているんでしょうか。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう
2004.08.18
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今日のはあまりに酷かったのでしばらく掲載した後ですが削除しました。いわばこれは、その日記の屍です。私自身に何かネタがあればいいんですが、基本的にネタ元は少しの出来事とそれをこねくり回す脳味噌だけです。最近は題材を消費しつくし、残ったものも脳内でじっくり料理する前にレンジでチンして出すような状況でした。アウトプットのペースにインプットと熟成が追いつかないんですよね。ある方が日記に書いてたんです。同じ調子で書いていると読んでる人もそうなんですが何より自分が飽きてしまうって。同じような感じで書いても二回目、三回目は圧倒的に自分の中でつまらないんですよね。で、そうなれば必ず客観的にもつまらないと思います。色々なパターンを勉強しようと思い、世間(ネット)で面白いと言われているものを色々見ましたけど、見れば見るほど何が面白いのかよく分からなくなってしまいまして。そもそも面白いなんて感覚は人それぞれなんでしょうけどね。ちょっと余りにも違和感が大きかったというか。消してしまってそのままでは少しおさまり悪いので、今日はちょっとこんな愚痴でも書いておきます。これも恥ずかしいんですけど、ここで書かにゃどこで書くんだということで。
2004.08.17
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みなさん、お元気ですか?私はいまいち元気ではありません。昨日から何故か目が真っ赤です。栄養と睡眠が健康の大前提だと痛感する今。私は少しここに帰ってきました。二日ぶり?いやあ、隔世の感がありますね。ブログで二日も空いちゃうと浦島太郎です。あの「日記大賞」ですか?皆さんの中では盛り上がってるんですか?盛り下がってるんですか?一頃、こりゃあナイスなサイトだぜ、ポケモンゲットだぜ、と私はあのサイトの登場を喜んでいたのですが、皆さんはどうなんでしょう?あれから少し経ってどうですか?良い日記は集まっておりますか?良質の日記がグツグツ煮詰まって濃いーシチューのようになっているでしょうか?シチューでも筑前煮でもなんでもいいんですけど、面白いブログを探すのは骨が折れるので、頑張ってください。面白日記情報があれば私にこっそり教えて下さい。うちはアクセス数がウナギ下がり(こんな言い方はないけど)です。当たり前か。日記も書かず、他サイトに行かずでウナギ昇ってたら怪奇現象ですよね。日記リンクが切られていないのが有り難いですね。私は本日までにやるべき事を終え、これからやりたい事をやるために今しばらく楽天から離れます。やりたい事もやるべき事で、ほんと人間の心理は複雑です。すみません。これだけ読んでもわけが分かりませんよね。まあ、明日には書いてるかもしれませんが。「戦いはこれからだ!」(画材屋本舗先生の次回作にご期待ください!)←こういう「アオリ」を入れられて二度と登場することの無かった全ての打ち切られ漫画家に合掌。暇を見つけて「スチームボーイ」を見に行くが、冒頭30分を観ただけで残りは爆睡してしまった。別につまらないわけではなかったのに。なんだか最近精神も肉体も底なしに疲れているような気がする。でもお盆にやりたかったことはきちっとやっておきます。疲れすぎて死ぬ前に(笑)マインドゲームもその一つ。
2004.08.11
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今年も始まった甲子園大会。高校生の頃、昼ごろに起床してきた私は球児たちの必死さに心打たれた、というか恥ずかしくなった思い出がある。それはその後のある行動に結びついていくのだが、それはまた別の機会に。とにかく、毎年ある程度夏の高校野球には注目しているのだが、それが自分の出身県ともなると尚更見る目に熱も帯びてこようというものだ。今年の大阪代表はPL学園。プロ野球に数々の名選手を輩出している全国屈指の超名門校である。それが負けた。初戦で。昔はこんなことは考えられなかった。