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『東京日記』内田百けん(岩波文庫) かつて、「怪獣の黎明期」(ヘンな言い方ですね)のテレビドラマに、『ウルトラQ』という「名作」がありました。 リアルタイムで鑑賞した年齢層の方はとても懐かしいでしょうし、リアルタイムでなくても、怪獣を扱ったドラマや映画の「永遠の名作」のような作品ですから、多くの年代の方々の鑑賞がきっとあることだと思いますが、さて、その『ウルトラQ』であります。 作品の冒頭、独特の雰囲気のBGMの中、石坂浩二氏のナレーションが入ってきますが、いやー、あれが良かったですねー。 もう詳しい言い回しは忘れてしまったのですが(すみません。きっとすらすら言える方が、そーですねー、日本人口の5%くらいいらっしゃるんじゃないでしょーか)、いやー、いやー、ほんと、素晴らしかったです。(と、このように少し思い出しただけでこんなに興奮してしまうくらいの素晴らしさであります。) さてそのナレーションの中に多分あった言葉「ウルトラ・ゾーン」(えっ? 「ウルトラ・ワールド」?)と本当によく似た「ゾーン」が、今回報告する文庫本の中にあります。 「内田百けんゾーン」であります。 (前回は何も考えずに「百けんワールド」と書きましたが、石坂浩二氏の名ナレーションにあやかって「百けんゾーン」に表記を統一したいと思いますー。) さて申し遅れましたが、冒頭の短編小説集の読書報告について、前回の続きです。 前回書いていたことは、「日本近代文学と恐怖」であります。 (それだけしか書いてなかったのかと質問しないで。本当はそれすらも書いてなかったんですから。) 日本近代文学と恐怖 この二つのテーマが挙げられると、必ず出てくる定番作品が、この百けん作品であります。 作品の評価の高さは、もはやほぼ万人の認めるところでありますが、しかし、改めてなぜこんなに怖いのだろうと考えると、どうも、それについては分析の余地がありそうだと、今回、百けん作品を読んで改めて思った次第であります。 百けん恐怖小説中の「白眉」といえば、これも評価はすでに定まっています。 『サラサーテの盤』 高評価というよりは、表現者にとってほとんど「垂涎の的」といえそうな、そんな信仰告白をした作家のエッセイをいくつか読んだ記憶があります。 本文庫にも収録されているこの名作を取り上げて、ちょっと考えてみたいと思います。 宵の口は閉め切った雨戸を外から叩く様にがたがた云わしていた風がいつの間にか止んで、気がついて見ると家のまわりに何の物音もしない。しんしんと静まり返った儘、もっと静かな所へ次第に沈み込んで行く様な気配である。机に肱を突いて何を考えていると云う事もない。纏まりのない事に頭の中が段段鋭くなって気持が澄んで来る様で、しかし目蓋は重たい。坐っている頭の上の屋根の棟の天辺で小さな固い音がした。瓦の上を小石が転がっていると思った。ころころと云う音が次第に速くなって庇に近づいた瞬間、はっとして身ぶるいがした。庇をすべって庭の土に落ちたと思ったら、落ちた音を聞くか聞かないかに総身の毛が一本立ちになる様な気がした。気を落ちつけていたが、座のまわりが引き締まる様でじっとしていられないから立って茶の間へ行こうとした。物音を聞いて向うから襖を開けた家内が、あっと云った。 「まっさおな顔をして、どうしたのです」 『サラサーテの盤』の冒頭部です。これだけで「一」の章立ての全文です。この後「二」の章立てになって、話題は別のものに振れていきます。 しかしまったく、この文章だけでもう、なんだかとても怖いですね。 本当にこの怖さの正体は、いったい何なのですかね。 具体的な怖さの対象を挙げるなら(挙げられるとして)、それは「瓦の上を小石が転がっていると思った。ころころと云う音が次第に速くなって庇に近づいた瞬間」ってところですかね。 ここから一種の「恐怖」を読みとる感性は、まるで分からないわけではありませんね。 例えば、古い朽ちかけた井戸の中に、小石を落としてみます。 小石が風を切って井戸を落ちていく音が、井戸の空洞で増幅されて「ひゅぅー」と聞こえます。それに耳を澄ませます。もう、小石が底に落ちる音がするだろう、もうするだろう、今にもするだろう、今にも……という空白の瞬間! そんな瞬間の「恐怖」は、分からないでもないですよね。 しかし、そんな微かな精神のヒダのような感情を、読者に増幅して味あわせているのは、実は筆者の先回りした解説表現ではないでしょうか。 「解説表現」とはまた、変な用語を持ち出してしまいましたが、こんな表現のことです。 「次第に沈み込んで行く様な気配」 「はっとして身ぶるいがした」 「総身の毛が一本立ちになる様な気がした」 「じっとしていられない」 「家内が、あっと云った」 「『まっさおな顔をして、どうしたのです』」 えー、さらに、次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.30
