全3件 (3件中 1-3件目)
1

◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英と同居を始めて、一週間が過ぎた。くるみとは先週の金曜日、紗英のことを従妹だと説明して以来、お互い忙しくて会っていない。あれから紗英と僕が一緒に暮らし始めたなんて、まさか夢にも思っていないだろう。僕だって、まさかこんなことになるとは全くの予想外だ。 僕はこの同居を、くるみに隠しておく自信がなかった。下手に隠していたら、後で知ってしまった時に何と言い訳しようと取り返しのつかないことに成り兼ねない。僕はその方が怖かった。だから変に誤解されてしまう前に、くるみには話しておこうと思っていた。 だが、どう言えばいい? リビングのソファでぼんやりとテレビの画面を眺めている僕の横に、夕飯の後片付けを終えた紗英が雑誌を持ってやってきた。「明日は、くるみと出かけるから」「そう、わかった」 紗英は僕の方を見もせずに、雑誌のページをめくった。「一応さ、くるみには話しておこうと思うんだ。僕たちのこと」「そうね、後から知って、変に誤解されても困るものね」 この同居のせいで僕は頭を悩ませているというのに、紗英の態度はあまりに素っ気なく淡々としていた。何だよ、それだけか? この時、僕が「くるみに話す」と言ったことに対して紗英がどういう態度に出るのか、紗英の本音みたいな部分を探っていたのかもしれない。 テレビでは今人気のお笑い芸人がコントをやっていた。紗英は雑誌から顔を上げて、それを観ながら笑っていた。「大体どうして僕と同居するなんて言い出したんだ?」「え?」 僕の唐突な質問に、紗英は一瞬戸惑った。「そりゃあ、僕にはお母さんの形見のペンダント壊しちゃった責任があったけど。でも離婚して、お母さんが亡くなられて、一人じゃ寂しいからって、普通男と同居するか?親戚とか友達の所とか、他にも行くとこあっただろう?」「ここじゃなきゃダメなのよ」 テレビを見つめたまま、紗英は満面の笑顔を浮かべた。「だってね、ここって見晴らしいいし、日当たりもいいじゃない?」「それだけ?」「うーん、あとはね、コンビニも近所にあるし、交通の便も割といいしね」 呆気にとられた僕を軽く笑いながら、紗英は続けた。「本当はね、一人でいるのは辛いけど、だからと言って幸せそうな家族の中にいるのはもっと嫌だったの。私だって離婚したくてしたわけじゃないし、仲の良い夫婦とか、子供とか見るのは余計に寂しくなっちゃいそうでしょ。独身の女友達もいないわけじゃないけど、そういう子は実家で家族と一緒に暮らしているしね。友達のお母さんとか見ちゃったら、今はまだちょっと辛いかなと思って」 テレビから乾いた笑い声が聞こえてくる。紗英は尚も言葉を続けた。「吾朗ちゃんが一人で暮らしてるっ知って、吾朗ちゃんならいいかなって。元カレとの同居ってとこは確かにちょっとひっかかったけど、逆に気心知れてるから楽かなって思えたし。それと吾朗ちゃんには恋人がいたから。吾朗ちゃんは恋人がいるのに、他の女に手を出すような人じゃないから、安心かなーって」 最後の言葉はそれだけ僕を信用してくれているのか、それとも釘を刺さされたのか? いずれにしても紗英にとって僕はただの同居人らしい。同居して部屋を貸すこと以外、何も求められていないのであれば、変に身構える必要はなさそうだ。僕は不思議と肩の荷が下りたような気がした。 だがそんなに簡単に、あっさりと割り切れてしまえるものなんだろうか?「ねぇ、喉乾いちゃった。何か飲む?」「冷蔵庫に缶チューハイがあっただろ?それのライチ、持ってきて」「オッケー」 とにかく、明日くるみには話しておこう。くるみならきっと分かってくれるはず。 紗英が誰かと同居したがっていたということと、その理由。そして僕が紗英のお母さんの形見の品を誤って壊してしまったこと。そのお詫びも兼ねての同居であって、それ以外の理由は何もないこと。期間限定、二ヶ月間だけの同居だということも言っておいた方がいいな。 ただ今思えば、咄嗟のこととは言え、紗英を従妹だと紹介したことは失敗だった。僕とくるみが結婚したら、即ばれるじゃないか。そうかと言って、他に都合のいい続柄も思いつかない。 とりあえずは仕方ない。明日は従妹だと強調しないように、かといって従妹であることを否定もしないようにして、誤魔化すしかないか。「はい、ライチどうぞ」「ありがと」 缶チューハイの炭酸が、プシュっと弾けて心地よく喉に沁みた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してみてください! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧くださいね。(*^^)v
January 25, 2008
