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2022年05月02日
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カテゴリ: 広井勇&八田與一
新渡戸稲造の母の死去に関する内村と宮部の慰めの手紙
内村鑑三 一八八〇年(明治一三年)七月二八日 札幌にて 内村鑑三日記書簡集第5巻三頁 第一信(英文封書)
陸中盛岡 太田(新渡戸)稲造殿    
                札幌農校 内村鑑三
七月二八日 札幌にて
 親愛なる兄弟パウロ
 函館からの手紙が届き、一同心から喜んだ。君の旅行が陸路は快調に、海路もさして不快でなかったとのことに、一同大喜びである。君の今後の旅も安全・快適ならんことを。君の手紙が学校へついたときには、われわれ七人は(フレデリックを除き)定山渓へ行っていて留守だった。一同、同地に四日を過ごした。持参の重い荷物と、あらゆる種類のブヨの攻撃とに悩まされながらも、実に愉快な、大成功の遠足だった。その間チャールズ(広井勇)は野望にかられて、豊平川の水源に向かって二度探検を試み、その結果、彼が久しく渇望していた貴重な砒石の岩層には達しなかったが、川岸で一個の大きな砒石塊を発見した。それゆえ僕の(同時に我々の)最悪の敵は大食漢(藤田九三郎)だった。彼は怠け者で、しかも他人のエネルギー(物理学の表現を借りていえば)の最大の、また恐ろしい消費者である。君がわれわれの一行の一人でなかった事は感謝である。君は今、異教主義という暗い深淵にただ一人のクリスチャンの星として輝いていることと思う。「厳冬に臨んで、初めて常盤の松を識別できる」と昔の中国人は言っている。われわれが、愛と平和と善意とが熱心に求められているクリスチャンの兄弟たちの間にいるときには、バラ、桜草、ツバキ、ゼラニウム、エニシダ、シクラメンなどがいっせいに同じ花壇に咲き乱れて、たえず我々の眼にさらされていても、残念ながら我々は、その美しさに見飽き、彼らに水そそいで、熱心に、努力して、誠意をもって、彼らの成長を助けることを怠るのである。それどころか手荒く、いなしばしば、手きびしく、扱うのである。しかし可憐な桜草が、コホベ、ヨモギ、スゲ、イなどが圧倒的に優勢な、すさまじい雑草の群の間に、咲いているのを想像してくれたまえ。当然われわれはその優しい美しさを賞でて、その成長を妨げる妨害物を取り除き、根元の土をやわらげ、支柱をたててその発育をうながすだろう。
 兄弟パウロよ、僕は信じている。(僕が昨年の夏体験したように)、君が札幌のクリスチャンの兄弟たちのことを思えば思うほど、君はいっそう彼らにとって親しいものとなり、かつ我々もまた、君について、思えば思うほど、また君が我々といっしょにいたときに、君に対する愛と情において我々が欠けていたことを思えば思うほど、いっそう我々は後悔の念にとらえられ、君に対する結び付きをいっそう強くされ、君のためにささげる祈りは、君もよろこんでくれると思うが、いっそう熱烈になるのである。我々の間にこのような偽りなき愛を恵みたまえる神の聖名はほむべきかな。我々の心と心をつなぐ鎖は、「壊ちる黄金よりもはるかに貴く」、永遠に不滅でなければならない。距離は遠く、君と我々とをへだてる海は広い。しかしそのへだたりが増せば増すほど、我々の結びつきと心持とはいっそう強くなる。神の聖名はほむべきかな。
 我々は目下、皆無事で健康状態もふつうである。測量の方は僕の体が弱いため余り成功とはいえない。それゆえ僕の財産がふえることについては余り心配しないでくれたまえ。しかし藤田は非常に頑健なので、君が札幌に帰ってくるときには、大した金持ちになっているだろう。植物学者[宮部金吾]は少々疲れている。化学者[高木玉太郎]は少々頭痛を訴え、工学者(野心家の)[広井勇]はとても金に困っている。豚学者(ピゴロジスト)は小説を読んでいる。体育館とカハウ[佐久間信恭]とは変わりない。

