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PHAKDING(2610)→CHUMOA(2950)→JORSALE(2804、昼食)→NAMCHE(3440、泊/Himalayan Lodge)【トレッキング 8:00~15:15(7:15)】何度か長い吊橋を渡ってドゥドゥコシ川沿いの道を進む。途中からタムセルク(6608m)の白い姿が見え始めた。ジョルサレで早めの昼食、ここから先ナムチェまで昼食場所がない。しばらく河原を歩いた後、吊橋を渡ると急な登り道でまもなくナムチェ。ナムチェには40軒あまりのロッジがあり山を背にして馬蹄形に並んでいる。広場では露店のバザールが開かれている商人は遠くチベットからも来てテントで宿泊日用品などの商品を販売している。ロッジの設備はアンナプルナに比べて格段に良い国際電話やインターネットも利用できる。食堂も立派だし、廊下もトイレも建物内にあるのがうれしい。アンナプルナでは、廊下が屋外開放型でトイレはほとんど屋外だった。シーズンには満室になるというが、今夜の客はボクたちを入れて4人。
2008/11/30
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KATHMANDU10:00発=飛行機(25分)=LUKLA(昼食)LUKLA(2804)→PHAKDING(2610、泊/Beer Garden Hotel )【トレッキング 13:30~16:15(2:45)】朝9時前、旅行会社のテンパさんがホテルにやって来たIさん、Sさんのルクラ行きの飛行機は取れたMさん、Hさんご夫妻のヘリの手配はいまからする、と。ボクたち二人はそれで了解、30分後にホテル出発となる。しかしMさんたちは遠くに出かけるのはやめ、近くを観光しながら空港がOKになり次第先に帰国したい、とホテルに残ることになった。ボクたちは急遽荷物を作り、チリンの案内で空港へ今回はポーターなしでガイドのチリンだけが同行する。小型の飛行機は、座席を機外に放り出して荷物を積み込んでいる荷物の積み込みが終わって乗り込むと、機内は荷物の山最後部にボクたち3人とスチュワーデスの四つの座席が残っていた荷物で一杯の機内スチュワーデスは今日が三日目という20才の美人予定より1時間遅れて出発、25分でルクラに着いたルクラ空港の滑走路は谷から山に向かって上り傾斜が付いている着陸は下から上に向かって、離陸は逆に下に向かって行うこれなら滑走路が短くて済む、実に合理的。ロッジで昼食の後、パクディンヘ向けて再びトレッキングの開始。ルクラはエベレストB.C.やゴーキョへの玄関口商店街?にはトレッキングに必要なものがすべて揃っている歩き始めて、いくつかアンナプルナとの違いに気がついたアンナプルナでは見かけなかったコダチダリヤが道中あちこちに咲いている(別名:皇帝ダリヤ)荷物の運搬もこちらでは“ゾッキョ”アンナプルナで活躍していたロバはこちらではまったく見かけない(ゾッキョ:水牛とヤクをかけあわせた動物)パクディンの宿では、東京の女性3人組と同宿仕事をやめて1.5ヶ月の旅、エベレストB.C.まで行っての帰り日本の女性は元気だなあ、感心する。宿にはプールバー(ビリヤード)があった。
2008/11/29
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POKHARA発10:00=飛行機(30分)=KATHMANDU着11:00→ホテル(泊/Sunset View Hotel)操縦席は飛行中もオープン(ポカラ→カトマンドゥ)機内から見えるヒマラヤの山並空港でまた6人の日本人グループと出会ったずっと同じような行程で来たことになります。リーダーの人に、A.B.C.でお世話になったお礼を言って別れた。 カトマンズに着いたら意外なニュースが待っていた。タイのバンコク(スワンナプーム)国際空港が反政府軍に占拠されて閉鎖になっているという、まさに寝耳に水。加えてインドでは日本人が人質になっているという一体何事が起こったのか、何がなんだかさっぱりわからないホテルで昼食を済ませ、とにかくパタンへ土産の紅茶を買いに出かける。帰りにチリンとタイ航空のオフィスに行ったが大勢の客でごった返している。一足遅れてやってきた旅行会社のテンパさんたちにあとを任せてひとまずホテルへ帰った。ホテルでMさん・Hさん両夫妻と再会別れてからのお互いの行動を紹介し合った。タイ航空から帰ってきたテンパさんたちは解決まで数日間は無理ではないかと言う。とにかく明日は帰れない、ということだけははっきりしているようだではどうすればよいのか、何か考えなくては・・・テンパさんは、ボクとSさんには、エベレスト街道のナムチェまで往復5日間のトレッキングに行ってはどうか、と勧める。そしてMさんとSさん夫妻はナムチェまでヘリをチャーターして行きそこで2、3泊してボクたちと合流するのはどうか、と提案した。
