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「強いものを正しい」とした、きわめて西洋的な価値観の発露 だったのだろう。
ただ、これを指摘したフランス人思想家のパスカルは「痛烈な皮肉」として言った、と鷲田氏は書く。一方、ペンス氏らトランプ政権の人たち、それに政権の支持者は、本気で「力の正義」を信じているようにも見える。ネット上の意見などでも「『多数』の『力』」を無批判に信じているフシがあり、そこに危うさを感じる。
力の正義は、えてして独善となる。独善が過ぎれば、組織や集団にとって致命的となるミスも起こしやすい。客観評価が入りにくくなるのだから当然の話だ。その意味で、 安倍政権がたるんでいると断じる民意は、冷静 だと思う。24日朝刊2面では世論調査を基に「『政権に緩み』73%」と報じた。日本人は適法か違法か以外に、立ち居振る舞いの美醜や潔さをも判断の要素に加える。「多数派=力の正義」への加担は楽だろうが、選挙では「言動の正義=人としての立ち居振る舞い」も含めて問われることを政治家は忘れてはなるまい。新聞も 「力は正義」を超える判断材料を 示す努力を求めたい。
さて、ゴールデンウイークが終われば、新入学、新入社のアイドリング期間も終わり、学校も会社も”通常営業”に戻る。ところが、学校の現場がブラック化しているという(「中学教員57%過労死ライン」28日夕刊1面)。現役教員に聞いてみたら、教育実習に来た学生があまりのやることの多さに恐れをなして教職を諦め、それが後輩に語り継がれることで教職志望者が減る悪循環が続いているのだそうだ。ここ20年ほど、そんな状態が続いているという。
「『教員増やして』悲鳴」(28日夕刊9面)をひとごととせずに向き合わねば、しわ寄せは子どもたちに向かってしまう。
「新入社員入社後のギャップ」(9日朝刊都心、山手、したまち版)。今の職場、今の仕事、今の報酬は、それが自分のコミュニケーション能力や人的ネットワークといった基礎的な実力に対する世間からの評価だと、まずは謙虚に、客観的に受け止める。その上で、苦手を克服できるのは若いうちしかないと、どんな仕事でも前向きに取り組んでみる。
筆者自身は、そのように考えて乗り切ったことが若いころにあった。
(ITジャーナリスト)
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