コメント(45)

◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ※登場人物の紹介もあります ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 朝目覚めると紗英がいる。 僕はこの状況を決して快く受け入れたわけではなかった。 しかし、これまでは僕が開けない限り朝の光りを遮っていたリビングとキッチンのカーテンも、紗英が来てからは僕が目覚める前に開かれ、僕が起きる頃にはキッチンは温かい朝食の香りで包まれていた。普段は慌ててかじるトーストとコーヒーしかなかったテーブルの上には、サラダやスープ、そして時には果物まで並んでいたりする。卵はハムエッグだったり、チーズが入ったオムレツだったり、毎日姿を変えて現れた。 こんなのも、悪くはないな。いや、ちょっと待て。僕は何を考えてるんだ。「こういうことしないでくれって言ったじゃないか」 ちらっと顔を覗かせた感情を打ち消すように僕は紗英に言った。「ダメダメ、朝はしっかり食べなきゃね」 新しいエプロンを身に着けた紗英は、せっせとテーブルを朝食で彩っていく。「いいよ、僕は。これまでだって朝はトーストだけだったし。昨日も言っただろ?」 僕の話にはお構いなしに、紗英は温かいスープをよそった。「さあ、食べて。せっかく作ったんだから、もったいないでしょ?」 何でこいつはこうなんだ。僕はテーブルに着くと、コーヒーとトーストだけを引き寄せた。「ちょっと、ちゃんと食べてよ」「いらないってば」「あのね、食べてくれないと、私と吾朗ちゃんは本当は従兄妹じゃないし、今一緒に暮らしてるのよって、くるみさんに話すよ」 思わずむせそうになって、僕は飲んでいたコーヒーをテーブルに戻した。何だよ、その言い分。ここで暮らしたいって無理を言い出したのは自分の方だろう?そりゃあ、承諾せざるを得なかったのは僕に落ち度があったからだけど。「わかったよ、食べりゃいいんだろ。食べれば。だけど明日からは本当にもういらないから」「そんなのダメ。私、朝はしっかり栄養を摂らないと一日中元気が出ないんだもの」「じゃあ自分の分だけ作ればいいだろう?」「だって、一緒に味わって食べたいんだもの」 何なんだ、こいつは。確かに付き合っていた頃は、紗英のこんなわがままが可愛く思えてたときもあった。だが僕は今、そのわがままこそが離婚の原因だったんじゃないのか?と紗英に言ってやりたいくらいだった。 「ここで暮らす」と言い放った時の紗英の睨みつけるような瞳。昔から僕は、あの瞳に逆らうことができなかった。あの瞳に睨まれたら、素直に従うしかない。一種の条件反射のようなもの。僕はパブロフの犬か?情けない。 紗英は実家を売却して、二ヶ月後には留学するつもりだと言った。同居を承諾してしまった以上、それまでは辛抱するしかないと、僕は自分に言い聞かせていた。 ふと紗英の視線に気がついて僕は紗英の顔を見た。くすくす笑っているような表情。何がおかしい?「何だよ、人の顔見て」「だって吾朗ちゃん、毎朝いらないって言っといて、毎朝おいしそうによく食べるなぁと思って。ねえ、美味しい?」「あぁ」 美味しいかと聞かれればそう答えるしかなかった。実際、紗英の料理は美味かった。さすがにしばらく主婦をやっていただけある。「ね、同居して良かったでしょ?」「まぁ、料理の点で言えばそうかもしれないけど」「夕飯も楽しみにしててね」 にこにこと機嫌のいい時の紗英はかわいかった。昔から美人だったが、三十を過ぎた今も変わらない。 怒った時に僕を睨むあの目に、逆らわずにいればこの笑顔が見れる。僕はこの笑顔が見たくていつも紗英の意見に従ってしまうのかもしれない。 シンプルと言えば聞こえはいいが、実際男の一人暮らしはどこか殺伐としていた。くるみも働いているので毎日来るわけじゃないし、週末も外で会うことが多かった。今回突然降った雨は、そんな僕の日常に潤いをもたらし、一輪の華を咲かせたのかもしれない。 だが、この華は咲く場所を間違えている。僕たちは十年も昔の元恋人。今は他人。僕はくるみとは結婚まで考えているというのに、別の女と同居してたらまずいだろう。 だいたい、家族とかにこの状況を知られたら、なんて言い訳すりゃいいんだ。 ともすれば雰囲気に流されそうになる自分がいた。だからこそ、僕は紗英を警戒して身構えていた。いや、紗英に心を許してしまいそうな自分に対して警戒が必要だった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧くださいね。(*^^)v ←「コンテンツバンク」に参加しました。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してみてください!