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『東京日記』内田百けん(岩波文庫) あのー、まー、どうでもいいような話から始めますー。すみません。 ……っていうかー、すでに一目瞭然なんですがー、「百けん」の「けん」の漢字が出ません。 以前にも私は同様の経験をしたことがあるんですね。 はい。同じく作家の名前についてです。 では、漢字の出ない作家とは、何という名前の作家でしょう、お答えください。 ……んと、どーでもいーよーなことばかり書いていてすみません。 かつて経験したのは、「里見とん」であります。この字も、出ませんでした。 しかし、「百けん」については、以前どのホームページか忘れてしまったのですが、あるページで漢字を見たんですね。そして、「これ幸い」と(何となくこの慣用表現の使い方がおかしいような)「百けん」の漢字表記をコピーして、一太郎ファイル(私は一太郎を愛用しているんですがー)に取っておいたんです。わざわざ一つのファイルとして。 いつかきっと、ブログで使うことがあるだろうと。 で、今回です。「満を持して」(この慣用表現の使い方はたぶん合っている気がしますー)、「百けん」のファイルから漢字を引き出してきました。 うまくいきました。いえ、少なくとも私の一太郎ファイル上は。 で、ブログにアップロードしたとたんに、これだもんなー。 「機種依存文字」ですって。 でもかつて私は間違いなくネット上でこの漢字を見つけ、そして拾ってきたんですよ。だって、自分で漢字を作るなんて、そんなまどろっこしいこと嫌いですからー。 んー。困ったことですねー。 ついでに、考察を少し。 本来漢字で書くのがふさわしいところを平仮名で書くと、何といいますか、明らかに「権威失墜効果」がありますよね。 「内田百けん」にしても、「里見とん」にしても、こんな風に書くとまるであほみたいではないですか。なんかどちらのお方も、横町に住んでいるあんぽんたんさんのような気がしません? こういうのを「異化」っていうんですよね。チョムスキーとかいった人がそんなこと言ってなかったですか。(違ったかしら。きっと違っていますよね。すみません。) というわけで「百けん」は悲しいことに「あんぽんたん」バージョンになっていますが、お読みいただいた方々の心の中で、「百けん」の「けん」には、門構えの中に「月」の漢字をお入れおきください。 以上、つまらないことを長々と書きましたが、はっきり言ってその責任の大半は、わたくしにはございません。(そんなことないかな。やっぱりあるかな。) さて、冒頭の短編小説集の読書報告であります。 本書には七つの短編小説が収録されています。この七つです。 『白猫』『長春香』『柳検校の小閑』『青炎抄』 『東京日記』『南山寿』『サラサーテの盤』 えー、この七つの小説は内容的には三つのグループに分かれると、わたくし、愚考いたします。こんな感じ。 1・日々の営みに寄せてグループ……『長春香』『柳検校の小閑』『南山寿』 2・漱石大先生『夢十夜』あやかりグループ……『青炎抄』『東京日記』 3・「百けん」ワールド全開グループ……『白猫』『サラサーテの盤』 というわけで、もーこのグループ分けで、本書の小説についての私の個人的評価は語り尽くされておりますね。 なかなか、恐いものです。 今、「恐いもの」と書きましたが、実はその「恐いもの=恐怖」が、今回の報告のテーマであります。 次回、特に名作『サラサーテの盤』にカメラをぐぐっと近づけて、ちょっと考えてみたいと思います。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.27
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『おふくろ』田中千禾夫(角川文庫) 小説家が書いた戯曲については、かつて本ブログでも何度か取り上げました。 いくつか取り上げて、小説家の書く戯曲というのが、「白樺派」にけっこう多いことに気が付き、なかなか面白いものだと思いました。 なぜなんでしょうね。 ぼんやりと思うのは、演劇でも映画でもテレビドラマでも同様だと思いますが、享受者にかなりの数を要求するタイプの芸術(芸能)は、白樺派的理想主義傾向の方がふさわしいであろうというくらいのことは、ぼんやりと感じます。 (とはいえ、武者小路実篤の『その妹』の徹底的なバッドエンドとか、自然主義作家・正宗白鳥の、やはりバッドエンド作品とかもありますが。) 一つのジャンルのもの(何のジャンルでもいいのですが。別に文学じゃなくて、音楽とか、スポーツなんかでも)があれば、そこには一つの「文法=ルール」が成立します。 まー、当たり前でしょうかね。 そんな意味における戯曲の文法が、実は私には、まだあまりよく分かっていません。 若い頃ですが、一時期、かなりまとめて戯曲を読んだことがありましたが、あの戯曲というスタイルは、最初取っつきにくい感じのものを持ちながら、その部分をクリアすると、後はマニアのようにはまりますね。そんなことないですか。 話を少し戻しまして、「戯曲の文法」ですが、確か三島由紀夫でしたか(もちろんこの小説家も、とても優れた戯曲を沢山書いています。評論家によっては、三島の文学で最も優れているのは戯曲であると言い切っている人もいるくらいです)、彼が「戯曲の文体は舞踏の文体である」と言っていたように思います。 なるほど、上手に言いますね。 