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先月亡くなった読売新聞主筆の渡辺恒雄氏は、学生時代に共産党員として「東大細胞」のリーダーを務め、その時に身につけた「前衛」思想はその後の彼の行動指針になったと、政治学者の原武史氏が17日の朝日新聞に書いている; 先月19日に98歳で死去した、読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡辺恒雄氏。明治学院大名誉教授、放送大客員教授で政治学者(日本政治思想史)の原武史さんに、政治とメディアの密接な関係を象徴する存在だった渡辺氏の実像について聞いた。■「少数が動かす全体」、新聞社で 活字メディアの力を熟知、駆使した「最後のカリスマ」 訃報(ふほう)の後、人柄や逸話の回顧が先行したが、「渡邉恒雄回顧録」や安井浩一郎「独占告白 渡辺恒雄」、魚住昭「渡邉恒雄 メディアと権力」などで発言をたどると、戦後日本の「地下水脈」とも言える共産党経験を持ち、活字メディアの絶頂期を体現した存在として、その歴史的役割がみえてくる。 1945年の終戦直前に約1カ月従軍し、東京帝国大の学生だったその年のうちに天皇制打倒を目指して日本共産党入党を志願した。後に共産党支持の学生からなる「東大細胞」のキャップを務めた経験は、やがて新聞社内で権力を握り、政界やメディア業界などで権勢をふるう原点となった。 47年、革命のためには飢餓もいとわないという共産党の方針を批判。戦争中にドイツの哲学者カントに傾倒し、道徳や人間性を尊重する立場から、軍隊や天皇への絶対服従を強いる体質に拒否感を抱き、共産党の体質に強く反発したのだ。 党を除名された渡辺氏は大学当局に近い学生団体をつくり、反共運動に身を投じた。共産党、反共運動を通じて「ごく少数が多数を動かす」権力ゲームに明け暮れた経験は、読売新聞社に入社してからの仕事ぶりにも色濃く反映された。渡辺氏の後を追うかたちで読売新聞に入った氏家斉一郎氏(後に日本テレビ会長)も東大細胞当時の仲間の一人だ。 最初に配属された編集部で名を上げた記事の一つにも共産党が関係している。52年、東京・奥多摩で活動する共産党の武装組織・山村工作隊に潜入した体験を記した特ダネだ。自身に党員や脱党の経験がなければ、山岳地帯に一人で乗り込もうという発想にはならなかっただろう。 渡辺氏の足跡をたどると、当時の共産党員と新聞記者にはロシア革命の指導者レーニンが理論化した「前衛」という共通点があると言える。共産党では指導部が党員を動かし、大衆を動かす。新聞社では編集幹部が記者を動かし、その記者が書いた記事が読者を動かす。つまり、ごく少数による「前衛」が集団全体を指導する仕組みが働く。 そうした上意下達のもとでは、個人の主体性より集団の方針が優先される。渡辺氏は共産党の手法に強く反発しながらも、新聞社で同じ手法を用いたと言えるのではないか。こうした「前衛」意識は、巨大メディアを率いた渡辺氏や氏家氏だけでなく、東大細胞時代の仲間で西武百貨店を中心とするセゾングループを文化の発信地とした堤清二氏にもある。 渡辺氏は世界最大の部数を誇った読売新聞の影響力を自らの権力・権勢の足がかりにした。新聞の使命を忘れて政治権力と一体化したと批判することもできるが、活字メディアの力を熟知し、その力を最大限に駆使した存在だったことも確かだ。 読売入社前に入社試験を受けた中央公論社(現・中央公論新社)が90年代に経営危機に陥ると、読売グループ入りを主導。共産党議長を務めた不破哲三氏や創価学会を大きく発展させた池田大作氏が機関紙や機関誌を活用したように、新聞や雑誌が読者・一般大衆への影響力をもつ時代の「最後のカリスマ」だったと言える。(構成・大内悟史) *<はら・たけし> 1962年生まれ。「大正天皇」「昭和天皇」「皇后考」「戦後政治と温泉」「象徴天皇の実像」など著書多数。2025年1月17日 朝日新聞朝刊 13版S 22ページ 「原点は共産党 『前衛』意識、色濃く」から引用 この記事は、渡辺恒雄という人物について私の知らなかった部分について書いているので、驚きをもって読みました。渡辺氏が読売新聞社主として活躍した頃は、新聞の部数拡大の手段として「自民党批判は極力抑え」て、政府与党に迎合するのが部数拡大に有効という考えの持ち主なのだろ程度に思っておりましたが、実はそのそこには共産党時代に培った「前衛思想」があったのだという指摘は、まったく驚きです。しかし、同じ「前衛思想」をもって天皇制打倒の闘いに挑むのと、新聞の部数拡大に挑むというのでは、ちょっと「闘いのスケール」が違い過ぎるような気がしないでもありません。
2025年01月31日
朝日新聞アメリカ総局でアメリカ社会の実態を取材している榊原謙記者は、16日の同紙夕刊コラムに、次のように書いている; トランプ次期米大統領の就任が20日に迫る。一方で、「なぜトランプ氏がこれほど支持されるのか」という疑問はなお根強い。選挙戦を取材した私にもちゃんとした答えはない。ただ、「なぜ」と問われるたびに、思い出す人がいる。 自動車産業で栄えた中西部ミシガン州のスコット・ピアースンさん。1990年代から車用プラスチック部材の製造を仕事にしてきた。2008年の金融危機をきっかけにゼネラル・モーターズ(GM)などが破綻(はたん)し、業界は苦境に陥った。その傷を広げたのが、チャイナ・ショックだ。 「世界の工場」となった中国からの安い輸入品が、米国工場の海外流出や製造業の雇用の破壊をもたらしたとされる現象だ。 車のプラスチック製造は「50%以上が中国に流れた」。他業界に身を転じざるを得なかった。工場閉鎖とリストラの嵐で、同州の自動車製造の雇用は1990年に比べ半減した。 ピアースンさんは、こうした苦い記憶の責任は歴代政権にあると考えている。 冷戦終結後、米国は貿易の自由化を推進。生産は新興国に任せ、知的財産で効率的に稼ぐモデルがもてはやされた。01年の中国の世界貿易機関(WTO)加盟も後押しした。 一方で輸入の急増により、ミシガンなどラストベルト(さびついた工業地帯)で白人労働者の失業が深刻になった。自由貿易の副作用に、米国は長く鈍感だった。「米政府がしてきたことは、我々の仕事を人件費の安い中国に譲り渡すことだった」 だから、グローバリゼーションを推進した民主、共和両党とも支持していない。支持するのはただ一人。8年前の就任式でこう語ったトランプ氏だけだ。 「一つずつ工場がシャッターを閉め、海外へ流出していったが、取り残された何百万人もの米国人労働者は一顧だにされなかった」 トランプ氏は今回、全輸入品に10%、中国製品に60%の関税をかける構えだ。実現すれば物価高や報復関税を招きかねず、労働者層こそ打撃を受ける。それでもピアースンさんは言う。 「海外企業に課税し、米企業にチャンスを与える。失われた産業を米国に取り戻す。それがトランプがやろうとしていることだ」 トランプ氏にとり2回目の4年間。保護主義的な色彩は第1次政権を上回るだろう。自由貿易体制の「修正」では済まない代償を、米国、そして世界は払うことになるのかもしれない。(アメリカ総局員) *<さかきばら・けん> 1981年生まれ。経済部などを経て、22年春から現職。大統領選では、ラストベルトでのトランプ氏とハリス副大統領の激しい票の取り合いを、連載「メイド・イン・アメリカ 激戦3州を行く」で描いた。2025年1月16日 朝日新聞夕刊 4版 9ページ 「取材考記-トランプ政策、関税の代償は」から引用 この記事の冒頭には「なぜトランプ氏がこれほど支持されるのか、という疑問はなお根強い」とか、毎日取材している自分にもちゃんとした答えはない、などと書いているが、しかし、その「答え」はその後に続く文章にはっきり書かれている。アメリカ経済の屋台骨を支える大資本・富裕層は、「資本の論理」に則り、最小経費で最大利益を出すという「原理」で、より安い労働力を求めて国内生産を打ち切り、中国へ進出した。その結果、アメリカ国内の工場は仕事がなくなり失業者が続出し、共和党も民主党もそれらに対する有効な政策を打ち出すこともなく、かつて繁栄した工業地帯がラストベルトになることを放任した。そのような経緯があるから、今回、民主党は共和党を上回る票を集めることが出来ずに敗北したし、共和党候補も、従来の路線を継承する政治家であれば、トランプ氏ほどの票を集めることは出来なかったと思います。しかし、トランプ氏は「資本主義経済の行動原理」などという小理屈には関心も興味もなく、単に、ラストベルトの生活困窮者の気を引く術を知ってる点が、彼の取柄なので、共和党も民主党も当てにはならないと捨てばちになった労働者階級の票が集まっただけのことである。しかし、労働者階級がトランプ氏を選択したとは言え、その「選択」が「正解」であったかと言えば、「YES」とは言い難い。トランプ氏は政治の素人だから、人気取りのつもりで「偉大なアメリカ」を再現するために輸入品には高い関税をかける」などと言ってるが、そんなことをして急に値段が高くなった輸入品を買わされるのは、ほかでもないラストベルトの労働者たちだということに、トランプ氏も彼を支持した労働者たちも気付いていない。トランプ氏による「素人政治」で、国際社会も国内状況も未曽有の大混乱が想定されるが、その「大混乱」をどのようにして乗り越えていけるのか、「わからない」のはその点である。
2025年01月30日
少し前には事故を起こした福島原発の放射能に汚染された地下水を、陸上の貯水タンクに貯めこんでいたのだが、その量が限界になったというので希釈して海に捨てることになり、近隣国から批判の声が上がり、中国はいまだに日本近海の海産物の輸入を停止したままになっているが、今度は除染作業で集まった汚染土を、福島県内に一時保管するのは2045年までというのが国と福島県の約束になっているため、今からその汚染土を、放射線量が健康を損なわない程度に低い土だけを分離して、全国の道路工事や農地整備工事に使用していこうというのが、政府の計画であり、毎日新聞も積極的に推進するべしと11日の社説で説いている; 東京電力福島第1原発事故で生じた「除染土」の処分が実現しない限り、福島の復興は完了しない。 事故では大量の放射性物質が広範囲に放出された。福島県内の住宅地や農地などの除染で集められた土は約1400万立方メートルに及び、東京ドーム約11杯分に相当する。原発の立地する双葉、大熊両町に設けられた中間貯蔵施設に搬入された。 地元は最終的に県外で処分することを条件に施設の建設を容認した。保管開始から30年に当たる2045年3月までに処分を終えることが法律で定められている。 その実現に向けて、政府は昨年末、すべての閣僚が参加する会議を設置した。今夏までに処分の具体的な工程表を策定する方針だ。 国は放射性物質濃度が一定の水準を下回った除染土を再利用する方針を打ち出している。道路の盛り土や農地の造成など全国の公共事業で使うことが想定される。 県内では、こうした用途での安全性を確認するための実証事業が進められている。国際原子力機関(IAEA)は昨年9月、政府の計画について「安全基準に合致している」との判断を示した。 ただ、科学的に安全とされても、それだけで再利用の受け入れが進むわけではない。不安や風評被害への懸念が払拭(ふっしょく)されていないからだ。 22年には東京・新宿御苑など環境省が管理する3施設で再利用しようとしたが、地域住民らの強い反対で頓挫した。今も実施時期のめどは立っていない。 除染土の4分の1は汚染のレベルが高く、再利用しないことになっている。これらは県外で最終処分されるが、スケジュールや場所は決まっていない。 こうした状況について、国民の理解は進んでいない。環境省が23年12月に実施した調査によると、除染土の再利用や最終処分を知らない人の割合は福島県外では7割以上に達した。 福島原発から供給された電力は首都圏を中心に使われてきた。消費地こそ重く受け止めなければならない問題だ。 廃炉作業も予定より遅れ、古里を奪われた人々の焦燥感は強まっている。事故の後始末の道筋を早急に示すのが政府の責務だ。2025年1月11日 毎日新聞朝刊 13版 5ページ 「社説-福島原発事故の除染土 処分のシナリオを早期に」から引用 この記事が述べているように、除染土と呼ばれる汚染土の処分について国民の理解が進んでいないというのは、私自身もそんな「課題」が残っていることなど知らなかったくらいだから、汚染土の最終処分や再利用について知らない人が7割りというのは、あり得る数値と思います。政府もメディアも、「東京ドーム11杯分の除染度を、これから全国の適切な地域に埋め込んでいきます」というような通知も報道も、我々は受けていないのだから、当然であり、政府もあまり表立って「広報」すると、返って「不安」が高まって逆効果になることを心配しているのが実態ではないかと思います。しかし、現実の問題として、汚染土を福島県内に置いておけるのは2045年までですから、政府は責任をもって国内の何処にどの程度の量の「除染度」を埋め込んだか、しっかり記録を残し、埋め込んだ地域の住民の健康状態を長期間にわたってモニターすることなども義務として実施するというような「計画」を示すくらいのことをしないと、国民の協力を得るのはかなり難しいのではないかと思います。
2025年01月29日
野口武則著「宮内官僚森鷗外」(角川新書)が出版されたことに因んで、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は11日の同紙朝刊コラムに、次のように書いている; 正月、東京・三鷹の寺に森鷗外の墓参をした。隣の神社で盛んに鈴が鳴る。墓地に人影はない。 今年没後103年。いまだ鷗外は謎めく。とりわけ死の3日前、口述筆記させた遺書だ。 「死は一切を打ち切る重大事件なり。奈何(いか)なる官憲威力と雖此(いえどもこれ)に反抗する事を得ずと信ず。余は石見人(いわみのひと)森林太郎として死せんと欲す。墓は森林太郎墓の外(ほか)一字もほる可(べか)らず。宮内省陸軍の栄典は絶対に取りやめを請ふ」(一部略) 軍医の位人臣を極め、退役後、帝室博物館総長兼図書頭(ずしょのかみ)、帝国美術院長に就任。功成り名を遂げた文豪は晩年、暇な名誉職の合間、誰も読まない歴史物の考証にうつつを抜かしていたらしい、という偏見は同時代からあった。 とんだ節穴である。鷗外は死の際まで戦っていた。何と。 膨大な公文書をめくり、その正体を緻密に探究する本が出た。野口武則「宮内官僚森鷗外」(角川新書)。著者は同僚記者だが、いいかげんな内輪褒めはしない。 図書頭は宮内省図書寮(現宮内庁書陵部)のトップ。皇室の歴史編さん事業を仕切る。そこで官僚・鷗外が取り組んだ事業、内務省との確執、元老・山県有朋の影、帯びていた歴史的使命。著者は公文書から、文豪晩年の知られざる格闘を浮かび上がらせた。 通読すると感動を覚える。興趣を損なわぬよう要点を記す。 鷗外は急ごしらえの大正改元に「不調べ」があったと知り、次の改元に完璧を期すべく元号制度の調査に猛然と挑んだ。 個人著作として、まず天皇が亡くなった後のおくり名(諡)の典拠に関する「帝諡(ていし)考」を著し、次いで歴代元号の典拠を調べる「元号考」を執筆中病没した。 命がけの「最大著述」は、自ら見いだした漢学専門の官僚に託されて完成。昭和改元は、その成果に基づく「完璧な元号」だった。 今年は昭和100年。 この本は、正確な公文書が残っていれば、100年たっても新たな事実が現れることを実践してみせた。鷗外の執念は、翻って令和改元の浅薄さと「不調べ」をあぶり出す。大事なものをおろそかにして「保守」を名乗るとは。 明治を代表する天才は生涯最後の4年半、知識と精力を元号に注ぎ、かつ栄典を拒んだ。元号が、万世一系のフィクションを伝統である「かのように」装った近代日本の象徴だからだろう。 明治に育てられ、国家に忠実に生き、一方で時代の空虚を見据え、官憲への「一点の憎むこころ」(「舞姫」)を蔵した文学者の人生劇は完結した。(専門編集委員)2025年1月11日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-宮内官僚 森鷗外の意地」から引用 この記事は、限られた字数で多くの論点を過不足なく表現している点で、なかなか充実した中身で読み応えがあると思います。元々、天皇家にはその時代の元号を決める際の正式な「手続き」がルール化されていたものを、たまたまその時に権力を握っていた者が、その地位に相応しい学識を持っていなかったりすると、場当たり的な思い付きで「元号」を決めるという誤りを犯すわけで、「大正」がそうであり、「令和」も「万葉集から引用する」などという思い付きで決めてたのは間違いであった。この記事が言うように、大事なものをおろそかにして「保守」を名乗るなど、笑止千万であるが、そこまで「保守」の質が落ちたという現実を憂うべきなのかも知れない。
2025年01月28日
