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『二人比丘尼色懺悔』尾崎紅葉(岩波文庫) この短編集には二つの話が入っています。これです。 『二人比丘尼色懺悔』(明治22年4月) 『新色懺悔』(明治23年2月) 解説を参考にして、作品初出の年月も加えておきましたが、一般的に『二人比丘尼色懺悔』といえば(「一般的」ってのは、まー、高校の文学史の教科書レベルってところですかね)、この二作は、セットでひとつと考えるんですかね。どうなんでしょう。 ちなみに、我が家の本棚の肥やしになっている『現代日本文学大系・全97巻・別巻1巻』(筑摩書房)中の、尾崎紅葉所収の第3巻によりますと(ついでながら、以前にもこの『現代日本文学大系』については拙ブログで少し触れ、その時、巻数が作家に対する評価になっていると私は述べましたが、紅葉は内田魯庵・廣津柳浪・齋藤緑雨とセットの、1/4巻となっていますがー、……わたくし考えますに、この評価は少し低すぎるんではないでしょうかと。)、収録されているのは前の方の作品だけです。(ねっ。1/4巻なんて冷たい扱いをするから、片一方しか入らなくなっちゃったじゃないですか。) やはり、別々なんですかね。 確かに、前者は書き下ろしだし、後者は読売新聞連載だそうです。制作時期もほぼ一年の間があいています。 とすると、一般的に初期紅葉の出世作といわれる『色懺悔』は、やはり前者の作品を指すんですかね。 と、なぜそんなことに私がこだわるのかと言えば、この二作を読み比べてみると、圧倒的に後者の方がよいと、私は思うからなんですね。 あたかも、前作から一年が経って、なるほど作家とはこのように成長するのだなぁと、感心してしまうほどの違いであります。 そしてその成長の中心には、文体の差があります。 茶の煙だに挙らずば。山賤も知らぬ谷陰に誰がすむ庵ぞ。かくても尚捨難き浮世の面影のこす菱垣。疎に結ひ廻し。竹は蝕み。縄朽ちたれど。枯蔦の名残惜しく縋れるままに倒れもやらず。二本の黒木を入口の標に茅葺の屋根は歳に黒み。落懸る軒風に傷はしく。風情は月にばかりの破壁。強くは踏れぬ竹縁。切株の沓脱より左に三尺。其処に筧の。水ほどにもなく絶えせぬ雫。閼伽桶に滴る音の。やうやう幽に疎に成りゆくは樋の口凍るにやあらん。夕暮の風寒し。(『二人比丘尼色懺悔』) 人間は苦労の器物といへり。上は大臣より下万民の我等まで誰かこの器ならざるべき。金銀あればあるにて苦労なり。なければまた無きにて苦労ある世の習ひと諦め、従弟と分離の憂身、恋の花あたら咲て散るも命なるべし。されど苦楽は羽子板の裏表にして、いつか一度は裏がへる時節に遭ひ、今を昔語りに玉子酒相酌はし、思ふ人にいとしがつて貰ふべしと、只其ばかりを希望に老夫様をもやさしく待ひ、竹の孫の手老体の肌ざはり快らじと、わが柔かき指頭にて痒き処を掻き参らせ、思ふまま老夫様を悦ばせけり。(『新色懺悔』) どうでしょうか。それぞれの引用個所が、そもそも描写をしている部分と説明をしている部分という内容の違いはありそうですが、全編にわたって、『二人比丘尼』は「語り」の強い和文脈の描写文体で、『新色懺悔』は同じ和文脈でも歯切れのいい「説き」の文体となっています。 そして上記に、私はこの文体の変化を「成長」と書きましたが、厳密に言えばそれは個人の「成長」ではなく、少し大げさに言えば、明治という新時代のより求める文体への「進化」でありましょうか。 すでに多くの指摘があるそうですが、『新色懺悔』のこの文体と、そしてそれと不即不離の、ストーリーの切り込み方には、井原西鶴の影響が色濃く出ています。 なるほど、伝統とはありがたいものですね。過去の古いものが、新しい方向を導いてくれています。 そしてその導きの先に、紅葉の場合名作『多情多恨』があるのは(『多情多恨』は完璧な言文一致体ではありますが)、明らかであろうと思います。 確か紅葉は漱石と同年生まれですから、明治の年号がその年の年齢になり(満年齢で)、とするとこの二作は、紅葉22歳と23歳時の作品となります。 漱石は典型的な「遅咲き」でしたから、ちょっと比較にはならない気がしますが、時代の転換期に出てくる傑出した人物というのは、実際そのほとんどが、時代を駆け抜けていったような早熟な「早咲き」人物であります。(枚挙に暇はありませんが、他の例として一等有名どころでいえば坂本龍馬。) そしてそんな人物に付き物のもう一つの特徴である「夭折」も、紅葉は残念なことに十分兼ね備えてしまいました。 上記にも挙げた名作『多情多恨』は29歳で、ベストセラー『金色夜叉』の連載開始は30歳時、そして36歳にははや亡くなってしまいます。 漱石にとってのその年は、後に『道草』の舞台として描かれる、ロンドンから帰った翌年でありました。デビュー作『吾輩は猫である』まで、後2年であります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.31
