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私は1980年代に「経済摩擦の歴史的定位」(中央公論86年9月号)でこうした認識に基づき、「和魂洋才」ならぬ「中式洋才」をもって 強大化した中国が世界に巨大な重圧感を与えるだろうと予測した。それから30年。予測が外れなかった のは学者としてうれしいことだが、実際に強大化した中国の行動は国際秩序に暗雲を投げかけている。
国際秩序は時代の力と理念を反映する。20世紀、世界の力と理念は欧米にあった。 21世紀、力は中国を中心とするアジアに移る だろう。だが、理念、ソフトパワーはどうだろう。
19世紀までの中国は、諸国民から畏敬の念をもって見られる文明大国だった。 露骨に力の外交を繰り広げ、観光客の所業が世界中でひんしゅくを買う現在の中国にそうした魅力はない。
他方、理念に無関心で諸国から侮蔑(ぶべつ)の念を抱かれているトランプ大統領の下で理念的指導力が激減した米国との対比で中国の指導部は自信を強め、「中式」の普遍的価値・利益論を掲げ始めている。「一帯一路」もアジアインフラ投資銀行も、それがカバーする広い地域の人々が共有できる価値と利益をうたっている。
それらは中国の鎧(軍事的強圧や経済的圧力)を隠す美しい衣(建前)ではある。しかし、そうした衣と鎧の二重性は、20世紀の米国主導の国際通貨基金(IMF)、世界銀行や、19世紀の大英帝国の政策にも常に存在したのである。
重要なのは、強国が鎧をむき出しにするか、衣をより美しくしようと努めるかである。そしてその選択は、強国の指導者や国民だけでなく、その国を見守る諸国民の見方や政策にも依存する。
1920年代、新興の強国・日本が英米本位の国際秩序に刃向かおうとした時、中国の 孫文は日本国民に武に訴える覇道をとるか正義公道で人を感化する王道を歩むかと問うた。 日本国内にも石橋湛山などの「王道」派はいたが、欧米の黄禍論や排日移民法はそうした国際協調派の居場所をなくし、対外強硬派が政軍を支配した。 日本は結局武力で国際秩序に挑戦する覇道をたどり、国を滅ぼした。
この歴史は示唆的である。共産党政権下の中国にも美しい建前を実現しようという人々はいる。中国に軍事的に「対峙する」だけでなく、中国の人々に「私たちがかつて尊敬してやまなかったのは貴国の優れた思想、芸術、礼節です。強大な軍事力ではありません。それを思い起こし、覇道でなく王道を歩んでください」と根気強く説き続けることはきわめて重要である。
超大国・中国と敵対するとき、日本の安全も繁栄もあり得ないのだから。
大沼保昭(おおぬま やすあき)
東京大学名誉教授。著書に「人権、国家、文明」「東亜の構想」「国際社会における法と力」「『歴史認識』とは何か」など。71歳。
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