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視点を変え、固定観念を捨て去ることで普段見慣れたものが真新しいものに見えたりすることがある。ビジネスの社会ではそれを「すきま」という言葉で表現したりする。 しかし「すきま」の多くは凡人にとって実現不可能なこともまた事実であるが、不可能を可能とする知力と想像力と探求心が備わった人にとっては好餌となる。 餌は与えられるものでも拾うものでもない。自らの足や頭を使い、四方駆け巡って掘り起こし見つけ出すものである。
2004年11月30日
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穏やかな日和である。朝からストーブを清掃した。外でごしごし洗っていると顔見知りの定退や同年配のリストラ連中が珍しいものでも見るかのように近寄ってくる。「懐かしいストーブやな」 そう、ストーブといっても年代物の「だるま型石油ストーブ」なのだ。熱を対流させるので暖まるのが早く、しかも大きな部屋(20畳)にも通用する。煮豆も焚き物もできるし、お湯などいくらでも沸かせる。鍋に水を張って置けば加湿器にもなったりもする。重宝なストーブなのだ。 実はこのストーブ、町会からの払い下げ品だ。埃でくすんでいた塗装面をコンパウンドで磨いてやると往年の光沢を取り戻した。電池を交換、着火点検も済ませた。 午後からは灯油(買いに行く)を入れ、空だきをする予定。 今年もまもなく師走、町中に賑わいを感じないのは私だけだろうか? それとも師走という言葉すら風化してしまっているのだろうか? それにしても暗い事件が多い。記事として取り上げるマスコミの姿勢もどこか変だ。死者のプライバシーに関わる、きわめて物見遊山的な、耳や目を塞ぎたくなるような恥部まで平気で公表している。いくら言論や報道の自由と言っても節制節度というものがなければただの暴露でしかなくなってしまう。心して書いて欲しいものだ。
2004年11月29日
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末娘は絵がうまい。美術コースの先生から引き抜きがかかっていることは前に書いたかと思う。本人は美術系の大学に進学したいという夢はなく、あくまでも趣味でやりたいと思っているから誘いには乗らないつもりらしい。 ところで末娘はラグビー部のマネージャーをしている。部員たちが自主的に行っている早朝練習にも参加し、筋肉隆々の男たちに混じってタッチフットやランパスに参加、最近はルールを覚えたので練習試合などでは線審を任されているとこのことだ。 そんなラグビー部で困ったことができた。部員の多くは絵が苦手、そんなわけで娘に下絵を頼んだというのだ。部員4人から頼まれたとのことだ。手を抜き、適当に書けばよいものをそれをしなかったばっかりに、職員室では、「どういうわけか、ラグビー部の1年生は絵の才能がある奴が多い」との話題で持ちきりなのだそうだ。 普通科進学校の娘の学校には伝統的に美術コースというのがあって、毎年優秀な生徒を育て、美術系の大学に送り出している。だから学校も美術の担任もそれぞれ半端ではなく、かなり力こぶが入っているのだ。 で、問題のラグビー部4人だが、進路として美術コースを薦められているという。当人たちも今さらあれは代書だったとも言えず、返答に窮しているらしい。 バレでもしたら父兄呼び出しは必至、「呼び出されたら、お父さん来てなあ」 というから、険しい顔で、「うーん、代書の罪は重いやろな。まっ、普通やったら私文書有印偽造違反やろうが、学校の授業ということから、公正証書原本不実記載罪に当たるかもしれんな?」 と、これまたわけのわからんことを言って娘を脅してやった。 してやったりだ。
2004年11月28日
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今日の大阪は木枯らしが吹いている。実は昨夜来からだった。嵐のような突風が空を切り、樹木を押し倒そうとする。挙げ句の果てにはわがボロ家にも狙いを定めた。昨夜はどうにか耐え忍んだが、どこからともなく吹き込むすきま風には参った。 今日と明日とで三つの書類を作成するつもりでいる。一件の身分証明書が未達だが、来週中には申請できる予定。 例年クリスマス前になるとイルミネーションを飾る家庭が増えていたはずだが、どういうわけか、今年に限って言えば皆無と言ってもよいくらい見かけることがない。地域的な現象なのか、全国的な現象なのか、知る術もないが、近くのマンションなどでは大がかりな電飾装置を使っていたところも散見したが、今年の冬は妙にひっそりしている。なぜだろう? 変なことで気になって仕方がない。誰か教えてください。
2004年11月27日
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昨日は娘の誕生日だった。八尾の老舗で赤飯を買い、人気の洋菓子Pでショートケーキを買った。みんなで祝うつもりで待っていたが待てど暮らせど帰ってこない。しびれを切らして電話を入れたらUSJに居るという。11時半まで起きて待っていたが帰宅せず、床に入ってしばらくして鍵音がするので時計を見ると11時50分だったが、巣立ち間近の子に諭すような言葉もなかなかみつからない。おとなしく蒲団を被り直し、ひとつ寝返りを打って眠りについた。 明日の土曜日は末娘の進路説明だ。買い物はカミさんだが学校や進路のことになると私に出席しろと指名をしてくる。 私としてはとにかくは法学系に進路を取れとは進言しているが、どうやら本人は教育系の大学に進みたい様子だ。 永いことを父親を演じてきた。家族に降りかかる矢面を一人で浴びてきたつもりでいる。しかし最近、どうも竜頭蛇尾のような気がして仕方がない。そろそろお役ご免、役を降りる時期が近づいてきているようだ。
2004年11月26日
