遊心六中記

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2017.04.01
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カテゴリ: 探訪

境内の南東側から、 阿弥陀堂と御影堂が南北に並ぶ景色 を撮ってみました。
前回、阿弥陀堂の南側から眺めた景色を載せました。その画像からも御影堂の方が大きいことがおわかりいただけたと思いますが、御影堂の方がひとまわり大きい建物です。

こちらは 御影堂を北東寄りから眺め て撮ったものです。

2つの建物は外観もご覧のとおりかなり違います。 両堂を対比的にまとめてみます (資料1,2)

       御影堂         阿弥陀堂

形式   和様の道場形式      禅宗様の仏堂形式
南北    76m(42間)       52m(29間)
東西    58m(32間)       47m(26間)
高さ    38m(21間)       29m(16間)

御影堂は境内のほぼ中央に位置しています 。本廟内で最も重要な建物と位置づけられています。堂内には、 宗祖親鸞聖人の御真影を安置し、左右には歴代門首の御影と十字・九字の名号が掛けられています。 御影堂内も撮影禁止でした。 東本願寺ホームページの「諸堂拝観」のページに、堂内全体の画像が載っています。こちらをご覧ください

このひとまわり大きな御影堂の大屋根には約175,000枚の瓦が葺かれていて、それらは三河(愛知県)門徒の方々が製作、寄進されたものだとか。 (資料1)

それでは、阿弥陀堂から渡り廊下伝いに御影堂に巡りましたので、その順路でご紹介します。
幅の広い渡り廊下で目に止まったのは、東寄りに置かれた、大橇 (おおぞり) と鼻橇 (はなぞり)

鼻橇                                                             大橇

これらの橇は、 明治16年(1883)に新潟県刈羽郡より切り出された木材を運ぶ道中で使用されたもの だそうです。東本願寺の御堂再建の木材の運搬に利用されたのでしょう。同年3月に運搬途中で雪崩に遭遇し痛ましい事故が発生したことも説明板に記されています。
巨木は大橇に載せられ、その舵の役目を果たすのが鼻橇だと記されています。


ガラスケースがミラーとなり、写真がうまく撮れませんでした。
「毛綱 (けづな) が展示されているのです。
巨大な木材の搬出・運搬の引き綱として、女性の髪の毛と麻を撚り合わせて編まれたもの だそうです。展示品は新潟県の門徒さんからの寄進のもの。合計53本が8県から寄進されたと記されています。



渡り廊下には、 御影堂と阿弥陀堂が明治28年(1895)に再建された経緯の説明 も掲示されています。


展示品や説明板を見る一方、渡り廊下の西側に目を転じますと、こんな景色です。
阿弥陀堂と御影堂を結ぶもう一つの回廊 があるようです。


御影堂の廻縁に佇み、 北側から阿弥陀堂の側面を眺めた景色 です。


御影堂の廻縁の南東隅から、御影堂の南面と東面を眺めた景色です。
御堂の扉の形式は阿弥陀堂と同じようです。

御影堂も正面は東に向いています。

逆に廻縁の北端から南方向を眺めた景色


「御影堂」の案内板



見上げると、柱や梁、木組みの迫力を感じます。

御影堂の廻縁北東隅から 「御影堂門」を眺めた景色


北面の板唐戸の飾り金具に当たる光が板廊下に輝きを反射させています。


御影堂の北側は、境内の北域にある建物と回廊で繋がっています。 境内の配置図をみますと、北域に宮御殿・大寝殿・黒書院・白書院などの建物群がある区域です。
一般拝観では 、この画像に写っている 回廊を回って、「参拝接待所」と称される建物まで行くことができます。




御影堂の廻縁北西隅から東を眺めると、東山の山並み、阿弥陀ヶ峰が見えます。
阿弥陀ヶ峰の山頂は、豊臣秀吉が埋葬されている巨大な五輪塔がある豊国廟です。
境内の北側にある 「参拝接待所」は左の回廊の先に見える建物 です。




