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いやあー、疲れた。腰がガクガクする。昨日、貰ったぶどうをお裾分けに行った。「あれー、長いもの出面に行ってると思ってたよ」「ううん、今回は、どうもまだ声がかからず、失業かも」「あれ、そしたら、うちの娘のとこが明日から掘るといってたから、聞いてみようか」「すいませんねえ」夕方、毎年出面している近所のご主人がやって来て「早く言わなきゃと思ってたら、いつの間にか日が過ぎて・・・。11月2日から、頼めないかい」「ありゃー、わかりました」話があるときには、重なるもんだねえ、とダンナ様と苦笑い。朝の7時30分から4時30分まで、結局娘さん宅の手伝いに。日ごろ6時過ぎに起きることなど無い生活で、緊張して寝た。久しぶりの肉体労働。腰痛ベルトをしっかり締めて体制を整えたつもりだったが、結構堪えた。シャッキとして、引き上げたが、我が家に着いたとたん、もう一歩もうごけません。ダンナ様が、夕食を交代してくれた。感謝、感謝。それにしても、今回の畑は、土が軟らかく、長いもが真っ白。とろろにするため、すりながら、ダンナ様に言わせると、『上品で生きているような』いも。勿論、農家の土作りという努力は欠かせないが、八千代よりどうやら土地が良いようだ。こちらの方が八千代より早くに移住者が入植しているので、よい土地が当たったのか。入植時期のちょっとの差で、こんなに土地が違うとなると、八千代の人間としては、いささか割り切れない思いだ。明日は、大学生がバイトで入るので、お休み。ヨカッター。今夜は早い目に寝るとしよう。しかし、寝返りが打てるかしらん。
2005/10/28
「ねえ、この体重計、おかしくない? のる場所で微妙に数字が違うよ」 退職前は、もう少し太ってもいいですよ、なんて検診の時に言われ、ひそかに、あれ、結構スマートじゃん、なんて思っていた。 ところが、退職して、移ってきて、能天気な生活を始めたとたん、一気に体重計の数字が変化し始めた。 えーと、標準体重は、どうやって計算したかしら、 うーん、そろそろ、セーブしないとな。近頃は体重計に乗るたびに、一喜一憂することに。そして、気が付いたのである。この体重計、乗る位置で、最大約1キロも違うではないか!ある日、突然数字が表示されなくなり、ダンナ様が一応修理した。どうやら、三点から重さをキャッチするようだが、乗る位置と足の開く角度で、微妙に数字が変化するのである。57.0(えーっ)、56.8、56.4、・・・???「やっぱり、おかしいよなあ。どれがホンマやろか」「そんなに気になるなら、上手に乗ったら」体重計から満足そうな顔で降りたダンナ様が、あほらし、という声で呟いた。「上手に乗るって言うてもねえ」と一人ぶつぶつ言いながら、そおーっと足を乗せ、思いっきり息を吐き、じっとこらえる私がいた。
2005/10/25
二日ほど雨が続いた。温度が下がり、一挙に紅葉が進んだ。窓の外は十勝晴れ。ヒユーッと風が吹くと、色づいた木の葉がキラキラ輝きながら、舞い落ちる。もうすぐ、裏の林は丸坊主だ。暖かな窓からの日差しを受けて、ボーっと外を眺めていたら、カメ虫太郎、ハエ次郎、天道虫の天三郎たちが、日のあたった窓ガラスを、忙しそうに滑り落ちることなく、行ったりきたり。虫たちは早々と、冬の足音を感じているのだろう。我が家で越冬する気だな。しかし、家の虫たちは、いったい何を食べて過ごすのだろうか。あまりの心地よさに、半分ウトウト状態で詰まらんことを考えてしまった。
2005/10/24
