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みぞれ混じりの冷たい雨が降っている。年の瀬にはふさわしいような気もするが毎年家族みんなで除夜の鐘をついた後、信貴山に初詣へ行くのが習わしになっている。この雨と寒さで道が凍結しないか少し心配だ。 石井家の菩提寺(浄土真宗大谷派)では門徒が集って除夜の鐘をつくのが習わしになっている。今夜もたくさんの人が集まることだろう。チビチビ熱燗をやり、冬空を見あげながら鐘の音色を聞いていると気分まで芭蕉になってくる。 ところで浄土真宗では死者につけるあの世での名を戒名とは言わず法名という。なぜか? 戒名の戒とは戒律の戒のことである。奈良時代、仏教こそ広まってはいたが戒律がおろそかにされた当時の日本に、こんなことではだめだ! と真の戒律を伝えようと幾度の渡海を経てやってきたのが鑑真上人だった。あの唐招提寺は唐から招いた高貴な上人鑑真に敬意を表するために作られた寺である。 浄土真宗の開祖親鸞は妻帯肉食をし、戒を破った、当時の仏教界ではとんでもない破戒僧であった。だからこそ親鸞は戒名とは言えず、仏法の法を取って法名と言った。 浄土真宗では男は釈○○。女は釈尼○○とつけるのが一般的だ。ここでいう釈とはもちろん釈尊(釈迦如来)のことである。 ほかに浄土真宗では「般若心経」を認めていない。なぜか? 般若心経はこの世にあるものは一切が空(ないもない。存在しない)である、もともと空であるだからそれがなくなったからといって嘆き悲しむことはないと書いてある。ところが浄土真宗はすべてを阿弥陀如来にお任せする、その委任者が空でははなはだ困ることになる。だから教義の本質的からも般若心経の存在そのものが認められないのである。
2004年12月31日
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冬ソナ完全版を見ている。海外の映画やドラマはやはり字幕で見るべきだ。吹き替えだと感情の起伏が伝わりにくい。 冬ソナ(チェ・ジウ)のカレンダーをゲットした。来年は事務所の一隅を飾ってくれることになる。 そうそう飾るといえば、私は観葉植物が好きで、事務所にも10年ほど前に買った一鉢から株分けされたスパティフィラムが現在五鉢、静かに呼吸をし、ときには風に揺れている。フェニックスやガジュマル、アレカヤシにパキラ、ベンジャミンにタロイモなどなど大きな物も好きで、こちらのほうは家のあちこちに置いている。 八尾市の東部、信貴山麓は造園業が盛んな土地柄で、観葉植物を専門に扱う業者さんがいる。時々訪ねては目を楽しませてもらう。 良いのがありませんかね? もう少ししたら○○が入ってくるけど・・・。 これなんかどうですかね? あ、それはやめたほうがいい。病気持ちです。見た目はきれいだけどすぐに枯れますよ。 こんな会話を業者さんとできるのも馴染みならでは。 造園業といえば建設業許可や入札などもあったりする。営業のきっかけなどいくらでもある。職人さん気質というのか、一見さんには冷たいが馴染みなるとすごく親切な方が多い。こういう人たちと親しくしておいてまず損はない。
2004年12月30日
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河内平野では冬の風物詩「全国高校ラグビー選手権」が開催されている。 きのうは大阪朝鮮高校が登場、東海大翔洋と対戦した。終了寸前のPGが決まって15対13、まさに薄氷を踏む劇的な勝利だった。 豊富な運動量と厳しいタックルを武器に地方大会を制した朝高、娘がマネージャをする○×高校も予選で朝高と対戦、一方的な大差で敗退している。今朝の紙面を見ていた娘が、「うっそー! 朝高がこんなに苦戦するやなんて」 と驚いていた。 きょうも練習とかで出かけていったが、外に出て見送りなら、男やったらなあ、と思った。
2004年12月29日
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冬のソナタ完全版が放送されている。わが家では午後10時が集合合図、普段は各部屋に引きこもっているこどもたちが居間に集まってくる。女ばかりが集うとさすがに姦しい。清涼飲料水の容器が立ち並び、菓子袋がてんこ盛り。話の展開によってはそれぞれがコメントをする。私がコメントすると決まって、「男の言うことはこれやからアカンねんな!」「男はみんな自分勝手や」 と背後から斬りつけ、前から突き刺し、ドブに吐き捨てようとする。 とにかく2時間あまりのあいだ、わいわいがやがやの連続だ。私など完全に蚊帳の外。存在感はまったくゼロである。 家族で酒を飲むのは私だけ。独り酒の、もちろん手酌はなし。私は飲んだら饒舌になることも、暴れることもない。ただただひたすら眠くなってくるのだ。 缶ビール2本、ワンカップ1本を飲んだ頃には立ちあがり、ずこずこと階上の床に就くことになる。時計の針は大体11時あたりだ。 階下からは家族の話し声が螺旋状に舞い上がってくる。やかましいので眠れない。眠いのに寝れないとうのは実に辛いことである。 