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東京に戻ってきた。母とふたりで高速バスを利用したのだが、ちょっと不愉快な出来事があった。なにしろ激安高速バスなので、予約したらチケットが発行されるわけでもなく、乗る時に名前を告げると席を教えてくれると言う、利用者からすると、なんとも効率の悪い方法がとられている。今回も、バスが乗り場に到着して、降りてきた運転手に自分の名前を告げると、運転席側と逆の2列目だと言われた。が、チラッと見えた座席表では一番前に名前がある。首をかしげながら、とりあえず席についたのだが、通路を挟んで隣の夫婦とおぼしき初老の男女も、「2列目って言ってたわねぇ?」と、不安げな様子。平日の中途半端な時間のバスだったので、案の定、座席はスカスカ。私たち親子と隣の夫婦以外は、ひとり旅と見えて、ひとりで座席ふたつを使っている。乗客がそろったと思えるころにも最前列に座る人はなく、隣の夫婦も、「誰も乗らないんだったら、前の席を使わせてもらいましょうか?」という話になっている。母も、一番前の方が広いので移りたいと言う。運転手が乗り込んで人数の確認を始めたところで、母が声をかけた。「前の席、空いてるのなら移りたいんですけど・・・」と、彼女は、「いや・・・空いてはいるんですけど・・・その・・・」と少し言いよどんだ後、きっぱりと言い放った。「嫌なので」観光バスの作りなので、運転席が一段低く、一列目に座ってる人がいると圧迫感があるというのはわからなくもない。空いてるんだから二列目から客を乗せるというのもいいだろう。でも、言い方ってあるじゃない?「後の席が空いてるのご利用ください」というので、私と隣の夫婦の奥さんの方が後方の空席に移ったのだけど、最初の一言のせいで、彼女のすることがいちいち気に障った。ボキャブラリーと想像力の欠如って、関係のない他の能力についても疑わざるを得なくなる。
2007年06月28日
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やあ、僕、シリマルダシくん。今日は暑いですね~。あまりの暑さに、びびあんさんも草むしりあきらめてぐったりしてるです。また、太りますよ~。さて、昨日はびびママさんの車で「あやめ祭り」に行ってきました。雨上がりのちょっとしめった感じが、あやめには最適ですね。へ~、僕、あやめ祭りなんて初めてです。びびさんも久しぶりだそうで、「気がつかなかったけど、あやめもいろんな品種があるんだね~」なんて、感心してます。バラなんかと同様、品種改良がすすんでるんですね。あ、びびさん、僕、このお花気に入りました。一枚撮ってください!中心だけ紫で、周囲が白くて、とってもきれいです♪へ~、黄色いやピンクのあやめなんてのも、結構、あるんですね。あとは、びびママさんが楽しみしていた植木市でお買い物です。あ、あそこになにかいるのです。鳥小屋があるのです。!!クジャクなのです。なんだか羽を広げてるのです。どうやら、怒ってるみたいです。怒らないでくださいよ。僕は君の餌なんかとりませんよ~。何だか、狭いところで、ちょっとかわいそうですね。
2007年06月27日
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先日、向田邦子の不倫の恋にふれた日記のタイトルは、2004年の正月ドラマで主題歌になっていた一青窈の曲のタイトルである。彼女の不倫の恋は、どうやら実を結んで結婚にもちこまれるようだけど。(← しかし、”仕事相手と恋に落ちては結婚する”男は、また、同じことを繰り返すんでしょうね)この不倫が取りざたされた時も、先方が離婚協議に入ってると報じられたときも、「自分の体験を歌詞にする人だから」と、さかんに『てんとう虫』の一部をとりあげていたけれど、私にしたら、「わかってないな」と思う。この度の不倫がなによりも色濃く語られているのは『指切り』でしょうが。家族のことを歌わせると泣けるのに、恋の歌になるといまいち迫力に欠けてた一青の歌詞が、この頃から力を持つようになってきたことも、CDでは全然いいと思わなかった『指切り』が生で聞いたら何とも胸に迫ってきたことも、この度のことで、「なるほど」と思った。「彼女には固定ファンが多いから、今回のこともダメージにはならないでしょう」なんて言ってるコメンテーターがいたけど、そんな次元の問題ではなく当たり前だ。彼女の場合、どことなく不幸な感じのたたずまいでいてくれないと歌もグッとこないわけで、大学の同級生と幸せな結婚なんてされた日には、逆に、とんだイメージダウンなんだから。さて、『指切り』だけど。あなたのためなら死ねると思い、秘密の約束はあるけど、本当は怖いし、指切りしたわけでもなくて、でも、大きな地震が来れば会いに行く。どうか明日も、私の気持ち揺れないで。もしふたりが別れたなら、みんなしたり顔で笑うだろうけど、ふたりは悲しいだろう。これが、不倫の恋をしてる女の歌詞でなくてなんであろう。(← あ、上のは相当なダイジェストですが)特に「大きな地震」のところは、グッとくる。私が妻ある男と恋をしていたとき、ふたりで並んでドラマを観ながら、「もし通勤途中で大地震に遭遇したら、 勤務先と自宅とどちらに向かうか」なんて話をしていたのだけど、ふと、「ああ、この人は妻のところにいくんだ」と思って悲しくなり、「でも、そうなったら会えなくなりますね」とポツンとつぶやいたなら、男は、「大丈夫だよ。会いに来るよ」と優しく言ったものである。つきあっていた期間に言われたどんな言葉よりも、私はこの言葉がうれしかった。会えなくなってからも、何度もこの言葉をかみしめて、「私は愛されていたのだ」と確認せずにはいられなかった。そう言えば、向田邦子の『冬の運動会』でも、それぞれに”もう一つの家族”を持つ男たちが、やけに騒がしい消防車の音を聞きながら、様子を見に駆けつけたいのに、それを許されず、ただやきもきと外を見るという場面があった。彼女も、自分の経験からこの場面を書いたんだろうな、とようやくわかる。不倫の恋人たちは、災害や事故にあったとき、駆けつけることができないのが、なによりつらい。ヘタをすれば、相手が死んだことを知ることもできない。「だから、やめておきましょう」というわけにもいかず。他の社会生活においては、嫌になるくらいルール重視なくせに、こと恋愛においてはたががはずれてて、すみません。だって、好きになるのってどうしようもない。
2007年06月26日
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母はたぶん「眠れない」という経験のない人だ。私が不眠をうったえても「眠れない時は、布団に入って目を閉じていればよい」という。口癖のように「早く寝なさい」と言い、要するに「眠れない」のではなくて「寝ない」のだと思っている。今回帰省してみると、ことさらその傾向が強くなっていた。自分が風呂からあがると、まずは、「早くお風呂入りなさい」。しぶしぶ従うと、あがってくるのを待ち受けており、自分が膝の運動をするのと一緒に、腹筋・ストレッチをしろという。私の体重増加もお気に召さないようで、そこもあわせて管理しようという意気込みなわけである。さて、一緒に運動をしたならば、「さあ、寝ましょう」とパチンとテレビと居間の電気を消して、有無を言わせず寝室へと追い立てる。考えてみれば、しばらくぶり返していた不眠はここに理由があったかも。自分のタイミングで布団にむかえないのはつらいものだ。一方、父は常に不眠気味の人である。今も睡眠導入剤を使っているし、時々、夜中に起き出しては、本を読んだり仕事をしていたりもする。私の「眠れない」をとてもよくわかっている。こちらも、父が居間でテレビをつけたままウトウトしていたりすると、その気持ちは非常によくわかる。そんな時、母がやってきて、「そんなことしてるんなら、ちゃんとお風呂入ってお布団で寝てください!」とたたき起こしてしまうわけだけど。ああ、父ちゃん。だから、あなたは常に「眠れない」のですね。。。昨晩、珍しく母が、「眠いから先に寝るわ」と、私が風呂にはいるのも見届けずに寝室に向かったので、自分のペースで過ごしていたら、早い時間に寝たはずの父が起き出してきて、ぼんやりとテレビを眺めていた。私は隣の部屋でブログを書いていたのだけど、気配に気がついて、父の隣に立ち、「お母さん、『寝ろ、寝ろ』って言うけど無理だよね」「んー」「自分のタイミングじゃないとね」「んー」「眠くなってから布団入った方が眠れるんだけどね」「んー」ってなぐあいに、会話ともつかない会話を交わし、お互い、不眠のつらさを慰め合った。(多分)母が先に寝ていたおかげで、自分のタイミングで布団に入ることができたし、父と少し哀れみあったおかげか、昨晩はすんなりと眠ることができた。早朝覚醒はあったけど。そんなわけで、今日は、「さあ、早くお風呂入ってきなさい。一緒に運動するんだから」とはりきる母に、「なにも待ってなくていいから、自分の体操すませて寝ていいんだよ」と言ってみた。「あら、そう?ちゃんと運動するのよ」なんて、ちょっと不満げだったけど、母は母なりに気を使って私の時間にあわせていた部分もあったようで、自分のペースで体操をすませ、寝室に向かっていった。お互い、手探りで気を使いあうのはよくないですね。
2007年06月25日
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それでもみっちゃんは時々メールをしてくる。もちろん、以前に比べるとトーンはずいぶん変わり、「体調はどうですか?」「昨晩は眠れましたか?」といった、同じ悩みを持つもの同志の近況確認のような感じ。今までは、いちいちどう返信すべきか悩んでいたわけだけど、いい解決方法にいきついた。みっちゃんよりも、病人の振りをする。ヘタに草むしりをがんばってるだの余計なことは書かず、なかなか眠れないことや、不眠を親に理解してもらえないことだけを書く。ずるいやり方かもしれないが、これで確実にみっちゃんはよりかかってこない。結局、親との話し合いの末、医学部受験はやめて今の学校を続けることに落ち着いたようで、治療を優先させながらも、今日からきちんと登校するとのこと。それにしても、「後継ぎの問題」と言ってるから、今の両親の歯科医院を、みっちゃんが継ぐということになっているのだろうか。どこまで親の目は曇っちゃってるんだろう。そんなこと無理だってば。そんな報告のメールが昨日届き、それなら、今日、登校した頃に返信でもしようと思っていたら、夜中に「またリスカしてしまいました。 彼氏おこして病院にいくべきですかね?」なんて着信が。(← メールしてる間に手当しろよ~)昨晩は、久しぶりに早い時間に寝付いてしまったから、そもそも今朝になるまで気がつかなかったのだが、これには反応せずに、昨日の予定通り、「天気が悪くて気分がめいるけど、登校できた? 私も人事から面談の連絡が来て緊張してます」みたいな感じでメールしてみた。そしたら驚くことに、「夜中に変なメールしてごめんなさい。 気力を振り絞って学校にきました。 人事との面談なんて、大変ですね」なんて、今までではちょっとあり得ない返事が返ってきた。少しは病状も落ち着いてきたのか。それにしても、結局、彼氏はみっちゃんの家に半同棲状態ってことか。しかも、医学部受験はやめても、そばにいるわけね。今度の人は、少し今までとは違うタイプかと思ってたけど、みっちゃんの前では、似たようなパターンに陥らずにいられないのか。もっとも、いきなりべったりにならずに適度な距離を保てる人は、みっちゃんの側からお断りってことになっちゃうから、仕方ないのかも知れないけど。。。