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『アカシヤの大連』清岡卓行(講談社文庫) この文庫には5つの(少し長めの)短編小説が収録されています。これです。 『朝の悲しみ』『アカシヤの大連』『フルートとオーボエ』 『萌黄の時間』『鯨もいる秋の空』 読んでいる時は結構辛い小説でした。しかし読み終えてみると、とても見通しの良い読後感の残るものでした。 それはこの5部作(といわれているそうです)の最終話『鯨もいる秋の空』の読後感が、とても爽やかなせいであると思われます。 実はこの最初の小説『朝の悲しみ』というのが、この筆者の小説デビュー作なんですね。 そして2作目の『アカシヤの大連』で芥川賞を受賞した、と。 「小説デビュー作」と書きましたが、この筆者はそもそも詩人なんですね。そして評論家。 有名な評論がありましたよねー。高校の国語の教科書で私も読みました。 ……えーっと、なんてタイトルでしたか、ちょっと良く覚えていないんですが(もうこの失念状態はなんか致命的でありますねー)、確かミロのビーナスの美しさは両腕が欠けているからだと説いた「失われた両腕」(確かこんなタイトルだったような)という評論であります。 詳しい内容は既に分からなくなっていますが、なんか、明晰な、びしびしと迫ってくる、タイトな感じの評論だったように覚えています。(ちがったかしら) という詩人兼評論家のイメージが私にはあったのですが、それもそのはずでこの筆者が小説を書き出したのは47才からなんですね。女房が亡くなったのが、まぁ、切っ掛けみたいな感じで書き出された「私小説」。 さて、上記に「読んでいる時は結構辛い小説」と書きましたが、なぜ辛いのか、その理由は二つだと思います。 (1)文体について、かなり観念性の強い部分があり、そこが非常に読みづらい。 (2)昭和後半あたりにもなって「私小説」を読まされる意味がよく分からない。 この2点だと思いますが、この2つはお互いに関係し合って「読みにくさ」を増幅しているように思います。 まず1点目についてはこの表現通りなんですが、その寄って立つテーマが「青春の彷徨」といった感じの部分であり、そこにはやはり青春期特有のナルシズムも含まれ、そんな部分が、うーん、とっても読みづらいです。 そして2点目については、少し説明いたしますね。 上記に「青春期特有のナルシズム」と書きましたが、そもそも「私小説」と「ナルシズム」はその成立期より不可分の関係にありますよね。 そのころ(「そのころ」というのは「私小説」の成立期ですね)、人々はまだまだ「野蛮」で、そしてその自らの野蛮さを、誰かに指導して貰いたがっておりました。(説明がだんだん物語り口調になってきました。どうも、マユツバですなー。) その指導をしたのが、例えば志賀直哉なんかですよねー。 「おれの生き方を読め。おれの生き方感じ方こそが、文化的な人間の生き方なのだ」と、私小説でもって自分の生き方を描き、それをお手本にさせたわけです。(『小僧の神様』なんて、まさにそんな話ですよね。) ところが時は移り、その間もいろいろな私小説作品が描かれてはきましたが、世の中は少しずつ野蛮さから啓蒙されてきました。 いえきっと、本当は相変わらず野蛮であったのでしょうが、人々は「少なくともおれだけは野蛮ではない」と、ほぼ全員が、ばらばらに思い始めました。 で、こんな風に感じ始めるんですね。 「もう手本などはいらない。というより、手本なんて鼻につく。」 人々は、私小説がもはや古くさく、何より、「自分のことを描く価値がある人間だと考えること」が私小説の前提であることに、恥ずかしくなってくるんですね。(ふつーの羞恥心なら、そのあたりの感覚は、まー、正しいですわねー。) しかしここに、あくまで「おれを見ろ」と、私小説をしつこく書き続ける人々がいます。 しかしその方法論が、もはや今までのままでは通用しない(少なくとも尊敬されない)ことも熟知しており、そこで彼らは新しい戦略に出ます。 「居直り」です。 現代小説の私小説作家は、ことごとくこの「居直り」を手法としています。 ところで、今回の清岡卓行の作品の頃はどのあたりかといいますと、これがとてもビミョーな時期なんですね。私小説の手法が古くさくなり始めて、人々が、「なぜこんな個人の話を読まねばならないんだ」と思い始める、ちょうどそんな時期ですね。 で、そこに強い観念性が加わって、そしてとっても「読みづらい」と。 しかし、にもかかわらず、前述しましたように読後感はとてもいいです。一体これはなぜでしょうか。 ……うーん、それはおそらく、文章の力なんでしょうねー。 上記「失われた両腕」の部分でも述べましたが、「明晰な、びしびしと迫ってくる、タイトな」文章。 今更ながら私は、文章の持つ凄い力に大いに感銘を受けたのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.27
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『犬婿入り』多和田葉子(講談社) 久し振りに本棚を整理していたら、二列に重ねて置いてある奥の列の、一番端からこの本が出てきました。 大概この手の本は、何度かの本棚整理の際に棄てるか売るかして、また読みたくなったら次は文庫で買うというのが、私の現代小説の読書パターンだったのですが、なぜかこの本は本棚の隅でひっそりと生き残っていました。 だから(というのか何というのか)、この本は文庫ではありません。(文庫にもなっていることは、ネットで調べてみて分かりましたが。) 1993年の芥川賞受賞作品ですね。 私がこの本を最初に読んだのも、たぶんその当たりだと思いますが、案外といっては何ですが、なんかもう少し古い感じがしていたんですがね。 以前にも、どの報告だったか拙ブログで、少し筆者について触れた覚えがあります。 確か、このあたりの時期の芥川賞で立て続けに女性作家が受賞した、という話ではなかったか、と。 そのメンバーは、 多和田葉子・笙野頼子・川上弘美・小川洋子と、こんな4人ではなかったか、と。 そしてこの中で、文学性の高そうなのが前2人、ポピュラリティの高そうなのが後2人、と。 