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産土の神社に管理人が来ることになった。ついては管理委任契約の作成を任されることになり、ハタと手が止まった。 2年ごと氏子の中から互選で選出される神社委員長と話をしていて、神社の権原は誰にあるのか、詳しい資料を集めることになった。 今朝、資料が届いた。わが産土の社は宗教法人「神剣神社」となっている。毎年大阪府神社庁と大阪府に対し、役員名簿にはじまり収支計算書や貸借対照表を提出している。 資産は8000万円ほどでほとんどが土地だ。中でも興味が湧いたのは構築物。 鳥居・狛犬二匹・灯籠、しめて250万円とある。狛犬は享和3年にできている西暦でいえば1703年。なかなかの面構えで私のお気に入りだ。 実は管理人となる人は私の世話なのだ。老夫婦に雑種の犬が一匹、家賃がタダになる代わり、境内の清掃などを委任することになる。 社を取り囲む高木の立木の落ち葉が近隣周辺の住宅住民に迷惑をかけている。少しは緩和されるだろうと期待している。 今日と明日とで依頼案件の経理記帳をする手はずだったが、こちらは急を要するので先後を逆にする。
2004年07月31日
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ただいま7月30日金曜日午前0時30分。 いつもならとっくに夢の中なんですが、今夜は明日提出予定の風俗営業店の最終図面のチェックで起きていました。さすがに書面までは睡魔が襲ってきて、手が回らず、明日早朝より取り組むつもり。 これから一杯飲んで床に入るつもりが、深夜TVで「007美しき獲物」が放映されるので寝ようかどうか迷っている。でも多分寝るだろう。生活習慣が朝方になっているので身体のほうが夜更かしに耐えられないからだ。 007の作者はイアンフレミング。ショーンコネリーが主役で映画が世に出た頃、私は小学生の高学年だった。 赤い改造車アストンマーチが格好良かったことを覚えている。この映画が大ヒットしたおかげで私はそれまでのSFからスパイものの小説も読むようになった。 当時、小学生の高学年ともなればみんな小説を読んでいた。石坂洋次郎や武者小路実篤やヘッセなどだ。夜蒲団に腹這いになって盛んにイアンフレミングやチャンドラーなどを読んでいた記憶があるくらいだがら、私はかなりませた小学生だったことになる。 最近、酒がまずいと思うようになっている。断っておくが暑さのせいではない。昨年の暮れあたりからがぶ飲みができなくなった。美味しくないのである。 昔なら寒い時は湯豆腐で熱燗をチビチビやるのが好きだった。3合4合飲んだこともある。それが清酒が嫌いになった。あの匂いがたまらないのである。昨今大流行の焼酎だが、もともと焼酎は身体に合わないのか、すぐ悪酔いをしてしまう。 清酒もチューハイもダメだということで、ビール党と言われれば、もぞもぞと手を挙げることになる。ビールも最初の一杯が旨いと思うが、あとは惰性で飲んでいるようなところがある。なら止めればいいのにと思われるだろうが、そこは酒飲みの卑しい性、不味くても止められない。夜になると口元あたりが恋しくなってくるのは、やはりれっきとした酒飲みである証拠だろう。飲めなくなったときはヤバイと家族にはいつも言っている。今から不味い缶ビールを飲んで寝るとするか。
2004年07月30日
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家族みんな早起きである。早いときなど朝5時には全員が顔を揃えている。 昔から「早起きは三文の得」という。また「早起き三両 倹約五両」、さらには「早寝早起き 病知らず」というのもある。いずれにしても早起きは良いということか。特に夏などに感じるのは夜の気配がいまだそこかしこにあって涼しく、空気が旨いということか。 早いと言っても仕事となると(私の場合だが)、ケアレスミスなどつまらない間違いをおかしやすいような気がする。俗に言う「早かろう悪かろう」である。そんなわけで念には念を押している。 ところが世の中にはいろんな考え方があって、「早くて悪し大事なし 遅くて悪しなお悪し」 というのがある。 どういう意味かというと、仕事が早くて仕上がりが悪いのはしようがないが、仕事が遅くて仕上がりが悪いのでは許しようがないという意味らしい。 なんだか朝から耳の痛い話になってしまった。 「早かろう悪くなかろう」 常にこうありたいものである。
2004年07月29日
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昨夜相続に絡む案件の打ち合わせを終えて8時過ぎに帰宅するといつも元気なカミさんの姿がない。娘に聞くと頭が痛いので部屋で休んでいるという。 風ひとつひいたことのない元気印のカミさんがダウンすると急に不安になる。もし、そのまま・・たらどうしよう。困ったことだ。ご飯も洗濯もガスの火をつけることもできないのだ。 抜き足差し足で階上へ。たしかにふとんの上で横臥している。「だいじょうぶか?」「・・・・・」「薬飲んだ?」「うん」「ごはん食べた?」「食べてない」 カミさんが夜、無意識に寝返りを打ったりするので、こちらは朝まで寝付きが悪かった。 朝、6時、階下で洗濯機が回る音がする。カミさんだ。 降りていって、「寝てたらええのに」 と声を掛けると、「私が寝てたら、うちの一日がはじまらんやないの」 と言い返された。 やれやれ。そう思ったら急に睡魔が襲ってきた。 今日は某国の領事館へ行くことになっている。そのまま大阪会のADR研修会に参加する予定だ。帰宅は夕刻だ。
2004年07月28日
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相続もやっかいだが、離婚問題もやっかいだ。 お互いが意地と意地を張りあいながら裏ではあれこれ駆け引きをする。 兄弟は他人のはじまりで、夫婦は元々が他人。ということは他人というのはどうやらやっかいな存在なのかもしれない。 同好者が集って作品を発表する同人誌というのがある。こちらは他人の集まりだが同人と書かせる。どうやら目的や好みが同じ人間は同人で、その他が他人なのかもしれない。 確かに趣味や好みが同じ人と話をすると飽きないし退屈しない。友好というのは案外こういうところにあるのかもしれない。 山登りが趣味だという夫婦を知っている。夫婦である以上に同人(友人)関係のような気がする。意見が合うということは大事だと思う。 結論として共通の趣味を持つこと! そして共に話し合って遊ぶということ! これが夫婦和合の秘訣かもしれない。
2004年07月27日