2008/11/28
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POTHANA(1890)→DEURALI(1650)→PHEDI(1130)=タクシー50分= POKHARA(800、泊/Meela Hotel)【トレッキング 8:30~11:30(3:00)】ポタナの朝ポタナの朝今日で歩くのも終わりと思うと気が楽ポタナからフェディまでは眺めもよく気持のよいハイキングコースで全体に下り道ただし最後のフェディへの下りはきつい急坂。途中、着飾った花嫁さんに出会った。 親娘3時間のウオークで昼前にフェディに到着9日間のトレッキングは無事終わった!フェディで昼食、ビールで乾杯。※地名の「フェディ」はネパール語で“底”の意味文字通り谷底の村。木の“根元”の場合にも使う。昨年のトレッキングでは、最終日にロバの糞を踏んづけてホテルで靴の底を洗うのに苦労したことを思い出したが今回は無事フェディからはタクシーでポカラへ、13:20着。中心街は、先ほどまでいた所とはまったくの別世界午後からポカラ市内を散策、Sさんの土産もの物色に付き合った。ホテル前のジュース屋さんでのどを潤す
2008/11/27
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JHINU(1780)→NEW BRIDGE(1340)→LANDRUK(1515)→TOLKA(1700、昼食)→PITAM DEURALI(2100)→POTHANA(1890)POTHANA(泊/See You Lodge)【トレッキング 7:50~16:20(8:30)】朝のうち、アンナプルナサウス、ヒウンチュリが見えています 高度の関係でしょうか、たくさんの野の花を見ることが出来ました。帰り道は全体としては下るわけですが、単純な下りではなく何度も上ったり下ったりを繰り返すので結構ハードな行程です。昼食のロッジでは、女の人が大根を切っていますどうやら切干を作っているようです。野菜に飢えていたSさんは大根を一本もらっておいしい、おいしいとまるかじり。トレッキング最後の宿は、眺めのよい立地泊り客はボクたち2人のほかにイングランドのカップルが一組だけベランダにいると、またまた6人の日本人グループに会いました。今夜はやはりポタナ泊りですが、宿がちがうそうです。
2008/11/26
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BANBU(2310)→KULDHIGAR(2640)→SINUWA(2360)→CHHOMRONG(2170、昼食)→TAULUNG(2180)→JHINU(1780)JHINU(泊/Hot Spring Cottage) 【トレッキング 8:15~15:00(6:45)】今日もマチャプチャレが見えますスタートから登った後、川まで下って反対の斜面をチョムロンまで登るタウリンから、来たときの道と別れて今夜の宿・ジヌーへの道をとる。途中、チョムロンで学校見学、校長先生と面談。先生10人、生徒150人の小・中学校シヌワまで戻ると道に牛馬の糞が現れて生活圏に戻ったなと感じる。ジヌーには温泉があると聞いて楽しみにしていた宿に到着後すぐに温泉に直行、下り道で林の中を徒歩25分二組の温泉帰りのヨーロッパ人カップルに出会いました。温泉はどうでした?、どちらも「グッド」温泉は川原にコンクリートと石で囲った3つの浴槽があり岩から突き出た3本のパイプの下が洗い場になっている。すぐ隣を水量豊かな川が音を立てて流れています料金は“志”、男女混浴で一応脱衣所らしきものもある。先客はみな水着を着用しているがボクたちは用意がなく下着のままで入った。湯に浸かるのはちょうど一週間ぶりのこと石鹸で身体を洗い、ややぬる目の湯にゆっくりと浸かった。ここでもまた日本人6人のグループに出会いました。せっかく汗を流したのに、帰りの登り道で汗をかいては、とゆっくりの足取りで宿に引き返しました。
2008/11/25
