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日韓が国交を正常化する前の1963年11月に、当時の千円札の肖像が聖徳太子から伊藤博文に変わったのですが、ある東南アジアの留学生から「日本は歴史についてどういう勉強をするのですか」と聞かれました。何のことかわからなかったのですが、彼はこう言ったのです。
「伊藤博文とは、朝鮮民族の恨みをかって安重根(アンジュングン)にハルビンで殺された人物でしょう。私たちと同じように外国人登録証を携帯して外出しなければならない人たちで一番多いのは、在日朝鮮人です。彼らはこのお札を使って、買い物をしなければならないんですよ。ずいぶん残酷なことをするんですね、日本人は」-。
それを聞かされて、私自身本当にびっくりしました。歴史をどう見るかについて、いかにアジアと日本の間では溝が深いか、しみじみ感じたのです。この留学生は、こうも付け加えました。「日本は戦後、言論の自由が保障されているはずなのに、これを批判する言論人が誰一人いないのはなぜなのでしょう」と。
ちょうど50年前のことですが、この11月に菅義偉官房長官は、安重根を讃える石碑計画を韓国が進めていることについて、何と「安重根は犯罪者だと韓国政府にこれまでも伝えてきている」と述べたのです。相変わらずというか、歴史認識がまったくピンぼけのままではないか。
安倍晋三首相も国会で「(過去の戦争が)侵略かどうかは後世の歴史家が決める」と述べていますが、こんなことが国際社会で通用するはずがありません。しかも、昨今の週刊誌や一部夕刊紙の韓国・中国に対する誹諸・中傷のひどさ、隣国への憎しみを故意に煽るようなおどろおどろした風潮は、かつて戦前の中国侵略を正当化するために新聞が展開した「暴戻支那(ぼうれいしな)の膺懲(ようちょう)」(暴れる中国を懲らしめる)というキャンペーンが延ったかのような印象を受けます。
◆過去の反省こそ名誉
しかしながら、戦後50年にあたる1995年の8月15日、社会党や自民党等の連立内閣の村山富市首相は閣議決定を経て発表した談話(村山談話)では、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と認めています。
そしてそこでは、「未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、(中略)心からのお詫びの気持ちを表明」しているのです。
この談話は、過去についての歴史認識の起点となるべきものです。それについてのアジアと日本の間の溝を埋める、政府レベルの努力として評価されるべきでしょう。そのため私は、談話に込められた精神を継承するために元外交官の天木直人氏や、高嶋伸欣琉球大学名誉教授らと共に「村山談話を継承し発展させる会」を11月に結成しました。ここからさらに、戦前の反省に基づく歴史の検証を進めていかねばなりません。
こうした歴史への反省を「自虐史観」などと椰輸(やゆ)する向きもありますが、そうではありません。過去に私たちはアジアに対し何をしたのか、その償いは果たしたのか、過去のけじめをつけたのかと謙虚に問うことこそ、日本の名誉につながるのです。逆に侵略を認めないような安倍首相の姿勢こそ、この国を貶(おとし)めているのではないでしょうか。しかも首相は以前、「村山談話」の「修正」を口にしていました。その職に留まるような資格はないと言わねばなりません。
このままだと日本は隣国との友好関係を築けないまま、安倍首相によって戦争も辞さないような国家になっていくでしょう。今こそ「村山談話」を思いおこし、不戦の決意を新たにせねばなりません。 (談)
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