今回取り上げた文庫本(二作の戯曲が収録されています)の表題作『おふくろ』についていいますと、その文体の舞踏性は、「方言」が担っていますね。 戯曲と「方言」については、かつてかなり本格的な研究や意見交換が、劇作家や研究者の間であったのではないかと、その内容については何にも知りませんが、そんな記憶があります。 木下順二氏なんかが中心に、何らかの主張をなさっていたのではなかったでしょうかね。 戯曲だけでなく、文学全般と方言についても、これもたぶんいろんな見方見解があるでしょうね。 私は関西在住者なので、関西弁で書かれた文芸作品については、とっても評価が甘いんですが(いえ、これはあまり良くないことだという気はしているんですがー)、ちょっと思い出したのは、長塚節の『土』のことであります。 内容はほとんど忘れているんですが、あの作品の中にたぶん茨城県あたりでしたか(違うかな。違っていましたらすみません)、その地の農家の方言(時代は明治ですかね)が出てくるんですが、それが何を言っているのかあまり分からなくて、読んでいて困ったことを思い出します。 ただでさえ重苦しいテーマの小説でしたが、その上科白の少なくない部分が判読不明であったものですから、大いに難儀した覚えがあります。 さて、相変わらずの「わがまま文章」で、話があっちこっちに飛んでいって、誠に申し訳ありません。 『おふくろ』に用いられている「方言」についてでした。 本作品内における「九州弁」の効果には、圧倒的なものがあります。 こんな書き方をして、誤解を生んでしまっては困るのですが、九州とか東北とか、文化に於いても都会地に「搾取」されていそうな地域のものが、瀬戸際で居直るようにその文化の粋である方言を「一斉解放」した時、そこには圧倒的なエネルギーや、ダイナミズム、リアリティーなどの、地鳴りを伴うような放出があります。 同じ戯曲で、かつ同じ九州弁ということで類似の用例を挙げるなら、つかこうへいの『熱海殺人事件』が思い浮かびます。あの作品の中の九州弁も圧倒的でした。 さてそのように、文体については、とてもセンセーショナルかつ、瑞々しいものを持ちながら、一方ドラマの展開においては、これもまた見事に「ドラマツルギー」の感じられないものであったように感じるのですが、いかがでしょうか。 ただ、当たり前ですが、別に破綻があるとかそんなことではありません。敢えて言えば、ストーリーについては、極めて「薄味」風味ですね。 例えば、そんなの比べる方が悪いと言われそうですが、泉鏡花の『天守物語』や『夜叉ヶ池』の、舞踏の文章+圧倒的カタストロフィー。 いえ、やはりあんな希有な天才作と比べてはよくなかったかも知れませんね。無い物ねだりのつもりじゃないんですが。 ともあれ、トータルな印象としては、科白の踊るが如きリズムと掛け合わせ、イメージするものは「青春戯曲」とでも言えそうな感じがします。 鮮やかさと瑞々しさと、そして少々の青臭さ。 確か倉田百三の『出家とその弟子』を読んだ時にもそんな風な感じがしましたが、或いは目指しているところは近いのかも知れません。 そして実は、こんな青春を扱った「薄味」の戯曲こそ、珠玉作などといわれ、息の長い享受がなされるのかも知れません。 もちろんそのことは、作品が極めて優れたものであることを、過不足なく語っているのであります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.23
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『無常といふ事』小林秀雄(角川文庫) 作家清水義範の小説に、『国語入試問題必勝法』という「怪作」があります。 国語が苦手な受験生のもとに、受験指導のスーパーティーチャーのような家庭教師がやってきて、快刀乱麻に現代文の受験問題を裁っていくというもので、とっても面白く、私は本当に爆笑しながら読みました。(この作品は、吉川英治文学新人賞を受賞し、実質的な清水義範の出世作になりました。) その中に(今となっては少々細部は覚えていないのですが)、現代文ドリルに向かった主人公がどうにも問題が解けず、頭を抱える場面があります。 そしてその場面で、彼はこんな風に考えるんですね。 一つ一つの単語の意味はどうにか分かる。ところがそれが繋がっていき、一連の文になってしまうと、どうしてこうも全くわけが分からなくなってしまうのだろうか、と嘆くシーンであります。 さて、小林秀雄です。 私どもが受験生であった、えーっと、えーっと、もう四半世紀以上、半世紀未満の頃でありますが、現代文評論の難物といえば、それはもー、圧倒的に小林秀雄でしたねー。 今思い出しても、実は少し怯んでしまいます。 だって本当に、上記の清水義範の小説の主人公の嘆きそのものでありましたから。 例えばこんな文章。 鈍刀を使つて彫られた名作のほんの一例を引いて書かう。これは全文である。 「因幡の国に、何の入道とかや云ふ者の娘容美しと聞きて、人数多言ひわたりけれども、この娘、唯栗のみ食ひて、更に米の類を食はざりければ、斯る異様の者、人に見ゆべきにあらずとて、親、許さざりけり」 これは珍談ではない。徒然なる心がどんなに沢山な事を感じ、どんなに沢山な事を言はずに我慢したか。