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第百二段【本文】むかし、男ありけり。歌はよまざりけれど、世の中を思ひ知りたりけり。あてなる女の、尼になりて、世の中を思ひうむじて、京にもあらず、はるかなる山里に住みけり。もと親族なりければ、よみてやりける。 そむくとて 雲には乗らぬ ものなれど 世の憂きことぞ よそになるてふとなむ言ひやりける。 斎宮の宮なり。【注】〇世の中=この世。現世。『万葉集』七九三番「世の中は空しきものと知る時し、いよよますますかなしかりけり」。〇思ひ知る=理解する。ただし、たとえば『徒然草』一四二段に「子を持ちてこそ親の志は思ひ知るなれ」とあるように、頭で考えてわかるのではなく、経験してわかる、実感するという意であろう。〇あてなり=身分が高い。『例解古語辞典』に「身分の高い人物なら、人品や振る舞いなどが優雅だとは限らないが、概してそのようにとらえる傾向が強い。下賤の出で優雅な人物として描かれることは、ないといってよい。〇思ひうむず=いやになる。〇京にもあらず=人間関係の煩わしい平安京にはいない。『伊勢物語』九段「京にはあらじ、あづまのかたに住むべき国求めにとて、行きけり」。〇山里=ふつうなら人の住まないような山奥の村里。〇親族=親類、縁者。ふつう「しんぞく」の「ん」を表記しない形と言われるが、あるいはシゾクと発音されたのかもしれぬ。すなわち「本意」をホイ、「管絃」をカゲンとよむ類。〇そむく=世を捨てる。出家する。〇斎宮=伊勢神宮に仕える未婚の女性。「斎院」と同じく、天皇の即位のたびに、天皇や皇族の息女の中から選ばれる。【訳】むかし、男がいた。歌は上手に作らなかったが、この世のことは、さまざまな人生経験を通してよく理解していた。身分ある女性が、出家して尼になって、現世のことがいやになって、人間関係の煩わしい京のみやこに住むのをやめ、都からはるか遠く隔たった、普通なら人の住まないような山奥の村里に住んでいた。もともと、この男の親類だったので、歌を作って送った。俗世間を捨てて雲に乗ってどこかへ立ち去るわけでもないけれども、出家なさると現世のいやなことが疎遠になるということですね。と言ってやった。この女性は伊勢神宮に仕える斎宮である。
April 30, 2017
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第百三段【本文】 むかし、男ありけり。いとまめにじちようにて、あだなる心なかりけり。深草の帝になむ、仕うまつりける。心あやまりやしたりけむ、親王たちの使ひたまひける人をあひ言へりけり。さて、寝ぬる夜の 夢をはかなみ まどろめば いやはかなにも なりまさるかなとなむ、よみてやりける。さる歌のきたなげさよ。【注】〇まめなり=まじめだ。勤勉だ。健康。〇じちようなり=実直だ。律儀だ。〇あだなり=『角川必携古語辞典』の〔ことばの窓〕「あだ」と「まめ」によれば、「あだ」は、花が実を結ばないことを原義とするともいわれ、内実がなく、空虚なことを示す。一方「まめ」は、実があること、誠実で実意のあることを示す。〇深草の帝=仁明天皇。京都深草山に葬られたのでいう。〇仕うまつる=お仕えする。「仕ふ」の謙譲語「つかへまつる」のウ音便。〇心あやまり=心得ちがい。魔が差すこと。〇親王=皇子。天皇の子・子孫。〇使ふ=そばめとして使う。『伊勢物語』六十五段「むかし、おほやけおぼして使うたまふ女の」。〇あひ言ふ=契ってねんごろに語らう。〇さて=そうして。〇寝ぬ=眠る。〇はかなむ=頼りなく思う。 〇まどろむ=しばらくうとうとする。〇いやはかな=いっそうむなしい状態。 〇なりまさる=ますます~になる。『竹取物語』「この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる」。〇きたなげさ=見苦しさ。【訳】むかし、男がいた。とても勤勉で実直で、いい加減な気持ちがなかった。仁明天皇にお仕えしていた。魔が差したのだろうか、皇子たちが、そばに置いて用事を言いつけて使っていた女性と契ってねんごろに語らうようになった。そうして、女に送った歌。あなたと共に眠った夜の、夢のような嬉しい記憶を頼りなく思って、もう一度鮮明に見ようとしばらくうとうとしたところ、ますますむなしい状態になることだなあ。と作って送った。そんな露骨な歌の見苦しさよ。
April 30, 2017