やっとドラマが終わったと思ったら、一斉に階段を駆けあがってくる。階段を踏みつける音と振動がすごい。これだけでいっぺんに愉楽の眠りから現実へと暴力的に引き戻されてしまう。 朝は朝で大変だ。5時には枕元で目覚まし時計がジリジリ鳴る。女どもが起きあがってくる。私はまだ起きなくてもよいのだが(することがない)、隣室からはステレオがガンガン、階下からは洗濯機がごろごろ、とてもじゃないがうるさくて寝てはいられない。「たまにはゆっくりひとりになりたい」と呟いたら、「あんただけちゃうわ! 私らもそうやわ!」と四方八方から一斉に集中砲火。 こういう家庭事情だから、たまにだが、誰にも邪魔されず、気兼ねなしにひとりゆっくり眠れる(外の犬小屋で寝ている)ナルが羨ましいときがある。 昔「ひとり寝の子守歌」を歌っていた歌手がいたが、誰だったのだろう? どうにも思い出せない。2004年中に思い出せるといいのだが・・・。
2004年12月28日
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昨日は早朝から酔客の訪問を受けた。目的地は長居球技場のはずが八尾で途中下車、「オイ起きろ、応援行くぞ!」 インターフォン越しに酔客が怒鳴った。 中に引き入れる。「少し酔いを覚ませ」 とコップの水を薦めたが、酒をくれと言って聞かない。 ビール一本だけがいつしか熱燗になり、チューハイになったころには私まで完全にできあがっていた。当然長居などには行けず、そのままスカパーでの観戦となった。 試合の流れによって醒めたり酔ったりする。前半は点差を開けている時はゆらゆら酔っていられるが、ピンチになってくると急速に酔いが醒めてくる。きのうなどは前半大酔い、後半はマジで醒めていた。 どうにか勝った。これで正月は国立。Wには昨年の雪辱を果たしてもらいたい。新幹線の切符を予約するつもり。 勝利を確認したら睡魔が襲ってきた。目が醒めたときは酔客もどこかへ去り、時計の針は夜の11時だった。頭の芯がズキズキ痛い。「そうだ! 忘れていた」 12時から夜警に当たっているのを忘れていた。風呂に入ってご飯を食べ、防寒具に着替え、あわてて外に飛び出した。 風こそなかったが寒さは厳しい。手袋を忘れ、拍子を叩く手がすっかりかじかんでいる。「火の用心、カチカチ」 そう叫びながら一方では「酒用心、風邪用心」を唱えていた。
2004年12月27日
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昨日の夕刻5時前、滑り込みでの申請は今年最後の許可申請。案件は風俗7号営業だった。残った案件は年明け申請となってしまった。気分的には年内に申請したかったが、お客さんの仕事も師走ということで(申請どころではないという感じ)、「年明けでいいよ」 と言うことになってしまった。 暮れから年明けにかけては症状固定と診断された交通事故の保険請求案件が3つ重なっている。長い案件で2年、短い案件でも4ヶ月治療されている。別の頸椎捻挫(むち打ち症)の案件では深刻なものもあったりする。他に顧客の会計記帳もあるから正月休みもゆっくりは休めない。 ところであすはいよいよ長居決戦、大阪冬の陣である。慶応は日大に2点差で勝ち上がってきた。紺グレは筑波に7点差。初戦の緊張を差し引いてもどちらも出来は良くなかったはず。両校の定期戦は日本で二番目に古い、伝統あるもの。今年の定期戦は僅少差で慶応が勝った。 勝負は策を凝らさないと勝てない場合もあるが策を凝らしたために負ける場合もある。今年の両校、動いた方が負けのような気がする。基本に忠実。勝負所は後半の後半、それまでじっと我慢できるか、今年は我慢勝負だと睨んでいる。
2004年12月25日
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最新マシンを買いたい。データベース構築を考えているので、オフィースのプロフェショナルか、単体のアクセスを買いたい。A3対応のレーザープリンタと印刷機を買いたい。考えれば買いたいものばかりである。カミさんに言わせると買いたい症候群だそうだ。しかしながらいずれも業務で必要とするもの。ケチるわけにはいくまい。 ところで物を買う時、迷うのがグレード。会席で言えば「松・竹・梅」、鰻重で言えば「上・中・並」、成績で言えば「甲・乙・丙」 上記のような品はユニクロの謳い文句のように「良いものを安く」が当てはまらないものばかり。安かろう悪かろうがそのまま当てはまる。もちろんいらない機能というのはある。ところが、当初はいらないと思っていたが、使い込むうちに欲しくなったりなったりするものもある(OA機器の場合、むしろこちらの方が多い) 大は小を兼ねる。数学の集合と結びの関係である。家電品はあとで買う方が安く、しかも性能もアップしているのが普通。急いで飛びつかない方が良いには決まっているが、ただ岸でじっと機会を待っているだけではいくら経っても買えないことになってしまう。結局、買った時点で一番安いと思うしかない。 年が明ければ6年目を迎えるデスクトップのエプソン、その間に電源ユニットを取り替え、メモリを増設、ハードディスクを増設した。最近冷却ファンの音がやけに息苦しい気がする。いよいよこちらも取り替え時期のようだ。引退させるにはまだ早い。とりあえずは事務所の隅に置き、ネット専用機にでも使うつもり。年明け、まずは最新マシンを買うとするか。