PLに限らず、大阪の激戦を勝ち抜いてきた強豪が初戦で敗れるなど。このところ、どうも大阪の代表が弱い。それだけ他が強くなりレベルが均質化してきたこととして喜ぶべきなのかもしれない。しかし、やはり初戦で大阪代表が消えるのはやるせない。選手が他県に流出しすぎな点、名門・強豪が多すぎるために戦力が分散してしまうことも弱体化の一因ではないだろうか。上之宮太子ってなんだろうか。なんで上之宮高校一つでいかないんだろう。2チーム分の選手を競わせてふるいにかければより純度の高い良質の選手を育成できると素人の私は思う。まあ、その話はこんなくらいで。甲子園の歌が最近毎年変わっている。今年はZONEだそうだ。別に良いのだが、昔数年続けて使われていたあの曲が懐かしい。名曲だと思う。また巡り来る夏の日に心奮わす人がいるあれが確かに青春と胸に瞼に刻み込む時よ、止まれよ、ただ一度奇跡起こした若者に雲が沸き立つ甲子園君よ、八月に熱くなれ憶えている人はいるだろうか
2004.08.09
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今日は18時間ウイニングイレブンやって寝てました。いや、本当に寝てました。本当です。レスなど全然返せていません。すみません。これから寝て明日起きたら返していきます。こんなこと言っておいてなんですが、お盆近辺は異様に忙しい。やる事増えるし、前から溜まってるし。おそらくアクセス数が恐ろしく減っていくだろうけど、今付けてくれているレスに頑張ってレスを返すことで全てが終わりそうです。皆さん僕のこと忘れないでね。えへ。PS2/KONAMIワールドカップサッカーウイニングイレブン8【8月5日発売】あれだけ推しといてまだ自分は見てません。(本当は今日見るつもりだったのに。しかし、寝てて見なかったということは一緒に見てくれる人がいなかったからなんだね。マイナーな映画だから断られたのか、人望が無いのか(笑)一緒に見てくれる人求む)みんなはもう観たよね?観たよね?「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう面白くない日記でも押して甘やかそう
2004.08.08
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これだけ色々な日記を読んでいるとたまに「あれ?これって前に何かのコラムで読んだな」と思うことがある。同じ日記を以前に読んだのを忘れているか、作者が剽窃したのか、単なる自分の勘違いなのか。ネタ元を探して見つけてしまうこともあるが、みつからないこともある。見つかった場合はすっきりするのだが、見つからない場合は始末が悪い。一日中そのことが気になってしまうのだ。さて、今日は中国戦。この後にいろんな人が書くであろう日記も楽しみであったりする。関係ないけどウイニングイレブン8買いました。あと勝手に今日輝いていた日記大賞というHPがある。投稿して月間チャンプになれば2万円だそうだ。とりあえず「受け容れられるかどうかが興味ある」日記をピックアップして投稿してみた。他のを見ると私のは明らかに場違いだ。日本勝利。中国の観客には最後まで幻滅。まあ仕方ないか。alexさんの日記を読んで色々考える。考えると言っても何か出るわけじゃないけど。今日ってもしかして普通の「日記」?だめ?書くぞ!って気力が湧かない日はどうしたらいいんだろう。そういう日に無理やり搾り出すように書いた日記が面白かったとおっしゃる方も。確かにそんな気もする。精神的エネルギーが消耗しやすいのかな。絞りださないと出ない時点で既にダメダメなんだろう。気負わず淡々と面白いものを書いてる人いっぱいいるもん。でも自分はそれが出来ないからしゃあないんよね。自分がその辺の何かからエネルギーを吸収できる謎の生命体Xだったら良かったのに、と思う。URYYYY!!と言いながら「ズキュン、ズキュン!」と吸い取ってやるのだ。(またターゲットの狭すぎるネタを書いてしまった)と書いてみたけどやっぱり謎の生命体Xは嫌だ。栄養は肉、精神的エネルギーはかわいこちゃん(死語)の熱い抱擁で補いたいものだ。仕方が無いから元気玉の修行でもしよう。(だからターゲットの狭いネタを書くなって)
