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なんとも身体がつらくて、起きて仕事を少ししては横になるということを繰り返している。咳が止まらない。日記を書いていると便利で、これは今に始まったことではなく、主治医にもちゃんと話しているので、心配はしなくていいのだが。ようやく夕方、写真を撮りに出かける。日が長くなったとはいえ、カメラが手ぶれの警告を出す。 大阪府の橋下徹知事が公開議論で、改革プロジェクトチーム(PT)が補助金廃止を打ち出している大阪センチュリー交響楽団をめぐって「行政に携わったり、財界の人だったり、そういう層は、ちょっとインテリぶってオーケストラだとか美術だとかなんとか言うが、お笑いの方が根づいているというのが素朴な感覚」と発言したという記事。この知事の文化についての認識に驚く。不要不急(と解されること)は、切り捨てられる。 前にも書いたかもしれないのだが、このようなことは学問の世界でも起こっている。 中務哲郎『饗宴のはじまり 西洋古典の世界から』(岩波書店)のあとがきに次のように書いてあった。実利から遠いことでは文学部が一番であるとして「その文学部の中でも、サンスクリット文学や西洋古典文学は最も世事に疎く、学問における絶滅危惧種に喩えられることもある。しかし私は(中略)どの学問分野もアプローチこそ違え、目指すところは同じだと素朴に信じているので(中略)、どこかが滅びるのはすべてが絶えることの前触れだと考えている」(pp.246-7)。「スコットランドのアバディーン大学では、八〇年代初めから古典語講座が廃止の方向に向かい、三人の教授のうち、一人は他大学へ移り、一人は引退し、一人は自殺したと聞く」(p.168)。 僕が勤務していた大学ではギリシア語の講座がなくなり、僕は職を失った。
2008年05月31日
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薬がもう切れるということもあったのだが、アトピーの症状が悪化して、今日は病院へ。何かありましたか、とたずねられたが、ひきがねは過労なのだろう。疲労の閾値が低くなってしまっている。この一週間はよく眠れないことがあって、夜中に起き出して、アドラーの翻訳をしていた(Menschenkenntnisの第二編)。この旅はいつまで続くのか。
2008年05月30日
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娘の友人が泊まりにくるはずだったが、中止になり、急遽、夕食のメニューを変更。買い物に行き直した。天気の回復と共に少し復調。去年、退院してすぐ後、結膜炎になり、続けてヘルペスになって辛かったのだが、その再来ではないか、とこの数日怖れていた。今は抵抗力が落ちているというようなことはないと思うのだが。 高田宏が沢木耕太郎との対談の中で、芭蕉を例に挙げて、旅に出て途中で死ぬことは失敗ではなく、むしろ旅の完成であるというふうに書いていて、道半ばで倒れるという見方とは違うと思って、本に印をつけた(沢木耕太郎『深夜特急5』新潮文庫、p.241)。近刊予定(であればいいのだが)の書き下ろし『生きる勇気』(仮題)でも、人生を旅にたとえることについて論じてみた。旅の目的地は、死ではないだろう。
2008年05月29日
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この数日、疲れが出たのか、不調で横になっていることが多い。暑い中、長く歩いたのがよくなかったようだ。
2008年05月28日
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聖カタリナ高校での5回目の講義。今日はこれまでの中で一番たくさん入っていてうれしい。どんな質問が書いてあるか予想できないので、用意した講義はできないが、本を読めばわかることは口頭で繰り返すこともなく、一度しかできない講義ができれば、と思っている。 水村美苗と辻邦生の往復書簡が朝日新聞に連載されていて、後に、『手紙、栞を添えて』として出版された。久しぶりに再読してみた。水村は、辻を「できることなら永遠にお目にかかりたくないかた」という。辻の手紙は、「ずっと上等な女の人に宛てられたもの」なので、会わないで、「手紙にあるような私で居続ける幸せ」を選びたい、と。この本が出た2年後に辻は亡くなっている。会う機会がなかったわけではないのに、その機会を不意にしたことを悔やんだのだろうか、と考えていた。 雨の日撮った写真。「時間」をどうすれば写せるのか考えていた。時間の痕跡は写せるのだが。
2008年05月27日