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旅先でうっかり忘れ物をしてしまうことがよくある。特に多いのがカメラ。友人がカメラをなくしたとメールしてきたので遠い昔の出来事を思い出した。 高校二年の冬だった。岡山後楽園、倉敷鷲羽山、尾道千光寺から鞆の浦へとを巡る一人旅に出た私は初日の目的地岡山駅のベンチにカメラを置き忘れ、倉敷行きの電車に飛び乗ってしまった。気が付いたのは倉敷駅前のバスターミナル、慌てて引き返し(周遊券だったのでタダ)たがすでに無い。途方に暮れていると親切な駅員さんが、「どうした?」と声を掛けてくれた。 カメラは親父が大事にしているニコンの一眼レフ。当時私はカメラに凝りだしていて、三日三晩頼み込んで貸してもらったのだった。失うわけにはいかなかったのだ。「気が付かんかったけど、ひょっとして親切な人に拾われたら、ということもあるので、落とし物の係に尋ねててみたら」と言ってくれた。 頭はもうろう、口の中はカラカラ、引きつりながら、「あのう、カメラ、ニコンの一眼レフベンチに置き忘れたんですけど、届けられてませんか?」 やっとの思い出、声を絞り出したと思う。当時の私はシャイで内気で気が弱くておとなしかった。 かくしてカメラはあった。届けてくれた人は老婆だったという。お礼をしたいというと、「届けてくれただけで名前を言わんかった」 とのこと。旅先で出会った人との思い出はたくさんあるが、この老婆のことはカメラという詞とともに今でも私の中では生きている。どんな人だったのだろうか? 倉敷に向かう列車の車窓を飛ぶように流れ去る人や家や車の立像を魔法がかったような目で眺めながら、私は感謝の気持ちで押さえ切れぬ高揚感にどっぷり浸っていた。 親父のカメラは今も健在である。日常の撮影こそバカチョンカメラが幅をきかせているが、大事なときになると、真打ち登場とばかりに必ず登場する。主人はとっくにいなくなったが、寂しそうなそぶりも見せず、私の「はい、チーズ!」の声と同時に、重く、毅然としたシャッター音をあたりに響かせている。 父母との思い出は楽しいものもたくさんあったとはずだが、どういうわけか思い出すのは悲しいものが圧倒的に多い。そんな中にあって、私にとってこのカメラは、苦い思い出とともに得意になってシャッターを押していた親父の在りし日の姿を思い出させてくれる宝物なのである。
2004年11月25日
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気になる人間というのがいるものだ。長い間連絡が途絶えていたのでメールを送ってみた。電話で話をするほどの話題を持ち合わせていないのでメールがちょうど良い。「生きてるか?」でもいいし「元気してるか?」でもいい。短い単語だが、メールならではの奥深い味に変化したりする。 送ってすぐ「今、別府にいる」とメールが返ってきた。三菱自動車(100円)が買い時だと伝えた時、株を買う余裕もないと言っていたはず。「???」 親兄弟で旅行をしているとのこと。 リフレッシュ休暇を取っての旅行らしい。大きい会社はこれだから羨ましい。うちなどでリフレッシュ休暇など取っていたら休みが明けたら即、廃業だ。 メールの最後に前回に続いて九州で・・・、とあった。そういえば「長崎にいる」とかのメールがあった。あのときは相方のご両親のご葬儀にでも参加したのかとばかり思っていたが、旅行をしていたとは。 きょうも朝からS市へ行く。風適法の案件だが、どうにも寸法が合わないので作図ができないでいる。午後からはマンション管理組合さんから管理費滞納者に対する内容証明の件で相談が入っている。こちらは地元なので移動に時間がかからないので楽だ。三時過ぎには事務所に戻れるだろうか。
2004年11月24日
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行政書士の不祥事もよく紙面をにぎわしてますが、弁護士も負けずと劣らずやってくれますね。 で、今日の紙面を飾ったのは大阪の女性弁護士(52歳)逮捕。なんと破産宣告書の偽造したというもの。破産申立手続きを依頼した依頼人に応えるため、他人の決定正本の氏名住所宣告日を修正液で消し、書き換えたというもの。 大阪地裁では平成14年以降、債務者欄等は全てワープロ打ちになっていることから、すぐに偽造と判明したとのこと。 それにしてもどうして偽造したのかね。小説的にストーリーを作れと言われたら、おそらくは、「大丈夫、私に任せておけば破産できますから、安心してください!」 とでも太鼓判を押してたんじゃないでしょうか? 依頼人はおそらく計画的倒産を画策、太鼓判の先ののぞく報酬額に目が眩み、かなり涎を垂らしていたんだろう。で、その片棒を担ぐことになった弁護士だったが、調査が掘り下げられていくうちに諸般の状況、事情が明るみに、どうあがいても自己破産できそうにない。依頼人からは脅しと矢の催促、えいやっとばかり清水の舞台から飛び降りたって感じでしょうか? 大昔「インディアンは嘘つかない」が流行しましたが、「弁護士は嘘が命取りになる」ってことでしょうかね。いずれにしろ他人の自己破産を請け負った弁護士が事故破産してしまったなんて、マジに馬鹿すぎ、(庶民のちょっとした笑いを誘う)川柳にもならない話ですよね。 ところで、われわれ行政書士も「嘘つかない」というより「依頼者の言うことを鵜呑みに」せず、足を運んで頭を使って、冷静沈着に事実だけを拾いあげ、探り出していく、これがリスク回避には大事なことだと思って日々業務を行っております。
2004年11月23日