2004.08.07
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人は受け容れ難い現実に直面した時、認識が崩壊します。これは荒んだ現代社会に翻弄されたある青年の悲劇の物語です。私には愛車があります。ホンダ・スーパーカブ50’97年限定カラー赤これは黄。赤・黄・ガンメタリックの三色が97年に限定発売されました。赤いカブというと郵便屋さんのバイクを想像される方も多いと思いますがあれは郵政カブという亜種です。仲間には新聞屋さんが乗るプレスカブという青いものも。また、リトルカブという若年層を意識したカラーバリエーションの豊富なものもあるのですが、それとも違います。普通、スーパーカブは濃紺か深緑の二色ですが、私のは赤いスーパーカブなのです。まあ要するに私のカブはまあまあ珍しいんだよということが言いたい訳ですが、興味の無い人にはどうでもいいどころか鬱陶しいバイク自慢はこの辺にしておき本題へ入りましょう。私は松風(カブの名前)を家から少し離れた場所に停めています。少しと言っても歩いて二分くらいで、すぐそこに見えているのですが。(さあ、今日も松風と風になるか)ちなみにカブのエンジンは超低燃費と高耐久性を兼ね備えた高性能エンジンなのですが、その代償として恐ろしくパワーがありません。信号待ち後のスタートダッシュでおばちゃんのスクーターに楽々置き去りにされます。ですから正確には(さあ、今日も松風と風になったつもりになるか)です。(今日も赤が美しいぜ・・)遠景に佇む松風を見て悦に入り歩き始めます。しかし、近づくにつれ妙な違和感が。(あれ?なんか見た目が違う・・?)晴れ晴れとした心に突如暗雲が立ち込め、私の心は波立ちます。(すわ、一大事!?)マイケル・オーウェン並の加速とダッシュで駆け寄った私の目に衝撃の光景が!!テールランプと方向指示器がねー!!宝石と見まごうばかりに美しく光り輝き、時に停車の意思を、時に進行方向を後続車に優雅に告げるあの麗しき赤と黄色のランプが無い!ランプカバーと中の電球までガッツリ取り外されています。後には土台となる銀のパーツが鈍い光を放つのみ。(な、なんてことだ・・・ここはゴッサムシティか!?)(おのれ奸賊!かくなる上は一族郎党全て斬首の刑に処してくれるわ!)怒り心頭。怒髪天を衝く。しかし、まずは無くなった部品を入れてやら無いと整備不良車として私がポリスメ~ンに捕まります。(仕方ない。バイク屋はすぐ近くだ。待ってろ松風、もう少しの辛抱だ)沈んだ瞳でU字ロックをおもむろに外し、次に前方のハンドルロックを外します。しかし、その時にさらに気がついてしまいました。ミラーなくなっとるー!オマケにエムブレムも無い!ミラーはね、薄々感ずいてましたよ。なんか無いような気がするなあって。でも見ちゃったら仕方ないですよね。歴然として無いんですもの。いい年した男が少し涙ぐみながらトボトボとバイク屋へカブを押していきます。BGM「ドナドナ」(ああ、なんて運が悪いんだ)ベッコン(それにしても性質の悪い奴がいるもんだ)ベッコン(あーマジでブルー入ってきた)ベッコン(ん?ベッコン?)前進するたびに不自然に上下する車体。スムーズに転がらないタイヤ。はい!後輪パンクしてます!イエーイ!なにが「イエーイ」だ。もう頭の中が気の毒になってきています。(あーこれはきっと夢だ、現実じゃない。これは俺のカブじゃない。というか俺は俺じゃない。)あと一歩でよだれを垂らしながら妖精さんを追い掛け回すところでした。・・・・・・二分後私は無感動アパシー状態となって再び歩み始めました。人間、ショックが大きいと感情が死にます。バイク屋のおっちゃんは曰く「部品は揃うけど取り寄せになっちゃうねー。タイヤは今入れて上げられるけど、とりあえず費用は全部込みでこれくらいかな」おっちゃんはそこにあったメモ帳に簡易の見積もりを書き始めました。約16000円。「部品取り寄せてみないと正確には分からないけど、多分それくらいだと思うよ。お兄ちゃん、気の毒にね」「ハア、ハア、ソウデスカ。イエ、アリガトウゴザイマス」朦朧とした意識の中でロボットのような返事をしながら私はまた食べ物のランクが下がるな・・・と考えていました。良いお肉はまた当分食べられそうにありません。