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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ よく晴れた日曜日。「月並みだけど、矢戸さん、綺麗だったよね」 私は会社の先輩の結婚式に来ていた。大きな教会で式を挙げた後、今の時間は親族だけの食事会が行われている。 新郎・新婦の友人や職場の仲間はその後に予定されている、結婚披露パーティーに招待されていた。それまで時間があるので、私は職場で特に仲のいいメンバーと三人でお茶していた。「見て、見て、これ。このドレス、かわいいよね」 さっき携帯で撮ったばかりの写真を、亜矢が見せてくれた。 掌の中に納まる小さな画面の中、新婚カップルがにこやかに微笑んでいる。私もいつかこんなウェディングドレスを着て、誰かの横で微笑む日を迎えたい。 人の結婚式とは言え、自分も精一杯おしゃれしていて、とても華やいだ気分だった。 でもそれは、亜矢の言葉ですぐに掻き消された。「今朝のくるみの話だけどさ、やっぱり何か怪しくない?」「従妹とか言う人の話?」 抹茶シフォンをフォークでつつきながら、玲菜が口を挟んだ。亜矢は続けて話した。「いくら従妹だからって、何度も男の部屋に食事なんか作りに行く?仮にくるみが会った人が従妹だとしても、ピアスを置いていったのは別の女って線もない?」 吾朗君の家であの女の人に会ってから、私の不安はずっと続いていた。何でもない、ただの従妹だと彼は言うけれど。私はどうすればいいのかわからなくて、今日、結婚式が行われる教会に一緒に来る途中で、この二人に相談した。「昔の歌じゃあるまいし、今どきピアスの片方をわざと置いて行くなんてどうかと思うけど、やっぱりそれって宣戦布告ってやつじゃない?ここに私が居たのよ、ってそういうコト言いたいんでしょ?ただの従妹だったらそんな真似しないと思うんだよね」「それは私も思った、けど・・・」 亜矢の言う通りだと思う。そうは思うけれど、吾朗君を疑いたくないし、信じたい。「仮にそうだったとして、私、どうすればいいの?もっと吾朗君を、問い詰めた方が良かったの?」 真っ白なカップの中で、コーヒーとミルクが静かに回る。「そんなに気にすることないって」 三人の中では一番、落ち着いた感じの玲菜が、ふわりと笑って言った。「吾朗君て、バーベキューの時にくるみが連れて来てた人でしょ?ちょっとしか話してないからわからないけど、真面目で優しそうで、二股かけるような人には見えなかったけど」 玲菜の言葉にすがりたい、そんな私をも否定する勢いで、畳み掛けるように亜矢が返した。「そういうのがさー、一番危ないんだって。誰にでも優しいからフラフラしちゃって、どっちつかずで」「そういう亜矢こそ、どうなのよ?彼氏とうまくいってるの?」「あー、そうだ。後で電話くれって、メール入ってたんだっけ。ちょっとごめん」 玲菜の言葉に亜矢は席を立った。携帯を握りしめてしばらくきょろきょろと店内を見回していたが、生憎店の中では電話できそうなところはなく、仕方なく店の外に出ていった。「亜矢の話は気にしなくていいと思うよ。ピアスだって、その従妹が単に忘れただけだろうし」「うん・・・」 そうだよね。玲菜に言われると素直にそう思える。落ち着いた雰囲気のせいか、説得力があった。 私自身も、「気にしなくていい」という言葉を待っていたのかもしれない。正直、吾朗君を疑いの目で見たくなかった。怖くて、忍び寄る不安を打ち消したかった。 だからこの二人に話したのかも知れない。亜矢に関しては逆効果だったけど。「そろそろ時間だし、出ようか?」 戻って来た亜矢の声はいやに明るく弾んでいた。きっと彼の声を聞いたからだよね。「それにしても鎌倉って、お寺ばかりのイメージがあったけど、あんなに素敵な教会もあったんだね」「ホント、私も今まで知らなかった」 店の外に出ると、さっきより少し風が強くなっていた。私たちはそれぞれ肩にかけたショールや髪の毛を軽く押さえながら、信号が変わるのを待っていた。 その時。 目の前を見覚えのある車が通り過ぎた。 海の方に向かって走り去る車。