  君の古い兄弟にして友なる ヨナタン[内村鑑三]
二伸 君のお母さんと、もしお父さんが目下盛岡におられたら、お父さんとに、くれぐれもよろしく。我々のために祈ることを忘れないように。我々も絶えず君のために祈っている。

第二信(英文封書)内村鑑三日記書簡集第5巻五頁
  陸中盛岡 新渡戸様方にて 太田稲造愛兄    
         大至急 八月三日発す
              札幌農校 内村鑑三

一八八〇年(明治一三年)八月三日 札幌にて
 親愛なる兄弟パウロ〔新渡戸稲造〕
 盛岡からのお手紙昨夕着、我々は一大衝撃を受けた。ーそのため我々は食欲を失い、暗涙にくれた。いつも陽気な連中が、誰も彼もだまりこんでしまった。我々は自分を君の境遇に置いてみた。ーおお! 何たる悲しい、たえがたい試練か!君が生まれ故郷を訪れた唯一の目的は、疑う余地もなく、お母さんに会うことだった。しかも、ああ! ああ!お母さんは君の到着以前にすでに逝かれたのである。兄弟よ、僕にはどう君を慰めたらよいのかわからない。「喜ぶ者とともに喜び、泣く者とともに泣きなさい」と使徒は言っている。僕は君に対する自分の気もちや強い同情がどんなであったか、また今あるかについて語ることを避けるが、在札幌のクリスチャンの兄弟たちの悲嘆の状を伝えることとする。エドウィン〔足立元太郎〕は昨夕から食事をとろうとしない。一週間前から頭痛を訴えているフレデリック〔高木玉太郎〕も同様である。フランシス〔宮部金吾〕は悲嘆の余りベッドの上に伸びている。ヒュー〔藤田九十三郎〕は自分の年老いた両親が、君のなつかしいお母さんと同じ運命に陥ったらどうしたらよいのかと案じつつ、今まで熱心にやってきた測量の仕事に、今朝はとりかかろうとしないでいる。チャールズ〔広井勇〕は、持ち前の男らしさから、自分の悲しみや同情の念を顔にこそ出さないが、静かに、物思いにふけりながら、君を想う忍び難い心持ちをハッキリと見せている。兄弟よ、こうしたしらせは、君の悲しみを慰める役には立たないかも知れない。しかしこれらはすべて、僕は心から証言するが、偽善から出たものでも、体裁をつくるものでもないのだから、我々の恵み深き父なる神が、我々のハートの中に住まわせてくださったところの、真の友情と兄弟愛のしるしとして、受け取ってくれたまえ。兄弟よ、神の道は、我々の道と違う。君はヨブの忍耐について、すなわち彼が引き続く苦難にいかにたえたかを知っているはずだ。君はモーセとエリヤについて、彼らがしばしば自分たちの期待に反する事をたくさんになさしめられたが、最後に幸福と希望と繁栄との栄冠を授けられたことを覚えているはずだ。我々は選ばれた子孫、すなわち特殊の民で、神、すなわち広大さ、偉大さ、力強さをもって全宇宙の創造主にいましながら、同時に憐れみにとんで、孤児と苦しむ者との友にいます神に、永遠の希望を寄せる特権を授けられた者ではないか。もし君のお母さんが君から福音を聞かされてから、それを信じることなく、永遠の眠りについたとしたら、お母さんは福音の光に照らされることに死んだよりもはるかに大きな、はるかにひどい刑罰にあわれなければならないのである。今後のことは、神が定めておいて下さったところではあるまいか。おお!キリストにある愛する兄弟パウロよ、君の試みを「イエス・キリストの現れるとき、賛美と栄光と誉れとに変」らせてくれたまえ。君にとり大きな、しかり、確かに最大の試みではあるが、しかし「火で精錬されても朽ちるほかない金よりもはるかに貴い信仰の試錬」である。
 兄弟よ、悲しみに負けないでくれたまえ。悲しみは君の健康に大害があるし、君は健康を取り戻すために故郷を訪れたのだから。君の亡きお母さんは、ご自身の身体以上に、君の健康を案じておられた。勇気を出して、強い健康な人たるべく努めてくれたまえ。そして君の祖国と、神と、大切な君の家名と、君自身とのために立派な有益な働きをして、君の亡きご両親を喜ばせるように努力してくれたまえ。《身を立て 道を行い 父母の名を後世に挙げるは 孝の至りなり》君のために祈ることを決して忘れない。兄弟よ、愛する兄弟よ、僕は心から期待し、祈っている。身体は健康に、信仰は生気にあふれ、希望はあふれ、恩恵にみちみちた君に再び会い得んことを。
 君の最も親しき兄弟にして友なる  ヨナタン・内村鑑三


