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特撮ものに限らず、どのドラマでも最終回は力を入れるものである。歴代ウルトラヒーローもたぶんにもれず、と言いたいところだが、前後編で最終エピソードを綴ったのはこのセブンだけだったりする(あ、ティガ以降は除くね)。この、セブンの最終回「史上最大の侵略」も名言は限りなくあるので、さっそく取り上げてみよう。「脈拍360、血圧400、熱が90度もある…」…ってことは、1分間に360回の鼓動…。車でいえば、アイドリング回転の半分か。ずいぶん早いよなぁ。ストーリーの序盤、体の変調に気付いたダンが、ゴース星人の円盤を迎撃すべくホーク2号で出動した時のつぶやき。で、熱が90度…きっと滴り落ちる汗もまた相当な温度だったにちがいない(ダンの平熱って、何度だろ?)。その、人間から見れば超高熱のダンの額に、平気で手を当てるアンヌ。すごいな。もしやこのときのアンヌって、セブン上司(登場するんだこんな名前のヤツがこの回で。ってことはセブンは会社員?)が憑依してたのか?ともかく、この最終エピソードのダンは見ていて痛々しいことこの上ない。「アンヌ、ぼくは…ぼくはね、地球の人間じゃないんだよ。M78星雲から来た、ウルトラセブンなんだ! …びっくりしただろう?」「ううん、地球人でも、宇宙人でも、ダンはダンに変わりないじゃないの。例えウルトラセブンでも」「ありがとう、アンヌ」ヒーローが己の正体を打ち明ける場面って、最大の見せ場だな。帰ってきたウルトラマンしかり、ミラーマンしかり、デビルマンもタイガーマスクも、みんななんとも言えないやるせなさと感動がある。まぁこの「ぼくの正体は○○だったんだ」シーンについてはいずれ改めて語りたいが、その白眉がセブンのこのシーンだ。アンヌにだけ直接告白する。ここがいい。で、このあとクライマックスまで、一気呵成に見せる映像(すべてが名シーン、名カット)がセブンという作品をより一層、格調高いものに押し上げていると言ったら言い過ぎか?それにしてもアンヌは強いなぁ。たとえば、あなたの最愛の人がある日突然「私は実は、人間じゃない」と告げられたらどう思うだろう?(もちろん現実にはこんなことないけれど、まぁそういうことがありうる世界として)「私(俺)をだましてたのか?」「信じられない!」などと、少なくてもそれ以上、好意を持つことはむずかしいよなぁ。普通、パニックに陥ること必須だろう。もちろんアンヌだって、セリフ通りに瞬間的に告白を受け入れたわけではないだろう。しかしそれでもダンを信じる(信じたい)と思うことから、こんな言葉を返したに違いない。この瞬間、ダンは嬉しかっただろうなぁ。アンヌの言葉は、異星人同士がしっかり分かり合えた、その証となるものだから(アンヌに対して恋愛感情があったかどうかはこの際置いとくことにする)。「今話したとおり、ぼくは自分の星に帰らなければならないんだ。西の空に、明けの明星が輝く頃、ひとつの光が宇宙へ飛んでゆく。それがぼくなんだ。…さよならアンヌ!」「待って、ダン!行かないで!」「アマギ隊員がピンチなんだよ!…デュワッ!」トランペットとフルートが織りなすセブン主題歌のアレンジBGMが響き渡るなか、最高のクライマックスが登場。ダンの心境、アンヌの想い、それぞれが見事に交錯する、セブン屈指の名場面だ。ギエロン星獣のエピソードをはじめ、劇中ダン(セブン)は自分なら守れる、自分しか救えない局面で、いくつかそれを達成できなかった。ふだん人間の姿を借りて行動している以上やむを得ないとはいえ、地球を愛するセブンとしてはやりきれなかったことだろう。そして今また、仲間であるアマギ隊員が命を落とそうとしている。それも、同じU警備隊の手によって。ここで自分が行かなくてどうする。己の体調不良からゴース星人の侵略を許してしまった後悔、アマギ隊員を想う気持ち、そして地球を救いたいという願い。そしてダンはアンヌの前で変身し、飛んでゆく。勝てる見込みも薄い、ゴース星人の基地に向かって。万感極まるなぁ。