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第百四段【本文】むかし、ことなることなくて、尼になれる人あり。かたちをやつしたれど、ものやゆかしかりけむ、賀茂の祭見にいでたりけるを、男、歌よみてやる。 世をうみの あまとし人を 見るからに めくはせよとも 頼まるるかなこれは、斎宮のもの見たまひける車に、かく聞こえたりければ、見さして帰り給ひにけりとなむ。【注】〇ことなること=異常。特別なこと。〇尼=比丘尼。出家して仏門に入った女性。〇かたち=容姿。〇やつす=出家して姿を変える。〇ゆかし=見たい。〇賀茂の祭=陰暦四月の第二の酉の日に行われた京都賀茂神社の例祭。〇世をうみの あまとし人を 見るからに めくはせよとも 頼まるるかな〇見る=海松布(濃緑色で浅い海の岩に生える食用の海藻)を言い掛ける。〇めくはせよ=ミルメ(海藻)を食べさせてくれの意と、目くばせせよの意を掛ける。〇斎宮=天皇の即位ごとに選定され、天皇の名代として伊勢神宮に奉仕した未婚の皇女・女王。崇神天皇のころに設置され、後醍醐天皇の時代に廃止された。〇車=中古では牛車をさして単に「車」ということが多い。牛に引かせた乗用の車。ふつうは四人乗りで後部から乗り、牛をはずして前から降りた。平安時代、貴人の乗用に盛んに用いられ、身分や男女の別に応じて多くの種類があった。〇見さして=見るのを途中でやめて。【訳】むかし、これといった特別な出来事もないのに、尼になってしまった人がいた。髪をおろして出家したけれども、出し物が見たかったのであろうか、賀茂の祭を見に出かけていったところ、ある男が、歌を作って送った。 この世を無常でつらいと思って出家しアマになられたのだなあと、あなたのことを見るにつけても、こちらを向いて私に目で合図してほしいと自然と期待してしまうなあ。海のアマさんかと思って見たので、ミルメという海藻を食わせてくれとあてにしてしまうなあ。これは、伊勢の斎宮が見物なさっていた牛車に、こんなふうに申しあげたところ、祭を途中で見るのをやめて、お帰りになしまったということだ。
April 29, 2017
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第百五段【本文】 むかし、男、「かくては死ぬべし」と言ひやりたりければ、女、 白露は 消なば消ななむ 消えずとて 玉にぬくべき 人もあらじをと言へりければ、いとなめしと思ひけれど、心ざしはいやまさりけり。【注】〇かくて=こうして。このままで。〇べし=当然の意を表わす助動詞。きっと~だろう。~にちがいない。〇言ひやる=手紙や使者を通して、こちらから相手に言ってやる。〇白露=白く光る露。また、露が消えるようにはかない命を「露命」という。〇消ゆ=「露」の縁語。なくなる。ここでは、「死ぬ」の意を掛ける。〇消ななむ=「消(け)」は下二段動詞「消(く)」の連用形。「な」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形。「なむ」は、他に対してあつらえ望む意を表す終助詞。~てほしい。『伊勢物語』八十二段「おしなべて峰も平らになりななむ山の端なくは月も入らじを」。〇なめし=無礼だ。『枕草子』二四七段「文ことばなめき人こそ、いとにくけれ」。〇心ざし=愛情。〇いやまさる=ますます多くなる。【訳】むかし、ある男が、「こうしてこのまま恋がかなわなかったら、きっと死んでしまう死んでしまうだろう」と言ってやったところ、女が、 白露のようにもろいあなたはこの世から消えてしまうのならば、いっそのこと消えてほしい。消えないからといって真珠のように糸で通して飾りにするような人もいないでしょうから。と言ってきたので、非常に無礼だと思ったけれども、愛情はいっそう募ったということだ。
April 29, 2017
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第百六段【本文】 むかし、男、親王たちの逍遥し給ふ所にまうでて、龍田河のほとりにて、 ちはやぶる 神代も聞かず 龍田河 からくれなゐに 水くくるとは【注】〇親王=皇族であることを天皇から認められた皇子。〇逍遥=景色を楽しみに川や海などの水辺に出かける。川遊び。〇まうづ=うかがう。参上する。身分の高いかたのところへ「行く」ことをへりくだっていう。〇ちはやぶる=勢いが強く逸る。荒々しい。「神」にかかる枕詞。〇神代=神々の時代。『古事記』『日本書紀』では、開闢から神武天皇以前に至るまでの時代を指し、神々は高天原に住んでいたとされる。〇龍田河=奈良県生駒郡を流れる川。生駒山から流れ出て、大和川に注ぐ。紅葉の名所として著名。〇からくれなゐ=あざやかな紅の色。〇くくる=くくり染めにする。定家をはじめ、中世では「潜る」意に解されていた。現在でも一部(たとえば落語の演題「ちはやふる」)では、その意で用いられている。『例解古語辞典』(三省堂)に「古代中国の蜀の地では、錦江の流れにさらしてつくる錦が、精巧な品として名高かったが、くくり染めという着想は、その蜀江の錦を意識してのものだろう。とすれば、上の句には、あの有名な蜀江の錦でも、これほどではあるまい、という含みもある」。【訳】むかし、ある男が、親王たちが川遊びをなさる所に参上して、龍田河のほとりで作った歌。あの、草木もものを言ったという様々な不思議に満ち満ちていた神代のころでさえも聞いたことがない、この龍田川が、散り落ちて流れる紅葉で、本来は青々とした川の水をあざやかな紅色のくくり染めに染めあげるとは。
April 29, 2017