♪瞳を閉じて 肉を描くよ それしかできない~人が信じられない今、最早愛より肉です。9割がた完成し、もう一息というところでエラーでふっ飛ばしてくれたマイクロソフト社にこの日記を捧げます。エラー報告してくれ?コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カミドル英二さんという方がいらっしゃるが、毎回トラックバックが複数貼られている。それだけ有用な日記だということだろう。私もそんな状況には憧れるが、日記の質が読み捨ての週刊誌のようなのでそれはない。たまに記事と関係ない宣伝トラックバックが貼られたりはするが・・・。悪意なく、よく分からなくて貼ってしまった人のことではありませんよ。明日公開です。私に騙されたと思って是非見てください。特に若い人。人生変わります。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう投票してカブの無念をはらしてください。
2004.08.06
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私はおにぎりが好きです。世界で一番好きかというと裸の大将がいるので自信はありませんが、そ、そうとうおにぎりが、す、好きなんだな。(←ライバルを意識してみました)そんなおにぎり好き世界ランカーの私ですが、食べるのが嫌な時があります。友人の家などで出された時です。なんでなんでしょうね。友人のおばさんが握ったというだけで、少し気持ち悪いのです。寿司は食べられるのに、不思議です。酢でしょうかやはり。よく寿司屋を舞台にしたブラックジョークで「おい、さっき小便に行ったのにちゃんと手を洗ったのか?」「大丈夫ですよ。2、3個握ってるうちに綺麗になりまさあ」なんていうのがありますが、自分の息子の友人に出すおにぎりにそんな嫌がらせをする母親はいないでしょう。しかし、なぜか気持ち悪い。友人のお父さんが握ったのならなお気持ち悪い。友人の綺麗なお姉さんが握ったのなら幾分マシですけどやはり気持ち悪い。友人が握ったのなら力づくで口に全部ぶち込んでやりたい。この気持ち分かるでしょうか?他人が握ったおにぎりは気持ち悪いのです。しかし、私を気遣って出してくれたものです。悪意どころか善意の塊です。それを「気持ち悪いから」などと言って残すのは人の道に外れます。私は一気にほお張ってろくに噛まずにガンガン飲み込みます。(これはおにぎりじゃないんだ。おばさんの愛情・善意なんだ。そう、物質的なものではなく精神的エネルギーのようなものなんだ。米に見えるのは気のせいだ。)無理やりそう考えてとにかくノルマを消化しようと必死に詰め込みます。すると驚愕の一言が「あら、お腹すいてたの?もっといる?」あ、あ、あ、あ、ぎゃあああああああ(完全に裏目に出たー!)もう無理です。これ以上食べたら何か出てはいけないものが出ますます。「い、いいいや、もうお腹一杯です。大丈夫です。もうけっこうです。僕、小食なんですよ。」かなり不自然です。先ほどまでの(見かけ上の)豪快な食いっぷりと明らかに矛盾しますが、ここで退くわけにはいきません。「遠慮しなくて良いのよ?」(お、お願いですから察して下さい!)優しさは時に残酷です。ちょっと目が潤んでるでしょ?ホラ!もう、力出し尽くしました!その時は何とか難を逃れましたが、おにぎりの食いっぷりがいい男と記憶されたのではないかと思い、ちょっとその家に行くのが怖いです。もう一度言いますが、気持ちは有り難いし味だって美味しいんですけど他人の握ったおにぎりは生理的に気持ち悪いんです。ちなみに「お袋の味・手作りのおにぎり専門店」という店がたまにありますがあんたは俺のお袋じゃねー。そんなコピーは逆効果なんだよ!と店の前に唾を吐き捨てます。(嘘です)昨日はアジアカップの反日フーリガンについて書きましたが、中国在住の方から「あれは一部のアホなやつ等だ」という情報をいただきました。それはきっと事実なんだろうし、数万人もの「アホなやつ等」が集まってスポーツを汚してしまうのも事実。しっかりこれから起こる事象を見極めて熟考するべきだと思いました。しかし楽天の日記に書かなければ中国在住の方の意見など聞けるはずも無かったわけで、これだけで楽天に参加した甲斐があったというものです。また後でメイン部分を書き足す予定。おにぎりも好きですが、ランキングに投票してもらうのも好きです。