アマギ隊員がピンチなんだ、と、すがるアンヌを振り飛ばして変身するダンの胸中を思うとなんとも泣けてくる。そしてまた、詩人、ダンの姿もここで見える。こんな場面で“西の空に…”なんて、言えるか普通?(キリヤマ隊長の影響、大だな)で、その問題のセリフ。「西の空に、明けの明星が輝く頃、ひとつの光が宇宙へ飛んでゆく」“明けの明星”は通常、東に見えるはず。でも、セリフ自体は間違いじゃない。これ、アナクラムなんだな。語句を入れ替えると意味が通じる。つまり、こういうこと。「明けの明星が輝く頃、西の空にひとつの光が宇宙へ飛んでゆく」これなら完璧。季節は初秋か。夜明けに西の空を見上げると、その方向にダンのふるさとM78星雲が…なんて想像するのも楽しいかもしれない。評論家の池田憲章さん(この人の、なんでも名作に見えてくる熱い評論が好きだなぁ)が書籍で指摘していたように、この先、アンヌが仲間たちにダンの正体を語ってからは、誰もがセブンに向かって“ダン”と呼びかける。この心意気というか、仲間意識にしびれる。以下は、パンドンと戦うセブンに投げかけられた言葉。「ダン、離れるんだ!怪獣は俺に任せろ!」(フルハシ隊員)「ダン!」(アマギ隊員)「ダンは死ぬ気で戦っているんだわ」(アンヌ隊員)「体の具合が悪ければ悪いと、なぜ言ってくれなかったんだ」(キリヤマ隊長)「モロボシ、許してくれ!」(ステーションV3のクラタ隊長)「危ない!」(ソガ隊員)この後のセブンの戦法は、ガッツ星人の時と同様に作品中1、2を争うカッコよさ(アイスラッガーの使い方がいい!)そして、夜明けの空をバックに立ち上がるセブン。個人的に、一番好きなシーンだ。デュワッ!と飛び去る姿に、ソガ、フルハシの両隊員(思えば、第1話でダンとはじめて遭遇したのもこのふたりだった)の、最後の名ゼリフが光る。「ダンは死んで帰っていくんだろうか。…もしそうなら、ダンを殺したのは俺たち地球人だ。やつは傷ついた体で、最後の最後まで人類のために戦ってくれたんだ。…ダンを殺したのは俺たちだ。あんないいヤツを…」(この思い入れたっぷりな所がソガくんらしい)「そんなバカな!ダンが死んでたまるか!ダンは生きてる。きっと生きてるんだ。遠い宇宙から、俺たちのことを見守ってくれるさ。そしてまた、元気な姿で帰ってくる」(この強引なポジティブさがフルハシ隊員らしい)アンヌが静かにうなづくなか、主題歌2番(♪モロボシダンの名を借りて…)が流れる。そして夜明けの空に、ダンの笑顔がかぶって<完>。文句なしのフィナーレだ。これまでセブンの名(迷)ゼリフをたどりながらあれこれ述べてきたけれど、その間、映像とは別な部分でやっぱりセブンらしいなぁと改めて感じた。脚本家が自分の主張などをキャラに言わせるのが「セリフ」とすれば、その思い入れ度という点でセブンのセリフは群を抜いていると思うがどうだろう?で、このテーマ最後のさいごに、死力を振り絞って戦うダンを見て、キリヤマ隊長が隊員たちに向けて熱く叫んだこのひと言(くしくも、ゾフィと共にふるさとへ帰還するウルトラマンを見てムラマツキャップが言った言葉でもある)で今回は締めくくろう。「行こう!地球は我々人類が、自らの手で守りぬかなければならないんだ!」
2005.11.28
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またも前回より続く。「よし、未知の世界に挑むぞ!」宇宙細菌ダリーの犠牲になった少女を救うべく、本邦初、ミクロ化して人の体内に突入した特撮ヒーローウルトラセブンの、突入前の決意のひと言。未知の世界=体の中、というわけだ。出典はご存知、松坂慶子ゲスト出演の回(第31話)から。行動前に、セブン(ダン)はよほど人体について勉強したらしい。それともセブンの体内に怪獣探査装置かなにかがあって、ダリーのいるポイントをただ目指して飛んでいったんだろうか?一説によると、人ひとりの毛細血管をすべてつなぎ合わせると地球を3週するほど長いんだそうだ(記憶違いでなければいいけど)。そんな、ほとんど迷路状態の中を迷わずそこにたどり着いたセブンって、すごいなぁ。すごいといえば、やはり体内での戦いだからか、ダリーの倒し方もなるほど、だ。