フリーページ

2010年10月16日
XML
テーマ: ニュース(96951)
カテゴリ: 政治問題
 元裁判官の秋山賢三氏は、検察審査会が2度に渡り小沢氏起訴を議決したことに関連して、6日の東京新聞インタビューに応えて次のように述べている;


法律知識のない市民に容疑者を強制的に起訴する権限を与えた検察審査会制度 には反対だ。

 検察官による起訴は、人権を侵害する行為。起訴されれば、公務員なら休職、民間企業なら解雇されるなど社会的制裁を受け、裁判が長期化すれば負担も大きい。日本では「起訴イコール有罪」と受け止められる傾向も強く、検察官は法と証拠に基づき、慎重に検討している。

 小沢氏の場合もそうだが、検察審査会が審査する事件の多くは容疑者が否認しており、起訴もより慎重な判断が必要となる。 こうした事件で、市民に起訴権限を与えることは、冤罪を生む可能性を高くする。

 裁判となる以上、過去の判例を踏まえなければならないが、 法律の素人である審査員には限界がある。 また、審査時間は限られており、すべての証拠を精査できない。 報道が審査に予断と偏見を与える かもしれず、被害者の感情に同調する可能性も見逃せない。

 「裁判で黒白をつける」とする発想は危険。過去、検察審査会の不起訴不当議決を受けて検察が起訴し、無罪が確定した事件は、「甲山事件」など少なからずあることを、忘れるべきではない。

 強制起訴を維持するのなら、
(1)「起訴相当」議決には審査員全員一致の賛成を必要とする
(2)現行では、2度の「起訴相当」で強制起訴となるが、議決を3回か4回必要とする
(3)非公開の審査過程の透明化
-など、冤罪回避のために条件を厳しくすべきだ。

 司法への市民参加は大変意義があるが、市民の英知は冤罪を生まないために活用されるべきだ。市民が起訴の権限を持つよりも、検察官による起訴を監視し、チェックする機能こそが必要だ。(聞き手・小川慎一)


2010年10月6日 東京新聞朝刊 12版 25ページ「小沢氏強制起訴へ-検審制度どう見る」から引用

 秋山氏が述べているとおり、司法の場に市民感覚を取り入れるという建前をその通り実現するには、現行の審査会制度は抜け穴だらけで、検察の狙いどおりの結果をまねくばかりであり、結局冤罪の温床ともなりかねないのが実態である。検察審査会のあり方は再検討が必要だ。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010年10月16日 20時11分52秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

佐原

佐原

コメント新着

捨てハン @ 潰れそうな新聞なら東京、朝日、毎日が挙がるかなぁ >全国紙は世論のありかを明らかにし、国…

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: