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今回の目的地は八劔神社です。JR三河三谷駅から10分ほど歩くと八劔神社の鳥居が見えます。八劔神社1の鳥居参道八劔神社2の鳥居八劔神社3の鳥居手水舎八劔神社には 源太夫神社(摂社)をはじめ末社に天満社、諏訪社、稲荷神社、御鍬神社、秋葉神社、水神社、尺地神社、金毘羅社の9社を存する。源太夫神社水神宮水神宮の横にある長寿の亀(明治元年作)この亀に乗ると長生きするんだって。(勿論、乗りました(#^.^#)浦島太郎伝説岡田耿陽の句碑…岡田耿陽は明治30年三谷町に生まれる。金毘羅神社額束諏訪神社の社号標…かなり古いです諏訪神社…写真を撮るのを忘れました(;一_一)※下の画像は八劔神社のHPより拝借しましたが、画像が小さかったため大きくしたら 文字がぼやけました。<(_ _)>天満社…画像には写っていませんが、奉納の文字の後ろに小さい牛さんがいます。天満社の横塀の隅にあった像。猿かな?河童かな?稲荷社秋葉社、御鍬社、尺地社。拝殿などは次回に(八劔神社その弐)としてUPしたいと思います。
2018.06.30
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息を切らして坂道を登ると…三河湾を望む風景が目の前に広がります遠くに見える画面中央の島は 三河大島で夏は海水浴場になります左は小島脇道に入ると…う~ん?何の建物なのでしょう…わかりません。建物を横目に少し歩くと包丁塚なる石碑がありました。さっきの建物と何か関連があるのかも知れません。開けた場所にこのような鳥居がありましたが、私はこの鳥居の奥には行きませんでした。鳥居の横に乃木大将の像が建っています。以前(昔ですが)見た像より、かなり綺麗になっていました。乃木稀典…明治時代の軍人、陸軍大将。この像は乃木将軍が1891年(明治24年)5月、名古屋歩兵旅第5団長として、伊勢神宮逢拝の際に弘法山に訪れたのを記念して大正9年に建立したもの。因みに地元では、こちらの山を乃木山と呼び、道路を隔てた 向かいにある山を弘法山と呼んでいます。遠くからでも見える子安弘法大師像、三谷のシンボル的存在で近くに金剛寺というお寺もあります。バスで帰宅することにして三谷温泉のバス停へ。時刻表が真っ白…往復一日3便ほどしか運行していません。昔の温泉場の賑わいは何処へやら…ホテルのバスがお客様を送迎するからでしょうか、蒲郡駅までの利用者は私一人でした。
2018.06.28
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三谷(みや)駅から炎天下のなかテクテク歩く。今日の目的は、三谷温泉付近の散策です。見慣れた松林があります、この先を行くと若宮神社と田尻神社がある。まずは若宮神社。若宮神社一の鳥居。若宮神社2の鳥居若宮神社3の鳥居若宮神社本殿「玉取り」の狛犬(阿)「子取り」の狛犬(吽)右が若宮神社。左が田尻神社。同じ境内に二社が建っております。若宮神社の由来。祭神…応神天皇(品陀和気命、ホムダワケノミコト)健暦2年(1212)8月に創建、享保17年(1732)社殿改装。明治初年、若宮八幡宮を若宮社に改め 据置公許となる。同32年10月、社殿を改装する…神社に説明がありませんので、検索したものを書いています。田尻神社本殿画像がボケてしまいました。<(_ _)>田尻神社1の鳥居田尻神社2の鳥居…本殿の方から眺める急な階段を降りる…田尻神社の由来創祀は天文3年7月、津島神社の祭礼のよし舟漂着に由来する。日本惣社牛刀頭天皇津島神社のよし舟をまつる社である。祭神…スサノウノミコト若宮神社と田尻神社の参拝を終えた私は、日蔭を選びながら坂道を歩きます。途中で何度も へたり込んで休憩しました。この続きは次回に…
2018.06.27
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以前(5月6日)にUPした記事で、散歩の途中で バラを一輪いただき その茎を挿し木にした。と書きました。寄せ植えの鉢の隅っこに挿しただけのバラの茎。いつの間にか新芽が出ていました。(ラッキー!)新芽が出たバラの挿し木もう少し経ったら鉢にあげようかと思います。頂いた花は一週間ぐらいで枯れてしまったけど、気紛れで挿し木したバラは生きていた。大事に育てよう…昨日、帰宅する途中で見上げた空夕焼けで空が真っ赤でした。PM7時15分頃の空
2018.06.25