まぁねぇ、アイスラッガーでぶった切ってもダリーの死骸にどんな細菌(細菌怪獣の中に細菌ってのも、合わせ鏡みたいでなにかムズムズするな)がいるかもわからないし、エメリュウム光線で爆発させるわけにもいかない。で、とった戦法が…(結末はビデオかDVDで確認されたし)。で、これにも野暮なチャチャを入れよう。映像を見た人なら気付くことだけど、人の体内って、あんなに明るいものなのか?「この星で生きよう、この星と一緒に」「なぜ他の星でも生きようとしなかったんだ…。僕だって宇宙人じゃないか」セブンの中でも1、2を争う地味なエピソード(怪獣は出ないし異形の宇宙人も登場しないし)第37話からの、ダンのセリフ。地球破壊工作員マヤが、任務完了後仲間に裏切られて地球に置き去りにされたことを知り自らの命を絶ってしまうという、なんともやりきれない話(どうみてもヒーロー番組のストーリーじゃないよなぁ)で、目的は違えど同じように単身地球で生活しているダンの胸中を思うとなんとも辛いものがある。思えばダンという人物、ヘンだがいいヤツで、ペガッサシティを救おうとした時も、ペダン星人と神戸の港で星間交渉した時も、単に地球の味方ってだけのスタンスではなかった。あくまでも地球が好きなM78星雲の宇宙人、という立場で思考、行動していた。よく考えてるね。こういうスタンスを取るヒーローって、めずらしい。だからこそ、その狭間で苦悩するダンの姿に心を打たれ、そこに特別な思い入れを持つ人が多いのかもしれない(私もそのうちのひとり)。しかし。子供がこのような話を見て、おもしろいかというと…ナゾだ。実際、エレキングやゴドラ星人、カプセル怪獣の類は覚えていても、この回のマゼラン星人や第34話のシャドウマン、最終話近くの第43話(「第四惑星の悪夢」)なんて、たぶん子供の頃しっかり見たはずなのに後の再放送やムック本を見るまで忘れてた(というか、そんな話あったんだ!と驚いた)くらいだもんなぁ。「地球はノンマルトの星なんだ。人間こそ侵略者なんだ!」そのひとつ前、第42話のタイトルにも詠われていた、“ノンマルトの使者”となった真市君が放った強烈なひと言。このねぇ、人間=侵略者っていう発想が、昭和43年特撮ヒーロー全盛初期に生まれたこと。これが何よりスゴイと思う。実にセブンらしい話だな。実にセブンらしい話だな。先住民(ノンマルト)と現住民(人間)の間に第三者であるダンを立たせるこの図式。これが北斗星児とかだったら…話にならんな。しかもこの回。冒出のセリフが真実かどうか、結論を出さずにクローズしているところが、ちょっとウルトラQっぽくてまたいいんである(もっとも、結論付けたらとんでもないことになるけど)。多くの書籍で示されているように、脚本家の金城哲夫さんらしい、大きなテーマがそこにはある。ただ…セブンがガイロスとけっこう楽しんで(?)戦ってるんだよなぁ…。さて次回は、最終エピソード「史上最大の侵略」前後編での名セリフを取り上げてみよう。
2005.11.21
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前回に引き続き、ウルトラセブンに登場した名言、迷言集、その2。「仲間のためにザイルを切った。なんと勇気ある青年だ。そうだ、この男をモデルにしよう」第17話(ユートム)より。セブンが初めて地球に飛来したとき、仲間の命を救うために自分のザイルを切って崖から落ちた薩摩次郎という男を助けた際(なんたる偶然!)に言った言葉。後に、帰ってきたウルトラマンが郷秀樹に憑依するときの動機にもつながる文脈であり、それ自体には何の違和感もないが(薩摩次郎くんが美男子でよかったね)、よく考えるとウルトラの国にもザイルってあるんだなぁ。あと魂という言葉(概念)も。「みんな、こんな言葉を知っているか?…神なき知恵は知恵ある悪魔を作ることなり」第18話より。ベル星人の作り出した空間Xを脱出した際、キリヤマ隊長が隊員たちにこの格言(?)を教える。みんな知ってるか、ったってなぁ。