うーん、今私の書いた「評価」は、一体誰が言ってたのでしょうかねー。 まさか、私が考え出したわけではないでしょうが、こうして20年ほどが経って改めて見てみると、やはりそんな感じですものねー。 まー、デビュー作には作家のすべてが詰まっている、みたいな言い方で考えると、ある程度予想された結果だとも言えますしねー。 さて、本書には二つの作品が入っています。これです。 『ペルソナ』(「群像」1992年6月号) 『犬婿入り』(「群像」1992年12月号) 本の後ろに書いてある「初出」から、あわせて少し情報を書き込みましたが、うーん、僅か半年でこう変わるかー、とも思いますし、まー、半年あればこれくらいは変わるだろうとも思えるような変貌が、この二作品間にはあります。 これもネットで少し調べてみたのですが、『ペルソナ』も芥川賞の候補になっているんですね。でも受賞を逸した、と。 しかし、この逸し方はよかったですねー。だって半年後に、これはいかにも受賞に相応しいという作品が書き上がってきたのですから。 『ペルソナ』も悪い作品ではないと思いますが、なにか「同人誌の中の出色作品」という印象が抜け切れません。少し意地悪に言うと、小説としてはやや貧相である、と。 一方『犬婿入り』は、半年後の同作家の作品かと見まがうほどの物語の出来ている小説になっています。物語空間が作品の中に流れています。 「みつこ」の元に「太郎」が現れるまでの、いわば段取り作りのエピソードも出色です。 「団地妻の噂話」という切り取り方が秀逸で、私は何度も声を出して笑ってしまいました。 ところが、重要人物の「太郎」が現れてからは、それに相応しい象徴的なエピソードが、深く書き込まれていきません。もっと分厚く深く書き込めてもいいだろうにと思うんですが、多くの場面や展開が、中途半端に端折られてしまって、次の話題に進んでいくという物足りなさが少し感じられました。 しかしそれは結局、こんな「現代の伝承潭」のような書き方は(あたかも前半は「団地妻」による伝承が大切なトリックになっています)、ストーリーを重層的に縦に深めていくのが難しいと言うことを表しているのかも知れません。 だから作品の「幕を下ろす」のもやはり難しく、本作の最後も、少し情に流れたような、戸惑い気味のエンディングになってしまいました。 と、作品の後半をなんだか少し「不出来」のように書いてしまいましたが、それは半分以上私の「好み」みたいなものを含んだ感想なので、「読者の自由な読み」ということで、おまけしておいてくださいね。 そして読み終えてみると、上記に私は『ペルソナ』と同作家の作品とは思えないと書きましたが前言取り消し、「やはり相通い合う二作品」という感じがしました。 結局、いわゆる多くの作家の取る「成長過程」みたいななものでしょうか。 うまい例えになっているかどうか分かりませんが、例えば漱石にも、 『虞美人草』→『坑夫』→『三四郎』という流れがあったりしますものね。 ……えっ? この例えの方が、よく分からないですって? ……どうも申し訳ありません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.24
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『久生十蘭短編選』久生十蘭(岩波文庫) 三分の一ほどアブサントを注いだ脚付のグラスの縁に、ナイフをわたして角砂糖を一つ載せ、それがすこしずつ溶けこむようにゆるゆると水差しの水を注いだ。 いまのところ、笠原の上機嫌を害ういかなるものもないふうで、グラスの底に澱んだ金緑のアブサントが、水を注ぐにつれて乳白色に変り、それが真珠母色に輝いてくるのを浮きうきとながめていた。(『雪間』) 杜松子という娘の顔を滋子はあっけにとられてながめながら、生れてからまだこんな美しい膚の色もこんな完全な横顔も見たことがなかったと思った。栗梅の紋お召しの衿もとに白茶の半襟を浅くのぞかせ、ぬいのある千草の綴錦の帯をすこし高めなお太鼓にしめ、羽織は寒色縮緬の一の紋で、振りから大きな雪輪の赤い裏がみえた。(『ユモレスク』) 向は鯉のあらい、汁は鯉こく、椀盛は若鶏と蓮根、焼物は藻魚の空揚げ、八寸はあまご、箸洗い、という献立だった。青紫蘇の葉を敷いた鯛のあらいも、藻魚の附合せの紅葉おろしも、みないい知れぬ哀愁を含んだ美しさで、やすと向きあって食事をしている杜松子の顔の中にもなにかしらそれと通じあうものが感じられ、愁いに似たやるせないほどの愛情で胸をつまらせた。(『ユモレスク』) えーっと、挙げ始めれば切りがないんですが、この短編集には、こんな、えー、「スノッブ」といいますかー、「ディレッタント」といいますかー、「高踏派」といいますかー、……と、こんな単語が挙がってくるところからみても、作品にあまりいい印象を持っていないような感じがやはり読みとれるのかな、読みとれるでしょうね、たぶん。 実は私はこの筆者の小説は初めて読みました。 何といっても岩波文庫ですから、薄々はそうじゃないかと思っていたのですがね。 何がって、やはり凄い作品でありました。 圧倒的な端正な文章力と、作品世界に導いていく段取りの良さ、そして、作品世界を断ち切ってしまうような、切れ味の素晴らしくよいエンディング。 書き出しが良くって、文体が凄くって、幕の引き方が水際立って鮮やかと言うのですから、短編小説としては、もうほとんど非の打ち所がないではありませんか。 少々スノッブであろうが、それは作品世界の色合いではないですか。 鴎外を見よ。 ディレッタンティズムなんか屁とも思っていない、あの堂々とした書きぶり。