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ネタもそろそろ尽きて来ましたので、これから暫く私の知る限り(調べたりせず)の日本各地のイメージを綴ってみようと思います。地元の方やその地域に思い入れのある方は文句を一杯言って下さい。先ず第一回目は北から北海道のイメージから始めます。北海道へは、2回程訪れた事があります。1回目は、35年前に車で西宮を出発点に本州を北上し、5日目位に青函連絡船で函館に上陸しました。車の旅は、本当にすり抜けて行くばかりの旅になりますので、殆ど印象に残る事がありませんでした。ひとつ、今でも鮮明に覚えているのは、内地では殆ど体験出来ない、真っ直ぐに伸びた直線道路に恐怖を憶えた事でしょうか・・・。その時は、霧が出ていて、然も道路が真っ直ぐなので余計に恐怖を感じたのかも知れません。そして、8月の終わりから9月の始めだと言うのにかなり寒かった事です。知床、羅臼の町は、しばれる位寒かったのを憶えています。小樽も通り抜けただけだと思いますが、ニッカの工場がやけに心に暖かく思えたような気がします。道東、道南は、殆ど走破しましたが、然別湖、屈斜路湖、阿寒湖、洞爺湖、摩周湖、釧路湿原、納沙布岬知床、羅臼、網走、襟裳岬、などなど、余りにも詰め込み過ぎて、何だかなぁ~と言った空虚な旅になってしまいました。2度目の訪問は、カミさんがどうしても行きたいというので、HISのツアーで行ったのですが、千歳からいきなりバスの長距離輸送の荷物の旅となってしまい、印象に残っているのは、丁度"北の家族"で有名になった富良野の撮影場所位でしょうか・・・。後は、稚内・宗谷岬と利尻、礼文と言った島に渡れば北海道も完結するのですが・・・。全体としてのイメージは、やっぱり内地では味わえない欧風の牧歌的風景と、夏でも寒い気候でしょうか・・・。個人的には、もっと馬と触れあいたかったと思っております。人気ブログランキングへ
2009.06.30
マイケル・ジャクソンが突然逝ってしまってから、何日かが経過した。日本では、思った程の影響が見られないのは何故なんだろうか・・・。世界の報道でも彼の謎の突然死の原因を追究しようとする記事が踊るだけで、ファンの彼の死への落胆振りや、盛り上がりがそれまでの世界的大スターの死と比べても大きくないと感じているのは、私だけなんだろうか・・・。私は、全く彼のファンでもないし、彼に対してどれ程の興味を示す人間でもないが、生前の彼の人気振りを思うと、些か不思議な気がするのである。彼がまだ幼少の頃、ジャクソンファイブの一員として日本にやって来た(記憶では、確か・・・。)頃をしる人間としては、彼があのようになるとは想像もつかないことであった。私からすると、忌野清志郎氏の死の時の方が遥かにマイケルの死を悼む人の数を上回っているような気がするけれども、どうなんだろう。 人気ブログランキングへ
2009.06.30
一番大事なものと言っては、問題があるから、子供の成長にとって大事なものとでもしておこう。それは、環境、学習や勉強に関する環境である。私の経験からすると、家に勉強や学習に関する本や道具、そして語り部(お祖父ちゃん、お祖母ちゃんなど)が常に傍にあると、子供は否応無くその環境に自分から馴染んで行くようになる。塾や習い事も結構だろうが、一番大事なのは、親が環境を作る、親の心得次第で子供は環境に適応して行くという事である。もし、親が何か特別に趣味や研究に打ち込んでいる姿は、子供の興味を著しく高め、子供も知らずの内に其処に入り込んで行くものである。今、私は思っている。もし、各家庭に最低一冊の世界地図かそれに類するものと地球儀があれば、子供の世界は随分変わるだろうと・・・。そして、其処から派生する様々な疑問を解くための書物や学習道具は、子供の意欲を高めて行く事になるだろうと・・・。我々の時代は、未だ貧乏な時代で、本や学習教材も満足に買って貰える環境では無かった。小学生高学年になった頃、日本史の全集が家にやって来たり、それまで使った事の無かった参考書一冊を与えられたお陰で、私の学習意欲は芽生え、啼かず飛ばずの目立たぬ子供が、突然勉強の出来る子に変身したのである。もし、我家が余裕のある家庭で、勉強に類する物を惜しげもなく与えてくれていたとしたら、もうちょっと増しな人間になっていたのかも知れない。確かに、物を与えるばかりが教育でないのは、当然であるが、最近の家庭を見ていると、親が自分の手を子供に取られないために、やたら意味の無い子供の欲しがるものだけを与えているような気がするけれども、どうだろうか・・・。環境は、子供のために、子供主体に考えるのではなく、むしろ親が勉学や学習に励む事から整えなくてはならないのではないだろうか・・・。仕事や生活に追われて・・・と言うのは、単なる言い訳に過ぎず、真剣に自分や子供の将来を考えていないとしか言えないような気がするのである。ゲームや玩具を止め処なく与える位なら、たとえ一つでも、本や地球儀、顕微鏡などの学習機材に変えて見る事を考えて貰いたいものである。人気ブログランキングへ
2009.06.30
そも、私心とは、私有財産を持つことを放棄し、私有財産を持たない事である。最近の人間は、と言うより、政治家どもは、事ある毎に、わたくしの言葉に私心は無いなどと、鉄面皮に厚顔無恥を晒す輩の何と多いことか。言葉で言うのは容易いが、私心の無いのを証明するのは、我が身の在り方より他に証明するものは無い。つまり、具体的に申せば、一切の欲心を捨て、世の中のあらゆる難事を解決すべく、一身を以って、難事に当る事を宣言、確約すると言う事である。で、あるならば、私有する財産は、一切国民に返納するか、国有財産に寄託し、失う物は何も無しの状況を以って臨むのが政治家の政治家たる本来の姿であると思う。その代り、政治に関する一切の経費は、血税によって、その全部を負担される、となるのでは無いだろうか・・・。仮に、政治家が政治家を辞めた時は、彼らの生涯は、血税によって賄われると規定し、もし私有財産を作る政治家足らざる者は、その財産を国が没収し、自らの生涯は、自らがその責を負うとすべきであろう。国民は、自らを助くる者を見捨てず、自らに苦難を与える者を許さず、而して、自らに清廉なる者を尊ぶのである。人気ブログランキングへ
2009.06.29
面白い意見を見ました。今を揺るがす、日本郵政株式会社・社長・西川善文氏が何をしたかに関する質問に答えた回答です。そもそも政治家、官僚が税金を垂れ流して作った箱物(簡保の宿他)の民間での価値は、元が2,400億円掛かったとしても、こんなものであり、109億円で売った事など問題ではない。それよりも、そんな血税を垂流した政治家、官僚の行いにこそ批判を浴びせるべきである。そんな昔の政治家、官僚の責任を日本郵政の社長が、いちいち責任を取っていたら首が幾らあっても足らない。それよりも、旧電電や国鉄の所有地を民間に払い下げてビルを建て、そこで上がった利益は計り知れないものがある。と言うのである。何処ぞの金持ちか、能天気なお方とお見受けした。確かに、政治家、官僚の犯罪とも言える血税の背任行為は、この日本では裁かれる事も無く、そんな事は当り前とばかりに止む事が無い。だからと言って、金の有り余っている民間人に国有(市民有)の財産をただ同然の値段で売り払おうと言うのは出来レースと言われても仕方が無いのである。これまで、あらゆる国有財産が民営化の名の下に払い下げられて来たけれども、果たして国民(真の持ち主)にどんなメリットがあったのだろう。結局、元々其処に属していた官僚や職員、そしてその利権に群がる族議員やフィクサー、大企業の思いのままに甘い汁を吸われただけに過ぎないではありませんか。日本では、民営化の名の下に、国民の財産は権力者と金持ち、裏社会に掠め取られ、市民は何時まで経っても江戸時代の水呑百姓同然の生活を強いられているのである。マスコミは、日本の陰を映そうとせず、明るく陽の当る所ばかりを強調する余り、日本の馬鹿な市民達は、自分も同じ場所にいるかのような錯覚を起こしているのである。改めて、自分の生活を、足元を見つめてもらいたい。政治というインチキ運転手に操られて、自分がどんな所に送られようとしているのかを・・・。何にも知らずにいると、そのバスは墓場に直行しているかも知れませんよ・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.29
今日は恒例のメタボ健診の日だった。免許を取り上げられてから1ヵ月、電車通勤のお陰で血液検査の結果は、かなり良くなっていた。但し、体重は変化せずで、脂肪肝は、前(1年前)よりも悪くなっているとか・・・。この身体、一体どうすれば、軽くなってくれるのか・・・。誠に恨めしい限りである。酒も飲まず、暴飲暴食もせず、真面目が(ギャンブル位はするけれど)服を着て歩いているような生活しているのに、カミさんからは、動かぬ事山の如しを詰(なじ)られそんな生活しているから一向に身体が良くならないと言われ続け、身体がだるいから動けぬ悪循環のスパイラルに陥っている我が身が誠に疎ましい限りです。メタボを克服した全国の言われ無き迫害を逃れられた方々、どのようにメタボを克服なさったのかご教授お願い致します。出来得る限り、楽で面倒臭くない奴をお願い致します。人気ブログランキングへ
2009.06.29
やっぱり、と言うか、グラスワンダーとステイゴールドの子供達が来ましたね・・・。順位は、親子逆になりましたが・・・。そして、アグネスタキオンの遺児が、最後の踏ん張りを見せたという事でしょうか・・・。大概、解っていながら外してしまう私は、一体何なのか自分でも呪いたくなるような運の無さであります。1、2、3番人気馬のぐりぐり三角買いで、それ以上は要らなかった今回の宝塚記念でありました。全て買っているのに、前に競馬命の事務員さんに言われた一言が、今も虚しく響いてくるようです。"本当に、上手に外しはりますね・・・"とは、誠に私の為にある言葉なんでしょうか・・・。この10年間、安田記念2着馬が連対した時は、一着しか無かったのに、ディープは見事裏切ってくれました。1着、2着は間違いないので、3着からは、陰形も無く消し去ったのに、そして、天皇賞3着馬は、連に絡んでも2着、3着が定位置のはずだったのに、ドリジャニはそれさえも裏切ってくれました。サクラとディープの堅い壁は、見事に崩されてしまい、残ったのは、1番目と2番目にやたら8と11が印字され、3番目に9の印字された投票受付のシートであります。やっぱり、ギャンブルは、取るか取られるかの勝負の出来る人間のやるものだとつくづく思い知らされます。もうデータ勝負は今後一切止める事にします。それでもやる時は、全て、自らの直感重視で行きたいと思います。負けたぁ~、まけたぁ~、またまけたぁ~、螻蛄の仏陀は、今日もとぼとぼ帰ります・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.28