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きのうは思わぬ闖入者(豪雨と雷)が舞い込み、一時的に祭りが中断したが夕刻からは元に戻り、夜の宮入を迎えることとなった。雨で気温が下がったためにしのぎやすかったが、人いきれはさすがだった。 河内地方の夏祭りは8月1日の恩智神社で終わりを告げる。あとは河内音頭発祥の地である八尾の常光寺の盆踊りを残すのみだと言いたいところだが、最近は隣接する東大阪市(ラグビーの町)を意識してか、対抗する気か、八尾市では(河内音頭の町)を標榜、市長自らハッピ姿で張り切っている。こちらの祭り(八尾市祭り)が8月28、29日の両日、八尾高校グラウンドで行われる。他府県他市からも踊り子の加勢が来たりして、地域一番の一大イベントとなっている。興味ある方はどうぞ。 懸案の作図ができた。あとはもう一度寸法を測り直し、書き込むだけだ。やれやれだ。
2004年07月26日
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HPを見たという依頼人から以下のような業務依頼が来た。 衛星都市の私鉄駅近くで麻雀店を開業する。 以前麻雀店をしていた。 近くにも麻雀店がある。 すでに物件を購入、内装工事を始めている。 当初は自分で申請できると思ったがややこしそうなので先生に頼みたい。 必要な書類は指示してくれればこちらで取りそろえる。 とにかく急ぐのでよろしく頼む、という内容だった。 さっそく用途地域を確認、いきなり「???」とうことになった。なんと第二種中高層住居専用地域! つまりは候補地では許可が下りない。 依頼人に説明したが、納得いかない様子。以前は営業していたというが許可が下りた後で用途変更になったと思われる。風営法を持ち出して説明、なんとか納得してもらった。 いずれにしろ、素人判断の怖さである。最初から依頼されていたらこんな悲劇のジ・エンドだけは避けられたはず。 予防法学=備えあれば憂いなしである。 お金を心配されるが相談だけなら安い。まずはその筋の専門家にお金を払って相談、助言には謙虚に耳を傾けるべきである。 今回の場合はまさに「小銭を惜しんで大金を失う」である。
2004年07月25日
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今日から夏祭り。 九時からふとん太鼓と御輿の組み立てに出かける。懸案の作図はできていない。組み立てを終えて昼からじっくり取りかかるつもりだが、不意に相談者が来られることがあるので、どうなるかは未定だ。 いずれにしろ仕事はする。明日の日曜日は交通整理で巡行に付き添うので仕事はできない。もし予定通りに裁けないと週明けは仕事地獄が待っている。なんとしてでも今週末で2件片づけないとヤバイことになる。 そんなことを考えながら猛暑の中をハンドルで移動中していると、ふいにチャップリンの「モダンタイムス」を思い出した。規則正しい時を刻む機械の歯車に巻き込まれていく自分を観たようで思わず目をこすった。 事務所が通りに面しているのでアポなしで車を停め「ごめんください」とドアを開けてくださることが多い。おそらく明日も不意の訪問者が来て思惑の半分ほどしか仕事ができないだろう。ここにきて、ひとり事務所の限界を感じはじめた。予定が未定で思うようにはかどらないのだ。嬉しい悲鳴には違いないが、受任の責務を考えると新たな不安も広がってくる。 電話機の調子が悪いので急遽買い換えた。購入して4年目、その間2度修理に出した。買ったまでは良かったが、説明書を読むのも面倒なら登録をするのも面倒、末娘が帰ってくるまで待っていた。末娘は女であるのにやたら機械類に強い。私は専ら修理専門だとすると彼女は操作専門だ。ビデオにカメラにテレビと何でもござれで、実に重宝している。 「何回言うたら判るん?」「ごめん。もう一回だけ」「ほとんど理解力ゼロやないのん?」 合点の悪さにこんなキツいことを親に言う。 それでもしがみつく親。「そんなこと言わんと教えて!」
2004年07月24日
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町の南隣には八尾飛行場が広がっている。この広大な空間はかつて陸軍航空隊が駐屯、現在も中部方面自衛隊が駐屯している。そのおかげかというか、付近は開発が遅れ、自然が残っている。 本土決戦を想定し、滑走路を囲むように周囲には堀がある。戦後の開発でかなりの部分が埋められたが、近年、平野川増水時の受け皿として残っている部分の護岸工事が行われた。 平野川は大和川の支流で柏原から分岐している。大和川は大阪湾では唯一鰻の稚魚が遡上する川だ。 きのういつものようにナルと散歩をした。堀沿いに向かう途中、何気なく川を覗くと長い生き物がくねくね泳いでいる。潜っているので蛇ではない。しゃがんで目をこらすと、両首のすぐ後ろにエラが付いている。「鰻? まさか?」 すぐ近くを歩く人に声をかけた。「うん? 鰻・・・ですかね?」 その人も首をかしげる。すぐに人集りができた。 人集りから声がした。「鰻、鰻。あっちの堀には何匹もいるよ」 数年前まで油が流れていた、どうしようもない川が、下水道ができ、工場排水の規制が強化され、農薬の使用を止めたことで一気に甦生をしはじめた。この自然の回復力の頼もしさにビックリだ。 川の透明度が増したとみんなが口にし始めたのは昨年あたりから。私が役員を務める町会でも町内を貫流する中沢川に金魚やメダカをを飼おうという声がではじめていた。飼うどころか今年などメダカが川の至る所で繁茂がそよぐかのように水紋をこしらえている。 なんでも、堀にはオイカワが群れをなして泳いでいるともいうではないか。昔大江健三郎が郷里愛媛の村の森を指して、さかんに成長の驚異を書いていた時期がある。森は日々あくなき成長を続けていて、ついには人間を飲み込んでしまうと。読んで絶対嘘だと思っていたが、どうやらそうではないことがわかった。「ひょっとすると来年あたり堀で蛍が乱舞するかもしれない」 そう思うとなんだか生きていること自体が嬉しくなってきた。
2004年07月23日
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夕立を望んでいたら、きのう夕立を浴びた。 ちょうどナルを散歩に連れ出しているときだった。大粒の雨がしばらく続いたが不思議と雨宿りをする気も足早になることもなかった。おそらく久しぶりの雨だ、打たれるのもいいや、という気持ちが働いたせいだと思う。 人間おかしなものでありきたりのことなら避けたくもなるが、たまになら容認してしまうようなところがある。実に勝手なものである。 ところできのうの夕立、草花にはことに恵みであったように思う。心なし元気がなかった庭のアサガオも一気に息を吹き返し、ツルがのびた。トマトに茄子などの野菜も同様、葉がしゃきっとした。 朝から図面描きだ。CADを使うがここというところで処理に躓き、なかなかその先には進まない。困ったことだ。午後から訪問先に行かなくてはならないので何とか昼までには完成させたいのだが、マウスが言うことを聞いてくれないのでどうしようもない。教本を引っ張り出して読むしかないようだ。 マウスも夕立のようにこちらの思惑通りに動いてくれたらいいのだが、そうはマウスが卸さないか?