2004年12月24日
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世の中、視点をずらして見直してみるだけでずいぶんと違ってみえるものだ。 丸だとばかり信じ切っていた物を上から見下ろすと実は三角だったり、さらに斜めから見たら三角錐だった場合など、日常茶飯事にあったりする。当然、丸や三角や三角錐では受けとり方も感じ方もまったく異なってくる。 異なるのはかまわないとしても、やっかいなのはいずれも間違っているとも言えるし、どれも正しいともいえるからだ。 昔、トヨタ自動車が「複眼を志向」したことがある。いくつもの目で物事を見定めていく。非商業の場合なら問題も少ないだろうが、ただ注意しなければいけないのは多数決の原理に囚われないこと。新たな真理は常に少数派から生まれ、幾多の波を乗り越え、多数派になっていくからだ。 ひとりが首を傾げたら、持論に自信を持つ。みんなが首を傾げたら、持論を実践してみる。真理は誰も見たことも行ったこともない未踏の闇の向こうにあるもの。不安なのは誰も一緒、問題は自分を信じられるかどうか、そして決断とあとは少しの勇気だ。
2004年12月23日
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今日は朝から不動産広告戦略で有名な本村氏の研修会に出席する。時間は3時間。きっちり脳みそに刻み込んでくるつもりだ。 ところで研修会も実に様々。建前や概要だけに終始するものもあれば、こちらが聞きたい突っ込んだ内容のものもある。 今回の本村氏は後者であると確信している。すでに3冊、氏の本を読んでいる。営業には自分なりの意見も持っているつもりであるが、氏の見解にはなるほどと納得させられることが多い。 なにごとも思いこみは一番危険である。思いこみは視界を悪くするだけでなく、判断力をも衰えさせる。だからといって常に懐疑心を抱いていては何もできなくなってしまう。時には自説を信じての思い切りも必要。このあたりの判断、決断というのは実に難しい。 いずれにしろ、今年最後の研修会、居眠りやあくびなどせず、3時間しっかり聴講するつもりだ、渇!
2004年12月22日
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暮れは何かと小忙しい。朝から堺市、午後から東大阪市へ行く予定。天神社近くの「御厨だんご」が旨いので買ってくるつもりでいる。 昨日は遠方のお客さん宛に事務所のカレンダーを郵送した。ちなみに八尾近辺はすでに挨拶かたがた手配りをした。 昨年と比べ、送料も結構な額になったが、嬉しい悲鳴とはこのようなことを言うのであろう。送ったカレンダーは一年お客さんの部屋に掛けらるはず。 事務所のカレンダーのテーマは毎年のように花。どこにもかけてもらえるようあえて細身にしてある。身近な町の法律家のカレンダーは玄関付近にかけてもらえれば魔よけにもなったりするらしく、個人宅ではとても重宝されている。 HPの相談メールは当然に事務所のパソコンに入るようになっているが、出先だった場合、返事が送れたりすることがあるので、携帯に転送することにしている。 ところが昨今は変なメールが多い。中には送られてきたメールを信じるバカがいるので始末が悪い。「この前の夜はごめんなさい。今度はうんとサービスするから・・・」 送信者は「あかね」 こんなメール、もし誰かに見られたらわかっていても返答に困りますよね。
2004年12月21日
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きのうは疲れました。こちらは一人退場の中、ロスタイムになってとうとう同点に追いつかれ、勢いは完全に向こう。最後はFWの踏ん張りでどうにか事なきを得ましたが、心臓には悪い。試合開始前は余裕綽々だったが、いきなり得点され、「あれ?」 それでもすぐに追いつき追い越し、いそいそこれからとばかり姿勢を正しましたが、相手の当たりがきつい上、DFがきびしく、いっこうに点差が開かない。昨年の活躍を知っているだけに、まさかまさかと、もしやの悪夢を振り払うため、グビグビ飲むことに。気がついたらかなりの酩酊状態。ほんと疲れました。アルコール漬けになった胃が奈良漬けにならないよう、今日からしばらく禁酒することにします。
2004年12月20日