こういう前フリが隊長っぽいけど、その一方でダンを救出できなかったのにしゃあしゃあとこんな詩的なことを言って説教に酔いしれるところもまた彼らしいところ(その直後、ダンが助かったことを知って-このときのダンの、会話への入り方も唐突なんだけど-「いつのまに!」なんてキリヤマさん驚いてやんの)「今日がダメなら明日、そうだ、明日をさがせばいいんですよ」前出同様、詩的なセリフだ。こういう言葉がさりげなく織り込まれているからセブンはいいんだな。第23話で、予知能力を持った占い師(ロジック的にヘンだよね)安井さんからのセリフ。で、このひと言に感化されてキリヤマ隊長が自ら休暇を取って(ほかの隊員たちが安井さんの予言に振り回され捜査を打ち切ろうとしたため)私的にシャドー星人のたくらみを捜査してしまうのだから、キリヤマも相当、この手の言葉に弱いんだなぁ。「それは、血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」出た!セブン名言集の中でもひときわ異彩を放つ、ダンのセリフ(第26話より)。日常の色々な場面に使える(そうか?)ひと言だな。作品:ウルトラセブンでの地球人って、けっこうヒドいことしてる。この26話でも、惑星破壊ミサイル超兵器R1号をギエロン星に打ち込んだため、そこに生息していた生き物が変異しギエロン星獣となって地球に飛来(やっぱり復讐のためだろうなぁ)したら、今度はそれをR2号でやっつけようとするんだものな。そんな短絡的なパワー合戦にため息をついたダン(セブン)が冒出の言葉をつぶやく。いいねぇ、セブン。主義主張に一本しっかり線が通っている。このセリフの直前の、フルハシ隊員との問答、ギエロン星獣を迎撃するためにホークで発進した時の、「本当に地球を防衛するためならR1号の開発を防ぐべきだった。それができたのは自分だけだったのに…」と後悔するところなど、なんとも泣ける。今まさに、地球上のあらゆるところで、“血を吐きながら悲しいマラソン”が続けられている。それを見据えたかのようなこのセリフ。製作スタッフに敬礼だ。ダンは悩めるヒーローなんだなぁ…。「ブブーン、バババババ」そうかと思えば次の第27話の冒頭、ラリー映画に感化され、遊園地で遊具のコーヒーカップをこの叫びと共にグルグルうれしそうに回しているダン…。ヘンなヤツ!一緒に乗っているアンヌ隊員が酔っちゃうじゃん!そして同回のエンディングのこのセリフ。「ウルトラ警備隊の任務は厳しい。大きな勇気とたゆまぬ努力が必要だ。~(略)我々がウルトラ警備隊魂を持ち続ける限り、地球の平和は守られるに違いない」こんな堅いことも言ってる(いや、いいセリフだけどね)んだから、ダンってやっぱり愛すべき変なヤツ。で、この前半“ウルトラ警備隊の任務は~”は、物語のテーマ、アマギ隊員のトラウマ治療にかかるセリフだと思う(小さい頃、近所の花火工場が起こした爆発事故によって爆発恐怖症-よく入隊できたなぁ-になったアマギ隊員が、ダンとふたりで防衛軍の高性能火薬スナイパーを、ラリー参加というカムフラージュで目的地まで運ぶという、ある種ロードムービー的なホントに安全なんだか危険なんだかわからない作戦を行うって話)。そんなトラウマを持つ人間に火薬を運ばせるなんて、一歩間違えば大事故につながるわけで、それをあえてアマギにやらせたところに、そして任務をちゃんと遂行できたところに、キリヤマ隊長の厳しさと慧眼、やさしさが垣間見えるな。でも、隊長。深夜にキャンプファイヤーしながらマンドリン弾くのは…。(また次回に続く)
2005.11.20
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名作には、かならずどこかに名言が潜んでいる。時にはそれが定番のセリフだったりナレーションだったりするんだけど、我が愛するウルトラセブンほど名言が多い作品もめずらしいんじゃないだろうか?(あっ、特撮ドラマの中で、ね)というわけで、セブンの作品中に出てきた、印象に残る名(迷)言をいくつか紹介し、チャチャも入れながら改めて味わってみよう。「そう、モロボシダンとでもしておきましょう」第1話で、初めてウルトラ警備隊の前に姿を現したダン(セブン)が名乗るときのセリフ。