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「この船に乗ってるお母さんや、多くの日本人を守ることができない。この現状から目を背けていいのでしょうか」
5月15日の記者会見で、安倍首相はフリップを据えて訴えた。フリップには赤ちゃんを抱いた女性と、女性の背中に抱きつく黒髪おかっぱ少女のイラスト。フリップのタイトルは「邦人輸送中の米輸送艦の防護」だった。この例え話は国会審議でも使われた。
この記者会見に先立って発行された海上自衛隊「兵術同好会」の季刊誌「波涛(はとう)」2014年4月号には、 「武力紛争時における避難文民の輸送に関する国際法的考察」と題した論考 が掲載されていた。筆者は、海自幹部学校で教壇に立つ作戦法規研究室に所属する現役の二佐だ。
論考は「(文民輸送について)いかなる輸送手段、態様が望ましいか考察」している。強調されているのは軍用艦や軍用機、あるいはそれらが護衛に付いている船舶は、敵国の攻撃の的になるという点だ。
論拠として、日本の対馬丸事件など過去にあった複数の例を紹介している。
対馬丸事件は1944年8月、沖縄から疎開する児童ら1700人を乗せ、駆逐艦などに護衛された貨物船の同船が、米潜水艦の魚雷を受けて沈没。1400人以上が死亡した惨事だ。
ほかにも、40年9月に260人が死亡した英国の「シティ・オブ・ベナレス」号事件、45年1月に5350人が犠牲になったドイツの「ヴィルヘルム・グストロフ」号事件などが挙げられている。いずれも文民が避難中で、前者は駆逐艦、後者は魚雷艇が護衛していた。
論考では 「軍隊の護衛を受ける商船が軍事目標となることは、伝統的な慣習国際法」 と説明する。現行の国際法では、敵国から攻撃されるか否かは文民輸送か否かの目的ではなく、船の種類で決まるという。
ただ、民間の客船や旅客機にしても、必ずしも無事ではない。主要国の国際法マニュアルにより、攻撃は避けられるが、拿捕(だほ)は免れないという。
では、攻撃、拿捕のいずれからも逃れる手段はあるのか。論考では、捕虜や外交官が乗る「カーテル船」や病院船のほか、交戦国同士が戦争地域の安全航行で合意した「安導券」という一種の通行手形を付与された船のみが、対象から外れると説く。第二次大戦中、この券は捕虜の食料などを運ぶ船に交付された。
論考は敵国の姿勢から安導券を得られない場合や、総力戦になって護衛の有無にかかわらず、攻撃を受ける可能性についても言及している。ただ、これらは「国際法上の考慮を超えるもの」としている。
いずれにせよ、 首相の想定は論考が懸念する危険性の高い輸送方法で、素人考え ともいうべきものだ。
国連職員として東ティモールなどで邦人保護にあたった経験がある伊勢崎賢治・東京外語大教授(平和構築論)は「そもそも、首相の想定は、個別的自衛権や警察権の範囲内で対応が可能だ」と述べたうえ、こう付け加えた。「どうしても米国の船しか使えない状況があったとしても、それは異例であり、スタンダードオペレーション(通常作戦)ではない。 一番ありそうにないことを通常作戦に据える前提はあり得ない 」
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