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弁護士が6000万着服。事務所の運営費に必要だったとか。この弁護士他にも余罪があり、そちらは7500万円とか。 普通は盗まんでしょう。金の魔力というのはかくもすごいものかといまさらながら思う。お金など(と偉そうな言い方はしたくないが)華美を慎み、病気もせずに働いていればどうにか糊口はしのげるはず。ましてや弁護士さん、われわれと違って報酬も桁が違う。 私ら貧乏人は歳は取っても人の物は取らない。そんな根性も度胸も持ち合わせていない。あの石川五右衛門はわが八尾市の南部町、金剛山系の支流である石川、河南町付近の生まれだが、盗んだ物を貧しい人にくれてやった。だから今もって義賊なのである。弁護士のベールをかぶった偽善者とは大違いだ。 昔町会で一緒に役員をしていたTさんが亡くなられた。心不全とのことである。カミさんが言うには先週整骨院であった。とても元気そうだったとのこと。享年72歳。日ごろ元気だっただけに神隠しにでも遭ったような気がする。 今日は朝からS市役所。続いて法務局へとまわり、最後は依頼者の事務所へ行く予定。午後からはエル大阪で入管の研修会がある。帰宅は夕刻だ。
2004年11月22日
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「お父さん、左目どないしたん?」 いきなり娘に言われ、慌てて鏡を覗いた。 充血もしていないし、違和感もない。「どうもしてないけどなあ?」「えっ、ほんま?」「うん」「ふーん、うらやましいなあ。三重瞼になってるやん」 三重? 指摘されてまた確認した。たしかに。左目が三重瞼になっている。 ふだんは二重だが、ここしばらくは寝不足が続いている。疲れているとこうなるのだろうか、自分ではわからない。「あんた、絶対なんかしたやろ?」 カミさんが駆け寄ってくる。「テープか接着剤か? どっちやのん?」「そんなもん使うてまで、三重にする必要どこにあるんや、アホかおまえは」 カミさん、私のめがねを外して珍しいものでも見るようにのぞき込んでくる。「左目、すっきり、クッキリしてない?」 そういえばすっきり感はあるような気もする。 で、今朝、起きてきたら、みんなが私の目をのぞき込んできた。「一本消えてる。二重や」「顔洗ったら三重になるかもしれんなあ」「ほんまやな」「あんた、はよ、顔洗い!」 もっとよく洗い。熱いお湯で洗った方が効果あるかもしれん。もっと目をこすって洗わんとアカンやろ。 言われるたびに顔を洗い直しましたが、とうとう三重にはならず。ついてはカミさんたちの飽くなき好奇心と探求心も先送りとなりました。
2004年11月21日
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五時起床。ナルを起こし、カミさんを起こし、ついでに隣のニワトリを起こす。 早起きをする理由はバスツアーに出かけるカミさんを見送るためである。ところでカミさんが不在となると掃除洗濯食事が残された者の課題となる。 掃除については私がやる、というよりやれるのだが、洗濯や食事はできない。今日は土曜日だが子どもたちもそれぞれ忙しいらしくできないとのこと。 ついては洗濯はパス、食事についてもそれぞれが調達してくることで妥協。 私は昨日、出先のスーパでニチレイの冷凍お好み焼きを三枚買い、昨夜一枚食べた。 少しもちもちする感じはあるが、味そのものは美味である。レンジで6分、チンで終わりである。ただし付属のソースはダメ、やはりおたふくソースで食べるべきである。 時間が来た。今からカミさんを駅まで送り、続きで末娘を学校まで送っていく。
2004年11月20日
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昨日の大阪は朝から雨。けっこう本降りの、肌に冷たい雨だった。 きっと名曲「城ヶ島の雨」はこんな雨だったにちがいないと勝手に想像している、大阪会の石井です。 最近、妙だなと思うことが時々ある。外から帰ってきた時や外から電話がかかってきた時などだ。「ただいま」とドアを開ける。(もっとも実生活ではこんなことは言わないが、これがないと話そのものが始まらないので)「あっ?」 お客さんの声。「じゃあ、私はこれで」 来客だと思ったら、「???」 どうやら違ったらしい。 それにしても私が帰ってきたことをしおに退散とはどういうことだ? まずは気分が悪い。「色々ご相談に乗っていただいて、本当にありがとうございました」「いえいえ。またいつでもどうぞ」カミさんがニコニコ顔で返答している。「???」 お客さんの後ろ姿を見送りながら、「誰やねん、あの人?」「誰か知らん。名前教えてくれへんもん」「で、なんの用事やったんや。相談に乗っていただいてとか言うてたけど・・・」「ああ、何でもない、何でもない」「何でもないって、どういう意味やねん?」「つまらん女の世間話という意味やん」 カミさんの友人ならいざしらず、相手は見知らぬ人だ。 実はこのところ業務が多忙になってきて、事務所にいる時間が極端に少なくなっている事情から開業以来ずっと掲げてきた無料相談の看板をはずしている。 しばらくしてデスクの電話が鳴った。「はい、もしもし、石井行政書士事務所ですが?」「えっ、あっ、まちがいました、すみません。ガチャン。ツーツーツー」 女の声。なんだか妙に取り乱している。 しばらくして、また電話。今度はカミさんが出る。「あっ、あーあーあ、はいはい、先日の・・・。いいえそんな、かまいませんよ。気にしないでください。で、どうなりました?」 うぬ? どうなりました? この後はご想像に任せます。うちのカミさんはとにかくお人好しで、駆け引きができない、損得勘定はまるで縁なし、子どもの友だちには「話のわかる、ええお母さん」ということで好かれております。男子生徒まで身の上相談に来るぐらいの母親です。もちろん、勧誘電話にも誠実に真摯な態度で受け答えすることが礼儀だと信じて疑わない女であります。 で、一昨日、とうとう犯行?現場を押さえた。「ふんふん、ええ、ええ、そうですか、たいへんですやん」いつもの長ったらしい囃子詞(はやしことば)の後だった。「うへえー、もう、そんなんやったら内容証明書かはったらどないです? 書き方?簡単ですわ! なんやったら、うちに書き方の見本、在りますってそれ参考に書かはったらどないですか? 頼んだら? それはもったいないですわ。なんでも自分でせんと。自分で書かはったらタダ、タダほど安いもんはありませんやん」 ムカつくことに、ここまで言い切っとります。 さながら、三途の川で小石を積み上げる童子の後ろから積み上げた石を蹴散らす餓鬼の如くです。おそらく、前方の敵からだけでなく、背後からも頻繁に弾が飛んでくるのはうちの事務所だけでしょう。 ところで昨日の自リ法の現地検査は合格! 一昨日は在留特別申請が(3ヶ月で)パス!(私の書いた理由書が樋口一葉バリのお涙頂戴風の名文だったからか?) で、来週早々の風俗現場検査が一発OKなら、気分はもうそれこそ「メンタンピン即一発ドラドラ」のハネ満願?なんですがね。そうは問屋が卸さない? いえいえ、そんなこと言わずに卸してもらいたいですよね。出ないとうちは正月越せませんから。