運転していたのは吾朗君?助手席には女の人?「くるみ?どうしたの?信号変わったよ」「あ、ごめん」 こちらを振り返る二人に、作り笑顔になってしまう私。 どういうこと?見間違えなんかじゃない。あれは間違いなく、吾朗君だった。 隣にいたのは誰?あの従妹の女の人?「今のお店のケーキもなかなか良かったけど、北鎌倉にもっと美味しい所があるの。知ってる?」「北鎌倉?知らない。何ていう店?」 歩きながら亜矢と玲菜が話していた言葉は、私の頭の上をただ掠めて行くだけだった。 どこをどう歩いてパーティー会場にたどり着いたのか。二人について歩いていたら、無意識のうちに着いていた。まるで夢の中を歩いて来たような感じがした。暗くて、寂しい、一人ぼっちの夢の中。「ごめん、ちょっと電話したいから、先に入ってて」 そう言って私は会場には入らず、エントランスを横に避けて吾朗君に電話をかけた。 アパートは、留守番電話だった。次に震える指で携帯に電話する。『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません・・・』 あなたの想いは届きません。そう言われているようで、ぎゅっと胸が締め付けられた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v■ ご協力ください ■ 北海道伊達市で15歳の男児が行方不明になっています
March 23, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 日曜の朝、僕が起きた時には、紗英はもう着替えてコーヒーを飲んでいた。「おはよう」「んー、おはよう」 昨日の慌てふためいた朝とは違い、時間も空気もゆったりと流れていて心地いい。「ねぇ、吾朗ちゃん、今日は暇?」「まあ特に予定はないけど」 ウェーブのかかった髪の毛を、指先でくるくるといじりながら紗英が言った。「じゃあさ、今日は私に付き合ってよ。お母さんのお墓参りに行くんだけど、車出してくれない?」 僕はもう観念していた。断ったところで、昨日朝早く紗英を追い出したことや、くるみに同居のことを言い出せなかったことを引き出して、責めてくるに決まっている。紗英の行動パターンは把握しているつもりなのに、いつもまんまと巻き込まれてしまう。 どうせ今日はくるみには会えないし、一日中、暇を持て余すよりはましだろう。「やったー。今日は十年ぶりに二人でドライブだね」 昨夜の悲しげな表情とは打って変わって、今朝の紗英は無邪気にはしゃいでいた。 行先は鎌倉だと言うので、僕たちは途中で食事をしていくことにした。 助手席に乗り込んだ紗英は、最近街でよく見かけるひらひらした薄くて透明感のある生地でできた流行りの服をしなやかに身にまとい、踵の高いピンヒールを履いていた。 くるみはこういう恰好はしないな。僕は無意識に二人を比べていた。「ねぇ、辛いカレーの専門店があったじゃない?あそこって、まだあるの?久しぶりに行ってみたいな」 それは僕たちが付き合っていた頃、よく食べに行った店だった。「ずっと行ってないからな。まだやってるかどうか」「ずっと行ってないの?何で?」「何でって、まあ、なんとなく」 なんとなく、ではなかった。僕は紗英にふられてから、二人で行った場所には極力行かないように避けてきた。「ふーん。吾朗ちゃん、あそこの激辛カレー、大好きだったのに」 あの店のカレーは美味かった。だがあの店によく行ったのは、紗英が美味しいと喜んでいたから。紗英の喜ぶ顔が見たかったから。僕は昔の想いを無視したまま、会話を続けた。「あの頃は僕もまだ若かったから。刺激の強い物が食べたかったのかもしれない」「そっか。確かに年取ってくると、胃に優しいものの方が良くなってくるわね。でも、たまにあるでしょ?激辛のカレーとかキムチ鍋とか食べたい時って」「まあね」 紗英は僕をふった側だから、思い出の場所に行く辛さなんてなかったのだろうか?まあ紗英の性格なら、例えふられた側だったとしても、そんなしおらしい気持ちにはならないのかもしれない。 僕一人が二人の思い出の場所を避けてきたことが、何だか可笑しく思えた。 