(特に史伝における「居直り」は、とっても凄いです。) じゃあ、私のこの何となくのいらいらとした思いは、一体何なんでしょうかね。 例えばこんな風に書いてみます。 長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁慘は感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。成程、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処か(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか、と。 ……えーっと、こんな書き方はずるいですかね。ずるいかも知れませんね、たぶん。 上記の文章は、中島敦の『山月記』からの引用であります。 なぜ『山月記』が出てきたかと言いますと、久生十蘭と比較的年齢の近い作家で、格調の高い文体で、と考えていたら中島敦がヒットしたんですね、私の頭の中で。 で、両者の作品をあれこれ頭の中で比べていたら、上記の文が浮かんできて、なんだ、これはそのまま使えそうではないか、と。 でも、やはりずるい書き方ですよね。 例えば「高踏派」のように言われている森鴎外は、思いの外に作品中に自らの気持ちを書きこんでいます。『雁』とか『高瀬舟』とか、特に史伝に移行するすぐ手前当たりの小説は、登場人物に鴎外自身がいろんな思いを託しているのが分かります。 作品に思いを託すとはつまり、作品にある種の「尊さ」を託すことでありましょう。 私の読み違いなのかなと言う気は絶えずしつつ、私としてはこれらの作品に、何といいますか、こういった敬虔な感情がほとんど認められなかったのが、残念でありました。 それともう一つ、この短編集には十五編の短編が収録されています。 それが、筆者にとって重要なテーマのひとつだからではありましょうが、戦後すぐの混乱の時代に、ブルジョア崩れやインテリ崩れのどこか無国籍風の男女が、戦争を真ん中に挟んで遙かに隔たった自分の人生の昔と今の接点を探っていくという作品が、とても多かったように思いました。 この筆者の短編小説が、ほとんどこのパターンだというわけではないでしょうから、ひょっとしたら、収録作品に少し偏りがあるのかも知れませんね。 久生十蘭の小説には「ジュウラニアン」という選ばれた幸福な読者がいるそうですが、その嗜好はいかにもよく分かりますね。 残念ながら「ジュウラニアン」にはなれそうもありませんが、私は、そんなことにも考え及び、今回少し思いの残る読書の後で、もっと別のトーンの作品も読んでみたかったな、と小さく呟いたのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.20
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『闇の中の黒い馬』埴谷雄高(河出書房新社) 夢についてこだわった小説というのは、古今東西、かなりのものがあると思います。 その興味の正体は、突き詰めていくと結局の所、人間存在に対する興味という感じがしますが、そこまでいっちゃうと少し広げすぎですかね。 そんなところまで広げたら、何でもかんでもそこに行き着いてしまうような気もします。 しかし、人は放っておくと必ず夢に対して何らかの興味を持ち始める、と。 これは、そう言いきってたぶん間違いないと思います。 この本は、人間存在に対する興味を、夢を取っ掛かりにしつつ、普通の人なら「まぁこのへんまでが限界だろう」という地平を遙かに突っ切って、何というか、徹底的に、かつカルティに追求した、……うーん、やはり、「奇書」、でしょーなー。 もし私が、夜、果てもない漆黒の闇のなかで思念しはじめれば、それは必ずとめどがなくなり……そしてまた、原始の混沌のようにとりとめもなくなつてしまう筈である。何故なら、暗い夜の思索は、こちらを限定づけてくれる図形のかたちを備えた何かが必ず存する明るい白昼のそれとは異なつて、無限の果ての悔暗のなかに沈んでいる漠たる遠い原始と未来、つまり、確然たるかたちも認められぬ或る根源と窮極へ必ず辿りゆくばかりでなく、そこで忽ち自己という記号をもつや否やも知れぬ一個の小さな微塵と化し、そしてついに……地水火風の四大のなかへ目にもとまらず解体されてしまうに至るのが通例だからである。しかも、そこには、一種戦慄に充ちた不思議な眩暈と、嘗て私達が出てきたところへ還つてゆくような、敢えていつてみれば〈静謐な虚無〉のなかへ無垢な嬰児のごとく睡りこむ一種甘美な陶酔さえ備つているのだ。 どうですかね。この難解というか、根性が捻れているというか、自らの思念にきわめて誠実というか、こんな文章は。 しかしこの文書の中で、筆者は、「存在」について考えることの困難とそれ以上の陶酔について、語っています。 「我々はなぜここにいるのか」という究極の存在論を考えるということの、あたかも「ランニング・ハイ」のような陶酔感は、何となく想像がつくように思いますが、確かにこの筆者は、このことについて実にいろいろと、かつ奥深く考えていらっしゃいます。 確か夏目漱石の『それから』の冒頭部当たりに、主人公の代助が、眠りに入っていき意識がなくなる瞬間が気になって、返って眠れなくなるというエピソードがあったように思いますが、本書では、そんな「やわな」程度ではありません。 眠りに入っていく瞬間を徹底的に追及し、意識化し、そしてついに半覚半睡の時間をコントロールして夢の出発点を制御することができたと、書かれてあります。 すごいでしょ。 そしてそこから入っていく夢については、それはそれは実に様々な実験を行っています。