2004年11月19日
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朝から自動車リサイクル法の検査。 この業者さんは忙しいので中々清掃まで手が回らない。見た目も肝心。早めに行って清掃などを手伝うつもりだ。 ここが終わったら次はH市の業者さん。こちらの工場は賃貸物件、法務局で謄本を閲覧すると建物は未登記だった。さっそく筋向かいの市庁舎に飛び込み、調べてもらうと、固定資産台帳には記載があること(つまり納税している)が確認できたのでひとまずヤレヤレ。 午後は大阪会の代理権実務研修。途中一杯引っかけてから帰るので夜になりそうだ。
2004年11月18日
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領海侵犯をした潜水艦が謝罪をした。技術的なミスであるとからしいが、思い通りに操れないようなら外洋へは出てくるな、と言いたい。お得意の「人民の海」にでも浮かべておけばいい。 そのお隣さんもひどい対応ぶりで、こうしてみるとわが国のご先祖が取った国風文化への志向や戒律を無視した仏教界、さらには徳川幕府の鎖国政策などは案外的はずれではないのかもしれないな、と思えてくる。 国際化に国際協調、インターナショナルの時代であることは間違いないが、ひとたび国という枠の中に身を置き、そこから外を眺めてみると時代錯誤な、バレバレの利己主義が見え隠れしているから政治の世界というのはまさに伏魔殿そのものではある。 きょうは登記簿謄本を調べに出かけるだけであとは事務所でデスクワークだ。 図面を書く案件が3件、CADを使いたいと思っているが、美空ひばりのヒット曲「柔」ではないが「手のほうが早い」、覚えようとマウスをクリックするが、背中の痒いところをかけない、あれと同じようなもどかしさがつきまとって離れない。これが解消できない間は手書きの呪縛から解き放たれそうにない。 パソコンの修理ならできるが、イマイチ操作ができない。機械への興味から入った人と、その便利さから入った人の差だろう。中を空けていじったり、処理速度を速めたりすることに興味は向かうが、ソフトそのものを操る気にはなれない。「デジカメの王様」というソフトを買ったが、封も切らず本棚にある。買うとき、これは仕事で使える!と思ったのだが・・・。 自由都市文学賞の「文学フォーラム」招待券が二枚手元にあります。ご入用の方がいらっしゃいましたら直接メールをください。郵送します! 参加者は田辺聖子、藤本義一、眉村卓、難波利三氏です。 日にちは 11月20日(土) 場所は ウェステイホール(堺市立西文化会館) 時間は 午後1時30分から午後4時
2004年11月17日
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どうやら風邪をひいたらしい。朝から鼻がグズグズ、透明の水鼻がすぐに溜まってしまう。不快なので鼻をかんでいたらゴミ箱があっという間に白いポップコーンで一杯になった。 つらいので書きものをしている途中でとうとう横になった。それでも相談の電話がかかってくる。どういうわけか昨日はほとんどが交通事故だった。電話を切るのを待ってまた電話が鳴った。業務依頼があったYさんから完了に対しての「ねぎらい電話」であった。 ところでうちの事務所は雨が降ると底冷えをするのだ。どういうわけか、なぜか、そういう構造なのだ。晴れた日は日当たり良好という感じだが底冷えするのは辛い。年が明け、決算書の準備に忙しい時期になるとナメクジのように、ジンワリ足元から冷えが昇ってくる。ついては熱燗チビチビやりながら仕事を続けることになる。夜の10時を過ぎた頃にはすっかり出来上がっていたりするから始末が悪い。というのも風呂に入れないほど酔っている場合があるからだ。 クシャミをしたら、側にいたナルまでクシャミをした。ナルをのぞくと鼻の先がいつもより濡れていた。そして目と目があった。一瞬ナルの目が光ってさらに次の瞬間、「あんたも風邪?」 ナルの目がそうほくそ笑んだ。 目は口ほどにものを言うと先人は言ったが、本当だと思った。
2004年11月16日
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自動車の個人間売買取引があって、朝から南港にある「なにわ自動車検査登録事務所」へ行ってきた。通勤ラッシュと重なった上に雨が降って視界が悪い。移転登録を済ませ、先ほど帰還、電話が2件入っていた。 1件は依頼者からで、残りは在京のテレビ局であった。現代の代行サービスビジネスを探っているのだという。うちの事務所は兼作家なので当然というか文章の代筆添削なども行っている。HPを見たらしい。ついてはその件で話が聞きたいとのこと。 代筆は自叙伝にはじまり社史町史などが多く、変わったところではPTA新聞に掲載する(役員の)代筆などがあったりする。 わずか2、3枚から依頼を受けるが、一番多いのが2,30枚、これまでの最高では郷土史の500枚というのがあった。ちなみに単価は一枚2500円、枚数が増えると増えるだけ割引きすることになる。 午後からは創業に絡んで融資を受けたいとの依頼で事業計画書を作成と定款を作成する予定でいる。 実は週末の研修会で仕事ができていない上、明日は朝から夜まで(3件)出っぱなしになるので今日中に仕上げないことには明後日からの展開がひどくタイトになってくる。がんばろう!