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ANNAPURNA B.C.(4130)→ MACHAPUCHHRE B.C.(3700)→DEURALI(3230、昼食)→ HIMALAYA(2920)→ Banbu(2310、泊/Buddha Guest House)【トレッキング 8:00~16:40(8:40)】サヨナラ、A.B.C.目的達成、ここから引き返します。マチャプチャレから日が昇る今日からタウリンまでは、来た道を引き返すことになる。Sさんの高山病は高度を下げるにつれて回復している話に聞いていた通りだ、昼食は普通に食べられたので一安心。午後から雲とガスとで視界が悪くなったが昨日のB.C.が好天だったのでまったく苦にならない。途中、メガネのツルが外れるアクシデントあり小さなねじと座金二枚が奇跡的に見つかって目の良いチリンの応援で修理出来た、ヤレヤレ。今夜の宿(バンブー)高山病を用心して控えていたビールを飲んだもちろんうまい!
2008/11/24
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MACHAPUCHHRE B.C.(3700)→ANNAPURNA B.C.ANNAPURNA B.C.(4130、泊/Annapurna Guest House)【トレッキング 8:15~10:30(2:15)】ついにA.B.C.(4200m)まで来た!雪が5センチほど残る登り道をゆっくり歩いて昼前にA.B.C.に到着。ここまで来ると7219mのアンナプルナサウスが指呼の間眼前に迫って見えるので簡単に登れそうな錯覚を抱くしかし実際にはまだ標高差にして3000メートルもある。小高い丘に登って周囲360度に展開するパノラマを楽しんだ真っ青な空と白い山の対比が限りなく美しい。ヒウンチュリ・アンナプルナサウス・アンナプルナ1、3マチャプチャレなど、5~8000m級の山々が一望できる。タルチョ(祈祷旗・チベット式祈りの旗)ネパールではあちこちで見かけます昼食後、ロッジ前の日向でおしゃべりをしながらマチャプチャレに夕日が当たるのを待つ。日差しが強く、じりじりと顔が焼けるのを感じる。高山病の気配は無く大丈夫らしい。下の方から雲が湧き上がり、あっという間に山が視界から消えた雲が流れて再び視界が広がる、こんな自然の変化に感動する。夕日があたって赤く染まった山の姿がまた美しい。同行のSさんが夕方になって急に頭痛がして気分が悪いというさては高山病? 高山病については、“高度を下げたら直る”くらいしか知らない、さあ困ったぞ。ところがありがたいことに救いの神出現昨夜一緒だった日本人6人グループが今夜も同じ宿でそのグループのガイドさんが、部屋を訪ねてくれました血中の酸素量と脈拍を計り、薬(利尿剤)をくれて砂糖湯で水分をしっかり補給するように、との助言。これで何とか彼女の不安も消えて一安心です。しかし彼女の呼吸は、横になってじっとしているだけでもとても苦しそうおまけに薬が効いて、夜明けまでに十数回もトイレに通う羽目になったトイレは部屋から20メートルも離れた屋外にあるから大変ですそんなことは知らず、ボクは隣のベッドで大イビキで寝てしまった彼女はきっと、コンチクショウ!と、思ったことでしょう。しかしA.B.C.到着後の半日は異常もなく元気にしていたので高山病は大丈夫だったね、とお互いに喜び合ったのになあ。
2008/11/23
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HIMALAYA(2920)→HINKU(3170)→DEURALI(3230)→BAGAR(3300)→MACHAPUCHHRE BASE CAMP(3700、昼食&泊/Fish Tail Guesthouse)【トレッキング 8:30~14:00(5:30)】行き交うトレッカー、正面はガンガプルナ(7454m)マチャプチャレB.C.到着マチャプチャレB.C.夕日出発してまもなく「雪道の登りは私には無理」と一足先に出たスーさんが引き返して来た。岐阜から来ている一人歩きの日本人青年ガイドもポーターもなしで、重い荷物を持っての単独行相当の登山好きでかなりの健脚であることが伺われる。今日の行程は多少のアップダウンがあるものの全体として登りすばらしい晴天、正面にガンガプルナ(7454m)が見える。日が照っている間は暑くて半袖のTシャツでも暑いくらいなのに日がかげるといっぺんに寒くなるので、ジャンパーを脱いだり着たり。顔なじみなったアイルランドのファミリーが途中で「昼食はすんだか?」と声をかけてくれた。夕食前にホットシャワー(実はバケツ一杯のお湯)で汗を流した。客室の照明はローソク、高度が上がるにつれて不便になってきた。食堂では日本人6人のグループがいて、日本語で情報交換が出来た。