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第百七段【本文】むかし、あてなる男ありけり。その男のもとなりける人を、内記にありける藤原の敏行といふ人よばひけり。されど、若ければ、文もをさをさしからず、ことばも言ひ知らず、いはむや歌はよまざりければ、かのあるじなる人、案を書きて、書かせてやりけり。めでまどひにけり。さて、男のよめる。つれづれの ながめにまさる 涙河 袖のみひちて あふよしもなし返し、例の男、女にかはりて、浅みこそ 袖はひつらめ 涙河 身さへ流ると 聞かば頼まむと言へりければ、男いといたうめでて、今まで巻きて文箱に入れてありとなむいふなる。男、文おこせたり。得てのちのことなりけり。「雨の降りぬべきになむ、見わづらひはべる。身さいはひあらば、この雨は降らじ」と言へりければ、例の男、女にかはりてよみてやらす。数々に 思ひ思はず 問ひがたみ 身を知る雨は 降りぞまされるとよみてやれりければ、蓑も笠も取りあへで、しとどに濡れてまどひ来にけり。【注】〇あてなり=身分が高貴だ。〇内記=ナイキもしくはウチノシルスツカサ。中務省に属し、詔勅、宣命を作り、叙位の辞令を書く役。大内記(正六位上)、少内記(正七位上)、各々二人。儒者を任ずる。〇藤原の敏行=藤原富士麿の子。母は紀名虎の娘で、紀有常の妹にあたり歌人として知られている。貞観九年(八六七)に少内記、十二年に大内記となった。『古今和歌集』に十九首の歌が採られており、書家としてもすぐれていた。ちなみに有常の娘の一人が在原業平の妻。〇よばふ=女性に言い寄る。求婚する。『伊勢物語』六段「女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを」。〇をさをさし=大人びてしっかりしている。〇ことば=物言い。〇いはむや=まして。いうまでもなく。〇案=手紙に書く下書き。〇めでまどふ=大騒ぎして喜ぶ。『竹取物語』「あてなるも、いやしきも、音に聞きめでてまどふ」。〇ながめ=物思いにふけりぼんやりと外を見やる。「長雨」を掛ける。〇涙河=涙が多く流れるのを川にたとえた語。〇ひつ=水につかる。〇巻く=丸める。〇文箱=手紙を入れてやりとりする箱。〇見わづらふ=見て困る。思案にくれて見る。〇さいはひ=幸運。〇身を知る雨=わが身が愛されていないことを知って流す涙の雨。〇しとどに=びっしょり。〇まどひ来=あわててやってくる。【訳】むかし、身分が高い男がいた。その男のところにいた女性に対し、内記だった藤原敏行という人が言い寄った。しかし、若いので、恋文も未熟で、物の言いかたもよく知らず、ましてや歌は作り慣れていなかったので、女の雇い主である人が、手紙の下書きを書いて、女に清書させて送った。男は大騒ぎして喜んだ。そうして、男は次のような歌を作った。降り続く長雨に川の水量がまさるだろうが、あなたを思ってぼんやりと物思いに沈んでいると恋しさに涙が川のように流れる。そのため着物の袖ばかりがびっしょり濡れてあなたに逢う手立てもないのがつらい。その歌に対する女の返事の歌を、いつものように、主人が、女に代わって作った歌。あなたのおっしゃる涙河というのは、浅瀬ばかりなのでしょう。わたしへの思いが浅いから袖がびっしょり濡れる程度で済むのでしょう。思いが深くて涙の河に身さえ流れてしまうとお聞きしたら、あなたを頼りに思いますのに。と言ってやったところ、男がとてもひどく感動して、今まで巻きおさめて手紙箱に大事にしまってあるということだ。その後、男が手紙をよこした。それは男が女を手に入れてのちのことだった。「雨が今にも降りそうなので、空模様を見てお訪ねしようかやめようか迷っています。私の身に幸運があるなら、雨は降らないだろう。そうしたらお訪ねしよう。」と言ってきたので、いつものように、男が、女に代わって歌を作って届けさせた。愛しているのか愛していないのか様々に質問を重ねるわけにもいかないので、その程度にしか思われていないのだと知った辛さで流す涙の雨がどんどん降ることです。と作って送ったところ、蓑も笠も手にとるまもなく、びっしょり濡れて慌ててやってきた。
April 29, 2017
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第百八段【本文】むかし、女、人の心を恨みて、 風吹けば とはに浪こす 岩なれや わが衣手の かわく時なきと常の言ぐさに言ひけるを、聞き負ひける男、 宵ごとに かはづのあまた 鳴く田には 水こそまされ 雨は降らねど【注】〇なれや=断定の助動詞「なり」の已然形+疑問の係助詞「や」。~だからだろうか。〇言ぐさ=よく言う言葉。口癖。〇聞き負ふ=聞いて自分のこととして受け止める。〇宵ごと=毎夕。毎晩。〇かはづ=カジカガエル。初夏、谷川などの清流で澄みきった声で鳴き、風流なものとされている。【訳】むかし、女が、男の冷淡な心を恨んで、 風が吹くと永久に浪がその上を越す岩なのだろうか、わたしの着物の袖の乾く時がいのは。と常日頃の口癖として言っていたが、それを聞いて自分のせいだと思った男が、次のような歌を作った。 毎晩毎晩カエルが数多く鳴く田には、水量がまさることだ、雨は降らないけれど。