January 18, 2008
コメント(31)

◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ ちょっと広めの2LDKのアパート。その中で一番狭い部屋を私が使わせてもらうことになった。そこは陽当たりも悪かったので、納戸代わりとしてしか使われていない部屋だった。 ちょっと強引だったかな。半分は本気、でも半分は勢いだった。正直、吾朗ちゃんが同居なんて承諾するわけがないと思っていたから。 あの時、ずっと胸の奥に溜めこんできた感情が爆発してあんなこと言っちゃったけど、結果として同居できることになったし、駄々をこねた甲斐があったかも。 それにしても一緒に棲むという意味では、これも同棲になるのかな?う~ん、私たちの場合はちょっと違うよね。そんな甘美で生々しいものじゃない。少なくとも私にはそんな気はさらさらない。多分、吾朗ちゃんにも。 でも万が一、彼にちょっとでもその気があったら・・・どうしよう?なんてね、そんな訳ないか。吾朗ちゃん、今朝もまだ腑に落ちない様子で出勤したし。二ヶ月間だけっていう条件で、しぶしぶ認めざるを得ない感じだったものね。 同居を始めて四日目の朝。いつものように見もしないテレビを点けっ放しにして、私は朝食の後片付けを始めた。二枚ずつあるお皿とか、二個ずつあるマグカップとかって、なんかいい。そういえば、別れた夫は今頃どうしているのだろう。ふとそんなことを思ったりもした。 でもこれらのペアで揃えた食器類は、普段は吾朗ちゃんと彼女のくるみさんが使っているものなんだよね。今、私が着けているエプロンもそうだった。ずっと借りているのも何だか悪いし、自分のエプロン買わなくちゃ。 そうだ、琢人にも会いに行かないと。落ち着いたら顔見せに来いってメールもらってたのに、その後連絡していない。 今日は眩しいくらいの青空が広がっている。エプロンの他にも色々と必要なものがあるし、買い物ついでに琢人の病院にも行ってみることにした。 『今日、昼ごろ病院に行こうと思ってるんだけど、どう?』 琢人にメールするとしばらくして『了解。待ってるよ!』と返事が来た。 母が亡くなった時、季節はまだ冬だった。葉を落とした木々の梢をかすめながら、乾いた北風が吹いていた。 あれから春、そして夏が過ぎた。葉のなかった木々は青々と生い茂った後、再び訪れる冷たい季節に向かって葉の色を変え始めている。 病院の入口までは来たものの、私は中に入ることができなかった。季節も変わり、時間もだいぶ流れていた。けれどここが、母の最期の場所であることに変わりはない。『今、病院の前の喫茶店にいるの。出てこれる?』 琢人にそうメールしたが、返事はなかなか来なかった。十分くらいしてようやく来たメールには、『三十分くらい待てる?』と書いてあった。「悪い、待たせたね。今日は外来が多くて」 結局、一時間近く経ってから、琢人は白衣のまま現れた。「受付に月野紗英って人が来たら、俺のとこにまわすように言ってあったのに」「ごめん、何かまだ・・・」 そう言いかけると、琢人は「分かってる」という顔で頷いた。「それはそうと、調子はどうなんだ?こっちに帰って来てから元気だったのか?」「元気にしてたよ」 琢人の前に運ばれたコーヒーから仄かな香りが立った。「今、実家?」 その質問に胸がどきんとなった。「うん、そう」 咄嗟に私はそう答えた。吾朗ちゃんの所に同居させてもらってるなんて、口が裂けても言えない。どう考えても、そんなこと許してもらえる訳がないもの。琢人には秘密にしておかなきゃ。私は動揺を隠すために話し続けた。「それでね、琢人の知り合いに不動産関係の人っていないかな?近々実家を売ろうと思うんだけど」「え、何で?」「今後お金がいるでしょう?ギリギリまであの家で暮らすより、早く片付けておきたいし」「そうか。そういうことなら、次に来たときに知り合いの不動産屋、紹介するよ」 悟ったような穏やかな笑顔。琢人がいてくれて良かった、心からそう思う。 病院からの呼び出しで、琢人は早々に戻らなくてはならなかった。私は来週また来ると告げて、店の前で琢人と別れた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v ←「コンテンツバンク」に参加しました。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してみてください!
January 8, 2008
コメント(22)
全3件 (3件中 1-3件目)
1