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特攻隊の勇士は闇屋になり、戦争未亡人は使徒から人間になった、 と描いた怖い人だ。
誤読されがちだが、「堕落論」は敗戦を機に一夜で変貌した日本人の姿を冷笑したもの心はなく、 人間には時に「正しく墜(お)ちる道を堕ちきること」が必要で、そうして初めて、旧来の道徳や規範、果ては天皇と国民の関係さえも相対化しうるのだ と述べていた。年の瀬ともなったので今回は、私流の「半年のうちに世相は変った」を書いてみたい。
まず半年前に何かあったかを思い出しておこう。6月、主要7力国首脳会議(G7サミット)が英国で開催され、菅義偉首相(当時)も出席した。開催地は風光明媚(めいび)なコーンウォール。英首相の祖先に縁がある地との触れ込みだったが、そこは2012年のロンドンオリンピック開会式で、ダニエル・クレイグ(映画「007」シリーズで主役を演じた俳優)に女王をエスコートさせた国。ただの保養地のはずがない。コーンウォールは、米国家安全保障局(NSA)とともに世界の通信情報を傍受していた、政府通信本部(GCHQ)の施設がある土地だ。
6月の東京では、新型コロナウイルス禍中での五輪開催の可否が論じられていた。
3日、政府の新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長がパンデミック下での五輪を「普通ではない」と述べ、24日、宮内庁長官は五輪を開催して感染拡大にならないかとの天皇の懸念を「拝察」したと述べた。
それでも政府は、国民に十分な説明をしないまま、かつ開催都市・東京の5割の人が中止を望むなか、ほぼ無観客で五輪を挙行した。
酷暑下の五輪は、感染者の急拡大も手伝って、パラレル・ワールドか幻影ではあるまいかと思われた。
コーンウォール、感染拡大、パラレル・ワールドと来れば、どうしても小松左京の小説「復活の日」が思い出される。このSF小説は64年8月に刊行された。お気づきだろうが、64年東京五輪開会式の2ヵ月前だ。物語の内容はこうだ。196×年、英軍施設から生物化学兵器が謀略で流出する。この取引場所がコーンウォールに設定されていた。最凶のウイルスは事故により全世界に拡散され、「ただの風邪」と誤認した人類は絶滅の危機にさらされる。絶滅を免れたのは南極にいた約1万人のみ。そこに起きた海底地震を核攻撃第1波と誤認した核ミサイル自動報復装置が作動して、核の冬が南極をも襲う。
「復活の日」は、核兵器の誤作動への着眼、人類滅亡に際しても米ソ両国が核の自動報復装置を停止しないことへの洞察という点で、掛け値なしに恐るべき作品だった。次に私か想起するのは、 米の戦略研究者、ダニエル・エルズバーグ の告発の書「世界滅亡マシン」だ。エルズバーグは、61年春、ケネディ政権下のマクナマラ国防長官が統合参謀本部に提出した全面核戦争作戦計画に関する「機密」指針の起草にあたった、政権中枢の若手エリートだった。 ベトナム戦争関連の極秘文書のリークで知られたこの人物は、より重要な米国の核戦略に関する第2のリークをこの本でした。
告発を決意した理由は、米国という国がその特殊な核戦略を手放さない限り、人類の未来は危ういとの危機意識だろう。エルズバーグいわく、ソ連からの奇襲核攻撃の抑止ないしそれへの報復が、米国の核戦略の目的だったことは一度たりともなかった。換言すれば、 米国の戦略は常に、自らが第1波攻撃を行い、ソ連からの報復攻撃を受けた後の第2波攻撃をいかに遂行するかという発想で作成されていた。
この事実は、核による抑止論が、結局は相手次第で不確かな安全保障思想だとの批判への、斜め上からの完全な反論となろう。米国が第1波攻撃を決意し、それを可能とする能力を磨き続ければ、相手方は抑止されうる。このような考察自体、衝撃的だが、エルズバーグの著作の更なる衝撃は、米国の対ソ攻撃は常に対中攻撃と一体のものとして計画されてきたという指摘にある。
今から振り返れば、一点の曇りもない明るさで回顧されがちな64年の東京五輪。その東京の空の下では、世界の滅亡と人類の未来を展望した大きなフィクションが書かれていた。今回の東京五輪の時空の下では、何が生まれ出たのだろうか。この半年では、「正しく墜ちる道を堕ちきること」が足りなかったようだ。次の半年後には参院選が待つが、さて。
(東大教授)
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