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暑い日になった。去年はこんな日にもバストバンドをしていたのだった。 読んでいた本に(岩田靖夫『よく生きる』ちくま新書)に妙好人と呼ばれた(キリスト教なら、聖人にあたる)因幡の源左という人の話が書いてあって、思うところがあった。 源左は決して腹を立てなかった。怒りや恨みは自分が正しいと思っているから起こる。しかし、自分は煩悩具足の凡夫である。自分はいつも人に我慢してもらっているのだ… 小田和正の「緑の街」が頭の中で響く。「忘れられない人がいる、どうしても会いたくて…」 写真は、4月に取ったコノハナザクラ。1953年に大本教第三代教主出口直日が発見した。その大本の境内を朝、歩いていたら今日も保育園の子どもたちと会う。知っている保育士さんがおられた。名前で呼びかけてもらえてうれしかった。
2008年05月26日
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一年前の今日、退院した。術後、すぐにあるかと思っていた検査入院(冠動脈造影検査)は二年くらいは必要ないという話を聞き安堵したが、早くも一年経った。 入院していた時のことをよく思い出す。 術後、翌日にはICUを出て、もとの部屋に戻った。その日の朝、緊急手術に行かれた中島先生が戻ってこられない。「一時頃、目が覚めしばらくぼんやりしていたら、手術着の中島医師が部屋にこられる。手術帽が汗でびっしょり濡れていた。この時間にようやく胸を閉めるところになったので私は出てきた、今日は様子を見にこられなくてすいませんでした、といわれる。順調だといって部屋を出て行かれる」 一時というのは午前一時である。 深夜に、まわってこられた看護師さんに、父と母の若い頃の写真を見せて、あれこれ話をしたこと。 すべては夢の中の出来事のような気がしないでもない。入院中に書いていた日記を読み返すと、細かいところまで思い出せるのに、「胸の傷が痛く、深く息をすることができない」と書いてあっても、痛みは思い出せない。 アドラーの『人間知の心理学』は来月の16日に出版されることになった。 写真は、退院した次の日に撮ったもの。今年も紫蘭の写真を何枚も撮ったのに、うまく撮れない。
2008年05月25日
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少し、この数日、疲れたのか気力がでず、日記の更新もできなかったが、もう大丈夫。うつらうつらしていたら、こんな写真を撮っていたことを思い出した。心から離れない、忘れられない景色や人がある。
2008年05月23日
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昨日、講義をしたからではないと思うのだが、バイパス血管を採った左足がひどく腫れて驚く。夕方も長く立って料理をしていたのではあるが。身体は病気のことを忘れさせてくれない。 鳥のスープ煮を作ってみた。簡単だが煮込むのに時間がかかる。一晩置くと書いてあって驚いたが、たしかにそうすれば味がしみるというのはわかる。鶏の胸肉2枚を、水3カップ(+塩少し、固形スープ、こしょう、ニンニク、ローレル、白ワイン)で30分煮込み、その後、火を止めて15分以上蓋をして蒸す。後は、野菜を入れて(入れなくてもいいのだが)、10分ほど煮込むのだが、スープが足りず、予定したほどには野菜を入れられなかった(今日は、大根、人参、ブロッコリー、じゃがいも)。娘に、スープは飲んだらあかん、といわれた。自分で作っていると、おいしくすることだけを考えて、塩を控えていることを忘れてしまっていけない。 自宅の近くで鷺と遭遇。
2008年05月21日
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20日は聖カタリナ高校で講義。今年は例年に比べて質問紙による質問の数が少ないが、口頭で、講義中にたずねる学生が多く、講義やしやすい。学生からの反応がなければ、講義をすることはできない。率直な感想にたじたじになるのだが。学生の父親くらいの年なので、どうすれば親子がいさかいをすることなく、コミュニケーションをし、かつ自分の主張をうまく伝えられるかという話も交えている。娘よりもひとつだけ年上の学生に話しているので、この話を娘が聞いたらどう思うか、いつも気になる。 考え事をしながら夕食を作ると、失敗してしまう。包丁で切ったにんじんをゴミ袋の中に捨てていることに気づいて驚く。すぐに気づけてよかったのだが。この二年間、家事をあまりなしなかったので、元気になったのだから、頑張ろうと、この頃はしっかりと料理を作っているというのは本当である。 風の強い日だった。池の波紋を撮ってみた。題のwindcolorなどという英語はないのだが、水彩に対して、風が描いたという意味で、風彩という言葉があればいいなと思ってつけた。
