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2010年05月11日
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カテゴリ: 政治問題
 西山元記者らが沖縄密約の文書の開示を求めたことに対して、政府が文書が存在しないことを理由に不開示とした処分の取り消しを求める裁判で、西山元記者らが勝訴したが、この裁判の意義を、4月10日の朝日新聞は次のように解説している;




 国は、米国立公文書館で2000年以降に複数の密約文書が見つかっても、「密約文書にサインしたのは自分」と吉野文六・元外務省アメリカ局長が名乗りをあげても、一貫して「密約は存在しない」としらを切り続けてきた。

 提訴後、歯車が大きく回った。政権交代が実現、岡田克也外相は調査を命令。軍用地の原状回復費の日本による「肩代わり」などの密約があったと認めた。この時点で当初の狙いはある程度達成された。

 ただ、この調査でも、原告らが開示を求めていた文書は見つからなかった。杉原則彦裁判長は第1回弁論で「文書がない理由を示せ」と国側に求めたが、国側は結局はっきりとした回答をしなかった。

 判決は、外務省のこうした情報公開への取り組みを、「知る権利」を軽視するものだと厳しく批判した。「原告らが求めてきたのは、文書の内容を知ることではなく、密約の存在を否定し続ける政府のあり方の変更であり、民主主義国家における国民の知る権利の実現であった」という言及は、原告の思いそのままだ。判決後の集会でも原告たちは「日本の司法は死んでいなかった」と高く評価した。

 西山さんが国家公務員法違反に問われたのが1972年。「知る権利を守れ」という言葉は当時、 起訴状に検察官が記した「情を通じて」という一言で、男女のスキャンダルにすり替えられてしまった。 問題の本質である「知る権利」に38年ぶりに光を当てる判決だったといえる。(谷津憲郎)


2010年4月10日 朝日新聞朝刊 35ページ「原告『情報革命だ』密約開示命令 知る権利重視」から引用

 この記事が解説するように、西山事件の本質は「知る権利」の問題であって、「男女のスキャンダル」は当時の権力が国民の追及をかわすためのワナであった。政権交代したことでもあり、政府は密約事件の全貌を国民の前に明らかにするべきである。また、メディアも当時どのような対応をしたのか、自ら検証するべきではないだろうか。







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最終更新日  2010年05月11日 21時08分04秒


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