9時55分、北見に向かって「ふるさと銀河鉄道」出発。ほとんど乗客無しと思っていたが、今日は団体客があるので、2両編成。もちろん単線だ。松本レイジさんの「銀河鉄道999」にあやかった車体のラッピングがかわいい。 この「ふるさと銀河線」は、北海道唯一の第三セクター鉄道で、池田から北見まで走っているが、ご多聞にもれず来年いよいよ廃線となる。廃線と聞くと、なんだか一度乗ってみたくなって、付き合いの良いM氏を無理やり誘い、 3人で出かけた次第。当初北見まで行き、地ビールを飲んでという計画だったが、ダンナ様が、片道3時間もかかるのはイヤダ、ということで、途中の陸別まで乗ろうということになった。 陸別に着くまでに、途中16もの駅がある。そのほとんどが無人駅で、木で出来た古くて危なっかしいホームだけというのもある。乗ってくる人はほとんどなく、池田から乗ってきた人が、時たま途中の駅で降りるのみ。鉄道の横を国道が走っており、なるほどもう時代遅れか。乗り降りするときは、自分で、ドアの横についているボタンを押すとドアが開閉する。驚いたことに各車両にトイレが付いているし、団体用の車両には自販機まで付いている。 車窓を流れる風景も、我が家の周辺で見慣れた、野菜畑が延々続く。列車はただただまっすぐに敷かれたレールの上を、時速80~85キロで突き進む。 11時35分、ようやく陸別に到着。駅が道の駅と同居しており、というより道の駅の片隅を使っている感じだが、2階は研修施設や宿泊施設があり、廃線となっても十分に機能するようになっている。 さて、昼食をどこで取るか。どうやら食事できるところは、ラーメン・カレー屋と蕎麦屋しかない様子。ラーメン屋は、とても美味しいラーメンが出てきそうにないソファのような椅子の店で、お客は誰もいない、あわてて退散し、蕎麦屋に入る。ホームページも持っていて、結構知られた店ということで、こちらはお客さんが多い。手打ちで蕎麦も出汁も美味しい。量もたっぷり。しかし、値段が高い。競争相手がいないのと、利用客が限定されるから高くなるのか。 ちょっと残念。 さてさて、帰りの列車は1時39分発。1時間余りどうするか?こういう時、車じゃないのが不便。しかし、見るべき所も無い。もちろんタクシーもいない。昼間でも星が見られるという、巨大望遠鏡を備えた天文台が2キロ先にあるが、2時にしか開かない。ダンナ様はソフトクリームを食べ、M氏と待合室の木のベンチでごろ寝を決め込む。女の私がまさかごろ寝はないでしょうと、駅前を散策するが、本当に何にも無い。抜けるような青空に向かって、長い温度計が立っている。「陸別は日本一寒い地域です。マイナス30度に達します」その温度計には、数字が付いていて、35度~マイナス40度までの表示がしてある。冬になると厳寒を逆手に取った「しばれフェスティバル」で賑わうそうだが。 やれやれ時間になった。池田から着いた1両列車がここから折り返す。運転手さんが前後の運転席へ移動して、ハイ出発。ピーッ!行きの列車で、どこかの放送会社が、地方の鉄道風景の撮影取りをしていたので、一帯どんな風景かと一番前に立ったら、横の運転手さんがえらく親しげに話しかけてきた。こちらは、運転という緊張したお仕事中、邪魔などしては申し訳ないと思っていたのに。「どこから来たんだい?」「帯広の奥の方から」「この間、ピョウータンの滝に行ってきたが、紅葉がきれいだったよ」「えー、その近くですよ」「あんたらのように、廃線が決まったら、道内からも、本州からも来る人が増えたね。この間は、九州の佐賀から来たよ」「それはすごい。鉄道マニアですね」何か、会話を続行した方が良いように思え(眠気覚ましになるかも)、「陸別までまったくトンネルがなかったですねえ」「そう、終点の北見までトンネルがない、珍しい線だよ。