2004年11月15日
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契約書についての研修会。午後1時から6時までのロングラン、話す方も大変なら聞く方も大変な超ロング研修会だった。 講師の小林弁護士は同志社の後輩、入学時のレベルは同じだったと思うが、「努力した人」と「努力を怠った人」との差をマジに見せつけられたような気がした。 講義についてだが、リスク意識を常に持つことの重要性を改めて痛感した。 研修はきょうも続く。振り落とされないよう、ねじりはちまきで頑張るつもりでいる。
2004年11月14日
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白雲の間にいっそう高く青い空が広がっている。朝陽が窓から差し込んでいる土曜日、通勤通学者の姿もなく実に静かである。朝陽と言えば、J・バエズの持ち歌だったと思うが「朝日の当たり家」というのがあった。高校時代彼女の歌を聴くたびに「風に吹かれて」どこかへ行ってみたい気分になった。受験勉強という束縛からの逃避、自由への賛歌であったのかもしれない。 昨日の日記には続きがあった。あったというより「できた」というほうが正しいだろう。 あのあと、末娘は早朝追試験(及第点に及ばなかった罰試験)があるとかで、家を飛び出していった(雨が降っていたので学校までカミさんが車で送っていった)食卓の上には弁当箱が残っている。末娘は教科書は忘れても弁当を忘れたことなど一度もない。「あほやな、弁当忘れるやなんて」 カミさんと一緒に笑った。 カミさんは実家(寝たきりの義父がいる)へ出かけていった。私も後を追うようにして仕事に出る。ところが肝心の書類の一部が見あたらない。時間も迫っているのでかなり焦っていた。ようやく置き忘れていたことに気づき事なきを得たが、駅まで徒歩11分、駅前の信号で財布を忘れていることに気づいた。携帯でカミさんを呼び出すが、ドライブモード。仕方なく引き返すことになった。 家に戻るとカミさんが帰っていた。財布を忘れていたことを知っていた。「いつも何忘れるんやから」 確かに。肝心な物をよく忘れる。たとえば風俗許可や車庫証明でメジャーを忘れ、建設業ではカメラを忘れたりするのだ。 夜、家族みんなにさんざん嘲笑された。飲む酒も不味い。 夜の9時頃だったか、贔屓にするクリーニング屋さんから電話がかかってきた。「もしもし、うちの店の前にお宅の奥さんの自転車置いたままになってますねんけど?」 よくあるのだ。しゃべっていてそのまま買い物を忘れて帰ってくるとか、自転車を乗り捨ててくるとか。 一同顔を見合わせドッと笑った。 してやったりだ。江戸の敵を長崎で討った心境だと思ったら、まだ次があった。なんだが焦げ臭い。肴にするつもりで湯豆腐を・・・あっ! コンロに小鍋(湯豆腐)を掛けていたことを忘れていたのだ。すっ飛んでいったらアルマイトの鍋は真っ黒、豆腐は黒こげ、ケロイド状だった。 ところでわが家はオールB型人間、すぐに怒るがすぐに忘れる、根に持たない。特に大難は中難、中難は小難と解釈する能力に優れているようで、だから悲観もしないし鬱になったりすることもない。いつも人生「災い転じて福来たる」を信じているのだ。
2004年11月13日
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今朝の産経新聞一面に、「PLO率い35年 75歳」 とあった。「PLO率が35年って何のことやのん?」 とカミさんに問われ、「ほんまやな。経済成長率でもなしな。何のことやろ?」 朝から台所の食卓に新聞を広げ、不味いインスタントコーヒーをすすり、ゆで卵を頬張り、二人してビクターの犬のように首を斜めに傾げていたら、二階から下りてきた末娘が、「二人とも何勘違いしてるん? PLOを率いて35年、ということやないのん。早とちりせんと文字はちゃんと見ること。「率」の後ろに「い」が付いてるやん」 と助太刀してくれた。「そうか、なるほど、そう読むんやった。さすがおまえはお父さんの子や、偉い!」と言うと、「ふーん、まっ、そうしとこか。けどほんまにお父さんの子かどうか、お母さんしかわからんやろけど」 朝からキツい一撃。こればかりは反論できず、うつむいて黙るほかない。 ところで、北朝鮮の不審船を沈めたあたりから日本も徐々にだが挑戦的になっているような気がする。 侵犯潜水艦については今後も度重なるはずだ。そのときどうするのか? 海洋資源の利権が絡んでいるから「泣き寝入りの日本」も後には引けないはず。いきなり領海内で武力による海上封鎖でもされたらどう対処するのか? そんなこと起こるわけがないと思っている方もおられるだろうが、天安門で自国民を戦車で踏みつぶした国であることを忘れてはならない。中華思想は今だに健在であることを忘れてはならない。 すでに靖国参拝などではかなり中国を苛立たせている。どう対処するか、丸投げの小泉内閣では頼りない感じもするが、かといって他に人材はみあたらない。 有事の際、一体誰が国をまとめていくのか? 物事は徐々にはじまり、予測もしない事態から一気に転がりだすもの。拉致問題から武闘派的な発言があちこちで台頭しはじめている。ことが人権だけに黙っていられないのは理解しているが、再選したブッシュの核開発に関する北朝鮮発言など、どうにも気になって仕方がない。唐軍の露払いを務めた新羅軍が日本でないことを祈るばかりだ。 世論は災害や経済状況ばかりに目がゆきがちだが、政治の世界も予断を許さない雰囲気になってきていることに関心を寄せ、警戒すべきである。 冗談ではなく、ある日突然「赤紙」が来るかもしれない。そんなキナ臭い時代に突入しはじめているような気がして仕方がない。
