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先月、90歳を迎えた元総理の福田康夫さんは東京・赤坂の事務所で、そう言って肩をすくめた。体調は万全ではない。それでも時折、呼吸を整えながら言葉を発した。
「どこかとは『けんかしていいんだ』と安易に考えている可能性がある。心配です」
高市早苗総理の台湾発言以降の、日本政府の対応への思いだ。戦争を体験した政治家として次の世代に何を伝えたいかがインタビューのテーマだったが、福田さんのライフワークともいえる対中国外交から話を聞いたのだ。中国は今の関係がこのまま続けば、軍事的にも日本を敵対視してくる可能性があり、そうなると日本は深刻な状況に陥ると福田さんは危惧していた。
「中国からすると、もともと敵国と見なしやすい国が日本で、われわれからすると中国に対して(侵略という)負の歴史を背負っているわけですから、特に気を付けて対応していかなければいけない」
福田さんは今の自民党の議員たちは歴史をきちんと見ていないと、いら立ちすら見せた。 「歴史観がないでしょう。ロングスパンで考える人が減っちゃったんですよ。瞬間、瞬間うまくやればいいという考えじゃないんでしょうか」
戦前生まれの国会議員はわずか5人、リアルな戦争への想像力が欠如し、ゲームのような感覚になっているのではと懸念する。「本当の戦争の生々しい現実を突きつけられて初めて気づいたのでは遅い。戦争をしないための外交をやらなければいけないんです」
これまで福田さんにインタビューしたことは何度かあるし、私の担当する番組に生出演してもらったこともある。しかしここまで強い危機感を抱いている姿を見たことがあっただろうか。福田さんは息を継ぎ、言葉を選んだ。
「一つの空気に流されているような感じがするんですよ」
古巣の自民党をどう見ているかという問いに対する答えだった。
「みんな総理官邸を見て、顔色をうかがうようになってしまっているのではと心配しています」
福田さんが「空気」という言葉を使ったのは、国会議員についてだけではない。「学者も政治についてきちんと発言する人は減ったんじゃないでしょうか。メディアも突っ込みが足りないと感じることがあります」
「なぜだと思いますか?」「やはり空気じゃないでしょうか。権力にこびるような、忖度するようなね」
かつては権力と距離を取ってきたメディアの矜持も薄れ、学者についていえば日本学術会議の任命拒否問題がボディーブローのように効いているのではと付け加えた。
さらに福田さんは今の憲法の大切さを説き、日本の天皇が女性ではいけない理由が分からないと語るなど、どんな問いにも率直に自身の思いを述べていった。
約束の60分はあっという間に過ぎた。「途中で休憩を入れさせてもらうかもしれない」と事前に秘書から言われていたが、一度も中断することはなかった。それどころか福田さんにはまだ言い足りないことがあるように私には思えた。
最後に「戦争を絶対にしてはいけない」と繰り返したあと、こう言い添えた。「(戦争の方向に)行き過ぎれば、反発も出てくる。日本人一人一人が戦争はどんなものかを考えれば、ばからしいと考えるだろうと。そういう意味では悲観はしていません」。まるで自分に言い聞かせているような口調にも思えた。戦後81年を迎えた元総理の思い。別れ際に深々と頭を下げると、福田さんは椅子のひじ掛けを頼りにゆっくりと立ち上がってほほ笑んだ。
(ジャーナリスト)
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