2004年07月22日
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こう暑いと冷たい物が食べたくなる。昨年までなら冷えたウーロン茶をガブガブやればそれで間に合っていたが、今年はそれだけではとても足りない。 そんなわけでときどきアイスクリームを食べたりする。アイスクリームなど中学以来ほとんど食べた記憶がないが、今年は口が欲している。 カミさんや子供らに言わせるとハーゲンダッツが旨いらしいが、ネーミングそのものに嫌悪感があるのと(笑)、高いということもあって専ら国産で我慢している。中でも明治だったか? カップに入ったラクトアイスが旨い。 先日、食べようと思ったら切れていた。しかたなく宇治金時の「かき氷」を食べた。よく凍っているのはそれはそれで結構なのだが、肝心の木製のスプーンがひん曲がりそうな堅さには閉口した。ちょうど南極の氷を砕きながら漸進する越冬船のような感じがした。 ところでこの宇治金時がそのあと大変な事態を引き起こした。 氷の半ばが胃の中におさまった頃だった。突然、鋭い錐が脳みそにねじ込むかのような頭痛に襲われたのだった。世の中にこんな痛みがあるのかというくらいの凄さに、思わず「南無阿弥陀仏」を唱えいた。 そういえば子どもの頃、氷を食べるとよくこういう痛みがあったことを思い出した。しかしあのころは死ぬなんて考えることのなかったが今は違う。脳血管が切れ、ほんと死ぬかと思った。 いずれにしろアイスならこんなことにはならない。みなさん、いくら暑くても、氷はくわばらくわばら、実に恐るべしです!
2004年07月21日
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球児の夏は今年も熱い。八尾には久宝寺球場があって連日予選が繰り広げられている。超有名進学校あり、校内暴力や退学率が府内上位に位置する問題校もあるが、グラウンドではみんな同じ。元気な声で一個の白球を追いかけ、はじき返している。スタンドにも球児たちの友人なのだろう、一喜一憂しながら、拍手とため息を繰り返している。 ところで甲子園での行進曲は毎年変わるが、変わらない歌もある。それが「ああ栄冠は君に輝く」である。 勝つことが栄冠ではない。勝つ為に最善を尽くし、苦しい努力の汗を流したことが栄冠なのだ、と私は思う。頑張ってそれでも力尽きて負けたのなら仕方がない。判官贔屓の拍手はそのためにあるのだ。胸を張っていいと思う。 しかし昨今は頑張りもせず、すぐに投げ出してしまう、そんな大人たちが実に多い。士業も同様、試験に受かって開業しさえすれば食えると勘違いされている方たちが案外多い。で、現実を目の当たりにし、こんなはずではと途方に暮れる。推測だが、私と同期の方の3割ほどが籍だけは残して就職(戦線離脱)しているか、未だ商業ベースに乗っておられないのではないかなと思う。 どうするのか術もなく、片肘突いて困惑顔、あるいはもっと上位の資格を取得すべきだと試験勉強をされている。この手の人に栄冠は輝かない。栄冠とは努力を重ねて積み重ねた結晶だからだ。 きょうも熱戦が繰り広げられている。観たいがそうもいかない。こちらも栄冠を手にする為、頑張らないといけないからだ。
2004年07月20日
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暑い暑い夏、わが河内地方では夏祭りの時節でもある。だんじりやふとん太鼓などが鉦や太鼓を打ち鳴らしながら村中や町中を練り歩く。こうして町村内に潜む悪霊を祓い、無病息災、五穀豊穣を祈願するのである。 わが町の氏神は神剣神社、神剣と書いて「みつるぎ」と読ませる。江戸時代は牛頭天王(祇園精舎を警備する頭が牛で足が馬という獣で、無力な農村地域には格好の神で、どう猛勇敢な獣神)を祀っていたが、明治に入って国策(天皇を現人神とする)により外国の神を祀るのは「?」というわけで、スサノウノミコトを祀るようになり、現在に至っている。 町を練り歩くのは神事である。氏神の神通力は弱いとされている。だから一日に何度もお祓いをすることになる。うちの場合は午後と夜の二回、時間にしてそれぞれ二時間半。最後に(神の)宮入をして祭りは終わる。夏祭りは町内の役員が総出で世話をする。事故などのないよう、細心の注意を払う。 ここで生まれ、他所で暮らす人などは盆正月より、この夏祭りを楽しみに帰ってきたりする。懐かしい顔に出会えたりするのも夏祭りがあるおかげだ。 ところが昨今、こうしたことにもクレームをつける人がいる。祭りのかこつけて寄付を強要、不法に道路を占拠、安寧の住まい環境を破壊する、実にやかましい行事だという。 この手の人(クレイマー?)は何かと主義主張を述べたりするものだ。それはそれで大いに結構だ。否定はしない。が、夏祭りは年に一度、しかもたった二日間である。その間ぐらい静かにしてもらえないだろうかと思う。なにしろ、われらが神は残りの363日、お社で静かにされているのである。文句はあるまい。 ちなみに、わが村社の祭りは7月24日25日である。
2004年07月19日
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青い夏空を見あげるたびにどこからか潮騒がきこえてきたりすることがある。 潮の香りとともに海藻の青臭さが鼻腔の中で宙返りをする。 私は夏の海が大好きだ。潮騒の音は安眠を約束してくれる。海鳥たちの歓声はよい刺激であったりする。あいかわらず仕事が詰まっているが、休みはしっかり休みたい。これから内容証明1本出しに本局まで行く。そのあと高校球児たちの熱戦を観戦するつもりでいたが、この日記を書いているうちに迷いだした。そうだな、電車にでも乗って、どこか海が見える町に行くのも一考だな、と。 いずれにしても本局までは行く。そのあとは気分次第だ。
2004年07月18日
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昨日は電話による問い合わせのあと、今から伺いますと母親が友だちの運転する車で来られた。あらすじは電話で伺っていた離婚協議書作成の依頼であり、受任することになった。ただ少し複雑というよりは、のちのち争議を醸しそうな頭の痛い箇所があり、そのあたりの書きようが(筆加減が)難しい。 権利と義務はバランスが取れてこそ引き合うが、当初から当事者間でそれが崩れている場合、その均を取るのは容易なことではない。 今日も暑くなりそう。暑くなるのは気温だけでいい、身近な町の法律家としては、トラブルが熱くなることだけはなんとしてでも避けたい。今回の例はその逆だが、温度を下げる為にはお客である依頼人に譲歩を促すこともある。判っていただければいいがそうでない場合は・・・・・。頭の痛い問題だ。