April 29, 2017
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第百九段【本文】むかし、男、友だちの人をうしなへるがもとにやりける。 花よりも 人こそあだに なりにけれ いづれを先に 恋ひむとか見し【注】〇あだなり=はかない。もろい。〇いづれ=どちら。〇恋ふ=思い慕う。なつかしむ。【訳】むかし、男が、友人で身内を亡くした人のところに作って贈った歌。桜の花よりも先にあなたのお身内がはかなく亡くなってしまったなあ。花とあの人とどちらを先に思い慕うことになろうと考えただろうか、いや、まさかこんなことになろうとは思いもしなかった。
April 29, 2017
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第百十【本文】むかし、男、みそかに通ふ女ありけり。それがもとより、「今宵、夢になむ見えたまひつる」と言へりければ、男、 思ひあまり いでにし魂の あるならむ 夜深く見えば 魂結びせよ【注】〇みそかに=ひそかに。人目をさけて。〇通ふ=男が女のもとへ行き夫婦生活をする。結婚する。〇今宵=夜が明けた後に、前日の夜を指していう語。昨夜。ゆうべ。〇夢に見ゆ=『完訳用例古語辞典』(学研)に「夢は恋と取り合わせて和歌に詠まれることが多かったが、夢に対する考え方は現代とは違う面もあり、夢に特定の人が現れるのは、自分がその人を強く思うというほかに、相手が自分を深く思っていれば相手の夢の中に現れるとする考え方もあった」。〇魂結び=肉体から離れ出た魂を鎮めとどめること。【訳】むかし、男が、夫としてひそかに通っていた女がいた。その女のところから、「昨夜、夢に、あなたのお姿が現れました」と言ってきたので、次のような歌を作って贈った。「あなたへの愛情がありあまって体から抜け出してしまった魂があるのだろう。もしも夜遅く夢で私の姿が見えたら魂を肉体へもどるように魂結びのまじないをしてください。
April 23, 2017
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第百十一段【本文】むかし、男、やむごとなき女のもとに、なくなりにけるをとぶらふやうにて、言ひやりける。 いにしへは ありもやしけむ 今ぞ知る まだ見ぬ人を 恋ふるものとは返し、 下紐の しるしとするも 解けなくに 語るがごとは 恋ひずぞあるべきまた、返し、 恋しとは さらにも言はじ 下紐の 解けむを人は それと知らなむ【注】〇やむごとなし=身分が第一級だ。尊貴だ。〇とぶらふ=不幸にあった人になぐさめを言う。〇言ひやる=手紙や使者を通して、こちらから相手に言ってやる。〇知る=わきまえる。さとる。〇ものとは=ものだということは。『後拾遺和歌集』六七二番「明けぬれば暮るるものとは知りながらなほうらめしきあさぼらけかな」。〇下紐のしるし=女性の下袴のひもが自然に解けると男から恋い慕われている証拠とした。〇なくに=~ないのだから。〇さらに=ふたたび。〇人=あなた。相手の女性を指す。【訳】むかし、男が、身分が極めて高い女性のところに、身内がなくなったことに対し慰めを言うのにかこつけて、言ってやった歌。 むかしは、そんなこともあったのだろうか。今になって覚った。まだ対面したこともない人を恋しく思うものだということは。女の返事の歌、 下袴のひもが自然に解けると男性から恋い慕われている証拠とかいいますが、わたしの下紐が解けないところをみると、あなたは口で言うほどには私に恋してはいないのでしょう。また、男の返事の歌、 恋しいとは再び言うまい。こんど下紐が解けたらそれを、あなたは私の情熱の証拠だと気づいてほしい。
April 23, 2017
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第百十二段【本文】 むかし、男、ねむごろに言ひ契りける女の、ことざまになりにければ、須磨の海人の 潮焼く煙風をいたみ、思わぬ方にたなびきにけり 【注】〇ねむごろに=心をこめて。〇言ひ契る=口に出して将来を誓う。〇ことざまになる=変わったようすになる。自分のことを愛していたのに、心変わりする。〇須磨=兵庫県神戸市の西南、須磨区の海岸。白砂青松、月の名所として知られる。〇塩焼く煙=海藻に潮水を注いだのち、焼いて水に溶かし、その上澄みを釡で煮詰めて製塩するが、その海藻を焼くときに出る煙。〇風をいたみ=風が激しいので。「風」は、恋の妨害。恋敵のさそい。『詞花和歌集』二一一番「風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけてものを思ふころかな」。〇思はぬ方=それまでは愛していなかった人。自分以外の相手。〇たなびく=横に長く引く。女(煙)が恋敵のほうへ心を寄せる見立て。【訳】むかし、男が、心をこめて言葉にだして将来を誓った女が、ほかの男に心を移してしまったので、作った歌。須磨の海岸で海人が潮を焼いているが、そのときに出る煙が風の激しいために、思ってもみない方向にたなびいてしまったなあ。私の愛した女性も、ほかの男からの誘いが激しいために、そちらへ気持ちが移ってしまったことよ。