見ての通り、まっすぐな線だから、レールを太くしたら特急が走れるんだがねえ」「特急ねえ、そうしたらだいぶ時間が短縮されますね」「そうだよ、そうしたら、もう少しお客も増えると思うがね。スーパーおおぞらのお陰で、 帯広―札幌間は、JRが先手取ったからね」「毎日乗客はこんなもんですか。通学時間は込むのかしら」「昔は、通学時間には2両、3両編成だったが、今は、40人くらいまで減ってしまった。 核家族化で、若いもんが帯広市や音更町あたりに家を建てるんだよ」「山の麓で、何してるんだい。農業かい」「いえ、何もしていません。リタイアしてのんびりしているだけ」「そう、ぼけるよ。私は以前、JRでスーパーおおぞらを運転していてね、定年でこの列車を運転しているのよ。でも、来年春で終わりだけどね。趣味で馬場競馬のビデヲ撮影してるよ。馬主に頼まれるんだ」「へえーそれはたいしたもんだ。廃線になったら枕木もレールも全部取り外すそうですね」「そう、30億円かかるそうだよ」「途中にある岡女堂駅は、甘納豆の岡女堂が作った駅だそうですね」「そうさ、鉄道会社が丈夫であることと条件を出したので、3000万円も経費がかかったそうだが、どうするかね」 こんな会話をしている間も、踏切が近づくとピーと鳴らし、きちんと各駅に停車し、汽笛?を鳴らしては出発する。「確実に乗ってくる客も、降りる客もいないのがわかってても、ちゃんと止まるんですね」「そう、それが鉄道よ。ひょっとすると駆け込み乗降者があるかもしれん。バスのように、 すぐ止まるわけにはいかんし」 1時間半ほどの帰りの列車が、思わぬ楽しい時間となり、気が付いたら、終点の池田。運転手さんは、これで本日の業務は上がりだそうで、「帯広・札幌方面は、○○線乗り場から、時間は十分あります。どこやら行きは何番線・・・、本日はふるさと銀河線、ご乗車ありがとうございました」と、丁寧に終着アナウンスをし、プレゼント応募券付の「精算済証明書」を配ってくれた。降りたホームは、えらい端っこ。10数人の乗客が降りた。 ああ、廃線間近を痛感する。ひょっとしたら「ふるさと銀河線999」は、降るような星の下を走るのが似合うのかも。
2005/10/20
週末の夜に雨が降っただけで、珍しく日中18~20度という暖かな日が続いています。あちこちで、ビートを掘り出す機械音や、大豆の作業音がします。長いものツル切りも始まり、年内最後の収穫期を迎え、農家は大忙し。我が家もヤーコンの収穫を迎えました。どんな姿でお出ましくださるものか、初めての収穫でワクワクして掘り始めました。1.5メートルほどに伸びた茎を切り倒し、周辺からそおっとスコップをいれます。根っこに、鈴なりに赤紫のサツマイモのようなイモ?(根茎)が顔を出しました。皮が薄くて傷つきやすく、折れやすいようなので、いたわるように周辺の土を除きます。ようやく全貌が現れ、最後はエイやっと、引っこ抜きました。1本に数十個付いているので、4本も掘り出したら、とんでもない数になりそう。「ヤーコン」は、アンデス生まれの奇跡の健康野菜だそうです。十勝の池田町の農業研究所が普及して、最近では農家が栽培を始めました。研究所の方が送ってくれた解説書によると、フラクトオリゴ糖が世界一多い野菜(大腸内の大掃除)。 ポリフェノールは赤ワインと同量(100g中203mmg)。 食物繊維・ミネラル&ビタミンも豊富で、機能性野菜です。 ヤーコンの味=梨+大根+レンコン シャキッとした食感を味わってください。 煮ても焼いてもやわらかくならない。なんてことが書いてあります。ヤーコンの葉は、お茶にして飲むと、大変お通じがよいとか。煮ても焼いても軟らかくならないとは、どういうこっちゃ。半信半疑で、カレーに入れたら、確かに煮崩れしません。でも歯ごたえのある軟らかさ。