2007年06月25日
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ある程度の年齢になれば、その人の生き方が顔に出るようになるが、体にも同じことが言えるような気がする。だらしなくたるんだ体は醜いが、細くしまっていれば美しいかと言えば、それもちょっと違うなと思う今日この頃。鍛え上げられた肉体は美しいが、ただキープすることだけを目的としてキープされた若さには、少しも心を動かされない。先日、母が見ているテレビを一緒になって眺めていたら、「40年体型が変わらない」という女優さんが出演していた。体型維持の秘訣といった話をしていたのだが、同じ役を30年近く与えられ続けているという経歴を見る限り、年を重ねるにつれての役者としての葛藤であるとか、演技に対して上を目指そうという努力とか、おそらくはなかったんだろうな、という話の薄さ。確かに、細身で整ったプロポーションはきれいなのだが、積み上げられた歴史が見えないだけに魅力的とは思えなくて、うらやましいとも思わなかった。きつくノーズシャドーを入れて、照明で白くとばした顔ものっぺらぼうに見え、何となく遠巻きにちやほやされ続けた結果がこれかと、哀れにさえ思えた。きっと深く人と関わったこととか、自分を醜いと思うほど感情を高ぶらせたこととかないんだろうな。身体的な痛みさえ、感じたことないのかも。結局、母も退屈して、途中でチャンネルを変えていた。昨日、父と一緒に訪ねたその人は、作業中なのか、脱いだシャツをイスの背にかけ、日に焼けた腕をむき出しにしたタンクトップ姿で工房内をきびきびと動き回っていた。父の知るその人の兄という人は70歳をいくつも過ぎていると言うから、本人もある程度のお年とは思うが、ニコニコと工房の案内をしてくれる姿はいかにも若く、まったくもって年齢不詳。イスをすすめられ、腰をおろしてその姿をあらためてみれば、肌も体のラインも、それなりの年齢を示しているのだが、それが何ともチャーミング。(← といっても、そのお年にしてはかなり若いのだけど)私のはすむかいに立って話し続ける二の腕を見れば、他の部分に比べてぼってりと太く、「ああ、やはり二の腕につく脂肪のたるみだけはふせげないのだな」などと軽く落胆していたら、我々にコーヒーを入れようと背中を向けたその腕を見て驚いた。二の腕のふくらみは筋肉であった。しかも、左に比べて、利き腕であろう右腕のそれは異様に大きく、粘土をこね続けてきた彼女の歴史が、一瞬にして胸を打った。「ここは、千円の登録制にしていて、 登録した人は、好きなときに好きな場所で作業をして、 自分の作品を展示販売したりできるようにしてるんです。 見学の方にも、自由に入っていただいて、 自由に歩いてもらって、自由に話しかけてもらって、 そういう空間にしてます。 だって、私たちのやってることって立体ですから。 (← 彫刻という意味でなく、絵もふくめての芸術の話) 自分だけで閉じこもって黙々とやってるだけじゃ、 どんどん薄っぺらくなってっちゃうんです。 いろんな人とふれあって、話して、 そこからいろいろ教えていただいて、 まずは自分をいう人間を立体に作っていかなきゃ、 いい作品なんて作れないんです」相変わらず立ったまま、コーヒーカップを手に話すその人の顔は生き生きと輝き、茶色く日焼けた長い髪がたてがみのように揺れた。目指すなら、のっぺらぼうな細い二の腕より、ごつごつと左右のバランスを欠いたこの腕だな、と思った。
2007年06月24日
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やあ、僕、シリマルダシくん昨日は、庭木をきれいにした後、ちょっとおもしろいところに行ったよ。びびパパさんのお仕事の関係で、村の分校に行ったんだ。といっても、もう廃校になって、今は、芸術家の皆さんにアトリエとして提供してるんだけどね。びびパパさんのお友達が親しくしている彫刻家の先生がいるから、その人にご挨拶がてら、視察(?)なのさ。遠くから見ると、校庭にブランコが揺れてたりして、まさに小さな学校にしか見えないんだけど、建物に入ると、入り口から作品が並べられてて、すっかり芸術の香りが漂ってるのです。びっくりです。びびパパさんのお友達の作品も飾ってあるのです。大きな部屋では、絵画教室みたいなことをやってます。ご挨拶するのは、こっちではなさそうですね。。。あ、「アトリエ」って看板が出てるです。ここです、ここです。中に入ってみたら、ここにも油絵やら彫刻やら、たくさん並んでいるのです。なになに。この小さな作品は、買うこともできるのですね。なるほど、僕のお部屋にはどれがいいかなぁ・・・。軽石を削ってる男の人と、髪の長い女の人がいるのです。あ、びびパパさんが女の人に話しかけたのです。あの人が代表の彫刻家さんなのですね。僕も、一芸術家として、ご挨拶しておくのです。!!?いつの間にか、びびさんの膝のあたりを、大きい白い犬が匂いかいでるです。あんまり静かに近づいてきたので、全然気がつかなかったのです。こ、これは、もしや、びびさんのバックからのぞいてる僕を狙ってるとか・・・。(ビクビク)・・・と、思ったら、今度は、びびパパさんに近づいて匂いをかいでるです。あ、足元に座ったです。全然ほえないのです。動きも静かなのです。(ホッ・・・)っと、びびさん、わざわざ、こっちから近づいて行かなくてもいいじゃないですか。上にのって、一緒に記念撮影っ!?い、いや、ほら、僕はいいけど、お仕事中の方もいらっしゃいますし、ええ、遠慮しておきますよ。ざ、ざんねんだな~。はは。こ、怖くなんかないですよ。お、おりこうさんな犬ですね。(汗)・・・食われるかと思ったぜ。。。↑ 遠くから見たら「誰かがこっち見て座ってるっ!」と、ちょっと焦った。
2007年06月24日
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やあ、僕、シリマルダシくん。こちら会津でも、ちゃんと活躍してるよ♪毎日、草むしりしてるびびさんを温かく見守ってるし、今日は、びびあんさん、びびパパさんと一緒に、びびパパさんの実家のお庭をきれいにお掃除してきたんだ。びびパパさんが、草刈り機で家の周りの雑草を刈っている間、僕たちは、道路にはみ出した植木の枝を切るのさ。↑ おお、だいぶ茂ってますな。まあ、僕とベビマルダシは枝切りばさみが持てないから、主に、びびさんの応援っていうか、指導だけどね♪ちゃんときれいに仕上げるには、はみだしたところだけを切ってちゃだめで、その枝の根本を見極めてはさみを入れるのがコツなのです。そのためには、僕が正しい切り方を指導する必要があるのです。あ、びびさん、その枝はもっと下の方から切るのです。そうそう。えっ!そこ切ったら、僕がのってる枝が落ちちゃいますよっ!!ああっ!・・・・。。。ふーっ、だいぶスッキリした。って、写真で見ると、あんまり差がわからない。。。(涙)
2007年06月23日
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連日、向田邦子の話題でなんなのだが、彼女のドラマには、スリッパと台所の玉のれんが出てこない。向田邦子自身が「そのふたつはセットに使わないでください」とこだわったのだ。玉のれんは単純に見た目が悪いと言ったような理由でよく覚えていないのだが、スリッパを出さない理由は「なるほど」と思ったので、よく覚えている。スリッパがあると、廊下から座敷への出入りを同じ所からしなければいけなくなる。登場人物の導線がスリッパに左右されてしまうことになるし、例えば、嫁姑の言い争いがあって、どちらかが飛び出していった後、ポツンとスリッパだけが残されているのも変だから、というのである。だからと言うわけではないが、一人暮らしの東京の家にはスリッパがない。たかがワンルームのフローリングなのだし、台所や風呂場など、必要な場所にだけマットをひいておけばよろしい。第一、何足用意しておけばいいのかわからない。ひとつでは、来客があった際、ひとりだけスリッパを履くというのも変だし、かといって、そこにあるスリッパを無視するのもおかしい。大勢友人を招くこともあるので、常にじゅうぶんなだけ用意するとしたら、年に数回のために、ずいぶんなスペースを必要とすることになる。そんなわけで、普段は家でスリッパを履く習慣はないのだが、実家に戻ってくると、そうもいかない。北国の一軒家で、冬の廊下を靴下で歩くのは冷たくてつらい。なので、寒い時期にスリッパは必需品となるのだが、それ以外の季節は靴下で、と切り替えるわけにもいかず、結局、季節ごとにスリッパを買い換えて履き続けることになる。家族それぞれ好みの色柄のものを、客用には別にひとそろえ、とあるわけで、(← ちなみに今、私が履いているのはピンクのツボ押し付き)スリッパによって各人の在・不在がわかってよさそうなものだが、それが、そううまくはいかない。座敷にあがるときに脱ぎ、トイレに入るときに脱ぎ、ソファスペースのラグマットの上では脱ぎ、とやっていると、いつの間にか、どこかに置いてきてしまう。トイレを使おうとしたら父のスリッパがあるので、出てくるのを待っていたら、実は座敷で昼寝をしていたとか、風呂上がりにさて自分のスリッパを履こうとしたら、ちゃっかり母が履いてしまっていてどこにもないとか、自分のスリッパを探して、裸足でウロウロするといった妙なこともしばしば。来客があると、もっとおかしなことになる。ラグの際でスリッパを脱ぐ人、脱がない人がいて、お互いもぞもぞと足元を気にしてみたり、履いてきたスリッパを置いて靴下で玄関に向かう人がいて、誰もいないのに、スリッパだけがごっそり残されていたり。なるほど、向田邦子の言うとおり、スリッパに導線を左右されるし、見た目も美しくない。私もドラマを書くならば「スリッパは使わないで」と言おうと思う一方、雑然とスリッパがちらばる家庭のリアリティを描くのもおもしろいかもとも思う。そして、ぼんやりそんな夢を見てるんだったら、さっさと何か書けよ、と、もっと強く思う毎日。