(いえ、そんな風に書いてあるということで、実際の所どうなのかは、わたくし、存じませんが。) 例えば、「私のいない夢」。 ね。このテーマだけでも、結構興味深そうでしょ。「私のいない夢」って、どんなの? 「私のいない夢」の認識の主体は誰? また例えば、「白昼の外界の事物のかたちの再現でないところの何か」。 これも、面白そうですねー。このテーマについては、筆者はさらにその発展形として、「ヘレン・ケラーの夢」というものも考えています。 「ヘレン・ケラーの夢」とは、たぶん「触覚だけの夢」ということでしょうが、さらにさらにその究極形として「触覚なき触覚の夢」ってな言葉もできます。 もう、こうなってくると、やはりカルトでしょーなー。 夢は、いつてみれば、闇の宙にかかつた蜂房のように密集した脳細胞のなかで、或るひとつの小さな見知らぬ部屋だけにぽつと青い灯が点くさまに似ている。他の小部屋のすべてがすでに灯を消して闇のなかで眠つているとき、ずつと遠い昔、薄暗い隅にあるスウィッチをいれかけたまま忘れてしまつたその部屋にいま思いがけずスウィッチがはいつて、幾つもの細長い棚の上に誰とも知れぬ何ものかに何時か置き忘れられたような何かが並んでいる暗黒の奥を鮮やかに照らしだし、不思議な味わいをもつた僅かな数行の短編小説のように、いままでも、いまも、まつたく知らなかつた種類の〈まつたく繰り返しのきかぬ、永劫のなかにたつた一つしかない〉何事かを私に物語つて、そしてまた、不意と消えてしまうのである。 夢と存在を巡る、この九つの連作短編の最後の話の中に、このような珍しくロマンティックな(かつ一応は読みやすい)夢についての定義が書かれています。 この辺までの概念なら、私にも何とか捉えることができそうですし、この整理された方向にさらに夢を追求していくと、たぶんもう少し理の勝った、例えば安部公房のような作品になっていくのだと思います。 でも結局の所本書は、きわめて独創性の高い実験作と考えるとそれはその通りなんでしょうが(この筆者には、その一方に畢生の大作というか、やはり奇書というか、『死霊』という大長編がありますよね。ただし、私はこの本は読んでいません)、断片としては、はっとするような示唆とアイデアに富んだ内容を持ちつつも、過度の抽象性がその広がりを拒否し、得るものの乏しさを感じました。 いえ、それはやはり、私の読解力のなさでありましょうか。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.17
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『修禅寺物語・正雪の二代目』岡本綺堂(岩波文庫) 冒頭の「新歌舞伎」戯曲集の読書報告の後半であります。 前半には何が書いてあったかと申しますと、……えー、申したくない、と。 なぜ申したくないかと申しますと、それは前半にはほとんど読書報告がなかったからと、えー、まことに相済みませんでした。 じゃ、何が書いてあったのかというと、これも申したくはないのでありますが、敢えてお茶を濁すように申しますと、今は亡きドイツの名指揮者クナッパーツブッシュは、カーテンコールが嫌いだった、と。 まー、そんなお話でした。 さて閑話休題、今回は素早く本題に入っていきます。 上記に「新歌舞伎」と書きましたが、明治以降に文学者が書いた、新しい脚本で演じられる歌舞伎のことを、そう呼ぶそうであります。 今回ちょっと筆者について調べてみたのですが、岡本綺堂に「枕詞」のように言われるフレーズは、「『半七捕物帖』と『修禅寺物語』の」というものだそうですが、実は私はどちらも読んだことがありませんでした。 そして、『半七捕物帖』というのは、「江戸のシャーロック・ホームズ」といわれるほどの、謎解きに重点を置いた本格派の推理小説なのだと知りました。 シャーロック・ホームズ。読みましたよねー。 ルパンのシリーズと並んで、中学生くらいの頃に、私もはまりました。 で、急遽図書館に行って、『半七捕物帖』を私も読んでみたのですが、とっても面白かったですが、この話はまたいずれ後日。 本書の読書報告に戻ります。 本書には6作の新歌舞伎台本が収録されています。これです。 『修禅寺物語』『箕輪の心中』『佐々木高綱』『能因法師』『俳諧師』『正雪の二代目』 これはどの作品をとっても甲乙つけ難い、実に堂々とした歌舞伎台本であります。 私は感心致しました。ここにも見事なプロフェッショナルがいる、と。 まず、その多彩な「芸幅」に驚きます。 『修禅寺物語』……鬼気迫る芸術家物語。 『箕輪の心中』……近松の伝統をそのまま引き継ぐような「世話物」。 『佐々木高綱』……芥川や菊池寛などに見られるようなテーマ物語。 『能因法師』……この方面にも見事な才能の存在を示す喜劇台本。 『俳諧師』……なんとも「俳味」あふれる珠玉の名品。 『正雪の二代目』……人間群像をも描きそうな「ピカレスク・ロマン」。 どうですか、こうして並べてみただけで、全く感心してしまうではありませんか。 そしてその作品の完成度がことごとく高いとくれば、圧倒されざるを得ません。 私の個人的な好みで敢えて言いますと、一般的に高名な『修禅寺物語』が、かえって、ややよく見られる「芸術家物語」であるぶん(多分一番近い味を持つ文学作品は、芥川の『地獄変』だと思いますが、ちょっと近すぎる感がなきにしもあらずです)、少し厚みに欠けるように思いました。 また、台詞回しが、天衣無縫の華麗さであります。 どこを取り出してもいいのですが、一つだけ挙げてみますね。