日本政府は今から40年前に女性差別撤廃条約を批准しましたが、国連の女性差別撤廃委員会は日本の人権状況が一向に改善されないどころか、かえって悪化していることについて、5日の神奈川新聞は次のように報道している; 国連の女性差別撤廃委員会が昨年10月、日本政府に対する総括所見を発表し、日本軍「慰安婦」問題の解決を求めた。問題を巡っては、同委員会が過去5回にわたり改善勧告を出し続けてきた一方、国内では過去の歴史をゆがめ、正当化するような政治家の言動が相次ぎ、インターネット上でも事実を否定する攻撃的な声が高まる。国際社会の厳しいまなざしと乖離(かいり)する一方の状況に、専門家らはあらためて、被害者が納得できる真摯(しんし)な措置の必要性とともに、被害者を貶(おと)しめる言説への対応を政府に求めている。(柏尾安希子) 日本が1985年に女性差別撤廃条約を批准して以降、各締約国での条約の実施状況を審議する同委員会は、6回にわたって日本政府による報告を審査し、勧告を出した。「慰安婦」問題については94年の2回目以降、改善を求め続けている。 94年には、<戦争に関連する犯罪を取り扱うため具体的かつ効果的な措置をとること>を求めた。 以後、問題を<最終的に解決するための方策を見出す努力を行うこと>(2003年)、<恒久的な解決のための方策を見出す努力を早急に行うこと。この取り組みには被害者への補償、加害者の訴追、これら犯罪に関する一般国民に対する教育が含まれる>(09年)と、トーンが強まっていった。 16年には、<被害者のために効果的な救済策が引き続き取られていない>として、詳細に対応を求めた。 具体的には▽指導者や公職者による責任を過小評価し、被害者を再び傷付けるような発言をやめさせる▽被害者に十分で効果的な救済と賠償を提供する▽歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるようにする-などの5項目を要請した。 そして今回。国連経済社会理事会が採択した「戦争犯罪と人道に対する犯罪には期限がないという原則」を確認した決議を挙げた上で、16年の勧告を踏まえ、<国際人権法上の義務を効果的に履行する努力を拡大・強化>し、<被害者の権利への包括的な対処がなされるよう確保する>よう勧告。 別項で教育についても教科書に<歴史的事実が客観的に提示される>ように、<「慰安婦」を含む女性たちの生きた歴史的な体験を教科書に適切に反映させる>よう求めた。 ■ 「はじめに勧告を受けてから30年閧、『慰安婦』問題はずっとテーブルに上がっている。だが被害回復の権利は確保されておらず、生存しているサバイバーヘの侵害は今も続いている。政府の対応は不十分で、終わっていないことが明確に示された点が重要だ」 日本軍「慰安婦」の被害と日本の加害を伝えるアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)の渡辺美奈さんは、今回の勧告をこう語る。 この間の日本政府は、委員会に判で押したような報告を繰り返してきた。 「誠実に対応している」「法的に解決している」とし、官民で設立した財団法人「女性のためのアジア平和国民基金」(1995~2007年)による「償い金」や歴代総理大臣からの「おわびの手紙」などの対応を説明。16年からは、問題に関する日韓合意」(15年)も加えた。 ただ、政府は「償い金」は「民間の事業」で賠償ではないと公言し、被害者から「国の責任を曖昧にしている」と批判が出た。日韓合意についても、当事者の声を聞かず政府が勝手に取引したとの声は、根強い。 政府はまた、条約締結前に発生した問題を取り上げること自体が不適切だと主張してきたが、委員会は、効果的な救済策が取られておらず、深刻な人権侵害が続いているため「時間的管轄によって妨げられない」と、16年前の勧告で明らかにしている。 ■ 今回の勧告は「時間的管轄権」について、国連経済社会理事会が決議した原則を引用した。 国際人権法に詳しい明治学院大学の東澤靖教授は、「戦争や人道に関わる国際犯罪には時効が成立しないという考え方は、慣習国際法の一つになっており、いまや異を唱える国はない」と説明する。そしてこの引用に、東澤教授は委員会のメッセージを読み取る。 「被害が継続し、被害救済について差別的な対応が取られている際は、締約国は義務を果たさねばならないということ。日本政府が何もしないのは、時間的管轄権で正当化できる問題ではないと言いたいのでは」 韓国との間では、被害者が納得できるものではないとしても政府間が合意した。だが、フィリピンや中国、マレーシアなど、被害者がいた他の国との間では、「そうした合意に近い対応はまったく取られていない」。東澤教授は、繰り返し勧告を出しても事態が進まず、委員会はいら立ちを感じているのだろう」と推測する。 ■ 条約の「範囲外と主張する政府の姿勢に、同委員会委員で亜細亜大学の秋月弘子教授は異を唱える。 日本国籍のため、委員会の審査には参加せず見守っていたが、「委員会の理解とは異なる。性被害は第2次大戦中だが、今でも『売春婦だった』『お金のためだった』などと女性の尊厳を毀損(きそん)する人たちがいて、レイプの二次被害のような状況が続いている」と指摘する。 今回の審査でも、日本の右派団体から被害者を貶めるような報告書が委員会に届いたという。 秋月教授は「そうした報告書が出てくること自体、『個人、団体または企業による女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとる』という締約国としての義務違反に当たる」と語り、「(被害者に)後ろ指さす行為はヘイトスピーチと同じであり、きちんと対応すべきだ。人権教育がもっと必要だ」と力を込める。 政府は、16年の審査で右派の主張と同調するような姿勢を示した。参加した当時の杉山晋輔外務審議官は「強制連行は確認できなかった」「性奴隷ではない」などと問題を歪曲する発言をし、委員が「矛盾している。河野談話で多くの『慰安婦』が軍の要請で本人の意思に反して慰安所に徴用されたと認めているはずなのに」と指摘する場面もあった。 「謝罪してきた」とする日本政府に、渡辺さんは首をかしげる。「研究成果で明らかになっている事実さえ認めず、何についておわびしたと言っているのか」。東澤教授も「問題を複雑にしているのは、繰り返し過去の歴史を否定する言動が日本の政治家や有力な人間から繰り返されていること。まだそんなこと言っているのかという思いにさせる」。 1991年に金学順さんが初めて慰安婦」として実名で名乗り出て提訴した後、日本政府は調査を行い河野談話を発表した。以後、研究は進み「性奴隷」と言うにふさわしい実態も明らかになった。渡辺さんは語る。「30年前の河野談話が一番ましに見える状況自体が問題だ。安倍晋三政権以降、政府の発信は河野談話で認めた事実でさえ否定しようとしている。謝るべき内容を否定しておいて、謝っていると捉えられるはずがない」★参考★ 【国連女陛差別撤廃委員会の総括所見から抜粋】33. 委員会は、「慰安婦」の権利への取り組みについて、締約国の努力を称賛する。しかしながら、このような努力は、真実、正義および被害回復への被害者/サバイバーの権利を確保するために、持続され、拡大される必要があると考える。34. 委員会は、国際法における「戦争犯罪と人道に対する犯罪には期限がないという原則」を確認した決議を経済社会理事会が採択したという事実に、締約国の注意を喚起する。委員会は、前回の勧告を想起し、「慰安婦」に関する国際人権法上の義務を効果的に履行する努力を拡大・強化して、被害者/サバイバーの権利への包括的な対処がなされるよう確保することを締約国に勧告する。(日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク訳)2025年1月5日 神奈川新聞朝刊 11ページ 「時代の正体・日本軍『慰安婦』考-『問題は終わっていない』」から引用 わが国は、かつてアメリカに次ぐ世界第二の経済大国であった時期もあり、それなりに誇りを持ってよい国柄であると言えます。したがって、国連が女性差別撤廃条約を制定したときに、率先して同条約を批准したことは、先進国に相応しい立派な姿勢であったことは誰もが認めるところと言えます。しかし、率先して批准した所までは良かったのですが、その後が、全然ダメです。「慰安婦問題」は女性差別撤廃条約が出来る以前の事例であって、後から出来た条約によって規制されるのはおかしい、という日本政府の言い分は上の記事が述べるように、現在の世界では通用しない「屁理屈」であり、とても先進国に相応しいセリフではありません。幸か不幸か最近の自民党は「裏金問題」で旧安倍派は解散し、元安倍派の議員も激減した今は、自民党が「河野談話」を発表した時点に立ち返るまたとないチャンスなのですから、岸田、菅、麻生のような安倍派に近い派閥が力を失っている今こそ、国連女陛差別撤廃委員会の勧告を受け入れて、女性差別撤廃に必要な政策を実施していくべきだと思います。
2025年01月27日
少数与党となった自公政権は、これから予算案やその他の法案成立に一部野党の強力が必要になり、差しあたって「103万円の壁」問題を公約にして議席を増やした国民民主党の協力を得るために、自民・公明・国民の三党が協議を開始したという報道はあったが、その後はどうなったか、最近はニュースを聞かないと思っていたところ、「実は、三党協議は決裂したのだ」と、朝日新聞・古賀大己記者が8日の同紙夕刊に、次のように書いている; 地方税財政に携わる人にとって、今回はすっきりしない年越しだったようだ。 いわゆる「103万円の壁」をめぐる自民、公明、国民民主の3党協議は昨年末、主要な地方税の住民税について何も議論せずに決裂し、先行きに不透明感を残したまま与党の税制改正大綱が決まったからだ。 今回の決定は、異例の推移をたどった。衆院で過半数に届かない与党が、国会運営で協力を得るために、野党である国民民主の要望を採り入れようとした。焦点が、国民民主が強く求めた「年収の壁」の引き上げだった。 総務省は、要求通り178万円に引き上げた場合、税収減は約7兆~8兆円に上ると試算。うち4兆円ほどが住民税分とされ、地方から悲鳴が上がった。各地の知事が「住民サービスが維持できない」と訴え、全国知事会の村井嘉浩会長は「たちどころに財政破綻(はたん)するだろう」と反発した。 最終的に協議決裂を受けて自公は与党だけで税制改正大綱を決めた。住民税については、「基礎控除」(43万円)を据え置き、所得割の「給与所得控除」の最低保障額(55万円)を10万円引き上げて「108万円」にとどめた。「123万円」に引き上げた所得税と比べると、地方財政への配慮が働いたように見える。住民税の減収は500億~1千億円程度の見込みだ。 ただ、これですべてが決着したとみる関係者は多くない。新年度当初予算案の採決で協力を得るためには、与党は再び国民民主の要望に向き合う必要が出てくる。「年収の壁」の議論が再燃する可能性は高い。 年末の3党協議では、引き上げの幅ばかりが焦点になり、各方面にどう影響するか、税制としてどうあるべきか、などの本質的な議論は深まらなかった。与党が大綱に盛り込んだ引き上げ幅も、理屈は見えない。 税には、それぞれ課税理由があり税率も異なる。住民税は「地域社会の会費」の性格を持たせた税だ。地域の学校教育やごみ処理など行政サービスの費用を、その地域の住民で分担する考え方で課されている。 住民税が減収して行政サービスが劣化することは誰も望まない。では代わりに他で補うのか。「会費」的性格はどうするか。そのときの適切な税負担とは――。多くの人の生活に影響を及ぼす税こそ、わかりやすい一言ではなく、税制を解きほぐして有権者の関心を喚起する与野党の議論が決着には欠かせない。(政治部) *<こが・だいき> 2002年入社。北海道報道センターや千葉総局などを経て、東京本社経済部でエネルギー政策や労働問題を担当。24年9月から政治部で総務省や朝日新聞・東京大学共同調査を担当している。2025年1月8日 朝日新聞夕刊 4版 5ページ 「取材考記-3党協議決裂 住民税、関心高める議論を」から引用 三党協議が決裂と聞けば、じゃあ「103万円」の壁はそのままになったのかと思ったら、少数与党だけで「108万円」にしたので、一応、一歩だか半歩だか、そのままではなく、一応は「前進」したということで、十分ではないにしろ少数与党としては国民民主党に「恩を売る」恰好だけはつけたわけで、このような事態は「決裂」というほどのものではないように思います。与党にしてみれば、178万円を主張した国民民主党には、この調子でいけば今後何回も、同じ「手」で国民民主党に接近しては「協力」を取り付けることができるわけです。それにしても、非課税限度額を103万円から178万円に引き上げると、地方自治体の税収が激減して財政破綻になる自治体もあり得るという重大な問題は「それは与党が対策を考えればいい」などと無責任なことを言う政党に、投票する有権者というのも、ちょっとおかしいのではないかと思います。
2025年01月26日
明治時代に作成した「皇室典範」に「天皇になれる者は男系男子に限る」と書き込んであるために皇位継承者が極端に少数になっている問題について、雑誌編集者の篠田博之氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 『週刊文春』1月2・9日号「悠仁さまを揺さぶる”愛子天皇”極秘計画」は気になる記事だ。 2016年、現在の上皇が「生前退位の意向」を表明した当時の安倍政権で、ある極秘計画が進行していたという。女性天皇は容認するにしても女系天皇は受け入れがたいとして、愛子天皇が誕生した時に夫となるべき旧皇族の青年を探せという指示が出されたというのだ。記事中で「事情を知る当時の政権中枢」が証言している。 「安倍総理はこの指示を極秘裏に、杉田和博官房副長官(当時)に命じました。血統が天皇に連なる旧皇族の男系男子と愛子さまが結婚すれば、その子どもも天皇に連なるY染色体をもつ『男系男子』となる。それならば愛子天皇が誕生した後も、男系の子どもが皇位を継承していけるという計画だったのです」 そしてこう続く。「密命を受けた杉田氏が調査した結果、旧皇族の賀陽(かや)家に年齢が近い男子が二人いることが判明した」 一昨年、週刊誌で愛子さまの見合い相手として賀陽家の息子の存在が報じられたが、それにはこんな背景があったのかもしれない。証言した「当時の政権中枢」とは誰なのか、どこまで裏がとれている話なのか。秋篠宮さまが誕生日会見で女性皇族問題を聞かれ、「該当する皇族は生身の人間」と語っていたが、当の愛子さまにしてみれば、気持ちの良い話ではないだろう。 その秋篠宮さまの言葉を論じた『週刊新潮』1月2・9日号「佳子さま30歳 加速する『皇室離脱』願望に秋篠宮さまの胸の内」によれば、佳子さまは今も「皇室から出るには結婚するしかない」と語っているという。女性皇族をめぐる問題はどうなるのか。 『週刊ポスト』1月17・24日号「天皇家の昭和100年」という特集の中で佐藤優さんがこう語っている。「天皇制を維持したいのであれば、私は女系天皇、女性天皇といった議論は危ないと思います。なぜなら、天皇制というそもそも非合理性をはらんでいるシステムに、部分的に合理性を持ち込もうとしているからです」 象徴天皇制をどう考えるのか。今年、議論は広がるのだろうか。<月刊『創』編集長・篠田博之>2025年1月5日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「週刊誌を読む-女性皇族問題、議論広がるか」から引用 明治の政府が皇室典範を作成した目的は、天皇制の権威を高めて、それによって国民がこの国の元首は天皇なのだという考えを容易に受け入れることを可能にすることであった。そのために、天皇家は神様の子孫であるとか、歴史が始まって以来、この国は天皇が統治してきた、というような「作り話」も学校教育に取り入れたりもした。また、明治になる前の封建時代の権力者は、正妻以外にも複数の女性との間に子どもをもうける風習があったために、当時の政府は皇室典範を制定するのに、皇位継承者は男系男子に限定することに躊躇はなかったものと思います。しかし、江戸時代以前の記録によれば、かつては女性の天皇も在位した記録があるのは事実であり、今後女性が天皇になったからと言って「神の教えに背く」というような問題にはならないわけで、今のうちに皇室典範を改定して、女性の天皇即位がスムーズにすすむように準備するべきと思います。また、男であれ女であれ、結婚するしないは個人の自由な判断によるべきものであって、天皇家に生まれたからと言って、縁もゆかりもない政府要人が「この人の結婚相手は、この二人のうちのどちらかだ」などと勝手に決めつけるのは、当の愛子氏にしてみれば「不愉快この上ない」気分だろうとお察しする次第です。
2025年01月25日