(『徒然草』) この文は有名な『徒然草』の最後の部分でありますが、……ふーむ、こうして書き出してみると、何といいますか、何となく、わかるような気が……。 うーん。高校生の頃はさっぱり分からなかったんですが、年を取ったせいですかねー、うっすらと小林秀雄の言わんとしていることが分かるような気がします。えらいものですねー。 さて今回この一連の随想とでもいう文章を読み、つくずく思ったのですが、これは小林秀雄の「詩的表白」であり、もしも近いジャンルのものを挙げると、「散文詩」がそうじゃないか、ということであります。 そもそもが随想なのですから、筆者は作品分析というよりは好き勝手に書いているんですが、その好き勝手さが、いかにも逆説的な「小林秀雄的」であり、「詩的表白的」なんですね。 こんなアクロバットのような文章を、厳密な日本語表現の論理的文章と勘違いする(受験に用いて学生に勘違いさせる)から、現代文がわかんなくなるんですよねー。 いったい誰が、例えば西脇順三郎の詩集『Ambarvalia』を、完璧に文章論理性だけで読み解けましょうか。 考えれば、つい三十年ほど前のことなのに、とっても「野蛮」な時代だったんですねー。 (で、今は、大丈夫なのかしら?) さて、本文庫に収録されている作品はこの六作です。 『當麻』『無常といふ事』『徒然草』『平家物語』『西行』『実朝』 この一連の作品は、総て昭和十七年と十八年の間に発表されていますが、小林秀雄四十才と四十一才であります。 恐ろしいほどの発想並びに文章の切れ味と、円熟への第一歩を踏み出す立ち位置にいた筆者は、これらの作品を通じて、一貫して近代的な理性に対する不信感を描いていきます。 そしてその一方で、西行の姿、実朝の姿に、「無垢な精神」の価値を見ると共に、近代的自意識の苦悩、つまり「孤独な精神」の行方を思いはかります。 彼のこの姿は、幸か不幸か、見事に彼を取り巻いていた日本の時代情勢をあぶり出し、その中で生き続ける、どちらかといえば保守的・伝統的な生き方の「不安」(この時代、「不安」でなかった生き方などがあったとは思えませんが)をトレースしています。 これは、鋭敏な精神と知性が時代にシンクロナイズした作品と捉えるべきなのか、はた、時代などとは無関係な詩人の魂の永遠の表白なのか。 ともあれ、小林秀雄の文章・作品は、受験生のような世間知らず・人生知らずな若造には(もちろんこれは私のことであります)、いかにも難物であったでしょうが、やはり「本物」の、歴史の「本道」を、堂々と歩んでいる作品だと認めざるを得ないと、もはや薹が立った受験生OBは考えるのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.20
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『人生の幸福』正宗白鳥(岩波文庫) まったく、若かりし頃は「若気の至り」の語そのままに、思い出しても赤面する日々を送って参りました。(いえ、お前は今だって同じだろうといわれれば、なるほど全く同じでありますなー。) 何を言い出しているかというと、よーするに、いろんな事に衒っちゃっていたんですね、あの頃。 そして、とっても「偽悪的」に衒っていた、と。 太宰治の小説(タイトル失念)に、「貧を衒う。安易なヒロイズムだ。」と喝破した表現がありましたが、確かに、「貧」も衒いましたねー。「無学」なんてのにも衒いました。 自らを貶め得るような価値は、何だって衒っていたように思うんですがー、そんなふうに衒っていたものの一つに、「ニヒリズム」もありました。 「ニヒリズム」、何となく、憧れるところありません? 「虚無」なんて書いてしまうと、なんかそれだけで偉大な哲学的苦悩を背負った悲劇の主人公といった感じで、ゾクゾクしません? 若く愚かな私は(愚かは今でもそのままですが)、なんかとってもかっこよく見えそうで、「虚無」を衒いたくって仕方がなかったんですねー。はは、は。あほです。 さて、正宗白鳥であります。本ブログで一度短編集を取り上げたことがあります。 その時の感想の中心を、私はこのように書きました。 「でも今読むとこのニヒリズムは、その時代の社会状況や文化状況、あるいは時代の風習に乗っかかった(或いは一般常識故に反抗した)『気ままさ』でしかない感じが非常にします。」 今回読んだのは、正宗白鳥の戯曲集であります。三作入っています。このみっつ。 『人生の幸福』 『安土の春』 『光秀と紹巴』 不明な私は正宗白鳥が戯曲を書いていることを知らなかったんですが、ちょっと調べてみますと、彼の長い文学的人生のうちのほんの一時期だけですね、戯曲を書いているのは。 だから私が知らなかっても、何とかセーフ(?)と言うことで。 しかし、本書を読みまして今回強く思ったのは、恐ろしいようなニヒリズムだと言うことでした。前回私が書いた、あれはニヒリズムじゃなくて「気まま」だとは、とても言えないような。 例えば、表題になっている作品はこんな内容なんですね。 男二人兄弟と腹違いの妹が一人。兄は妹のことを、今のうちに殺しておいた方が本人の幸福だと考えています。そして殺そうとして反対に妹に殺されてしまいます。 弟は、殺されてしまった兄のことを、兄は気が違っていたから殺されて幸福だったと考えます。