2008/11/22
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CHHOMRONG(2170)→SINUWA(2360)→BANBU(2310,昼食)→DOBHAN(2600)→HIMALAYA(2920、泊/ ?)【トレッキング 7:30~16:30(9H)】チョムロンの朝目が覚めて窓から外を見るとマチャプチャレが見える日中は暑いので、朝の涼しいうちに距離を稼ごうと言うチリンの提案ですこし早めの7:30に出発。道中の集落と棚田(チョムロン方面)昼食を済ませた頃から空模様が怪しくなった歩き始めてまもなく霰交じりの雨が降り出した。ドバン泊まりかと思ったらロッジが満員だったので一つ先のヒマラヤまで行くことになった。雨が止まないので、雨具の上下を出して着た。20才の日本人女性と韓国女性の3人組はドバン泊韓国女性1人は足の痛みで途中で待っているという。アラレ交じりの雨の中をひたすら登りヒマラヤのロッジにはなんとか日没前に到着。あたりは5センチくらいの積雪で銀世界ロッジが3軒しかなく、ボクとSさん、英国女性のスーさんと相部屋食堂は20人ほどの客で国際色豊か、例のアイルランドのファミリーも一緒それぞれに読書、チェス、カードゲーム、おしゃべりなどを楽しんでいる。スーさんは退職記念の旅行中、約3ヶ月の予定でネパール、インドベトナム、フィージー、ニュージーランドなどを回るという。寝る前に「ボクのいびきは大きいよ、ゴメン」とことわったら笑っていた。Sさんは山小屋には慣れているので、耳栓を用意している。夜中に目が覚めたら天候は回復して満天の星モディ川の流れの音が聞こえている。
2008/11/21
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GHANDRUNG(1940)→KOMRONGDANDA(2654)→KIMRONG(1800、昼食)→CHHOMRONG(2170)CHHOMRONG、泊/ Chhomrong Cottage)【トレッキング 8:30~16:30(8H)】 ガンドルンの朝(ロッジから)アンナプルナサウス(7219)左、ヒウンチュリ(6441)右(写真の右にはマチャプチャレも見える)ロッジのおじさんがロクロを回して牛乳からバターを製造中今日は、いったんコムロンまで登ってキムロン川まで下り再びチョムロンへ登るというアップダウンの多い行程途中、放牧の羊の群れに出会う、二、三百頭もいるだろうか羊飼いのおじさんが羊たちを集めて家路に着くところ彼らのお通りが済むまでボクらはしばし立ち往生最初に訪ねた宿は満室で向かいの宿へ、ここはボクたち2人だけ洋式便器のトイレ、部屋にはゴム草履があり、食事もうまかった。天井裏をネズミが走り回っている。モモはぎょうざに似た食べ物ビールのつまみに何度も食べました。
2008/11/20
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POKHARA(800)=タクシー1.5H= NAYAPUL(1070)NAYAPUL(1070)→BIRETHANTI(1050)→SYAULI BAZAR(1220、昼食)→GHANDRUNG(1940)GHANDRUNG、泊/Hotel Mountain View)【トレッキング(昼食・休憩共) 9:30~16:30(7H)】ボクたち2人とガイドのチリン君、ポーターのドージ君の4人タクシーで約1時間半、登山口のナヤプルへ※地名のナヤプルはNew Bridge(新しい橋の意)ナヤプルからアンナプルナB.C.へいよいよトレッキングスタート行きの登りが5日、帰りが4日、計9日間のトレッキング。ナヤプルから見たマチャプチャレ(6997m)マチャプチャレは“魚の尻尾”という意味独特の形に魅かれます途中、桜が咲いている村落が眼下に見えた。ナヤプルに近付くと昨年と同じく蝉の声が聞こえた。ナヤプルからモディ川に沿ってシャウリバザールへ向かう途中、ビレタンティで入山の手続きはチリン君におまかせ。ガイドのチリン君は昨年プーンヒルへ6日間付き合ってくれて気心は知れているが、日本語がほとんど話せないのが難点今回は勉強の甲斐あってすこしは上達したようです。