2007年06月22日
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スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』村上春樹訳、読了。父の本棚から拝借。『華麗なるギャツビー』は、多分中学生くらいの時に読んでいて、でも詳細は霧の彼方、何だか読みにくかった覚えだけあるので、村上春樹訳なら、どれだけ面白いものになってるかと手に取ったのだけれど、劇的に読みやすくなっているというわけでもないな、というのが、とっかかりの感想。全部読んでみれば、要するにこれは前ふりの長い小説なんだなと思う。なので、前半は村上春樹が自分の文体で違う人の小説を書いてる気がして、(← いや、まさにその通りなんだろうけど)なんとも窮屈な感じが拭えないのだが、話が本題に入るととたんにのってきて、読み慣れた文章でぐんぐん物語が入ってくる。あとがきにおいて村上春樹は「親切な翻訳者」であろうと試みたと書いている。本文に限って言えば、その言葉に疑問を感じなくもないのだけれど、「あとがき」がとても親切に書かれているので、そこまで丸ごと含めると、「ああ、村上春樹訳で読んでよかったな」と、つくづく思える。もちろん、村上春樹自身が「『不朽の名作』はあっても『不朽の名訳』は原理的に存在しない」と言っていて、(← だから彼は翻訳を手がけているわけで、私も非常に賛成)本人も認めているとおり、やがて、この訳も古びていくのだろうけど、この時代に今の私が読むには、やっぱりこれなんだろうな。読んだ年齢のせいもあるのだろうが、ようやく、どんな小説なのかが理解できた気がする。ひとつ「親切な翻訳家である」ことに疑問を感じたというのは、”構想二十年、満を持しての翻訳”というだけあって、読み込みに読み込んだ彼の中では自明のこととなってしまって、こぼれ落ちてしまっている「親切さ」があるように思ったからだ。『グレート・ギャツビー』フィッツジェラルド28歳の作品。だったら、「『グレート・ギャツビー』が翻訳できるくらいの腕になってるであろう60歳になったら」などと言わずに、「どの日本語訳も、僕の知ってる『グレート・ギャツビー』とちょっと違うぞ」と思った勢いのそのままに、若いうちに訳してしまってもよかったんじゃなかろうか。もちろん、今までの村上春樹の実績が、自分の望むような形での『グレート・ギャツビー』を出版させたのだと理解したうえでの”if”なんですけどね。だって、「僕は30歳になった。 自分に嘘をついてそれを名誉と考えるには、5歳ばかり年を取りすぎている」なんて小説、若い訳で若い時に読みたいじゃないですか。「ノーベル文学賞候補か!?」なんて作家の訳で、30歳をいくつも越えてから手にしてしまうと、微妙なズレを感じてしまうわけで、なんか、ちょっともったいない。ところで、本文はともかくとしても『華麗なるギャツビー』というタイトルの日本語訳は、なかなか素晴らしいと思うのですが、そこは「本当にこの小説の素晴らしさを知るには、原文を読み込まないと」と感じる村上春樹にとっては、やっぱり『グレート・ギャツビー』なんでしょうね。『ライ麦畑でつかまえて』じゃなくて『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だったように、ね。それにしても、私は、その本を読むために本を手に取ると言うよりは、文章を読んでないといられないから本を読んでるようなところがあるので、新刊を「待ってました」と手に取ることはまずなくて、「何か読むものないかな?」と目に付いたものを読むもんだから、他の方の参考になるような読書日記には、ちっともならないですな。
2007年06月22日
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ふたたび、小林竜雄著『向田邦子 恋のすべて』の話。読み終えて居間におきっぱなしにしていたら、父が手にとって読んでいた。が、その後、「おもしろくない」と言って途中でやめてしまった、とは母の談。あら、残念。多少読みにくい文章だな、とは思ったものの、私はじゅうぶんおもしろかったのだけど。おそらく、「向田作品」に興味があって読んだ人と、「向田邦子」自身に興味があって読んだ人の違いなのかも。それと、おもしろく読むためには、ある程度の向田邦子像を持っているという前提条件が必要とされる作品かも知れない。特に第一章は、妹和子氏の著書『向田邦子の恋文』を読んだことがあるか、それを原作とする2004年正月のドラマ(山口智子主演)を見ていたかでなければ、「何をそんなに、そこにこだわっているのかわからない」かもしれない。ひたすら向田邦子の”ある不倫の恋”の話なのである。まあ、父向きじゃない。でも、そこでやめずに読んでいけば、向田邦子と演出家、プロデューサーたちとの作品をめぐっての戦いの話なんか、すごくおもしろいと思ったんだけど、もったいない。久世光彦氏による2冊の向田邦子をめぐるエッセイなんて読んでると、いかにも久世氏が彼女にとって特別な存在で、「ああ、だから死後の彼女のドラマは彼が撮ってるのか」なんて、納得しちゃいそうになってたんだけど、小林氏によれば、久世氏の演出方針に納得できなかった向田邦子が『時間ですよ』を途中で降り、以降、「脱久世路線を歩んだ」とあり、ふたつの向田邦子像を並べてみると、ある意味久世氏の片思いっぷりがほほえましく、おもしろい。あ、でも、これも久世氏のエッセイを読んでること前提の楽しみ方か。あと、向田ドラマはキャスティングを決めてからの、いわば”あて書き”なのだが、俳優の演技の内容によって、向田の力の入り方が変わってきてしまい、「話が違う」と不満をもらす人もいたとか。う~ん、こういう裏話っぽいのも、父ちゃんは好きじゃないか。。。まあ、何でもかんでも父親と共有しようってわけじゃないからいいのだけど。(← 私ったら、すごいファザコンのようですね)ところで、第一章で描かれている向田邦子の不倫の恋について。2004年正月のドラマは、母とふたりで観た。(← だから、父は全然ピンとこなかったんだろうけど)妻子と別居し、別棟の老いた母と暮らす体の不自由な元カメラマンの男。当然、収入もなく、邦子が生活の面倒を見ていて、仕事帰りに男の家に立ち寄ると、夕食を作って一緒に食べてから自分の家に帰っていく。結局、男は自ら死を選んでしまうのだけど、私は、一瞬でもこれほど激しく誰かを愛し、それを仕事に昇華させていったのだから、それはそれで邦子は幸せだったのだと思い、その感想とあわせて、「私もこんな生き方するのかもしれないな」とポロッと言ったところ、「そんな悲しいこと言わないでよ!」と本気で母に泣かれてしまった。この件では、後日、妹に「親にそんなこと言うもんじゃない」と、厳しく叱られた。確かに、口に出してしまったことは深く反省。でも、基本的な気持ちは変わっていない。今回、この本を読んだことで、それを再確認することとなった。これは、母と私の結婚観・人生観の違いなのだからしかたがない。親不孝かもしれないけど、ごめんね。
2007年06月21日
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一時期好調だったのに、ここに来て、また眠りの具合がおかしい。12時過ぎには布団に入るものの、だいたい2時過ぎまで眠れない。一瞬ストンと寝たかと思うと、4時過ぎに覚醒し、あとは変な夢を見ながらうつらうつら。ようやくまた眠りのしっぽが見えてくる8時頃には起こされてしまうので、常にぼんやりしてる感じで、昼寝したらしたで夜に響きそうであえて起きててみたりもするのだが、どうにもうまくいかない。で、ちょっと今日は限界感。例によって、母に詳細を説明するのも面倒なので、「頭が痛いから横になる」とだけ言って、昼食もとらず、昏々と眠り続けた。とは言え、ひっきりなしに変な夢は見続けるし、胸の痛みはあるし、トイレ行きたくても体が動かないから、手すりにすがって階段上り下りしなきゃだし。(← よりによって、私の部屋は2階にあるもので)まあ、案の定、夕方には体調もよくなり、夕食食べて、日記なんか書いてるわけですが。実家にいると、ここまで体調の悪い日は、何と言っても、母のテンションにあわせるのがつらいので、こんな感じに”ずる休み”体制になってしまう。ひとりなら、ぼんやりテレビながめるなり、パソコンの前に座るなり、本を読むなりくらいはできる程度の体調だと思うんだけど、母といると、それが許されない。散歩するなり、草むしりするなり、体を動かせと尻をたたかれ、ひっきりなしに話しかけてくるので、ずっと黙ってるわけにもいかず、これが父とふたりなら、起きてボーっとしてるだけでもいいのだけれど。もちろん、ちょっと低調の日にOFFにしてしまわず、少しがんばってみる気になるという点ではよい傾向なのだと思うけど、30%程度でのノロノロ運転を許してもらえないというのはしんどい。「許してもらえない」っていうよりは、「察してもらえない」が正しいのかも。私には私のペースってものがあるし、それも日によってずいぶん変わるって理解してもらえませんかねぇ。。。あ、もちろん、基本的には感謝してるんです。
2007年06月20日
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小林竜雄『向田邦子 恋のすべて』読了。私は、とにかく向田邦子が好きなのである。彼女が亡くなった時に、おそらく中学生くらいだったと思うので、リアルタイムで熱心にドラマを観た世代ではないはずなのだが、『思い出トランプ』のドラマをチラリと観てひっかかり、父の蔵書で作品を読むようになり、やがて「向田邦子ドラマスペシャル」なしでは正月を迎えた気がしなくなり、生き方、死に方も含めて、彼女に憧れるようになった。一時期、「目指すべきはドラマ」と思ってた時期があり、本気で「向田邦子のような脚本家になる!」と言っていたものだ。結局、いろいろな巡り合わせによって、ミュージカルにたどりついたわけだけど。脚本、小説、エッセー、ありとあらゆるものを読んできたけれど、結局、亡くなってしまった人の新作が出るなんてあるはずもなく、やがて本人の作品は読み尽くし、周辺の人々や、研究者(?)の描く向田邦子像にも手を伸ばすようになり、そして、本作。著者の前作『向田邦子 最後の炎』は読まないまま、書店で見かけて、パッと手に取ってしまったのだけど、この本を読んで、ひとつ溜飲を下げた。社会人にはなっていたので、おそらく10年ほど前。正月の「向田邦子スペシャル」も本人不在の長さにネタが切れたのか、向田作品をモチーフにした、久世光彦オリジナル脚本(←多分)でのドラマが放送された。で、とにかく気にくわなかったのである。タイトルすら覚えてないくせに、その時の感じた反撥だけは覚えているのだから私も執念深い。ドラマ自体「ああ、男性が書いたな」って感じがしたし、特に許せないシーンがひとつあった。寝たきりの舅を介護する嫁。何気なく布団の中に手を入れ、舅の性の処理をしてあげる。私はこのシーンに対し、「絶対に向田ドラマではない」と激怒し、当時つきあっていた彼に「向田邦子を神格化しすぎだ」と反論された。が、小林氏の本作を読む限り、私の思いは割と的確だったのだと知り、あの時の怒りに賛同者を得たようでうれしかった。向田ドラマにセックスがなかったわけではない。それは、あのときの私もわかってて、なおかつ怒っていたのだ。ただ、向田ドラマと久世氏の脚本の違いを、うまく表現することができなかったわけだけど。それが、この『向田邦子 恋のすべて』で正解を得たように思える。あのドラマのあのシーンには、「行為」はあったが「色気」はなかった。向田邦子なら、「行為」を書かずに「色気」を書いたはずだ。ああ、よかった、すっきりした。とまあ、これはこれとして。この本を読んでの、もうひとつの感想。思っていた以上に、向田邦子という人は強気で脚本を書いていたようで、「向田邦子のような脚本家になる!」などどのたまうには、覚悟も自信も何もかも、私には足りないようだ。参ったね。