いよいよ宝塚記念の出走です。丁度10年前は、グラスワンダーとスペシャルウイークステイゴールドの戦いでした。今日は、スクリーンヒーロー、サクラメガワンダー、ドリームジャーニー、インティライミが彼らの子供になるわけですが、果たして10年前の再現は起こるでありましょうか。横山典弘のもう一歩は届くのでありましょうか・・・。結果は、後でお知らせ致します。人気ブログランキングへ
2009.06.28
今日も競馬に負けました。明日は、宝塚記念です。スマートギア(3)番が臭いと思います。今日は疲れて帰ります。人気ブログランキングへ
2009.06.27
自らを捨てずして、国家を憂える事なし自らを擁護して、政治を語る事なかれ権欲者にあらざれば、下野を厭わず権欲者にあらざれば、自らを弁護せず民の幸福を願うものは、権力を欲せず民を厭う者は、金品を欲せず而して、貧乏の美しさを知る者なり人気ブログランキングへ
2009.06.26
昨晩のNEWS ZEROで放送していた、湯川中学校の長期取材を観ながら思った事は、我々の中学生時代って、皆本当に真面目だったんだなあ、と言う事です。確かに、今の中学生が真面目ではない事はないのですが我々の頃は、全員が、勉強出来る子も出来ない子も、一応授業の時間は、黒板を向いて先生の話を聞いて、聞く振りをしていたような気がします。今のように、ゲームやお洒落やその他諸々の気を取られる物の無かった時代、我々のせめてもの楽しみと言えばテレビくらいのものだった。喫茶店に行っても、ボーリングに行っても、映画に行っても、不良と呼ばれた時代である。経済高度成長期の時代にあっても、まだまだ親達と子供との関係は、今より遥かに緊密なものであった。その時代でも、確かに大都市や地方都市の大きい順に存在する学校では、既に学校崩壊の足音が聞こえていたのかも知れない。子供にとっては、刺激の強過ぎる文化は、時として子供の成長のバランスを壊してしまい、背伸びする子供達を蝕んでしまうのである。そういう意味では、都会の親戚の年の離れた兄ちゃん、姉ちゃんと交流のあった私は、中学生の頃から結構耳年増になり、大人しくも老成(ませ)た子供だったのかも知れない。その頃から、学生運動や政治運動、政治そのものに関心を示し、世の中の不公平感に憤りを感じていたのも事実であった。そんな私からすると、既に同級生の子供らしい悪戯や反抗が、可愛く、無駄なものに思えていたものである。そういう意味では、教師にとっては、手に負えないややこしい子供であったかも知れない。だから、最近の中学生や子供を見ていると、本当に他愛の無い可愛い子供に映ってしまうのである。親や社会にとことん守られて、我儘のし放題、言いたい放題、自らの責任を掛けて戦う意志など微塵も無い姿勢には、日本人の魂(男女7才にして、席を同じゅうせず)の欠片さえ感じる事が出来ないのである。つまり、日本のサムライは、男女を問わず、7才にして大人と同じ扱いを受ける、それ故、7才に達した男女は、覚悟して生きなければならない。7才の時から死を意識して、死を覚悟して生きるという事は人生を舐めて生きては行けないのである。ずっと、そんな風に考えて生きて来た私は、ずっと自分の人生、社会の矛盾について悩んで来たのである。だからこそ、生きて来られたと言っても過言では無いような気がするのである。 人気ブログランキングへ
2009.06.25
権欲者達は、此の世を謳歌して来た。戦争が終わって、政治が民衆の手に取り戻されたかのように思われた。民主主義と言いながら、結局、政治は民衆のものでは無い事が証明された。政治が有る限り、権欲者が生まれ、権欲者の集団が構成されて政治を我がものにして来た。民衆は騙され続け、権欲者が民衆に権欲者の奉仕者になるように定めた社会規範に翻弄されながら生きて来た。そんな呪縛にとり憑かれた民衆は、権欲者の思うがままに自らの首を自ら絞め続けるような毎日を送って来た。民主主義という言葉の醸しだす、如何にも民衆のためというような政治形態が、いよいよ民衆を欺き、苦しめて現在に到っている。もし、民主主義政治が国民のためのもので有るとするならば、何故、国会で発案審議された政策が、こんなにも妨害に合い、また、成立した政策によってこんなにも多くの民衆が捨て殺しされるような目に遭わなければならないのだろうか・・・。国民の農業離れによって、日本の農業が危ないと叫ばれるが、その結果齎されたものは、国民の政治に関する猜疑心と騙し続けた政治への認識である。これにより、国民は、政治家、官僚の思いのままにされて来た血税の使途に疑いを持ち、今やっとの事で独裁政権に鉄槌を下そうとしている。社会主義体制の崩壊により、社会主義の矛盾が徹底的に糾弾されたが、結局、人間の集まる所、純粋な社会主義など何処にも無く、中央集権的独裁主義による権欲者集団が形成され、正に社会主義的帝国と言える様な体制に行き着く事が証明されてしまった。体裁の良い言葉で、民主主義を掲げたアメリカ合衆国とそれに追随する日本もまた、民主主義の欺瞞を露呈し、それ自体が、独裁主義的帝国へと向かう事を証明した形となっている。学生時代にマルクス経済学の権威と言われた教授に盾突いた私の、"人文学的視点を無視しては語れぬ人の世の難しさ"を今また証明しようとしている。民主主義の矛盾が露呈し糾弾去れる時、今度は如何なる響きの良い言葉に裏打ちされた主義が打ち出されるのか楽しみである。 人気ブログランキングへ
2009.06.25
人間の足は、他の動物に比べ、過酷な重荷を背負っていると言って良いだろう。直立二足歩行をする動物は、地球上に厳密に言えば、人間しか存在しない。過酷さ故に人間は、その二足を段々と使いたがらなくなってしまった。頭脳によって齎された移動の敏速さと二本の足に掛かる負担の軽減は、果たして人間に何の恩恵を与えてくれたのだろう。毎日の過酷な通勤地獄や労働の更なる負担、そればかりか、人間の心の余裕まで失わせてしまったのではないだろうか・・・。最近電車通勤をしながら時々思う事がある。電車で2~30分の道程を昔の人々は、極端に言えば一日がかりで歩いていた事もあるだろう。歩くだけでそれだけの時間を費やすのだから、仕事をしながら、この距離を歩く事は出来なかったのではないだろうか・・・。きっと今より10数倍も時間の流れは緩やかであったに違いないのである。それで、その昔の人々は、そんなに不幸を感じていただろうか、否、きっと人々の心は豊かであったに違いないのである。何故なら、現代の人々の気付かぬ身の回りの出来事、存在が緊密に観察され、小さな変化が今よりもっと大きな変化に感じられたからである。時空の流れは一定であるにも関わらず、人間は自らの生活の流れを倍々にアップさせ、身の回りの、自分の子供の変化にさえ気付かなくなってしまった。あまつさえ、自分の脚力をどんどん退化させてしまい、自らの力で生きる事さえ放棄しようとしている。スポーツでも日常生活に於いても、基本は下半身の力が支えているのである。私は、時間の制限や規制を受けない時、歩き始めると何処までも、自分の力、体力の限界が訪れるまで歩く癖がある。近頃は、現代社会の流れに身を任せ、そんな時間を持てる事が無くなってしまったのだが、基本は歩く事の大好きな人間である。何時か、人間が振り返って、今の社会の矛盾に気が付いてくれる事を、切に願うものである。 人気ブログランキングへ
2009.06.24
そのまんま東こと東国原秀雄宮崎県知事は、一体何者なのだろうか・・・。橋下大阪府知事と共に自民党政府に物申す割には、自民党支持者(党員ではないと思うが・・・)然としている態度には、何か不思議なものを感じる。自らの支持政党の凋落振りに業を煮やした2人が立て直しを図って必死に奮闘しているといったところだろうか。それでも昨日の古賀氏の衆院選出馬の要請に対して突き付けた要求は、結構笑えるものだった。最初の要求は、まあ常識的なものだろうけれども、止めの要求が、自分を次期総裁候補に衆院選を戦う覚悟がおありかどうか、とは自民党支持者ならずとも唖然とする人を食ったような発言である。見方によっては、自民党に対して拒否の姿勢を示すともとれる発言である。橋下氏は、冗談で言ったんでしょ、と笑いながらインタビューに答えていたが、自民党の重鎮の笹川氏などは、阿呆らしいと一笑に伏していたものだった。やっとこんな、自民党を相手にまともに小馬鹿にするような発言をする政治家が出て来たものだと拍手喝采したものである。今後の彼の動向が楽しみな政治状況である。人気ブログランキングへ
2009.06.24
子育て真っ最中の世代の世帯収入は、幾ら位あればって行けると思いますか・・・。親子4人の世帯で月収30万円は低過ぎますか・・・。確かに余裕持って所帯を営もうとすれば、最低40万円ってところですかね・・・。この収入が高いか低いかは判断の分かれる所ではありますが、月収20万円にも満たない所帯がかなりの数ある事を思えば、決して低いとは言えないと思います。然しながら、それはあくまで、現在の低水準の所帯をモデルにしたものであり、子供達を確かな水準で育てようと思えば、一人当たり月10万円の収入は決して高い水準とは言えないのではないかと思います。一人の子供が、全て等しく東大入学を目指しスタートラインに立てたとするならば、恐らく東大に入学する学生の顔振れは大きく違って来るものだと思われます。であるならば、家庭への月収補助を福祉の対象とするのでは無く、子供の教育費に特化した福祉補助の助成制度があっても良いのではないでしょうか・・・。子供を学校に行かせる行かせないという悩みが親の視界から消えれば、それだけでも親の精神的負担も仕事への意欲促進に繋がるのでは無いかと考えるのですが、如何なものでしょうか・・・。親を選んで生まれる事の出来ない子供達が、等しく学習勉強、学問に臨めなくては、公平で豊かな社会など実現出来ないと考えますが、如何なものでしょうか・・・。今後、福祉という一点にとらわれた政策など意味を成さないと思います。もっと現実を直視した本当の仕事の出来る政治機構の構築が望まれるものであります。人気ブログランキングへ