シャウリバザールまでは川沿いのゆるやかな登り道シャウリバザールからガンドルンまでは一転、急な登り半袖のTシャツで歩いているが、汗でびっしょり。道の両側に刈り入れの終わった棚田が広がっている人か動物が歩くだけで、車はもちろん自転車も通れない荷物の運搬はもっぱら、人(ポーター)とロバに頼っている。ロバは10頭前後が一団になっていて首に付けた銅の鈴をガランガランと響かせて通るトレッキング初日の宿(ガンドルン)夕食時、ロッジの食堂で20歳の陽気な日本人女性に会う。インドで出会った韓国人女性二人とトレッキング中われわれと同じくアンナプルナB.C.を目指している。彼女は二年間働いて退職、貯めたお金で10ヶ月の予定で世界各地を訪ねる旅をしているという、大したものだ。もう一組、アイルランドからの5人家族も同宿こちらは兄弟2人と父、叔父さんと叔母さんの5人連れ家族でのトレッキングもまた良いなと思った。こうした宿での交流は、四国のお遍路と似ています同じ目的で行動するもの同士、親近感を感じます。
2008/11/19
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KATHMANDU(1400)発8:00=車=POKHARA着16:00POKHARA (800、泊/Meera Hotel)※( )内の数字は標高ネパールの幹線道路をポカラへ向かいました。途中のムグリンからインドへの道と分岐します。カトマンドゥから抜け出すまではひどい交通渋滞に遭遇坂道を登ってくるおんぼろトラックが何台もえんこしているからです。途中から“高速道路”に入るといくらか流れもよくなりました。高速道路といっても、片側一車線で中央分離帯もありません。下の写真(左)は、日本でならさしづめサービスエリア?そして右はバナナ売りです。バナナとみかんを買って食べました。 ポカラへの移動は道中の見学もかねて車にしました。しかし交通渋滞もあって、8時間もかかってしまった。帰路もバスの予定にしていましたが、これではたまらんとポカラ到着後、飛行機に変更してもらいました。ポカラに近付くにしたがってマチャプチャレなどの高い山が見えてきました。Hさん、Mさん夫妻と別れてボクたちは昨年と同じメーラホテルへ。
2008/11/18
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関西空港00:30発(TG673)→バンコック05:00着バンコック10:35発(TG319)→カトマンズ12:50着KATHMANDU(泊/Sunset View Hotel)今年もまたネパールへトレッキングに出かけます。昨年は標高3,200mのプーンヒルまで6日間今年は標高4,200mのアンナプルナB.C.へ9日間のトレッキングをします。(※B.C.はベースキャンプの略)旅行会社は昨年同様、カトマンドウのRoyal Orchid Treks. & Expedition Pvt.Ltd.予定は今日から11月30日までの2週間昨年は一人で出かけましたが今年は知人で山好きの女性Sさんと二人またネパール着後は別行動となりますが往復同じ便でMさんとHさん夫妻も一緒です。日本とネパールの時差は3時間15分関空を出発、カトマンドゥに到着まで延べ15.5時間(乗り継ぎのバンコックで約5時間の待ち時間を含む)カトマンドゥ到着後、Sさんと市内見学。カトマンドゥ・タメル地区
2008/11/17
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ペガサスの翼美しい名前のキレイな貝ですこのペガサスの翼に乗ってしばらく浮世から脱出します
2008/11/16
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右端の豚の顔が悲しそうに見えます、気のせいでしょうかチラガー(豚顔皮)豚の顔皮をスモークや煮付けにしています。お好みにスライスして、そのままお召し上がり下さい。お酒のおつまみに最適です。また、炒め物の具やあえ物など色々なお料理にもご利用いただけます。那覇の市場の光景です豚の顔皮も真空包装しているようですが以前は生のままで並んでいました豚の耳の和え物はミミガー足のぶつ切りを煮込んだのがアシテビチ骨付きの豚肉入りそばはソーキソバ「豚は鳴き声以外全て食べる」沖縄ではこういわれているそうです。沖縄に行ったことがある人ならご存知のはずこれから行く人はぜひ豚肉料理を味わってください!