2004年11月12日
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明日から3日間研修会に埋もれることになる。研修会は新たな技量を身につける場であると同時に補強をする場でもある。研修会をスケジュールに組み込まないとついつい業務のほうが優先することになり、結果として勉強する時間がもてないのだ。それで半強制的に研修会に参加をしている。 実は土日の研修会はそれ以外に目的がある。高知の山下先生をはじめ、日ごろお世話になっている諸先生方とお会いできるのだ。一杯やりながらの語らいも楽しみなのだ。
2004年11月11日
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早いものでこの前高校に入学したと思っていた末娘が来年二年生になる。ついては今後の進路を決めないといけない。 娘の高校には国立私立に文系理系と美術コースの選択肢がある。幸い娘はいずれのコースにも進むことが可能らしい。 日ごろ、親の仕事をみているせいか、法学部に進む気になっているようであったが、美術の先生が、「素質があるから美術コースに進まないか?」とやたら勧誘しているらしいのだ。 娘は小さい頃から絵を描くことが好きだった。学校を代表し、絵画展に出品されたことが何度もある。絵そのもののうまさというよりは、一番大事な構図やモチーフの面白さというか発想の面白さがあるように思う。技量は練習で補えるが、構図の取り方や発想は感性天性のもの。こればかりはいくら頭では判っていてもなかなか身にはつかない。「そんなわけで迷っているねん」と、娘から相談を持ちかけられた。「美術やりたいんか?」 と聞くとブルブル首を横に振る。 美術は趣味としてこれからいくらでもできる。しかし学業は趣味ではできないし、それによって将来の進路が変わってきたりもするから大事であることを説いた。「それなら悩むことなんかないやろ。きっぱり断ったらどうや?」 と答えたが、その後自分自身のことを思い出した。 そういえば、俺も進路で迷ったものだ。高校生のころ、突如クラブを退部、ランボーを読み、シリトーにあこがれ、サルトルとヘーゲルで頭の軸がおかしくなっていた。 ついには作家でめしを食っていくと宣言、両親、特に母親をたいそう心配させた。 しばらく学校を休み、一日中、何かに憑かれたように本を読んでいた。寝ている時でも読んだ本の内容が頭の中で攪拌し、身体が想像力と探求心とで痙攣を起こしていた。 そんなわけだから、大学進学というよりは無事高校を卒業することができるかどうかというのが当面の問題であった。 母が生きていたらきっとこんなことを言うに違いないはずだ。「おまえと一緒で芸術が優れているようだ。しかし孫はおまえと違って親に心配はかけない。冷静に自分自身をしっかり見据えている。おまえの馬鹿が遺伝しないでほんとによかった」と。 芸術で飯が食えるようなら薦めもするが、現実はなかなかそうもいかない。芸術に比べれば、食っていくだけなら、法学系のほうがはるかに容易いはずだ。 アンドレ・ジッドが宣うた「広き門より狭き門から入れ」は人生論としては正論だと思うが、処世論としては明らかに誤っている。 人は本質的に弱い。弱いからこそ支えとしての神が存在するのだし、御仏の慈悲に帰依し、人はその恵みにすがろうとするのだ。
2004年11月10日
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また離婚協議書の作成依頼が来た。今回も男が慰謝料を請求、女のほうが支払いに応じるという形。どういうわけ? というか、聞いてみればそれなりの理由があったりするのだが、男に愛想を尽かした女からの離婚が圧倒的に多い。 今回は「焼き餅がすごく、ウジウジジメジメ嫌みを言うという。それがイヤでイヤで・・・」ということらしい。 幸い子どももいないので男の要求通りにきれいさっぱり支払うつもりだとか。慰謝料も半端な額じゃないが、きれいさっぱり、手切れ金のつもりだとしたら安いと、支払うと言いきった(吃驚) いやあ、離婚がハンデにならない社会になっていることもあるのか、最近の女性は強いという言葉を通り越し、むしろ頼もしくみえたりします。 昔、遠藤周作の小説に「私が棄てた女」というのがありました。クリスチャンらしい彼独特の視線で、公園にそっと置き去りした子猫のようなタッチで描いていました。同じく遠藤周作の(読売文学賞を取った)「深い河」でも男を捨てる女が出てきますが、今回の依頼者ほどの凄さというか迫力は全然感じない。後悔しながらも自分の気持ちを大事にしようと決意した女性の切ないまでの戒告が人をして人であることの喜びと言いますか、どこか嬉しい気分にさせてくれたものです。作者の遠藤周作がもし生きていて、昨今の男女事情を目の当たりしたらさぞかしビックリするどころか卒倒するかもしれません。だからといって「冬のソナタ」的な女性の登場を今更待望する気はありませんが、あのような純でいて、優しい性根だけは忘れないでいただきたいな、と思いました。だってそうでしょ、好きで好きで愛し合って、一緒に暮らそうという気持ちがあって結婚したんですから。簡単に嫌いになって離婚をされたんでは周り(子どもたちや親たち)が迷惑する。 まあ、男がただただ優しいというよりは、骨のある男が少なくなったということでしょう。五木寛之「青春の門」にでてくる塙五郎のような男性はもはや過去のことなのでしょう。 それにしても男は弱くなりました。ラグビー部のマネージャーをしている末娘に怒鳴られ、ベソをかいて誤る男子部員がいるくらいですから。ほんとイヤになちゃいます。 浅田次郎「月のしずく」の主人公辰夫は今時珍しいくらい性根の優しい男だが、決して弱くはない。一本筋が通っているから見ていて安心できる。ところが昨今の男は骨すらないので得体が知れない。起立もできない輩には女を娶る資格はない。男は優しいだけではダメ。腹が立ったら相手の男を殴り飛ばすぐらいの勢いぐらいは常に蓄えておかないと、これからの人生やってはいけない。 仕事も同じ。ときには拳を高くかかげ、遮二無二、さすがに無鉄砲は困るが、目標が定まったら猪突猛進ぐらいはあってもよいと、一見ひ弱な文学系だが、ガチガチの体育会系でもある石井行政書士は思います。