うさんくさいことこの上ない。みるからに本名を名乗ってないのがモロバレだが、それを成り行き上とはいえ受け入れてしまうフルハシ、ソガの両隊員はなんて寛大(というか、無防備!)。そんなんだから、見えないクール星人の円盤に特殊噴霧器で色をつける、なんて、子供でも考えそうな作戦を提案しただけで(しかもその直前、アンヌ隊員が「ねぇ、あなた何か名案はないの?」なんてダンに聞いてやんの。コラコラ、プロが素人を頼るんじゃない)、その功績をたたえ警備隊に入隊させてしまうんだろう。甘いなぁ。ただ、ダン=セブン(憑依や合体でなく、同一人物)と考えた時、“モロボシダン”と名乗ったセブンのネーミングのセンスはイケてるなぁ。「ウルトラセブン、がんばって!」第2話のクライマックス、ワイアール星人と戦うセブンに投げかけられたアンヌの言葉。しかしなぁ、唐突だ。その呼称の由来は?(答え:「ウルトラ警備隊7番目の戦士と認めたから」本編ではカットされたが、シナリオにそれとわかるシーンがあったそうな)初めて見る怪獣に、登場人物が「あっ、怪獣ネロンガ!」と叫ぶのと同じ印象だな。で、不思議なのは、この“ウルトラセブン”という呼び名が、いつのまにか地球を狙うほかの宇宙人にも知れ渡っていて、みんなでセブン、セブンと呼んでいる。まぁ、主観ながらフォローを入れると、歴代ウルトラヒーローの中で「ウルトラマン」との差別化(ネーミングにおいて)で一番成功したのがセブンだと思う(ゾフィーはまた別)。実際、ウルトラマン○○って名前、やっぱりどこかウルトラマンに引きずられてる気がするんだなぁ。「ウルトラアイはぼくの命なんだ」そういう割にはダンさん、いくらストーリーを盛り上げるためとはいえその後も何回となく盗まれたり奪われたりしてましたねぇ。その記念すべき(?)第1回が、第3話でピット星人の罠にかかっての失態。で、そしてこのセリフが登場。また見方を変えると、あのセブンワールドの宇宙人は、ダンがそれを使って変身することをみんな知ってたとも言えるわけで、さすが地球侵略に向けて事前調査に抜かりないな。その反面、そんな重要機密事項はもっとバレないようにしとけ!とここでもやっぱりダンさん抜けすぎの感あり。「宇宙でも、この地球でも、正義はひとつなんだ」クゥ~、カッコイイ!燃え上がるキュラソ星人を見つめながら諭すようにつぶやくダンの、まさにヒーロー然としたセリフが光る。しかし、ペガッサ星人やアンノン、ノンマルトの話などを合わせて考えると、ダンが自分に言い聞かせているように取れなくもない。異国ならぬ異星の地でその命を落とすキュラソ星人(まぁ、キュラソ星から脱走した囚人って話だけど)を見て、もしかしたら同じ運命を辿るかもしれないと我が身を思ったのか、ダン。単身赴任はつらいよね、ダン。そんな大人の視点はともかく、こういう単純明快なセリフ、いいねぇ。「~(略)人間同士の信頼感を利用するとは恐るべき宇宙人です。でもご安心ください。このお話は、遠い、遠い未来の物語だからです。えっ、何故ですって?我々人類は今宇宙人に狙われるほど、お互いを信頼してはいませんから…」初期セブンのエピソード中、この最高の名言は、第8話のエンディングナレーションから。こんな台詞、昭和43年の放送当時にどう受け取られたんだろう?ヒーロー番組でありながらシニカルでウィットに富んだ、現代でも、いや現代にこそなお訴えかける名言(提言か)と思う。よく円谷英二さんこんなの許したもんだ。逆説的には我々人間が互いを信頼しなければメトロン星人には侵略されないわけで、信頼と侵略、どちらを取るかといえば…究極の選択だなぁ。セブン名言集は当然(?)、次回も続く。
2005.11.13