2004年07月17日
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昨夜は夜19時すぎまで顧問先の設備会社につきそう。帰宅後風俗営業と自動車リサイクル法で必要な図面をCADでいじろうとしたが、酔いもあってダウン。朝になって交通事故自賠責請求をし忘れていることを思い出し、あわてて作成、代理人としての印鑑証明をあげ、郵便局窓口へ。いつものようにワンコイン小包(500円)を購入、投函した。 パソコンの電源を投入、CADを開いて、楽天日記を書いていないことに気がついて慌てて書いている。せっかく訪問して下さったのに更新されていなかったでは気の毒だ。 あすは交通事故(物損)とオーバーステイの相談者がみえることになっている。どちらもHPからのお客さんだ。どちらの案件も時間が掛かりそうなので、なんとしてでも今日中にCADをいじらないといけない。CADをすると目が疲れるので大変だが、これも仕事のうち、贅沢を言ってはいられない。ありがたい、ありがたいと唱えながらこれから取りかかる予定。 大阪府行政書士会近くに浄土真宗の寺院がある。先日こんな言葉が張り出してあった。 「最近、おかげさまで、という言葉がとんと聞かれなくなった。みんないつの間にそんなに偉くなったんだろう」
2004年07月16日
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青春がうるわしいと言ったのはヘルマンヘッセ、青春が美しいなどという奴がいたら、ぶっ倒してやると罵ったのは「アデン・アラビア」を書いたポ-ルニザン。そして、夢を持ち続ける限り、人は青春にただ中に在る、と言ったのは詩人サムエル・ウルマンだった。いずれにしろ青春の入り口に立って右往左往しているのが昨今のわが末娘だ。 鏡を見ている時間、電話を掛けている時間がやたらと増えた。朝など入念に髪を整え、ニキビをケアし、制服のシワや汚れを丹念に取り除いている。今朝など6時に起きて30分じっくりかけていた。だからといって意地悪く時間を測っていたわけではない。カミさんが指を3本を押し立ててくすくす笑うから、そうなのか、と思ったまでだ。 どんなことであれ、心ときめくものがあるというのは良いことだ。恋も結構、夢も結構、そうした過程を経て人は人として育っていく。よほど羽目を外さない限りは、ちゃかしたり、叱ったりしないで、そっと見守ってやるつもりでいる。細かいことまであれこれ言わない。それが親の役目だと心得ている。だってそうだろう、親という字は「木の上に立って見る」と書くではないか。 今日も良い天気だという。娘は朝から補講、その後クラブ活動だ。厳しい猛暑の中での登校、普通なら弱音を吐き、文句のひとつも言い出すはずだがそれもないところからすると、おそらくは末娘の心も夏空のようにどこまでも高く青く、隅々まで晴れわたっているのであろう。だがいつかは雨の日もある。そのときは木から下り、家族みんなで癒してやるつもり。もっとも当人にとってはお節介なことかもしれないが・・・、それが家族というもの。家族とは時に煩わしくもあり、時としてありがたいものだ。
2004年07月15日
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きのうは風俗営業許可申請で朝から東大阪市役所。いつ見てもきれいな庁舎に惚れ惚れする。皮肉だと受け取られると困るが、官があってこその民をまさに実践するかのように、不況にあえぐ下請け町工場を俯瞰するかのようにそびえている。口の悪い人は「魔境の塔」と形容したりする。「魔境の塔」といえば八尾市も負けてはいないが、庁舎のすごさ自体は大人と子どもぐらいの差がある。 ところで東大阪市のエレベーターは低階層用と高階層用があって、途中階で乗り換えるようになっている。ただし動きはのろいのでイライラする。もっと早くならないものか、と愚痴をこぼして○○階の担当課へ。 備え付け閲覧自由の地図で用途地域の確認をすませ、用途地域証明書の申請をする。な、な、なんと、一部300円也の証明書が発行されるまで3日ほどかかるとか。エレベーター同様こちらもなんとか早くならないものか? そのあとは永和の法務局へ。混雑しているが職員の素早い動きもあって待つことしばしで建物謄本ゲット。建物の構造、持ち主を確認する。腕時計は11時、開業現場へと向かう。半径100メートル。事前に地図をパソコンで引っ張り出し、コンパスで大きめに円を描いてあったので、それに従って歩き回る。日ごろ歩き慣れているので炎天下での歩きもへっちゃらである。 円内の隅に歯科医が一件あった。歯科医で入院設備があるところは稀だそうだが、念のためPHSで保健所に確認。即座に有床でないことが判る。地図に○×園と書いてあったので、もしかして、とおそるおそる覗いてみると昔ながらの共同住宅であった。 どうにか場所的要件はパスしそうな気がしてきた。明日から本格的に申請用の資料集めをするつもり。 同時進行をしていた在留資格認定の書類が完備した。時間があれば明日にでも申請に行きたいと思っている。こちらは資格が「技術」で資料にも不備な点はないはず。自リ法の案件が溜まってきているので一日も早く片づけたいと思っている。
2004年07月14日
