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2026.08.24
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 澤木興道

  元旦 その2

   元旦
【元旦二首】
新年佛法問如何 (新年仏法如何と問わば)
開口不須説似他 (口を開いて他に説似することを須(もち)いざれ)
露出東君眞面目 (露出す東君眞の面目)
春風吹綻臘梅花 (春風吹き綻ぼす臘梅花)


 だから、この元旦という参究、この詩は非常にありがたい。いつでもいう通り、字を字の通り読んで、事が済むものではない。元旦というのはなにを参ずるのか。マッサラなもの。そいつも、元旦にめでたいことがあると、今年一年はめでたいという。そんなことはない。いつも元旦でめでたく暮らすから、一生めでたい。元日に縁起が悪かった。だが古い元日を暮らすのだ。人間のアタマというものには、一生古いやつが残っている。去年に生きる。過去に生きる。若い時に別嬪であった。八十になったら、別嬪も糞もない。昔は金持ちであった。今はド貧乏。小学校を一番で卒業した。今はカボチャみたいに、中風で壊れかけている。
 そうすれば、ここにマッサラな常に新しい参究を、わたしは元旦と参究する。それは元旦でなければならん。願わくば毎日元旦、一生元旦で暮らしたい。ややもすると、二日になったり、三日になったり、四日になったり、五日になったり、十日になったり、二十日になったりする。もし年末の参究に、雲門の臘月二十五日という参究があるならば、それはちょうど芭蕉がいうところの「いつも辞世」であらねばならん。芭蕉はいつも辞世である。どの句もみな辞世の句である。どちらでもおもしろい。どれも最後で最初である。それが仏教の無常を観ずるということである。(大智禅師偈頌講話p.159-160)





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最終更新日  2026.08.24 02:00:04


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