April 23, 2017
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第百十三段【本文】 むかし、男、やもめにてゐて、 長からぬ 命のほどに 忘るるは いかに短かき 心なるらむ【注】〇やもめ=独身。古くは夫のいない妻を「やもめ」、妻のいない男を「やもを」と言ったが、のちには〇命のほど=この世に命があるあいだ。一生。〇いかに=どんなに。〇らむ=~だろう。推量の助動詞。〇短かし=『角川必携古語辞典』に「考えが足りない。」として、この段を用例に引くが、むしろ「心変りしやすい。飽きっぽい。」の意であろう。『源氏物語』《末摘花》「さりともと短き心はえ使はぬものを」。【訳】むかし、男が、ひとり身でいて、作った歌。長くはない一生のうちに契りを結んだ私を忘れるのは、いったいどれほど移りやすい心なのだろう、あなたの心は。
April 23, 2017
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第百十四段【本文】むかし、仁和の帝、芹河に行幸したまひける時、今はさること似げなく思ひけれど、もとづきにけることなれば、大鷹の鷹飼にてさぶらはせたまひける、摺狩衣の袂に書きつけける。 翁さび 人なとがめそ 狩衣 今日ばかりとぞ 鶴も鳴くなるおほやけの御けしきあしかりけり。おのがよはひを思ひけれど、若からぬ人は聞き負ひけりとや。【注】〇仁和の帝=光孝天皇。笠原英彦著『歴代天皇総覧』(中公新書)によれば、仁明天皇の第三皇子。母は藤原総継のむすめ沢子。八三〇~八八七年(在位八八四~八八七年)。〇芹河に行幸したまひける時=『三代実録』によれば、光孝天皇の芹河行幸は仁和二年(八八六)十二月十四日のこと。この翌年の仁和三年に病没された。「芹河」は、山城の国紀伊郡鳥羽(京都市伏見区下鳥羽)の鳥羽離宮の南を流れていた川。〇さること=そのようなこと。〇似げなし=似合わない。ふさわしくない。〇もとづく=頼りとなるべきものに到達する。〇大鷹の鷹飼=冬に大鷹(雌の鷹)を使った鷹狩に従事すること。また、その役目の人。官職では、蔵人所に属する。〇摺狩衣=草木の汁で、様々な模様を染め出した狩衣。〇翁さぶ=老人らしく振る舞う。〇な‥‥そ=どうか~してくれるな。禁止の意を表す。〇とがむ=非難する。そしる。〇おほやけ=天皇。〇けしき=人の様子。〇聞き負ふ=自分のこととして聞く。わが身のことと受け取る。【訳】むかし、仁和の帝が、芹河にお出ましになった時、男が、高齢の今では狩りのお供をするというようなことは不適当だと思ったけれども、狩りに慣れて頼りになるというので、冬の大鷹狩りのお供として同行させた。その男が、草木染で模様を染め出した狩衣の袂に書きつけた歌。 わたしが年寄りじみていることを、みなさん非難なさいますな。この狩衣をご覧あれ。今日は狩りだ、弱ったなあ、おれの命も今日限りかなあと鶴も鳴くようですよ。わたしもなにぶん高齢なので、この狩衣を着てこうして鷹狩のお供をするのも今日が最後だと思っております。こう詠んだところ、天皇のご機嫌が悪かった。男は自分の年齢のことを考えて作ったのだったけれども、お若くなかった天皇は、聞いてご自身の高齢を指摘されたのだとお受け取りになったとかいうことだ。
April 23, 2017
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第百十五段【本文】むかし、陸奥にて、男、女、住みけり。男、「都へいなむ」と言ふ。この女、いとかなしうて、馬のはなむけをだにせむとて、おきのゐて、都島といふ所にて、酒飲ませてよめる。おきのゐて 身をやくよりも かなしきは 都島辺の 別れなりけり【注】〇陸奥(みちのくに)=今の青森・岩手・宮城・福島の諸県と秋田県の一部にあたる。奥州。〇かなしう=「かなしく」のウ音便。〇馬のはなむけ=旅立つ人を祝福し、無事を祈って行う送別の宴。〇だに=副助詞。せめて~だけでも。〇おきのゐて=『講談社古語辞典』に「語義不明。本文の前後関係から、『沖の井手』の字をあてて地名とする説がある。『―、都鳥(島の誤植?)といふ所』<伊勢一一五>」。『岩波古語辞典』に「〘連語〙未詳。オキノヰは地名であるともいう。『―身を焼くよりもかなしきは都島べの別れなりけり』<古今一一〇四>」。地名に「熾(赤く起こった炭火)が体に触れて」という意を掛ける。【訳】むかし、陸奥で、男と女が、いっしょに暮していた。男が、「都へいってしまおう」と言った。この女は、とても切なくて、せめて送別の宴だけでも開こうと思って、都島という所で、酒を飲ませた。おきのゐて、都島といふ所にて、酒飲ませてその際に作った歌。オキノイテという地名の通り熾火が体に触れて身を焼くよりも切ないのは都島辺の別れだなあ。
April 23, 2017
