フリーページ
朝鮮王家を廃絶の道へと導き、韓国を併合した極悪の立役者としての彼を狙撃したのが、大韓帝国臣民・安重根(アン・ジュングン)だった。 ともに、「愛国者」であり、「東洋の平和」の実現を目指した2人(さらに"暗殺者"であったことも共通している)が、満州のハルビンという都市で、鮮烈な出会いを経験することになったのは、なぜなのか。小説は上海、ウラジオストク、ハルビンヘと放浪者のように流浪する青年・安と、豪勢な視察旅行に出発した枢密院議長の伊藤公とが、交互に描かれる。
一方の無目的な熱情と、一方の冷静で老獪(ろうかい)な政治的な意志と使命。この折り合うはずのない両極の情熱が交わり、交差し、そして火花を吹いたのが、欧州の入り口であり、アジアの出口(逆も可)であるハルビンの駅頭だったのである。
作者のキム・フンは、「民族の英雄」でもなく、「卑劣なテロリスト」でもない、猟師の若者・安応七(アン・ウンチル:応七は安重根の字(あざな))の暗くて、輝かしい青春を描こうとした。それはおそらく、戦争と革命と維新、テロと義挙の行動に明け暮れした、20世紀後半を生きた作者の半生をも、象徴的に表現するものだったろう(作者は1948年生まれ)。
この小説の興味深いところは、ドン・キホーテ的な行動の人・安重根の傍らに、サンチョ・パンザ役の禹徳淳(ウ・ドクスン)を配したことだ。ルンペン・プロレタリアートとしての彼は、クリスチャンで思想家の安重根とは別行動で伊藤公を銃撃しようとした(もちろん失敗した)。下宿代を踏み倒すような無頼漢の彼は、明らかに安重根の"陰画"である。安の死刑に対し、禹は懲役3年。明暗の対比は、あまりにも鮮やか過ぎる。
キム・フン:1948年生まれ。韓国の作家。『火葬』『黒山』など。
キム・フン著、蓮池薫訳「ハルビン」(新潮社刊・2365円)
<被害者の立場>の二重基準(9日の日記) 2024年06月09日
戦後の国会で排除決議された教育勅語(1… 2024年02月13日
時代の破壊 目指した魂(13日の日記) 2023年12月13日
PR
キーワードサーチ
コメント新着