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今年もこの季節がきた…去年受けた健康診断の結果は、あまり良くなかった。血圧、脂質、血糖で…「要医療」と判定され、かかりつけ医に相談して下さい…との事だった。早い話、生活習慣病だ。体格的に太っているわけでもなく、どちらかと言えば痩せている方である。身長164センチが162センチになって、2センチも小さくなっていた。体重は54キロと何十年も前から変ってない…自分のなかでは生活習慣病は関係のないもの…と侮っていた。こりゃ、大変だ!収縮期血圧…160!うっ!…た、高い拡張期血圧…97!!…なんとかせねば…血中脂質(LDLコレステロール)205…ショック!肝機能検査(血清クレアチニン)0、73…煙草やめなくちゃ(お酒は飲みません)血液検査…これはぎりぎりセーフしかし…私は病院で治療することを拒んだ。「来年の健康診断までには 必ずこの数値よりも低くしてみせます」と大見えを切って病院を後にした。以後、食事に気を付け、なるべく歩き、早や寝、早起き、等々。目に見えるような効果は…う~ん出ていないなぁ。健康診断…涼しくなってからにしようかな。さて、久々の晴れ間、少し歩いてくるかな。
2018.06.22
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暑い日が続くと つい食べたくなる「そうめん」麺にも色々ありますが、私が食べる麺は、子供のころから慣れ親しんだ「金トビ麺」です。他県などで暮らしていた時には「揖保の糸」などでしたが、地元に戻ってからは、「そうめん」と言えば、「金トビ」で私にとっては故郷の味のようなものです。近所のスーパーで170円で売っていますそもそも何故この麺なのかと言えば、金トビ麺の工場が、実家の近所にあったから…かな。でも「金トビ」って変った銘柄ですよね。そこで少し調べてみました。明治26年に名古屋市西区で生まれた創業者の志賀八五郎は 幡豆郡三和村の矢作川沿い(現在の西尾市)の水車小屋で修業を終えると 大正6年に妻子とともに蒲郡に移り、製粉製麺業を始めた。三河湾を望む蒲郡では、海風に乗って飛翔するトンビの群れをよく見かけます。八五郎は、空高く舞う姿に事業の夢を重ね、小麦粉のマークを「トビ印」と定めました。一方、名古屋城の「金鯱」(きんのしゃちほこ)は八五郎にとっては、故郷の名古屋の誇りでした。八五郎は「金鯱」への憧れと神武天皇の「金鵄」の故事にならって最高品質の小麦粉を「金トビ」と名づけた。以上のような事柄が、金トビ麺(志賀製粉)のHPに書かれておりました。何気なく食べていた「そうめん」たがが「そうめん」されど「そうめん」( ^)o(^ )美味しくいただきました。
2018.06.20
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地元の海沿いを歩いていたらハマユウの花を見つけました。…と思ったら、花が違うことに気づきました。種属は同じで、花ことばもハマユウと同じです。私が見つけたのは インドハマユウでした。マリリスのような大きな花が 沢山咲いています。明治初期に渡来したインドハマユウは最近、国定に誤りがあったことが判明し呼び名がインドハマユウからアフリカハマユウに改められたそうです。ハマユウの花ことば。「汚れがない」「どこか遠くへ」「アナタを信じます」だって。なんともロマンチックな…下の画像がハマユウです。ハマユウはまだ咲いておりませんでした。
2018.06.13
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6月7日木曜日、私は豊橋駅のバスターミナルで落ち込んでいました。賀茂花しょうぶ園に行くバスが土日のみの運行で平日の運行はしていないとのことだった。この日は諦めて、9日土曜日に出直しました。賀茂花しょうぶ園賀茂花しょうぶ園には、江戸系、伊勢系、肥後系の3種私には区別がつきませんが…3万7000株もの花しょうぶが咲き誇ります。昭和43年に賀茂神社所有地、及び市所有地の整備を始め昭和45年に花しょうぶ園を開園しました。その後、夜間照明の設置や拡張整備の拡充が行われました。水辺の周りにはアジサイの花が見ごろでした。ベンチや休憩所が多く設置されておりシニアには有難いです。黄花の花しょうぶ…葉は元々黄色ぽいのか、枯れてきているのか…このように区切られた歩道がありすぐ近くで色んな花しょうぶを観ることができます。入園料は無料。素晴らしい施設なのですが、花しょうぶの季節だけにしか人は訪れないようです。
2018.06.11
