星の国から星の街へ(旧 ヴァン・ノアール)

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2025.03.28
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カテゴリ: 本帰国で再発見!
​ 渡星前に実家に預けた画集が手元に届き、その一冊が「マリー・ローランサン(1883-1956)」です。淡い色調のパステル画は特に女性の根強い人気がありますが、近年は嗜好の変化か「淡さ」より「濃さ」が好まれている感があり、日本の2つの「マリー・ローランサン美術館」は2010年代に閉館しています。


「芸術家仲間 アポリネールとその友人たち」

 画集を見返して興味を惹かれたのはローランサンがパステル画を描く以前にピカソの影響を受け描いた1枚です。登場人物は中心にローランサンの恋人で詩人の「アポリネール(1880-1918)」、彼の左右にピカソ(1881-1973)と恋人のフェルナンド・オリヴィエ(1881-1966)、そしてアポリネールに寄り添うマリーローランサンが描かれています。白い犬はピカソの愛犬「フリッカ」と画集の説明にあります。

 この絵が描かれたのは1908年で、その前年にピカソはキュビズムの発端となる「アヴィニョンの娘たち」をモンマルトルの「Bateau-Lavoir(バトー・ラヴォール)通称:洗濯船)で完成させます(ピカソの洗濯船滞在は1904~1908年)またマリー・ローランサン(当時23歳)は3歳年上のアポリネールとモンマルトルで出会い恋に落ちます。未だ無名の文学者ながら「キュビズム運動」を擁護していたアポリネールや画家仲間の「ブラック」によってローランサンは彼らの仲間に引き合わされる事になります。ただローランサン自身はキュビズムと自分は生理的に合わないと感じていたようですが、この1枚はピカソの目の描き方等少なからずその影響を受けている感があります。

 画集の中に「洗濯船のボヘミアン」という言葉があって的を得た表現だなぁと思います。ボヘミアンの語源はフランス語でボヘミアからフランスにやって来た「流浪の人」から転じて「アーテイスト、芸術家や作家など世間に背を向け伝統や習慣に拘らない自由奔放な生き方生活をしている人」になったそうです。


フェルナンド・オリヴィエ著 1936年出版

  フェルナンド・オリヴィエは彼女の著書「ピカソと其の友達」の中で洗濯船のボヘミアンの生活について次の一文を書いています。
「極貧と冬の寒さにもめげず休むことなく制作を続けた・・みんな、いつかきっと洗濯船に帰ってくる。みんな、本当に幸せだった場所に。珍獣ではなく、画家として認められた場所に」そして彼女にとってボヘミアンの終末はピカソとの別れでした。ただ暴露本とも言える本の出版で後々までピカソを苦しめそうで、その情熱はやはりボヘミアン的なのかなぁと・・。一方、出会いから6年後に破局を迎えたローランサンとアポリネールですが、画集の最後の年表を見ると「ローランサンの遺志によって白い衣装に赤いバラを手にし、アポリネールの手紙を胸の上に置いて埋葬された」とあります。

 「日が去り 月がゆく 過ぎた時も 昔の恋も 二度とまた帰って来ない

  ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ 

  日も暮れよ 鐘も鳴れ 月日は流れ わたしは残る」  「アポリネール詩集」から。

 ローランサンとの別れの後にアポリネールが詠んだ詩ですが、ローランサンの胸の上に置かれた「手紙」はどんな内容だったのかなぁと想像してしまいます。










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最終更新日  2025.03.28 13:39:18
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