2008年05月20日
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今週は、先週の火曜から始まった心臓の不快さがすっかり消えありがたい。校正追い込み。外での仕事がほとんどないので、今日の聖カタリナ高校での講義を忘れてはいけない、と緊張する。もちろんそんなことはありえないことなのだが。四月から親元を離れて新しい職場で働き始めた友人が体調管理に気をつけているとブログに書いているのを読み、嬉しい気持ちになった。そういえば息子からは音沙汰がまったくないのだが、元気にしているのだろうか。夕食を作りながら、今は三人分でいいことに思い当たり、少し寂しい気がした。
2008年05月19日
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今日は読書会。テキストはプラトンの『ソクラテスの弁明』。死をも怖れず、知を愛し求める生き方をしていかなければならない、といいはなつソクラテスを思うと、日々の煩いが愚かしく思えてくる。何があっても少しもぶれずに生きるというのは、簡単なことではない。 先月は菜の花が咲いていたところに、ポピーが咲いていた。もう夕方だったが、帰りに立ち寄る。娘がいやがるかと思ったら、そうでもなくて、携帯で何枚も写真を撮っていた。 写真はコオニヤンマ。一瞬にして飛びさってしまった。
2008年05月18日
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朝方まで本を読んでいたので、起きたら10時をまわっていた。朝食の後、近くの植物園へ。花は少なくなった。蝶が飛んでいるが、目にもとまらぬ速さで飛んでいて、なかなか撮ることができない。そのうち、暑さでまいってしまう。 もう長い間音楽を聴いてなかったことに気づく。仕事の時に、音楽を流してみる。ささくれた心が少し和らぐ。 写真は道ばたに咲いていたニワゼキショウ。よく見かける花だが、きれいに撮れてうれしい。
2008年05月17日
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今日も思うように仕事が進まず、気持ちばかりが焦る。夕方、何を作ろうか、と長い時間悩む。時間と手間さえ惜しまなければ何でも作れるとは思うのだが、それに実際、時間もあるのだが、自然、楽なメニューを探そうとしている。 朝日新聞の「天声人語」に正岡子規の言葉が引いてあった。悟りとは、いつでも平気で死ぬことだと思っていたのは、誤解だった。そうではなくて、いかなる場合にも平気で生きていることだった、と子規はいう。平気で生きるなど、至難の業だと思う。毎日、平気どころではない。ミャンマーのサイクローン、中国の地震、私的なトラブル…
2008年05月16日
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火曜の朝の講義後、帰ってから体調が優れず、昨日はずっと横になっていなければならなかった。何がどうなったのかわからないが、心臓からくる不調であることだけはわかり、めずらしく不安に捕らわれた。幸い、夕方頃から復調。少しすわっていられるようになった。ただ買い物にも行けず、夕食も作れなかった。 今朝は、天気と同様、遅くまで本を読んでいたので眠かったことを除けば、気持ちよく、近くの植物園まで出かける。途中で、遠足中の保育園の子どもたちと会う。「おはよう」と声をかけてもらえ驚く。知っている保育士さんがおられるかと思っていると、子どもたちの列の最後に、もうかれこれ二十年ほど前に子どもたちがお世話になった保育士さんがおられて、声をかけてくださった。あの頃は、僕は今より若く、息子のことで批判されると、ことごとく反発していた。卒園する時に、いろいろあったけど許してくださいね、といわれたのだが、それはむしろ僕がいうべき言葉だったと今は思う。
2008年05月15日
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今日は三週間ぶりに聖カタリナ女子高校での講義。学生からの強い手応えがあって講義をするのが楽しい。 写真は黄菖蒲。memento vivereという題をつけてみた。生きていることを忘れるな、あるいは、生きなければならないことを忘れるな、という意味。memento mori はよく知られていると思うが(死ぬことを忘れるな)。この二年、死を意識して生きてきたので、これからは生きることを思おうと考えてつけた。すぐにコメントをもらえて嬉しい。