久しぶりに通る道沿いには、コンビニや新しい店がいくつも出来ていて、昔とはだいぶ様変わりしていた。だがカレー専門店は昔のまま変わっていなかった。懐かしい佇まい。今時珍しいレンガの壁一面を覆うように、紅葉した蔦の葉が生い茂っている。ドアを開けるとあの頃と同じ、小さなカウベルがカランカランと鳴った。「うわあ、変わってない。懐かしいね」「まさかまた二人でここに来るなんて、思わなかったな」「昔と雰囲気変わってないね。一緒に来たのが昨日のことみたい」 僕も同じことを感じていた。二人の十年間の空白が、なかったような錯覚に落ちていく。 ひょっとしてこれが紗英の狙い?やっぱり紗英は僕の気持ちを取り戻そうとしているのか? いや、紗英はそんな回りくどいことをするタイプじゃない。そんな風に思うのは僕自身の自惚れか、でなきゃ、僕自身の願望?そんなはずは・・・。「辛ーい。この味も辛さも、あの頃と変わってないね」 運ばれてきたカレーを美味しそうに食べる紗英を、僕は少し複雑な思いで見ていた。 紗英の母の墓は鎌倉の小さな寺の片隅にあった。山に囲まれた静かな場所だった。 簡単に掃除をして、近くの花屋で買ったばかりの花を飾り、二人で手を合わせた。風がほとんど吹いていなかったので、線香の煙は空に向ってまっすぐに細く伸びていた。「お墓の管理とか、今後の法事のことで、私、ご住職とちょっと話をしなきゃならないの。三十分くらいかかると思うから、吾朗ちゃん、どこかで適当に時間潰してて。終ったら電話するね」 紗英にそう言われて僕は寺の駐車場に車を停めたまま、その辺を少し歩いてみた。 紅葉が始まり色付く木々、山肌の湿った土の匂い、微かに漂ってくる線香の香り。 しばらく行くと小さな土産物屋があった。千代紙で飾られた万華鏡や柘植の櫛が売られていて、古都・鎌倉の空気を醸し出すのに一役かっていた。 くるみが好きそうだな、こういうの。 ぼんやりと眺めていると携帯が鳴った。「お待たせ。今、終わったんだけど、どこにいるの?」「そっち戻るよ。車、さっきのとこに停めたままだから。駐車場で待ってて」 くるみを思い出した途端、罪悪感が湧いてきた。別に浮気をしているわけじゃない。だけど・・・。 駐車場に戻ると、紗英はサングラスをして車にもたれるようにして待っていた。「ねえ、せっかくここまで来たんだし、海の方、ドライブして行かない?」 紗英は車に乗り込んだ途端、待ち構えていたかのように声を弾ませて言った。 まだ時間も早かったし、渋滞覚悟で僕たちは海沿いの道に抜けた。 楽しそうな紗英の笑い声と、午後の陽射しをきらきらと細切れに反射させる波が、さっき僕の胸に湧いた罪悪感を、いつの間にか忘れさせていた。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v■ ご協力ください ■ 北海道伊達市で15歳の男児が行方不明になっています
March 12, 2008
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◆前回までの小説のあらすじ◆は、今回の記事の下のコメント欄をご覧ください ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○「言えなかった、ってどういうことよ」 その日の夜、同居のことをくるみに打ち明けられなかった僕を待っていたのは、テーブルの向こう側から冷たい視線で睨みつける、紗英の大きな瞳だった。「ごめん、言いだすタイミングって言うか、なんて言うか・・・」「はー、そんな予感はしてたけどさー。やっぱり、あのまま、朝のうちに白状しちゃえば良かったのに。明日はくるみさんに会わないの?」「くるみ、明日は会社の先輩の結婚式があるんだ。あ、あとこれ、くるみが見つけたんだけど」 僕は洗面台でくるみが見つけたピアスを差し出した。「これ見て、くるみさん、何も言わなかったの?まさか吾朗ちゃん、自分のだって言ったとか?」「何で僕のなんだよ。おかしいだろ。紗英の忘れ物だって言ったんだ。冷蔵庫の中の野菜のこととか聞かれてさ。