2008/11/15
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古ぼけた椅子が2脚ボクが大学一年のときに作ったものそれが60年後のいまも、ここ居間の南側の軒下に健在です父は晩年、毎日ここに座って日向ぼっこをしていました「ここは特等席じゃ」「今日は快晴じゃのう」これが父の口癖でした「おじいちゃん、お茶が入りましたよ」カミサンはよく父にお茶を入れてくれました甘いものに目がない父に、お菓子をそえて・・・・・おだやかな小春日和の一日カミサンが母を庭に連れ出してやはりお茶の用意をして父の思い出話をしています母は、父の座っていた椅子に腰掛けて「いやあ、雲ひとつないきれいな空」父の口癖とは少しちがったけれどカミサンと二人で笑いました母は、父の93歳2ヵ月を少し越えました。
2008/11/14
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破落戸読んでいた本にこんな漢字が出てきました“ごろつき”とルビがふってありました。この際と、辞書で調べました《破落戸》一定の住所や職を持たず、彷徨き(うろつき)強請り(ゆすり)やたかりなどの悪事をはたらく者。無頼漢(ブライカン)。「無頼」とも書く。“ごろつき”、または“ならずもの”と読むのだそうです、当て字ですね、きっと。
2008/11/13
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麻生内閣の支持率NHKの世論調査によりますと、麻生内閣を「支持する」と答えた人は先月より3ポイント上がって49%だったのに対し、「支持しない」と答えた人は4ポイント下がって40%でした。(NHKのサイト)朝日新聞社が8、9の両日実施した総選挙に関する連続世論調査(第4回、電話)によると(中略)、内閣支持率は37%、不支持率は41%で、前回(10月25、26日)の支持41%、不支持38%から逆転した。(asahi.com)両方を並べると以下の通りです。 NHK 朝日麻生内閣を支持する 49% 37%同、指示しない 40% 41%10日、NHKラジオで聞いたのと、翌11日の朝日新聞紙面ではまるで別の国の世論調査のようではありませんか御在所岳の紅葉山地会の研修旅行で滋賀県の里山保全活動をしているボランティアグループ「水口里山の会」を訪ねて、現場見学をさせてもらいました。ボクの地元でもボランティアグループが発足したばかり知りたいこと、学びたいことがいっぱい代表の方のお話はわれわれにとって大いに参考になることばかりでした。帰途、ロープウエイで御在所岳に登りました。
2008/11/12
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偕老同穴(かいろうどうけつ)夫婦むつまじいことをいう。また、その契りの意味。「偕老」は、ともに老いること「同穴」は、墓を同じくすること。夫婦はいつまでも一緒に仲よく生き死んだら同じ墓に葬られるのが理想的なあり方だという意味。「偕老」も「同穴」も『詩経(しきょう)』を出典とするが四字句で出てくるわけではない。(以上、三省堂「中国故事成語辞典」)偕老同穴は、もともと四文字熟語だと思っていましたが二つの言葉をくっつけて出来た熟語だったのですね。話は変わって、偕老同穴という生物のことカイロウドウケツ(偕老同穴)カイロウドウケツ科の海綿動物の総称深海の泥中に直立する。円筒形で、全長30~80センチ。体壁はかごの目状で、内部の胃腔に雌雄一対のドウケツエビが共生することからはじめエビをカイロウドウケツと呼んだが後に海綿の名となった。相模湾・駿河湾や土佐湾に生息。(Yahoo辞書・大辞泉)画像は、貝の博物館の展示ケースの中のものです上の説明の通り、かごの目状で円筒形をしています水中ではこれが垂直に立って生息しているそうです。西洋名は「ヴィーナスの花籠」というすばらしくロマンチックな名前が付いています。
