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国民学校の保護者が属した後援会は、在郷軍人会に協力して木銃による突撃訓練や野営訓練などの軍事訓練をした。 杉並には当時そのモデル校が複数あって、映画にもなっている。 後援会は校長や行政の意図で動き、普通の親が意見を言う場ではなかった。
戦後、その反省からPTAが作られた。 杉並では親たちが、冬は暖を取る薪を持ち寄って遅くまで話し合い、規約を作った。 この人たちが母体となって原水爆禁止の署名運動も行われた。
現在のPTAに改善点はあると思うが、校長の言うがまま事実上廃止を決めたのは、こうした歴史が忘れられているからではないのか。私は区史を含めて歴史を学ぶ一区民として、戦中に逆戻りしないか心配している。
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