そして精神が錯乱し、兄を殺したのは自分だと思ってしまいます。 妹は、上の兄を殺したのは自分だと思っている下の兄が発狂したことを、何も分からなくなって幸福だと考えます。そして本当は上の兄を殺したのは自分だと医者に告白し、その医者から彼女は発狂してしまったと思われ、しかしその方が幸福かも知れないと思われます。 こんな話です。……うーん。凄いですね。「ニヒリズム=虚無」の連鎖。 同じく所収の『安土の春』に織田信長が出てくるのですが、彼は「人間は脆いものだな」という科白を何度か呟きます。 それは、殺してしまえと命じた家来が、本当に死んだことを別の家来に確認した感想であったり、馬を駆けていて、街道で遊んでいた百姓の子供を二人踏みつぶしたことを確認しての感想であったりします。 この作品における信長の存在は、究極の「ニヒリズム」の具現化であるかのごとくに描かれています。 えーっと、ちょっと安易にネットで「ニヒリズム」を調べてみたのですが、それを簡単に書くとこんな定義になっています。 1.真理や道徳的価値の客観的根拠を認めない立場。虚無主義。 2.生存は無意味とする態度。 しかし、こんな作品を読んでいると、かつて自分が「ニヒリズム」を衒っていたことの愚かさとか恥ずかしさを強烈に感じます。 そして、正宗白鳥の「筋金入りの」というか「骨絡みの」虚無に、よくこんな思想を内包しながら、人間は素面で生き続けられるものだなと(確かニーチェとかモーパッサンなんかは、自殺はしませんでしたが発狂したのではなかったかしら)、感心というか驚異というか、……うーん、なかなか人間って、複雑なものですねー。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.16
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『つゆのあとさき』永井荷風(岩波文庫) 本作は1931年(昭和6年)作で、荷風が、従来の芸者話から、新しい時代の女給や、さらに私娼などを中心にした話へと創作の興味を変えていく切っ掛けになった小説と、まー、そんな風に位置づけられている作品です。 なるほど、その通りでしょうね。 昭和6年といえば、荷風の文壇デビュー作を仮に『あめりか物語』1908年(明治41年)と考えて、23年目ですか。うーん。 何が言いたいのかと言いますと、荷風の文章力についてであります。 何ともこの見事な文体の事であります。23年でここまで来るかー、という事ですね。 どこの箇所を取り上げても舌を巻くほどうまいんですが、例えばこんな部分。 客は二人とも髭を生した五十前後の紳士で、松屋か三越あたりの帰りらしく、買物の紙包を携え、紅茶を命じたまま女給には見向きもせず、何やら真面目らしい用談をしはじめたので、君江はかえってそれをよい事に、ひまな女たちの寄集っている壁際のボックスに腰をかけた。テーブルの上には屑羊羹に塩煎餅、南京豆などが、袋のまま、新聞や雑誌と共に散らかし放題、散らかしてあるのを、女たちは手先の動くがまま摘んでは口の中へと投げ入れているばかり。活動写真の評判や朋輩同士の噂にも毎日の事でもう飽きている。睡気がさしてもさすがにここでは居睡りをするわけにも行かないらしく、いずれも所業なげに唯時間のたつのを待っているという様子。 こんなちょっとした部分にしても、掌の上を描いているようで、まさに天衣無縫という感じがします。 で、そんな惚れ惚れするような文体で、荷風は一体どんなことを書いているのかというと、まー、こんな事ですね。 (略)端折りのしごきを解き棄て、膝の上に抱かれたまま身をそらすようにして仰向きに打倒れて、「みんな取って頂戴、足袋もよ。」 君江はこういう場合、初めて逢った男に対しては、度々馴染を重ねた男に対する時よりもかえって一倍の興味を覚え、思うさま男を悩殺して見なければ、気がすまなくなる。いつからこういう癖がついたのかと、君江は口説かれている最中にも時々自分ながら心付いて、途中で止めようと思いながら、そうなるとかえって止められなくなるのである。美男子に対する時よりも、醜い老人やまたは最初いやだと思った男を相手にして、こういう場合に立到ると、君江はなお更烈しくいつもの癖が増長して、後になって我ながら浅間しいと身震いする事も幾度だか知れない。 ま、これは、このぉー、やっぱりー、「戯作」というよりー、「エロ話」ですなー。 しかしなぜ、これほどに文章の才能があって、十分な教養も身につけている人物が「エロ話」を書くにいたったかというのは、それは有名な例の話ですよね。 「大逆事件」がらみの話であります。 「大逆事件」そのものは、詳しくはウィキペディアとかそんなので調べていただくとして、荷風は日本のこの「言論封殺事件」に出会った時、それに抵抗のできなかった自分を深く反省し(「反省」っちゅうのとはたぶん違いますよね。「反省」ならば筆を折ればよろしい。)、以降自分は江戸時代の戯作者に身を落として生きるとかなんとか、まー、言ったんですよね。 そして、「エロ話」を書くに到る、と。 でもこれは、やはり「アリバイ」ですよねー。 