御影堂北面の廻縁の突き当たりは引き戸になっています。

大きな樹木の下に憩う二頭の鹿の透かし彫りは見応えのあるものです。

この手前で右折して、回廊を巡って行きます。
 御影堂の軒の下に入り重なる 回廊の屋根
シンプルな 猪の目懸魚 と奧に見える 笈形 が白い漆喰に埋め込まれた形がなかなか良いですね。

回廊には、いくつかの箴言とも言える詞章がいくつか額入りで壁面に掛けてあります。
写真に撮りましたが、ガラスの反射で読めないのもあります。

この2つが詞章を読んでいただける画像です。心に響く一文です。
ご覧いただけなかった詞章は、現地でご覧ください。


回廊から眺めた御影堂門
御影堂を南に眺めた景色

この後、参拝接待所の内部を一部拝見しました
参拝接待所自体は1934年に武田伍一博士の建築監修のもとに新築されたものだそうです。
今回は、その地下部分の一部を拝見 しました。今回初めて知ったのですが、 ギャラリーがあるという案内メッセージがあったので、地下部分を訪れたのです ギャラリーの雰囲気は、ホームページに掲載の画像を、こちらからご覧ください。 (資料1)

1998年の蓮如聖人500回遠忌の記念事業として、参拝接待所の北側地下部分に、 「真宗本廟視聴覚ホール」 が造られたのです。建築家の高松伸氏監修によるものとか。
視聴覚ホール自体は拝見していませんが、廊下の一隅から、さらに下の地階フロアーの一画に巨大な太鼓が置かれているのを眺め、驚嘆していました。

それでは、最後に 境内から御影堂を眺めてみます。

御影堂の北側部分と回廊の眺め

正面の向拝・階段手前からの眺め


木鼻の彫刻像 は、象と獅子のハイブリッド型のような感じです。まさに空想上の動物がダイナミックに彫られています。目の部分が彩色され際立っています。
右の画像は 御影堂東面の北部分 の景色です。


左は阿弥陀堂の屋根の南東角、右は御影堂の屋根の南東角です。


これ は御影堂の大屋根の南側面 です。家紋の使用と装飾金具の意匠は同じですが、 棟の獅子口の意匠が異なります 。前回阿弥陀堂の獅子口をご紹介しています。対比してみてください。


御影堂の重層する入母屋造りの屋根 を南東側から見上げた姿です。木造建築の木組みの幾何学的な美しい姿が見事です。


下層の屋根に、この 空想上の動物の飾り瓦 が置かれています。亀と龍のハイブリッド型とも言えそうな動物の造形です。六尾が逆立ち、甲羅の部分も半円球が連なるというおもしさです。

こんなところで、御影堂の拝観のご紹介を終わりといたします。

つづく

参照資料
1) 諸堂拝観   :「東本願寺」
2) 『昭和京都名所圖會 洛中』 竹村俊則著  駸々堂 p366-370

補遺
親鸞   :ウィキペディア
親鸞聖人像 収蔵品データベース  :「奈良国立博物館」
親鸞聖人画像  :「茨城県教育委員会」
願泉寺 絹本著色親鸞聖人画像  :「貝塚の文化財」
親鸞・画像   :「NAVERまとめ」
親鸞聖人御絵伝 解説(名古屋別院所蔵・江戸期作製) :「東別院」
法宝物  :「歓喜踊躍山浄興寺」
親鸞聖人について   吉川英治 :「青空文庫」
親鸞聖人御一代記   :「国立国会図書館デジタルコレクション」
親鸞研究  三井甲之著  :「国立国会図書館デジタルコレクション」

武田五一  :ウィキペディア
武田五一  :「INAX REPORT」
時計台の沿革   :「京都大学」
高松伸   :ウィキペディア
高松伸のページ   :「Ura's Page」
高松伸建築設計事務所   ホームページ

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Last updated  2017.04.01 00:48:17
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