2009.06.23
先進諸国で最も子供の育成にお金を使っていない国日本は、今後さらなる凋落を迎える事になる。一番肝心な人を育てる事を怠る国の未来は真っ暗闇である。奇しくも、昨晩のNHKの番組で、沖縄戦に於いて、渡嘉敷島の戦闘の中、生きて虜囚の辱めを受けずの教育を徹底的に叩き込まれた島民の人々が、追い詰められた時、その家族を自分の手で殺さねばならなくなった事への反省と悔恨を込めたドキュメンタリーを放送していた。そんな自分達がおめおめと生き残り、60年以上の長きに渡って生き恥を晒し、重荷を背負って生きなければならなかった事は、慮るに余りにも過酷なものを感じざるを得ないものがあった。最後に、痴呆症を発症し、施設に入院せねばならなくなった老人の一言、国のためとは一体何だったんだろうか人が死んで、人を殺して、国のためなんかあるはずが無い、と語った言葉は印象的であった。即ち、国とは何なのか、もう一度よくよく考えて頂きたいものである。国に実体があるのではなく、其処に住む人間、其処に生きる人間にこそ主体があるのである。お金が稼げずば人に有らず、お金を稼げずば生きるに有らずといったような政治を行う政治家、官僚どもには必ず正義の鉄槌が下されなくてはならない。親の苦労、母親への報恩を一番感じて、思っていないのは誰あろう、彼ら政治に携わる大馬鹿どもである。全国数千万のママさん達、貴方かたが、意をひとつにして国会に詣でれば、国会は貴方達のものである。子供が生まれずして、子供が増えずして、この国の将来など無いのであります。この国のボーダーは正に貴女かたが握っていると言っても過言ではないのであります。ただ無抵抗に政治といういい加減な政策に従うのでは無くただ無抵抗な集合を、今国会議事堂に掛けようではありませんか・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.23
今日で凡そ20日目の電車通勤が終了する。最初の内は、メタボ解消と運動不足解消の一石二鳥などと能天気に考えていたが、昨日今日の殺人的暑さの前に、そんな暢気な気分は何処かへ消し飛んでしまった。特に、昔、痩せてガリガリだった頃からの大汗掻きの私にとって、高々4~500mの駅までの道程が、身体中の発汗を促す素となり、駅に着いて動きを止めた瞬間猛烈に汗が噴出して来るのである。電車の中は、クーラーを回しているとは言え、何の助けにもならず、それどころか苛々する位のサウナ地獄となっている。朝の時間帯は、多少時間をずらした位では、混雑は治まらず、結局すし詰め状態の電車に乗り込むはめになる。今朝もギューギュー詰めの電車に揺られながら、ブチ切れ寸前の爆発状態に陥り、いっそこの電車が自分の熱で焼け焦げてしまえばいいのにと思った程である。何でこれまで車通勤に拘ったかの理由が、今再び蘇って来たものである。長い事、電車通勤なさっている人々には、誠に申し訳ないが、私にはやっぱり電車通勤は無理なようである。自分でも贅沢言うな、とは思うけれども、とてもこんな調子では仕事する事さえ出来なくなりそうなので、これだけはお許し願いたいものである。 人気ブログランキングへ
2009.06.23
お金は貯めようと思っても貯まるものでは有りません。先ず、よ~く考えてみましょう。月収20万円の人は、副収入など一切考慮しないで考えれば、飲まず食わずでも20万円/月以上貯まる事はありません。で、あるならば、余計な事をしない、主食以外は食べない、人との付き合いを絶つ、外に出ない。トイレは公共、或いは公共に近いショッピングセンターやデパート、オフィスビルのものを使用すると綺麗でウォッシュレットの付いたトイレが使える。コンピューターなど持たず、極力会社のPCを利用する。サービス残業に託(かこつ)けてアフターファイブで自分の仕事をする。飲みにも、遊びにも行かず、自分の趣味、仕事が出来るので一石二鳥である。遊び癖の付いた人にいきなりは難しいが、ここで考え方の転換が重要になる。今までの自分の人生を振り返って、これまでして来た事に、どれ程の意味があったかを考えてみる。これまで垂れ流して来た自分の稼ぎが、如何に無駄でこれからの自分にとって展望のないものであったかをじっくり反省してみる。人間一日24時間、会社にいるのが10時間として、睡眠に6時間、通勤に2時間、自宅での休息4時間、その他2時間と大雑把に考えても、今自分の家に有る物で本当に必要なものは幾つあるだろうか・・・。実に無駄で邪魔な物が多く存在している筈である。つまり、1年の(少ない人でも)2/3は、会社と自宅の往復に費やしているのである。そんな殆ど無駄と言って良い時間にお金を費やす必要は全く無いのである。今、私は、少ない給料と小遣いの中で、コイン貯金をしている。お札は、使い勝手が良いせいか、直ぐに羽が生えて飛んで行くので、極力札を使い、出来たお釣りのコインを全て貯金箱に入れてしまっている。そして、その貯金箱を自宅に置かない事である。会社に置いておけば、容易く使えないし、沢山貯まった時、容易に貯金しに行けないからである。特に一番貯まるのは、10円玉である事に気が付いた。500円、100円は、貯まるのも遅いが、換金し易い事も手伝って、なかなか貯まり難いのだが、10円玉は使用し難く、換金と言っても莫大な数でないとたかが知れているので、貯まる一方である。現在私のデスクの上には、お菓子のブリキ缶が鎮座ましましており、その中には10円玉が数千個貯まっておいでになる。塵も積もれば・・・とは、正にこの事である。お金を貯めるのは、全く性に合わないことなんだけれども、世の中に見切りを付けた今では、貯まっていく事さえ気にならなくなって来ている。皆さんも一度良く考えて挑戦してみて下さい。人気ブログランキングへ
2009.06.22
いきなりつまらないネタですが、この間NHKテレビでエコについて喧々諤々の討論をやっていました。エコってなんでしょうね・・・。一番良い事は、此の世から人間が消える事なんだろうけれども・・・。結局人間中心に物事を考えるから、何時まで経っても結論のでない議論をしなくてはならなくなる。私は昔から、食べなくて良い体が欲しいと公言して憚らなかった。最近の私は、大した量を食べる訳でもなく、酒を飲む訳てもないのに体質の問題と運動不足というだけでメタボ健診を定期的に受けなくてはならない身体になってしまっている。お腹が減らなかったら恐らく食べる事に何の興味も示さないと思う。それどころか、食べる事が苦痛にさえ感じる事もある。人間の食欲だけでも削ぎ落とす事ができたら、排泄もなくきっと今より美しく清潔な街が出来る事であろう。そして、人間が、ひとつづつその欲望の鍵を失って行けばこの世は最高のエコ社会に生まれ変われるだろう。何故なら、此の世の全てが、人間の欲望で出来ているのだから・・・。人間の欲望が無くなれば、人間が子孫を繁栄させる義務を感じる事も無く、滅亡に向かって邁進するのみである。きっと、人間以外の全ての生物が、そうなる事を望んでいる筈である。人間が、その欲望を限りなく、果てしなく追いかける限り此の世にエコの神様は降臨するはずは無いのである。 人気ブログランキングへ
2009.06.22
相変わらず、臓器移植法の問題は進展しそうにありませんが、ようやっとWHO基準に則した法律改正に動きそうですね・・・。何せ人の命に拘る問題ですから、政治家も積極的には動きたく無かったのでしょうが、余りにも後手後手に成り過ぎましたよね・・・。日本人を生かすために外国の人の命が脅かされる事など、未だグローバル化に背を向けている日本だからこそ、余計に問題が大きいですよね・・・。日本で臓器移植が難しいのは、日本人の命に関するはっきりとした意思表示、コンセンサスが示されていないからなんですよね・・・。命に関する日本の文化などと良く言われますが、それってはっきりと具体的に説明出来る人はいるのでしょうかね・・・。日本人は、結局、命が消えれば、他に何も無い、生きている事こそ全てだと認識しているから、例え脳死の段階に到っても、何とか生き返る事を期待しているのではなでしょうか・・・。命の尊厳などと言いますが、前から何度も申し上げている通り、所詮、絶滅に向かって進んでいる人間の生きる意味なんてものは、誰にも解らないのであります。あの世とか極楽とか地獄とか、生命の再生などと言いますが、日本人でそんな事を信じている人間などいないと言って良いのでは無いでしょうか・・・。その上で、日本人が、日本の臓器提供を待っている人々に対して、如何なる答えが出せるのかを考えなくてはなりません。近く、外国へ臓器提供を求める事は出来なくなるという現実が近付いております。出来る事ならば、軍事になどにお金を使わず、日本の医学エリートが、外国に出なく良いような研究環境を整えて臓器移植ではない治療法が編出される事を切に期待するものであります。 人気ブログランキングへ
2009.06.21
今朝、フジテレビの番組で、高橋英樹親子の対談形式のトークをやっていましたね・・・。最近は良くテレビに出演する事があるので、特に珍しい事も無かったのですが、本音トークという事もあり、彼の今までの苦労や生き様が垣間見れたような気がします。一番印象的だったのは、彼が奥さんと結婚した時に、既に大スターだった彼でも、実際は借金まみれで、お金が殆ど無かったのですってね・・・。その代わり、借金は3,000万円位あったとか、大スターの将来性を見込んで信用貸しする所は、あるんですねぇ~。だからスターの借金が話題になり、彼らがお金に疎い原因も、そこら辺にあるのですね・・・。桃太郎自身も非常に気前の良い人間だと聞いていますから、独身時代は殆ど彼の奢りで遊び回っていた事でしょう。娘の真麻ちゃんが、芸能人の子供としての苦労話しをしておりましたが、B型の男は元々家族の依怙贔屓を嫌いますし、例え子供もでも個人主義を通しますから、恐らく、彼の言う通り、彼の進言によるコネは無かったと思います。そして彼が言う、たとえどうあれ、人は、今ある姿でしか評価してくれないし、全員が良い評価をしてくれるなんて事は絶対ないのだから、人の評価を意識するより、自分の信念を貫く事が大事なんですよね・・・。彼が余りにバラエティー番組に出演するものだから、私も批判する側の人間でしたが、時代劇ばかりで、人を斬りまくっていた時、目付きが異様に鋭くなり過ぎて、周りを余りにも威圧するようになったとか・・・。娘にその事を指摘されてバラエティー番組に出演するようになったと仰っていました。成る程、その人の立場になってみないと解らないものですね。"ぶらり信兵衛・人情裏長屋"に出ていた頃の高橋さんの時代劇をもう一度見てみたいものです。人気ブログランキングへ