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第百十六段【本文】 むかし、男、すずろに陸奥までまどひいにけり。京に、思ふ人に言ひやる。 浪間より 見ゆる小島の はまびさし 久しくなりぬ 君にあひ見で「なにごとも、みなよくなりにけり」となむ言ひやりける。【注】〇すずろに=特別の目的や理由もなしに、何かをしたり、ある状態になったりなったりすることをいう。〇陸奥=今の青森・岩手・宮城・福島の諸県と秋田県の一部にあたる。奥州。〇言ひやる=使者や手紙に託して言い送る。言ってやる。〇思ふ人=愛する人。または、気の合う友人。『伊勢物語』九段「京に思ふ人なきにしもあらず」。〇はまびさし=『例解古語辞典』(三省堂)によれば、『万葉集』の「浜久木(はまひさぎ)」を誤読してできた平安時代の語形という。「はまひさぎ」は、浜辺に生えるヒサギ(キササゲまたはアカメガシワのことという)。「ひさぎ」から同音の「久し」の序詞。『万葉集』二七五三番「波の間ゆ見ゆる小島のはまひさぎ久しくなりぬ君に逢はずして」。〇あひ見る=対面する。【訳】むかし、男が、なんとなく思い立って陸奥までうろうろとさまよい出かけていった。京の、愛する人のもとへ詠み送った歌。浪間から見える小島の浜べのヒサギではないが、久しくなったなあ、あなたに逢わないで。「何事も、万事うまくいきました」と手紙でいってやった。
April 23, 2017
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第百十七段【本文】 むかし、帝、住吉に行幸したまひけり。 われ見ても 久しくなりぬ 住吉の 岸の姫松 いく世経ぬらむ大御神、現形し給ひて、 むつましと 君はしらなみ みづがきの 久しき世より いはひそめてき【注】〇住吉=摂津の国の最南部、東成郡、今の大阪市住吉区を中心とする一帯。古くからの港があり、海上交通の要地。海浜景勝の地で松の名所。もと「すみのえ」といったが、漢字表記の「住吉」を「すみよし」と読むようになり、今に至る。この地に鎮座まします住吉神社の祭神は、古くから国家鎮護・航海安全・和歌の神・武神として信仰をあつめてきた。その本殿の特殊な建築様式は住吉造という。〇行幸=お出まし。天皇の外出を敬って言う語。〇姫松=ふつうは、小さく、若々しい松をいう。姫小松。ただし、それでは短歌の中身と矛盾するというので、「めまつ」の美称とする説もある。『古今和歌集』一一〇〇番「ちはやぶる賀茂の社の姫小松よろづ世経とも色は変はらじ」。〇世を経=御代を過ごす。〇大御神=神様。『万葉集』四二四五番「住吉のわが大御神船(ふな)の舳(へ)に鎮(うしは)き坐(いま)し」。〇現形=げんぎょう。神仏が姿を現わすこと。〇むつまし=親密である。〇しらなみ=「知ら無み」に住吉海岸の「白波」を言い掛ける。〇みづかきの=いつまでもみずみずしい神社の垣根。「久し」にかかる枕詞。〇いはふ=将来の幸福・安全がまもられるようにする。【訳】 むかし、帝が、住吉大社にお出ましになった。その時に帝に代わって作った歌。 わたしがこの前見たときからでももう長き年月がながれたこの住吉の海岸の小さく、若々しい松は、何世代めになったのだろうか。住吉の明神が、姿をお現わしになって、お作りになった返歌。わたしと天皇家とが親密だということをそなたは知らぬのだろうが、神社の垣根が築かれた創建当時から幸福・安全を守ってきたのだ。
April 23, 2017
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第百十八段【本文】 むかし、男、久しく音もせで、「忘るる心もなし。参り来む」と言へりければ、 玉かづら はふ木あまたに なりぬれば 絶えぬ心の うれしげもなし【注】〇音もせで=おとづれもせず。たよりもせず。『竹取物語』「遣はしし人は、夜昼待ち給ふに、年越ゆるまで音もせず。「で」は、打消し接続助詞。打消し助動詞「ず」に接続助詞「て」がついて縮約したものという。かの民謡「さんさ時雨」に「さんさ時雨か萱野の雨か、音もせで来てぬれかかる」とある。もとより、時雨が音もなく降ってきてチガヤの葉に濡れて降りかかる意であろうが、仙台では結婚式で必ず歌われるというところをみると、「たよりもせずに、いきなりやってきて、色事をしかける」という両意があるのであろう。〇参り来=うかがう。参上する。〇玉かづら=つたなどの、つる草の美称。「はふ」は、「かづら」の縁語。〇はふ木=女性のたとえ。〇あまた=数多く。〇~になりぬれば=~になってしまったので。「ぬれ」は、完了の助動詞「ぬ」の已然形。【訳】むかし、男が、長いことたよりもせずにいて、「忘れる気持ちもない。これからお伺いしよう」と言ってきたので、女が作って贈った歌。みごとなつる草が、延びてからみつく木(あなたが関係を持つ女性)が数多くなったので、私への思いが途切れることがないとお聞きしても、ちっとも嬉しいとも思いません。
April 22, 2017