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夏の家族旅行が決まった。昨年同様今年も信州、標高1800mに位置する万座プリンスホテルに投宿、善光寺をはじめ付近を散策する予定だ。 きのう一人で御前会議を開き、独断と偏見で決定した。家族に任せたらあれこれ言いたいことを言うのでいつまで経っても決まらないのだ。 昼食時、なにやら鼻息洗いカミさんとの会話。「万座プリンスホテルで決まりや」「万座温泉?」「うん」「中学の修学旅行で行ったことあるわ」 ほほう。パッと明かりが射し込む。「ええとこか?」「何にもないとこや」 早くも明かりが消える。「何にもないとこやて、自然ぐらいはあるやろう」「そらまあ、山の上やし、木や森はあるけど・・・空気がうまいし、涼しいやろな」 再び薄明かり。「写真で見たけど、白糸の滝がええ感じや」「ああ、あそこ? 殺風景な、何にもないところやったわ」 がっくり。 自然とは裏を返せば殺風景なもの。それが自然たるゆえん。売店等が軒を連ねると、それだけで興ざめする。「鬼押し出しとかもあるらしい」「ああ、あの変哲もない岩山のことやね」 パンフレットには世界三大奇観とあるが、カミさんにかかれば変哲もない岩山に変化する。テンションが急低下する。「鬼押し出しを変哲な岩山て言うたら身も蓋もないがな」「けど、ほんまにそう思うたんやもん」「ああああ、万座へ行くのイヤになってきた」「まあ、最近の流行(はやり)にあわせて岩の形変えてはるかも知れんし。久しぶりに行くのもいいんとちがう?」 カミさんの言う最近の流行とは一体どうなのだろう? なにやら真剣に悩むのもバカらしくなってきた。
2004年07月13日
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自民が勝ったとか負けたとか、昨夜から実に騒がしいかぎりだ。小泉さんの責任問題が取りざたされている。理由は議席数を減らしたからだとか。どうやらこの国には今だしっかりと儒教が根付いているようだ。 責任をトップに求めるのはなにも政治だけにかぎらない。企業でも業績の悪化や不祥事の責任を取るためトップが辞任するのが常であるからだ。 儒教の考えでは、人々から信望を集める人(徳を持つ人)が社会を治めるものだ、という考え方をする。中には強権的にトップの座についた為政者もあったろうが、それもいつかは自然淘汰され、長い流れの中では人徳ある人物がトップに位置するものと考えた。 われわれは日常、部下が不祥事をおかした時、上司が「私の不徳の致すところ」と詫びる場面に出くわすことがある。この不徳である、というのはつまりは自分に人徳(信望)がないものだから、当然にして部下も不出来なものとなる、もっと自分に人徳があれば、部下はかようなことおかさずにすんだはず、と同義語である。 いすれにしろ人の上に立つ者は軽々しい言動や行いを慎むべきである。少なくともお願いしますと頭を下げて議員になったのだから、年金不払いや議員年金など、法や時効に関係なく、不払い分を支払うべきであり、議員年金も自主的にこぞって辞退すべきである。 江戸末期、元与力の大塩平八郎はお上や一部の豪商たちが利益を欲しいままにしているのに業を煮やし、民がこれほどまでに困窮するに、お前らは何だ! と反旗を挙げた。大塩の乱はわずか半日で火が消えましたが、この事件が契機となって全国で幕府に対する不満からくる暴動や事件が続出、時代の変革を求める声が次第に強くなっていきました。なんだかあのころとよく似た状況になってきています。ただし昔の民は命を懸けて怒りましたが・・・・・。
2004年07月12日
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夏祭りの季節である。夏祭りの特徴は秋の収穫祭を前にし、より五穀豊穣を願う祭りだと位置づけることができる。無事に稲が育ちますようにとの願いを、通常は社中に鎮座する神々を御輿に乗せて担ぎ出し、その神々の神通力によって村に潜む悪霊の類を追い払う、また追い払うに際し、村人たちも鉦や太鼓を叩きながら神々の僕(しもべ)であることを鼓舞、結果として祭りとは騒々しい喧しい、ついには勇壮なものとなるのである。 もともと村の鎮守としても神の神域(影響力)そのものは小さいものと思われている。だから村はずれの沿道には地蔵尊が立っていて、地蔵尊はそこで悪霊の闖入を一旦断ち切る役目を負っていた。地蔵尊は子育てや子安地蔵などがあって子どものお友だちという印象があるが、そういう例もありますが、実はそうではなく、神と共に仏側の村の鎮守を守る役目をすることが多かった。 ところで天皇家は稲霊を束ねる神であったとされてきた。つまり天皇家は日本の主生産物である米の神なのだ。だから今も天皇は田植えをすることが行事となっている。天皇についてはいろいろ自説を持っております。また機会があれば書きたいです。 ところで歴史ではなにかというと米の生産量が取り上げられますが、では江戸時代、米と野菜類の生産割合はどのくらいであったかご存じでしょうか? だいたい全国平均で米が4:野菜類が6となっていました。また年貢ですが公儀は五公五民を標榜していましたが、実際に実施されていたのは天領(幕府直轄領)だけ。地方の貧乏藩などでは時限立法で七公三民などもあったそうです。ちなみに私の住む八尾は天領でした。天下の台所へは日帰りで往復できる距離でしたので野菜類などは専ら売りに出し、年貢米の米なども幕藩体制がゆるみ始めた江戸中期以降になると現物ではなく現金で納めるようになっておりました。 江戸時代は「本音と建て前」とよく言われていますが、こうした史実等はまさにその例ですね。 いずれにしろ神は敬わないと罰を与えますが、仏は慈愛深く、いくら裏切ってもあなたを守ってくれます。神は人の手に負えないことから人を守り救い、仏は人を人であるが故に守り救う、それがために存在しているのです。
2004年07月11日
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麻雀店を開業したいと言う人がけっこういる。ネット検索で見つけたと、先週だけでも数件問い合わせがあった。いずれも連絡を取り、面談をした。 麻雀店は風営法の7号に当たる。開業するにあたっては人的要件、場所的要件、建物的要件が適法でなければならない。なかでも場所的要件は最重要課題である。 日本国憲法では職業の自由を保障しているが、だからといって誰でもどこでも好き勝手にどんな商売をして良いということにはならない。公序良俗が最優先されるのである。もし風営法を遵守せず、無許可で営業活動をした場合は一年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金が科せられる。 麻雀店は原則として人が住む(住居地域)ではできないことになっている。一般的に、通常生活している人は自分が住むところがどんな地域なのか知る人は少ないと思う。店舗が並んでいるので商業地域だと思う人もいるだろうし、町工場があちこちにあるので工場地帯だと勘違いする人だっているはず。 そんなことから麻雀店開業の問い合わせをしてくる人もここのところが判っていない人が多い。10件問い合わせがあれば8件までは開業不可能な場所である。 他の候補地を探す、ということになるが、これがなかなか見つからないことが多い。見つかったとしても家賃等で条件が合わなかったりするからだ。ある方など昨年秋からずっと探しておられる。見つかるたびにロケーションを調べるが、病院があったり、学校があったりでうまくいかない。設備投資には多少のお金はかかるが、流行れば結構楽して儲かる商売なのだが・・・・・。