大根と一緒に煮ると、大根よりは硬いが、かえってシャキシャキ感があって面白い味。それではと、単純にゴマとのキンピラにしてみると、これまたシャキシャキと美味しい。キンピラの場合は、細切りなので早い目に味付けするのがコツのよう。生のまま、サラダも美味しいとか。レンコンのような歯切れよさなので、てんぷらもおいしいかも。まったく癖が無いというか、ヤーコン自身にはほとんど味がないので、何とでもなりそう。それにしても、収穫の多さが悩みになりそう。お隣にまずは手始めにと、遠慮気味に少量持って行って、様子を聞いてみましょう。イモの上に、小さなサトイモの芽のようなものが付いていて、これが芽だそうで、来年これを植えてやると、ヤーコンの苗ができますよ、と研究所の方がいとも簡単そうに教えてくれました。でも、うまく保存できるかどうか、定温倉庫が欲しくなります。さあて、今夜も酢豚の中に、ヤーコンを入れてみましょう。
2005/10/18
8月に、是非とも北海道に移住したいと連絡があった関東のご夫婦が、子供二人を連れて、八千代町に到着。 現在、児童施設の職員と保育士をされているが、体力的にも精神的にもそろそろ限界。子供の入学にあわせて、いよいよ移住の決意をされたそうだ。10数年前、移住希望者のツアーで、ダンナ様と一緒だったという知り合い。このときの世話人を頼ってやって来られた。10年来の夢を実現するべく、それなりに資金も蓄えられ、場所さがしも最終版となった。讃岐うどんの店を開きたいとの思いつきで(現在の住まいではうどん文化が定着しているとか)、仕事の合間を縫って、製麺作りの研究をされてきたそうである。 わざわざ自家製の手作りうどん持参で、うどんの試食会となった。せまい我が家の台所で、ご夫婦が「まだ固いかな」「うん、もういいか」など、試食しながら、茹で上げてくれる。 なにせ、関東から持ってこられた麺ゆえ、少々固くなっており、湯で加減も難しそう。キャベツとごま油で炒めた焼きうどん風と、大根おろしの冷やしうどん。汁は2日すると傷むということで、ちょっと変わったうどんを食べさせてもらった。こんな土田舎で、果たしてうどん屋が成立するものか?一日35~50食の麺がでれば何とかなります、とはご主人の言葉だが。この地域は全町で100数十世帯しかない。結構多くの人が蕎麦好きで、自分でも打つ。もし、リピーターがついたとしても、毎日何十食も可能なのだろうか。最近の流行は、とんと判らないが、何があたるかわからない。立地条件、味、店の雰囲気?店主の味わい?値段?何だろう。こちらの人は、自動車が当たり前の交通手段だから、少々遠くても出かける。時々、こんな辺鄙な場所でよく商売できるなあと感心してしまうような、山間の店が結構流行っていたりする。「美味い。また来よう」とは思えなかったんだけどねえ。うまく当たれば、パークゴルフに来る多くの人が寄ってくれるかもしれない。丁度夏に引っ越した一家の後が、空き家になっている。建って何十年と経っているので、快適かどうか判らないが、超格安の家賃ではある。ここを出発点に、うどん屋で修行を積むのもいいかもしれないと、日ごろから私たちが「美味い」と通う、帯広市内の讃岐うどんの店にお連れした。メニューの多さにビックリし、甘系の味に首をかしげ、神妙な雰囲気。6歳と4歳の子供さんは、二人とも少しアトピーがあり、それも移住の理由になっているそうだが、ご主人に着いて来る奥様も大変だ。我が八千代町に着いたとき、これほどの田舎とは・・・とビックリしたそうだ。移住するときは、何でもいいから、自分としては、「これがしたい!」という生活の糧とは別に(本当は生活の糧と一致すれば一番だけど)、目的を持つというか精神的支えが必要と思う。果たしてどんな結論を出されるのか。来春、同じ町内の一員としてお迎えできるのかしら。大層気になるお客様だった。