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また一年が過ぎた。今日は大学ラグビー選手権初日である。わが紺グレは名門筑波大学と対戦する。場所は花園ラグビー場、キックオフは午後二時、遠来の同窓たちとの対面も嬉しい。 筑波に勝てばタイガージャージの慶応、さらには昨年惜敗した赤黒の早稲田と続く。どれひとつとて楽勝はあり得ない。20年ぶりの大学日本一を目指し、茨の道には違いないが、大学一を誇る快足バックスが揃った今チーム、きっとやってくれると信じている。 で、私としてもじっとしておれず、朝から水浴びをした。ハクション! コンチクショウ! である。 そうそう、強いタックルに当たり負けないよう、私もカミさんや娘たちにさんざん八つ当たりをした。気合い十分。だからもう応援のほうは大丈夫である。あとは選手たちが気合いを入れてくれるだけだ。 雨が心配だったがどうにか晴れている。天は我に味方をした、と断言してもよいだろう。えっ? 相手にも味方した? そんなことはどうでもよい。我が身だけを考えていれば全てよしなのだ。軽量フォワードというハンデがある上、快足バックスを生かすには芝が乾いていないといけない。どうやら師走の大阪でぶっちぎりの快走シーンが見れそうだ。 あと一時間ほどしたら花園目指し、30分あまり自転車のペダルを漕ぐ。途中近鉄東花園駅前の近商ストアーで「ラグビーコロッケ」を買い込むつもりだ。 このコロッケ、形が楕円球になっているだけでなく、旨いのだ。一個食べたらワントライ、二つ食べたらスクラムトライ、三つ食べたら連続トライと、昔からそういうことになっている、伝説のコロッケなのだ。 朝からのアホはこれくらいにし、そろそろ洗濯物でも干すとするか。洗濯物? そう、こちらは八つ当たりタックルの後遺症である。 選手権開催に興奮し、天と神さん(カミさん)にツバを吐くと、必ず自らに降りかかると言う有り難い教えを忘れていたのだった。
2004年12月19日
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「銀行をサービス業に変える」と、「りそな銀行」の野村社長が語っている。 確かに産業のジャンルは金融業だが、社会的役割や内容からすればサービスが売り、の上に成り立つ商売、今さらサービス業を高らかにするまでもない、「より質の高いさービスを提供する」ぐらいにとどめておけば可愛気もあるのだが、バンカー気質か、困っている奴に金を貸してやるという姿勢がちらちら、見え隠れしている。 りそなは旧大和、主な顧客は中小企業に個人客だったが、公的資金導入で信用を失い、多くの個人客が離れていった。立て直し策として通帳不要のTIMO、りそなカードを餌に若い世代を取り組んでいるという。今年の9月からは取り組んだ顧客相手に金利固定で年18%、十万円、三十万円、五十万円の三種類の中から融資限度額の上限を選択、ATMから現金で引き出せるというサービスをはじめたとのこと。 で、どこがサービスなの? と野村社長に言いたい。 簡単に引き出せるという意味でのサービスなら、今さらあんたんとこがやらなくてもすでに消費者金融がやってるやないの? 賢いところは(とっても大した差はないが公的資金導入がなかった分だけ少しはマシ)プロミスやアコムなどと資本業務提携、高収益が見込める消費者ローンに注力しはじめている。利益を分かち合うことでリスクを低減、黒子黒幕に適すことで社会的面子を保とうとしている。姑息なやり方だが信用を失う危険性が少ない。 これに対してりそなの営業戦略は、ターゲットを金銭感覚の疎い若者に絞り、中間業者(消費者金融業者)を廃すことで利幅を拡大、ボロ儲けしようとする魂胆か?「赤頭巾ちゃん気をつけて」といえば東大出の作家庄司薫の名作だったが、りそなの赤頭巾ちゃんは縁起直後から黒い尻尾が丸見え、学芸会ばりの演出、昨今の田舎芝居のほうがまだうまいぞ! 真のサービスとはリーズナブルな報酬の対価としてのサービスに顧客が感謝の念を抱き、リピーターとなってこそ成り立つもの。まちがっても暴利にサービスという言葉は当てはまらない。 おそらく数年後には新たな「引きはがし、取りはがし」によって大量の若者の苦悩が新聞紙面を飾ることになるはず。そのとき今度はどんな答弁をするのか、「返せもできんような金を借りるほうが悪いんや! 自己責任でっせ」 と、自己責任も満足に果たせなかった銀行が民に向かって逆吠えするつもりか? いずれにしろ、今から楽しみにしている。
2004年12月18日
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昨日は久しぶりにカミさんとドンパチやった。こどもたちがそれぞれ中に入り、ようやく事なきを得た。それにしてもいつしか親の喧嘩にこどもが口を出すようになりました。それぞれ筋の通った説教まで垂れ、最後にはなだめ言葉までありましたから、ほんと参りました。それにしてもずいぶんと頼もしくなりました。 忘年会のシーズン、わが支部でも今夜、天王寺の逢坂で忘年会がある。若い会員にとっては今年一年を振り返り、反省すべきところは反省し、褒めてやりたいところをしみじみ噛みしめながら、目前に迫った来る年に万感の思いをはせる意味での忘年であり、老いた会員にとっては文字通り、自分の歳を忘れる忘年である。 今日は午後から阪堺電車に乗って風俗7号の案件で堺、そのあと日本橋界隈で年明けには購入する予定のパソコンを選別吟味、さらには依頼のあった書類を梅田にある不動産協会支部へ届け、夕刻谷町線で四天王寺の忘年会場へとなだれ込むつもり。えっ? すでに酔っていたりして? そうですね、ありえますね(笑)