2008/11/11
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「お義母さん、いまからご飯ですか」「ハイそうよ、ゆっくりでしょう、○子さんはもう済んだの」「私は済んだけど、お義母さんの息子はまだおやすみですよ」「アハハハハ、面白いこと言うのね」「それはあんたのしつけが悪いんじゃないの」「わたしの責任ですか、すみませんねえ」朝からこんな会話をして2人で笑ってたのと、カミサンが楽しそうに報告してくれました。5分前のこともすぐ忘れる、というより頭に入らないでもそのときそのときの会話は、まだまだ達者な母であります。
2008/11/10
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ツワブキ(石蕗、艶蕗)キク科の多年草イシブキ、ツワともいう花の少ない時期、この黄色い花が庭の片隅をぱっと明るくしています。ツワブキの話になると、お遍路の時四国霊場31番竹林寺を訪ねたときのことが鮮やかな印象として残っています。ツワブキの名は、艶葉蕗(つやばぶき)つまり「艶のある葉のフキ」から転じたフキと同様に食用にするほか薬用としても用いられる(打撲、できもの、切り傷、湿疹に) いくたびか 時雨のあめの かかりたる 石蕗の花も つひに終はりぬ (斎藤茂吉)
2008/11/09
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スタートのセレモニーてくてくてんり ウオーキングフェスタ2008雨の中、約1000人のウオーカーが参加して21キロ、15キロ、9キロのコースを歩きました。ウオークのスタッフは大阪ウオーキング連合ボクは15キロコースのアンカー担当です。途中で、ブログにコメントをくれる“かめさんランナーさん”に出会いました。カミサンといとこたち4人も参加終了後はいつもの通りにぎやかな反省会当たり前のことですが、天理には天理教の建物が多い
2008/11/08
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トックリキワタ(徳利木綿)パンヤ科、落葉高木(10/30沖縄)別名:ヨイドレノキ、ヨッパライノキピンクの花が明るく美しい遠くから見ると満開の桜かと・・・南の島の青い空によく似合います名前を聞いたら“トックリキワタ”なかなか覚えられなかったが漢字を見たらすぐに覚えられた写真下方のの幹にご注目途中で膨らんでいますねきっとそれでトックリ(徳利)同じような形の幹の椰子をトックリヤシといいますから“キワタ”は、綿が取れる木だから?両方あわせて“トックリキワタ”なんとなくもっともらしいではないか(笑)実を剥いでみると、実際に中から綿が出てくるそれが枕や座布団の綿として使われるそうです原産地が南米で、現地の木の名前(スペイン語)を直訳すると、“酔っ払いの木”だそうです。その由来は、幹が膨らんでいる姿が酔っぱらいの腹のように見えるから・・・真偽のほどはわかりません今日のブログはトックリ型ですよ~寒くなってきました、熱燗でいっぱいやりましょう!