2004.08.05
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中国がアジアカップの決勝まで勝ちあがってきた。北京での反日大合唱を悲鳴、そして沈黙に変えてこの長かった物語は完結させなければならない。あのフーリガン達には一度きついお灸をすえて思い知らせる必要がある。こんな強い調子の意見を今まで日記に書いたことはないが、それほど重慶・済南での中国人の日本戦での態度が頭にきているのだ。腹に据えかねている。まだ相手が自国だと言うのなら100歩譲ってわからないでもない。本当に君達はそんなにバーレーンやヨルダンが好きなのか。違うだろう。反日・反日・反日。ただそれだけのためにスタジアムへ通い、醜悪な団結力を発揮する。過去の歴史?そんなことは今回は関係ない。それで全てを有耶無耶にして自己正当化するのがいつもの「手」だ。そもそもスポーツの場に政治を持ち込んではならないのは国際的なコンセンサス。さらに彼等は国家レベルで事実を捻じ曲げた反日教育を施されている事も忘れてはならない。そもそも国内の問題から国民の目を逸らさせるための反日教育。卑劣としか言いようが無い。その証拠にイングランドが試合を行っていたとしてもあれほどのブーイングを受けることは無いだろう。反日は半ば以上が「国策」なのである。マレーシアの審判なども信用できない。中国の影響の大きな国だ。せめて決勝の審判はヨーロッパから呼んでもらいたい。憎悪に憎悪を返すことが愚かなことは分かっている。しかし、「それでも中国人と仲良くしましょう」とはとても言えないし思えるはずもない。国旗を焼かれ、国歌に、我が代表に言われ無きブーイングを浴びせられ、なんの日中友好か。別に中国人排斥運動をしようとは思わないし、個人的に知っている中国人には良い人もいる。しかし総体としての中国という国にはだいぶ前から幻滅していて、今回それが決定的になった。これから発展が予想される中国。日本にとって「うざったい存在」というだけでは済まなくなってくるのも憂鬱だ。関連記事中国で開催中のサッカー、アジア・カップの反日サポーター問題をめぐり、政府は4日の閣僚昼食会で、7日の日中両国による決勝戦に関し「混乱が生じ過熱による暴力ざたが起きたら問題だが、中国側も申し入れに『しっかり対応する』との考えを示しており、見守っていこう」との認識で一致した。細田官房長官は4日の記者会見で、3回にわたって中国側に改善を申し入れたことを説明した。たまには真面目に怒ったりもします。読んでる方はつまらないかもしれません。すみません。楽天が大幅に変わった。いや、私のページの変わり幅が大きいだけだろうか。別に喪中ではない。大人の渋みを出したかったのだ。この台詞が既に渋くない。シンプルにブログだけをやれ、という楽天の声が聞こえた。ような気がする。昨日は14時間にもわたって楽天機能が停止していたのに、いつもとかわらないアクセス数を維持しているHPがけっこうある。やはり支持されている所は支持されているんだなあ。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう日本代表ともども画材屋本舗も応援してください。押してね。
2004.08.04
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日本が勝った。あの悪意に満ちた中国人フーリガンの前で。あの不公正な審判にもめげずに。中国頑張れ。決勝に上がって来い。日本に3-0で敗れるために。楽天のデザインが変わったため、TOPを大幅に削った。以前に正常に表示されていたものが完全におかしくなってしまったからだ。他の人のところを見に行ってみるとそれほど変わっていない。むしろ順応して進化しているところもあった。楽天新時代の落ちこぼれです(笑)さーて、ブログサイトとしての性格を強める楽天の意向にのっとって、日記頑張るかー。といいながら今日は多分このくらい。さっき書いたら消えたしね(泣)あああああ、更新できない!!