ドイツでは来月総選挙が予定されており、様々な政党が選挙準備を進めているときに、アメリカの大富豪、イーロン・マスク氏がドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持を呼び掛ける投稿を、自ら経営する「X」で行ったことを、9日の「しんぶん赤旗」が、次のように報道している; ドイツの総選挙(2月23日投票)への介入を強める米国の大富豪、イーロン・マスク氏への批判がドイツの国内外で広がっています。トランプ次期政権で要職に就くマスク氏は、自身が所有するX(旧ツイッター)を通じて、極右政党への支援や人種差別的な移民排斥を主張。扇動的な発言への警戒が各国で高まっています。 マスク氏は昨年12月末に極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持呼びかけをXに投稿。ショルツ首相を罵倒するなどSNSを通じた政治介入を続けました。 ショルツ首相は5日、独誌シュテルンに対し、マスク氏の選挙への影響力は限定的だとしつつ、「全くの嘘や真実が半分だけの意見で、8400万人の国民に影響を与えかねないマスク氏の声明に対処する」と述べました。 AfDをめぐり、他の党は連立・協力を拒否しています。それでもマスク氏は9日にAfDのワイデル党首とオンライン上で公開会談し、積極的な後押しを進める予定です。 欧州連合(EU)のデジタルサービス法はヘイトスピーチやテロの扇動を違法とし、大規模なソーシャルメディア運営企業に対策を義務付けています。EUは、マスク氏がXによるヘイトスピーチ対策を緩和したことから、Xをすでに調査対象としています。EU報道官は、9日の会談も注視すると表明しました。 フランスのマクロン大統領は各国に駐在する仏大使との会合で、世界最大のソーシャルメディアの運営者が反動的運動を支持し「ドイツを含む他国の選挙に直接介入するとは、10年前に誰が予想できただろうか」と苦言を呈しました。 ノルウェーのストーレ首相は記者会見で、「民主主義国家かつ同盟国の間で起こるべきことではない」と指摘しました。 英国のスターマー首相も記者会見で、同国の極右政党「リフォームUK」と関係を築くマスク氏を念頭に「うそと誤情報を広く流している人々は、自分たちのことしか考えていない」と批判しました。 欧州の左翼勢力もマスク氏を非難しています。英国のジェレミー・コービン議員は「ビリオネア(資産総額10億ドル以上)はソーシャルメディアの所有や新聞の運営、政治介入をすべきではない」と指摘。ベルギー労働党のメルテンス書記長はマスク氏を「かつてない反動的な資本家」と述べ、次期米政権下で同様の億万長者に都合のいい規制緩和や公共部門の弱体化がさらに広がると懸念しています。(吉本博美)2025年1月9日 「しんぶん赤旗」 6ページ 「マスク氏、独総選挙に介入」から引用 一昔前までは、大富豪と言われる人たちはビジネスに専念する都合上、政治に関わるような発言をすることはなく、自らのビジネスに有利になるような政策を期待して政治献金をするだけであったが、最近の大富豪の場合は、特に努力する必要もなく親から引き継いだ遺産でテキトーに生活できる身分のせいか、トランプ氏のような素人でも大統領になれると分かって、俄然張り切って政治に口を指しはさむようになった。しかし、イーロン・マスク氏にとって、ドイツに移民が増えたり減ったりすることの何が問題なのか、意味が分かりません。自分の国が、今度、移民を排除すると主張する人物が大統領になったから、ドイツも歩調を合わせるべきだ、という主旨であるなら、それはあまりにも「移民排除」という方針に自信を持てない、それどころか、心のどこかに「やっぱり、移民排除なんて、弱い者いじめはイケないことだ」という「良心の呵責」があってのことではないのか、と思いました。
2025年01月24日
NHKテレビが放送した人気のドラマ「虎に翼」について、元文科官僚の前川喜平氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 大晦日(おおみそか)の紅白歌合戦。僕は見なかったのだが、「虎に翼」(脚本吉田恵里香)の特別編があったというので、事後の配信でそこだけ見た。 設定は1937年の暮れ。寅子が学友に言う。 「この世はあまりにも穏やかとも平和ともほど遠くて、海の向こうでは戦争をしているし、苦しい思いをするご婦人方は山ほどいる」。ウクライナやガザの戦禍、相次ぐ性加害事件や女性差別などを思い出させる台詞(せりふ)だ。 猪爪(いのつめ)家で優三が言う。 「来年、再来年、その次、その次の次って、きっと世の中はどんどん良くなりますよね」。実際には戦争が激化し、彼自身戦死するのだが……。 寅子の父直言(なおこと)が「100年後が楽しみだ」と言う。100年どころか8年後の45年に、日本は平和で民主的な国になる。しかしそれは、悲惨な戦争の代償としてだ。その平和と民主主義が、今大きく揺らいでいる。 寅子「もどかしくても、大きな一歩前進がなくても、声を挙げていくしかないってこと?」。香淑(ヒャンスク)「はい、そうです」。暗い時代にあっても、希望を失わず声を挙げ続ければ世界は変えられるのだ。 米津玄師が歌う「さよーならまたいつか!」は100年先を思う歌だ。今年は戦後80年。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」という決意を、僕たちは100年先も憶えていよう。(現代教育行政研究会代表)2025年1月5日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-100年先も憶えてるかな」から引用 私も、世の中はどんどん良くなっていってほしいと思いますが、中々一筋縄では行かないと思います。45年の敗戦によって、日本は平和で民主的な国になったとは言え、そういう社会に不満な人々もいて、平和教育を推進する母体となっていた教育基本法を、改悪して「愛国心」を子どもに教える条項が挿入されたりしていますから、今後もどのような策謀が右翼勢力から繰り出されるか、国民は油断できない状況であることを自覚しなければなりません。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」という一文は、わが国憲法の中でも取り分け重要な文章であり、末永く堅持していくべきであることを、機会ある度に確認していきたいと思います。
2025年01月23日
わが国で災害ボランティアセンターが立ち上げられて30年になることに因んで、中央大学教授の目加田説子氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 1月17日で、1995年の阪神・淡路大震災から30年がたつ。死者・行方不明者合わせて6437人、負傷者は4万人以上に上り、当時としては戦後最大の災害になった。行政も被災して混乱が重なる中、注目されたのがボランティアの存在だ。震災から3日後には日本初の災害ボランティアセンターが立ち上がり、1年で延べ130万人ものボランティアが全国から駆け付けた。 95年は「ボランティア元年」と呼ばれるように。その年3月に放送されたNHKスペシャルは、個々の小さな思いが山を動かすようなうねりとなった、それがどんな社会を開いていくのか――と問いかけた。 98年には「特定非営利活動促進法(NPO法)」が成立し、2001年には一定の条件を満たすと税制上の優遇措置を受けられる「認定」NPO法人制度も整備された。寄付する側も優遇を受けられるこの制度により、活動資金に悩むNPOを支援する仕組みづくりが進んだ。 ◆ ◇ ◆ 一方、00年には当時の森喜朗首相の私的諮問機関である教育改革国民会議が「奉仕活動の義務化」を提言したことがある。一部メディアでは労働力不足を補う存在としてボランティアを活用するべきだといった論調も展開された。だが本来、ボランティア活動は自由で自主的、自発的、自律的に取り組むものであり、上から強制されるものではない。 冒頭の災害ボランティアセンター立ち上げに尽力し、半世紀以上にわたりボランティア活動に携わってきた大阪ボランティア協会の早瀬昇理事長によると、ボランティア活動は恋愛に似ているという。自発的な無償の行為であって活動を選べること、好きであることが選択の重要な基準となること、自分が満足するだけではうまくいかないこと、そして心移りする自由もあること――。 ボランティア活動で人は元気になり、長寿にもつながるとの調査結果もある。静岡県在住の高齢者1万4千人を1999年から10年にわたり追跡したデータによると、特に健康に気をつけていない人に比べて運動と食生活に注意すると死亡率が32%減少し、さらに「社会参加」もすると死亡率は51%も減少するという。社会参加には労働を継続することや、趣味、サークルも含まれるが、ボランティアのようにいろいろな人と関わり続けると、健康寿命の延伸につながることを示唆している。 ◆ ◇ ◆ この30年の間、中越地震、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震と、大きな地震が相次いだ。昨今は大洪水や土石流、豪雪などの災害も後をたたない。地域での環境保全や防犯、福祉活動でもボランティアの需要は高まる一方だ。 しかし、現実には平成の大合併で全国の社会福祉協議会の統合が進み、社協のボランティアセンターが弱体化するケースも出てきているという。ボランティアの数も団体や個人も含めて2011年をピークに減少し続けている。 山は今も動き続けているのだろうか? 早瀬氏は「30年前は、市民の発意で行動してパラダイムシフトが起きた。人は市民活動に参加することで市民になっていく。お客さまのように行政に要請し改善を求めるだけではなく、もう一度市民が主体となって自治を取り戻す必要がある」。 私たち次第で、山はもっと動かせる。2025年1月5日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-ボランティア元年から30年」から引用 私がこの記事に注意を惹かれたのは、「ボランティア活動で人は元気になり、長寿にもつながるとの調査結果もある」との一文である。定年退職してどこへも出かける用事がなくなり、毎日家で新聞や雑誌を読むだけのときに、たまに町内会の行事で世間の役に立つ仕事をして帰宅すると、なんだか充実感があって、身も心も晴れ晴れとした気分になるのを思い出したからである。しかし、記事の末尾にも書いているように、近年はボランティアの数は団体も個人も減少し続けているらしい。これは、ボランティアに限らず、トラックやバスの運転手不足、公立学校の教員不足、医師の不足、等々、日本中に「人手不足」が蔓延しており、町内会も例外ではありません。人口減少の上に、昨今のサラリーマンは60才や65才で一度定年になっても、更に働き続けるという人が増えたせいで、60代で町会役員をやりますという人はいなくなりました。この調子では、我々が老化で活動できなくなったときには「町内会解散宣言」をする役目も回ってくるのではないかと思います。
2025年01月22日
アフリカで生活苦に追われて粗末なボートで地中海に乗り出しヨーロッパ大陸を目指しながら、不運にもボートが沈没して溺死する事故は、毎年かなりの件数になっており、海岸に流れ着いた溺死者や沈没したボートの中で腐乱した遺体の身元を調査する専門家の活動について、文筆家の師岡カリーマ氏は4日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 昨年アルジャジーラが放送したドキュメンタリーを通じて、イタリアの法人類学者、クリスティーナ・カッターネオ教授を知った。腐乱などで識別が難しい遺体の身元特定を専門とする教授は、危険を冒してヨーロッパを目指し、地中海で溺死した「不法移民」の身元特定と、そのための資金集めに奔走している。 反移民感情が年々高まる中、多くの移民が漂着し続けるイタリアにおいて、使えるお金や労力が生存者への対応に注がれるのはやむを得ない。移民流入を防ぎ、できれば追い返したい欧州諸国も、移民の出身国の方も沈没船から引き揚げられた遺体の身元特定に関心はなく、それが誰の責任でもないといえば確かにそうなのかもしれない。 それでも死者の身元特定のために、身を粉にして孤立無援の闘いを続ける学者たち。なぜか。それは死者にも、彼らを搜している家族がいるからだ。そして、死んでも人間としての尊厳は消滅しないという信念からだ。 欧米各地で排外的な政治勢力が躍進し、イタリアでも、かつて独裁者ムソリーニを肯定したメローニ氏が移民規制を公約に掲げて首相に就任するなど、排斥思想がじわじわと主流化することが懸念され、報道もそちらに集中する。でもそんな時代の年始めには、人間への信頼を回復してくれるカッターネオ氏のような人々にこそ、もっと注目したい。(文筆家)2025年1月4日 東京新聞朝刊 11版 15ページ 「本音のコラム-名もなき死者の尊厳」から引用 この記事にも書いているように、難民救済の予算が生存者への対応に注がれるのはやむを得ないことであるが、そうかと言って死者は無視するというのは間違いで、死んでも人間としての尊厳は消滅しないという信念は大切だと思います。数百年前のような、乏しい食料を奪い合って殺し合いをした戦国時代に比べれば、科学技術も発展したことだし、安定した食料生産の技術を確立して、世界中どこでも経済的な苦労から解放されて生きていける時代になってほしいと思います。
2025年01月21日
ラジオ番組に出演して80年前に敗戦という結果に終わった「戦争」を振り返り、二度と戦争をしないために「新聞」はどうするべきか語った毎日新聞専門記者の栗原俊雄氏は、4日の同紙に次のように書いている; 昨年12月4日、TBSラジオ「荻上チキ・Session」で話す機会があった。テーマは「なぜ、メディアは戦争を止められなかったのか」。私には1時間程度が割り当てられた。ゴールデンタイムとしては長い。しかし、メディア史の専門家が研究者人生をかけて探究するような重いテーマだけに、時間内でうまくまとめる自信がなかった。番組には2015年から10回以上出演してきたが、荻上さんやリスナーからしばしば想定外の質問を受けるので、なおさら不安があった。 * ただ、時間の制約があるがゆえに本質を指摘することもできるはず、と思い直し、要因を二つに絞って話した。一つ目は、新聞だけでなく、為政者や戦争のプロである軍人も現代戦の被害の大きさを想定できていなかったことだ。 たとえば対米戦争が始まった後、軍部は東京都と相談して空襲による死者を想定した。結果は2万人程度。1945年3月10日の一晩だけで10万人が虐殺されたことから分かる通り、想定が甘すぎた。 戦闘は80年前に終わったが、その後も生き残った膨大な人々が心身共に苦しみ続けることも、恐らく考えられていなかった。たとえばシベリア抑留は56年12月まで続いた。空襲被害者の心身の傷は、今も完全には癒えていない。海外で戦死したおよそ240万人のうち、112万体の遺体・遺骨が行方不明だ(厚生労働省推計)。この先何十年たとうと、すべてが収容されることはないだろう。 戦争が、どれだけ多くの庶民に広く、長く、深く被害を及ぼすか。41年12月の開戦前に新聞がそれを明らかにできていれば、言論の自由がなかった当時であっても「戦争なんてできるわけない」という世論が広まっていたと思う。 二つ目は、新聞が為政者のうそや不作為、非現実的な空想、欺まんを暴露できなかったことだ。 大日本帝国政府は、欧米の植民地支配からアジアを解放するという旗を掲げて戦争を進めた。しかしそれは建前でしかなかった。そもそも、台湾や朝鮮、旧満州(現中国東北部)を植民地支配したままで欧米の支配を批判しても、説得力に乏しい。 開戦後、日本軍は東南アジア各地で米英軍を破り、占領して軍政を敷いた。各地域の独立より、戦争継続のために石油などの戦略物資を獲得することを優先した。43年5月31日の「御前会議」(昭和天皇が臨席する国策決定会議)で決めた「大東亜政略指導大綱」では、フィリピン、ビルマ(現ミャンマー)の独立を認めつつ、マレーシアやシンガポール、インドネシア各国に相当する地域を「帝国の領土と決定し重要資源の供給源」と位置づけた。帝国の戦争は「植民地解放」ではなく帝国のための「植民地再編成」が目的だったのだ。「植民地アジアの解放のための戦い」は、まさに欺まんである。 新聞が暴くべき、政府による空想もあった。昨年6月1日の本欄で指摘した大日本帝国の「終戦構想」だ。同盟国のドイツ・イタリアと連携してまず英国を屈服させる。すると英国の同盟国である米国が戦意を失う。きりのいいところで講和する――というもくろみだった。対英戦の主力はドイツだが、勝てるとは限らない。勝ったとしても米国が戦争をやめる保証もない。「都合の悪いことは起きない。都合のいいことは起きる」という、願望の上に空想を乗せたような「なんちゃって終戦構想」だった。これを新聞が暴いていれば「非戦」の声が高まっていたのではないか。 * 新しい戦争を新聞が防ぐためには、80年あまり前にできなかった二つのことを実現することが不可欠となる。 第一に、戦争になったらどれくらいの被害が生じるのかを、政府に明らかにさせなければならない。ガザやウクライナから流れてくる報道で、私たちは現代戦の被害の様相を目の当たりにしている。同じような攻撃を受けたら、あるいは原子力発電所に一発でも敵のミサイルが着弾したらどれくらいの死者が出るのか。