こんな事件がなかったとしても、きっと荷風は自分でそんな事件を作って(それは別に社会的事件でなくて個人的なものでもよく、あるいは例えば関東大震災でも、それでやってしまおうと思えばできますよね)、元々の嗜好であった文章を綴る「アリバイ」としたんでしょう。 ただ本書には、少しそんなのとは違ったタイプの女性も出てきています。 堕落した通俗作家の妻の「鶴子」です。この人物は初めて登場するシーンから気合いの入った、きりりと引き締まった描かれ方がされています。 初夏の日かげは真直に門内なる栗や棟の梢に照渡っているので、垣外の路に横たわる若葉の影もまだ短く縮んでいて、鶏の声のみ勇ましくあちこちに聞える真昼時。じみな焦茶の日傘をつぼめて、年の頃は三十近い奥様らしい品のいい婦人が門の戸を明けて内に這入った。髪は無造作に首筋へ落ちかかるように結び、井の字絣の金紗の袷に、黒一ツ紋の夏羽織。白い肩掛を引掛けた丈のすらりとした痩立の姿は、頸の長い目鼻立の鮮な色白の細面と相俟って、いかにも淋し気に沈着いた様子である。携えていた風呂敷包を持替えて、門の戸をしめると、日の照りつけた路端とはちがって、静な夏樹の蔭から流れて来る微風に、婦人は吹き乱されるおくれれ毛を撫でながら、暫しあたりを見廻した。 ね。女性らしい和やかさを細かく描きつつ、初夏の薫風のような爽やかさも漂わせている文章ですよね。 結局、こんな所に荷風は、初期の作品に点在していた自らの美意識や批判精神を閉じこめていったのだと思います。 とすればやはり、これはこれで優れた批判性や文学性を持った作品であると、少々荷風のファンになりかけている私は、改めて思った次第でありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.13
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『白痴』坂口安吾(角川文庫) かつて坂口安吾の作品は、たくさん角川文庫に入っていたんですが、今はどうなんでしょうね。 それは別に角川文庫だけの話ではないでしょうが、多くの文庫から、いわゆる「純文学」作品が次々と姿を消しているような気がして、私としてはとっても残念です。 文芸作品に力を入れていると言われる新潮文庫でも、例えば三島由紀夫や大江健三郎や川端康成など、かつてはそれぞれ20冊~30冊くらいはラインナップがあったと思うんですが、今はどうなっているんでしょうか。 さらに「売れ筋外し」の、採算度外視的な岩波文庫ですら(まー採算度外視なんて事は決してないでしょーがー)、純文学作品についておそらくは凄い数の絶版がありますものね、他の文庫は推して知るべしですかねー。うーん。 そのかわりといっては何ですが、今となっては時代がかった純文学作品を少しずつ文庫本にしているのが、講談社文芸文庫でしょうか。しかしいかんせん、あの文庫本は、ビックリするくらい値段が高いですね。なるほど、現在では純文学作品を読むということはとても贅沢なことで、ヒマな金持ちしかしてはいけないということなんでしょうかねー。慎ましき暮らしの私としてはとても困ったことなんですがー。 そこで、いきおい古書店巡りということになります。 今回取り上げた文庫本も、古書であります。 冒頭で触れた、かつてたくさんあった角川文庫版安吾作品の、もう一つ前のバージョンの文庫です。収録作品が三編しかありません。この三作です。 『白痴』『外套と青空』『青鬼の褌を洗ふ女』 とっても薄い文庫本ですね。 私がこれらの作品を初めて読んだ時の角川文庫の版は、これではありませんでした。もう少し厚みのある、つまりもう少したくさん作品が収録されていた文庫本でした。 だからこれらの作品は再読なんですが、前回読んだ時の記憶はほぼ残っていませんでした。 で、この三作の中では、『白痴』が頭一つ抜けて面白かったです。 ただ、相変わらずというか何というか、やはり圧倒的に観念的な書きぶりですね。 そもそも安吾の資質がそういったものなんでしょうが、エッセイについてはあれほど面白い安吾作品が、小説になるとどうしてこんなに、うーん、面白くないとは言いませんが、……うーん、やはり面白くないといっていいのかなー。 でも、今回、『白痴』はとても面白かったです。 図式としては、観念としての「孤独」や「白痴」などが相変わらず書かれているんでしょうが、空襲の中を白痴の女と必死で逃げ回るシーンにはかなりの迫力があり、大いに小説的肉付けのなされた展開になっていたと思います。 ちょっと安吾について調べてみたのですが、この『白痴』と『堕落論』をもって安吾は時代の寵児となったという趣旨の文章を読みましたが、なるほど大いに納得できる評価であります。 それに比べますと、『青鬼の褌を洗ふ女』は、安吾らしい、時代に対する鋭い目の付け方をしながら、作品のまとまりとしてはとても「端正」とは言い難いものになっています。 今回特にこの『青鬼の~』を読んで、私は太宰治の晩年の作品との類似にかなり驚きました。 『親友交歓』とか『饗応夫人』とか『男女同権』といった作品群です。テーマや漂わせているものが酷似していると思いました。 もちろん同じ時代を描いた作品ですから、酷似していてもいいのでしょうが、しかし、こうして個々の作品を具体的に挙げながら比較すると、どうしても「優劣」を考えてしまい、そして太宰の作品に、圧倒的な「洗練」を感じます。 