2008年05月13日
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夕食の下ごしらえをして、いつでも料理に取りかかれると思って、待っていても、帰りが遅かったり、疲れて眠ってしまったり(これは娘だが)で、結局、手つかずで空腹にさいなまれながら仕事中。この頃は、遅い夕食を食べ終われると、本当に疲れてしまい、その後は、ぼんやりしていることが多い。目下、出版社に送った原稿が二編があって、休むとすれば今しかないと思うのだが、毎日、変わらぬ日を送っている。前は、昼間、すぐに仕事から逃げそうになってしまうので、近くの喫茶店でコンピュータを持ちこんで原稿を書いたりしていたが、この頃は、それもあまりしなくなった。 今日は午前中、長い(仕事の)メールを一通書く。仕事の合間に、徐京植、多和田葉子『ソウル―ベルリン玉突き書簡 境界線上の対話』(岩波書店)を少し読む。多和田葉子の書いたものを、この二年、ずいぶん読んだ。小説にはなじめないものも多いのだが。 去年の今日今頃(曜日の感覚の方が強い)手術を受け、麻酔が覚めた頃だった。この後、ICUで2時くらいまで僕は極度の覚醒状態にあって、ハイテンションで話していたように記憶している。多和田さんという看護師さんがおられて、多和田葉子というドイツ語でも小説を書いているハンブルク在住の(今はベルリン)小説家がいるという話もしていた。胸を開き、骨を切り開いたので、痛かった。今、生きていることがその後もずっと不思議に思えてならない。時々、本当は死んでいるのではないかと思うことがある。そんな小説や映画がよくあるように。
2008年05月12日
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昨日は、毎月参加しているヴァイツゼッカー研究会。縁があって参加してかれこれ二年になる。最初の頃は、一回に3ページくらいずつ読んでいたが、最近は4ページ。昨日は5ページも進む。4ページを読み終えたところで、木村敏先生が、さ、少し休憩して…と、まだまだ読む満々なので驚く。寒い日で、心臓がばくばくした(この擬音以外でどう表現していいかわからない)。 朝、遅くまで寝ていたが、久しぶりに写真を撮りに出かけた。近くの池の畔に咲く黄菖蒲はずっと前から毎年咲いていたはずなのに、二年前、心筋梗塞で一月入院した後、退院した日に見たこの花は、生まれて初めて見たように思えた。
2008年05月11日
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今日は頭がぼんやりしていて、思うように仕事が進まなかった。夜、よく眠れなかった。 友人の母親が急に亡くなられた。悪いことは聞いてはいたが、突然のことで、動揺してうまく言葉をかけられなかった。僕の母はもう四半世紀も前に死んだが、未だについこの間のことのように思える。 日は違うが、曜日的にいうと、一年前、入院し、週明けの手術まで不安な日々を過ごしたのだった。
2008年05月09日
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校正を送る。朝から、散歩にも出ないで(なので写真は6日に撮ったもの)、時計を見ながら、取り組む。一つ急な仕事ができて、9日はかかりきりにならないといけない。 この頃は、夕食を作っている。もっとレパートリーがあればいいのだが。カロリーのことを気にする娘に、エノキダケともずくを使ったスープを作ってみた。すぐにできるけれど味付けは難しいと思った。 これは禅庭花。名前がわからず植物園の津軽先生にたずねたらニッコウキスゲということだった。一日花。翌日訪ねた時はもうしおれていた。
2008年05月08日
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休みが終わると、朝、あっという間に皆出かけてしまう。暑くなると天気予報でいっていたので、仕事にかかる前に歩く。カキツバタが咲き出した。一昨年はこの時期、入院していて、去年は、入院前で気ぜわしく、退院後も近くで撮れなかった記憶がある。今年は思う存分撮れるといいたいところだが、被写体として難しい。三日通うことになった。 校正追い込み。
2008年05月07日
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田舎に住んでいたのに子どもの頃はあまり外で遊んだ記憶がない。実際にはそんなことはないはずだが、家が校区の外れにあったので、一度家に帰ったから友達の家に遊びに行くということをしなかった。それでも、時の経つのも忘れ、虫を追いかけたりしたことがなかったはずもない。今、カメラで蝶を追いかけていたら、子どもの時はこれがカメラではなく、網だったのだと思うからである。もっとも網を持っていても、僕の腕では何一つ捕まえられなかったわけだが。 蝶に前から近づくのは難しい。これまで撮ってきた蝶の写真を見ても、あまり多くはない。 校正の続き。連休が終わる。