2007年06月19日
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例の着信許否の後、「ちょっと体調が悪くて」と返信しておいたのだが、その後も、頻繁にみっちゃんから連絡が入る。電話が鳴ったり、「大丈夫ですか?」とメールがきたり。しかもメールが、本当に「大丈夫ですか?」と一行なので、本当に心配して言ってきてるのかどうかいまいちわからず、こちらも、どのように返事すべきか、ずっとスルーしていた。が、やっぱり着信やメールにビクビクしちゃうわけで。おとといなどは、見知らぬ携帯番号から何度も着信があり、「こりゃ、彼氏か誰かの携帯を借りてかけてるとか?」なんて疑心暗鬼。近くにいた母が不審がって、「私が出てみようか?」なんて言っちゃってくれちゃったんだけど、本当にみっちゃんだったら気まずいわけで、「どうせ、間違いだからいいよ。 本当に用事のある人は留守電残すだろうし」と断ってみたり。このままでは、こちらがすり切れてしまう。いろいろと文案を練ってはみたものの、その先のみっちゃんの対応がみえないので、結局、「基本的に実家にいるので、体調悪くても何とかなること」「少しよくなったとしても、100%元気な訳じゃないので、 相談にのったりは難しいこと」だけを書き、「心配かけてごめんね」と付け足して送信。みっちゃんからも、「実家なら安心です。よかったです」とのこと。まあ、ぶっとぶようなおもしろい話は聞けなくなるが、こちらが疲れてしまうんだからしょうがない。どうせ、「テレビに出る」とか「オーディション受かった」とかは連絡してくるんだろうから、遠目に観察はできるだろうし。っていうか、病院変えたとか、私に聞いたカウンセリングルーム行ってみたとか、報告すべきことは、本当は他にあると思うけど。もう、彼女に多くは求めないから、これでいいや。
2007年06月19日
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恩田陸『まひるの月を追いかけて』読了。東京で途中まで読み進めていて「こりゃ、いけるかも」と思ったので、読み終えたらそのまま父に勧めるつもりで帰省の荷物の中に入れ、あえて先にサラ・ウォーターズを読んだのに。ラスト、「ありゃりゃ」です。なぜに、突然、物語が駆け足になってパタリと終わってしまうのか、非常に解せないのです。なんかもう、だったら、いっそのこと、始めから、付き合いの薄かった異母兄妹が旅をしながら理解を深めていく話にして、短編にまとめちゃった方がおもしろい作品になったんじゃないかと思うくらい。枝葉が多いわりに、全部中途半端で終わってるし、なぜ旅に出るのか、なぜ奈良なのかわからないし、第一、みんなして離婚したり、死んだりする必要性がちっとも見えないし。旅先で訪れる奈良の光景が細かく描写されているわけだけど、それが何かの伏線になってるというわけでもなくて、これまた、とっても気持ちが悪いのです。しまった~、これは父には勧められないよ。。。それにしても、本当に私の中での「恩田陸」ってば、振れ幅が大きいったらありゃしない。通常、「好きな作家」のカテゴリーに入ってくれば、その作品も「大好き」「好き」「普通」ぐらいにおさまってくれるもんだと思うけど、なぜに、この人だけは「大好き」「まあまあ」「なんだこれ」になるんでしょう。ああ、不思議。ところで、期待してなかったのに、父ちゃんったら「西の魔女が死んだ」を買って読んだそうな。「あれはすごいね~」とのこと。ほら、だから言ったとおりじゃん!なんて言いつつ、あれは「特定の世代の女性受けする小説なのかも」ともちょっと思ってたので、父にも受け入れられる作品とわかってうれしいのです。
2007年06月18日
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今日は午後から父の実家の畑で農作業をした。そろそろ収穫期の近いタマネギの周辺の雑草をきれいに引き抜く。他のお宅の畑の様子を見ていると、タマネギが丸々と頭をみせて収穫を待つばかりとなっているようだが、うちは、植え付けも遅かったせいか、もうしばらくかかりそうだ。それでも、一番大きく育っていたものをひとつ引き抜いて持ち帰り、夕食の冷やし中華にのせて食べた。新鮮なものは、何でもおいしい。ラディッシュを全部採ってきてくれと言われたので、葉っぱに手をかけたら、その下からのぞいた実があまりに大きくて、一瞬、別の作物かと思ってしまった。こちらは、完全に収穫期をのがしてしまったようだ。おいしかったけど。↑ 普通のかぶより大きく育ってました。
2007年06月18日
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サラ・ウォーターズ『夜愁』読了。この作家は『半身』を読んで、本当に驚かされた。結末に「やられた」と思ったミステリーNo.1である。そんな驚きを期待して本書を手に取ったのだが、期待は見事に裏切られた。いや、悪い意味でなく。全然別ジャンルと言っていい内容で、「『このミス』2年連続1位作家」なんて帯を巻かれちゃってると、そこだけ見てサラ・ウォーターズを初めて読んだ人なんて、「どこが『このミス』?」と戸惑うこと請け合いなのである。先入観がなければ、素直におもしろい。第二次世界大戦の戦中、戦後にわたるロンドンの物語。始まりは終戦後、大戦の爪痕の残る街。登場人物たちは、みんな幸福でない恋をし、人生に行きづまり、出口をなくしている。普通であれば、なぜ、人々がそのような行き止まりにいたったのか、未来に向けて物語を進めることで語られていくのだろうが、この小説は、いきなり時間を戻してしまう。その手法で驚かされるといえば、さすがサラ・ウォーターズなのだけど、そんなこんなで、この物語のきちんとした感想を述べるためには、何度か読み込んだ後でないと無理なように思える。以下、一読しただけの今の状態での感想。行き止まりに立つ登場人物の中でも、一番不幸なのはヴィヴだ。(← ヴィヴィアンという名前に反応した訳じゃないけど)彼女だけは、自分の意志じゃなく行動していて、いつでも「父親のため」「レジーのため」「弟のため」。つまりは、彼女自身のアイデンティティの薄さなのだと思うけど、だからこそ、映画館の前でケイを追いかけて指輪を返す場面が、私は一番好きだ。
2007年06月18日
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母が大叔母の葬儀に行ってしまい、父も日帰りの出張だというので、何だか不思議なひとりきりの日曜日になってしまった。午前中は恒例の草むしり。きれいにしたはずの庭が、あっという間に雑草たちに浸食されていて歯ぎしり。まったくもう、きりがないったらありゃしない。今日は、ひとまず畑区画をきれいにすることに。雑草にも季節感というものはあり、すべりひゆが増えてきた。スギナほど根が頑固なものでもないが、引き抜いて落ちた葉っぱから新しい芽が出るくらい生命力が強いらしく、憎たらしいくらいに増える。日差しが強くて、1時間ちょっとの作業でくたくた。お昼はご飯とお味噌汁、そばの実なめこ、それに、昨日、途中の山道で摘んできた青山椒をすりつぶしてマヨネーズとあわせ、畑で取れたラディッシュと、昨日いただいたアスパラガスにつけて食べた。簡単だけど、とても幸せなお昼ご飯。
2007年06月17日
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母と私で着物を譲り受けた大叔母が亡くなった。高速バスから降りたところで母から訃報を聞いた。住まいも入院先も東京であったので、行き違いとなってしまった。大叔母ともなれば、通常、付き合いなどあまりないものだろうが、母方の親族は、一族総出の旅行などたびたび行っており、特に祖父の姉妹たちには、幼い頃からかわいがってもらった。みんなで私の芝居も観に来てくれたっけ。既に亡い祖父の一番末の妹で、一番元気で、一番活動的で、姉たちを全員看取るまでピンピンしてるかと思っていたのに、「まさか」である。血のつながりから言えば葬儀に参加するほどの濃さでもなく、母だけが東京に向かったのだが、何だかポツンとさびしい。入院してからは、そんな姿を私たちに見られたくないと言っていたそうだし、衰えて死んだ姿なんて、みんなにさらさないでくれと言いそうだから無理して会いに行こうとは思わないけど、あの人にもう会えないかと思うと、じんわりと悲しくなる。お葬式なんて行ったら、大泣きしそうだから、ま、いいか。結局、母と私が一番たくさん形見をもらってしまった。
2007年06月17日