2004年12月17日
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創業以来73年続けてきた家業も今年いっぱいで廃業することにしました。 辛い日々もありましたが、結構儲けさせてもいただきました。十年近くの間に次々と病に倒れ、寝たきりとなった両親や祖母の付き添い看護費用として月40万から50万の費用がかかりましたが、こうした費用を稼ぎ出してくれたのも家業のおかげ。 祖父が興した家業、さすがに「のれん」には後ろ髪を引かれもしますが、すでに新たな家業も立ち上げており、重荷が取れ、やれやれといった爽快感もまた一方にはあったりします。 こんな感傷的なことを言ってるのは今のあいだだけ。年が明ければ新規事業も立ちあがり、久しぶりに闘志が湧きだしております。
2004年12月16日
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小一時間ばかり空き時間ができた。 いつもなら谷町四丁目の大阪府情報センターの資料室のデスクで読書をするのが常だが、天気が良かったので天満橋まで足を伸ばすことにした。お目当てはリバーサイド風景が一望できるジュンク堂の椅子、書棚から重松清の「哀愁的東京」を引き出し、どっかと腰を落とした。 重松清は肩の凝らない文章を書く作家である。すらすら気がついたら重松ワールドにどっぷり浸かってしまっている、苦を苦ではないように書く、嬉しいときは少しはにかみ媚びたり、性根の優しい、そんな主人公がたくさん登場する。「哀愁的東京」は娘がいる夫婦の離婚話である。一貫して流れているのは、どうにかできないのか! と思わせるような徒労感と絶望感。岩山の上でひなたぼっこをする亀のように首だけ長く垂れている感じ。 お薦めの一冊だとは思うが、好き嫌いがハッキリしてそうな気がする。元気がよい人にとっては気だるいだろうし、弱気になっている人にとっては共通項を見つけたようでそれで安堵しそうな気もする。いずれにしろ、現代の男女を描くことにかけては定評ある重松清、読んで損はないはず。
2004年12月15日
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業務を通じ、ある業界のシステムを構築すれば商売になることに気づいた。そこでこのひらめきをビジネスにするためのデータベースを構築すべく、数日前から試行錯誤を繰り返している。 かつてパソコンがまだインタプリタで動いていた時代、ソフトハウスを営んでいた。そこでは会計ソフトや販売ソフトの迷作?を作成、販売していたことがある。痒いところに手が届くソフト開発を謳い文句にしていたから、ソフトのバージョンは作った自分でもわからない有様だった。 パソコンは何でもできる、しかしこちらが指示しないと何もしない。気を利かして作業をするなんてことは、よほど高知能レベルのロボットでないかぎりありえない。 ソフト作成で大事なのは作業工程のコマンドなどではなく、実はエラー処理。あらゆるエラーを想定しながら回避と対処を組み込んでいく。何度も何度も点検を繰り返し、誤操作がないことを確認しながらの作業は結構疲れたりする。このあたりは申請書類作成と似た部分であろうか。 いずれにしろ数万の資料をどのように取り込み、いかに便利に加工調理するか、ひとえに制作者の腕にかかっている。 完成のあかつきには、そう、大儲けができるかもしれない?
2004年12月14日
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士業家にとって情報知識こそ生命を維持をするには欠かせない栄養源である。陳腐化した情報や時代遅れの知識では顧客を満足させることなど到底できない。 ところが昨今のIT時代では情報知識の提供だけでは満足できない顧客も増えてきた。クリックさえすればたいていの情報はすぐに手にはいるからである。 しかし、そんな物知りの彼らにとってすらまだまだわれわれを必要とする。なぜかというと情報知識だけで対処できるほど簡単ではないからだ。問題解決には情報知識をさらに研磨研鑽してできあがった知恵が必要だからだ。 江戸時代の武士は学問や武士としての作法など、専ら知識が大事だと思っていたのに対し、下層階級である商人は知恵が世の中を動かしていることに着目、机上の知識などより知恵を大事とした。 仕入れた情報知識をより優れた知恵に加工することができる士業家こそ乱世を生き延びる勝者である、と私は思う。
2004年12月13日
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年明けに不動産仲介業を絡めたコンサルタント事業を立ちあげる予定でいる。 事業計画はおおよそ決まったが肝心の登録名称がなかなか決まらない。「あいうえおの法則」にならって「あ行」の名を付けたい。 候補としては、「あるあるホーム」、「アイリスホーム」、「アーバンネット」、「アイアイネット」などが挙がっているがイマイチ決めかねている。 なにか良い名前ありませんかね?