2004.08.03
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皆さんは芸能人を間近でご覧になったことはありますか。どうも、グラビアアイドルの顔と名前が一致するのに三ヶ月かかる画材屋本舗です。東京に住んでいる方は「芸能人など珍しくもない」と思われるでしょうが、地方都市だとそうそう見かけることはありません。大阪だとせいぜい売れる前の若手芸人を心斎橋界隈でみかけるくらいでしょう。私が一番最近見た芸能人はバッファロー吾郎の竹若です。竹若という時点で既について来られない方も多々おられるでしょうが、竹若とはバッファロー吾郎のメガネの方です。ほら、「両方メガネやん!」という突っ込みはどこからもない。アハハハ・・・・。私が見かけたときの彼はバーチャファイターに興じる普通のおっさんでした。お笑いは若手でも30超えていることがあるので気をつけましょう。まあ、こんなしょぼい芸能人目撃ライフを送っている私ですが、生涯に一度だけ超ビッグな芸能人を間近に見たことがあります。みなさんは花博というものをご存知でしょうか。十数年前大阪で行われた花と緑の博覧会という大イベントです。当時小学生だった私は地元という事もあり、行きたくてたまらなかったのですが父親の「花なんかその辺に生えとるやろ。前に枚方大菊人形も見たやんか」という遠まわしの「連れて行くの面倒くさい」という言葉に半ば諦めていました。しかし、捨てる神あれば拾う神あり。なんと近所のお兄さんが連れて行ってくれる事になったのです。本当に良い人というのはいるものです。「彼女とは行かないの?」という言葉はそっと胸にしまっておきました。小学生にして既に大人の事情はなんとなくわかっていましたので。うーんエライ。(というか相当やな奴)さて花博会場につくと、とにかく人、人、人。お前らそれほど花好きでもないくせにと自爆気味の不平をたれながら、それでも数々のパビリオンを楽しんでいました。いくつかのパビリオンをまわった後です。なにやら向こうの方が少し騒がしくなり、人だかりが出来ていました。(なんだあれ?路上パフォーマンス?)しばらくじっと見ていると、その中心はこちらに向かってきます。それは単なる人だかりではなく、中心の核とも言える十人前後の周囲を見物客が取り囲んでいるというものでした。私もその中心にいる人物が只者ではないとすぐに察知できるほどの高エネルギー反応。下手したらその周囲の景色が歪んで見えるくらいの勢いです。分かりやすく言えば範馬勇次郎です。(分かりにくい)あそこには何かがいる。私は最新の注意を払い風下からゆっくりそこに近づきました。まず目に付いたのは厳しい顔をした5,6人の屈強な男達。全身黒で統一したコントに出てくるような分かりやすいSPです。彼らの出すピリピリとした緊張感は子供の私でも十分感じ取れ、思わず生唾を飲み込みます。そんなメン・イン・ブラック達の中心にいたのは誰なのか。それは当時飛ぶ鳥を落とす勢いで芸能界を席巻していた山田邦子でした。今でこそアレな感じの彼女ですが、その当時は威風堂々、まさに女王の貫禄が漂っていたものです。で、でかい!!(B.G.M.マジンガーZ)決して私が小学生だからそう感じたわけではありません。でかいんです。山田邦子。身長は170そこそこだと思うのですが、肩幅、胸板(あえて胸板と言う)のボリュームに圧倒されました。はっきり言ってメン・イン・ブラック達と遜色ない体格です。そして何より長かった!反り返っていた!何が長く、反り返っていたかはここでは伏せます。い~ち、に~、さ~ん、ダー!急に言いたくなりました。別に何の関係もありません。彼女は数人のメン・イン・ブラックとお付を従えて、サングラスの中の視線を斜め15度に固定し、迷い無き歩調でまっすぐあるいて行きました。その芸能人オーラにやまだかつてないほど圧倒された私の思い出。いまヤフオクでやまだかつてないウインクのCDを検索したら10円で出てました。あ、ちなみに赤ん坊の頃母親がテレビの公開録画に行き、アホの坂田に私をだっこしてもらったそうです。一生恨みます。私が好きなお笑い芸人南海キャンディーズアナクロなネーミングセンスと知的なネタが最高です。しつこく宣伝してるからだんだん見たくなってきた?「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もうやまだかつてない面白さだったので投票してやる