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あいさつ程度に顔を出す予定があるという父に同行して、母と私も一日でかけることになった。昼前に家を出て、車で父の実家のある町へ。あいさつをしてくるという父と離れて、私と母は近くのお寺にお参り。参道の茶屋で半分に切っただけのお饅頭を「試食だから食べろ」と勧められ、お茶をいただく。昔ながらの、笹で包んで藁でしばった笹団子を購入。次の予定まで4時間以上もあるため、近くで昼食をすませて、自治体の運営する温泉へ。ここは前回帰省したときにも母と来たお気に入りの温泉。水風呂と冷水器があるので、サウナも温泉もたっぷり楽しめる。100円マッサージ機で仕上げたところで程良き時間となり、本日のメインイベントへ。町の「束松街道とひめさゆりの保存会」の会合があるのだという。ひめさゆりは少し時期を過ぎてしまったが、その花見も兼ねて、保存会による下草刈りが行われ、夕方から反省会という名の飲み会があるので、そこに招待されているらしい。「ぜひ、ご家族も」とのこと。山深く分け入る道を15分ほど走ったところで、まずは、父と面識のある公民館長を訪ね、保存会会長を乗せた車に先導されて、ひめさゆり保護区に案内された。まさか車が通れるのかと思うような道を上り、ぽっかりと視界のひらけた広場に到着。そこから見下ろす斜面が、ひめさゆり保護区なのだという。花の盛りには山の斜面がピンクに染まるほどで、今年はもう終わりと言うが、それでも、目が慣れてくると、あちこちに咲いているひめさゆりの姿を見つけることができる。昔は、祝いの席などで村中でひめさゆりの根を取って食べても、(← ゆり根がごちそうになるほど、集落が貧しかったともいえるが)いくらでも咲いたのだと言うが、今ではすっかり数が減ってしまい、保護区を作って保存運動をしているとのこと。目を足元から、少し遠くに向けると、ひめさゆり保護区の向こう側に、そびえる”束松”(たばねまつ)を見ることができる。子を見送った親が、無事の帰りを待つために、松を束ねて植えたものが束松となった、というような伝説もあるようだが、ある特殊な遺伝のようで、本来であれば、地面に対して並行、もしくはやや下向きに伸びるはずの枝が上に向かって伸び、その姿が、まるで数本の松を束ねたように見えるために”束松”と呼ばれいるとのこと。なるほど、松とは思えぬその姿は圧巻。(← 写真じゃ伝わりにくいけど、ポコンとそこだけメデューサの頭みたいなの)しかし、松食い虫の被害で次々と”親””子””孫”の束松まではダメになってしまい、今見られるのは、”ひこ”だけであるとのこと。突然変異でなく、遺伝であるなら、周辺に同様の松がもっと見られてもいいようにも思えるが、それには時間がかかるのだろうか。さて、ひととおりの見学も終わり、いよいよ反省会の会場に案内される。農作業用の小屋の近くに軽トラックを並べ、屋根とトラックの間に煙草の葉用の日よけシートをはったにわか仕立てのテントの下、すでにバーベキューが始まり、盛り上がっているご様子。私たちはすっかり来賓扱いで、座布団を敷いた上座に案内され、次々とビールを注がれ、料理が運ばれ・・・。(← あ、運転する母はお茶です。もちろん)肉が豚と馬なのもこの地方ならではであるが、畑で取ってきたばかりというアスパラガスが何よりおいしい。このあたりの畑では、主にアスパラガスを作っているとのことで、我々が飲んでいる間に採ってきたというアスパラガスを、ひとかかえお土産にいただいた。すっかりご機嫌の保存会会長さんは、「会が始まったときは人数も少なかったが、 今ではこんなに大勢の人がボランティアで参加してくれるようになり、 ちゃんと新陳代謝もすすんでるんです」などとおっしゃっていたが、会場を見回す限り、代謝が進んでいるとは思えない年齢構成。この集落の戸数からして、保存会の活動を、若い人が厭うて参加していないだけとも思えない。自治体主導に移行するなどして保存活動そのものは存続できるかも知れないが、この集落の保存会ボランティアの未来が明るいものには見えなかった。宴はまだまだ続く中、まだ日のあるうちにといとまを告げ、山道を下り、ようやく見覚えのある景色に戻ってきたところで、「なんだか異界に行ってて、今、この世に戻ってきたみたい」と率直な感想を口にしたら、「そうだね」と、両親ともに笑いながら賛同。そして、父は、「あと5年もしたら、あの集落自体がなくなってるかもしれないしな」と、ポツンと付け足した。
2007年06月16日
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今回も激安高速バスにて帰省。ネットで予約して、カード引き落としだから、当日、東京駅八重洲口近くの駐車場に直接行けばいいので楽チン。ただ、そこは激安バス。別に専用でもない普通の駐車場に、出発時刻のちょっと前にやってくるわけで、待合所なんてあるはずもなく、暑い日も寒い日も、雨の日も雪の日も、屋根もない場所でぼーっと待つことになる。「10分前までには集合ください」となってるから、それまでには必ずバスもやっては来るのだが、長い時間立ちつくして待つのも何なので、ちょっと余裕を見て15分前くらいにつくようにしている。早めに着いちゃったときは、駅の中で時間つぶしたり。ところが今回は、乗ってた中央線がお茶の水駅で止まってしまった。何のトラブルがあったのかよくわからないが、とにかく、「しばらくこの電車は動かないので、東京駅に急ぐ人は、総武線・山手線と乗り継いで行ってくれ」と言う。ちょぴっと焦る。バスに乗り遅れるほどの時間じゃないけど、大慌てて走って乗り込んで、挙げ句、最後の乗客になるのはちょっと恥ずかしい。幸い、頭の中で予定していた時刻表より5分遅れくらいで東京駅に到着。早足で歩いて、ちょうど出発時刻の10分前くらいに着いた。驚くべきことにバスの座席は9割方埋まっていて、さらに、ひどく暑かった。ほぼ満席の蒸し暑い車内で、みんなじっとがまんして流れ落ちる汗を拭いている。運転手は運転手で「アイドリングストップ」とか律儀に守っちゃって、乗客は乗客で「出発すれば冷房入るんだから、がまんがまん」なんて思っちゃって、きちっと定刻に集合してることといい、ああ、私たちったら本当に日本人!私の後に数人の乗客がやってきたが、案の定、出発予定時刻より少し早く全員が揃い、バスは出発した。ようやくクーラーが効いてきて、ほっと一息。これが観光バスなんかだったら、それなりのお金も払ってるわけだし、いろいろな地方のお国柄なんかも出で、遅刻者が出たり、待ち時間が暑いことに文句つける人がいたかもしれないけど、なにしろ、知る人ぞ知る激安高速バスなので、ほとんどの乗客が、地元と東京を行き来している人と思われ、いかにも、これって東北の人々だよな~。その後、2回あった15分間のトイレ休憩も、10分もたたずに全員席に戻っていて、おかげさまで順調にバスは進んで、予定より40分も早く到着しましたとさ。
2007年06月15日
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都内の私鉄の駅で、知り合いを見つけて駆け込み乗車をしようとした女性が、扉に指を挟まれてひきずられ、怪我をしたというニュース。案の定、私鉄側の安全対策に問題があったのではないかという論調で伝えられている。「怪我をされた方はお気の毒ですが、『駆け込み乗車はおやめください』という アナウンスが繰り返されていることも、意識して気をつけていただきたいと思います」とコメントしたキャスターがいて、とても共感した。事が起こったとき、大衆は大きなものに責任を求める。使い方が間違っていたのに、製作販売した会社が悪い。個人が起こした事件なのに、属していた学校・組織に責任がある。(←公務員、先生に限って、こういう言い方されるのが、ホントむかつく)とにかくなんだか、国やら政治やらが悪い。私は、こういうのが、本当に嫌だ。基本的に責任は個人が負うべきで、自分の仕事のせいもあると思うが、一教師が犯した殺人のために、校長先生が被害者遺族に頭を下げていて、しかも、遺族が校長を責めている映像なんか見た日には、「じゃあ、一般企業に勤めてる人が事件起こしたときも、 いちいち社長に頭下げされるのかよっ!」と、めちゃくちゃ突っ込みたくなる。もちろん、職務に関することで問題を起こした場合は、組織自体が責任問われても当たり前だと思うけどね。昨年だったと思うが、事務用シュレッダーに幼児が指を挟んで切断されたということがあった。このときも、企業の責任を問う声が多く、メーカーも、「挿入口の幅を狭くするなど検討したい」なんて謝っちゃってたけど、あれって事務用機器だったじゃないですか。もともと、ちびっ子が近くをウロウロするなんて想定してない製品なわけでしょ?実は、同じ製品を事務所で使っていたのだけれど、ネクタイやネックレスの吸い込みを気をつけるのはもちろん、使用後はコンセントを抜くようにしていた。それが当たり前なんじゃないの?特に、自宅を事務所としていてシュレッダーを置いているのなら、子供が近寄ることを考慮して、使うときだけコンセント入れるとかするのが当然だと思うけど。もちろん、我が子を傷つけてしまったショックから、責任を誰かに転嫁して楽になりたい気持ちはわからないでもないが、なんでもかんでも誰かのせいにするもんじゃないよ。あれ以上挿入口狭くされたら、事務用として使うには不便だっちゅーに。子供がいて不安なら、家庭用買えばよろしい。で、電車の話に戻る。数年前の大久保駅での事故。酔って線路に転落した男性を、韓国人留学生が助けようとして命を落とした。JRの安全対策を問う論調が多く、美談として、留学生の彼の物語は映画にまでなっちゃったわけだけど。。。私はずっと疑問だった。だって、線路上に人がいるって目視できた時点でブレーキかけたって間に合わないくらい、わかってあげたっていいじゃないですか。んでもって、「緊急停止ボタン」がホームにあるって知らない人満載だったのが、私はびっくりだよ。毎日、電車なり地下鉄なり利用してれば、目にするじゃない?どんだけ自分の周囲のことに無関心なわけ?で、常盤台駅で線路に走りこんだ自殺願望の女性を助けようとした警察官が死亡したときも、駅の利用客が、平気で「停止ボタンは知りませんでした」って言ってるのにびっくり。大久保駅の事件って、ほんの数年前じゃん。その時さんざん話題になって、その後、各駅で増やしたりしちゃってたのに、「知りませんでした」って言うことを、恥ずかしいとは思わないのだろうか。おととしのドラマ。東京を大地震が襲い、自分も被災者でありながら、被災者を救おうとする病院スタッフの物語。選挙対策も見越しながら避難所に足を運ぶ政治家。しかし彼は、医療スタッフや消防隊員たちの姿をみて、思いを変えて行く。そして、焼け跡のような道を非難物資を背負いたどり着いたある避難所で、「なんとかしてください!」と、ひたすら政治に救いを求める人々に絶望して言い放つ。「あなた方は、自分で何かしましたか? 三日分の水と食料は用意しましょうと言われながら、 そのとおりにした方はいるのですか? 何もしていなかった人に限って、誰かのせいにしたがるんだっ!!」これはこたえた。それ以来、私は、三日分の水と食料は欠かせない。その後の脱出ルートなども検討しているというと、「生きてること前提ってのがすごい!」って言われるんだけど、(← なぜか、そう言うのはほぼ男性)準備してなくて生き残ったらどうするのって話である。その時になって「助けてくれ」って言われたって困る。自分(および、自分の家族)の面倒くらい、自分で見ましょうよって話である。
2007年06月13日