頼家 あたたかき湯の湧くところ、温かき人の情も湧く。恋をうしなひし頼家は、 ここに新しき恋を得て、心の痛みもやうやく癒えた。今はもろもろの煩悩 を断つて、安けらくこの地に生涯を送りたいものぢや。さりながら、月に は雲の障りあり、その望みも果敢なく破れて、予に萬一のことあらば、そ ちの父に打たせたる彼のおもてを形見と思へ。叔父の蒲殿は罪無うして、 この修禅寺の土となられた。わが運命も遅かれ速かれ、おなじ路を辿らう も知れぬぞ。(『修禅寺物語』) もう一つ、上記に「近松の伝統をそのまま引き継ぐような」と書きましたが、それはその通りだと思うのですが、単にそれだけではなくて、この綺堂新歌舞伎台本には、時代の新しさが、明らかに籠められてあります。そこに我々は、実に新鮮な息吹を感じます。 今から心中を図ろうという男女の台詞を、最後に挙げてみます。外記 書置などと云ふものは、この世に未練のある徒が、亡き後を思うて愚痴を かき残すか。或はこの世に罪あるものが、詫状代りに書きのこすか、二つ にひとつ。外記はこの世に未練もなく、また懺悔すべき罪もない。笑ふも のは笑へ、誹るものは誹れ、なんとでも云はしておけ。申訳めいた書置な どは要らぬことだ。綾衣 ほんに主のいふ通り、褒めようが笑はうが、それは世間の人の心まかせで、 どつちでも関はぬこと。ふたりの心は二人よりほかに知る人はござんすま い。外記 この世界は二人の世界だ。綾衣 未来までも二人の世界。外記 綾衣……。綾衣 殿様……。 どうですか。白樺派、いえ、まるで心中に臨む有島武郎のようではありませんか。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.13
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『修禅寺物語・正雪の二代目』岡本綺堂(岩波文庫) 実はわたくし、クラシック音楽が好きなもので。 それに十年ほど前になりますが、我が家から自転車で20分くらいの所に(ダッシュで行けば12分くらいで着きます。一度開演に遅れそうになって、必死に行ったことがあります)、クラシック音楽を中心としたコンサート・ホールができたもので、まー、結構聴きに行っています。 で、そのホールは、一方で古典芸能も行っているんですね。落語とか浄瑠璃とか、それから現代演劇も。 わたくし、今まではあまりそんなのは見なかったんですが(落語は何回か見ました)、ある日、こう考えました。 「クラシック音楽ももちろんいいが、我が国の古典芸能について、ほとんど無知であるというのはいかがなものか」と。 で、あっさり反省した私は(反省はすぐするんですね。ただ長続きしないことと、すぐ忘れるだけで)、人形浄瑠璃を見に行くことにしました。 以前、確か淡路島に行った時、少しだけそんなのを見たような気がするんですが(淡路島には、郷土芸能として人形浄瑠璃があったように思います。谷崎潤一郎の『蓼食う虫』にも、作品の舞台としてそんなのが書かれてありました)、それは観光客対象の、さほど本格的いう感じのものではなかったので、まぁ、ほとんど初体験であります。 演目は『曽根崎心中』。ねっ、わりと本格的でしょ。 私は、『曽根崎心中』の載っている岩波文庫を買いまして(まるで僥倖のように105円で売っていたんですねー)、ネットなんかも調べて万全の予習を行い、本番に臨みました。 ……いえ、良かったですよ。初体験ということもあって、いろんなものが珍しくとっても楽しく観劇させていただきました。 で、内容とは関係ないんですがね、少し気になった、というか、なるほどねーと感心したことがあります。それは幕が下りてからのことで、クラシック音楽やオペラなんかと大いに異なるそのあり方についてであります。 カーテンコールのことですね。 実はわたくし、常々密かに思っていたんですが、あのクラシック音楽のカーテンコールのしつこさ、本当のところ少し「閉口」していたんですね。 「素人が何を言うか」と言われそうなのは分かっております。 カーテンコールがしつこいと言っても、現代の日本のそれは、本場のものや記録に残っているものに比べると、まるでレベルが違うではないか、と。 なるほど、私も本で読んだことがあります、本場の、昔のカーテンコールの「しつこさ」。 指揮者が100回くらい、舞台袖を行ったり来たりしたことなんてざらにある、と。 しかしそれはそれとして、日本の古典芸能の、幕が下りた後の「引き際の良さ」というか、「愛想のなさ」というか、これはずっとクラシック音楽演奏会に馴染んでいたものにとっては、少し驚きでありました。 幕が下りるや直ちに、観客は席を立ってそそくさと帰路に就きます。 私は、「え?」という感じでしたね。 この「引き際の良さ」あるいは「あっさり感」。これって、きっと日本と西洋との文化の違いでもあるんじゃないでしょうか。 例えばベートーヴェンの『交響曲第5番』の、あの最後の部分のしつこさ。あれは、初めて聴いた時は驚きましたねー。「まだ終わらんのかー」っちゅう感じでしたねー。 一方、こうして比べれば大いに際だつ日本文化の「あっさり感」。 日本画の「余白」なんてのも、この「あっさり感」の延長でしょ。 第一、武士の切腹なんて、その典型ではありませんか。 武士道の研究書みたいな『葉隠れ』には、確か「武士道とは死ぬことと見つけたり」とあって、「一つ二つの場にていち早く死ぬ方に片づくばかりなり」なんて書いてあったように記憶します。 よーするに、迷ったらとにかくあっさり死ね、と。 うーん、しかしここまでいっちゃうと、文化としての「あっさり感」も、ちょっと問題がありそうですねー。すぐにあきらめちゃうみたいな感じがあります。 なるほど、「神風特攻隊」なんかも、この延長ですもんねー。 えー、この「あっさり感」ですがー、なぜこんな話になったか今思い出しました。 それは、近松門左衛門の『曽根崎心中』と、岡本綺堂の『箕輪の心中』とは、ラストの引きずり方について、綺堂の方が長くしつこいんじゃないかと私が感じた、というのがそもそもの初めでありました。 やー、やっと今回報告予定の作品名が出てきましたねー。 さて今回報告の戯曲集ですが、とっても面白かったです。 あれこれいろいろ考えつつ、私は楽しく読んだのですが、えーっと、そのことにつきましては、次回に。 どうも、すみません。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.10