政府が「仮定の質問には答えられない」というならメディアがスクラムを組み、民間のシンクタンクと協力してでも「新しい戦争の被害」を明示させなければならない。 第二に、政府のうそや欺まんを見逃さないことだ。たとえば政府が「仮想敵」とより友好的な関係を築く努力を放棄していないか。「同盟国」と、戦争に前のめりな秘密協定を結んでいないか。実は新しい戦争の被害想定をしているのに発表していないのではないかなど、注意深く見ていく必要がある。政府にとって都合の悪いことは何かを想像し、隠されている事実を暴く努力を重ねなければならない。 新聞は、事実上帝国政府の広報紙となり、戦争に加担した。だからこそ、新しい戦争を阻止しなければならない。 ラジオでは、締めくくりに荻上さんから「これからはどんな取材を?」と聞かれて「永遠の戦後」と答えた。今年は「戦後80年」。新しい戦争が起きない限り、戦後は続く。「戦後」を永遠にするために、取材と発信を続けたい。(くりはらとしお) 専門記者(日本近現代史・戦後補償史)。1996年入社、2003年から学芸部。著書に「戦後補償裁判」他。2025年1月4日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「現代をみる-『永遠の戦後』守る 新聞の役割」から引用 この記事では、現代の戦争がどれほど多くの国民に、どれほどの規模と時間に渡る被害を及ぼすことになるのか、新聞が明らかに出来ていれば、「そんな戦争なんて、やれるわけがない」という世論が形成されて、政府も軍も安易に「対米英戦争」に踏み切ることは出来なかったはず、というような論調であるが、果たしてそうだったのか、私は疑問に思います。今から考えれば、新聞にはそのような役割を果たしてほしかったと言えるわけですが、当時の新聞は何を報道していたかと言えば、北京に侵攻した日本軍が南京に転戦するときに、二人の日本軍将校が通りがかりの現地中国人を日本刀で次々と斬殺し、二人のうちどっちが先に「百人斬り」を達成するか、競争している、というような記事を、血糊のついた日本刀を誇らしげに掲げる二人の将校の写真入りで報道するという体たらくだったわけで、とても政府や日本軍の戦争遂行計画の「欠陥」をあばくなどという気の利いた報道が出来るようなレベルではなかったと思います。安倍政権以降の日本政府は、アメリカから莫大な武器を輸入する計画を建てて、防衛費も天井知らずに膨れ上がり、沖縄県の小さな島々には新たなミサイル基地や弾薬庫などが建設されて、地下には住民用のシェルターも建設中との報道もありますが、中国の内政問題である「台湾有事」に日本がアメリカの手先として介入することが、わが国憲法が掲げる「平和主義」と矛盾しないのか、しっかり議論をするべきだと思います。
2025年01月20日

県知事のパワハラ問題などで県議会から不信任決議を突き付けられ失職した人物が、出直し選挙で再選されるという兵庫県の事例について、ジャーナリストの竹信三恵子氏は、「週刊金曜日」年末年始合併号に、次のように書いている; 兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラなどを公益通報した県職員が、うそつき呼ばわりの中で死亡し、知事は加害者から一転、被害者となって再選――。11月の兵庫県知事選は、魔術のよう々逆転となった。これはSNSや選挙制度の問題としてだけでなく、組織の不正に疑問を抱く働き手にとっての悪夢、労働問題としてもとらえるべきではないか。◆私生活情報まで入手 まず、報道などから、事件を振り返ってみよう。斎藤知事は2021年に当選、就任1年で58の事業の廃止や見直しを行なうなど、急速な改革を進め、改革の司令塔として10人程度で構成される新県政推進室をつくった。それが、密室で取巻きだけで決めていく傾向を生み出し、職員の問では「管理職も声を上げにくい空気」(今年10月2日放送のNHK「クローズアップ現代」)に対する反発が強まっていたという。 そんな中、今年3月、県民局長の60歳の男性が、斎藤知事の職員へのパワハラや、物品の受け取りなどをめぐる内部告発を匿名で行なった。斎藤知事は、当時の副知事らに告発者捜しと調査を指示したとされ、同月下旬の記者会見で、文書の内容を「うそ八百」と非難。月末で退職予定だった男性の人事を取り消した。男性は4月、公益通報窓口に同様の申告をしたが、県はこの公益通報窓口の調査を待たず、「告発内容の核心部分が事実ではない」と判明したとして5月、男性に停職3ヵ月の懲戒処分を下した。 7月に男性は抗議の遺書を残して亡くなり、その3日後、県職員の労組は知事に辞職を求めた。 一方、事態の解明のために設置された「百条委員会」のアンケートではパワハラの疑いがある言動を「目撃などにより実際に知っている」とした回答が140件あった。「おねだり」と話題になった贈答品の受領も一部事実とわかった。 働く側から見て悪夢、と思われる第1点は、男性の公用パソコンが県職員によって調査され、告発の事実関係とは無関係なプライバシー情報までが幹部の手に渡ったことだ。 「調査」から浮かんだ私生活の情報が拡散されていったことから見ると、男性の弱みを洗い出す材料探しの可能性が疑われる。知事らは関与を否定しているとの報道もあるが、仮にそうであっても、適切な調査を管理する責任はあったはずだ。◆公益通報制度の限界 第2点は、公益通報制度や百条委員会が内部告発者を守れたのか、という点だ。 男性がこの制度を利用したのは懲戒処分の前だ。公益通報者保護法は、組織内の不正をただすために公益通報を行なった労働者(通報者)を、解雇を含む不利益な取り扱いから保護するなどの目的がある。男性は、不利益扱いによる報復に歯止めをかけたかったと推測される。だが、一般に、組織の不正をただそうとする行為は主流派からは「裏切り」と受け止められがちだ。しかも、内部情報は幹部クラスが占有しており、告発する側がその真偽を完璧に立証することも簡単ではない。身近で聞き知ったことをもとに告発すれば、今回の男性のように「うわさの寄せ集め」と批判され、情報を伝えた職員の名を明かせば、提供者に迷惑がかかる。 だからこそ、初動から外部専門家などによる人権に配慮した第三者調査が不可欠なのだが、今回、知事らは側近による「内部調査」でことを進めた。 地方自治法100条に基づいて設置される百条委員会も強い調査権限を持ち、証人の出頭や証言を求めることができ、ウソの証言には罰則もある。公開の場で県民の関心を引き付ける効果もある。だが、告発された側か[記憶にない]といえばウソの証言とは言えない。関心を高める機能が告発者の公開処刑の場に転じる可能性も否定できない。 今回のように、あらかじめ「調査」によって告発に無関係なプライバシー情報を加害者側に押さえられている場合、百条委員会がその暴露の場とされることもありえた。男性の死は、こうした構図と無関係とは思えない。 公益通報制度が禁じる不利益扱いも、何かそれにあたるかに曖昧(あいまい)さがある。消費者庁が行なった「内部通報制度に関する意識調査」では、勤務先や外部に「相談・通報したことがある」と回答した476人のうち、「相談・通報して後悔している」「相談・通報して良かったこともあれば、後悔したこともある」が合わせて3割あった。 後悔したことがある145人の理由は、【図表1】のように、「不正に関する調査や是正が行われなかったから」「不利益な取扱いを受けたから」が多く、「不利益な取扱い」の中身は、【図表2】のように、「嫌がらせ」「人事評価」「配転」が上位を占める。これらに共通するのは、「解雇」のような明確さを避けた陰湿さだ。 たとえば「嫌がらせ」については、悪意はなかったと抗弁される。「人事評価」も、評価ポイントが恣意的な日本の職場ではその是非を問いにくい。配転に至っては「余人を以て代えがたいから異動させた」という言いわけが通り相場だ。◆仕上げとしての再選 そして、総仕上げとも言える働く側の第3の悪夢が、斎藤知事の再選だ。知事の「側近」による調査を通じて得られたプライバシー情報がSNSで増幅されるという異様な環境の中で、再選は実現した。その結果、不信任で失職した知事が返り咲き、百条委調査に協力した職員たちの間には不安が高まっているという。 公務職場は民間のような社外取締役もいない密室状態だ。違法状態を規制する側の行政には、行政自体の違法を監視する機関も弱い。職員たちにとっては、そんな土壌にパワハラ加害者と名指した人物が返り咲いたことになる。 2025年には公益通報者保護制度の見直しが予定されている。ここでは、通報と処分の因果関係についての立証責任を事業者側に負わせる案なども示されている。 今回、透明性のある不利益基準や中立的な第三者機関がなかったことで、男性は弱みを握られ、「うわさで告発した」とされて追い詰められていった。それを考えると、働き手を組織外から支える、さらに多くの措置が求められる。 今年5月、国連ビジネスと人権作業部会が公表した日本訪問調査の結果報告書は、働き手を組織外から支える独立した「国内人権機関」が企業での人権侵害の救済にとって極めて重要であるにもかかわらず、日本に存在しないことに深い憂慮を表明している。兵庫県知事選が問いかけているのは、足元の働き手の人権問題でもあることを、忘れてはならない。<たけのぶ・みえこ> ジャーナリスト、和光大学名誉教授。著書に『女性不況サバイバル』(岩波新書)、『賃金破壊 労働運動を「犯罪」にする国』(旬報社)など。12月20日/1月3日合併号 「週刊金曜日」 1502号 32ページ 「連載『働く』からいまを見つめる-加害者が被害者に転換、兵庫県知事選の魔術」から引用 この記事の筆者は労働問題専門のジャーナリストらしく、兵庫県庁で働く人々の立場にたってこれまでの事態の推移を分かりやすく記述していると思います。それにしても、百条委員会を開いたとしても訴えられた知事が「記憶にありません」と言えば、それ以上は追及できないかもしれないというのでは、少し心細い気がします。やはり、公益通報者保護法の弱点をよく点検し、通報された上司が通報した部下に報復するなどという野蛮な事態を引き起こさないで済むような「法改正」を検討するべきだと思います。また、国連からも指摘されているように、働き手を組織の外から支える独立した「国内人権機関」の設置も、検討する必要があると思います。
2025年01月19日
年末の東京新聞は、2024年に報道されたニュースの中でも人々に強い印象を残した話題について特集を組んでいるが、その中で兵庫県知事選挙については次のように書いている;◆再選も真相は闇のまま 兵庫県の斎藤元彦知事らのパワハラ疑惑などが告発された問題で、県議会(定数86)の全会派と無所属議員が9月19日、斎藤知事への不信任決議案を共同提出し、全会一致で可決した。その後、斎藤氏は出直し選挙の道を選んで再選。真相はくすぶり続けたままたが、公益通報制度のあり方など多くの疑問を投げかけた。(9月20日など掲載) 発端は今年3月、元県西播磨県民局長の男性が斎藤氏のパワハラや企業からの贈答品の受領などの疑惑を内部告発したこと。男性側は県の公益通報窓口にも通報したが、斎藤氏は告発者の特定を指示し、会見では「うそ八百」と断じた。 男性を停職3ヵ月の懲戒処分とした後、県議会は百条委員会を設置。男性は証人で出席予定だったが7月に死亡した。県議会の不信任決議を受け、斎藤氏は出直し選に挑んだ。 当初は「孤立無援」とみられたが、Xでは「#斎藤知事がんばれ」とのハッシュタグ(検索目印)がトレンド入りするなど、交流サイト(SNS)を中心に大きなうねりを生んだ。斎藤氏の対応を批判的に報じてきたメディア不信も相まって斎藤知事は再選した。 取材を続けてきた元神戸新聞記者でノンフィクションライ夕ーの松本創氏は「自分に追い風になる話はどんな小さな声でも聴くが、異論はどんな大きな声でも耳を貸さない。そういった姿勢は選挙前も後も変わらない」と指摘。一方で「公益通報制度のあり方やSNSを使ったネット選挙のありよう、既存メディアの報じ方などいくつもの課題を残した。斎藤知事の問題は何も解決していないし、終わっていない」と話した。2024年12月29日 東京新聞朝刊 11版 12ページ 「2024年その後・・・あの人あの事故あの事件」から「斎藤知事不信任可決」を引用 社会の公器と言われる「新聞」が、斎藤兵庫県知事にまつわる醜聞について、この記事のようにまるで他人事であるかのような「距離」を取った表現をしていることに、私は不満を感じます。斎藤知事の問題については、県議会が百条委員会を設置して調査をすることが決まったのだから、県議会は百条委員会の活動を最優先して「公益通報」の真偽を明らかにすることを最優先するべきであったのに、何故いきなり「斎藤知事不信任案」などと出して百条委員会の活動を妨害したのか、県議会の意図がまったく理解できません。しかも、斎藤知事が「出直し選挙」を選択すると、新聞もテレビも「選挙妨害になってはいけないから」との理由で、斎藤候補もその対立候補についても、一切何も報道はしない。しかし、一方では斎藤候補を応援するSNSは、あること無いことウソもホントもないまぜでどんどん垂れ流して盛り上がる。そうして出てきた結果を見て「オールドメディアが新しいメディアに敗北した」などと言われる。そりゃあ、何もしないでいれば、ウソもホントもどんどん流す「景気の良い方」に人々の関心が吸い寄せられるのは当然でしょう。一体、公益通報者保護法を無視して通報した者を探し出して懲戒免職にした斎藤知事の違法行為は、何時断罪されるのか、それとも選挙に勝ては過去の罪は帳消しになるのか、その辺のところをしっかり取材して報道していただきたいものです。
2025年01月18日
沖縄県民の強い反対を押し切って国が強行する辺野古移設工事は、軟弱地盤の問題があって工事は無理だとの専門家の意見もあったが、政府はこれを無視して、「軟弱なら、土砂で埋め立てればいいだろう」という「理屈」で工事を強行する姿勢である。このところ天候不順のため作業が滞っていたため、中央官庁が年末休暇に入った初日に、辺野古では着工するという異例な対応をしたことを、12月29日の東京新聞は次のように報道している;◆焦る国、くい打ち準備は難航 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設に向け、防衛省は、年末休暇初日に軟弱地盤改良工事に着手する異例の対応に踏み切った。工事を円滑に進めているとの印象を与えたい政府側の焦りがにじむ。ただ、移設に反対する沖縄県も阻止するための対抗策がなく、苦慮している。■ 悪天候 28日午後、辺野古沖の大浦湾。冬空から時折小雨が舞い、寒風が吹きすさぶ中、作業船に乗ったショベルカーが青い海につながる管に次々と薄茶色の砂を投下した。 隣接する米軍キャンプ・シュワブのゲート前も抗議する市民の姿はほとんどなく、周囲は閑散としていた。平和学習のためゲート前を訪れたという北九州市の女性(65)は「沖縄に基地を押し付けている現状を目の当たりにし、胸が苦しい」と語った。 軟弱地盤改良工事は当初、今月23日に砂くいの打ち込みを始めて着手とするはずだったが、連日の悪天候で作業船が大浦湾に入れず、計画が狂った。しかし、政府内には年内着手にこだわる声もあり、官公庁が仕事納めを終えた翌日の土曜日に、砂を敷く作業を実施した。本来くい打ちの前段階の作業だが、これを着工として「大きな前進」(林芳正官房長官)とアピールしてみせた。反対派住民の一人は「ただのセレモニーだ」と批判した。■ 砂不足 沖縄県との訴訟合戦を制し、着工にこぎ着けた政府だが、完成までの道は険しく、課題は山積している。 直近の課題は埋め立て用の砂の不足だ。防衛省の計画では東京ドーム16個分を超える約2020万立方メートルが必要。現在は県内の砂を使用しているが、不足しつつあるという。2020年に政府は沖縄本島南部を採取地候補に選んだが、沖縄戦の激戦地で遺骨が交じった砂が使われる恐れがあるとして県民の反発が強く、鹿児島県・奄美大島での現地調査などを進める。防衛省関係者は「圧倒的に砂が足りない。本島南部から採取できないとなればかなり厳しい」と焦りを隠さない。 一方、移設阻止を掲げる玉城デニー沖縄県知事も苦慮している。同省が改良工事の着手日を公表した27日、記者団の取材に応じたが「状況を注視する」と繰り返すしかなかった。政府との法廷闘争では判決が確定した訴訟で全て県が敗訴し打つ手がないのが現状だ。 ただ、改良工事が難航して政府が工事の設計変更を県に申請し、玉城氏がこれを認めずに「不承認」とすれば、工事を一時的に止められる可能性が残る。県幹部は「不承認にできる余地がないか、事務的に整理を始めている」と明かした。2024年12月29日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「『前進』協調 異例の年末着工」から引用 航空機でも軍用機でも飛行機が離着陸する飛行場は、広大な面積を必要とするものだから、それなりの面積を確保できる陸地に建設するものである。それを、海を埋め立てて飛行場にするという発想は、思い付きとしては気の利いたアイデアと言えるかも知れないが、さも知った風な顔で「東京ドーム16個分」の砂が必要などと単純な計算で数えてみても、実際には海の中は潮流というものがあって、東京ドーム16個分の砂を投入してみたところで、その何割かは潮の流れとともに流されてしまうのだから、飛行場を支えるほどの頑丈な足場を作るのに、どれだけの費用と時間が掛かるものか、多分これはやってみないと分からないというのが実態ではないのか。戦後70年くらいまでの日本は、順調な経済成長で経済力も蓄えてきたかも知れないが、昨今の日本政府の「ばらまき政策」で世界のあちこちに国民の財産をばらまき、国内の政策でも辺野古の埋め立てを始め、いつ完成するかも分からないリニア新幹線だの、新型の原発建設だの、カネの掛かりそうな案件は山積みなのだ。そうでなくても、高度成長時代に全国に張り巡らせた自動車道路などは、そろそろ老朽化してきているのだから、遠からず標高の高い位置にある鉄橋の掛け変え工事などの必要性も、全国的に出てくるわけで、無駄な予算の使い道は厳しくチェックされる時代が、やがて来ることを覚悟して、無駄になる可能性がある予算の使い道は、考え直すべきだと思います。