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長く実家に帰っていると、早寝早起きの規則正しい生活、および、その間ほぼ断酒のような生活になるので、(←飲んでも、350mlの缶ビール1本とか)東京に戻ってくると反動でグダグダになっていた。昼からワインあけてデロデロになってたり、朝までバー「B」でズルズルになってたり、何となく寝るタイミングを逃してボーっとテレビ眺めて徹夜しちゃったり、結果、毎日二日酔い気味だったり、引きこもりだったりしてたもの。が、今回は、実家での生活が身についてきたのか、1時前くらいには眠り、7時くらいには目が覚める。あら不思議。おととい、田舎から戻ってきた日は、バー「B」でイケメンくんの誕生会があったので出かけていったんだけど、結局、2時くらいには家に帰って寝ていた。みんなで朝までデロンデロンに酔っ払うつもりだったんだけど、長らく飲んでなかったせいか、旅の疲れがあったのか、何だか眠いし、気持ち悪くなってきちゃって、早々に退散。で、目が覚めてみたら、8時前だし、酒は残ってないし、あらま、とってもいい感じ♪とは言え、予定では、朝まで飲んでて、一日中ズルズルしているつもりだったので、特に何をする気にもなれず、パソコンの使わないソフトを削除したり、プランターに新しいハーブをまいてみたり、のんびりと一日を過ごした。今日も、パチッと朝早く目が覚めて、念願の衣替えを済ませ、トイレを掃除して、模様替え。思ってたより、浴衣を持っていることに気がつく。大叔母から譲り受けた薄物もあることだし、今年の夏は、着物着まくらなくちゃ。夕方、病院にいって診察を受ける。まあ、徐々によくなってはいるようだ。明日はマッサージでも行ってこようっと。↑ 100均、300均グッツを駆使したトイレの箱庭。
2007年06月13日
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とは言え、子供の無邪気さとは残酷なものだから、そういう子供を否定はしないのだけど。私がそうだった。思えば、ずっと演技していたのかもしれないと思う。一番わかりやすい例を挙げるとすれば、作文・感想文は手加減して書いていた。読書感想文の本を選ぶのからして、計算していた。本当は普段、もっと難しい本を読んでいるのに、あえて、年齢にふさわしい本を選んでいた。「小学5年生だから、ここら辺にしとくか」って感じである。書く文章だって計算していた。小学生らしいボキャブラリー、中学生らしいボキャブラリー、そのラインを超えそうになるのをおさえて書いていた。それでもって先生に褒められて、コンクールで賞をとってたんだから「大人なんてチャラい」って思うようになってった。まあ、どこかで、「親だけは侮れない」と思っていたけれど。だからこそ、同級生たちが子供らしくふざけたり反抗したりしてるのを見て、「もっとうまくやればいいのに、バカだな」と軽蔑してたわけで。が、そこまでも演技して隠せるほどに大人だったら違ったんだろうが、そこは子供だったから、あからさまに見下してしまってて、結果として生きにくい子供時代をおくってしまったんだけど。で、最近話題の王子たち。ゴルフの王子様を見ていると、ちょっと昔の自分と重なる。彼は「大人の思う高校生らしさ」を演じてる感がありありな気がする。インタビューを聞いていると、あれだけ気の利いたコメントができているのだから、本当はもっとボキャブラリーも豊富なのだと思うし、辛らつなことも言いたいのだと思うけど、あえて「爽やかな僕」におさえる感じがする。見た目がああなだけに、下手なこと言えないよね。そこもふくめて、どこかで演技してるように見える。一方、野球の王子さまは素だわな~。むしろ、大学生なんだから、もう少し語彙増やそうよとか、多少気の利いたこと言おうよとか、お姉さんは気になるよ。大学名にしては、ちょっとコメントがおばかさんだと思っちゃうんだけど。。。
2007年06月12日
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その後も、みっちゃんからは一日に一度、電話がかかってくる。とりあえずスルーしていたのだが、今日、東京に戻ってきて中央線に乗っているときに携帯がなったので、簡易留守電に切り替えるつもりが、着信拒否を押してしまった。もう面倒は見切れないと決めたのだから、「それはそれでよかったじゃないか」と思う一方、やはり、「申し訳ないことをしてしまった」と思ってしまう自分がいる。家に着くまで、「間違って切ってしまった」とメールすべきか、それとも、「これ以上、素人が相談にはのれない」ということも伝えるべきか、鬱々と考えながら歩いた。帰宅して、携帯を確認したところ、みっちゃんからメール。「最近、連絡が取れませんがお元気ですか?」さて、何と返信すべきか。
2007年06月11日
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フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』読了。父の本棚から拝借。カーネギー賞を受賞した英児童文学の代表作とのことだが、どうにも文章が読みにくくて、思いのほか読み終えるのに時間がかかった。ただし、読み終えてみて、物語としては秀逸。文章の読みにくさに気を取られていて、ラストを想像することに思いが及ばなかったのが、かえってよかったかもしれない。母が外出のため、父とふたりで夕食をとりながら、感想をつきあわせる。「児童文学とは言うけど、子どもが読んだら文章がおもしろくなくて、 最後まで読まないかも知れないね」と私。「おもしろい話だけど、実はすごく難しい話だから、 結局、子どもでは理解できないかもしれない」とは父。なるほど、読み終えて全体像がつかめないと、いまいちとりとめのない話で終わってしまうかもね。本を読み慣れている子だったらいけるだろうが、嫌々読書感想文を書くために読まされたら、さっぱり訳がわからないってのはあり得る。私は前者の生意気なちびっ子だったもので、後者の気持ちまでは、いまいち想像がおよばない。さらに父曰く、「一部分だけ抜いたら、ちっともおもしろくないもの。 『ゲド戦記』なんかだと、一部だけ読んでもおもしろいもんな。 児童文学とはいうものの、大人向けの児童文学なんだろうな」なるほど、なるほど。例えばテストなんかで、この本の文章の一部が出題されていたとして、「おもしろい」と思って、全部読んでみようなんて思わないだろうね。『ゲド戦記』も十分、大人向けの児童文学だとは思うけど。(← 映画は観てないので、そちらの批評はできませんが)結局、「訳した高杉一郎氏が、英文学の専門家で児童文学の専門家じゃないんだな」なんて結論に達して、ふたりで悦にいってたのだけど、検索してみたならば『英語圏における児童文学全集』なんて出していらっしゃる大家だった。ああ、恥ずかしい。訳された時代が古かっただけなのねん。逆に、父は、昨日今日と私が持ってきた本を読んでいて、恩田陸『クレオパトラの夢』については、私が抱いた感想とほぼ同じだった様子。以前、短編集を持ち帰った時には、いたく感心して、「おもしろい作家がいるもんだ」と気に入ってたんだけど、「この人は、短編はいいけど長編はダメなんだな」とつぶやいたので、慌てて『六番目の小夜子』なぞを薦めてみた。梨木香歩『家守奇譚』はとても気に入ったらしく、昼寝の布団の中で読み返していたようだった。曰く「この人のボキャブラリーは素晴らしい」梨木香歩を知らなかったようなので、これまた『西の魔女が死んだ』を薦めておく。これこそ、大人のための児童文学ですよ。とはいえ、わざわざ探してまで読まないと思うので、今度、わざとお薦めをそろえて持ってきてみよう。
2007年06月10日
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あちこちで用事をすませる途中、父方の実家に立ち寄った。今日は畑仕事をする予定はなかったので、園芸部もお休みのはずだったが、母が部屋の空気を入れ換えたりしている間、畑と庭をウロウロして、食べられる野草を採集。ヨモギ、アカザ、シロザ、赤紫蘇、ヘビイチゴ。赤紫蘇は、刻んで醤油につけて「紫蘇醤油」に。1日くらい置くと香りがついてよいそうなので、明日以降のお楽しみ。ヨモギは、柔らかい葉を摘んで軽くゆでてから刻んで、ちくわと一緒にチヂミ風お好み焼きに。他に何を入れたわけでもないのに、ほんのりとヨモギが香り、タレをつけなくてもおいしくいただけた。簡単に手に入る野草で手軽な一品が完成。アカザ、シロザは基本的に同じ草なのだろうけど、若葉の中心に赤く粉をふいたようになっているのがアカザ、白く粉をふいたようになっているのがシロザ。これまた柔らかい葉だけを摘んで軽くゆでる。色と味は、まるでほうれん草。なので、かつお節をのせておひたしで。何も知らない人だったら、ほうれん草だと思って食べるくらいそっくり。さて、ヘビイチゴ。これは名前が悪いだけで、食べて毒のあるものではなく、生の実にほとんど味はないが、ジャムにすると風味が出ておいしいと本にあった。ぜひ、試してみたいもの。きれいに洗って、砂糖と一緒に煮詰める。意外なことに、きれいな紫色に仕上がる。レモン汁を加えてできあがり。味はまあまあだと思うが、冷めるにつれ粘りけがなくなり固まってしまった。お菓子として食べられなくはないが、少なくともジャムではない。。。何が悪かったんだろう?それとも、こういうものなのか。それにしても、料理はするものの、お菓子作りはまったくなので、ジャムを煮るなんていうのも初めてのこと。初めて作ったジャムがヘビイチゴというのも、園芸部員らしくて、なかなかおもしろい。↑ ヘビイチゴのジャム? ヨーグルトに混ぜて食べたら、おいしゅうございました。
2007年06月09日
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おとといの夜から、そう言えばあちこち痒かった。昨日、草むしりを終えて腕を見たら、虫刺されのような赤いポツポツ。げげっ。夜、お風呂に入って体が温まったら、腕だけじゃなくて、足も背中もお腹も、そりゃもう全身むずむず痒い。風呂上がりによくよく点検してみれば、そりゃもうまんべんなく赤くポツポツしちゃってる。連日の草むしり中、虫に刺されまくったのか、何かの草にかぶれたのか、それとも、都会暮らしに慣れたこの身には、田舎の暮らしが辛くて拒絶反応が出たのか、ああ、拘置所がつらくて蕁麻疹でちゃったパリスの気持ちがよくわかるわ~。んなわけない。寝てる間に何か虫に刺されたに3票。(←つまり、家族で意見が一致)
2007年06月09日