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『草の実』壺井栄(角川文庫) 私は兵庫県在住者なので、香川県は、まー、お近くですね。 小豆島にも二度ばかり行きました。一度は家族で行って、もう一度は職場の慰安旅行みたいなので行きました。 そして二回とも、「岬の分教場」に行きましたよ。(職場の慰安旅行では、へろへろの二日酔い状態で行きました。情けなー。) 「岬の分教場」というのはもちろん、「二十四の瞳映画村」の中の施設の事ですね。 壺井栄といえば、圧倒的に『二十四の瞳』が有名ですが、ちょっとネットで調べてみたのですが、『二十四の瞳』の舞台である小豆島を全国に知らしめたのは、実は原作小説出版(1952年)の2年後に、木下惠介監督が撮った同名映画作品なんですよね。 なーるほど、やはり小説より映画の方が遙かに影響力がありそうですものねー。 ついでながら、この1954年には、黒澤明の『七人の侍』なんかも公開されていて、今考えてみれば、何と贅沢な日本映画の黄金期だったわけですねー。 さて小説『二十四の瞳』ですが、私も多くの方の例に漏れず、この小説は読みました。 というより、壺井栄の小説としては、この小説しか読んでいませんでした。 ただ、読んだのがもうかなり昔だったせいでしょうか、今となってはあまり何も覚えていないんですね。(まーそれは、加齢のせいでしょーねー。とみに最近いろんな記憶が薄れていきます。困ったものですなー。) 筆者は、文学史的な流派で言えば「プロレタリア文学」に近いところに位置していた方だと思います。ご亭主の壺井繁治はプロレタリア詩人だし、知り合いも宮本百合子や佐多稲子、黒島伝治などといったまさにプロ文の「第一人者」メンバーですし。 ただ筆者が小説を書き出した時期的なものが、彼女の作品をプロレタリア文学のトーン一辺倒から、結果的に「救った」んですね。(そして作品が人口に膾炙された、と。) (壺井栄の小説デビュー作『大根の葉』は1938年の作で、この頃のプロレタリア文学についていえば、五年前に小林多喜二が特効警察によって虐殺され、その後も国家の苛烈な弾圧が行われ続ける中、党員は次々と「転向」に追い込まれ、運動そのものが全面的な退潮期に入っていました。) 冒頭の作品は、戦後1955年の執筆で、『二十四の瞳』執筆の3年後であります。その年、筆者の年齢は56歳となっていまして、なるほど、ベテラン作家の堂々たる物語運びが十分に読みとれる作品となっています。 しかしこの作品には、戦前のプロレタリア文学運動から発展していった、いわゆる「民主主義文学」的な展開や主張は、『二十四の瞳』以上に見られません。 作品の舞台は、「婦人公論」連載時とほぼ同時代と読めますから、主人公の二十歳の「景子」の成長過程の周辺には、(もちろん幾つかは敗戦の影響が見えるものの)敗戦から民主主義へと向かう時期の国家の風潮の具体化が、もっとあれこれ姿を見せていいものだと思うのに、ほとんど描かれていません。ちょっと不思議な感じがします。 そのかわり、私が特徴的に思ったことが二つありました。 ひとつは、登場人物がとてもたくさん死ぬことです。 それは、第一次的には、この時代の日本がまだまだ医学的な後進性を持っていたということでありましょう。しかし、次々といろんな人物が死んでいき、そしてそれによって周りの人間の人生が大きく転換していかざるを得ない、いわゆる「セーフティー・ネット」など持ちようもない市民生活の現状を描くことが、筆者にとってはかつての「階級的」憤りの変形した表現なのかも知れません。 そしてもう一つが、この小説の基本設定になっている、『ロミオとジュリエット』のような、隣り合う家族(そもそもは同族である隣り合う二家族)の、えんえんと陰にこもった反目のし合いであります。 こういう設定は、まだまだこの時代の古い地方などには、大いに現実性を伴うものとして色濃くあったのでしょうかねー。 そうなのかも知れません。 ただ上記にも触れたように、敗戦によって、少なくとも表面的にはあちこちで声高に言われたであろう「新しい日本」(実際はなかなか掛け声だけで姿を見せませんでしたが)の思想が、そんな旧態依然とした人間関係に対決して、新しい生き方を目指していく主人公の若い男女達の理論の手助けとして一向に描かれていないことに、私は少し不思議なものを感じました。 ひょっとしたら、この時期についての、私の歴史認識に誤りがあるのかも知れませんね。 でも私は何か、筆者のこういう描き方に、筆者自身のものの考え方や時代の捉え方を感じます。 それは、かつて「プロレタリア文学思想」と呼ばれたであろう筆者の「思想」の、やはり新たな時代を迎え新しい大衆とを対象とした時の、筆者なりの発展形であるように思います。 つまり、「イズム」を全面には出さず、「トーン」として仄かに流していくという形の本作は、すでにベテランの域を迎えた「元プロレタリア文学作家」の、新機軸を含んだ作品、つまりは新しい戦略ではないかと、私はとっても穿った考えをし、しかし一方で作品自体については、大いに好感を抱くものでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.06