くるみと会った日のことを謝りにまた紗英が来て、その時の忘れ物だって言っといた」「それで済んじゃったってわけ?もう、この役立たず」 怒りながら、紗英はテーブルの上のピアスを指で弾いた。ピアスは一瞬きらっと光って、絨毯の上にぽとりと落ちた。僕自身が弾かれたような惨めな気分。いや、ちょっと待て。「役立たずって、それじゃあ、お前、これわざと置いていったのか?」「そうよ」 何の悪びれるところもなく、しれっと紗英は言い放った。「お前、そういうことするなよ」「今朝みたいに急に追い出されるようなことさえなければ、もうしないと思うけど。だいたいくるみさんに打ち明けるって言い出したの、吾朗ちゃんでしょ」 そう言われると返す言葉もない。「だから、ごめんって。次に会ったときには必ず、言うから」「どうだかね。今朝みたいに隠し事するときは抜かりないのに、正直に打ち明けることはできないんだから」 吐き捨てるようなそのセリフ。僕は以前、似たようなセリフを聞いたのを思い出した。それは親父が亡くなる少し前に、僕の母が言った言葉だった。「認めたくはないけど、僕が隠そうとするのは親父に似たのかな」「何よ、それ。親のせいにしないでよ」 紗英は呆れた顔をした。「いや、親父が亡くなる前にさ、ちょっとした事件があったんだ」「吾朗ちゃんのお父さん、亡くなったの?いつ?」 驚いたように紗英は目を大きく見開いた。「六年前。しばらく入院してて、寒くなってきたから、何か上に羽織るものを持っていこうとして、母さんが親父のタンスを開けたら、奥の方から通帳が出てきてさ。親父、母さんに隠して結構貯めてたんだ。母さんは何に使うのかって、さんざん問い質したけど、とうとう最後まで親父は口を割らなかった。口下手で不器用な人だったからさ、ひょっとしたらいつか母さんに何かプレゼントするために、内緒で貯めてたんじゃないかって、僕は思ったんだけどね。結局親父は白状せずに逝っちゃったけど」 ふと気が付くと、紗英の顔からはさっきまでの刺々しさが消えていた。力を失った紗英の瞳は、仄暗い水の底でゆらゆらと揺れているようだった。 しまった。紗英は自分の母親のことを思い出したに違いない。 僕にとって、親父の死はもう時効。昔のこととして胸に納まりつつある話だった。 だが、形見のロケット・ペンダントが壊れたあの夜に、紗英がこぼした止めどない涙。紗英が母親を亡くした痛みから、まだ癒えていないのは明らかだった。 無理もない。紗英の両親は周囲から結婚を反対され、駆け落ち同然で一緒になった。父親は紗英が生まれてまもなく他界し、親戚との関わりも一切絶った母親が一人で育ててくれたと、昔、紗英本人から聞いたことがある。物心ついた時から、紗英は母娘二人きりだった。 そのことを知りながら、僕は何の話をしているんだ。親父が死んだときの話なんて。「ごめん、こんな話」 俄かに紗英の瞳は光を取り戻した。「だからって、これとそれとは違うでしょ。そんな話しで誤魔化さないでよ。いい?次にくるみさんに会うときは、今度こそちゃんと話してよ」 これ以上話したくはないのか、そう言うと紗英は自分の部屋に行ってしまった。 僕も肉親を失った悲しみは体験した。親父を失った母さんが、人に隠れて何日も泣いていたことも知っていた。だから紗英の悲しみの深さを、何となくはわかっているつもりだった。つもりだったが・・・。 紗英の悲しみの本当の正体について、この時の僕には知るよしもなかった。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○■ ご協力ください ■ 北海道伊達市で15歳の男児が行方不明になっています 読んでくださって、ありがとうございます! ぽちっと二つのバナーを、応援クリックしてくださるとかなり幸せです。 よろしければこちらもクリックお願いします。 リンク先の記事・広告の下に、投票フォームがあります。 簡単投票に参加して、この作品を評価してくださいね! コメント欄の ◆作者より ご挨拶◆ も、ご覧ください。(*^^)v
March 3, 2008
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