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ここ数日、とても眠りの質がよい。夢を見ることもなく、ストンと眠り、すっきり目覚める。規則正しい食事と草むしりのおかげか。今日も午前中いっぱい草むしりをして、昼食を食べたら、眠くて仕方がない。午後は買い物にいくつもりでいたのだが、朝畳んだ布団を敷き直し、ちゃっかりパジャマに着替えてもぐりこんだ。17時過ぎまで熟睡。今日の場合は、昨日、みっちゃんの相手をした疲れが残ってたかも。「眠い」だけじゃなくて「だるい」感じ。それにしても、よく寝た。幸せ。今日の草むしりは、車庫の裏。もともとは砂利が敷き詰められていたのだが、昨年、採集してきた浅葱を自宅でも食べられるようにと土を入れて、小さな野草園にしようとしたのが運の尽き。適度な湿気と日当たりの悪さで、ドクダミ畑のようになってしまった。ドクダミも、根や若葉を利用できるので野草と言えば野草なのだが、母が嫌うので、温存することなく徹底駆除することに。きれいにしてみたら、きちんと浅葱は育っていた。葉のシーズンはそろそろ終わりなので、秋になったら根を食べることにしよう。楽しみ。本日、みっちゃんからはメールが1通、電話が1回。共に無視してみる。今までの経験からすると、痛くもかゆくもないだろうが、これで「見捨てられた」と感じたとしても、それもまたよし。
2007年06月08日
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草むしりに励んでいた午前中、みっちゃんからメールが着信。「今、電話してもいいですか?」ちょうど一息つきたいところだったし、腰を伸ばすついでということで「どうぞ」と返す。かかってきた瞬間から涙声である。やっぱり大学行くのが辛くて、昨日も1限だけで帰ってきたし、今日は行くことができなくて、意地悪してた子たちが「噂だけ信じて変なこと言ってごめんね」なんて謝ってきたけど、すぐに信用できないし、仲良くなんかできないし、受験勉強も行き詰まってて、親にも理解してもらえなくて、もう、どうしたらいいのかわからなくて、さっき薬飲んだけど落ち着かなくて、etcとりあえず、メール返してよかった。私が返信しなかったばっかりに手首切られたんじゃ寝覚めが悪い。どちらの方に向かうにせよ、まずは今の不安定な状態を落ち着かせることが先決で、そのためには、信用できる医者にかかる必要があること。とにかく、今の病院は変えるべきであること。「休め」とか「進め」とかは、医者の判断をきくのがよいと思われること。何度したか分からない話を、噛んで含めるように繰り返し、「私もそう思うんですけど、でも、親が・・・」と言うのを、「『大学やめちゃダメ』『医者変えちゃダメ』って、 親の言うとおりにだけしてたら、結局、何も変わらないわけでしょ? 学校のことはともかく、病については生活全般にかかわるんだから、 そこは言うなりになってちゃ一歩も進めないと思うけど」と、ちょっと強めに押してみたら、みっちゃんも落ち着いてきて、「そうですね。そうします」と電話を切った。午後、母と買い物をして帰ってきて携帯をみたら、「これから、メールで相談していいですか?」との着信。朝の電話での鬱っぷりのこともあったので、「買い物に出てて、帰ってきたところ。今からでよければどうぞ」と返信したら、すぐにメールが着た。「医学部受験のこと、みんなは絶対無理だって言うし、 学校通いながら一年でって難しいと思うけど、 反対されても、自分の思うようにしたほうがいいんですよね」って、何回同じことを聞いたら気が済むんだ。「今、受験をあきらめたら、あきらめきれないんだろうから、 それは挑戦するしかないと思うよ」ああ、私も何度同じ返事を書いたことか。そしたら、新たな展開。「びびあんさんは、つらいことにぶつかったら、どう乗り越えますか?」これは返事に悩む。はて、どう答えるのが正解か?朝の続きで泣きながら電話してこられても困るしな、適当な事返して、延々とつっこみのメールが続いても嫌だしな。「まずは、何がつらいのかを考えます。 そして解決策を探ります。 みっちゃんは、今、何が一番辛いんですか?」あまりはっきりしたことを言わず、質問に質問で返す。良いじゃないか、私。腕をあげたな、私。で、みっちゃんの返事。「数学と物理の勉強が辛いです」・・・・・・・・・脱力。。。そんなの、勝手に克服してください。「家庭教師の彼に勉強法を相談してみたら」「そうしてみます」で、終わりかと思いきや、メールが続くこと、続くこと。「今、数学の勉強中です☆」「ああ、勉強って本当に辛い(涙)」「数学、終わりました!でも、家に帰ったら復習しなくちゃです」ん?「家に帰ったら」?今日、君は様々な悩みの末引きこもってるんじゃなかったのか?「数学しか持ってこなかったので、あと30分近く授業中ひまなんですよ」・・・。私は授業中の暇つぶしかよっ!ってか、あれほどまでに嫌がってた学校にいつの間に行ったんだよっ!!朝の様子で心配しちゃったりなんだりした私はバカかよっ!!!昼寝しようかと思ってたのに、その後も着信音は鳴り続き・・・。で、ここまでなら、まあ、ギリギリ許しましょう。みっちゃんの病をわかってて、つきあってあげちゃってたのは私ですから。が、それは、夕食後に気がついた一通のメール。「今日、グラビアの事務所から合格通知が来て、 しばらく学校続けながら、大好きなモデルをすることにしました。 医学部受験も考えたんですが、治療優先ってことで、そう決めました」・・・やはり私は人がよすぎたようだ。次からは対応を変えると決意。
2007年06月07日
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今日も朝からせっせと草むしりです。beferafterずっと気になっていた花壇横のスギナ地帯がきれいになりました。背の高い緑の草が残ってるように見えるのはミントです。根が強くてどんどん増えるので、ちょっと間引いてもよかったんだけど、利用頻度が高いので、ひとまず温存。本日の草むしりノルマ達成。シャワー浴びてすっきりしたら、しまった、また眠くなってきた。。。
2007年06月07日
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今日は、父方の実家の畑の草むしり。途中でお弁当を買って、母とふたりでむかった。前回の帰省の際、野菜の苗を植えるときにも雑草退治をしたわけだけれど、うちの庭同様、あっという間に雑草群復活である。もうすぐ収穫間近のタマネギのあたりが特にすごいということで、今回はそこを集中して草むしり。比較的抜きやすい草が多かったので、さくさくと作業が進む。苗植から何週間も経っていないと言うのに、季節は確かに進んでいて、畑からすこし外れたところには、一面のヘビイチゴ。黄色い花をポツポツとつけているのは見かけたが、まさか、これほどまでに実をつけているとは。幼いころから来ていたはずなのに、初めて見た。気がつかなかっただけなのか、手入れする人がいなくなって勢力をのばしたのか。摘み取ってジャムにでも、と思ったが、空模様が怪しくなりはじめたので、とにかく草むしりだけをすませて昼食にする。昼食を終え、お茶を入れて一息ついていたら、案の定、空が暗くなり雷鳴が。ひとまず、今日予定していた作業は終わっていたので、無理をせず、引きあげることにする。帰り道、日帰り温泉に立ち寄る。このあたりは、ふるさと創生事業で温泉を掘った自治体が多く、数百円で利用できる施設があちこちにあって、なかなか楽しい。今日の温泉施設は、水風呂あり、脱衣所に冷水機あり、私としてはほぼ満点。露天、サウナはもちろん、ジェットバスやハーブ湯まであり、何度か水風呂につかりながら存分に楽しんだ。湯上がりには100円マッサージ機で一休みしたし。そんなわけで、今日も既に眠い。。。
2007年06月06日
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恩田陸『クレオパトラの夢』読了。「眠いから寝ます」なんて昨夜の日記に書いてたくせに、それから読んじゃった。恩田陸は好きな作家なんだけど、どうも、作品によって触れ幅が大きい。『六番目の小夜子』の世界観に通じるような『不安な童話』とか『球形の季節』とか、『三月は深き紅の淵を』の一連のシリーズとか『ねじの回転』あたりは相当好きなんだけど、『常野物語』のシリーズはいまいちだと思うし、『夜のピクニック』にいたっては、何度読んでもおもしろいと思えない。私としては、恩田陸の中では「違うだろっ!」って作品なんだけど、どうしたんだ本屋大賞。第一回が『博士の愛した数式』だったから期待してたのに、第二回以降、グズグズじゃないか。話はもどって。同シリーズ前作の『MAZE』もそうだったんだけど、なんだろう、この食い足りない感じ。ちょっとなんだけど、決定的に何かが足りないんだなぁ、たぶん。これだけ曰くありげな登場人物が出てきて、みんなして怪しい動きするんだし、内容が結構重いんだから、もっといちいち書き込めばいいのに。本当だったら、この倍くらいの量があっていいはず。神原恵弥って、いいキャラクターなのにおしいよなぁ。ドラマ化するんだったら恵弥は佐々木蔵之介がいいなぁ。ってか、私の脳内ではすでに蔵之介なんだよなぁ。中肉中背って書いてあるから、書かれてるとおりの外見にこだわれば違うんだろうけど、わざとらしいくらいのオネエ言葉でしゃべってた人が急に表情を変えて核心をつくあたり、蔵之介にやらせたらはまるだろうなぁ。ああ、萌ぇ。思うに、恩田陸って人は、どっからどこまでが現実で、どっからどこまでがあっちの世界かわからないような感じのが得意なんじゃなかろうか、きっと。ずっとこの世に足がついてる感じの話って、実は苦手なんじゃない?それ言っちゃうと『常野物語』がいまいちってのは何だって話だけど。ま、私個人の好みの問題なので。と言うわけで、『クレオパトラの夢』を読み終わってしまったので、綿矢りさ『蹴りたい背中』を読み始める。『インストール』で、「ああ、ダメだ」って思ったのに、何で買ってしまったんだ、私。3行で「やっぱりダメだ」って思う。「読んでおもしろいのが直木賞で、おもしろくないのが芥川賞なんじゃないですか?」と言ってのけたのは、ご近所にお住まいの山田詠美さんであるが、まさしくこれって、芥川賞の文体だよな~。読んでて疲れる。「そこ改行しろよ」とか「そこは句点じゃなくて読点だろ」とか、なんか勘にさわる。一応、最後まで読むけど。
2007年06月06日