2004年11月09日
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古くからの商売が衰退する一方で新しい商売が興隆している。 買い物代行から部屋のクリーニングを業務とする主婦業や空き倉庫を利用したトランク業、毎月の墓参から法要供養までを受託する先祖供養業など、必要は発明の母だと言うがまさにその通りである。 人が不便を感じ、困っていると思われることを探せば商売のネタになる。ネタはそのままでも金になるが、加工することでさらにキラキラ輝きを増すことが多い。お金儲けがうまい自衛業者(自営業者ではない)は業務の傍ら、常にそうしたネタ探しをしているものだ。 これを大阪弁で言えば、「ええ商売おまへんか?」となる。 車を転がせているとロードサイドにガリバーという車会社をよく見かける。 なんとこの会社は「買取専門」を掲げている。買うばかりで売らないなら破産するしかないから、必ずどこかで買った車を売っているはずである。 通常、買うより売る方が数段難しいものだ。だから店舗では買うことと売ることを同時に行う。その方が集客面や効率面からも優れていると思うのだがそれをしない。ということはこの会社、売ることにかけては絶対の自信があるということか? そういう観点からすればガリバーの商法も新しい商売ということになる。 手品のようにネタを明かせば、「何だ、そんなからくりがあったのか」 と一笑しそうな気もするが、この「からくり」が覗けないあいだはやはり気にはなるものだ。
2004年11月08日
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昨日は支部の研修会。講師はA先生、研修は帰化申請だった。みっちり3時間、ありきたりなさわりに終始することなく、こちらが知りたい「ここだけの話や本音」をたくさん語っていただいた。 毎回毎回、講師となる先生方にはありがたいと気持ちで一杯である。ボランティアで仕事のノウハウを教えていただける業界はそうあちこちに在るものではない。「教えてもらうと思うな、盗め!」というのが世の一般論だ。そんな中にあって手取り足取り教えていただけるというのは感謝というより感激ですらある。
2004年11月07日
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音楽が楽しめて、ボイスレコーダー機能が付き、FMが受信できるというデジタルオーディオプレーヤーを買いたいと思っている。ショップでパンフレットを集め、ただいま検討中だ。どうやらRioというメーカーがリーダーみたいな感じだ。 私としては256MB、乾電池でSDカードも使え、ジャックが2本あり、ペアで聞くことができるNHJという会社の「v@mpVPー425」が気に入りだしている。これだけの機能が付いて価格は15000円というから嬉しい感じ。パソコンは詳しいですが、AV機器には疎いので、他にもご推薦品がありましたら教えてください。 ところでわれわれ現代人は騒音や雑音をはじめ、周囲に音がある生活に慣れっこになってしまっている。ときに山奥の古寺などを散策すると、あまりの静けさにビックリしてしまう。 昔は静かであることが普通だった。文学の世界もそう。静かであったからこそ、襖を押し開ける音や風にそよぐ葦の葉と葉がする寄せ合うこと音にも反応することができ、それを文字に表現することができたのだ。 遠ざかる汽笛の音色に郷愁をおぼえたり、白砂に打ち寄せる潮騒に人生をあてはめ、井戸の底に釣瓶が落ちる音や湯船で桶を使う音に人は想像力をたくましくした。 松尾芭蕉の有名な句に「静けさや 蛙飛び込む 水の音」というのがある。 それまで(王朝文学も含めて)蛙というのは常に喧しいことの象徴、代名詞であった。だから凡人には静かな蛙を訝しむぐらいの句しか思いつかないところを、池に飛び込む音があたりの静けさを破った、と表現できるあたりが芭蕉の芭蕉たる所以かと私は思っている。 週末だ。午後から支部の研修会があるし、明日は京都は宝ヶ池までラグビー観戦に出かける予定なので今日は溜まっている書きものをするつもり。2ヶ月ぶりの京都、紅葉もまもなくのことだろう。
2004年11月06日
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交通事故の案件で委任状をいただきに依頼者宅に立ち寄った。 通常は着手金は頂くが、事案報酬まで先払いしていただいた。おまけに手土産と地元の銘菓「みくりやだんご」まで頂いた。事故についてのおおよその見通しはついているとはいうものの、恐縮の至りである。 ところで行政書士の業務を分けるとすると許認可業務と民事法務に二分することができる。 許認可業務の多くはBtoBであるのに対して民事法務は極めて個人的な事案、当然依頼者の個性や考えによって成就が変わってくる。もちろん受任者である私の意見が反映することで成就となるわけだが、どういうわけか、報酬を頂く際にたいていはお菓子等を添えてくださる。こうしたとき京都風に言えば「はばかりさん」と言う言葉を添えたりする。ねぎらいの言葉で、お疲れさんどした、いうような意味に訳せば正解かと思う。 