2025年01月17日
日本の被爆者団体が昨年、ノーベル平和賞を受賞したことについて、弁護士の白神優理子氏は12月22日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 「人類が核兵器で自滅することのないように!!」「核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて共に頑張りましょう!!」- ノーベル平和賞授賞式で、日本被団協代表委員の田中煕巳さんが力強く受賞講演をしました。被爆証言などを聞いたことが弁護士を目指すスタートの一つで、ノーモアーヒバクシャ訴訟にも関わった私にとっても大きな喜びです。 大手紙の全てが社説を掲載し大きく扱いました。「朝日」「毎日」「東京」「赤旗」が講演全文を掲載。「産経」も要旨を掲載したことに、核廃絶運動が社会を動かしてきたことを実感します。各紙の論調はどうでしょうか。 「朝日」社説(12日付)は「核廃絶は今も実現の道が見いだせない」のは「自国の安全を大国の核兵器による『抑止力』に頼る国の列には日本も加わる」からと指摘。石破茂首相を「唯一の戦争被爆国の首相として、核廃絶への責任を担う意思はうかがえない」と批判します。 地方紙も指摘します。「核保有国と同じように行動するのが、世界で唯一の被爆国が取るべき態度とは思えない」(秋田魁新報社説、11日付)、「核抑止論の台頭を憂慮する」(愛媛新聞社説、15日付)。 一方、核抑止力論を大前提にするのは「産経」。12日付コラムで「確かな核抑止力なくして、安全保障も平和も語れない」といいます。 田中氏は原稿にはなかった「原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたい」との言葉を繰り返しました。この扱いも各紙で異なります。共同通信は速報し、「赤旗」「朝日」なども報じました。しかしニュースでも伝えないメディアもありました。 唯一の戦争被爆国・日本のメディアとして、「核抑止力」に固執し、核廃絶に背を向ける政府への厳しい監視と、核兵器と戦争のない世界に向けた発信が求められます。(しらが・ゆりこL弁護士)2024年12月22日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-平和賞講演掲載に感慨」から引用 朝日の社説が指摘するように、日本は自国の安全をアメリカの核の抑止力に頼っているから、政府として「核兵器の廃絶」などと言えないという政府としての「事情」があるようです。しかし、東西冷戦のときはソ連や中国の核兵器がわが国の安全にとって脅威であったかも知れませんが、もう冷戦は終わり、安倍政権のときなど、安倍首相(当時)はロシア大統領をファーストネームで呼ぶほどの親密さだったのだから、これからの世界はアメリカの核などはあてにしないで、平和外交で自国の安全保障を確かなものにする時代になると思います。折しも次期アメリカ大統領は「世界の警察官」の役割を降りたい意向のようですから、これを「渡りに船」と心得て、新しい時代の安全保障の構築に乗り出すときであると思います。
2025年01月16日
日本郵政の違法な生保販売活動を告発する報道を行っていたNHK取材班に対し、本来は報道の現場に政治的圧力がかかることを防止する役目を果たすはずのNHK経営委員会が、日本郵政の「手先」となって現場に圧力をかけた事件について、前文科官僚の前川喜平氏は、12月22日の東京新聞コラムに、次のように書いている; かんぽ生命保険が18万件以上の不正契約を行った事件。いち早く報じたのは2018年4月のNHK「クローズアップ現代+」だった。その続編のためSNSで情報提供を求めると、日本郵政から圧力がかかった。続編は延期され、その間に被害者は増え続けた。 NHK会長への圧力だけでは足りないと見た日本郵政は、鈴木康雄上級副社長(当時)とNHK経営委員会の森下俊三委員長代行(当時。のち委員長)の人脈を通じ、経営委員会に抗議の書面を送る。応じた経営委員会は10月、上田良一会長(当時)に異例の厳重注意を行った。これはガバナンスに名を借りた番組編集への干渉であり、放送法違反の行為だった。 この厳重注意に関する議事録の全面開示などを求めて、市民グループがNHKと森下氏を提訴したのは21年6月。その控訴審が17曰、原告の実質完全勝訴と言える和解で終結した。NHKは厳重注意に関する議事録をホームページで公表。森下氏は98万円の解決金を払うことになった。 議事録を読めば、森下氏や石原進委員長(当時)が日本郵政の側に立って番組の内容や取材方法への批判を繰り返していたことが分かる。現場を守る防波堤たるべき経営委員会が、逆に現場に圧力をかけたことは糾弾に値する。安倍晋三首相(当時)の任命責任も厳しく問い直されるべきだ。(現代教育行政研究会代表)2024年12月22日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-NHK経営委の放送法違反」から引用 日本郵政の違法な営業活動に関連して市民団体がNHK経営委員会委員長を訴えた裁判というのは、当時の報道記事はなんだか複雑な内容の長い記事で、老人の視力では読むに堪えない(?)長さだったので、私はあまり読む気がしなかったのですが、上のコラム記事を読んで「あれは、こういう事件だったのか」と、ようやく合点がいきました。安倍政権の時代には日本政治の腐敗が進み、安倍氏自身の違法行為が告発されても必ず無罪になるようにと、自分の息のかかった人物を検事総長にしようと画策している最中に、その人物が賭けマージャンの現場を週刊誌に嗅ぎつかれて失職するというお粗末な事件もありましたが、結局、検事総長の座には、似たような傾向をもつ人材が登用されて、何十人もの裏金議員が全員不起訴処分となったりして、安倍時代の負のレガーはいまだに山積みのままです。石破氏の誠意と実力で少しでもこれらを清算して、日本の政治を正常な軌道に乗せてほしいものですが、ご本人にはその自覚と覚悟があるのかないのか、あまり期待はできそうもないのが残念です。
2025年01月15日
韓国の大統領が先月、いきなり戒厳令を発令して世間を騒がせたが、歴史家で学習院大学教授の井上寿一氏は日本での事例について、12月21日の毎日新聞に次のように書いている; 今月3日、隣国の韓国で大統領が「非常戒厳」(戒厳令)を発した。この戒厳令は、国会の解除要求決議が通ったことで無効になった。6時間ほどのことだった。14日には、国会が大統領の弾劾訴追案を可決した。予断を許さない状況が続いている。 もう一つの「隣国」の台湾は、「建国」当初の1949年から87年まで38年もの間、戒厳令が敷かれていた。今では民主主義国の両国も戒厳令をめぐるこのような歴史を持つ。 対する日本はどうか。大日本帝国憲法下で、3回、戒厳令が発せられている。05年の日比谷焼き打ち事件、23年の関東大震災、36年の2・26事件の時である。戦後、戒厳令は廃止された。ところがある国内騒乱の時に、自衛隊が治安出動しそうになった。 この四つの事例を振り返りながら、国家権力と民主主義との関係を考える。 第1に日露戦争の講和をめぐって、05年に民衆の抗議行動が起こり、日比谷焼き打ち事件に至る。政府は戒厳令を発して暴動を鎮圧する。「大正デモクラシー」の理論的指導者の吉野作造が日比谷焼き打ち事件を民衆の政治参加の画期と評価していることは、よく知られている。 ところが、民衆の政治参加の拡大は平和と結びつかなかった。日本は大国ロシアとの戦争に辛勝したに過ぎなかった。賠償金などの条件をロシアに求めれば、講和が成立しなくなるおそれがあった。賠償金や領土の割譲を求めて講和に反対する民衆の騒乱は、戒厳令によって鎮圧しなければならなかった。 第2の関東大震災にともなう戒厳令に対する評価は、両面価値的である。大震災の発生直後、政府は戒厳令の施行に慎重だった。そこへ「朝鮮人暴動」の流言が広まる。戒厳令が施行される。流言の抑止の意図もあった。 しかし戒厳令は逆効果だった。「朝鮮人暴動」を鎮圧する目的で戒厳令が敷かれたと誤解されたからである。戒厳令下、朝鮮人殺傷事件が続く。政府が朝鮮人の「保護」と危害防止を閣議決定したのは、9月4日だった(土田宏成「災害の日本近代史」)。 第3は36年の2・26事件の際の戒厳令である。2・26事件は5・15事件とは異なり、緻密な計画に基づき軍部内閣の成立を具体的な目的とするクーデターだった。政府は戒厳令で鎮圧を図る。 民衆が5・15事件の首謀者たちに寄せたような同情を抱くことはなかった。当時の日本は経済危機を脱却しつつあった。民衆にとって2・26事件は、平穏で安定した生活を脅かしかねなかった。政府と民衆は同じ方向を向いていた。2・26事件は3日で鎮圧され、日常が回復された。人びとは繁華街に繰り出し、映画館や劇場を訪れた。 第4は「60年安保」の時である。日米安保条約の改定をめぐる国会審議において、岸信介首相の強行採決に反対する空前の民衆運動が起きる。自民党内から自衛隊の出動を求める声が上がる。 もっとも強く反対したのは、岸派所属にもかかわらず赤城宗徳防衛庁長官だった。「自衛隊は外敵を相手にするもので、国民を相手にするものではないので、私はそれはできない」。赤城は陸・海・空の3幕僚長の意見を聞く。(毎日新聞社編「60年安保闘争の時代」)。彼らは異口同音に、武器を持って外敵と戦うことが任務だからできないと出動に反対する。もしも治安出動するようなことになれば、自衛隊は国民から批判され、内乱状態になるおそれが強い。彼らの考えに揺るぎはなかった(同)。 こうして内乱を招きかねない自衛隊の治安出動は、赤城防衛庁長官と制服組トップの軍事リアリズムと内乱への危惧から回避された。 以上のように、大日本帝国憲法下であっても、戒厳令の施行は総じて抑制的だった。戦後にも、自衛隊が治安出動することはなかった。 このような歴史を踏まえれば、いま必要なのは、憲法を改正して緊急事態条項を設けることよりも、民主主義国家=日本の国民の政治的な成熟であることがわかる。阪神大震災(95年)と東日本大震災(2011年)を経て、社会秩序維持に対する国民の意識は高い。内乱、ましてや内戦が起きる可能性はきわめて低いだろう。 考えるべきは、このような騒乱よりも新しいタイプの直接行動の方である。今年の三つの選挙(東京都知事選、衆院選、兵庫県知事選)を通して顕在化したように、インターネットが政治を動かすようになった。 ネットにあおられて日比谷焼き打ち事件や関東大震災の時のような事態がバーチャルな騒乱として起きれば、国を誤ることになりかねない。 過剰な情報に対する耐性を持つ国民が、社会を支えなければならない。2024年12月21日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「井上寿一の近代史の扉-より恐ろしいネット政治」から引用 韓国の戒厳令騒ぎは、私は大統領の行動がどのような法的根拠に基づいたものか、すぐには理解できず、市民が立ち上がったとか、国会が6時間後に「戒厳令撤回決議」を行った結果「解除」になったとか、「一体これは何の騒ぎなんだろう」という疑念に付きまとわれた気がしていたが、この記事を読んで「韓国の大統領は、自分の政権運営の行き詰まりを野党のせいにして、戒厳令によって野党の行動を規制しようとして失敗した」という筋書であったことが理解できた気がします。戦前の日本政府が4回、戒厳令を施行した事例が記述されてますが、軍の一部が反乱を起こした2・26事件では、政府が戒厳令を施行し正規軍を使って反乱軍を鎮圧したという事例が、単純で分かりやすい事例に思います。ただ、残念なのは、この時は政府は「戒厳令」を正しく使って「文民統制」をなんとか守ったにも関わらず、その後の軍部の台頭を押さえきれなくなって、結局軍人に牛耳られる政府になってしまったのが、やがて来る「敗戦」の原因となったことです。 戦後になって安保反対闘争が盛り上がり、岸政権が危うくなったとき、当時の岸首相は自衛隊に治安出動をさせようと画策しますが、これは、先月、韓国の大統領がやろうとしたケースによく似てます。しかし、岸首相の場合は、赤城防衛庁長官や健全な考えを持った制服組トップがしっかりした判断を首相に伝えた結果、間違った選択をしないで済んだのは幸いであったと思います。
2025年01月14日
昨年暮れに亡くなった読売新聞主筆の渡辺恒雄氏について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は同紙12月21日付けに、次のように思い出を書いている; 小泉純一郎氏は首相就任の2001年から毎年不意に靖国神社を参拝し、論争を巻き起こした。 任期最後の06年は8月15日に決行。その前後、本紙は12回の連載記事で、A級戦犯合祀(ごうし)が戦後、誰の手により、いかなる意図と経緯で行われたのかを検証した。 取材班長だった私の元に、思いがけない2人から反応があった。朝日新聞の若宮啓文論説主幹と、読売新聞の渡辺恒雄会長・主筆である。それまで面識はない。 突然電話してきた若宮氏とは招かれて会食し、以来著書を頂いた。お薦めは「戦後70年 保守のアジア観」(石橋湛山賞)。 渡辺氏からは、付箋6枚に直筆の励ましが届いた。渡辺氏は同年1月発売の雑誌で若宮氏と対談し「首相の靖国参拝反対」で意気投合。3月に「靖国と小泉首相」という共著を出しており、その本に付箋が挟んであった。 読売新聞は渡辺氏の号令で05年、社内に「戦争責任検証委員会」を設置。満州事変から太平洋戦争に至る政治・軍事指導者たちの責任を徹底追及した。翌年本になり、英語版・中国版もある。「検証戦争責任」でネット検索すると、圧巻の成果を今でも読める。「参拝反対」は、こうした論証を積み重ねた末の結論だった。 06年は7月に日経新聞も、昭和天皇が晩年、A級戦犯合祀に強い不快感を示していたとスクープした。新聞に、論調を超えて政治家の不実をただす戦線があった。 第1次政権で参拝できなかった安倍晋三氏は、側近の反対を押し切り、再登板1周年の13年12月26日に参拝。米国が「失望した。首相が過去への反省と平和への責任の再確認を表明するか注視する」という異例の声明を出した。 翌年8月発売の月刊誌「文芸春秋」に、渡辺氏の「安倍首相に伝えたい わが体験的靖国論」が載った。冒頭から「A級戦犯が分祀されない限り、国家を代表する政治権力者は公式参拝すべきでない」と言い切っている。 パリ不戦条約、戦争責任の検証、靖国の起源、盟友・中曽根康弘元首相の参拝中止と分祀の努力、各国の追悼施設、自身の不条理な軍隊体験が、分かりやすく説得的に論じられている。 06年連載の単行本「靖国戦後秘史」が15年8月、角川ソフィア文庫に迎えられた。渡辺氏に解説をお願いしたら、「体験的靖国論」の転載を快諾してくれた。 出張の新幹線車内で、お送りした単行本にきちんと目を通してくれたという。また付箋6枚に直筆の感想と激励が来た。文字に力がこもっていた。(専門編集委員)2024年12月21日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-ナベツネさんの靖国論」から引用 渡辺恒雄と聞いて私が思い出すのは、彼が読売新聞社主となって間もなく、同紙が一面トップの扱いで「憲法改正試論」を掲載したことで、自衛隊を正規の軍隊として憲法に明記するというような内容だったと思います。それ以来、読売新聞は「右寄り」の新聞なのだという認識をもっていたので、05年ころに当時の小泉首相の靖国参拝を批判していたということは、まったく知る由もなく、彼の訃報を伝える報道の中に「政治家の靖国神社参拝には否定的な意見を表明していた」という情報があって、私は「えっ?」と思いましたが、その一部始終を描写しているのが、上の記事ではないかと思います。しかし、そういうことだったのなら、もっと朝日や読売は、05年当時に、もっと熱心に小泉首相(当時)の靖国参拝を批判すべきであったし、参拝を止めさせるべく努力するべきだったのではなかったかと、今さらながら残念に思います。
2025年01月13日