2009.06.21
数年前、一世を風靡したビリーズ・フートキャンプの生みの親、ビリー・ブランクスさんが、今は日本に住んで永住権を申請中とか・・・。昨日テレビを観ていてびっくりしました。日本人女性と結婚して、彼女の故郷かどうか知りませんが、大阪は茨木市辺りに住んでいらっしゃるそうです。近く、心斎橋に彼のスタジオがオープンするそうで、また新名所になりそうですね・・・。2人とも再婚同士で彼女の前の旦那さんとの間に生まれた2人の娘さんはえらい別嬪さんでたね。"なんぼで、なんぼ"という大阪限定の関西テレビの番組(因みに、メッセンジャーの黒田君のメイン司会)も、たまには、まともな事も放送するんですね・・・。中身は、まだまだぐだぐだ感で一杯ですが・・・。ビリーも私と同い年とか、DVDが全米だけで7,800万枚売れたとかで、お金は最早天文学的数字の如く入って来ているようです。でも、彼曰く、人を助ける事の出来るだけのお金を得る事が出来たの通り、奨学金や貧困国への学校建設の資金提供など、積極的にボランティア活動をしているようです。日本も税金をもっと安くして、個人のボランティア活動が出来易いようにした方が、お金も上手に使われるのかも知れませんね・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.21
最近、吉本の漫才コンビ、フジワラの2人を頻繁に見掛けるようになって来た。正直言って、彼らの何が受けるのか理解に苦しむのだが、陣内同様、長い事やってたもん勝ちかと思ってしまう。私が、生まれて初めてテレビのロケというものを体験したのは、もう10年以上前に、ちょっと間放送された掲題の番組である。何もわけの分からぬまま駆り出されて、なんばの"美園"というレストランの駐車場で先に言ったフジワラと二丁拳銃の2人と絡むシーンに出演したのが初めてである。体操のおじさんなどという設定で、何か良く分からないけれども、台本も何もない中、とことんアドリブで繋ぐ、ド素人には、理解不能のロケであった。前から好きではなかった、藤本くんに対しては、ロケの流れの中で、こう言い放ったものである。"今度は、そこの生意気な奴と勝負じゃ"と言った途端藤本くんは、"何で、生意気やってわかるねん"と鳩が豆鉄砲を食らったように唖然としていたのを憶えている。最後には、二丁拳銃の小堀のお母ちゃんが出てきて何時も通り、何がなんだか分からない調子で終わるという本当に今思い出しても気色悪い番組であった。ベース吉本に審査員で通った頃も、フジワラと陣内には、とことん辛口で通したものだから、途中でお呼びが掛からなくなってしまった。あの頃の連中が今では全国ネットで活躍しているけれども、未だに彼らの活躍のわけが分からない今日この頃である。人気ブログランキングへ
2009.06.19
昔から、自分に似た人間は、世の中に三人いるなどと言われておりますが、私もご多分に漏れず、その昔には、大阪朝日放送の乾竜介氏にそっくりと言われた時代がありました。毎日通う喫茶店のあるテナントビルのお掃除おばちゃんには、何時も六甲の竜ちゃんと言われていたものです。まあ、そんな事はどうでも良いのですが、今朝の通勤電車の中で、大学時代の同級生で友人だった奴と良く似た人を見かけました。そんな時、何時も思うのですが、自分が潜在的に何時も探しているから、そんなに似てもいない人間をそう思ってしまうのか、余りに長い事会っていないため、記憶が曖昧になってしまったかのか、本人なのか他人なのか判別し難い事が度々ありました。時の流れは人を変えてしまいますから、人によっては昔の面影を止めない人もいる事なので、最近は知り合いと出会う事など無いと言い聞かせてはいるのですが、出来得れば、そんな再会もしてみたいものです。ところで、最初の話で、乾竜介氏が担当だったABCラジオの1975年から暫く放送されていた、"おしゃべり横丁ABC"の初代お花ちゃんの唐川満知子さんの声は今もたまにラジオでお声を拝聴する事がありますが、あの頃は毎日この放送を聞いておりました。乾竜介さんも、今は退職なさって顧問などなさっているのですね・・・。道上洋三氏の人気(トラキチも手伝って)絶頂の頃でしたが、元々竜ちゃんはドラゴンズファンだった事もあって、ずっとファンでしたが、いつの間にか、ラジオもテレビからも姿を見掛けなくなってしまいました。東俳に所属している時、エキストラで駆り出されて度々朝日放送に行く機会があり、その時一度だけ玄関で同僚のアナウンサーさん達とご一緒の所をお見かけした位でしょうか・・・。今も、彼の声が、しっかりと脳裏に焼き付いております。 人気ブログランキングへ
2009.06.18
今日も今日の事とて、電車で大阪市内に集金に行って来ました。ハンカチ二枚が汗で濡れ雑巾のようになってしまいました。恐ろしい厚さです、電車の中には平然としている人が沢山見かけられましたが、冷血人間だったのでしょうか・・・。噴出す汗は一向に引かず、それこそサウナに閉じ込められたかのようでした。皆さんくれぐれも焼き豚にならないように注意して下さい。人気ブログランキングへ
2009.06.18
1年振りに歯医者に行って来ました。昨晩、アイス最中を食べていると、右の奥歯に強烈な痛みを感じ、暫く疼いてどうしようかと思いました。かなりの時間、痛みに耐えてやっとこさ治まったのですが、流石に恐ろしくなって久方振りの歯医者さんになったわけです。私のお口は、殆ど知覚過敏状態なので、まさかこの痛みが知覚過敏だとは思いませんでしたが、虫歯は無いという事で知覚過敏が進んでこうなったようです。知覚過敏を自力で治す方法は無い、と言うのが自論なものですから、どうするのかと思っていたら、やっぱり、当面は薬を塗って防御し、行く行くは、コーティングする位の治療しかないようです。調べてみても、完璧な治療法は無く、最近では、レーザー照射で治療するのが効果が上がる方法だと言う事です。皆さん、冷たい物を飲んだり食べたりすると歯がしみる事はありませんか・・・。放っておくと大変な事になりますよ・・・。早い内に歯医者さんで治療して、一刻も早く知覚過敏が進行しないように致しましょう。人気ブログランキングへ
2009.06.17
私が、この会社に来て(入社して)早10年の月日が流れようとしている。この会社に来た理由は、この会社が10年前に放漫経営により民事再生の申請を提出し、事実上の倒産に陥った時、大阪支店の社員が殆ど会社を離れ、たまたま支店長だった私の母のいとこに乞われた為である。乗り気のしなかった私ではあったが、前職も円満退社という形ではあったが、会社に嫌気が差して辞めていた私であったので、取り合えず入社して様子を見る事にしたのである。これまで、殆ど齧(かじ)った事の無い仕事であったため、最初の一ヶ月は、全く戦力にならず、会社に残った帳簿や資料を眺める事に終始していた。この会社のおかしな所は、経理担当の管理者も監査役もいない出先で出納係に等しい経理の女性一人に経理処理をやらせていた事である。如何に会社の経理というものを甘くみていたか、倒産の経緯が如何に杜撰であったかが伺い知れるものであった。入社した当初は、派遣の営業事務と経理事務の女性2人に前職の女性事務員さんが引き継ぎを行っていた。前職では、出納係に毛の生えたような経理事務を執っていたので、自然と営業、経理事務両面を見るようになった。ある日の事であった、前職の事務員さんの引継ぎが終わり、出納帳を付けていた派遣事務員さんから、此処の所修正ペンで訂正してあるのですが、訂正すると合わなくなるんですけれど・・・という訴えが私の所に回って来たのである。様々な資料や帳簿を眺めながら、かなりの胡散臭さを感じていた私は、すは、来たかという感じで、先ず出納帳の帳尻について遡って調べるように指示した。すると、遡るにつれて帳尻が何処まで行っても合わないのである。最初は、合わない少額の金銭を合わせ間違えたか、小さなごまかしがあった位に考えていたのだが、こうなると、売掛帳などの会計帳簿から通帳までを引っ繰り返して、貸借対照を調査しなければならなくなったのである。経理のプロではないので、貸し方、借り方の帳簿と悪戦苦闘しながら少しづつごまかしの手口が見えて来たのだが、何せ自信のない経理方なので、本当に自分のしている事が正しいのかどうか疑心暗鬼の状態で、最終的に5年を遡ってやっと事の始まりを突き止める事が出来たのである。私のざっとの調査で、この間に約2、200万円ものお金が何処かに消えていたのである。その後、半年経って、派遣の事務員さんに変わって、会計事務所で鍛えられた事務員さんがパートで来たのだが、私が、この件について相談し、協力を求めると、かなりご立腹で、最初何をそんなに怒っているのかが解らなかったのだが、プロだからこそ、そんな事がある分けないと思い込んでいたためだったらしい。その後、徹底的に調査した所、額は些か増えて2400万円である事が判明した。結局、経理の事務員さんの仕業であったのだが、会社では誰もが責任が自分に及ぶのを恐れて刑事事件にもせず、徹底した責任追及も成されず、数年間僅かづつ返済させた所で、決着を付けたらしい。調査に協力してくれた、事務員さんは、そんな会社の遣り方に怒り心頭で、その後長らくこの件がどうなったかについて私に正されたのであるが、私達当事者には、一切何の説明も無いままに闇に葬り去られたのである。これが、言わば日本的会社の遣り方で、我々は犯罪者を作れと言っているのではないが、いい加減な処理によって、その種の犯罪が後を絶たない大きな原因となっている事を憂えるものである。こんな仕事をしても、会社は有り難くどころか、逆に迷惑にさえ感じているような無反応を示している事が、この会社の将来の危さを感じる所以である。人気ブログランキングへ
2009.06.17