宮部金吾(封書英文)明治一三年(一八八〇)八月三日、札幌から盛岡へ 佐藤全弘訳、編者において「ポール」「ジョナサン」を「パウロ」「ヨナタン」に変更した〕                   
親愛なるパウロ
 七月二二日付の君の手紙は、昨晩、いつものように当初は大喜びで手にしたが、しかし、ーその手紙の中身をくわしくよむと、ああ、親友からー霊における親友からー受けとるにはあまりにも残酷な頼りだった。君に何と返事してよいかわからない。君をどう慰めてよいかわからない。君の懐かしいお母さんが亡くなられたー君の到着の三日前にーそして今は墓の中におられると、君からはじめて知らされたとき、君がどんな気持がしたことか、僕はあわれな父親の無い子の心で想像できた。パウロよ、君のばあい、他の人々とは事情が違うことがわかる。君のやさしい、感じやすい心には、あまりにも耐えがたいこともわかる。これは君の信仰の火の試練なのだ。しかし、兄弟よ、雄々しくまたキリスト信徒らしくありたまえ。そしてこの試練を「聖書の忍耐と慰め」で終わりまで耐え忍びたまえ。君も承知のように、君自身の魂は、世界全体をまとめて与えられても、それよりも君にとっては価値があるのだ。神のみ心については性急な結論を下すべきではない。とりわけ僕たちの祈りへの応答については。というのも、神の側には僕たちが求めた以上に、僕たちの魂の安泰によって、より高く、より良い配慮がおありかもしれず、それは、僕たちの限られた知恵では思いもつかないからだ。恵みと憐れみにあふれる神、父無き者、孤児の父は、僕たちの祈りを聴き、もし僕たちの祈りが神のみ心にかなうなら、また全き信頼をもって求めたのなら、遅かれ早かれ、何らかの仕方で、それに応えてくださるのだ。君を試そうとする火のような試練について、まるで何か思いがけないことが君に生じたかのように思ってはいけないよ。そうではなくて、君がキリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜びたまえ。神の栄光があきらかにされる時には、君もまた溢れる喜びをもって悦ぶことができるように(一ペテロ四の一二、一三)。そうすれば、「恵み溢るる神、キリスト・イエスを通じてその永遠の栄光へと僕たちを召された神は、君がしばらく苦しみをなめた後、君を完全にし、強め、力づけ、不動のものにして下さるのだ。」(一ペテロ五の一〇)。というのも、「僕たちの主イエス・キリストご自身、さらには父なる神が、・・・・・恵みにより、永遠の慰めを僕たちに与えてくださったのだから。力強くありたまえ。」(二テサロニエ二の一六)。「勇気を出したまえ。パウロ」(使徒行伝二三の一一)。
 僕は君のために祈りつづける。「心砕けた者を癒やし、その傷を包んでくださる」(詩編一四七の三)方の永遠の慰めにより、君が力づけられるようにと、また君の信仰が強められ、君の希望が拡大されるように、また「君が憐みを受け、恵みにあずかって、必要な時にかなう助けをいただくため」(ヘブル四の一六)変わりない清い心と信仰をもって、「大胆に恵みの御座に近づくようにと」、さらにまた、君の健康が速やかに回復し、君の言行が他の人々にも影響して、彼らを僕たちの主の恵みと憐れみにより、永遠の光へと導くようにと。
     君の誠実な友なる  フランシス・K・宮部 

 追伸 ご尊父、ご令兄たち、ご令姉たちにくれぐれもよろしく。僕たちの信仰と身体の健康のために祈ってくれたまえ。





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最終更新日  2022年05月02日 21時01分51秒
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