昨日の欄に引用した12月27日付朝日新聞「交論-知事再選の内と外」には、政治学者・坂本治也氏の次のような発言も紹介されていた;――兵庫県知事選で斎藤氏の再選を予想していましたか。 「当初はまったく予想しておらず、びっくりしました。不信任決議を受けた段階では、知事選に出るとも思っていませんでした。あれだけメディアで不祥事として批判され、選挙で有利な要素がないように見えたためです。他の政治学者も同じような見方でした」――坂本さん自身も兵庫県在住です。これまで県政をどう見ていましたか。 「私は大阪と神戸の間に住んでいます。平日は大阪で働き、週末も大阪に出かけます。県政の恩恵を受けている感覚はなく、関心を払うこともありません。多くの阪神間の住人は似た感覚だと思います。一方、旧自治省の官僚だった井戸敏三前県知事のもとで進んだ政策は旧態依然とした印象で、不満でした。斎藤氏の初当選時に彼に投票した県民は、閉塞(へいそく)した県政を変えてくれるという期待を抱いていたと思います」――今回の投票率は前回比で14・55ポイント増でした。 「SNSや、『NHKから国民を守る党』党首の立花孝志氏が風を起こしたという指摘がありますが、私は違うと考えています。すでにあった有権者の関心を加速させた効果はあったかもしれませんが、少なくとも起点ではなく、勝敗にも決定的な影響は与えていません。その証拠に、立花氏が立候補した12月の大阪府泉大津市長選はほとんど話題にならず、立花氏も大差で落選しました」――では何が知事選への関心を高めたのでしょう。 「むしろテレビを中心とする既存メディアによる報道だと考えています。選挙前から、斎藤氏のパワハラ疑惑や県政運営の姿勢を、斎藤氏VS.県議会や既成政党、県庁という対立構図で描く『戦略型フレーム』の報道をさかんに続けました。それにより小泉政権の郵政選挙と同じポピュリズム的な土壌ができました」 「冷戦の終結後、各党がめざす政治や経済体制には大差がなくなりました。そんな中、有権者にとって、単純化された対立構図はわかりやすく、判断材料にしやすいのです。一方で、候補者の政策の差を問う『争点型フレーム』は理解に時間がかかります。有権者は忙しく、自らに見返りが少ない情報の収集や分析にはエネルギーを割きません」――選挙への関心は高まっても、斎藤氏はパワハラ疑惑などを抱え、挽回(ばんかい)する要素のない状態でした。 「私は今回、詳細な世論調査をしておらず、流れが変わった理由はわかりません。ですが他の調査などを見ると、多くの県民は、県議会よりも、淡々と疑惑を否定し続けた斎藤氏の主張を信じたようです。以前からある県政への不満も影響したかもしれません」 「斎藤氏は結果的に、寡黙でコツコツ仕事をするという日本人好みの人物像をアピールするのに成功しました。トランプ次期米大統領らとは異なるタイプのポピュリストとも言え、あまり例がありません」――ネットでは、県議会や県幹部が「既成勢力」として批判されました。 「権力者やエリート層に対する反感は今に始まったことではありません。有権者は国政でも、自民や立憲の政治家、官僚に不信感を抱きます。過去の度重なる汚職などが、有権者の記憶には残っています。こうした負のイメージがある以上、今回の知事選のようなことは条件さえそろえば他の地域でも起こりえます」――対立候補の側にも、敗因はありますか。 「選挙は、エリートVS.アウトサイダー(斎藤氏)の構図になっていました。しかし前兵庫県尼崎市長の稲村和美氏は、野党陣営に加え県内の22首長の支持も受け、エリート側についたように有権者に見られてしまいました。自らもアウトサイダーだと位置づけて『斎藤氏と違う方法で県政を築く』と訴え、新たな対立構図を作り出すべきでした。米大統領選でトランプ氏の描いた対立構図を変えられず敗れたハリス氏と同じです」――斎藤氏を再選させた兵庫県民の選択を疑問視する声もあります。 「かつて日本維新の会を躍進させた大阪府民にも疑問や批判が寄せられました。でも、選挙は有権者として見るのと、外部から見るのとでは異なります」 「知事や県議会は、分断につながる対立感情を脇に置き、政策ごとに議論を尽くして県政を前進させてほしいです。そして何より大切なのは、有権者が今回の選択は正しかったのか、関心を抱き続けることです」(聞き手・石田耕一郎) *<さかもとはるや> 関西大学法学部教授、同大学図書館長。日本人の政治参加が他国より低水準な理由や、日本維新の会に良い印象を抱く有権者の特徴などを調査。著書に「日本の寄付を科学する」など。2024年12月27日 朝日新聞朝刊 13版S 13ページ 「交論-知事再選の内と外」から「『淡々』に好感、前県政への不満も」を引用 この記事も、朝日ほどの大新聞が掲載する記事にしてはフォーカスがぼやけたような印象を受ける気がします。昨日の記事は「既存メディアはSNSに敗北した」というような主旨だったのに、この記事では、今回の知事選の投票率が向上したのは既存メディアが、斎藤知事のパワハラ問題等を熱心に報道したが、県民はそれを「メディアが既成勢力と組んで改革派の斎藤氏を攻撃している。だから、自分たちは『改革派の斎藤氏』を応援するのだ」というかたちで有権者の関心を盛り上げたのだ、という主張のようです。しかし、私は一期目の斎藤元彦氏が公益通報者保護法を無視して、通報者のプライバシーを公にしたり、そのプライバシーをN党の立花に渡して百条委員会の委員を務める県会議員を恫喝する材料にしたり、という法令違反をする人物が「県知事」という要職に相応しい人物なのかどうか、という「判断材料」を十分に提供できなかったという点に、既存メディアの「落ち度」があったのではないか、と思います。
2025年01月12日
県議会が全会一致で県知事への辞職勧告決議を可決した兵庫県で、失職した人物が再度立候補して当選を勝ち取るという予想外の選挙結果となったことについて、12月27日の朝日新聞は「(交論・知事再選の内と外」という特集を組んで、二人の有識者のコメントを掲載している。そのうちの一人、ドキュメンタリー・プロデューサーの阿武野勝彦氏は、次のように述べている;■民意のゆくえ 斎藤元彦氏が再選を果たした兵庫県知事選をはじめ、当初の予測とは異なる結果になった選挙が相次いだ今年。だが、選挙の内側にいる有権者からはどう見えていたのだろうか。選挙の「内」と「外」からの見え方の違いを生み出すものとは。■「無駄」な取材から、思いに迫れる 阿武野勝彦さん(ドキュメンタリー・プロデューサー)――兵庫県知事選や名古屋市長選は、いずれも予想外の結果でした。 「地元なので、名古屋市長選や河村たかしさん人気についてはなんとなくわかるんですよ。河村さんといえば『減税』で、河村さんが支援した広沢一郎さんも減税を前面に出した。減税か反減税かの単純な構図にしたことで、自民、立憲、国民民主などの相乗りで知名度も圧倒的な大塚耕平さんがまさかの敗北を喫した」 「斎藤元彦さんが勝った兵庫県知事選も、いろいろなものが全部吹っ飛ばされて、改革か既得権擁護かという単純な構図になったわけですよね。負けた稲村和美さんが『何と向かい合っているのか、違和感があった』と言いましたが、白か黒かの構図にのみ込まれてしまったからでしょう」――SNSの影響が大きかったともいわれます。 「いまはあまりにも多くの情報があふれています。真偽を確かめられず、情報の取捨選択をスマホに頼るようになった。情報の海でおぼれそうになるなかで、『思考の外部化』が起きているのかもしれません」―― 一方で、既存メディアの存在感は薄れているといわれます。 「兵庫で意外だったのは、地元紙の神戸新聞まで、ネット上で既得権益側のオールドメディアとして批判されていたことです。阪神大震災の時、地元に根ざした情報を発信し続けた神戸新聞は、地域の人に信頼されてきたメディアです」――既存メディアへの信頼が失われてきているのでしょうか。 「どのメディアも経営的に余裕がなくなってきて、取材の『無駄撃ち』を避けるようになったことが大きいと思います。かつては、無駄な取材をたくさんやることで真実に迫るものをつかんできていた。取材先と話をして初めて『こんな切り口もあるんじゃないか』と気づくこともあった。でもいまは、誰に何を聞くかを最初から決めてしまう。情報の信頼性を、記者の足腰の強さで担保してきたはずなのに、そこが軽視されているように見えます」 「コストパフォーマンスとわかりやすさを優先しすぎたツケが出てきているのかもしれません。これが行きすぎると、人に直接話を聞かずネットで得た情報だけで書く『こたつ記事』と変わらなくなります」――東海テレビは2021年に、「大名古屋狂詩曲」という、市長時代の河村さんを描いたドキュメンタリーを作っていますね。 「『選挙モンスター』の河村さんのどこが好かれ、どこが嫌われているかを、距離を置いて冷静に描きました。放送後に、河村さんが番組を名指しで批判して、BPO(放送倫理・番組向上機構)に訴えると言ったんです。結局、訴えてはきませんでしたが、そうした当事者から嫌われる報道も、メディアの役割のはずです」 「一方で、河村さんの強さも見えました。外からはわかりにくいかもしれませんが、名古屋で、河村さんを心底から嫌いという人はあまりいないんです。減税だけでなく、自分の報酬も減額していることで、有言実行と評価されてきた。キャラクターの力があるから選挙で勝ち続けるんです」 「兵庫の斎藤さんも、地元の人から見れば、真面目そう、大勢を敵に回しても改革を貫こうとしていると映ったのかもしれない。メディアは、決めつけをせずに有権者の思いに虚心坦懐(たんかい)に向き合い、内側でないと見えにくい部分も伝えたでしょうか。それが足りなかったせいもあって、選挙結果が不可解に見えたのかもしれません」――メディアは都合のいいところだけを切り取る、とよく批判されます。 「それに対しては、僕はいつも『切り取りのどこが悪いんですか』と言うんです。取材したものを全部書いたり、放送したりできるわけがない。切り取る理由が明確で、必然性があればいい。問題は、その理由を説明する努力をメディアが怠ってきたことです」――既存メディアが信頼を取り戻すには何が必要でしょうか。 「以前、愛知県春日井市の団地に住む老夫婦を描いた『人生フルーツ』を作りました。その主人公の男性が『時をためる』ということを言っていたんです。じっくり待って、時間を積み上げていくことが大事だと。いま、新聞やテレビに求められているのは、地道に『時をためる』取材を重ねて、記事や映像にしていくことだと思います」(聞き手 シニアエディター・尾沢智史) *<あぶのかつひこ> 1959年生まれ。東海テレビで「ヤクザと憲法」「さよならテレビ」など数多くのドキュメンタリーを制作。名張毒ぶどう酒事件を扱った最新作「いもうとの時間」が来年1月公開予定。2024年12月27日 朝日新聞朝刊 13版S 13ページ 「交論-知事再選の内と外」から「『無駄』な取材から思いに迫れる」を引用 この記事では、新聞の事前予想とまったく違う選挙結果となったことで、インタビューする側の記者が、既存メディアの一員としてすっかり自信を失くしてしまったかのような口ぶりで問を発しているのが、気になります。地元の兵庫県民であれば、既得権益グループに不当に独占された県政を改革するためには、多少の問題があるにしても改革派の斎藤氏に再度チャンスを提供したいと考えるかも知れませんが、斎藤氏以前の兵庫県政がどのようなものであったかを知らない私のような部外者は、改革派を自称する斎藤氏が周囲の部下に対してパワハラ問題を起こしたり、出入りの業者に贈答品を催促するというような問題を起こしたりした、その問題を追及することこそメディアの使命であり、手を抜かないで最後まで追求しなければならない「問題」であるという点こそ、最重要なのだと思います。選挙結果を予測し間違えたからといって「信頼を取り戻すには何が必要でしょうか」などと、余分なことは考えず、公益通報者保護法に反して通報者を死に追いやった斎藤知事の責任を追及することが、読者の信頼を取り戻すために必要な「努力」なのだと思います。
2025年01月11日
アサド独裁政権が崩壊したシリアへ、エジプトに避難していた避難民が帰国するようになった状況を、文筆家の師岡カリーマ氏は、12月21日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「エジプトに入ると出るでは違う」という言葉がSNSを飛び交っている。本来は「浴場に入ると出るでは違う」という慣用句。その昔、「入場無料」の大衆浴場の看板に釣られた客が入浴中に衣服を隠されて「出るのは有料」と騙(だま)された逸話がもとだと言われる。つまり「行きはよいよい帰りは怖い」だが、なぜ先週からこれがバズっているかというと、シリアでアサド政権が崩壊し、周辺国から避難民の帰国ラッシュが見られる中、エジプトに避難していたシリア人に対して「帰すもんか!」「行かないで」という懇願なのだ。「せっかく仲良くなったのに帰っちゃうなんてダメ」という投稿が発端だったらしい。 有能で仕事が丁寧だと大歓迎されたシリア避難民。当初は商店が「シリア人のみ特別価格」と掲げるなどして苦難の同胞を歓待した。また、シリアの料理や伝統菓子の店が次々オープンして大ヒットしたことから、もうシリア人なしでは生きられないと帰国を嘆くエジプト人が続出。一方、シリア人も感謝と友愛の投稿で反応。「次はシリアに来てね」「エジプト人にのみ国境開放、旅券の持参は禁止だよ」「滞在費はこっち持ち」など。 結局、草の根外交に勝るものはない。無力感ばかり募る昨今だが、ちょっとした思いやりと優しい言葉でこのドロドロした世界も変えられると信じ続けたい。(文筆家)2024年12月21日 東京新聞朝刊 12版 17ページ 「本音のコラム-行きはよいよい帰りは怖い?」から引用 アサド前大統領がロシアへ亡命した後に政権を握った組織は、これまで「打倒アサド」を旗印に武装闘争をしてきたグループで、国連からはテロ集団と認定された組織であるとのことですから、果たしてこのまま、シリアがスムーズに民主的な国家へ移行できるのかどうか、楽観視できるのかどうか、日本人には遠い国の話で見当がつきませんが、かつて避難したきたシリア人と受け入れた側のエジプト人の間が良好な関係であったというエピソードは、なかなかほほえましいと思いました。
2025年01月10日
昨日の欄に引用した12月14日付朝日新聞「耕論・悪口の中に生きる私たち」には、ライターの武田砂鉄氏の、次のような発言も紹介されていた; 政治家を批判的に論評すると、その支持者から「〇〇さんは頑張っているんだから悪口言うな」といった声がよく届きます。 先の総選挙、出演したラジオの特番で、日本保守党の河村たかし共同代表に中継をつないだところ、先方の第一声は「ハウアーユー?」。皆で無視して党の公約について質問を重ねたけれどまともに答えてくれず、結果、ネット記事には「選挙でお疲れなんだから、細かい質問をするな」みたいなコメントがたくさんついて困惑しました。 政治家は強大な権力を持つ。だから好き嫌いのはるか手前のところで、権力を握らせても大丈夫な人間かどうかをチェックするのがメディアの仕事の根本ですが、その前提が液状化してきている印象です。 批判的論評が成立しづらくなっているのは政治の世界だけではありません。たとえば音楽雑誌も以前とは様相が変わり、絶賛を前提にしたインタビューが多く載るようになっている。「どう褒めてくれるのか」というファンの期待に抗しきれないのでしょう。 批判的論評は、焼き肉の「焦げ」みたいなもの。ちょっと苦いけど、食べたくなる。だけど、毎日が自転車操業で、たまの焼き肉を心の支えにしている人たちからすれば、なにわざわざ焦がしてんだよ!となるのもわからないではない。社会が余裕を失っているがゆえの現象だと思います。 「焦げ」のない社会はつまらない。だけど「じゃあどうしたら?」との問いに即答はできません。受容する側の感覚の問題なので、供給側がコントロールするのは難しい。それよりも今問題なのは、焦がしのプロであるはずの新聞やテレビが「自分たちは嫌われている」と自信を失い、別のやり方を見つけねばと焦りまくっていること。実にみっともないと思います。 尊敬する“イラストレーターなど”のみうらじゅんさんはこう言っています。「キープ・オン・ロックンロール」の意味は「死ぬまでロックしようぜ」なんかではなく「まだやってる」。何をやるにしろ「キープ・オン」が大事なんだと。 しつこく焦がし続ける。やり方はいろいろあります。その言動を短刀で刺すように問うだけが能じゃない。僕は「セメントで周りを固める」というイメージでやっているので、Xへのこんな投稿も続けています。 「アベノマスク、まだ届いてません」(聞き手 編集委員・高橋純子) *<たけださてつ> 1982年生まれ。出版社勤務を経て2014年からフリー。著書に「紋切型社会」など。最新刊は「テレビ磁石」。2024年12月14日 朝日新聞朝刊 13版S 13ページ 「耕論・悪口の中に生きる私たち」から「社会の『焦げ』、キープ・オン」を引用 この記事も、現代の世相を興味深く言い表しているように思います。政治家を批判的に論評すると「〇〇さんの悪口を言うな」というクレームが来るが、そういうクレームというのは、本来「信用して権力者の座に就くことを許容してよい人物かどうか」というチェック・ポイントをまったく無視して、単なる「好き嫌い」とか「地縁」等に基づいた、あたかも芸能人を対象にした「ひいき」のような気分で発言している。政治家の政治信条や人柄などは問うこともなく、単なる「推し」で政治家を選ぶ、そういう「姿勢」が垣間見えるように思います。この記事では、武田氏は「政治家は強大な権力を持つ存在だから、好き嫌いのはるか手前のところで、権力を握らせても大丈夫な人物かどうかをチェックするのがメディアの仕事だ」と言って、政治家への批判的な論評に「悪口を言うな」とのクレームがつくことを「その前提が液状化してきている」のではないか、と言ってますが、私は逆に、今までは政治に無関心で政治に関する発言をする術を持たなかった庶民が、ようやく何かしら発言するきっかけを掴んだばかりのところで、なんとなく批判されてるように見える方の肩をもって一丁前の発言が出来るところまで来た段階であり、「政治家の選択を誤ると、とんでもない社会になる」ということは、これから経験を積んで学び取ることになるのではないかと思います。