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前回の続きになります。賀茂神社の参道わきで 紅白の万両を見つけました。6月になっても まだこのように実を残しているなんて…ラッキー!なんだか楽しくなりました。賀茂神社の全景です。本殿で参拝を済ませ 私は貴船神社に向かいました。貴船神社に向かう参道の両脇に 鬼瓦が置かれていました。鬼瓦と貴船神社貴船神社に向かう参道はこの鳥居の奥の道が本来の参道かと思います。私は本堂から来てしまったので この道を下る事になりました。杉の木立に囲まれた静かな参道です。参拝を済ませて、のんびり花しょうぶの観賞…かと思えば…神社の向かいの風景を見に行きました。田植えが終わった田んぼ。画像には写っていませんが、鷺が何羽も 田んぼの中を歩いて虫などを探す姿や大空を飛ぶ姿を観ることができました。散々 寄り道をして やっと花しょうぶの観賞となります。その様子は次回にて。
2018.06.10
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豊橋の賀茂神社へ…赤い橋の両脇には花菖蒲園になっています。赤い橋を渡ります、花菖蒲を見に来ている方多かったです。私は、まず参拝から…赤い橋を渡ると石橋に神社に続く参道です鳥居が見えてきました。茅の輪くぐりこのように書かれています。本殿です。賀茂神社の歴史を検索していましたら、興味深いお祭りがありました。毎年4月の第三日曜日」に行われる葵祭。祭りに競馬(くらべうま)という行事があり、少年が全速力で走る馬に乗って手放しで五色のテープを流す…ユーチューブに今年の4月に行われた動画がありましたので載せました。興味がありましたら御覧ください。来年の4月にもう一度ここにきて少年たちの勇ましい姿を見てみたい…と思いました。途中から記事が横道にそれてしまいました(*_*)賀茂神社の続きと花しょうぶ園は次回に…
2018.06.09
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先月 行った三河のあじさい寺へ…再び。アジサイも見頃で、カメラを持った方が大勢いました。前回、行きそびれた東廟所を見学。石段を上がると廟所があります。廟所の入り口です。説明看板廟所は石灯篭が林立しています。本堂の横にある鐘楼。住職に指差しして頂きましたが、うまく写ってない。ゴメンナサイ家康の名です。こちらは家光です。気を取り直して…スイレンでも眺めましょうか。今回は、運よく宝物殿を拝見することが出来ました。写真撮影はNGでしたが、住職が丁寧に説明をして下さいました。また来年…
2018.06.05
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豊橋公園には吉田城跡、美術博物館、三の丸会館や野球場、軟式テニスコートなどのスポーツ施設もあり、市民のシンボル的公園となっています。今回、私は吉田城跡を中心に歩きました。中に向かって歩くと 両側に石垣が見えます。公園内には石垣が沢山あります。私は 探しませんでしたが これらの石垣は名古屋城の石垣の余りを転用したことを示す印が入ったものがある事が 調査で解明されました。復元された隅櫓(鉄櫓)の入口です。中は簡素な資料館ですが…入場無料と言うのが納得できます。他には、甲冑1 能面3 戦国絵図のみでした。入口の横に大きな木がありました。何の木でしょう…根が凄いです。イスノキ? 初めて聞く名前でした。隅櫓の全景櫓の横には休憩所があり、豊川の流れを眺めることが出来ました。
2018.06.02
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市電に乗って豊橋公園に行ってきました。目の前にオシャレな建物があったのでパチリ。豊橋市公会堂でした。公会堂の横にはこのようなモニュメントが設置されています。何か書いてあるので見てみましょう。なるほど…少し歩きますと豊橋ハリストス正教会があります。この協会は大正2年に建築された現存する県下の正教会の中で最古の聖堂です。国重要文化財に指定されており 渡来した美術工芸品等が保存されています。残念ながら中に入ることは出来ませんでした。入り口に設置されていた説明看板。教会に咲いていた百合の花公園に向かいます。太平洋戦争後 三の丸内側は一部を除き豊橋公園として整備され、本丸には1954年に隅櫓(鉄櫓)が模擬再建されました。中は簡易的な資料館となっています。この続きは、明日の更新にて。
2018.06.01
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