2004年12月12日
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お歳暮の季節。なんと昨日は4件のお客さんから品物が届いた。まさに気分はハイである。早速例の電話をかけまくる。煎茶セット、○大ハム、肉である。 中でも交通事故の案件で一年近くおつきあいが続いているMさんが送ってくださる肉は格別に旨いのだ。夏はステーキで、今回は焼き肉用、いつもとはひと味も二味も違う。一番の違いは家族の喧噪さ。箸を持った途端、もうほとんど喧嘩腰である。 最後に届いたのがなんと「GODIVA」のチョコレート。 ゴディバと読むらしいが舌を咬みそうな名。なんでもチョコレートとしては最高級らしいが、田舎者の物知らずでピンとこない。猫に小判なのである。とにかく気取ったカニ懐石より、茹でたカニ足のてんこ盛りを好む雑食性。目の前の宝石箱にも似た菓子箱に手が縮かんでしまって前には出ない。晩酌が過ぎて眠気が襲ってきたこともあって食べることなく床に潜ってしまった。 朝起きたらゴジラの抜け殻(空箱)だけが台所のゴミ箱に押し込んであった。「だれか食べたんか?」「一個だけ」「私も一個だけ」「おいしかったか?」 これには二人同時に、「うん。もっと食べたい!」 食べたらええがな、と言おうとして口を噤んだ。(それはおかしい。もっとあったはず、計算あわへんがな) もちろんこの場にはカミさんの姿はない。
2004年12月11日
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江戸時代の大阪商人は金を貯めるものであり、銭は使うものだと考えていた。今でも小金とか小銭とか言い方をよくする。 ところで大阪で小金持ちと言えば中流階級より少し上を指す言葉だから、おそらく銭とは日用品を買う程度のお金(小銭)のことを指すのだろう。 清原がポンと1000万円を新潟復興に寄付したという。悪太郎だとばかり思っていたが意外な一面を見た。なかなかできるものではない。すっかりファンになった。なんでも清原は先の奥尻島や神戸の震災の際にも寄付したそうではないか。私利私欲、唯我独尊的な選手が多い野球界にあって清原という男の違った一面をのぞかせていただいた。来年は阪神戦であっても「キヨマー、がんばれ!」を叫ぶつもりである。「銭がなんぼのもんやねん。そんなもん使うたらしまいやないかい!」 おそらく清原にとっても1000万円は金だとは思うが、金と他人の不幸とをハカリにかけたら金も薄汚れた小銭にみえるのかも知れない。さすがバット一振り100万円の男のすることは桁が違う。
2004年12月10日
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世の中、自らの成功不成功を、運がよかったとか、なかったとか、運のせいにして片づけてしまう人がいる。ほんとうにそうだろうか? 藤本氏の「商人道」によれば、運というのは(しんにゅう編は古代巨石などを重い道具だった修羅(運搬具)から起因している)軍隊を運ぶという意味なのだそうだ。ギャンブルや宝くじなどで当たりくじを引いた人は運がよかったとは言わず、ツキいていたというそうだ。 先の例にもあるように、運とは自分で引き寄せるものだという。だとすればじっとしていて運などつかめるものではないことがわかる。「それにしても不景気でんな」「こんなときはいくら動き回っても、何をやってもあきまへん。大五郎やおまへんけど、じっと我慢が一番ですわ」 こんなことを言う人はもう埒外、番外以前の問題である。 つまるところ、どこに運が潜んでいるかも、あるかもわからないから手探りでも良いから動き出さないといけないことになる。 探せばきっと糸口はある。この気持ちと行動が大事なのである。 今日と明日は忙しいが土曜日から少し時間ができる。事務所でじっくり本を読みたい気分だがそうもいかない。チラシを配っての街宣活動に勤しむことにする。これも運をつかむ為、泣き言など言っても誰も同情などしてくれない、我々は自分で自分を守る自衛業なのだ。
2004年12月09日
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町会役員ということで葬儀のお手伝いをした。昨夜は通夜、今日は朝から出かけ、先ほど帰還。 ところで町会の仕事は多岐に亘る。今度の日曜も早朝から神社のお札を持って戸別訪問販売する。行事だから仕方がないといえば仕方がないことだが、早朝からの訪問というのは控えてしかるべきだと考える。逆の立場として考えた場合、早朝からとてもイヤだというか迷惑というか、困るのだ。 明日申請予定の書類を書きあげなければいけない。遅いスタートだが、今から全速で書きあげないといけないが、急ぐとつまらんミスを起こしがち、細心にして大胆に?書きあげるつもりでいる。
2004年12月08日
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抗日反日の大河ドラマが中国で放映されるらしい。日中関係の雲行きがどうにも怪しい。首相の靖国参拝も問題だが、中国政府自体が国政の失敗の矛先を外に向けようとしている気配がある。さらに海底資源の問題もある。 経済に関してだけいえば日中間は相思相愛といえるだろう。しかし政治となるとかなり開きがある。対北朝鮮に対する件に関しても中国が応援してくれればもっとスムーズに進むような気もする。経済制裁についても同様だ。 武器輸出三原則が破られようとしている。当然、国内では武器開発が進むはずだ。武器開発は国防にとってはとても大事なことだ。自前の武器開発こそ最大にして最高の軍事力と言われるくらいだ。手の内がすべてわかる他国の(払い下げ)武器を使用しているあいだは戦にならない。ベールを被った秘密兵器、これこそが驚異なのだ。 暗いとか明るいとか言葉で表現できるあいだはまだよいが、いつまでもアメリカ追従を容認していると、いつしかアメリカ軍の屯田兵にされかねないような気もする。それにしても昨今の新聞やニュース報道は焦臭い。
