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野田さんは2007年3月と6月に海南島を訪れ、生存者6人の精神鑑定を行いました。6人は海南島裁判(別項)の原告です。
「最悪の精神状態にあった」と野田さんがいう譚亜洞(たん・あどう)さん(1925年7月生まれ、2010年9月死去)。16歳のころ日本軍に徴用され、駐屯地で働かされ、性暴力を受け続けました。
譚さんの体験は…。
-兵士の相手をするのを嫌がると谷へ突き落とされ、左の骨盤を骨折。戦後も腰は大きく左へ曲がったまま。
-四つ足の牛のような姿勢をとる拷問を受け、姿勢が崩れるたびにこん棒で打ちのめされた。
-軍慰安所で逃走に失敗した少女の虐殺を見せられた。日本兵は妊娠しているその少女の腹を銃剣で切り裂き、胎児を取り出した。
「日本兵は徹底して死の恐怖を植えつけた」と野田さん。「いかなる助けも支えもない時間の継続は、生き残った少女たちの精神を変えた」と指摘します。終戦後、日本が復興に向かう一方で、被害者には耐え難い戦後が始まりました。
譚さんは野田さんにこう証言しました。
「昼間突然、拷問や強かんの場面が浮かぶ。そんな日は夜も悪夢にうなされる。道端の木が何か叫んでいるように見える。腹を裂かれて殺された少女の夢をよく見る。悪夢で叫んで跳び起きると、冷や汗がべっとりと出ている。…いまの娘たちと同じように私も歌ったり、おしゃべりをして生きたかった」
◆人格の変化
他の被害者も同様の精神的障害がみられました。14歳で日本軍の駐屯地に拉致・監禁され、強かんされた陳亜扁(ちん・あへん)さん(27年12月生まれ)は、次のように語りました。
「夜、突然緊張し、後ろで音がしたりすると、自分を連れ去る人が来ているような気がする。心臓が躍り、食事ができなくなり、そんな夜は寝られない」
野田さんは、6人すべてが重いPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、うち5人は、ナチス・ドイツの絶滅収容所の生還者にみられる「破局的体験後の持続的人格変化」を伴っていると診断しました。
野田さんはこれらの被害事実を詳細に記した精神鑑定書を東京高裁に提出しました(07年8月)。 鑑定書の意義について「慰安婦」問題は過去の問題と主張する日本政府に対し「戦後こんなにも被害が継続していることを証明した」と語ります。
◆高裁も認定
東京高裁判決(09年3月)は5人について「『破局的体験後の持続的人格変化』に罹患(りかん)している」と認定しました。
被害者らは戦後、下腹部の病みと炎症にさらされ、周囲に「日本の女」と軽蔑されました。野田さんは「苦しみのなか、やっと生きてきた」といいます。 そんな彼女たちをさらに苦しめているのが、日本で繰り返される「慰安婦」の事実否定です。 被害者らは「自分が生きてきたことを全否定されるような気持ちになる」と抗議してきました。
野田さんは加害国の政府の責任についてこう訴えます。
「 国の責任で調べ、事実を認識し、明らかにする。それを報道し、子どもたちに教える。これこそが真の謝罪です。 それがあって初めて、困難を耐え抜いた人生の意味を被害者が追認できるのだと思います」
<海南島裁判> 2001年7月、日本政府に謝罪と賠償を求め、被害女性8人が東京地裁に提訴。最高裁まで争いました。10年3月、 最高裁で原告の請求は退けられましたが、地裁と高裁で認定された事実は認められました。
高裁判決は「当時14~19歳の女性で・・・軍の力により威圧・脅迫して自己の性欲を満足させるために凌辱(りょうじょく)の限りを尽くした 軍人らの加害行為は、極めて卑劣な行為であって厳しい非難を受けるべき」だと断罪。「(深刻な被害が)既に癒やされたとか、償われたとかいうことはできない」としました。
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