全7件 (7件中 1-7件目)
1
今日は王子様がスキー教室にいくので、昨夜からお弁当の仕込みを・・。確かかわいいあの子が食欲なくなったときに、お肉を食べさせようと鶏肉を買ったけど、全然食べられなくなっていって、お肉を冷凍庫にしまったままにしてあったなぁ。。。解凍してみた。悪くなってる匂いがした・・。→ゴミ箱へ・・。パパ用に買ったお肉も、全く同じ経緯で捨てたのを思い出した。日本では、死者がでると、次の年はおめでたくないから、おめでとうとか言わないけど、なぜか、さらに次の年はおめでたくなるから、おめでとうっていうんだよね・・・。逆に生きてれば、末期がんで来年はないかも・・っていう状態でもおめでたいわけだし。。。やっぱり理解できない。来年になろうが、再来年になろうが、パパも、私の分身であるあの子も帰ってこないんだから、全然めでたくないよ。昔、まだ北海道にいたころ、小学生だったから、お正月は祖母の家にいってた。そこにはいとこたちもいて、叔父や叔母もいて、みんなでゲームしたり、わいわい楽しく過ごした。王子はそういう思いもできないんだね。私が天涯孤独なせいで。それでも、パパが一緒にいたから、それだけで十分幸せだったから気にならなかったけど、パパがいないと、あらためて、天涯孤独の身の上が申し訳なくなる。天涯孤独のくせに、子供なんて産んだら、子供がかわいそうってことよね。
2016.12.26
昨年今頃、来年のクリスマスはパパと迎えられるだろうかと不安だった。 今年は、侘しい時間になりそう。 もうパパのいない人生がどんどん進んでるんだね。 考えたこともなかった。 テレビには銀婚式を迎える老夫婦がでてた。 私には与えられなかった時間。 でもパパ、クリスマスのおかげで天国にはいれたね。早く会いたい。
2016.12.19
朝から変だった。 王子も変だったらしい。 夜、家につくと突然寒気が。 王子も変なので、熱を測ると37.5 でも 薬ま飲まずに、なんか楽になってきたみたい。 インフルじゃないみたい、よかった。 私が子供のころよりはるかに丈夫みたい お若い方と違い、早人生を折り返して数年の私は寒気止まらず。久しぶりに9度越えしたので、有り合わせの薬を飲んでみる。 楽になってきた。明日は休めない。来週、王子の学校でクリスマス会があり、王子たちは合奏するから休みとってる。 こういうときは、、、というか、 こういうときも、パパを思い出す。 パパ、うどん作ってくれた。背中あっためてくれた。病院連れて行ってくれた。 会いたいなあ。寂し、、 病気で寝てる人の上にドカドカ乗って鬼ごっこするアホな犬たちもいない。うるさくて眠れないくらいのだったね、、、いつも楽しそうに騒いでたね。 元気で陽気で、あかるいこたちだった また一緒に暮らしたい。 目を閉じると、きっと私はこうやって、去っていったみんなのことを思いながら死んでいくんだろうなあ、という気持ちになる。 みんなの帰りを待つのは疲れたよ。私からみんなのところに行きたいよ。
2016.12.14
どうも干物女化してきたらしい。この前、ズボンからパンツみえてて、髪の毛ぐちゃぐちゃと、教えられた。そういえば、髪を乾かさずに寝たなぁ。。もともと、身だしなみについて、いろいろ言うのはパパで、私はあまり気にしないタイプ。。いまだって、すっかりお風呂に入らなくなったしね・・。パパが、私に、家に帰ったらオバサンがいるなんて耐えられない。オバサン化しちゃだめ!・・というから、そこそこ気にしてたけど、今はもう、かわいいねとか、愛してるよとか、言ってくれる人がいないんだよねぇ・・。。と王子に話していたら、「ママかわいいよ。愛しているよ」というので、おいおいそれは違うよと。君は私の息子で、私の男じゃないよ。私の男はパパだけだよ。パパが、ちょっと太ってきた・・とか、白髪目立つ・・とか、いろいろ言うから、いろいろ気を回してし、ママいつまでもかわいいね。 今日もかわいいね・・っていうから気分を良くして、おしゃれに気を使っていたんだよ。パパが、「ママにはパパしかいないんだから、いい加減認めなさい」といったとき、みんなそういうんだよ・・・って思ったけど、よくよく考えてみると、本当にそうだった。周りにいろいろな人いるけど、パパ以上にかっこいい人がいない。私にちょうどしっくりする人がいない。十年以上一緒にいても、パパって奥深いねー。パパって興味深いねーパパってやっぱり恰好いいねー。男はこうでなきゃね・・・って思うことが多かった。そのパパがいなくなり、ちまたでは未亡人というと、なんか色っぽい人がでてくるようだけど、私はすっかり干物女と化してきた。でも、まぁ、もういい加減な年だし、干物でいいや・・っと思ってるから、ますます干物になっていくかも・・今日もパパの夢みたよ! (∀`*ゞ)エヘヘ早く会いたい!