朝(あさ)だ 朝だよ 朝日がのぼる 空にまっ赤な 日がのぼるみんな元気で 元気で起きよ 朝はこころも からりと晴れるあなたも わたしも 君らも僕も ひとり残らず 起きよ朝だ朝だ 朝だよ 朝日がのぼる きょうも歓喜の 日がのぼるみんな明るく 明るく起きよ 朝はこころも からりと晴れるあなたも わたしも 君らも僕も ひとり残らず 起きよ 朝だ朝だ 朝だよ 朝日がのぼる まちに いなかに 日がのぼるみんな揃うて 揃うて 起きよ 朝はうれしい みどりの空だあなたも わたしも 君らも僕も ひとり残らず 起きよ 朝だ皆さんご存知のラジオ体操のオープニング曲、"朝だ元気で"の歌です。最近この曲が、何故だか自然に浮かんでくる事が多くなりました。小学生の頃だったと思いますが、良く歌わされたような気がします。昨日帰宅してから、何故かカミさんの態度の気分の悪い事と言ったらありません。確かに、今日は、先頃からお話している事故の罰金の支払期日であり、今朝、"今日70万円を払っておきますから"の一言を言った後、もっと早く帰れだの、身体の管理が悪いだの、こんな生活続けていたらおかしくなるだの、何もしてくれない会社に何の義理立てして仕事を抱えこまなあかんのなどと悪態のつき放題で、返す言葉も無く出勤して参りました。普段の彼女の奮闘振りには、誠に感謝致しておりますが、ある日突然悪態を見せる時の激しさと言ったらありません。全て、わたくしのせいなんでしょうけれど、何をどうして良いやら全く理解出来ないでおります。帰りが遅くなるのは、確かに仕事ばかりではありません。我家には、パソコンというものが無いので、ブログの更新やら、ネットのギャンブルサイトでの仮想投票やらで、お金の掛からぬ趣味を満足させているばかりなのですが・・・。それに、今は特に、電車通勤なので、出来るだけ遅めの空いた時間を見計らって電車に乗りたいというのもあって帰宅時間は、10時~11時の間になっています。お互い年も年なので、私が早く帰った所で何という事はないと思うのですが・・・。晩御飯を作るのが鬱陶しいのなら別に作らなくても良いとは思うのですが、基本的に家で食べる事を旨としている私には、とても怖くて言えませんが・・・。兎に角、ここの所、益々女性の気持とやらが理解出来ず重たい気分の続く今日この頃であります。人気ブログランキングへ
2009.06.17
"ああ、若き者達よ"杉谷瑠璃子は、少女の頃父親を亡くし、母の手ひとつで育てられたも同然であった。そんな彼女は、思春期を迎える頃になると、学校へも行かず毎日街を徘徊するような生活を送るようになる。母に対する懺悔の気持は持ちながらも、自らの運命を呪い気持とは裏腹に、母に辛く当るのである。そんな彼女が、16歳になり高校には何とか入学しものの相変わらず、不登校が続き、高校も退学になって、街を徘徊していた時、馴染みの喫茶店のマスターから、何もする事が無ければ、うちで働いてみたらどうかと勧められた。働く事が嫌ではなかった瑠璃子は、次の日からウエイトレスとして働き出した。そんな毎日を繰り返す内、中山高志と知り合い、19歳の時に結婚する事になった。高志は、車には拘りがあるものの、それに見合う仕事の出来る人間ではなかったが、それでも2人の子供が生まれるまでは、何とか平穏な日々が続いて行った。瑠璃子は、ひとりで育ててくれた母の生活を助けるために子供達が保育園に行く頃になると働きに出る事にした。然しながら、高志の稼ぎは、一向に増えるわけでもなく、保育園の支払、車の支払、その他の生活費に追いまくられるばかりで、生活はいよいよ困窮を極める事になる。そんな折、今度は、高志が国産車ながら高級ワンボックスカーを欲しがり、300万円を越えるような車を購入する事になった。高給サラリーマンでも躊躇する位の車である。年収250万円足らずの人間に維持出来るような車ではない。生活は、益々困窮の度合いを極めて行った。世の中のお母さん達、幾ら最愛の旦那さんが、決めたら梃子でも動かぬ人間だとしても、こんな我儘許せるでしょうか・・・。収入の少ないのは、恥ずべき事ではありませんが、家族や自分達の将来を考えれば、意地を通す所が間違っていると思いますが・・・どうなんでしょうね。人気ブログランキングへ
2009.06.16
昨晩、テレビで紳助のプロデュース番組を観ていると相変わらずの暴君振りを発揮していた。最近、本当に食傷気味である。その番組の中で、ふっと"さんま"の話題が紳助の口を突いて出た時、ちょっと思った事がある。厳密に言えば、確かにABO式血液型で人を区分、判別するのには無理があるのかも知れない。然しながら、互いが混ざり合わない血液の型を持っているというのは、そこには、かなり大きな人間を区別する要因が含まれているような気がする。そこで、昨晩、紳助がさんまに言ったという話をもとに血液型の違いによる人間性の比較をしてみようと思う。先ず、紳助曰く、あれだけ親しい間柄でも、仕事場が一緒になった時、さんまから紳助を訪ねて来る事は無いので、必ず自分が出向く事になると言うのである。B型人間は、しばしば勝手、気侭、我儘、マイペースと言われる通り、かなり孤独好き、一人好きな人間が多いような気がする。"来る者は拒まず、去る者は追わず"のスタイルが、この型の主義というより、自然体なような気がする。だから、来る者をとことん嫌がりはしないが、と言って自分から追いかける事もしない。基本的に不器用な人間なので、何でもかんでも出来る人間ではないので、ひとつの事に固執して、趣味も無く仕事が趣味の人間が多い。紳助は言う、飲んだり食ったりする事で使うお金なんてたかが知れている、だから"さんま"は阿呆ほどお金を貯めているだろう、我々も、もう53、4やで、お金持って死ねるわけじゃないので、新しい事にお金使って楽しまなあかんで・・・と言ったらしいのである。B型人間、結構お金には無頓着で、浪費家というのではないが、後先考えずに使う事も、全く使わない事もある。紳助は、AB型という事も手伝って、結構器用で、何でも出来る派である。興味も、好奇心も旺盛で、なんにでもチャレンジしてものにしている。自分の才能に酔う帰来さえある。自分の生活もオープンにし、それさえも自分のステータスにしてしまう。一方、さんまは、これだけ有名で、知らぬ者が居ない程人気を博しているにも関わらず、彼の本当の生活に関しては、謎だらけである。高倉健氏、緒形拳氏、渡哲也氏、高橋英樹氏、青木功氏、長嶋茂雄氏、イチロー氏など、錚々たる顔ぶれが並んでいるものの皆さん、ある意味無骨で、一本気な人々ばかりである。さんまに向かって、もっと人生楽しまな・・・と言うのは、例えば、高倉健氏に映画ばっかりやってんと、長嶋氏に野球ばっかりやってんと、他の事でもっと楽しまなあきまへんで・・・と言うのと同じ事である。B型人間は、元々ひとり生活の孤独感を楽しむ帰来があるので、家庭生活に向かない傾向がある。また、孤独に耐えられるからこそ、一発勝負や孤高の立場に君臨する事が出来るのではないだろうか・・・。自分の素の姿を公に見せたがらないのではなく、自ら公開しようとせず、来れば公開もするでしょうが、何せ拘りのある人間ですから、容易に近づけないというのもあるんでしょうね・・・。そんなわけで、何か陰でこそこそしている感の拭えないB型人間の習性でありました。 人気ブログランキングへ
2009.06.16
Good Morning Everybody , How Are You Today ?少々疲れております。連日の電車通勤で身体は慣れて来ましたが、精神的にお疲れモードであります。電車通勤が日常になっている皆様には、何を言っているのか分からないかも知れませんが、電車通勤の人込みは私に大きなストレスを与えてくれます。人込みが大嫌いな私は、電車、乗り物には酔わなくても、人に酔ってしまうようで、暮らすと言う意味では、都会暮らしをしているのが不思議なくらいです。今日も電車の扉の入口のサイドを確保しながら、立ち通しで、外の景色を眺めながら、考えていました。都会の人間だけではないかも知れませんが、朝の早くから何で、こんなに沢山の人間が、何を求めて、混雑する電車にストレスを感じながら猛然と会社や作業場に向かわねばならないのだろうと・・・。衣食住殆ど事足りている日本で、こんなにも多くの人間が早朝からあくせくせねば、動かぬ日本でもあるまいに・・・と不思議な気分になったものです。そして、何で田舎暮らしを捨てて都会暮らしを選択しているのかの疑問についても、朧げながら分かったような気がしました。高校を卒業し、地元の大学に進学して、今頃田舎暮らしをしていたなら、都会での多くの躓(つまず)きにも遭わず、悠々とした生活を送っていたかも知れません。世の中の多くの問題にも特に関心を払う事も無く、今のように心を掻き乱す事も無く、平穏な心を保って生きていたのかも知れません。でも、世の中には、必ずそれを邪魔する者が現れるのですが・・・。それでも、都会の日々何かの問題を含有する社会に比べれば、田舎のほのぼのとした生活は、ずっと安らかで、穏やかな暮らしを齎(もたら)してくれたでしょう。地方の田舎町で、路上生活やテント生活をする人々は見かけませんし、人と人とのネットワークが未だ緊密な地方では、周りが放っておかないでしょう・・・。でも、それは、小さな村社会の出来事を解決するに過ぎずもっと大きなグローバルな問題として見た時に、解決する手段としては、対処できないものがあります。都会を目指す人々が、全て夢を求めて田舎を捨てたわけでは無く、私のように、世界に近い、情報量の多いというだけの理由で都会を目指した人も多い事だろうと思います。然しながら、圧倒的な人間社会の抱く矛盾や不条理に押し潰され、日々の暮らしを暗澹たる気持で送っている人が殆どなんであろうとお察し致します。制汗剤や消臭剤、香水やニンニク臭、口臭や加齢臭の充満する車内で、鼻の効く者にとっては、地獄の苦しみを味わいながら通勤するのも後2週間、開放の日が来るのを数えつつ通勤地獄を耐えて参りたいと思います。 人気ブログランキングへ
2009.06.16
朝から気分の悪い電話が来てしまった。会社で契約している保険屋からの要件済みの電話にまたまた熱くなってしまった。物損(車の修理)が終わったので、逐次人身の治療終了を待って示談の締結の流れになって行くだろうとの事であった。ずっと私個人には、補償交渉についての進展具合が伝えられていなかったので、別に私が気にする事もないらしいのだが、私の責任で多方面に迷惑を掛けているのだから、そうもいかないのである。保険屋に言わせれば、私が過失割合を100:0を認めたため交渉(言いたい事もいえない)がスムーズに進まないと言うのである。何で、最初にその事を言ってくれなかったのだという苛立ちと、好きなように言って来る相手の言い分が見えない分、余計に私の神経は逆撫でされるのである。最初に行った医者は、薮医者だったのだろうか、レントゲンまでとって、しっかりと診断した結果が、全治1週間次に診察に行った先での診断結果は、全治1ヵ月、この差は一体何だったのだろうか・・・。頚椎損傷や、鞭打ちがあったのなら当然こちらも理解しないではないが、肋骨骨折の診断などどうとでも書き換え可能ではないかと、疑いたくもなるのである。増して、私の側面に正面からぶつかって来たにしてはエアバッグも開かず怪我をしたというのも全く解せぬ事である。兎に角、警察と被害者面した相手、検察に、寄って集って加害者に仕立て上げられた感が否めないのである。 人気ブログランキングへ