2005/10/17
昨日は、突然の客を含め、2件の来客があった。1件は、市内で大きな塗料会社を経営するS社長と、天皇の椅子を作ったM氏。M氏は、新幹線の椅子なども作っている椅子のデザイナー。十勝に工房を持っておられ、時々巡回?に見える。ダンナ様と囲碁を楽しむお仲間だ。S社長は、何でものめりこむタイプで、木工、絵画、木片で組み立てるジグゾ―パズルのような絵(?)など超一流の腕前。今は釣りとカメラに凝っているそうだ。ダンナ様と一緒で、それぞれの話には、ながーい解説が付く。時々、専門的で付いていけない。ニコンのデジカメを首から提げて、そこいらじゅうをカシャン。最近は、デジカメ写真が色焼けしなくなったという話が出た。「へえー、それは印刷機の機種が違うのですか」「いやそうじゃない。インクだよ」「じゃあ、そのインクを使えば、いいんですね。そんなコーナーあったかしら。でも、印刷機には決まったインクがあるでしょ。そうなると、やはり、機種が違うのじゃないですか」「そもそも、インクが違うんだよ。インクの顔料の質が違うんだよ。退色するのは一種の酸化作用だから。そもそもインクには・・・・」「でも、そのインクを使うには、その機種になるのでは?」「そうだな、印刷機に色焼けしないインクとか何とか書いてある」「そうか、やっぱり、印刷機の機種を変えないとダメなんですね」S社長は、何故退色しないかを説明しようとするし、私は、そのインクはどうやったら手に入るかだけを聞こうとする。なかなかかみ合わないねえ。結論は、今の印刷機は5年使っているから、償却期間は過ぎている?とかで、「そりゃ、買い替え時だよ。結構安く手に入るよ。A4でプリントしても1枚30円位だ」「・・・。」ほしいけど、孫の写真とパステル用の写真しか撮らないし、まだ使えるしなあ。入れ替わって、若者がさっそうとアメリカで仕入れたという、カッコイイ自転車で登場。何のことは無い、中古の軽自動車が壊れ、お金が無いので、もっぱらこれで済ましているのだそうだ。音更町から、1時間半かけて走ってきたそうだが、こちらは道が良いのと、ほとんど自動車に出会わないので、脚力さえあれば、最高に良い乗り物だ。この若者は、建築家の卵で、我が家のゲストハウスや駐車場を作ってくれた。アメリカ育ちのちょっとおっとりした好青年だ。その彼が、どえらいアトピーで悩まされ、睡眠中に体中をかきむしるので、両手をしばって、寝たという話をした。おかしいねえ、何が原因なのかしら。大概の人は、アトピーを治すために北海道に来ているのに。乾燥しすぎるのかなあ。不思議なことにアメリカに帰ったり、本州の親戚の家に行くと、アレルギーが治まった。独身の男性ということもあり、掃除はほとんどせず、洗濯機には標準の数倍の粉を入れていたそうだ。たくさん入れた方がよく落ちると思ってたんだって。どうやら、自分の生活に原因があると考えた彼は、一念発起。今までの衣類を全部破棄し、洗濯機も掃除機も新製品に買い替え、万年床から、布団を干し、シーツは毎日取り替え、家の隅々まで掃除機をかけるようになった。洗剤もコープの液体石鹸に変え、ちゃんと計って使っているそうだ。毎日2時間かかると、ぼやいていたが、お陰で少しずつよくなっているとか。(ウーン、すごいやっちゃ)家庭電化製品をいろいろ調べているうちに、建築家の卵らしく、種類や大きさ、配置が具体的に判ってきたそうだ。「ねえ、病院でアレルギー源を調べてもらったほうがいいよ。私は埃アレルギーだってわかったから、近寄らないようにしているし。食べ物でもアレルギー起こすこともあるよ」「いやー、食べ物は大丈夫のようです。今まで何食べても何とかなったことないし」と、言いながら、だんな様が作った特性カレーの超大盛りをペロッと平らげた。ダンナ様と薪を割ったり、おしゃべりして、特性カレーを持って遅くに帰っていった。自分が建てた家を見に来るということもあるだろうが、息子と同年輩の若者がふらっと来てくれるのは、なかなか楽しいものだ。