2025年01月09日
私たちは誰もが親や教師から「他人の悪口は言ってはいけない」と言われて育つのですが、その「悪口」とは何なのか、12月14日の朝日新聞は「悪口の中に生きる私たち」という特集を組んで、ライターの高島鈴氏の次のようなコメントを紹介している; 「黙って野たれ死ぬな」という活動家・船本洲治の言葉が大好きです。いい子で死ぬくらいなら、悪口でもなんでも言いたいことを言い続けて生き延びる方がいい。 社会運動をしていると、攻撃されることがよくあります。反論したくても、「また内ゲバしてる」と嘲笑されたり、対立する相手を盛り上げてしまったりするからできない場合もある。そういう時に、仲間と言いたいことを言い合うことは、とても重要だと思います。弱っていても、寝そべりながらでも、悪口は言える。 悪口を言うことは時に、生き延びるためのすべにもなります。なぜなら、ため込んだものをはき出す出口がないと、殺意のような思いが自分に向いてしまうことがあるからです。死んでいい人間なんて誰もいない。いざという時には、悪口を言って生き延びて欲しいです。 同時に、悪口に危うさがあることも事実です。特定の属性に対する悪口は、もはや悪口ではなく差別となり、表明すれば対象となった人たちに殺意が向くことになります。問題を起こした人に対し「けがれている」という言葉が使われることがしばしばありますが、私は「けがれ」という言葉も使う時点で差別発言だと考えています。 単なる個人攻撃と受け止められる悪口も、周囲には理解されないでしょう。「どこまでならいいか」という線引きはとても難しい。運動の中では、「個人ではなく構造を批判する」ことを意識しています。 秀逸だったのは「保育園落ちた日本死ね」です。「自分の稼ぎや生活をめちゃくちゃにする仕組みが悪い」ということを、「日本死ね」という突拍子もない悪口を使って端的に表現した。読んだ人みんなに怒りが伝わり、政治を動かしました。悪口の持つパワーが発揮された事例でしょう。 理不尽な状況に追いやられた人たちにとっては、悪口は問題提起の出発点にもなるでしょう。「おかしいんじゃないか」とか「むかつく」とか、感覚的で、うまく言語化できていない批判未満の言葉であっても、それを誰かと共有することで記憶や記録が残る。それが後に「あれはこういうことだったのか」と構造の問題だと気付くことだってあるはずです。 そんな言葉すら、「悪口はダメ」と言って尻込みさせ、封じるような世の中では、社会は変わりません。(聞き手・田中聡子) *<たかしまりん> 1995年生まれ。アナーキズムとフェミニズムを両輪に社会変革を求める。著書に「布団の中から蜂起せよ」。2024年12月14日 朝日新聞朝刊 13版S 13ページ 「耕論・悪口の中に生きる私たち」から「怒り共有、政治動かす力に」を引用 この記事は、社会運動家らしいパワフルな文章で秀逸だと思いました。「保育園落ちた日本死ね」は話題になって、政府だったか都庁だったか、これは放置できないと察知したらしく、翌年から「待機児童を減らす」努力をアピールするようになり、メディアもその都度「今年は待機児童がこれだけ減りました」というような報道をするようになったのを覚えています。「悪口」も両刃の剣であり、使い方を間違えると深刻な人権侵害になる場合もあり、誰もが良識をもって「道具」を使う社会になってほしいと思います。
2025年01月08日
企業献金を法律で禁止するのは「表現の自由」を定めたわが国憲法に違反するなどと中学生の思い付きのような石破首相の発言について、12月24日の朝日新聞は憲法学が専門の一橋大学教授・江藤祥平氏のコメントを掲載している; 企業・団体献金を法律で禁止することは、憲法に抵触する――。石破茂首相は憲法の「表現の自由」を持ち出し、献金は企業の自由だと主張した。のちに「違反するとまでは言わない」と修正したものの、法的な制約は慎重にすべきだとの立場は崩していない。献金の禁止と憲法の関係をどう考えるべきなのか。一橋大学の江藤祥平教授(憲法学)に聞いた。――石破首相の一連の発言をどう見るか。 確かに企業には表現の自由が認められているが、営利目的で存在している企業の権利を「自然人」(権利・義務の主体である個人)と同列に議論する首相の説明には無理がある。 「自然人」は生まれながらにして表現の自由を有しており、個人の献金禁止は明らかに憲法21条に抵触する。 これに対し、企業の表現の自由は、私たち国民を利するか、害するかという「利益衡量」によって判断されるものだ。――では、国民の利益とのバランスで、一定の制約も認められるということか。 禁止する「余地」があると考えるべきだろう。八幡製鉄政治献金事件の最高裁判決(1970年)でも「大企業の巨額寄付は金権政治を生む」と懸念を示し、「立法政策を待つ」とも指摘している。献金が、公共の福祉を害するような、まずい状況が発生した時には、立法による禁止は許容される。 また、八幡製鉄の最高裁判決がリクルート事件発覚前である点に留意すべきだろう。時代の変化によって、新たに生まれてきた事情や弊害を公共の福祉に読み込むことはよくあることだからだ。 たとえば、同性婚訴訟の違憲判決が近年、相次いでいるが、差別や不利益といった弊害が大きくなってきたことが影響した判断だと言える。――今は法律で規制することも許容される状況だということか。 リクルート事件や、今回の自民党派閥の裏金事件などの問題が繰り返されていることは、立法府が不全に対応できていない証左でもある。 半世紀前の最高裁判決を盾に取るのではなく、こうした時系列を考慮し、企業・団体献金の議論を詰めることが立法府の責任で、ある程度の裁量も存在すると思う。 自民が、企業・団体献金によって「政策をゆがめた事実はない」と主張しても、多くの国民が不信感を持っていること自体が致命的な問題で、民主主義の危機的状況だ。政党が特定の受益者だけでなく、国民一人ひとりの意思の媒体になれているのか。そうした問題も、厳しく問い直していくべきだ。(大久保貴裕)2024年12月24日 朝日新聞朝刊 14版 4ページ 「政治改革2024-企業献金の禁止、憲法「表現の自由」に抵触?」から引用 企業の政治献金は民主主義を歪めて金権政治に陥る危険があるから、立法によって対策を講じるべきだと50年も前に裁判所が指摘していたのに、与党が知らん顔をしている間に野党もメディアも「立法による対策」を忘却し、今どき首相が「企業にだって献金によって意志を表現する自由がある」などと聞いたふうなことを言えば、新聞記者が「え? そうなの?」と、専門家に聞きに行くという、なんだか落語の三題噺みたいな状況である。しかし、この失われた30年の間、企業献金が猛威を振るって、消費税が3%から10%になり、増税分が企業減税の財源に使われて、庶民の所得は目減りして大企業の金庫には現金がうなるほど貯めこまれたという「現実」が、企業献金を容認してきた結果であることを考えれば、企業献金禁止法は待ったなし、今年中には立法化して、年末までに施行するというスケジュールでいくべきだと思います。
2025年01月07日
アメリカの大統領が再びドナルド・トランプ氏になることによって、アメリカの外交はどのように変化するのか、政治学者の藤原帰一氏は12月18日の朝日新聞夕刊に、次のように書いている; ドナルド・トランプが米国大統領に復帰する。第2期のトランプ政権は、世界大国としての権力強化でも、また米国の凋落(ちょうらく)でもなく、米国の覇権からの自発的撤退によって特徴付けられると私は考える。 第2次世界大戦後の世界は米国の覇権の下にあった。イギリスやフランスのように植民地として領土的支配を行うことは少ないものの、軍事基地と同盟から国際貿易における影響力に至るまで、過去の植民地帝国をはるかに凌駕(りょうが)する規模において米国が権力を保持してきたからだ。 米国の権力をどう見るのか、議論が分かれてきた。米国の利益に沿うように世界を支配しているのか。米国だけでなく世界各国に普遍的意義を持つ理念と規範に従って、各国との協力に基づいて国際秩序を支えているのか。国外への支配か、世界が必要とするリーダーシップなのか、米国の覇権を捉える視点は正反対に見える。しかし、支配も指導も覇権国家としての米国の二つの顔として表裏の関係にあった。米国はデモクラシーの帝国だった。 * 米国の外からその覇権に対する批判と反抗が生まれたことは異とするに足らない。冷戦期に米国と対立を続けたソ連や中国はもちろん、米国と同盟を結ぶ日本も、国際貿易においては米国との紛争を続けてきた。 だが、覇権を維持するために米国が負担を払ってきたことも見逃せない。なぜ本土の安全と直結しない戦争に米国が関与するのか。なぜ競争力の乏しい産業を犠牲にして自由貿易を支えるのか。覇権国家としての負担は米国の力を弱めているのではないか。国外からだけでなく国内からも、覇権国としての米国の役割を疑う声があった。 そこから生まれるのが、覇権からの自発的撤退という選択である。トランプは「アメリカを再び偉大にする」と選挙で繰り返し訴えた。だが、トランプは世界大国としての米国を求めてはいない。選挙の中で訴えた移民流入の排除や輸入品への大幅追加関税などの政策を見ればわかるように、トランプは米国の力を外に広げるのではなく、米国をその外から閉ざすことに関心を向けている。 覇権秩序の両輪は米国を中心とする軍事同盟と自由貿易秩序だった。どちらも米国の利益に合致する制度だが、トランプから見れば同盟も自由貿易も米国への「ただ乗り」であり、米国の利益を損なうものに過ぎない。 トランプの求める偉大な米国とは国際制度の束縛から解き放たれた米国である。かつての孤立主義の復活と見ることもできるが、第2次世界大戦前と異なって現在の米国は軍事安全保障でも国際貿易でも世界秩序に関わっているだけに、覇権からの撤退は国際政治に大きな打撃を与えざるを得ない。 * ヨーロッパでは、NATO(北大西洋条約機構)諸国の協力が弱まることは確実である。バイデン大統領は、ロシアによるウクライナ侵攻に対してNATO諸国が結集してウクライナ防衛を支援することを米欧関係における最大の政策課題としてきた。これに対してトランプは、第3次世界大戦を防止しなければならないと訴える一方でウクライナ支援継続については口を閉ざしてきた。 仮にトランプがウクライナを頭越しにしてプーチン政権と交渉したとしても、ウクライナの戦争が終わるとは限らない。だが、米国以外のNATO諸国は米国の軍事支援なしにウクライナ支援を続けることを強いられる。米国なきNATOという展開である。 アジアでは、中国の台頭への対抗を最大の課題とする点においてバイデン政権とトランプ政権に違いはない。しかしトランプは米中競合の重心を軍事から経済に移すだろう。中国の軍拡よりも米国の市場防衛が優先事項だからである。 さらに中国ばかりか韓国や日本などの同盟国に対しても関税引き上げや米軍駐留経費引き上げなどの圧力が加えられる。米国の圧力によって譲歩を得ることは、敵対関係に立つ国家よりも友好国に対する方が容易だからだ。 覇権からの撤退に対する各国の対応は異なるものになるだろう。韓国では、対中政策でも対北朝鮮政策でも米国との隔たりが拡大するなかで、米国の拡大抑止に頼らない自主防衛の模索に向かう可能性が高い。バイデン政権の下で実現した日米韓三国の防衛協力がトランプ政権の下で弱まることも避けられない。 では日本はどうするのか。安倍晋三首相(当時)はトランプ政権、あるいはトランプ個人への接近による日米関係の安定を選んだ。安倍政権の選択を踏襲するのか、米国が覇権から退くなかにおいて多国間秩序の再構築を試みるのか。石破政権の選択が問われている。(順天堂大学特任教授・国際政治)2024年12月18日 朝日新聞夕刊 4版 2ページ 「時事小言-覇権からの撤退、各国は」から引用 ドナルド・トランプ氏の主張は「覇権国家の地位」からの撤退であると主張するこの記事には、単に社交辞令に戻づいた「きれい事」を述べているだけじゃないのか、という印象を感じます。アメリカが太平洋を隔てたベトナムの民族解放戦争に介入したのは、それまでフランスや日本がベトナムの独立を妨害して植民地支配をしてきた、その状態を継続してアメリカ帝国主義が利益を享受する目的であったし、南米やアフリカに民族独立戦争が起きたり左派系の政府が独立を画策すると直ちに米CIAと米軍が妨害をするという事例は数多くあったことが、それを証明している。トランプ氏の主張は、アメリカがそのように「世界の警察官」として行動するのは、米国民の利益にならないから、そういう「活動」からは撤退するという意図のように思われます。私は、アメリカが「世界の警察官」を止めるのは、世界平和の実現への一歩前進と考えて、太平洋を隔てたアメリカを当てにしていくよりも、この際、アメリカとの関係は必要最低限に抑え、日本として「主力」は中国、韓国との連携を強化し、将来は朝鮮民主主義人民共和国も含む「東アジア集団安全保障体制」の構築に歩を進めることが、平和国家としての正しい道ではないかと思います。
2025年01月06日
10年前に福島で大事故を起こしたにも関わらず、財界にたぶらかされた日本政府は今後のエネルギー計画では原発を最大限活用するなどと言い出したことを、12月18日の東京新聞は次のように論評している; 第7次エネルギー基本計画(エネ基)の原案で、「最大限活用する」とされた原発。経済産業省は「温室効果ガスを出さず、安定供給に資する電源」と重要性を強調するが、上昇する新設コストや放射性廃棄物の処分など、複数の重大な課題をはらんだままだ。懸念を示す民意が根強い中、原発回帰策のさらなる推進が確定的になった。(鈴木太郎)▽躍 起 「20年の建設期間を考えると、まさに今(建て替えへの準備を)始めなくてはいけない」。エネ基の改定を議論する経産省の審議会で夏、原子力研究者や企業経営者の委員が、原発活用の歯止めとなっていた6次計画までの「依存度低減」の文言の削除を強く求める場面があった。 政府資料では、原発の発電能力を示す設備容量の合計は、全ての原子炉が60年間動く想定でも、2040年代以降に急速に減少する。建設から送電開始までの期間が世界的に長引く状況も踏まえ、電力業界をはじめとする経済界は、「原子力産業を維持するラストチャンス」と躍起だった。原案はこれらの声を受けてか、廃炉した敷地内での建て替えに言及したGX(グリーントランスフォーメーション)基本方針から、さらに活用に踏み込む表現にした。▽縣 念 原発活用への流れが着々と進む一方、民意の懸念は根強い。エネ基作成に際し、経産省が設置したオンラインの「意見箱」に寄せられた市民の声を環境団体などが独自に分析した結果では、「原発を減らして」との意見が「活用すべき」の6倍以上。審議会が9月に実施した若者団体への聞き取りでも、活用を巡り意見が分かれた。17日の会議で、委員からは「将来的な活用に対して意見の違いがあることを計画に記すべきだ」との意見も挙がった。 原案は原発新設に踏み込んだが、経産省の担当者は批判を意識してか「最大限活用でも原発の総数は増えない」と強調。原発への住民理解のハードルは高く、建設費用も増大しており、政府の想定ほど再稼働や建て替えが進まない可能性もある。▽不安定 実際に、原発を巡る問題は解決から程遠いと専門家は指摘する。再稼働を進めたとしても、世界に60年を超えて運転した原発はまだない。龍谷大の大島堅一教授(環境経済学)は「地震が頻発する日本で、世界のどこも経験していない挑戦をするのは危険すぎる」と言い切る。 大島教授は長期化する原子力規制委員会の審査や人材確保の難しさ、廃棄物の行き先がないことなどを例に、「原発は最も不安定な電源で、支援がないと続かない」と批判。政府の「原発も再生可能エネルギーも」推進する方向性には「出力制御が難しい原発の存在が、再エネの発電効率を落としたり、柔軟な系統整備を妨げたりする要因にもなる」と指摘し、「原発のような『古く融通の利かない電源』にいつまでこだわるのか」と力を込めた。2024年12月18日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「『原発減らして』に耳貸さず」から引用 すでに世界中の多くの専門家が否定的な見解を示している原子力発電を、「作ってしまったからには、モトを取らなきゃ」と危険を冒してまで稼働させようとするのは、人の道に反する行為というほかありません。人類として、我々は福島原発の事故を経験したために、ドイツ政府は直ちに稼働中の原子炉を停止し、以後原発の使用は止めるという決断を下し、廃炉作業の準備を始めました。それが人間としての「正しい道」というものです。それを、事故を起こした当事国の政府が、慎重に再稼働を検討するというのならまだしも、国民のコンセンサスも得ないうちから「最大限利用する」だの、世界でも例のない「60年間稼働」に挑戦だのと、不謹慎にもほどがあるというものでしょう。このような調子では、遠からず第二の原発事故は避けられないと思います。