2009.06.15
さて、皆様、今回の交通事故で得たわたくしの体験をもとに、何時遭うとも分からない、交通事故未体験の皆様に、万一交通事故に遭遇した時の対応についてレクチャーして置きたいと思います。まず、第一に決してお人好しになってはいけないと言う事です。事故に遭遇した時は、必ず、周りにいる人間は全て敵だと思って行動しなければなりません。特に、警察官の甘言には絶対乗らない事、どんなに自分に落ち度があっても、素振りも見せない位、自分の正しさを主張致しましょう。交通事故は、交通戦争と言われる通り、戦場での命の遣り取りだと思って下さい。まず、一歩でも身を引いた方の負けになりますから、たとえ検察、司法と戦う事になっても、自己の主張を曲げてはなりません。そして、保険屋との連携をしっかり取って、必ず、交渉前の自分と相手との間合いを情報として熟知しておきましょう。そうしなければ、保険屋は民事だからなどと簡単に考えて放っておくと、刑事事案について不利な立場になっている事に気付かないまま、罰を受ける事になります。たとえどんなに揉めたとしても、その時に覚悟を決めて対決の姿勢を取っておかないと、ずるずると犯人の如き扱いを受ける事になります。推論、推測で言われた事は、きっぱり否定するか、どんなに自分を自分で悪人のように感じても、自分に有利になるよう発言しておかなければなりません。即ち、私に対して回答をして頂いた方々の意見を総合すると、交通事故事案にかんする処理については、全てテクニックの優った方が勝利する、と言う事です。世間の常識に鑑みて、自分が良い人になろうとすれば、たとえどんな重罪に処せられても"良し"とする覚悟の上で、そうして下さい。少なからず、事故直後は、誰もが動揺して、正常な判断がつかないのが、当然の事であります。でも、ひとつだけ確かな事が言えるのは、全くの確信犯でない以上、自分は絶対良い人ではなく、言い換えれば悪人を上手に演じる最高の役者であると自分に言い聞かせる事です。特に大阪で交通事故事案で揉める事の多い原因が、やっと理解出来ました。それは、警察官の怠慢と、警察の検察への点数稼ぎから、文句を言いそうに無い人間を"ねぎを背負って来たカモ"の如く、言葉巧みに誘き寄せ、罠に掛けてカモ鍋にしてしまうからなのであります。善良な大阪府民の皆さん、所謂、警察と検察は吊るんで力なき庶民を痛め付けるのであります。加害者に対してのやたらに賠償交渉としての訴訟事案が多いのはそのためであります。先程、全くの確信犯でない以上と申し上げましたのは、誰にでもミスや過誤はありますが、飲酒運転や意識的な信号無視、暴走行為は、確信犯であります。正常に運転していても、起る時には、起るのが事故であります。そういう時に起きる事故は、よっぽどな事が無い限り死亡事故などに繋がる重大事故にはならないのであります。今後とも、皆様が安全運転に努められ、事故の無い生涯を送られん事を祈願致します。人気ブログランキングへ
2009.06.15
最近、年を取ったせいか、やたら死とか故郷とか、人の安らぎとかが気になる今日この頃です。今日も、プロレスラーの二代目タイガーマスクであった三沢光晴氏が急逝したとの報道が流れております。ジャイアント馬場、アントニオ猪木、豊登、グレート東郷世代の私達には、かなり後のプロレスヒーローですがやっぱり男の子ですから、情報位は耳に入っておりました。まだ、47才という事で、私よりも7つも若かったんですね・・・。いくら仕事上の事とは言え、事故で亡くなるなど、本人も全く予期していなかった事とて、無念だったと思います。男の子なら誰でも、未知の世界への憧れ、まだ見ぬ太洋への夢を胸に大都会に大きな希望を抱いた昔があったように、文明開化覚めやらぬ頃の詩人達もまた、見果てぬ夢を追いかけて、夢破れ、悲嘆の内に社会への恨み辛みを詩にして詠んだ事が、詩人という思いも寄らない道に迷い込んだのでしょう。そんな、大多数の庶民たる昔の夢多き少年達の想いが詰まった詩を書いてみました。彼の有名な室生犀星の"ふるさと"です。写真なのでぼやけていて申し訳けありません。でも、アラが見えなくて助かりますが・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.14
おはようございます。先日、既にお話しました通り、交通事故に係る検察庁からの判決書類が来ておりましたので、当然と言えば、当然の事ですが、昨日帰宅すると、罰金70万円の納付書が届いておりました。やはり、今でも納得が行かず、もやもやとした複雑な気持で一杯であります。信長になれるものなら、根絶やしにしたい位、怒りで打ち震えております。どうも、この日本の司法に関わる問題は、一般庶民が、何処にどのように疑問や異議をぶつければ良いのかはっきりしないのも問題がありそうです。右から左に、意図も容易く流れ作業のように扱われる事件事故の事案に関して、市民ももっと関心を払わねばならぬと痛感した次第です。皆さん、何時明日は我が身かも知れません、当事者になった時は、必ず軽く考えず、思いっきり揉める位の気持で臨みましょう。警察、検察は、庶民の敵だと思って間違いないと言えますから・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.12
久しぶりです。3日間ばかり九州に出張して参りました。鳥栖とその周辺という相変わらずのお客様訪問で些か飽きが来ております。如何に我が社がつまらない会社かが伺い知れます。当然、そう言ってる張本人も含めての話ですが・・・。ところで、栃木女児殺害事件の冤罪がやっと晴れて菅家さんも17年振りに解放(釈放はおかしい)されたわけですが、警察、検察、裁判所が如何にいい加減なものかを露呈してしまいましたね・・・。他にも沢山の冤罪らしき裁判が犇(ひしめ)いておりますが、今更責任を取るの取らないのは、それこそおかしな話で、責任はとうの昔に放棄しているのですからむしろ、ここまで裁判を引っ張って、真犯人をけざむざ無罪放免同然にした方々を重罪に処さなければ、責任の所在が消えてしまいます。もう充分前から菅家氏が犯人ではない事は必然でもあった訳ですから、真犯人捜査を一切やっていないも怠慢中の怠慢であり、真犯人の変わりに担当判事検察官、警察官が真犯人の罪を被っても良い位だと思います。市民の安全と権利を守るとは、どの口が言わせるのか知りませんが、彼らのやっている事は、国民を見たら犯罪者と思えの如き権力の乱用であります。大体、司法に携わる連中の何と不祥事、犯罪の多い事でしょう。あんな人々に市民生活の安全と平穏なぞ守れるのでしょうか・・・。身内に警察官や司法関係者がおられたら、誠に申し訳けありませんが、真犯人が見つからない時は、司法関係者の身内を当れこそ、真実では無いかと思う位、日本の司法関係機関は腐っております。最近、やたらと迷宮入りの凶悪犯罪が増えておりますが、私は、それらの多くが警察、検察、司法、そして政治家関連の身内の犯罪ではないか・・・と疑っております。政治も腐り、司法も腐り、立法府も腐ったのでは、国民の生活は、お先真っ暗でありんす・・・。警察官には・・・と仰る方々もいらっしゃるでしょうが、言わば、我々市民と同類の警察官を権力乱用の徒は呼べないのであります。彼らは、言ってみれば、上級官僚からしてみれば、岡引同然の虫けらに過ぎませんから、彼らが権力行使などを考えれば、即刻打ち首に等しい処分が待っております。日本の市民は、永久に江戸時代以来の庶民として国家権力に怯えて生きる野鼠の如き身分を逃れられる事は出来ないのであります。人気ブログランキングへ
2009.06.11
私が、故郷島根を後にして、神戸に出てきたのは、もう24年も前の事である。それから幾度もの転居を繰り返し、今は、大阪の八尾、と言っても広いのだが、生駒山麓の片隅に仮住まいしている。関西に出てきて、この地で住まいする事が一番長くなってしまった。昔、阪神間で行ったり来たりしている頃は、友人の多くが神戸に住まいしている事もあって、大阪の南部や東部には、全く興味もなく、知りたくも無かった位である。現在の仕事に就く前の大阪市東部中央市場に職を得たのを機会に大阪東部に住まいする事が必然となってしまった。そんなわけで、八尾に住んでから随分長い年月が過ぎたのだが、仕事と家の往復のみの生活に明け暮れていたので、住まいは本当に寝るだけの家となっていて、八尾の街については、今以って何も知らない事だらけである。今度、免停の処分を受けたのを機会に、電車通勤せざるを得なくなり、歩く機会も増えたので、ちょっとは八尾の街を探索してみようなどと考えている。と言う訳で、取り敢えず、今週の日曜日に八尾駅から自宅まで歩いた道すがらの風景をアップしてみました。山本高校から玉串川を隔てて、東側の鬱蒼とした樹木の生い茂る森は、平安時代よりも前にこの地を治めた物部氏系の豪族三野連が祀られている御野県主神社です。住宅地の一角にあり、外からは見えない所にあるため、殆ど知る人はいないのではと思われます。次の写真は、神社の近くを流れる恩智川です。お世辞にも綺麗な川とは言えない川でしたが、ここ数年で、見違えるような川になりました。橋から川を眺めていると、体調70cmを超えそうな鯉が悠然と泳いでいます。雨上がりの日など、何十匹という鯉が遡上してたのを目撃しました。最後は、御野県主神社にある御野県主池です。森は、鷺の繁殖地となっており、この池は、鴛鴦が仲良く夫婦で寄り添って泳いでおりました。中ほどの島には、無数の亀が日向ぼっこをしております。一度訪ねて見て下さい。 人気ブログランキングへ
2009.06.09