2008年05月06日
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雨が降って一息というところ。もっとも植物園からの帰り、雨に降られてずぶ濡れになってしまった。ポケットに入れていた本(沢木耕太郎『深夜特急3』)が濡れた。携帯電話とカメラは無事だったのだが。今日も校正の続き。原稿を出してから、出版社から戻ってくるまでしばらく間があったので、少し冷静に(突き放して、第三者的に)読める。精神科で働いていた時にカウンセリングをしていた患者さんの夢を見る。外出も大変だったのに、夢の中では、車でこられているのを知り、驚いていた。 また別の夢。4年前に亡くなった先生と長く話す。今度できた駅から前の家を結ぶ新しい道を先生が歩く。歩道ではなく、車道なので、そこは…といおうとしたが、先生が微笑むのを見て、そうだ、たしかに真ん中を堂々と歩いてはいけない理由はないのだ、と思う。 足りないのは勇気。 写真は、コミスジ。説明にも書いたが、はばたきと滑空を繰り返す。人の気配に敏感なので撮影は難しい。あんなふうに空を飛べたらさぞかし気持ちがいいだろうと思う。
2008年05月05日
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早い時間に出かけたつもりだったが、朝からひどく暑くて、辛かった。植物園の人と少し話したのだが、水やりが大変な様子。雨が降れば、といってられたが、花も晴天が続くと元気がないように見える。 校正中。自分で書いたものは、知らずして間違いがあっても、修正して読んでしまい、なかなか気がつかない。 ヒメウラナミジャノメの写真。地味な蝶で、飛んでいると目立たないが、こうして花(小手毬)に止まると、学名にあるargusどおり(ギリシア神話に出てくる百の目がある巨人)、目が美しい。
2008年05月04日
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今日から休みが続くようで、何かと落ち着かない。疲れたら休むようにしているが、うまく休めない。今日、校正が届く。最悪のタイミングといえないことはないのだが、校正が届いた時は本ができた時に次いで嬉しい。まだこれから大変なのだが。アドラーのMenschenkenntnisの第一部。 写真は椿。from whence and where toという題をつけてみた。
2008年05月03日
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このところずっと夕食を作っているが、皆、忙しいようで、時間が合わず、結局、一人で食べることになってがっかりすることが多い。 翻訳の校正が届くかと待っていたが、今日は届かなかった。どんなことであれ待つと長く感じられる。 写真の説明には、湯川秀樹のことを書いた。日本語でいう地味という言葉を英語で何と訳していいのか迷った。牡丹のような晴れやかな花ではなくとも、ひっそりと咲いている花を美しいと思う。湯川は自分はあまり目立たない存在だったと自伝の中でいっている。父親が、きょうだいの中で彼だけを違った道に進ませようとした時に、母親が、才気走った子どもだけが優れた仕事をするわけではない。目立たない子どももいるものだ、と弁護したという話。
2008年05月02日
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明日、校正刷が届く予定なので、今日は休みにしようと思ったが、そんな気持ちにもなれず、常と変わらず過ごす。extraの仕事が入るので、その分の時間を空けておかなければならない。 朝、外を歩いたら、既にひどく暑く、実は、原稿を書くために参照したい本があって、それを手に入れるために出かけようと思ったが、この暑さは怖いので断念。インターネットでその本を注文した。明日、届く。便利なので、ネットで本を買うことは多いが、こうして手に入れた本が、店頭で手にして中を見れば、買わなかったかもしれないだろうと思うことはしばしばある。 いつも、何があってもぶれない灯台のようでありたい。 ツルニチニチソウ。しべのところだけにピントを合わせてみた。
2008年05月01日
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