2004.08.02
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ありのままの自分とか、自然体とかが随分もてはやされた時期があった。ちょうど江角マキコの全盛時あたりだろうか。私はそれに対して非常に懐疑的だった。ありのままとか自分らしくという言葉が曲解されている感が否めなかったからだ。先の自然体ブームでは芸能人達のTPOをわきまえない傍若無人な振る舞いや言葉遣いがもてはやされた。奔放であればあるほど飾らない人だと賞賛される傾向があった。しかし、人間は社会的な存在であって、その活動の中では自ずと公と私という場面の使い分けが要求される。それらを無視するのはただの無礼者である。自然体とは周囲のことなどお構い無しに好き勝手に振舞う事ではなく、周囲を気遣った上で自分らしく振舞える事だと思う。ちなみにTPOとはトップレスのお姉さんの略ではなく高いポラリスネックレスを買うオカンの略である。あ・・・今入ってきた情報によるとTIME(時)PLACE(場所)OCCASION(場合)とのことです。失礼しました。しかし、それも世間の潮流とあらばナウい私はそれに敢えて乗ろうと思う。そのためには自然体について考えてみる必要があるようだ。私にとっての自然体とはアイスのふたを必ず舐める同じくケーキのフィルムについたクリームを舐めるソースか醤油かを匂って確かめるドリンクバーのジュースを必要以上に飲むよく口が開いている・・・・・・・・・・・・・・・やっぱやめときます。自然体。なんか既に慣れてきてしまった。来るべき消費税20%時代への布石だというのに。内税にして消費税をいくら払っているかという感覚を鈍麻させる。「分かり易いなあ。こんなのに惑わされるかよ」なんて思っていたのに既に馴染んでしまった。やはり人間ってそんなもんだろう。そしてそこを見透かす官僚にのずるさにも、見透かされている自分を含めた国民の馬鹿さにも腹が立つ。ランキングナビというところには楽天のHPもそこそこ参加している。しかし、楽天内のカウンターで私の倍以上回っているところが、ここではビジター数が少ない。楽天は同じ人を重複して数えるけど、ここの解析がシビアだということだろう。もちろん、私のカウンターも重複カウントをモロにとっているわけで、実質的なビジターはもっとすくないと思う。それを知る意味でもここの解析は有意義だ。ここの良い所は同じ人が何度訪問しても重複して数えないので正確な分析が出来るところ、ランクを決める人気指数はビジター数よりもリピーターの数が大きく影響するところ。多分私が知っている中でベストのランキングサイトだ。しかし、だとしたら上記のHPにはのべ1000人以上も同じ人が繰り返しアクセスしてるんだろうか。楽天内の人は間に他の人が挟まらないかぎり重複カウントはないがゲストさんは違うようだ。あ、そう言えば以前私書箱で嫌な事言ってきた人。ばかばかしいから放っておいたけど有名なHPの人みたい。かんべんして欲しい。言いっ放しは。ん?独り言。たまにこんなことがある。テンションが下がる。よく考えれば無益な話だ。みんな自分のHPだけ気にしていれば良いのに。エンタの神様という番組がありますが、ネタにテロップをつけるのだけは辞めて欲しい。それと「ブレイクさせたい」芸人が露骨過ぎます。見ません。「もち札は無制限。全てが切り札」 原作を読もう自然体でランキングに参加しています。だから押して。お願いします。押してください!後生ですから!
2004.08.01
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