昨晩放送の朝日放送(大阪ローカル)のクイズ紳助くんをご覧になった方々には、私の言わんとする意味がおぼろげながら解って頂けたのでは無いかと思います。紳助氏の顔の相を一見しただけで、彼の最近の言動が、如何に危さを秘めているか感じた方もあったのではと思います。兎に角、余りにも手を広げ過ぎ、自分が何をやろうとしているのか、何がやりたいのか、キャパオーバーの状態で頭の中が混乱しているのが見て取れ、そして今の自分の姿さえ見失っているかのようで、死神にでもとり憑かれたかのように死相みたいなものが漂っていたのを感じたのは私だけだったでしょうか・・・。昨日の放送中にも、回答者を容赦なく馬鹿にして罵倒する彼の姿は、駆け出しの頃の彼の横柄な口の利き方の中にもはっきりと感じられた謙遜、謹みの欠片さえ感じられなくなっていました。恐らく、今後の彼の冠番組の中で、彼は、そんな自分の失敗を、今度は人のせいにして自分の正当性を語って行くのでしょう。傍若無人とは、今の彼の事を言うのでしょうか・・・。兎に角、今までの悪辣な遣り方で芸能界を牛耳り、抵抗力の無い若者を食い物にして来たあくどい大人達と同じ道を歩まぬように初心に立ち返って欲しいものです。彼の言動の中にも、聞く者が聞けばおかしい言動は多々あり、こんな事も知らないのという場面も相当数あるわけですから、彼をスーパーマンと思わずにぶつかるべきはぶつかって貰いたいものです。人気ブログランキングへ
2009.06.09
世の中で、徹底的に馬鹿と呼ばれ、馬鹿扱いされて生きる男の辛い気持を考えた事がありますか・・・。誰もそうは思っていないと言っても、宣伝文句が一人歩きすれば、世の中の人は、それを彼の、彼らの評価として認知する。会社の中で怒鳴られ、阿呆、ボケ、スカタン、馬鹿野郎と罵られ、それでも生きて行かねばならない男の哀しさを、貴女は考えた事がありますか・・・。社会に於いて、馬鹿呼ばわりされるのは、或る意味人格の否定である。利口な人間など存在しない世の中で、馬鹿に思い切り馬鹿と罵られるのは、人間にとって耐え難き苦痛である。嘘か誠か、ユニット"羞恥心"の解散の噂が流れた頃、ユニットの主体たる上地雄輔君が、馬鹿じゃないのに馬鹿と言われ続けるのは嫌だと言って、辞める意思を示したらしいとの情報が流れた。それに対し、ユニットの生みの親である島田紳助氏が、彼に"お前何を勘違いしとんのじゃ"と恫喝したとの噂まで流れたのである。彼の事であるから、このフレーズは、テレビの到る所で流されているので、まんざら全く火の無い所の煙ではなさそうな気もするが、彼の言ってる事は、筋が通っているのである。なぜなら、紳助氏の助言、手腕、力無くして、このユニットは存在していなかったからである。彼が面白がって、また、真に親切心から、このユニットを立ち上げる決心をしたとしたなら、彼は、本当の責任の取り方として、このお馬鹿キャラの三人が、ある日を境に馬鹿から聡明なキャラに大変身を遂げるような、自尊心、自我、アイデンティティを取り戻す必要があると私は思うのである。もし、彼らがこのまま紳助氏の口車に乗って、彼の意のままに将来ずっと生きて行かなければならないとしたら、これは彼らにとってこの上ない不幸であると断ずるものである。つまり、妾タレントの風評を逃れない意味に於いて、必ず彼らは、一度彼との繋がりを切り離し、自分自身の道を自ら決定する独歩の意気を示さなければ、男としての一人立ちの道も自らのアイデンティティも取り戻す事は出来なくなってしまうであろう。全国何千万のファンの皆様、彼らを本当に思う気持ちがあるならば、彼らにとって賢明な道が何なのかを彼らに示すべきだと考えますが、如何でしょうか・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.08
皆様、ごきげんよう・・・。最近、島田紳助氏のテレビ露出が際立っていますね。仲良しの、明石家さんま氏よりも最近では、露出度、注目度が随分優っているような気がします。彼ら2人の性格と手法の違いと言えばそれまでなのですが・・・。さんま氏の自分の身の回りのどうにもならない人間の可愛がり方に比べ、紳助氏の世界に訴えるような、或意味政治的な匂いのする手法は、全く同年代として生まれ生きて来た私達にとっては、考えさせられるものが沢山あります。あくまでも人間の日常生活を笑いで誤魔化して生きようとするさんま氏に対して、その本質を鋭く抉って、何とか人間にメッセージを送ろうとする紳助氏との間には、大きな生き方の相異を見てしまいます。しかし、最近の紳助氏の度を越えたテレビでの自己アピール、権力の振るい方は、見ていて危いものを感じてしまいます。彼の信念も解らぬではありませんが、一度の成功に味をしめ、2番煎じ、3番煎じと本質を忘れた薄っぺらい成功に満足した下世話な人間に堕ちなければ良いがと案じられます。此度の新撰組の企画にしても、又しても、何となく生きて来た若者を何の前提もないままに必ずスターにすると断言する思い上がりようは、羞恥心、Paboの時と同じ過ちを犯さねば良いがと危惧する所です。仮に、彼の信念が本質的なものであるとするならば、羞恥心メンバーの上地雄輔君が、一時期悩んでいた通り何でズブの素人の自分がいきなり脚光浴び、やりたくも無い仕事をしているのか・・・。それと、どっちにしても、プロとは言えない、その辺のプー太郎に近い少年少女達を自らがやんちゃだったからと言う理由だけでスターダムに乗せて行くというのは、何処か無理がありはしないだろうか・・・。彼が本来求めるものは、それこそプロを目指し懸命に頑張って、実力もスター性も秘めながらチャンスだけに恵まれない本物のプロを育てる事では無かったのではないだろうか・・・。その点に関しては、さんま氏の方が、プロ根性、プロ魂に厳しい分、何でもかんでも良しとしない、自己責任に重きを置く分、素人受けしないかも知れない。何れにしても、彼らの年代の大人は、比較的優しく良心的なので、勘違いをして、本当の芸能界の恐ろしさを知らないままに順応出来ずに堕ちて行く人間がいる事も考えておかなければならないだろう。その時に本当の責任というものに気付く事にならねば良いが、と案じられてならないのである。もう一度、しっかりと自分の足元を見つめ直して欲しいものである。 人気ブログランキングへ
2009.06.08
きょうは、久しぶりに、電車の中で、27年前に別れた息子の事を考えてしまいました。私が前妻と別れたのは、今から27年前の12月です。息子が生まれた11月5日から1ヵ月後位だったでしょうか。調停離婚という事もあり、正式な年月日など知りもしないままに離婚は成立したようです。あれから27年、片時も彼の事を思わない日はありませんでした。会わせたくないという前妻の言葉通り、今日まで会わずに過ごして来ましたが、人の子の親として、一日たりとも彼の姿を何処かで探している自分に哀れを感じて生きて来ました。子供だけが欲しいと言って憚らなかった私に、前妻の最後の一言(子供だけが欲しかったんでしょ)を、今も鮮明に憶えております。そんな私にとって、子供と引き裂かれるという事は、此の世が終わってしまう程に辛い事実でもありました。数ヶ月の間は、何時も薬局の前に立ち、どうやって睡眠薬を手に入れようかと考えておりました。私自身も両親の離婚によって3歳の時から父親とは別れ、今日に到るまで、父親に会った事はありません。ただ、私が20才になった春休みに、私は意を決して、父親の仕事場のある建設省の工事現場のある街に向かったものです。国道維持出張所に立ち寄り、姓名を告げ、父親の名を告げて尋ねると、現場事務所に電話を入れて下さり、父親を電話口に出して頂きました。○○ですが解りますか・・・という私の声に、父親は一瞬面食らったかのような躊躇を示しましたが、直ぐに、お昼時だったので、飯は食べたのかと聞き返して来ました。常に人の心を読む癖の付いてしまった私は、父親のちょっとした動揺を感じ、はい、食べていませんが、お忙しかったら、別に構いませんからと言って、今日はこのまま帰りますと返事をして、家路につきました。その間の遣り取り数分だったでしょうか、私達の事よりも、その時周りにいた人達の反応がやけに気になったものです。そんな昔を思い出し、そう言えば、私と息子との間には、今日に到るまで、そんな事の欠片も無かったんだな、などと深い感慨が呼び起こされたものでした。親子であるなら、何かの縁があるなら、何時か何処かで偶然の出会いがあるかも、などと今日の今日まで現実は小説よりも奇なり、などという言葉をあてにして生きて参りましたが、そのような事は、起るそぶりもありません。世の中には、もっと複雑怪奇なご経験のある方もございましょうが、親子三代に渡って離婚による生き別れを経験した家族も珍しいのかも知れません。何時か何処かで会える日を楽しみに生きて参りたいと思います。人気ブログランキングへ
2009.06.05
みなさん、おはようございます。今日は、朝から憂鬱な気分で仕事に臨んでおります。昨日、帰宅すると、それは、卓袱台の下に無造作に置かれていました。一見して、やっと来たかと思ったものです。半分壊れた状態が昨晩より続いているので、カミさんは些か心配しておりました。来ていたのは、大阪地方裁判所堺支部から来た交通事故事案に関する略式命令書でありました。副検事が申していたように、罰金70万円なりに処するという内容であります。70万円上等じゃありませんか、支払う方にとって不足の無い金額であります。だが、しかし、ちょっと待てよ、刑事訴訟法に縁のない我々庶民にとって、3月16日に起った事故に関して、6月1日改正の道交法を当てる事、そして、元々、行政処分も罰則も生じる筈の無かった事故事案がこうも極端に変わってしまうこと自体、私には到底承服しかねるものがあるのです。行政処分も罰則も甘んじてお受け致しましょうという気持から何ならとことん出る所に出て決着付けようかと思わせる位事務的処理に基いて出された判決に、今は、怒り心頭であります。保険会社の担当と話をすると、大阪くらいちょっとした事故でも揉めない地方は無いそうであります。何処からか、知恵を付ける人間が出てきて、必ず些細な金額でも何とか取ってやろうとする輩の何と多いことか・・・。ということでした。因みに、痛くないのに何時までもイタイイタイ病を装うのは、四国が多いそうです。まあ、そんな民事関係の事は保険屋に任せておけば良いのですが、問題は、刑訴法に関する問題です。私は、自分の過失を認め、事故処理が速やかに解決されるべく、敢えて相手の落ち度を指摘せず、車も言いたい放題に修理し、病院への通院も、気が済むまでと言っているにも拘らず、3~4日するといきなり全治1ヵ月の診断書を出して来る、それでも相手を思えばこそ、それは誠に申し訳けない、完治するまで充分療養して頂きたいと言ってある。その結果が、轢き逃げ犯と同罪と言わんばかりの処分とは、一体どういうこっちゃ・・・お前ら、実際の事故見たんかいと怒鳴ってやりたくなる。こっちからは、全く確認出来ない障害物の陰から、然もノーブレーキで右折してぶつけて来た運転手は、明らかに前方不注意交差点の安全確認義務違反等々の落ち度が無いとは言わせませんで・・・。私は、事故を誘引した事への反省で、自分が悔しく情けないと思う状況から、処分を受ける事に何も文句を言うつもりは無いが、此処まで来ると、信義の問題である。ぶつけられて、痛い思いをしたのは、こっちの方が、よっぽど痛かったのであり、エアバッグも開かない欠陥、整備不良車に乗っていたのは、何処のどいつじゃと言ってやりたい。衝突した時は、私の真横から私に向かって突っ込んで来たのだから、一瞬死んだと思い、恐怖に慄いたのは、こっちの方である。カミさんは、罰金を払ってお終いにして、二度とこんな事が起らないようにと思っているらしいが、当事者は長年運転経験を積んだ強者であり、事故が何故起るかは、充分熟知しているのであるから、私が相手方だったら、絶対事故になっていなかったと言う自負もあるのである。安全運転とは、絶対と思わない気遣い、かもしれないと思う、疑いの神経を何時も研ぎ澄まして運転する事である。だからこそ、信号を看過したかも知れない自分のその時の運転心理について、深く反省しているのである。愚痴と思われて結構です、何か言わずば爆発しそうで・・・。人気ブログランキングへどうも有難うございました。