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『アメリカン・スクール』小島信夫(新潮文庫) 以前本ブログで少し触れたような記憶があるんですが、若かりし頃私は、多分高校時代だったと思うんですが、芥川賞受賞小説をざっと追いかけたことがありました。(こんなことって、なんか、みんなしそうですよね。) 今なら『芥川賞全集』(確かこんな名前の全集だったと思うんですが)という本があるということを知っているので、もっと簡単にかつ網羅的に読むことができるでしょうが、その頃の私はそんな全集があるなんてちっとも知らなかったもので(あるいは、ひょっとしたらあの頃はそんな全集はなかったんでしょうか)、高校の文学史の本なんかを見ながら、一作一作ぽつぽつと文庫本を買ったり図書館で借りたりしました。 昭和二十年代の後半から昭和三十年代の前半、いわゆる「第三の新人」と呼ばれる作家を読んだのは、私にとってそれが最初でした。 今私の手元にある冒頭の新潮文庫も、そんな一環で買った文庫本です。 ところが、先日、例の大型古書販売チェーン店に行くと、同じ本が新しく改装されて(解説者が一人増えて二人になって)新たに販売されていると言うことを知り、加えてその文庫本が105円だったこともあって(本当はもう一つ加えますに、活字のポイントが大きくなって、読みやすくなっていました)、つい買ってしまいました。 だから、我が家には今、版の異なる2冊の『アメリカン・スクール』文庫本があります。 わたくし、高校時代に買った版は、収録されている総ての小説を読んでいなかったんですね。(だけど、だからこそ今日までこの文庫本は我が家にあったともいえます。その頃に読んだ吉行淳之介の芥川賞受賞作『驟雨』を含んだ文庫本や、安岡章太郎の『悪い仲間』を収録した文庫本は、収録作品をみんな読んで、既に我が家にありませんもの。) この度、冒頭の文庫本の収録作品を総て読み、実はかなり感心しました。 そもそも小島信夫の小説を今までほとんど読んだことがないのが、今考えれば、致命的ではありませんか。 かつて『抱擁家族』だけは読みました。本ブログでも報告しています。しかし、その記事を読み直してみたんですが(書いてある内容に少し驚いたんですが、高校時代の私が『芥川賞全集』を読んだと書いてあります。エエ加減なこと書いてますねー。えー、すみません)、小島信夫のすごさが十分読みとれていないのが残念というか、不思議というか、愚か者ですね、私って。 いえ、今回の読書についても、始めの方の作品『燕京大学舞台』『小銃』『星』など、軍隊経験が描かれている短編小説を読んでいる時は、作品内に溢れている「不機嫌感覚」「ふてぶてしさ」に(これらの感覚は、プロットにも文体からも感じるものでした)、新しい価値観のもとの一種の「バイタリティ」といったものを感じはしました。 でもその理解について、私は、描かれている対象が「軍隊」「国家」といったものである故に、この「嫌がらせ」のような内容・文体は大いに効果を表していると読んでいたんですね。 軍隊(日本軍)が持っていた様々の非近代性が(特にそれは中国戦線でとても特徴的だったようですが)、結果として人間の品性を下劣にし、精神活動を崩壊させるような腐敗をもたらす状況を前提としての描写である、と。 そしてそんな書きぶりに、私は今となってはなぜか少々違和感を感じつつも、大いに評価して読んでいました。 ところが、次の『微笑』『アメリカン・スクール』と読み進めた時、私の理解が違っていることに気が付いたんですね。 前回『アメリカン・スクール』だけを取り出して読んでいた時には気づき損ねたものに(たぶん、一作だけしか読んでいなかったからですよね、きっと。違うかな。)、私は今回、読書時にずっとつきまとうように感じられていた薄気味悪い感覚と共に、気づきました。 特に『微笑』ですが、この小説は実に薄気味の悪い小説でありました。 私は夜中に部屋で一人でこの小説を読んでいたのですが、振り返ると、ぼうっと大きな黒い塊のような何かが、背中のそばまで迫って来るような、何とも気味の悪い感覚を覚えました。 この気味の悪さは何なのでしょうか。 そもそもストーリーが、そんな「禁断」の話です。 それは、「僕」という一人称の父親が、あたかも上記に書きました「軍隊」や「国家」に対する時の「不機嫌さ」「ふてぶてしさ」でもって、障害を持つ幼い我が子に関わるという、とんでもないものであります。 しかし、ここに描かれるのはたぶん「幼児虐待」などではありません。 それは、もっと根元的な、存在論的な、世界の不条理な佇まいに対する恐怖感覚であります。 そう、それはあたかも、カフカの小説から我々が感じるような。 ……しかし、まだまだ日本文学史の中には、このように凄い作家や作品が、いっぱいあるんでしょうね。 それを考えるとわくわくしますが、ともあれ、もう少し小島信夫の作品を追いかけてみることですかね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.08.03
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