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第百十九段【本文】 むかし、女の、あだなる男の形見とて置きたるものどもを見て、 形見こそ 今はあたなれ これなくは 忘るる時も あらましものを【注】〇あだなり=誠意がない。誠実さに欠ける。〇形見=過去のこと、また別れた人や死んだ人を思い出す手がかりとなるもの。〇あた=恨みの種。『平家物語』巻二・大納言死去「形見こそ今はあたなれ」。〇あらまし=あるだろうに。あればいいのに。ラ変動詞「あり」の未然形に、反実仮想の助動詞「まし」がついたもの。〇ものを=~のになあ。不満の気持ちを含んだ詠嘆を表わす終助詞。形式名詞「もの」に、間投助詞「を」がついてできたもの。【訳】むかし、女が、誠意がない男が記念にといって置いていった品々を見て、次のような歌を作った。別れた男が残していった思い出の品々が今となっては恨みの種だ。これさえなければ、あんな不実な男を忘れて気が休まる時もあるだろうになあ。
April 22, 2017
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第百二十段【本文】 むかし、男、女のまだ世経ずとおぼえたるが、人の御もとに忍びてもの聞こえてのち、ほど経て、 近江なる 筑摩の祭 とくせなむ つれなき人の 鍋の数見む【注】〇世経ず=男女関係の経験がない。〇もの聞こゆ=情を交わす意の「ものいふ」の謙譲語。〇ほどふ=月日が経つ。時間が経過する〇近江=旧国名。東山道十三か国の一。今の滋賀県。江州。〇筑摩=滋賀県米原市朝妻筑摩。琵琶湖畔の地。古くは「つくま」、現在は「ちくま」という。〇筑摩の祭=滋賀県米原市の筑摩神社の鍋祭。陰暦四月の一日(のちには八日)に行われた鍋祭。未婚の女がひそかに自分が過去に情を交わした男の数だけ土鍋をかぶって参詣し奉納する奇祭があった。〇つれなし=冷たい。薄情だ。【訳】むかし、男が、女でまだ男女関係が無いと思われた女が、あるかたの所で人目を避けて情をお交わしするようになってのち、だいぶ月日がたってから、次のような歌を贈った。「近江の国にある筑摩神社の鍋祭をはやくしないかなあ。そうすれば、薄情なあなたの鍋の数をこの目で見て、今まで何人の男と関係していたのか確かめてやろう」。
April 22, 2017
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第百二十一段【本文】むかし、男、梅壷より雨に濡れて人のまかりいづるを見て、 うぐひすの 花を縫ふてふ 笠もがな 濡るめる人に 着せてかへさむ返し、 うぐひすの 花を縫ふてふ 笠はいな 思ひをつけよ ほしてかへさむ【注】〇梅壷=内裏の後宮の建物の一。凝花舎の別名。女御・更衣など后妃の増加に伴い、嵯峨天皇の代に作られたとされる。壷(中庭)に梅が植えてあることからの名。〇まかりいづ=貴人のいる所から退出する。〇うぐひす=ヒタキ科の小鳥。背は緑褐色。早春に美しい声で鳴き始めるので「春告げ鳥」ともいう。梅の花とともに春を告げる景物として古くから愛され、歌にもよく詠まれた。『万葉集』八二四番「梅の花散らまく惜しみわが園の竹の林にうぐひす鳴くも」。〇うめのはながさ=梅の花を笠に見立てた語。『古今和歌集』神あそびの歌「うぐひすの縫ふてふ笠は梅の花笠」。〇もがな=~があればなあ。願望の意を表す。上代の「もがも」に代わって中古(平安時代)以後に用いられた。〇めり=目に見える事実について推量すり意を表す。~のように見える。小西甚一氏『土佐日記評解』(有精堂)によれば「めり」の用例は『土佐日記』中では「置かれぬめり」の一例だけであり、『竹取物語』や『伊勢物語』にも稀にしか見えない。これが『落窪物語』あたりから急に多くなる、という。〇思ひ=愛情。「ひ」に「火」を言い掛けてある。【訳】むかし、男が、梅壷から雨に濡れて人が退出するのを見て、「うぐいすが梅の花を縫って作るという笠があればいいのになあ。それがあれば雨に濡れているように見える人に着せて帰らせるのに」。この歌を贈られた人の返事の歌、「うぐいすが花を縫って作るという笠は不要です。それよりも私に思いの火をつけて愛してください。そうすればその火で濡れた着物を乾かして、その「思ひ」の「ひ」をお返ししましょう。お返しにあなたのことを愛しましょう」。
April 22, 2017
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第百二十二段【本文】むかし、男、契れることあやまれる人に、 山城の 井手の玉水 手にむすび 頼みしかひも なき世なりけりと言ひやれど、いらへもせず。【注】〇契れること=約束したこと。〇あやまる=(約束などを)わざと破る。〇山城=畿内五か国の一。現在の京都府南部。古くは名rから見て山の背の意で「山背」と表記し、また「山代」とも表記したが、桓武天皇の平安遷都(七九四年)以降、「山城」と表記するようになった。〇井手=京都府綴喜郡井手町。奈良街道の途中、木津川に流れ込む玉川の扇状地。橘諸兄の別荘があった。ヤマブキ・カエルの多かった所として知られる歌枕。〇玉水=玉のように清らかな水。〇むすぶ=左右の手のひらを合わせて水をすくう意と、約束を交わす意を掛ける。〇たのむ=手で飲む意と、あてにする意を掛ける。『蒙求』許由一瓢の注「盃器無し。手を以て水を捧げて之を飲む」。『徒然草』十八段「唐土に許由といひつる人は、さらに身にしたがへる貯へもなくて、水をも手して捧げて飲みける」。【訳】むかし、男が、約束をわざと破った人に対し、「山城の国の井手の玉のように清らかな水を手で掬って誓った恋もむなしくなるこの世なのだなあ。」と歌を作って贈ったが、返事も寄越さない。