2009.06.04
皆様、こんばんわ・・・。昨日、今日と、2日間、みっちりと運転免許センターで免停60日を30日短縮すべく講習を受けて参りました。この2日間で感じた様々な事を書き綴ってみたいと思います。まず最初に、自身の足とも言うべき運転免許証を奪われ、当初は流石にへこみ、鬱とうしい思いで一杯でした。昨日の初日は、朝10時からという事もあり、8時頃の電車で行く事にしました。車ばかりの頃は、駅までの距離が大層長く感じられたものですが、実際歩いてみると、高々500m程のすぐそこ位の距離に感じられたものです。通勤時間帯という事もあり、かなりキュウキュウの混雑を予想していましたが、思ったほどのものではありませんでした。但し、準急を避け各駅停車に乗り込んだせいもあるのでしょうが・・・。それでも9時頃には着いたため、講習を受けるまでは、随分待たされました。今回の60日の停止処分の講習受講者は17人程で、比較的少なかったようです。待ち時間の間、処分を受けた人々(30日~色々)の様子を観察していると、実に様々な人間がおり、様々な人間模様を感じる事が出来ました。私のように最初から国家権力、体制に批判的な人間は、この社会で生きている以上、処分を受ける事についての事実は、まな板の鯉の如き気持で受入ておりますから、最早、この事実については、何も言うつもりは無いのですが、実際この社会を肯定し、何とか上手に泳いで旨い汁を吸おうと企んでいる人間の往生際の悪い事といったらありません。やけになって、そこらに八つ当たりしてもどうにもならないのですから、心静かに裁きを受け入れた方が、よっぽどすっきりすると言うものだと思うのですが・・・。こういう人々と同じ場に立って講習を受けるのかと思うと、何か、暗澹たる思いに駆られました。私にも言い分が無いわけではなく、言いたい事は山程ありましたが、処分を受け入れた上で、その信義について、どうしても確認すべき事があったのです。その事は、これまで一杯言ってきたので、ここでは言いませんが、今日は流石に、担当の警察官に思い切り思いの丈のほんのちょっとをぶつけて来ました。講習自体は、何時も思うのですが、結構たまに受けてみるのは良いものだと感じました。この6月1日から道交法も一部改正となって、色んな事が、厳しくなっております。皆さんも一度確認されておいた方が良いと思います。今までは、飲酒運転でも比較的公序良俗に照らせば、処分の内容が軽かったのですが、これからは、そうはいきませんし、轢き逃げなどに関しても同じように重罪扱いとなります。帰り道では、歩く隙間の無い程のラッシュを感じながら、ふと口を突いて出た言葉が、" オヤジ達の失敗だな "というものでした。団塊の世代が築いた、現今の社会は、あれだけ学生運動や労働運動に明け暮れた割には、その事が何も生かされず、毎日を同じ時間に余裕も無く、同じように、働き蟻の如き生活に追いまくられ搾取され続ける庶民生活だったのです。世界で第2位の経済大国の本当の姿は、やはり一部の人間が、多くのお人好し庶民から血税を絞り取り、その上、お人好し庶民が、騙しの手口を見抜けぬままに騙され、搾取を受入続ける歪んだ社会なのでした。久しぶりに電車を使ってみて、発見出来た事が山程ありました。今では、メタボ解消のためにも電車通勤を有り難く思えますし、足を授けてくれた神様に感謝する気持も芽生えました。この1ヵ月とは言わず、暫く頑張ってみようと思います。 人気ブログランキングへ
2009.06.03
今の心を文字にしてみました。人気ブログランキングへ
2009.06.01
何の意味もありません。仕事中、何となくドコサヘキサ塩酸の名前が浮かび上がったと思ったら、こんな風になっていました。いよいよ、今日の帰宅時から電車通勤が始まります。と言う訳で、明日、明後日と運転免許試験場にて、みっちり2日間の講習を受けて参ります。本当に辛いのう~・・・。それでも一ヶ月は車に乗る事も出来ず、仕事にも支障を来たす事態です。天国から地獄へ突き落としてくれた皆様、今後何も無ければ良いのですが・・・。恨み言をいっても仕方ないので、ぼちぼちやって行こうと思います。今日は、一日遅れでヤンママさんからショートケーキの誕生日プレゼントを頂きました。本当、こんなプレゼントが一番嬉しいです。もう何も要らない私にとって、頂き物は非常に困りますこれ以上贅沢はしたくありません。それ位なら、皆さん自分のために役立てて頂きたいと思っております。そして、尚且つ、有り余るものがあるならば、恵まれない人々への浄財として頂きたいと思います。兎に角、全ての人々に、公平に幸福が訪れますように願っております。この2日間、更新は極めて難しいと思われますので、そこんとこ、よろしくお願い致します。人気ブログランキングへ
2009.06.01
皆さん、おはようございます。久しぶりにスカッとした青空に太陽が眩しく輝いています。でも、この天気も余りもたないとか・・・。明日から、岡に上がった河童になる私にとっては、この梅雨の6月が空梅雨(農業関係者様ごめんなさい)であってくれればと願う、今日この頃です。さて、今朝は、何気なく読んだ日下公人という人のコラムを読んで感じた事を書いてみようと思います。この人は、国際金融に長けた方で、日本長期信用銀行の取締役でもあり、チャンネル桜をバックアップするかなり右寄りな人物である。別に右か左かは問題では無いが、私としては、お互いが一方的な主義主張を繰り返す議論は嫌いである。その事は、ひとまず置いといて、彼のコラムに興味深い物があったので紹介しようと思う。現在日本の国民総生産は、約500兆円で世界第2位の規模を誇っている。そして、日下氏の言われる如く、対外貸付残高も約500兆円程あるらしい。彼曰く、もし、債務国が年利10%でも払ってくれたら日本国民は働かなくても食べて行けるし、税金など払わなくても良い事になるだろうと・・・。そして、債権の返済を履行出来ない国があれば、軍事力にによって回収すべきである。これは、仮に債務の履行が出来ない国があった場合、国際的には、債権国が債務国に対し、軍隊を駐留させるなどの方法で取り立てをする事が常識だからであると仰っている。それならば、アメリカ合衆国に対しても、既に戦後の債務は完済し、今では反対に莫大な国債引受国であり、債権国となっているのだから、国際社会に照らして言うならば、日本の軍隊が合衆国に駐留しても何らおかしくは無く、ワシトンDCのホワイトハウスの脇に債権取立機構を開設しても問題のない状況にあると仰っている。これは、実際アメリカで現実にアメリカ人を前にして主張した(ジョーク交じりで)ことらしく、当のアメリカ人達も納得していたらしい。だからアメリカ合衆国軍が日本に駐留する事が問題になる事さえ本末顛倒の事態であると・・・。但し、ここからが問題である。世界の常識、国権を有する国家によって成立している世界では、互いの利益を守るために国家は、様々な努力をしている。そして、基本的な考え方として、借りたお金をどうやって踏み倒すか、返すどころかどうやってもっとふんだくろうかと日々策動していると言うのである。それに対し、日本政府は、国家、民間に限らず、債権取立てに非常に消極的であるらしい。一般的な世界の常識は、借りた物は出来るだけ返さず、貸した物は、どんな手段を使ってでも取り返すというのが普通であると仰っている。これについては、私も同感である。お金を返す事をまるで美徳と考える日本人にとって、諸外国は、ハイエナのように映るかも知れない。普通に考えれば、お金の無い人がお金を借りるのであってよっぽど幸運を掴むか、ギャンブルにでも当らない限り、借りたお金は、そう容易く返せるものではないのである。日本人のお人好し加減は、きっと長く続いた江戸時代の泰平の世の文化が、そうさせたのかも知れない。そして、もし今、最大の対日債務国である中国と日本の間で戦争が勃発したら、周辺のアジア諸国は、果たして債権国である日本に味方するだろうか、と言うものであった。日本とアメリカ間の安全保障の問題もあるから、簡単には言えないと思うが、仮に2国間だけの話しであるとすれば、きっと国力から言っても中国の方が強そうだし、上手く行けば、日本を打ち負かして、債務の返済どころか、日本の財産をも山分け出来るかも知れないので中国に付いておこうという事になるかも知れない。確かに今の思考停止内閣の悪戯政治の如き子供遊びのような政府では、行く末が案じられるのも確かではあるのだがだからと言って、軍事力強化や債務国に対しての強権発動を主張するのには、合点が行かない。私は、日本人のお人好しをそれ程悪い事とは思っていない。むしろ、日本文化の美徳として世界に発信すべき事だとも思っている。ただ、そこで問題なのは、能天気に相手の事を何も考えず対応する事が、問題なんだと思っている。日本人にも色んな輩がいて、お人好しの日本人が、誰あろう人の悪い日本人に騙される事が、一番問題であり、その事が、むしろ日本人に対する誤解を生む源になっていると思うのである。平和に軍隊は必要なく、お人好しの愛こそが、世界を平和へと導いて行っても良いではありませんか・・・。人気ブログランキングへ
2009.06.01
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