2016.12.12
16年前の今日、はじめてパパと誕生日を過ごした。パパは出張から帰ってきて、そのまま一人で家に戻り、私はまだ会社だった。家に帰ったパパは、布団の上にあるパパのパチャマが、いかにも抱きしめて寝たような状態だったのを見て、喜んでた。とてもとても寒い日だったけど、パパが隠れ家的なレストランを探して予約してた。そのフランス料理店は、コミカルなシェフがいて、シェフのおまかせコースを頼んでいたら、でてきたのが、うさぎのテリーヌだった・・。その味がかなり厳しくて、私はちょっとごめんなさいした・・。そして寒い夜、手をつないで帰ってきた。あの時も、それから、毎年、パパはプレゼントと、世界で一番愛しているとか、そういう手紙をくれた。去年は、病院にいったら、あ、今日はママの誕生日だ。何かプレゼント買っておこうと思ったのに・・っていうから、いいんだよ、元気になってからで・・・。って言ったけど、パパは元気にならなかった・・。今年はもうパパがいない。来年も、再来年も、もういない。
2016.12.07
元気?とか、元気そうだね・・といわれることほど、返事に困ることはない。パパ死んで元気なわけないし・・。(大嫌いな人間だったならともかく・・)元気じゃありません・・・と言ったら、次の会話が続かなくなりそうだし。ただ、私も社会人であり、それなりに取り繕うこともできなくない大人なので、それなりに笑顔で回答することはできる。こういうムリは、心身の疲労につながるんだけど、一社会人としての義務であると割り切る必要がある。その義務は学校だろうが、教会だろうが、会社だろうが、どこにいっても付きまとうものだし。ただ、無理をすればするほど、どうしようもないこの虚脱感と疲労感がなんだかつらい。王子様は、学校の父兄やら、教会でも、いろいろ励ましの言葉をかけられて困惑していた。なんだか、そんなことをいわれるのが、理解できないらしい。自分のような普通で幸せな人間と比べて、君が普通以下の家庭環境で、哀れでかわいそうな子供だから、よくわからないことを言われているんだよ。・・っと教えてあげた。間違いなく、不幸でかわいそうで哀れな子供と思われているようだけど、彼自身は、そういう目で見られるのが嫌みたい。でもそれは、大人になるまで続くんだよね・・。でも今度は結婚して、配偶者が早くに死ぬとか、自分の子供が死ぬとか、そういうことでもなければ、解放されるから。私なんて一生解放されないよ。生きている限り、普通以下で、あわれで可哀想な人間と位置付けられて生きていくよ。
2016.12.05
一人で子育てするつもりなんて、なかったけど、母子家庭なんて、偏見の目でみられるし、みじめな感じだし、社会的にも地位が低いのは経験済みだから・・。でも、望んだ結果にはならなかった・・。パパのパパ、つまり義理の父は、片親で育った人間をまともな人間として見てなかった。そんな彼がかわいいといっていた王子は、彼いわく、まともな人間ではなくなった。でも、それは、本人がどんな努力をしても、どうにもならない。どんなに偏見の目で見られても、バカにされても、どれほどの努力をしたとしても、すべての努力は一切無駄になる。太ってるとか、成績悪いとかなら、いくらでも努力次第でなんとかなるけど、生い立ちだけは変えられない。小学校6年のころの私は、すでに人生に疲れ、人が信じられず、ひとりぽっちで居場所がなく、自分の家でも、居場所に困り、いつもどこかにいきたいと思ってた。それは中学3年になって、さらに悪くなり、結果的に家を追われることになるんだけど、私と違って王子はポジティブで、いつも面白いこと、楽しいことをさがしてる。そして、早くパパに会うためには、1日が早く終わることが大事で、早いと思うためには、いつも面白い本を読んだり、映画をみたりすることだと私に勧めた。・・・うん。そうなのかなぁ・・っと思って、実践してみることにした。いずれ私のもとを離れる王子との生活に安住を求めてはいけない。自分ひとりで、なんとか、生きていく術をみにつけていかないと・・。でも、もう、王子じゃないけど、しばらく葬式はいやだなぁ。
2016.12.01
全7件 (7件中 1-7件目)
1