例えばこの『青鬼の~』のテーマを一言で書くなら、たぶんこんな言い方が可能なんじゃないかなと思うんですが、こう。 私は格別うれしくもなく、「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。」 と言いました。 この文章は、おや?と気づく方もいらっしゃると思いますが、太宰治の『ヴィヨンの妻』の結語であります。 安吾が格闘して描いていたテーマを、実にさらりと、寸鉄人を刺すごとくに、太宰が表現として定着させていることに、惚れ惚れとするような太宰の才能が見られそうです。 生きていさえすればいいと言うところに、時代の身の丈に応じた希望をつないでいく主人公達。それをニヒリズムと見ればそうなのかも知れませんが、精一杯のオプティミズムとしてそれを描くぎりぎりの世界観。 これらの作品を読んで、今回特に私は、なんだか切ないほど「誠実」な安吾を想像してしまいました。 いえ、もちろん、いつも安吾は、本当に命がけで文学と向き合っていたのでしょうけれども。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.09
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『オリガ・モリソヴナの反語法』米原万里(集英社文庫) 長い小説です。500ページほどの本文があります。 作者米原万里ですが、少し前に亡くなられましたね。2006年でした。訃報を新聞で読んだ時、私はあっと声を出して驚き、そして大いに残念だと思いました。 ご本人はきっと、無念やるかたないものがあったと思います。 だって、本格的な小説をいよいよ書き始めて間のない頃でしたよ。 米原万里は、そもそもロシア語の同時通訳をなさりながら、沢山のエッセイを書いていた方でした。 私は、彼女のエッセイのちょっとしたファンで、本屋で目に付くととりあえず買っていました(ただし、ほとんど文庫になってからですが)。 どのエッセイもとっても面白い上に、極めて「過激」なんですが、一冊だけちょっと取り上げてみますね。この本です。 『ガセネッタ&シモネッタ』(文春文庫) 考えれば当たり前ですが、世の中にはいろんな業界があり、そのすべてに業界外の人間には信じがたいようなことがいっぱいあって、通訳業界の内輪話も同様、ちょっと唖然とすることが書かれてありました。 例えば、この図。 書かれている如く「先進国首脳会議」の同時通訳のありようの図です。1975年、先進国首脳会議の発足以来、この本の書かれた現在(2000年の沖縄サミット)まで、一貫してこの形であるそうです。 これって、この情けない現実って、私が知らないだけで、世間の常識なんでしょうか。でもでも、いくらなんでも、今(2011年)はもう変わっていますよねー。ですよねー。 それとも、変わってないのかしら? この図の横にこんな文章があります。 同時通訳だから、時間差はあまり生じない。しかし、二カ国語間の直接の、しかも同時ではない通訳でさえ、微妙なニュアンスや感情の機微が通訳のプロセスで抜け落ちたり誤情報とすり替わったりしてしまうものだ。同時で別な言語を経由した場合、その確率は数倍になる。それに、どの言語にも特有の発想法や世界観が内包されているものだから、この方式でいくと、日本首脳の発言は、常に英語的解釈のフィルターを経て他の言語に伝わるということになる。これを四半世紀も良しとしてきたということは、日本独自の見解など期待されていないのだろう。 百歩ゆずって、サミットなんか所詮セレモニーみたいなものだとしても、そして、日本語以外は同族の言語達であると考えたとしても、それにしてもやはり、情けない……。 ただこのように、我が国の国際社会における「窓口」の歪さについて考えていくと、実はそれは私という個人のレベルにおいても、外国の情報や現代文化の摂取の「窓口」が極めて限られた国、具体的に言えばアメリカですね、ほとんどアメリカ一辺倒なことが、ひしひしと、そしてうんざりするほど身につまされてわかります。 いえもちろん、それは私の個人的な無知のせいなんですが。 これ以外にも、日本の外国語教育を始めとする「国際化」と呼ばれているものの中身が、全く英語一辺倒、アメリカ追随一辺倒になっていることについて、それがどれほど愚かしいことであるのかや、また、ロシア語通訳者の筆者らしくロシアの状況についても、ソ連がロシアに変わった後、広がった市場経済というものがいかに多くの「文化・芸術」を崩壊寸前に追い込んでいるかなどが書いてあり、とても「過激」に面白い本でした。 このようにエッセイだけでも十分面白いのですが、そんな何冊かの「過激」なエッセイが書かれた後に、満を持して発表されたのがこの小説だったんですね。 (その橋渡しになったようなエッセイが『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』ですかね。この長編エッセイもまた、実に素晴らしい作品です。) さて本小説の舞台は、苛酷なスターリン時代のソ連とチェコです。その地での、国家権力に人生を翻弄された様々な個人群像が、ほぼ同時代の「記録」として(小説の形を取りながら)描かれています。 