2004年07月10日
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直したい癖がある。直したいというぐらいだから悪い癖である。 名前を呼ばれると無意識に起立(立っている場合は気をつけ!)、「はい!」と答えてしまうことである。病院の待合室、お役所のソファに座っていてもほとんど例外はない。 きのうも市役所と法務局で、やってしまった! 読んだ人は、あれっ、という顔、まわりの人は伏せている顔をあげ、振り返って見る人もいた。わかってはいるが、呼ばれると条件反射的に声が出てしまうのだ。 昨今は名前を呼ばれても返事をする人はほとんどいない。むすっと立ち上がり、不満でもあるかのように無表情で呼ばれたところに行く。良いことだとは思わないが「ハイ!」と起立するよりはマシだ、と自分は思う。 どうしてこうなったかというと、まずは明治生まれの祖父がとにかく厳しかったせいだ。祖父に名前を呼ばれ、「うん」と答えるといきなりビンタが飛んだ。ええ加減な返事をするな、と祖父から徹底的に鍛えられた。 親父も祖父の前では絶対服従、起立状態のフリーズ状態だった。祖父は多分に気分屋だった。おかげで親父などは結構どうでもいいようなときでも、ことあるごとに怒鳴られていた。 中学時代、祖父が死んでやれやれと思ったら(不謹慎ですが)剣道部のクラブの先輩が超の字が付くほど厳しかった。生半可な返事をしたらそれこそボコボコにやられた。 高校は質実剛健がモットー! 勉学を重んじる前に身なりや清掃を重んじる校風で風紀が厳しく、少しでも態度が悪いと生活指導部の教諭が「起立! 歯を食いしばれ! おまえの性根を入れ換える!」と(一発とばかり)張り手を食らわした。自由を謳歌したのは大学に入ってからだった。 だから返事をするのはトラウマなのだ。雷が怖い子どもと同じで条件反射なのだ。しかしなんとしてでも克服したい。むすっと立ち上がって一礼をして書面を受け取る。なんと格好よいことか。映画「カサブランカ」のニック(ハンフリーボガード)にでもなったような気分を味わいたいと願っている。
2004年07月09日
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昨日は朝から内容証明郵便2枚、午後から在留許可(技術)の申請書類作成と依頼人の恋人(中国人女子留学生)のオーバースティ案件、夕刻からは自動車リサイクル法解体業許可申請の現場検証。 忙しくなると自分の要領悪さや手際悪さに腹が立ってきます。もっと要領よく仕事ができる男だとばかり思っていましたがさにあらず。ハリーアップ! が最近の合い言葉だ。 今日は当て逃げされた定年ゴジラの(自賠責)被害者請求と自リ法に基づく標準作業書の作成、建設業新規許可要件の詳細検討(どうにも専任者期間が危うい)、夜は顧問先の建設会社が新規採用する社員の面接に付き合う予定。 パソコンの修理依頼も来ており、調整はうちでやり、出張しての修理は知人にアウトソーシング、バタバタすれど腹ふくれず、まさに真性のバタ貧を実践している気がする。 いずれにしろ四六時中仕事に追いたてられているような気がする。暇も苦しかったが、多忙はもっと苦しいような気がする。 ところで話は変わるが、期末テスト中の末娘が電子辞書を買ってくれと言う。これまでパソコン売り場のすぐ側に並んでいたが気にもしなかった代物。さっそく知識を得る為に家電店へ。高校生向けに特化した機種として、シャープとキャノンとセイコーがあるとのこと。 ネットでそれぞれの評判を漁った結果、キャノンC30に決まりかけたが、昨日ミドリ電気の店頭で実物を見た。シャープと比べたが液晶の表示や操作性では明らかにシャープのほうが良かった。そのぶん値段も高かったが、これはしかたない。娘はお父さんに任せるという。それで結局シャープのPW-9300に決めた。 それにしてもこの電子辞書は便利だ。辞典を繰る時間が大幅に短縮されるし、机のスペースも有効に使える。ただし視覚的な記憶面では?が付くように思う。 昔は目をつぶれば瞼に辞典の文字がそのまま浮かんできたものだ。折れ目や赤線を引いたりしているうちに手垢が付き、愛着が生まれた。私はいまだに研究社の英和辞典を使っている。社会に年表も高校時代のものだ。教科書だって大切に保管している。時折開いては落書きを見つけ、懐かしんでいる。電子辞典では味わえない楽しみ方だ。 ペーパーレス時代はまことに結構だと思うが、両者の間には埋まることのない距離があるように思える。おそらく辞書との間にフレンドリー性が芽生えないせいかもしれない。フレンドリーという言葉が適切でないなら、それはスキンシップの類のものかもしれない。
2004年07月08日
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それにしても今年は暑いですね、というのがすっかり挨拶言葉になった感がある。 わが家の愛犬ナルは今年9歳、元気が自慢の犬だが、さすがにこの暑さに参っている。夕刻の熱がおさまったころ、約30分ほどナルと外を歩くが、すぐ舌を出すわ吐く息は荒いわで昨年までとはかなり違う。飼い主のほうが元気がよい状態。南側に面した庭で飼っているが、このところずっとエアコンのよく効いた事務所の隅で寝そべっている。 今朝の新聞によるとエアコンが飛ぶように売れているという。猛暑と空梅雨の相乗効果というわけである。ま、どんな理由であれ、今の日本、ものが売れるということは歓迎すべきことなのかもしれない。 ここ十数年、作っても売れない、あるいは安くしないと売れない、つまりいくら売れても儲からない、というのが最大の悩みであり、売れる(高く売れる)商品を創世することが関心事であったように思う。売れるから作る、作ると原料がなくなる、原料を調達する、ぐるりぐるりと経済社会の巨大モーターが目覚め、回転しはじめることを願うばかりである。「もう頬づえはつかない」(芥川賞:見延伸子)というよりは「もう頬づえはつきたくない!」というのがみんなの本音だと思う。早く来い来い好景気!