2008/11/07
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「外大の文化祭にエド・はるみが来たんだってそれで○明さんたちが見に行ったそうよ」「だれ?そのエド・はるみって」「知らないの???」ある日のカミサンとの会話でした。たまたま、日経パソコンという雑誌でエド・はるみの名前を見かけました面白いブログを書いていると思う有名人ランキングgooランキング調べ(2008年6月調査)という記事です。ランキング上位10人1中川翔子2上地雄輔3品川祐4眞鍋かおり5エド・はるみ6東国原英夫(宮崎県知事)7つるの剛士7宇多田ヒカル7ともさかりえ7杉浦太陽有名人とはいうけれど名前を聞いたことがあるのは宮崎県知事と宇多田ヒカルだけあ、エド・はるみもですね(笑)彼女の11月1日のブログに今日は6校、大学の学祭を回りますと書いてありました。なるほどカミサンの話はこの日のことでした。この人たちのブログボクは面白いとは思わないけど
2008/11/06
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エンジュ(槐)マメ科別名 「槐樹」(かいじゅ)「黄藤」(きふじ)(京都市内)実がいっぱいなった大きな木に出会いました帰宅後調べたらエンジュ(槐)でした。莢に入った実がたくさんなっていますが食べられると書いた資料は見つかりませんでした《エンジュ雑学》中国原産の落葉高木で、高さ15mにもなる縁起の良い木として庭木に利用され最近では街路樹にも多く用いられている薬用植物としても有名とくに花のつぼみを干したもの(槐花)は漢方で止血剤として使われる
2008/11/05
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イチゴの木ですちょうどいま花と実が同居しています花と実が同時に楽しめるなんて、珍しいですね実はこのイチゴの木過去二回、ボクのブログに登場していますモデルは、いずれも同じ近所の家のものです最初が一昨年の12月、この木との出会い→ここその次に昨年の11月、実が色づいたところ→ここ
2008/11/04
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綿弓塚(當麻町竹内)綿弓や 琵琶に慰む 竹の奥(芭蕉)竹内は芭蕉の門人・千里の出身地で芭蕉が数度にわたって訪れたそうです。当時このあたりでは綿が栽培されていて綿の実から採った繰綿をはじき打って不純物を取り除くのに綿弓という道具を使っていました。綿弓をはじくとびんびんと音がしてそれが静かな竹藪の奥から聞こえてくるのにここに滞在していた芭蕉が詠んだ一句です。(「全国の歌碑・句碑めぐり」より) 10月12日に下見を行った竹内街道を歩きました。コースは下見時と一部変更しました近鉄・南大阪線/古市駅→臥龍橋→石川河川敷→駒ヶ谷→上ノ太子→叡福寺→道の駅→竹内峠→長尾神社→近鉄・尺土駅(16キロ)参加者177人《参 考》・叡福寺は聖徳太子の墓所があるところ・竹内街道については大阪国道事務所の「ひと・みち・くらし」をご覧下さい。
2008/11/03
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男が女に一枚の木の葉を贈った何なの一体、わたしに木の葉なんかを・・贈られた女は、わけがわからず送り返した男は説明をつけてもう一度贈りなおしたボクはこの葉のように裏表なくいつもあなたのことを大切に思っている女は大変喜んで、男のプロポーズを受け容れた 男が贈ったという木の葉が“相思樹”見るとたしかに裏も表も同じように見えるお話も画像も、旅行先の沖縄で仕入れました。ソウシジュ(相思樹) マメ科の常緑高木別名:タイワンアカシア、原産地:台湾,フィリピン以下はいつものにわか勉強・春に直径 1 センチほどの球形の黄色い花をつけます。・葉っぱと呼称されているのは葉柄が変化した仮葉(かよう)で本当の葉はネムノキのような羽状複葉、発芽してから2、3日程度、長くても1週間で散ってしまう人の目に触れる機会は少ない。そんなことはさておき、名前の由来を見てください。↓ここです「相思樹の歌」というのも見つかりました↓相思樹の歌
2008/11/02
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いま天理を歩けば・・・次の土曜日、11/8は「てくてく天理・ウオーキングフェスタ2008」21キロ、15キロ、9キロの3コースがありますので体力に応じてコースを選択、楽しく歩いてください参加費は無料です、詳しくはこちらをご覧下さい。今日はそのコースの下見です、秋晴れの好天でしたなんといっても季節柄、切っても切り離せないのは柿道中、柿畑の間を通りますが、柿の無人販売が多数一袋100円で5個、こっちの店は一個10円・・・こうしてリュックはたちまち柿でいっぱいになりますそれもわずか200円か、300円でですよ
2008/11/01
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