私が何も知らないせいだと思いますが、スターリン時代のソ連って、本当にメチャメチャだったんですねー。 しかしその状況は、おそらく水面下に潜り少しずつ形を変えながらも、現在も続いているだろうことが想像されます。 本書を読んでいると、国家権力の持つ恐ろしさは、決して過去のものや他国のものであるとは思えません。 本当に我々も、そう遠くない将来、ある方向において自らの生存を賭しての選択を激しく迫られるような日が来るかも知れないとつくづく思います。 最後に、本文庫には巻末に筆者インタビューがあり、次作についても触れられてありましたが、その作品ははたして完成されたのでしょうか。 本当に惜しんで余りある筆者の死でありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.06
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『連環記』幸田露伴(岩波文庫) 本文庫の解説を川村二郎氏が書いています。こんな書き出しです。 「『連環記』は幸田露伴の最後の小説である。そして同時に、彼の文学が到り着いた最高の頂である。」 なるほど。もうこれで、一定のことは語っているような気がしますね。 昭和16年、露伴75歳の作品です。しかし露伴はさらに数年存命し、昭和22年、81歳で大往生を遂げます。 露伴の臨終の様子を描いた娘・幸田文の文章はとても印象的でした。『終焉』という追悼記にこう書いています。 ゆうべから私に父の一部は移され、整えられてあったように思う。うそでなく、よしという心はすでにもっていた。手の平と一緒にうなずいて、じゃあおれはもう死んじゃうよ、と、何の表情もない、穏やかな目であった。私にも特別な感動も無かった。別れだと知った。はい、と一ト言。別れすらが終わったのであった。 大博識の小説家兼考証家の最後の小説、ということですが、天衣無縫、縦横無尽、きりりと引き締まって格調高く天翔ける文体、その一方でふいと、地上に降りてきたようなユーモアもあって、なんとも、さすがに素晴らしいものだと思います。 しかし、しかしね、あのー、ちょっと難しいお話ですね、私のような無学者には。 いえ、この言い方は少し正しくないですね。 さほど難しくはないですが、作品の素晴らしさを十分に味わいきるだけの資質と教養が残念ながら当方に欠ける、といった方が正確でありましょう。 お話は、平安朝の文人・慶滋保胤の話に始まり、増賀上人から大江定基の話に移り、そしてさらには恵心僧都やその他私のよく知らない出家・往生者の話へと、次々とつながっていきます。 タイトルは、そうしたつながりを表しているんですね。 大江定基の話に絡んで、彼の従兄弟であった大江匡衡とその妻・赤染右衛門の話が書かれてありました。 このあたりは、上記の私の表現で言いますと「地上に降りてきたようなユーモア」の漂う部分で、そもそも男と女の惚れた晴れたのエピソードの部分ですから、とても面白かったりします。 ついでに赤染右衛門といえば、百人一首に入っている歌はこれですね。 やすらはで寝なましものを小夜ふけて傾くまでの月を見しかな この歌についての鑑賞が書かれてあります。これがまた露伴らしいユニークさであります。 恐れ入った妙作で、綿々たる情緒、傾くまでの月を見しかな、とあのように「かな」の二字のピンと響く「かな」は今に至るまで百千万度も使われたかなの中にも滅多にはない。あのような歌をよこされては、男子たるもの蜘蛛の糸に絡められた蜻蛉のようになってしまって、それこそカナ縛りにされたことだったろう。 どうです。真面目ような不真面目なような、天衣無縫の、まさに恐れ入った鑑賞文ですね。とっても面白いです。 面白いと言えば、この大江定基のエピソードで、私もかつてより知っていたお話がやはり書かれてありました。 「ネクロフィリア」の話ですね。 いえ、ネクロフィリアというのは、少し言い過ぎかも知れません。 ネクロフィリアというのは、「屍姦」のことでしょうが、この話は、死んだ恋人から離れられず死体と一緒に過ごしていたが、やがて死体が腐り始め異臭を放つに至って泣く泣く死体と別れたという話です。 この話は確か『宇治拾遺物語』に書いてあったんですかね。 ただこれに関しては、露伴はさほど独創的な解釈をしているわけではありません。どちらかといえば、少々スルー気味の扱いです。 これは、私のような下世話な読者の下品な期待には媚びないという格調の高さでありましょうかね、少し反省。 とまぁ、教養のない者(わたくしのことですな)は、まさにいかんとも度し難いわけでありまして、こういう隙間みたいなところばかりを探しては面白がっています。 稀代の大文豪の文学の粋のような作品を、何とも十分に味わうこともできないで困ったものであるのですが、ただそのわずかな片鱗からでも、露伴の凄さはひしひしと感じられるのでありました。 しかし、もっと真面目に反省しろよ、わたくし。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.04.02
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