2004年07月07日
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「1.3.19.21.34」 何の数字かご存じの方はオールドな?野球通だ。こどもの頃、私は野球少年だった。叔父が高校で野球をしていたこともあって物心がついた頃から家には硬球がころがり、木のバットにグローブ、そしてキャッチャーミットがあった。 当時は年に二度、地区対抗の少年野球大会が催されていた。高学年がレギュラーで低学年は専ら外野での球拾いであった。 冒頭の数字で一番人気は3番、ミスター長島だった。続いて1番(王)で、あとは21番(杉浦)、19番(野村)、34番(金田)だった。 私はキャプテンで打順は3番、守備はキャッチャーだった。 他地区で恐ろしく速い球を投げる選手がいた。速い球にありがちなノーコン病ではなく、むしろその逆で、すこぶるコントロールが良かった。練習試合では振り遅れの凡打か空振りの繰り返しで負けてばかりいた。 公式試合、初戦に一番イヤな速球投手のチームと当たることになった。 当日、監督に急用ができ、私が代行をした。速い球をどう攻略するか、自分なりにずっと考えていた。そしてプレーボール。 なまじコントロールがよい投手というのはどうせ当たりっこないという自信があるのか、工夫を必要としないでも討ち取れるせいか、ベルト線を通過することが多い。通称へそボールというそのベルト線を通過するボールだけに的を絞り、初球からバットを短く持って小さく振るという作戦をみんなで考えだした。当たれば自信となり、他の選手も当たるようになる。相手は向きになるからよけい玉が揃ってくる。作戦はまんまと功を奏し、味方のファインプレーも重なって勝利した。 あの勝利した日が○十年前のきょうだった。暑い日だったがみんなで知恵を出しあえば成ることもあるんだということを知った日だった。 まもなくアテネオリンピックがはじまります。3番ミスター長島、一日も早く病魔に打ち勝ち、また元気はつらつとしたユニフォーム姿をみんなの前に見せてください。かんばれ長島!
2004年07月06日
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世の中、暑い暑いの大合唱ですが、冬生まれの私は夏が大好きです。クーラーの冷気も嫌いで、少し長い時間冷やされると気分が悪くなります。 7月4日の日曜は朝からチラシ配り。 誰一人として歩いていないはずの閑散とした住宅街をポスティングしているはずが、なにやら人がいる。目深に帽子をかぶって白いTシャツ、ブルージーンズに、紺のライン入りのアディダスのスニーカー。背中にリュックを背負い、黙々とチラシをポスティングしている。足の運びがおそろしく早いし、ポスティングする手つきも実に慣れている。 すれ違った。 こちらから先に会釈をした。相手も会釈を返してくれたが無表情。 ポストの隙間から彼が配布するチラシが宅配ピザ屋のチラシであることが判別した。 それ以後昼まで男とは一度も出くわさなかった。 いつもはカミさんが作ってくれる愛妻おにぎり(こう書けば格好良いが、実は残飯整理が主目的である)を持ってくるが、なにせこの暑さ。鎖でもしたら大変と、コンビニで幕の内弁当を買う。家を出る時持参したお茶はすでに空。カテキン緑茶を一本買った。日陰を求めて近くの公園へ移動。 藤棚にベンチに腰を掛け、弁当を広げる。 真上から陽光が容赦なく照りつける夏の公園、さすがに誰もいない。しかし吹き込む風は微風だが火照った身体には優しく、それがとても心地よい。 流れる汗をタオルで拭き拭き、そよぐ高木の枝葉に目を細め、弁当をつまむ。本来ならば周囲に冷たい水滴がたくさん付着した缶ビールを飲むのが最高なのだが、それでは午後からのチラシ配布が極めて困難になる。美味しいビールは夕食時に取っておこうとぐっと我慢をする。 食べたあと横になった。目を閉じる。自リ法の標準作業書のことや難しい在留資格の案件のことが頭に浮かんだ。 背後から足音がするので起きあがった。チラシを配っていた、例の男がこちらに近づいてくる。「やあ、こんにちは! 今日も暑いですね」 今度は男から声を掛けてきた。ざっくばらんな気さくな男のような気がする。「やあ、どうも」???の私。 男は隣のベンチに腰を掛けた。目尻あたりのしわ加減からすると50歳代か? いや実際はもっと若いかもしれない。よく日焼けしているせいか、歯の白さばかりが目立っている。「あまり見かけないですよね?」 男はあんパンを口に頬張りながら聞いてきた。「こっちは今日が初めてで・・」 なるほど、それでか。男は合点がいったと頷いた。 しばらくして男がこう尋ねてきた。「お宅は一枚いくらです?」「えっ??? 一枚いくらって?」「うちは一枚1.5円です。勤めていた頃は機械の設計をしてましてね。そうした関係からの仕事もあるにはあるんですが・・・、もうデスクワークそのものがイヤになって・・・これが一番気楽なもんで・・・歩くのってこんなに楽しいことだとは知りませんでしたよ。ちょっと大げさですが、私の人生の中では最大の発見です」 歩くことが楽しいことに異論はないが、自分のはチラシ配布が仕事ではないことを言おうとして、なぜか男に気押され、言いそびれてしまった。 男はお茶のペットを指さし、「ご忠告しますがね。それはできるだけ止めた方が良いですよ。汗が出てかえって疲れますからね」と言った。 言われて男を見ると、確かにあまり汗をかいていない。 その後、男は同業の先輩としていろいろと教えてくれた。ポスティングにも技術があること。チラシの効果を最大限に生かす方法。住民に苦情を言われた時の対処の仕方。駅前など、街頭での効果的な配布方法などなど。「この仕事は最初の一ヶ月がほんとに辛いが、乗り切ればあとはぐんと楽になりますよ。・・・まっ、せいぜい頑張ってください。ご家族もいるんでしょ? 頑張らないとね。じゃあまた」 男は足早に去っていった。男に励まされた私は、なんだか男を騙したような、それでいて、取り残されでもしたような妙な気分に陥ってしまった。
2004年07月05日