2004年12月07日
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師走最初の休日、本町界隈の人ごみには参った。ほんとにゴミだと思ったくらいである(笑) 土曜日、大至急の業務依頼が飛び込んできた。「登記されていないことの証明書」が必要とする案件で、Y市の本局に電話、登記印紙を確認するが、なかなかこちらの意図していることが通じない。電話の向こうは若い女性。特許印紙だの、収入印紙だの、登記印紙だといくら言っても???なのだ。挙げ句の果ては、土曜日曜は販売できません! である。「お前、何考えとるんや。責任者と代われ、責任者」 すみません、不在で。 しびれを切らしてK市の本局へ。こちらも最初わかって頂けなかったが、電話の相手が代わって、「ああ、登記印紙ですね。わかりました。在庫のほうを確認します。・・・ありました。夜8時までなら休日窓口で販売させて頂きますのでよろしく」 申請書面に必要事項を記載、雨の中転がるようにK市へと向かった。書留速達で投函。やれやれである。 先日も誤って封書を投函した。郵便局前のポストだったので中に入ってわけを言うと、集配車が来る時間に来て下さい。立ち会いますので、と言う。早めに行き、20分ばかり待っていた。見慣れた赤い軽四がやってきた。運転手にわけを話すと開口一番、私は運送を担当しており、内容物についての裁量権を持っていない、ついては本局に申し出てくれというような意味のことを言った。至極もっともな話である。早速本局に出向き、申請書を書き、1時間後ぐらいに、見つかったとの連絡があった。 もっとひどい話がある。一週間ほど前、祖父方の親戚に喪中のはがきを送ったら、「あて所に尋ねあたりません」と二名の公印を捺した喪中はがきが返送されてきた。憲法に信書の秘密を侵してはならない旨の条文があるが、配達する義務のほうはどうなっているのだ。親戚は近所でも有名な古くて大きな家、あて所に尋ねあたりません、ではすまない。これこそ大問題だ! 以上、最近の郵便局の対応はひどい。仕事の責務が全うできないようでは小泉さん言うように民営化もやむなしだ。
2004年12月06日
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もうすぐしたらカミさんと本町へ買い物に出かけます。西郷さんの後ろから首輪に繋がった犬を見かけたら私だと思ってください。ワンと吠えますから。 ところで童謡「たきぎ」の歌詞にある「犬は喜び庭駆け回る」というのはどこの犬の話なんでしょうかね。うちの柴犬ですが、寒いのが大の苦手、いつも小屋の中で丸まっております。寒そうやから可哀想だと子どもたちが家の中に入れてやると、決まって電気カーペットの上で寝そべります。「おまえ、ほんまにそれでも犬か?」 と言おうとしたら、「あんた、何ぶつぶつわけのわからんこと言うてるのん? ハイ、これも持って!」 とカミさんに引き綱をつよくひっぱられ・・・・・
2004年12月05日
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作家の藤本義一氏は井原西鶴の研究家としてもつとに有名な方である。氏の軽妙洒脱な会話は西鶴の影響であるような気がする。「西鶴は才覚をもじった名であって・・・」 昔私は藤本氏から「なかなか才能あるで」と肩を叩かれたが、以後仕事のほうが左前になり、食うために筆を捨て資格取得に励んだ。結果としてはいろんな資格を取ることができ、今は士業家として筆こそ持ってはいるが、書くことが全く違う。家の大黒柱として生活の安定が一番、どうにか食っていけそうになったらまた筆を手に創作活動に戻ろうかと考えている。最近物書きという言葉に対して郷愁めいた切ないものを感じて仕方がない。 先日天満のジュンク堂(旧マツザカヤ7階)に立ち寄った。 難波のジュンク堂は人が多くごちゃごちゃしているが、ここはいつも比較的閑散としている。大川に向いた窓側のテーブルに腰を下ろし、眼下に広がる大川の眺めは隣接するキャッスルホテルの窓からの眺望と同一であり、タダで本を読ませて頂いた上に眺めに目を細めることもできる超お薦め場所である。 藤本義一氏の新刊文庫がレジ横に積み上げられていた。「君、どないしてるんや? 書いてないんか?」 あの独特の口調で声を掛けられたような気がして本を手に取った。 「商人道」 商は笑にして勝なり 藤本義一 日経ビジネス文庫 祖父が職人であり父が商人であった藤本氏は成長期に二人からいろんな影響を受けたという。さらに井原西鶴の研究家という立場から書かれたこのエッセイは経営コンサルタント等が書く書きものとは違った味があって面白く(インタレルトの意味)読めるようになっている。 少しさわりを読んでみよう。 職人に大切なのは技量という腕前であり、商人に必要なのは器量という役に立つ才能であった。同じ人間なのに、職業が異なったために、技量と器量に分かれてしまうである。 生きていく上で、やってはいけない掛け算が三種類ある。「他人、親に対して、決して心配を掛けるな、迷惑を掛けるな、そして不幸を掛けるなの三つの掛け算」 昔の大阪には「三途の川を渡るな」というのがあった。 正確にはサンズの川というらしいが、商人が成功するためには、やってはいけない「べからズ」が三つあるというのだ。 一、金貸さず 二、役就かず 三、判せず 判せず、についてはここまで詳しく書かれている。日常から生まれた知恵そのもである。「へこみやチョボとか金属板で一本線が入っている判子は暗闇でも捺せるようになっているから安もんの判子。