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昨夜から実家に戻ってきています。今回は高速バスを使ってみました。新幹線より時間がかかるといっても5時間弱だし、予約制だから、座ってウトウトしてれば着いちゃうし、なんてったって、新幹線の3分の1以下の値段だし。5時間もあれば、だいぶ本も読めるだろうと4冊も買って乗ったのに、あまりの眠気と、後ろの席のジャニオタふたり連れの話し声の高さに集中できず、3ページほどでギブアップして、音楽を聴きながら、ぐっすり眠っておりました。2回のトイレ休憩と、到着寸前にしか目を覚まさなかったんだから、その熟睡ぶりたるや、すごい。さて、実家に戻ってくると、庭で雑草たちが待っているわけです。あんなにきれいにしていったのに、やっぱり結構はえてきてるわけです。さすが、雑草はしぶといね。今日は早起きして朝からせっせと草むしりです。が、晴天続きだっただけに、これがなかなか手強い。土の軟らかい花壇を中心に丁寧に仕事を進めたのですが、あまりに集中してかがんで仕事をしていたので、立ち上がってみたら、腰とひざが固まってしまってました。。。特に、すっごく腰が痛いんですけど・・・。昼食を食べて一休みしたら、マッサージついでにお買い物、いやいや、お買い物ついでにマッサージ機でも試そうと家電量販店までお散歩するつもりだったのですが、いったん昼寝したら、爆睡。気がついたら、夜7時でした。昨日から寝すぎです。不眠期がすぎて、過眠期なのかもね~。そんなわけで、昨日の「みっちゃんがカウンセラーの資格取るとかいってるし」の話題つながりで、今日、草むしりしながらつらつら考えた「資格幻想」について書くつもりだったんだけど、あまりの眠気に勝てそうもないので、その話題は、またの機会。おやすみなさいませ。。。
2007年06月05日
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おとといの朝、みっちゃんからのメール。「心理カウンセラーの資格をとろうか、 つらいけど学校通うの続けようか悩んでます」これまた、ものすごい2者択一。「カウンセラーの資格もいろいろあるので、 自分のやりたい方向と照らし合わせて、 あうものを調べてみるのもいいかもね」と、とりあえずの模範解答を返しておいたら、み「本当は、学校続けて歯医者になるのがベストなんですよね」び「歯医者になるのも嫌なの?」み「歯医者になること自体は嫌じゃないんだけど、 今の学校の環境がつらいんです」び「だったら、きちんと病気なおして、 学校続けて、歯医者になるのがベストだよね」み「でも、周りの環境は変わらないんですよね。 後輩にまで噂が広まってて、変に有名人になっちゃってるんです」び「病気が治ってくれば、感じ方も変わってくると思うよ」ってなかんじで、ああ、こりゃ長くなりそうだなと思い、ワイン試飲会&餃子会で終日お出かけの予定だったし、しつこく返事を催促するようなメールや電話がきても困ると思って、「今日はこれから終日出かけるから、次の返事は遅くなると思うけど」と先手を打ってみたら、「治しながら、当分は学校通ってみようと思います☆ ありがとうございました。お出かけ楽しんできてください」なんて、ちょっと明るい兆しのメールが。病院を変えるなりなんなりして、みっちゃんの病がおさまってくれば、みっちゃん自身が周囲の声に過剰に反応しなくなるだろうと思ったのもあるけど、大きいのは、病が治ってくることによって、周りのみっちゃんに対する目が変わってくることが期待できると思ったからだ。みっちゃんが有名人になってしまったのは、都合の悪いことがおこるとパニック障害で倒れてみたり、あからさまに男あさりしてみたり、自信のなさをお金でうめようとしてみたり、そんな一種奇行と取られても仕方のないことを繰り返してきたからで、落ち着いてくれば、周りも、「あら、最近のみっちゃん、何だか普通」って、扱ってくれるようになるんじゃないでしょうかね。甘い?で、朗報。今朝、「カウンセリングや病院を、東京にしようかと思ってます!」と、決意表明ともとれるメール。東京にこだわることはないのだけれど、とにかく、今の病院を変えることが第一だと思ってたので、これはもう、喜ばしい一歩ですよ。夜になってから、「それには私も賛成だよ」と返したら、「なんでですか?」と、速攻で返信。え?やっぱり、結局、グダグダ?
2007年06月04日
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そう言えば、昨日、ワインの試飲会に出かける前、ちょっとしたハプニングがあった。庭のプランターに水をあげて、窓をしめようとしたら・・・あら?・・・動かない。。。パッと見て何かがつまってるということもないのに、押しても引いても、うんともすんとも動かない。庭に面した大きな窓全開で固まってしまった。。。これは結構おおごとである。これじゃ、庭から誰でもすんなり出入り出来ちゃうじゃんっ!!慌てて大家さんに電話したら、すぐに見にきてくれることになったが、業者さんに連絡すると月曜日になるし、さらに、いつ来てくれるかっていうと、その先になるかもしれないわけで。え~、最低2日間このままなの?月曜には、また実家に戻っちゃうから、まるまる留守の家の窓が壊れっぱなしという恐ろしい事態もありなの?まあ、寒い季節じゃないのが救いっちゃ救いだけど。。。と、ジタバタしててもいかんともしがたいので、本日のことは大家さんにおまかせするとして、試飲会に出かけた。で、試飲会の後の餃子の会の後に、さらにバー「B」によったりして、すっかり壊れた窓のことなんて忘れてたのだが、(← 忘れるなよっ!)帰ってきてみたら、窓はきちんと閉まっていた。あら、大家さん直してくださったのね♪めでたし、めでたし。今日、お礼の電話をかけたら、すぐに来てくれる業者があったそうで、固まった原因は、サッシの部品が落ちてレールに挟まってたとのこと。めったにないことなので、今後、あんまり心配要らないって言われたけど。ってことは、めったにないことがめったな時に起きたって事よね。ま、直ったからいいんだけどさ。
2007年06月03日
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ちーたんたちと恒例のワインの試飲会に行った。ドイツワインがメインの会社主催と言うこともあり、ユーロ高というのもあり、私好みのボルドーでグッとくるのがちっともない。ちーたん夫妻もイマイチテンションがあがらず。結局、以前買ったことのあるスペインの赤のみ購入。う~ん、期待はずれ。その後、ちーたん夫妻宅に移動して、みんなで餃子パーティー♪流れで飲みに行くんだろうなとは思ってたものの、餃子を作るということまでは知らなかったので、ちゃっかり着物に合わせて付け爪をしてきてしまい、従って、あんまり料理をする体制ではなかったんだけど。私は、多勢でグズグズやってるのが耐えられないたちなので、結局、自分のレシピで買い物をしきり、狭い台所にそんなに人がいてもしょうがなかろうと仕込みを買って出、切る、包む、焼くは付け爪でもできるけど、混ぜるのだけは、ちょっとやばそうだったので誰かにお願いするね、と言ってたものの、自分のペースで料理すすめてたもんだから、「いいや、やっちゃえ」と餃子のタネをこね始めた。肉を練ってるうちは、気をつけてたし、問題なかったんだけど、塩を振って置いておいたキャベツをしぼりながら肉のボールに移し始めたら、あら、2枚ほど爪が足りない。。。慌ててちーたんを呼んで、探し出してもらったしだい。ちゃんと見つかりました。あ~、よかったよ。。。そんなこんなで、みんなで餃子を作って、もう食べられないってくらいにたくさん食べて、「おいしかったね」ってニコニコしながらワインを飲んでたら、ふと、気がついてしまったんです。爪のラインストーンがポロポロ取れてるじゃん。。。。まあ、食べて死ぬようなものじゃありませんから、ちょっと変わった隠し味って事で・・・。もう、付け爪で料理はしないことを誓います。↑ 大叔母から譲り受けたポリエステルの単衣。
2007年06月02日
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カラッとした天気をねらって着物を入れ替えようと思ってるのだが、ジメッとした日が続いているのでやる気にならない。火曜日が衣替え日和だったんだろうなぁ。頭痛で寝込んでる場合じゃなかったよ。湿気の多い日に着物しまっちゃうと、かびちゃいそうで嫌なのだ。とりあえず、明日着る単衣だけ出して、本格的な入れ替えは、後日。さて、そんなわけで衣替えの今日、国の政をになう人々は、かりゆしウェアにて閣議だそうな。何でも、沖縄参議員補選の公約で言っちゃったからとか。だけど、今日は寒かったよ。案の定、かりゆしに上着着てる人もいたし。「寒いですね~」連発だし。何も、6月1日ぴったりにあわせて無理しなくていいじゃない。気温が上がった日に、「今日あたり、かりゆしでいきますか」ってな感じでどうよ?地球温暖化防止を発端とした、省エネ対策のクールビズなのに、日付にこだわって着るもの選ぶことにするのなら、「今日は涼しいけど、かりゆし着なきゃいけないから、 ちょっと暖房いれてみようか」みたいな、訳のわかんないことになりかねないじゃん。空調に頼らず、服装で温度調節しましょうってのが本来の趣旨でしょ?で、この融通きかない日付優先の衣替え、嫌な思い出がある。中学生の時。雪国の田舎町のこと、雪が降ったら長靴は必需品。が、この長靴も校則で事細かく決められており、履いていいのはゴム長のみ。色は黒、紺、白、黄に限る。柄つきのものなんてダメ。ブーツなんてもってのほか。まあ、そこまでなら我慢しましょう。雪道にはゴム長靴が一番ですし、制服にブーツ履いても、あんまり似合いませんし。ところが、このゴム長、履く期間まで決められていた。雪が降っていなくても、12月になったらゴム長で登校。大抵の方は通学にゴム長を履いたことはないかと思うのですが、雪がないアスファルトをゴム長で歩くのはなかなかうっとうしいし、そうこうするうちに、長靴の底は磨り減っていく。そう。雪道を歩くように作られたゴム長靴の底は、アスファルト道を歩いていれば減る。これは、自然の摂理。なのに、ああ、それなのに。お弁当時間の校内放送。生徒指導担当の先生が、ある生徒の日記を読み上げていちゃもんをつけた。「『今日は雪が降った。ゴム長を履いて登校したら転んでしまった』 と書いてありますが、これはおかしいですね。 『雪が降っていたけど、ゴム長を履いていたので転ばなくてすみました』 とかかなくてはなりません」「はあ?」である。ゴム長を履いていて転んだのは事実である。それを素直に日記に書いただけなのに、なぜ怒られなければいけないんだ。しかも、なぜ転んだかと言えば、雪もないのに、12月になったらゴム長を履かせてるせいで、底が磨り減っちゃってたからに違いない。そのくらい、ちょっと考えればわかるだろうに。だいたい、なんで、事実を曲げてまで、先生の意にそう日記書かなきゃいけないのかわからん。もう20年も経つのに、この理不尽で不愉快な話はいまだ覚えてる。(←私ったら、執念深い。。。)そんなわけで、衣替えは合理的に気温にあわせて各自すればいいと思うわけで。(←ある程度のルールは必要だけどさ)
2007年06月01日
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