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近くにあるミドリ(家電量販店)八尾南店が週末2,3,4日の三日間、抽選販売をはじめた。新聞折り込みで呼びかけていた。なにしろ近隣市では最大規模の店、広範囲なチラシ配布などから、かなりの応募があったと思う。 毎夜7時にその日の抽選がある。当たった人には電話連絡がくる手筈になっている。 2日の夜8時すぎに電話が鳴った。てっきり相談?と思った。咳払いをひとつし、バリトンの美声で、「はいもしもし、こちらは・・・事務所」「えっ、・・石井孝一様のお宅でしょうか?」「ハイ、孝一なら、わたしですが」「いつもありがとうございます。こちらはミドリ八尾南店・」 後は言わないでチョウダイ。生まれつき勘が良いのでピンときた(誰でも判るって、あっそ(笑) PANASONIC IC レコーダー(RR-US620) 5台限り 5000円(税込) きのうの昼前、取りに行った。名前だけで果たして判るだろうか? 不安だった。 店の玄関一面ガラスの扉に立ったら、なんと独りでにドアが開いた。冷気がするりと忍び寄ってきて肌を取り囲んだ。寒気がした。なんなのだろう、この手際よさは?(どこもそうだって あっ、そ) 目の前を女店員が通り過ぎようとしていた。おもわず声をかけようとして声が出なくなった。 なんと天井から吊されたボードに当選者の住所地と氏名が張りだしてあるではないか! 中段右下にあった。 「八尾市田井中 石井孝一 さま」 名前を見た時、しまった、と思った。案の定、夜が大変だった。 まず末娘のともだち。「あんたんとこのお父さんの名前貼ってあったわ」 次がカミさんの友人「見たわよ! 昔、スーパーの売り出しでTVを当てたんもお宅の旦那さんやったわねえ。運の強い人はうらやましいわ」 そして私の友人は、「二つもいらんやろ? 古いのん、安う分けてくれへんか」 最後は上の娘 「ミドリ行ったらびっくりやわ。お父さんの名前がでかでか出てるし、恥ずかしかったら何も買わんと帰ってきた」 恥ずかしいとはなんたるこっちゃのえべっさん。 今日も朝から町内の連中からさんざん声をかけられた。 村には府庁をはじめとする官庁に勤める友人や親戚縁者が大勢いるので、その点では何かと助けになることが多いで感謝しておりますが、今回のように息苦しさを感じる時もあります。 当たるも災難 当たらぬは悔し 贅沢ですよね、やっぱり。
2004年07月04日
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すでに旧聞かもしれないが、熊野三山が世界遺産になった。かつてはアリの熊野詣でと形容されるほどの賑わいだったらしい。 熊野の歴史は古い。ここは女人禁制をしいていなかったし、信者も無信者も、浄不浄の分け隔てなく受け入れたという。あの紫式部や清少納言などは熊野の往還、奈良の長谷寺へもよく立ち寄ったとある。 ところで長谷の観音さんはとにかく見事である。大きな体大きな目でじっとわれわれ凡人をみていなさる。おそらくはそこで精神を安堵させ、新たな気持ちで熊野へと向かったのだろう。 熊野三山の本宮に対して河口に新宮がある。その名の通り新しい宮ができたところだ。新宮は作家中上健次が生まれ育った町だ。彼の作品に「熊野・・・」というのがあった。初期作品だったはず。山深い道で熊野権現とおぼしき男と出くわす話だった。読んでいて背筋になにやら悪寒が走ったことを記憶している。 閑ができたら探索も楽しかろう。幸い大阪からだといろんな日帰りツアーが企画されている。都会の喧噪を忘れ、自分の足音以外聞こえない「いにしえ道」を味わうというのも銭金では味わえない贅沢かもしれない。熊野は降雨量の多いので、弁当を忘れても雨具の用意だけは忘れないでおこう。
2004年07月03日
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きのうが海の日だったことを知ったのは今朝になってから。浮き輪と水中めがねを用意、むずがる祖母を説得して海水浴に行った日々が懐かしい。 海水浴といえばわが子は海水浴を嫌った。海に行っても海が見えるプールを好んだ。「あの砂がイイやねん」 濡れるたびに足元に付着する土砂を流しにレストハウスの蛇口をひねるのだ。「ほっといても、すぐ乾くのに」「イヤやねん。髪の毛もねちゃねちゃするし・・・」 小さい頃から文句の多い子どもたちだった。大きくなっても一向に変わらない。 きのうは○ロタのシュークリーム(私を除く家族みんなの大好物)を買って帰ってきた。 みるなり、「ビアード・パパと違うやん?」「なんやねんそれ? シュークリーム言うたら○ロタやないのか?」「そんなんもう古い、古い。30年は前のやん」 天王寺駅の路線橋にも店があるらしい。そういえばときどき立ち寄る「立ち食いそば」の近くにいつも客が並んでいる店があったような・・・気がする。あれがそうか。 カミさんが「これだ!」とばかりに、顧客カードを取り出した。黄色の名刺大のカード。ケッタッキーかサンタクロ-スのよく肥えた髭面のおっさん似。斜めにパイプをくわえてニンマリ笑っている。 まっ、せっかく買ってきたんやから、ということで食べていたがそれだけでコメントも感想もなし。 朝起きたら、リビングのゴミ箱に、これでもかと力任せにくしゃくしゃに握りつぶした箱と包装紙が突っ込んであった。
2004年07月02日
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地下鉄の自転車置き場に落ちていたB6版のチラシを拾った。「あなたに代わってあなたのしたいことしてあげます」平成仕置き人クラブ。 世の中いろんな商売があるものだ。まず需要があって一方はそれを受け止める供給がある。仕置き人とは物騒な名前だと思うがそれを望む人にとっては心強い、インパクトある言葉だ。 主な業務が列記されている。 教育問題(学校・友人) ストーカー調査・処理 社内同僚トラブル解決 同業者トラブル 浮気中止・隣人問題 ライバル企業調査・スカウト等 なかでもストーカー調査・処理、社内同僚トラブル解決、同業者トラブル、浮気中止・隣人問題などは「その筋の人」を彷彿させるような担当者が当たればすぐさま解決しそうな事案である。 仕事迅速となるが、たしかにストーカーや浮気など、もともと悪事をはたらいているのであるから、怖いお兄さんが少しすごんで、「こらっ! いつまでやっとんや、ええかげんにせえ!」「今度見つけたら、ただではおかんぞ!」 の捨てセリフで、おそらくは終わるだろうと思う。 事実、私の近辺でいじめに遭っている子ども(中学生)がいた。両親が怖いお兄ちゃんに頼んで、いじめの首謀者たちを呼び出してもらい、お兄ちゃんたちに説教してもらったらあっけないほど簡単に解決したことがあった。 かといって悪を肯定しているわけではないが、悪でなければダメな時もあるということを言いたいのだ。 見た目が善であっても世の中には悪以上の悪もいる。我々が選んでいる政治家などにも悪がいる。「越前屋、おまえも相当の悪よのう・・・・」 と懐に金貨をしまい込む役人も後を絶たない。 さて結論だ。上記の商売は俗に示談屋さんといわれているかと思う。彼らを排斥するために士業法があったりする。法の目的はもちろん国民の適正な利益と利便を図るため。 法で適正な利益と利便をはかれるならよいが、そうでない場合もある。そうでない場合はどうするか? 子どものいじめなど、学校関係者や警察がいくら会議を開いて討論し合っても改善することは難しいのではないか。浮気などもそうだ。いくら弁護士が間に入って道理や道徳や法律を持ち出して説得しても根本的に解決する問題ではないように思う。必要悪の商売だと思うが、助けを必要とする人にとって極めて力強い、願ってもない、三顧の礼を尽くしても、大金を支払ってでも依頼したいのだろうと思う。 しかしながら、頭の痛い問題であることにいささかのかわりはない。
2004年07月01日
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