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本田美奈子が亡くなった。ファーストライブアルバムでの「好きと言いなさい」は傑作だし、「Golden days」「愛の十字架」は今でも大好きな曲。そして「Feel so I’m running」(アルバム曲)は最高傑作…。熱烈なファンってほどではないけれど、それでもアルバムの2,3枚を持っている私としては、また、20歳前の秋に一度は白血病の疑いをかけられた(結果は大丈夫だったけど)ことのある私としては、やっぱり悲しいニュースだった。なんかねぇ、芸能人の訃報って、虚構が現実に変わる瞬間で、やるせないね。ともかく、本田美奈子さん、良い歌をありがとう。安らかに。で、話はそれに関連(?)して。以前このブログでもふれたけど、根上淳さんが亡くなったって話。こういうのって、普通の芸能人の訃報とは違う感傷がわいてしまう。彼だけじゃなく、岸田森、平田昭彦、小林昭二、中山昭二、南 廣、塚本信夫、山口豪久、坂口祐三郎、牧冬吉、円谷浩、その他多くの特撮にゆかりの役者諸氏のときもそうだった。多くの特撮番組を見ている中で、彼ら(特に名バイブレーヤー)が出演するとなにかホッとした。安心感というか、安定感というか。例えれば、“仮面ライダー○○”に客演した1号ライダーのバトルシーンで「レッツゴー・ライダーキック」や「仮面ライダーアクション」のメロオケがかかった時のような(あいかわらずわかりにくい例えでスマヌ)、画面の引き締まる感じと安堵感。こういう感覚って、他には無い。60年代から70年代にかけて、特撮ドラマの灯はまばゆいばかりだった。俳優も監督もプロデューサーも脚本家も音楽も歌い手も、携わる人の数だけ灯が光を放ち、それはそれは眩しかった。けれども時の流れがその灯をひとつひとつ消してゆく。死という息で吹き消されてゆく。誰にも止めることはできない。ただ、その一方で、新しくともる灯も生まれる。久々に良質なウルトラシリーズと言えるウルトラマンマックスを筆頭に、響鬼、マジレンジャーなど、賞味期限は短いながら、毎年新しい灯がともされる(マックスは後世まで語り継がれるべき作品だ)。この灯、大切に残していってほしいなぁ。今は亡き、彼ら先人が残していった灯をしっかり受け継いでいってほしい。イチ特撮ファンの想いとして。また、現在の特撮ドラマの礎を築き上げた彼らに、改めて敬意と哀悼の言葉に代えて。
2005.11.08
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それまでにもなんかモヤモヤしていたけど、形になり始めたきっかけは、ヨロの出身地「ペット屋たま」の、パピー教室での「多頭飼いは楽しいよ」というオーナーのひと言だった。だからってもちろん即決したわけじゃなく、妻と「それができればいいよねぇ」なんて話してたくらい。つまり、本気にはしてなかった。そりゃそうだ。なんといってもその頃(といっても数週間前だけど)はヨロの世話で手一杯。2匹目なんて、そりゃいれば楽しいかもしれないが、ただそれだけ。言ってみれば宝くじ3億円が当たったら、と同じレベル。とても真剣に考えられるものじゃなかった。それが。妻と何度か冗談まじりに話しているうちに。そう、面白半分に名前を考えたり、2匹目の犬種はどんなのが、なんて話しているうちに、いつのまにか本気になってきちゃったんである。けど、それでもすぐに決めたわけじゃない。 経費も2倍。世話だって2倍。いやそれ以上。やっていけるかどうか大いに不安だったし、ダメならポイってわけにはいかない。だいたい、ヨロとの相性だってある。悩んだ(我ながら平和な悩みだ…)。でもやっぱり、ヨロに兄弟がほしかった。オーナーや多頭飼いしている人の話を聞いたり、HPを見たりして、検討を重ねた結果… ついに…決断を…下したのであった!2匹目を飼おう。ヨロに妹をつくろう。決め手はなんだったんだろう?シェーデットクリーム(体色ね)だったからか、様々な出来事がその方向を示唆したのか、いやいや、ヨロに聞いたら「妹がほしい」と言ったからなのか(←これ、本当なんである)、まぁ最終的にはやっぱり私たち夫婦がほしがったから、なんだけどね。とにかく、そんなこんなで昨日、ヨロの妹が我が家にやってきた。名前はタルト(通称タル)。イチゴタルト、フルーツタルトの“タルト”。ヨロともども、ヨロしくお願いします(し、しまった、ガッツでガッツンガッツン、というより、この椅子ナーイス、的な駄洒落だ!)