めくら判捺せるから」「捺したあとは、相手に捺印した書類を過ぎに渡してはいかん。朱肉の乾くまでは世間話でもして時間を稼がんといかん。どうしてかというと、朱肉の乾いていないのに渡すと、硫酸紙で実印そのままをとられて、別の用紙に実印が捺されることになる」「実印を押すというのは商人にとって生きるか死ぬかといのと同じや。実印をどんな書面に捺す場合でも、その捺す紙の下に、これを敷いて捺さなくてはいかん」 といって持ち出してきたのは、十センチ四方の厚さ七、八ミリのフェルト板だった。「どんな厚さの紙の上にでも、実印を捺すとき場合は、その紙の下にこのフェルトの台を敷くことを忘れたらいかん。これを敷いて捺すと実印の大きさは同じであっても、盗印された場合はたちまち別の人間が捺したと露見することになる。そこで、自分が捺したことでないと警察は認めて捜査に乗り出してくれることになる」 商売と占いについても、「守口や門真は大阪市内からみたら表鬼門にあたる。そんなわけで松下幸之助氏が工場建設を思い立った時、周囲の者が猛反対したらしいが、松下氏は表鬼門やったら安う買えるんと違いますか、と言ったという。鬼門を気にしていたら、北海道や九州に支店出すこともできまへん。そないなったらどないなりますねん?」 商人たちは実学を学んで失敗を未然に防いできたということがよくわかる本です。 士業家は職人であると同時に商人でもあるべき、と私は考えております。 みなさんも仕事などで迷われたら、ぜひご一読下さい。
2004年12月04日
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きのうから長女はTDLへ遊びに行った。朝4時半の始発に乗る、時間がない! 頼む! と駅まで送らされた。愛車のワゴンRはすっかり寝入っていた。車も古くなってくると動脈硬化現象が目立ってくる。とくに冷え込んだ朝など不調もいいところだ。うんとこどっこい、やっとこさエンジン始動、すたこらすたこら千鳥足状態で駅までたどり着いた。 朝から得意先巡りをし、午後から研修会に出席するため、着替えをする。タンスを開けてビックリだ。靴下がない。あるのはよれよれのカジュアル物ばかり。 犯人は長女。共用だとか言って普段から私の靴下を履いているのだ。自分の靴下ぐらい自分で買えといくら言っても馬耳東風なのだ。 しかたなく新しいのをおろした。それにしても何足も要らないはずなのに・・・。わが子ながら何を考えているのかよくわからん。
2004年12月03日
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同窓会とかで有馬温泉で一泊してきたカミさん、帰路のJR大阪駅から運良く大和路快速に乗ることができた。快速に乗るとさすがに早い。途中主要駅に停まるが、わずか30分あまりで久宝寺駅、向かいのホームで待機している各駅に乗り継げばわずか二駅で最寄り駅に到着という具合、実に便利になったものである。 大和路快速の車両は旅客車?で、椅子は進行方向、乗降ドアに近い先頭だけが向かい合っての4人がけとなっている。 時間は昼過ぎ、さすがに車両はガラガラ。4人がけを一人占拠と思いきや、発車寸前におっさんが飛び込んできて着座した。向かいに座ると思ったらなんとカミさんの横! 天王寺まではどうもなかったらしいが、それからが変な感じになってきた。足を組み替え組み替え、次第ににじり寄ってきたというのだ。「うっそ!」 子どもたちが叫んだ。「完全に変態やん」 うんうん。「で、どないしたん?」 ついには身体が完全に密着!「うわああー。もう最悪やん」「もうすぐ久宝寺やからと我慢我慢してたんやけど、もうがまんできずに」「どないしたん。殴ったん?」「どいてください!」 言うたった。「殴ったんとちゃうん?」「うん」「それにしても変態やわ」「そうやろ、そう思うやろ」「ほんま変態やで。相手考えてやらんと損するのになあ。ほんま世の中変な人が多いなあ」 上記は昨夜の会話を一部訂正、再現したものである。 変態と一口に言っても世の中には様々な変態がいるものである。
2004年12月02日
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最近おもしろいなと言えるテレビがなくなった。なくなったというより亡くなったという感じだ。 おもしろくない最大の理由はなんといってもスポンサーの不在。スポンサーがお金を出さなくなった。だから昔のようにお金を掛けまくっての良い企画ができなくなった。 ではなぜお金を掛けなくなったのか。不況も大きな理由としてあるが、それ以上にテレビやラジオによるCMが効果的でなくなってきているからだとか。 それはなぜか? 一億総白痴時代の象徴と賛美された、日本が全世界に誇るテレビ文化がどうして躓きだしたのか? 理由はいたって簡単。視聴者がテレビを観なくなってきているからだ。詰まらん娯楽番組に飽きた視聴者がテレビよりおもしろいもの(インターネット)を見つけたからだ。 ネット環境を持つ家庭ならどこも夜のゴールデンタイムはネットサーフィンの時間ではないだろうか? パソコンの側にあるテレビの電源は入ってはいるだろう。しかし意識は完全にパソコンに向かっているはず。テレビ受難が始まっている。ろくな企画もせず、食べ物紀行と人の不幸を暴露するだけのニュース番組などで視聴者の関心を曳こうとすること自体、無理がある。もっと姿勢を正し、真摯な態度で番組制作に取り組まないと、いつしか視聴者に見捨てられてしまうぞ! テレビや新聞がメディアであった時代は、家庭における固定電話と同様、とっくに終わっている。
2004年12月01日
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