2005/10/10
すぐ近所に、畜産大学を退職した教授が、実験農場をもっています。その農場で、恒例の収穫祭が行われました。前日、ブタの蒸し焼きの用の穴掘り、石拾い、薪で石をあたため、そして、お腹に香草などを入れたブタを置いて、土をかぶせ、丸一昼夜蒸し焼きにします。 今日は、シェフが来て、モツ鍋、芋団子汁、そば、炊き込みご飯、サケのちゃんちゃ焼きなどが、テーブル一杯に並びました。参加者は、総勢30名ほど。 牛やブタの関係者。農家の人。隣人の絵描きさん。NHKの偉いさん、何やらの関係者・・・。今年は長野からバラ生産者。この人にはコンサルタントまでくっついて来ていました。元教授は、土に炭を埋め込んだり、いろいろ研究しながら、本格的な有機栽培にとりくんでおり、結構全国的にも有名なのだそうです。毎年、本州の遠方から、先生の持論を聞きに何人かが参加されます。帯広で唯一のデパートの社長までが、運転手付でやってきました。どういうつきあいなんでしょう。私などは、へー、という顔をしながら、そうか、すごい人なんだと後で感心する次第。やわらかく蒸しあがった豚肉、野菜のてんぷら(本格的に銅鍋で)、そしてビールにワイン。チョコチョコとつまみ食いしながら、気が付いたら、主催事務局のような顔をして、一日裏方をやっておりました。ダンナ様は、大いに食べて、飲んで、飲んで、座長よろしく次々と話題を盛り上げて上機嫌。こういう会は、何が話題ということもなく、飲んで、食べて、少々おしゃべりをして、というものですが、一年に1回お会いする方もいて、何となく楽しいものです。昨日、霜が降り、ヤーコンの葉が少し黒く変色しました。いよいよ、冬の準備です。
2005/10/08
天高く、どこまでも広がる秋空の下、2日間、ジャガイモの収穫作業を手伝っておりました。 ヒューと、西北から冷たい風が木々の葉を落として行きます。風が止まると、赤とんぼたちが、スイスイと秋を楽しんでおりました。「きれいだなあ、これが、北海道ですよねえ」「夜は、本当に降ってくるのじゃないかと思うほどの星がすごいですねえ」「わし等は、ずーと昔からここに住んでおるから、これが当たり前と思もとるが、 本州から来た人は、びっくりするようだな。 東京から研修に来てた子が、竹竿を伸ばしたら、星にさわれそうだと言うておったが、 ほんに、そんな気がするねえ」また、ヒューと風がひと吹き。「天気が悪かったら、この風は木枯らしになるのかしら」「もう、羊蹄山に雪が降ったそうだから、もう晩秋だよ」「ええ?もう降ったんですか。そうか、もう晩秋ですか」「そうだよ、こっちは、お盆が過ぎたら、秋で、今は晩秋だよ。もう10月に入ったんだから」「うーん、まだまだ日中暖かいから、何となく秋が続くように思っていましたが、 もうすぐ、冬ですか。そういや、時々霜注意が出ますねえ」「霜が降りたら、もうすることが無いねえ。そうそう、霜が降りる前に、 畑の野菜を取っていきなさいよ。大根、白菜、青梗菜いろいろあるから」「ありがとう。今度戴きに着ます」さあ、やるべえか。うー、寒い。夕方日が落ちると、とたんに冷え冷えとして、頭上の電気に照らされながら、一心不乱に両手を動かし、ジャガイモさんたちを見続けておりました。
2005/10/04
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