2022年02月13日
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カテゴリ: Cinema



以下転載です。

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Sheva さま

いかがおすごしでしょうか?この週末は上京してR.シュトラウスの『影のない女』や『エレクトラ』などを鑑賞する予定だったのですが、残念ながら公演中止になってしまいました。数日間ぽっかりとスケジュールが空いてしまったので、予定を前倒ししてリメイク版の『ウエストサイドストーリー』を見てきました。6、7年前、『アメリカ映画のイデオロギー』なる本のために、知人に何か書けと言われ、『ウエストサイド』に関する文章を寄稿したのですが、その時の関心と重なる部分があり、興味深くリメイク版を見ることになりました。

今回のリメイク版は、オリジナルの舞台版と映画版の両方に目配りをした作品になっているように感じました。作品が作られた当時のNYの社会の状況についての説明が加えられているのも本作の特徴かと思います。1961年の暮れに日本で公開された前回の『ウエストサイド』は、500日以上にもわたってロングラン上映され、1962年には今回のリメイク版にも出演しているリタ・モレノ(前作のアニタ役)がプロモーションのために来日しています。そして帰国後、彼女はロスアンジェルスの新聞に、「日本の観客は作品の背景や人種の差異を理解していない」というようなこと語ったようです。

舞台版の日本初上演は1964年。開場2年目の日生劇場での、アメリカのカンパニーのよるもので(海外の団体によるミュージカルの来日公演の嚆矢)、キャストには、映画版でアイスを演じたタッカー・スミスなども含まれていました。また、1964年には、有吉佐和子の『非色』(数年前に復刊)も出版されましたが、この小説を読むと、『ウエストサイド』の背景の一端、NYのプエルトリコ系の人々が置かれていた厳しい環境がわかるように思います。

舞台版の台本の作者アーサー・ロレンツによる2つのグループの設定は、シャークスがプエルトリコ系、ジェッツは少々ややこしくて “an anthology of what is called ‘American’”。
この「アンソロジー」がどのような構成になっているかははっきりしません。トニーはポーランド系とはっきりと言明されていますが、他のメンバーはどうなのでしょう。オリジナルの台本には、「イタリア系」「アイルランド系」が含まれているらしいことを示す台詞はありますが。つまり、『ウエストサイド』はヨーロッパ系の白人とプエルトリコ系の2つのグループの対立の物語ではあるけれども、WASPではない19世紀半ば以降にアメリカに数多くやって来たヨーロッパ系の移民と第2次大戦後NYに大量に流入したプエルトリコ系という、アメリカ社会の中心ではなく、その周辺にいた人たちの物語と言えるのでしょう。このあたりのことは、日本人にはわかりにくいですよね。「アメリカ人って誰」という感じ。



少し皮肉だなあと思ったのは、今回の演奏を担当したNYフィル(LAフィルも参加していますが)が、リンカーンセンターに作られた新しいコンサートホールを彼らの本拠地とし、その音楽監督がレナード・バーンスタインだったことです。このホールの開場のコンサートもこのコンビによって、1962年9月に行われています。ちなみに、リメイク版のドゥダメル指揮のサウンドトラック盤はエッジの効いた素晴らしい出来だと思います。以前、ザルツブルクでバルトリをマリア役に彼の指揮で本作が上演された時に、録音などがなされるのかと思ったら、実現しなかったので(?)、今回このような形でドゥダメル指揮の『ウエストサイド』の演奏が残ってよかった。彼の作ったCDのなかで間違いなくトップランク。

今回のリメイク版の変更点は、曲順の入れ替え、登場人物の背景の追加など、いろいろありますが、一番大きなものは、舞台版にも前作にも登場しないドクの未亡人ヴァレンティーナの存在でしょう。白人と結婚したプエルトリコ系の女性。これはトニーとマリアと彼らの姿をだぶらせ、決して平坦ではなかったであろう人生の年輪が、その姿に刻まれた女性(リタ・モレノ)が歌う「どこかに」は、まさに祈りの歌。心動かされました。

前作の「どこかに」は、トニーとマリアの二重唱でしたが、オリジナルは舞台袖で歌われる女性のソロ。初演でこの歌を歌ったのは、ブロードウェイでの活動の後、ヨーロッパに渡り、オペラ界で名を成すことになるアフリカ系のソプラノ、レリ・グリスト(コンスエロ役)でした。初演の前日、アーカンソー州のリトルロックでは、9名の黒人の学生がアイゼンハワー大統領の差し向けた軍隊守られて登校するという人種差別、人種統合をめぐるアメリカ史上の大事件もありました。当時、アメリカではすでにテレビが普及していて、多くの人がニュースで、この出来事を知っていたはず。グリストが歌う「どこかに」を聴いた初日の観客たちは、どのような思いだったのでしょうか。

10年前、渋谷のシアターオーブのこけら落とし公演の『ウエストサイド』で、「どこかに」を歌ったのはエニィボディーズでしたが、このキャラクターの扱いも今回のリメイク版の大きなポイントですね。彼女(と言っていいのかな)が、この歌を歌うことによって、『ウエストサイド』が、人種やエスニシティだけではなく、セクシャリティについての問題もそこに内包しているということが浮かび上がるのですが、今回のリメイク版では、エニィボディーズがトランスジェンダーの役柄であることを明確にしたということでしょう。実は、初演前のトライアウトの際には「他のみんなと同じように」という歌(ソロではない)が含まれていて、そこでエニボディーズが「他のみんなと同じように、男になれないのか!」と歌うことになっていたのですが、結局この歌はカットされました。もしかして、今回、この歌を復活させるかもなどと、思ったのですが、そうはなりませんでした。『ウエストサイド』のオリジナルの4人の制作者たちは全員、いわゆる性的マイノリティだったわけですが、本作が制作された冷戦期は、彼らのような指向を持った人々が抑圧・弾圧された時代だったこともここで思い出しておくべきでしょうね。今回の台本担当の選択も、そのことと無縁ではないと思います。

今回の台本の担当が、『エンジェルス・イン・アメリカ』の作者トニー・クシュナーということもあってか、エニィボディーズの性格付けの明確化だけではなく、リフのトニーに対する思いが強く出ているような印象を受けました(気のせいかもしれませんが)。オリジナルの台本担当のアーサー・ロレンツは、彼の回想録を読んでみると、リフのトニーへの思いを「友情」以上のものととらえていたようです。その背景には、『ウエストサイド』制作の開始とほぼ同じころに、半世紀以上にわたって寄り添うことになる同性のパートナーとの出会いが影響しているのかもしれません。

リメイク版の結婚式の真似事の場面がブライダルショップではなく、メトロポリタン美術館の別館のクロイスターズと思しき所で撮影されていましたが、昔、マンハッタンで生活していた頃、日本からやって来た友人をあそこに案内し、行きは地下鉄、帰りはバス利用だったなあなどと思い、バスの窓越しに見る地域のコミュニティの変化がとても印象的だったことも思い出しました。あの美術館があるところから、南に下がったところにあるのがワシントンハイツ。リン=マニュエル・ミランダ(シアターオーブの『ウエストサイド』で使用されたスペイン語の訳詞の担当だったはず)の出世作で、一足早く映画版が公開されたミュージカル『イン・ザ・ハイツ』の舞台ですね。

長々と失礼しました。
名古屋のおやじ

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最終更新日  2022年02月13日 07時23分42秒
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