2025年01月05日
安倍、菅、岸田と続いた自民党の悪政に比べて、石破政権はどうなのか、朝日新聞・谷瞳児記者は12月18日の同紙夕刊に、次のように書いている; 「今は党で物事が決まっているよね」。首相官邸を拠点に石破茂政権を取材する私は最近、こうした声をしばしば耳にする。言葉の主は、政治家や官僚、記者と様々だ。政策決定の過程で官邸の力が弱まっているとの共通認識が永田町・霞が関で広がっている。 石破政権は発足から1カ月足らずで衆院選に大敗し、少数与党に転落。2012年の自民党の政権復帰以来、形を変えながら続いてきた「官邸1強」は崩壊し、政治の意思決定のありようが構造的に大きく変容しつつある。その実態を同僚とともに取材し、連載「消えた『官邸1強』」を書いた。 首相はもともと非主流派に身を置き、安倍晋三元首相ら主流派の批判を続けてきた「党内野党」だった。その結果、世論的な人気は高いが、党内の支持基盤は脆弱(ぜいじゃく)で、霞が関の官僚らも主流派の視線を気にして距離を置いてきた。衆院選後に少数与党となった今、野党の協力なしでは予算も法律も成立させられず、野党との調整にあたる党側の判断が重みを増している。 ただ、興味深いのが、首相は「官邸1強」崩壊を悲観するのではなく、「乱暴な政権運営はできない。それを逆手に丁寧な民主主義を取り戻す機会にしたい」と希望をもって周囲に語っていることだ。確かに「強すぎる官邸」の弊害はこれまで幾度となく指摘されてきた。人事権を握られた霞が関の官僚らが官邸の意向を推し量る「忖度(そんたく)」が常態化。野党との国会審議は迅速な政策実行を阻むものとして軽視され、採決強行が繰り返された。首相は、こうした安倍政治の負の側面に対する問題意識を語り続けてきた政治家だ。 とはいえ、今国会を見ても首相の理想が実現しつつあるのかは疑問だ。例えば、野党との「熟議」。補正予算案が日本維新の会や国民民主党などの賛成も得て衆院を通過したことに、首相は「かなりそれ(熟議)に近い形を作って頂いた」と評価。だが、実際には税などの課題に結論を先延ばしした部分も多い水面下の交渉ともいえる。 表の国会審議とは別に、これからも野党と水面下で手を結ぶことに傾注するならば、首相の目指す「丁寧な民主主義」からはほど遠い。少数与党となった今こそ新しい政治を形作る好機ととらえているならば、必要なのは実行だろう。理想を語る言葉だけの政治家として終わるのか、それともその言葉を実現する政治家となるのか、後世の評価は首相の行動にかかっている。(政治部) *<たに・どうに> 福岡県出身、2019年入社。新潟、高松両総局などを経て23年12月から現職。地方で取材した政治への期待や不信の声を意識しながら政府の動きをウォッチしたい。地元のサッカークラブ、アビスパ福岡をこよなく愛する。2024年12月18日 朝日新聞夕刊 4版 5ページ 「取材考記-丁寧な民主主義、首相の力は」から引用 安倍晋三という政治家は学生時代からあまりまじめに勉強した人ではなかったせいで、親の七光りで政治家にはなったものの、民主政治とはどのように運営されるべきかというような高尚な理論とはほとんど縁のない人物だったため、やることと言えば政府の各省庁のトップ人事を内閣府の権限の下に置いて、言うことを聞かない官僚はどんどん地方に左遷してイエスマンだけを残し、与党内は自分の派閥議員を増やして党も支配下に置き、予算も法案も官邸が決めたものを官僚と与党に飲ませて、国会は数の力で押し切るという「悪政」を確立し、後継の菅、岸田もその手口を模倣するだけの政権であった。本来であれば、そのような「悪政」を、朝日新聞などは先頭に立って「安倍政治は民主主義の破壊だ」と抗議の声を上げるべきであったが、近年の朝日新聞は産経新聞同様に政府与党に阿ることしか考えない新聞となっているため、「安倍政権の悪政」と書くべきところ、「官邸1強」などと言ってみたり、国会で野党に質問を許さない「強行採決」を「迅速な政策の実行」などと事実をゆがめる報道してきたことは、わが国の民主主義衰退を加速させる作用を果たしたとしか考えられない。入社して5~6年の若い記者であれば、自民党政治が本来の民主主義とどのように乖離しているか、厳しい視点でチェックを入れてもらいたい。
2025年01月04日
先月中旬は、国会で企業・団体献金について与野党間で論戦が闘わされました。メディア各社はそれをどのように報道したか、ジャーリストの古住公義氏は12月15日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 国会は、いま政治とカネの問題で論戦がかわされています。肝となるのが企業・団体献金禁止の扱いです。テレビ報道は、どのように核心を伝えているのか振り返ってみます。 「ニュースウォッチ9」(NHK、4日)は、広内仁キャスターが「企業・団体献金の扱いでは(石破茂首相と)野党と意見の隔たりが埋まっていません」と淡泊なコメントをしただけです。 「報道ステーション」(テレビ朝日系、4日)は、企業・団体献金について話し合う与野党協議にスポットをあてました。自民党の小泉進次郎衆院議員は「われわれは、そもそも企業・団体献金は、禁止すべきものだと思っていない」と発言。それに対し日本共産党の塩川鉄也国対委員長が「選挙権のない企業が多額の金で政治を動かし政策を誘導するのは、国民の参政権を侵害する」と反論する様子を映し出しました。 衆院予算委員会が始まった5日の「ニュースウォッチ9」(NHK)は、新予算委員長にスポットがあたり、この問題での深掘りはありませんでした。 時間をとって報道していたのが「サンデーモーニング」(TBS系、8日)です。「政治とカネの問題は野党ベースで進んでいる」とした上で、1988年のリクルート事件、92年の東京佐川急便事件と企業献金で政策がゆがめられた歴史をたどりました。 同番組では、30年前の政治改革で当時、細川護煕首相と合意をまとめた河野洋平元自民党総裁のオーラルヒストリーにある言葉「公費助成が実現したら、企業献金は廃止しなきや絶対おかしい」を紹介しました。松原耕二コメンテーターが、「自民党がなぜここまで企業献金にこだわるのか。自民党の最大の権力維持装置だからだ。でもそれでは有権者は納得しない」と分析しました。 今後も深く追及する姿勢を期待します。(こすみ・ひさよし=ジャーナリスト)2024年12月15日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-企業献金の核心に迫れ」から引用 自民党の小泉進次郎議員は、人間的に裏表のない正直な人のようで、河野洋平氏が自民党総裁をしていた時代を知っている議員であれば恥ずかしくて言えないような「企業献金は禁止すべきものだとは思っていない」などと言うセリフを堂々と言ってのける。このような「失言」は、野党にとっては千載一遇のチャンスととらえて、小泉議員の政治生命を終わらせるくらいの「強力パンチ」を食らわせるべきところ、共産党・塩川議員は「選挙権のない企業が多額の金で政治を動かし政策を誘導するのは、国民の参政権を侵害する」と反論したような恰好にはなっているが、しかし、この塩川議員の発言は、小泉議員本人にはまったく理解が出来ず、小泉氏本人は「あいかわらず共産党議員の言ってることは、雲をつかむような話だな」といった感想を持っただけで終わってるのだと思います。少なくとも「政治資金規正法が出来た30年前に、当時の自民党総裁がどのような発言をなさったか、ご存じないのですか?」くらいのことは言ってやるべきだったと思います。このような事例は、塩川議員に限った話ではなく、共産党議員にひろく見られる状況のように思われます。自民党の政治家や政府官僚から変な発言があったときに、これを批判する共産党議員の発言は、1から10まで理路整然と事細かに懇切丁寧に「誤り」を論証する。その内容は正確で、一字一句間違いはない見事な論文になっている。従って、間違いはないのであるが、しかし、これが世間にはウケない。世間というのは、学問的な正確さよりも「打てば響く」と言ったようなタイミングというか、「反応の仕方」を重視するようだ、というポイントをしっかり押さえて、世間にアピールする「手法」を、共産党には是非とも研究してほしいと思います。
2025年01月03日
韓国の大統領がいきなり「戒厳令」を発令して市民の抵抗に会い、数時間後には国会が「無効」決議をしたというハプニングについて、法政大学名誉教授で前総長の田中優子氏は、12月15日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 驚愕(きょうがく)した。いまどき、こんなことが起こるのか? 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領による「非常戒厳」宣言である。その動機は単に野党の力を抑えるためだったが、「北朝鮮の共産勢力の脅威から韓国を守る」と言ったという。恐怖に駆られた誇大妄想に聞こえる。 日本でも気に入らない意見の人を「共産主義者!」と罵倒する人がいるが、言葉が貧しいのね、と笑って済んでしまう。大統領となると笑ってはいられない。戒厳下では集会やデモなど政治活動が禁止され、全てのメディアと出版が統制を受けるのだ。韓国は軍事政権下にあったから、戒厳令は1961年から80年代前半まで何回か出され、80年5月の光州事件では多くの方が亡くなった。87年にようやく民主化すると、その進展は日本より早かった。 ◇ ◆ ◇ 注目したのは宣言の直後だ。議員と市民が続々と国会に集まった。約4千人の市民が国会の周囲を取り囲み、人間の盾になって軍に立ちはだかったという。柵を越えようとする議員の足を支えた市民もいた。携帯電話で軍のヘリコプターや軍の国会突入を撮影しSNSで拡散した。 光州事件を知っている私と同じような世代の方々は、いたたまれない思いだったろう。軍隊が国会の入り口に迫ると、ソファや机を積んでバリケードにし、消火器を吹きかけて防ぐ緊迫した様子がテレビ画面から見えた。メディアも柵を乗り越えて、国会入り口に集まり撮影していたのだ。 その結果、4日未明、国会は与野党190人全員の賛成で解除要求決議案を可決し非常戒厳は解除された。市民や議員やメディアがすぐに集まることがなければ、多くの人が死傷したかもしれない。軍は市民を攻撃するつもりはなかったというが、命令には逆らえない。強権を握ろうとする政治家が各国で生まれるこの時代、市民の行動がいかに価値ある重要なものか、改めて痛感した。 ◇ ◆ ◇ 日本の政治状況にも、考える力のある市民がもっと関与しなければならないだろう。 先週の「時代を読む」で内田樹さんが「市民的成熟」について書いていたことに、深くうなずいた。「田舎の道にある無人販売所」の例えが、今の日本社会をずばりと表現していた。ふつうの人はりんごを取って代価を置いて行く。それに対して、そこにあるりんごと、置いてある代金を盗んでゆく者が出現して高笑いする。すると、そういう人間を「賢い」とほめる者が出てくる。今は選挙という現場でこのとおりのことが起こっている。このような状況を放置しておくと「市民全員が潜在的には泥棒である」という前提で社会のルールが決められていく、と論じておられた。 ではどうしたら良いか。民主主義政治は市民が成熟していないと機能しないのだから、市民としては自分を人間として成熟させるしかないのである。しかしその成熟とは何かの基準が失われたことで、今のような状況に陥っている。金や票の盗人たちは法律の網目をかい潜り、それができることを「頭が良い」と言う。高学歴の者もそうでない者も、学歴職歴詐称者も、もはや横並びだ。 江戸時代では学問が、まともな人間になるために存在した。今と未来の社会にとって成熟とは何か、多くの人が声を出す時代が来ている。2024年12月15日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-市民のちから」から引用 この記事は、女性差別とか女性の権利という問題について日頃鋭い論評をする田中優子氏にしては、なんだかピントがずれたような、どことなく合点のいかない文章のような気がします。韓国の大統領がいきなり戒厳令を発令したことを、「今どき、こんなことが起きるのか」などと書いてるが、それは別に、尹錫悦という政治家は周囲の部下の失敗の責任を問われて窮地に立たされたとき、「これは野党が北朝鮮にそそのかされてわが国を転覆させる陰謀だ」と言って戒厳令を施行して野党の活動を停止させればいいんだ、などと思いつく、その程度のお粗末な政治家だったという話であって、その程度のお粗末な大統領だったから、軍隊も本気で動き出しはしなかったし、市民の抵抗であっさり否定されてしまったわけです。韓国では、現在の民主主義体制を獲得するために多くの国民の犠牲があったという歴史があるのに対し、日本の民主主義はGHQに言われて始めたという経緯があるので、その民主主義が危ない状態になったからと言って、日本人がどの程度その「危機」に敏感になれるものか、なかなか杓子定規に論評できるものではないように思います。
2025年01月02日
横浜市の市民団体が東南アジアから戦争当時の日本軍によって家族を失った被害者を招いて、体験談を聞く講演会を開催したことを、12月14日の毎日新聞が、次のように報道している;◆横浜・遺族証言「戦争が悪い」 太平洋戦争の終結直後、旧日本軍がマレーシア西岸の都市マラッカで行った虐殺について、来日した遺族が証言する集会が横浜市内であった。父を殺害されたシンガポール在住の呉麗娟さん(85)は「事件は戦争がどれほど怖く汚いかを示している。平和の重要性を多くの人にもっと知ってほしい」との思いで登壇した。 集会は、東南アジアの戦争被害を調査している市民グループ「アジア・フォーラム横浜」が7日に開催した。 関東学院大の林博史名誉教授の著書「華僑虐殺 日本軍支配下のマレー半島」によると、虐殺は日本が連合国と降伏文書に調印した3日後の1945年9月5日に起こった。 当時のマラッカは連合国軍が進駐する前で、41年にマレー半島に侵攻した日本軍が駐屯していた。その一部が「抗日活動の情報を入手した」として町の有力者たち14人を捕らえ、沖合にある小島に連行。裁判を経ずに首をはねたり銃剣で突いたりして殺傷した。命令を出した日本兵2人は戦争犯罪として連合国軍の裁判で死刑が言い渡された。 呉さんによると、父世健さんも重傷を負い、漁師にいったんは助け出された。だが、数日後に病院で息を引き取った。 世健さんはピアノが得意で、生前は毎晩のように自宅で演奏をしてくれた。父を失った家族は事件を機にシンガポールに移住。生活は非常に苦労したという。 呉さんは事件について長い間語ることができなかったが、友人の言葉をきっかけに父がなぜ殺されなければならなかったのかを調べ始め、虐殺現場となった小島にも足を運んだ。 「自分の過去を話す目的は戦争が悪いからです」。辛い記憶や経験を証言した呉さんは、参加者にこう呼びかけた。「ぜひ平和にそれぞれの国を守りましょう。そして若い世代に正しい(歴史)認識を持ってもらわないと将来が大変です」【蓬田正志】2024年12月14日 毎日新聞朝刊 23ページ 「マラッカ虐殺、忘れない」から引用 日本では国民を教育するのに、広島や長崎の被ばく被害については一定の史跡や被害の記録などが活用されて、それなりの教育が行われるが、そもそも明治維新以降の日本政府が朝鮮半島や中国大陸に対してどのような対応をしたのか、朝鮮半島に如何なる根拠の下に帝国軍隊が上陸したのか、詳細な情報は歴史教科書の記述も乏しく、しかも年度末の「時間切れ」という状況も重なり、歴史担当の教師から生徒に「あとは、各自よく読んでおくように」などと言われて終わるというお粗末な状態になっている。そのような現状で、上の記事が伝えるような市民団体の活動は、小規模とは言え、私たちが自国の歴史の実態を認識する上で、重要な判断材料を提供してくれるもので、これからも地道な史実の掘り起こしとその周知に努力する市民団体の活動を微力ながら支援していきたいと思います。
2025年01月01日
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