2005.11.07
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“ジュース”という言葉には、今でも惹かれてしまう。のっけからまったくお子ちゃまみたいだが、といって飲みたくなるわけじゃない。ただ、ジュースという言葉を思ったときに、あのなんとも言えない、ちょっと薬臭い甘さが口の中によみがえってくるんである。あ、ちなみにここで言う“ジュース”ってのは、オレンジジュースやグレープフルーツジュースなどのように、頭にフルーツの名前が乗っかったものや、コーラやミリンダ、Mrピブ、サスケ(←覚えている人はまちがいなく現在35歳を超えているハズだ)のような名称がついたものじゃなく、単に“ジュース”というひと言ね。ではつづき。そう、私にとって“ジュース”という言葉から思い浮かぶのは、あの「渡辺ジュースの素」に代表される、粉末ジュースのことなのだ。子供の頃の記憶。コップ一杯の水に一袋のジュースの素を入れてかき混ぜる。その水が冷たきゃいいんだけど、大抵は普通の水道水。で、これがマズかった。でも飲んだ。(当時、冷蔵庫であらかじめ水を冷やしておいてからつくる、なんて知恵、というか余裕はなかった。子供は今のみたきゃ今飲む、んである)あと、水の量も問題で、多すぎると味が薄くて悲惨なほどにマズい。少ないとうまいけど飲み終わった後味がやたらクドい。適量ってのがむずかしかった。(通常はやっぱり薄いのを飲んでたなぁ。質より量。いっぱい飲みたかったから。子供はストレートに欲深い、んである)大概、オレンジ味。他のメロンやイチゴやレモン味なんてあったのかな?あと、粉末ジュースの別な味わい方。なめる。袋に指をつっこんで、そのまま指をしゃぶって…。くどいの極みだった。でも、たまにやった。ふりかけやゴマ塩をなめるみたいに。で、そのたびに甘さとくどさを味わった。さすがに全部はなめきれず、途中で水に溶かして飲んだ。いつも以上に薄まったヤツ。当然…まずかった。そりゃそうだ。粉はいつもの半分。水はいつもと同じ量だもん。で、「こうするとひと粒で二度楽しめるんだぜ」なんて強がり言いながら飲んだもんだ(子供にも見栄ややせ我慢ってものがある、んである)。天然果汁100%なんて、そういやいつの間に世に出回ったんだろう?気がつきゃちゃっかり市民権を得て澄ました顔でコンビニの棚に並んでる。でも、あれ“ジュース”を飲んだ気にはならんぞ?液体のオレンジやグレープフルーツを取得したって感じ。ケッ、お高くとまってんなよ、ってなもんだ(いや、濃縮ジュースに何の恨みもないけどさ)。なんか、粉末ジュースと濃縮100%て、とっつきやすさとか距離感が学研の“科学”と“学習”っぽいところがあるな。なんて、わからない例え…。まだ放映してんのかな?ホンジャマカの石ちゃんがやってる、サッポロ一番のCMの今のキャッチフレーズ「ラーメンはご飯です」。これ、最初に見たときうまいな~と思った。たしかに子供の頃、夏休みの昼ご飯でインスタントラーメンよく食べたもんなぁ(マルチャン ハイラーメン、出前一丁、サッポロ一番味噌ラーメン…。ところでサッポロ一番の“一番”って、札幌市内で一番うまいって意味なのかな?)。そのフレーズを借りれば、“ジュースは水です(でした)”だろうか?なんかまたあのインチキ臭いオレンジ色のジュース、飲みたくなっちゃったぞ。今度はちゃんと水も冷やして、量も測って、つまみにポテチなど用意して。(あぁ、なんてお子ちゃま…)ここで予告。次回のブログにて、ヨロに関する重大発表を!ちなみに今、ヨロは何も知らずに人の顔をみて鼻をクンクン鳴らしてる…。
2005.11.06
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