April 22, 2017
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第百二十三段【本文】むかし、男ありけり。深草に住みける女を、やうやう飽き方にや思ひけむ、かかる歌をよみけり。 年を経て 住み来し里を いでていなば いとど深草 野とやなりなむ 女、返し、 野とならば 鶉となりて 鳴きをらむ 狩にだにやは 君は来ざらむとよめりけるにめでて、行かむと思ふ心なくなりにけり。【注】〇やうやう=しだいに。だんだん。〇飽き方=いやけがさしてきた。〇かかる=こんな。このようなこういう。二十三段に「男、こと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて」。〇里=都に対して辺地の村。在所。いなか。『古今和歌集』九七一番「深草の里に住み侍りて、京までまうで来とて」。〇いとど=ますます。〇深草野=深く草が茂った野と、地名の深草の掛詞。『角川必携古語辞典』の「ふかくさ」の条に、京都市伏見区深草町。歌などでは、草が深く尾生い茂った所とし、また『伊勢物語』の本段の短歌の唱和以後、鶉と結びつけることが多いという。〇返し=贈られた歌に対する返事の歌。〇鳴き=「泣き」の意ももたせる。〇狩に=「仮に」の意ももたせる。〇だに=せめて~だけでも。〇やは=「や」も「は」も係助詞。ふつう反語表現ととらえられているが、「やは~ぬ」の場合に準じて勧誘・希望の意を表していると考えることも可能。その場合は「せめて狩り(仮)にだけでも私に会いに来てくれたらいいのに」の意。〇めでて=感動して。【訳】むかし、男がいたとさ。深草に一緒に住んでいた女を、しだいにいやけがさしてきたのだろうか、こんな歌を作った。 何年にもわたって住んできたこの土地を私が出ていったしまったら、そうでなくても深い草の野という地名の在所なのに、ますます草深い野となってしまうだろうか。 女が、男から贈られた歌に対して作った返事の歌、 もしも草が深い野となったら私は鶉となって鳴いておりましょう。そうしたらせめて狩にだけでもあなたは来てくださらないでしょうか、いいえ、きっときてくださるでしょう。と作ったその歌に感動し、男は出て行こうと思う心がなくなってしまったとさ。
April 16, 2017
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第百二十四段【本文】 むかし、男、いかなりけることを思ひけるをりにか、よめる。思ふこと 言はでぞただに やみぬべき われとひとしき 人しなければ【注】〇いかなり=どんな。〇をり=場合。〇で=~ないで~ずに。打消し接続の接続助詞。〇ただに=むなしく。〇やみぬべき=きっと終わりにしてしまおう。「べき」は「ぞ」の結び。〇人しなければ=「し」は、強意の副助詞。そんな人なんてどこにもいないのだから。【訳】むかし、男が、どんなことを考えていた時のことだったのだろうか、作った歌。心中で思っていることを言はないで、むなしくきっと終わりにしてしまおう。私と思いがまったく同じそんな人なんてこの世のどこにもいないのだから。
April 16, 2017
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第百二十五段【本文】むかし、男、わづらひて、心地死ぬべくおぼえければ、つひに行く 道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを【注】〇わづらふ=病気で苦しむ。〇心地=気分。〇死ぬべく=きっと死んでしまうだろう。〇=誰しもが最後に通る道。死出の旅路。〇=聞いてはいたが。「しか」は、過去の助動詞「き」の已然形。「ど」は、逆接の接続助詞。〇思はざりしを=「ざり」は、打消し助動詞「ず」の連用形。「を」は、感動・詠嘆の間投助詞。ただし、逆接の接続助詞ととり「われもこのたびいくこととはなりぬ」の意が省略されているととることもできよう。【訳】むかし、男が、病気で苦しんで、気分が悪くここままではきっと死んでしまいそうに思われたので作った歌、死出の旅路はこの世の誰でもが最後には通る道だとは前々から聞いてはいたが、昨日今日といったこんな身近なものだとは予想しなかったなあ。
April 16, 2017
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