この「はばかりさん」、実は河内地方でも昔は使っていた。 ところで岡山地方で「ままかりさん」といえば旨い魚の別称らしいが、先日、大阪のとある性風俗地帯で「ママ借りさん」という店を見つけた。説明するまでもなく、名の通り人妻を相手にする店だった。 「みくりやだんご」は東大阪市御厨天神社前西の「御厨巴屋」で作られている。甘いものには特に貪欲なカミさんや娘たち、きなこをまぶした小粒の団子を頬張るなり、「うまい! どこで売ってるのん? 今度買うてきて」 と叫んだ。 箱の中には20本あった。貰った私が食べたのはわずかに1本、残りは女たちが争ってむしゃぶり食べた。 ほんと、甘過ぎもせず、口の中でモグモグ、歯にまとわりつかず、お世辞無しに、美味しい団子でした。 大阪のみなさん、よかったらどうぞ! 電話番号教えますね。06-6782-8070 御厨巴屋(みくりやともえや)
2004年11月05日
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楽天の球界入りが確定した。監督が同窓生の田尾君だから余計に嬉しい。 田尾は大阪泉尾高校の出身、有名選手(高校時代は投手で4番、無名ではなかったが有名でもなかった)にありがちなスポーツ推薦入学ではなく一般試験に合格して入学した。 なにしろ学部専攻が同じ、ゼミこそちがったが、四年間ずっと一緒だった。だから一緒に麻雀をしたこともある。 真面目な男で練習の虫だった。コツコツ技量を研鑽、3年生の時は投手で4番を打ち、学生日本代表になった。 いつも冷静沈着な(優等生的発言ばかりの)、そういう意味では実におもしろくない男ではあったが、クレバーな男だったという記憶がある。 そうだ、横浜に関西の大学野球界のエース染田君が入団するそうだ。彼も奈良郡山高校から一般試験で入学、自己鍛錬の末、技量をアップさせ、ドラフト一位の座を獲得した選手である。 うちの大学は昔からスポーツ推薦枠が少ない。教授会が合否の権限を握っているからである。ラグビー部など、部員の半数が付属校出身者で占めているが、昨年は明治や帝京を倒し、準決勝で早稲田に惜敗した。今年も鈴木君(桐蔭学園)や山本君(芦屋高校)などの一般組に加えて、鄭君、高橋君、大西君などの付属組が頑張っている。 あの長島も王もみんな血反吐をはくような練習を積み重ねたのだ。こうして考えてみるとスポーツの技量というは天から授かったものではなく自ら掴むものであることを改めて実感させてくれる。 田尾君なども現役を引退後、解説者として現役以上の活躍をしてきた。楽天の社長もそのあたりを買ったのだろう。 こうしてみるとみんなそれぞれの立場で頑張っているんだな、とつくづく思う。 世の中、仕事がないと嘆く人が多い。それは不況のせいだと言う。こう言う人のほとんどが景気さえよくなれば仕事が回ってくる、と信じている。今は何をしてもダメ、じっと我慢するしかないんだと自らに言いきかせている。 しかし不況にもかかわらず儲けている人はたくさんいる。彼らに言わせれば不況など関係ない。何もしないで耐えているだけでは何も起こらない。宗教では他力本願も正論だが、実社会では地力本願が正論。先ほどの人など、景気が良くなっても取り残されているはず。動かない人に仕事など回ってくるはずがない。 士業など肩書きだけでは食えっこない。そのあたりの事情を判っている人と判らない人との格差は想像するより大きい。テレビを観てみろ。肩書きのない人がどれだけ活躍しているか。真に実力ある人にとって肩書きなどどうでもよいこと。実力のない奴ほど肩書きに拘るのである。
2004年11月04日
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とにかく健康だ。ここ数年保険証など使ったことがない。おかげで健康保険組合から表彰状を頂いている。また来年も表彰を、と思っていたら9月にハチに刺され、瀕死の思いをした。あれで記録が途絶えてしまった。また一からだ。とほほほ。 ま、人間だから風邪ぐらいひくことはある。そんなときはさっさと床に入る。ぜったいに無理をしない。 健康サプリメント、なかでもビタミンEは10年以上前から欠かさずずっと飲んでいる。気が滅入ってきたら、外に出て歩くか、家の中を徹底的に片づける。時間があれば大工仕事もやったりする。気が滅入れば気分転換を図る以外にない。山登りなどをすれば最高に気が晴れる。 山登りで思い出した。四国八十八カ所巡り、歩いて回っている人がいる。山などがあって時には辛いが、辛ければ辛いほど無心になれるそうだ。この無心こそ、落ち込んだ気を晴らす最良にして最高の薬だと思う。 いくら無心が良いからといって、仕事まで無心じゃ、ちと困りますが・・・。
2004年11月03日
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平成16年11月1日、新紙幣の流通と運転中の携帯電話違反取り締まりがはじまった。 できたてほやほやの、まだインクの匂いがしそうな樋口一葉を飲料水の自動販売機や駅の券売に差し込み、「使えました!」と絶叫する各局アナウンサーをテレビで何度も見た。「あほか! おまえら」 当たり前ではないか。あらかじめ発行日と図案が決まっていた。流通と同時に不使用では文句が出る。その混乱を避けるため、新紙幣に関する情報が事前に識別製造業者に流されていたのだら。 貴重な電波を使って、つまらんおふざけはやめてもらいたいものだ。 電波といえば、寝屋川の陸運局の往還、警官が取り締まりのため、あちこちの交差点に立っていた。運転中の携帯通話のほうはこれからだ。シートベルト同様すぐに行き渡るはず。むしろ遅すぎるという感じがする。 今日は早朝から泉佐野市。風俗営業の現場調査とお役所(警察署と消防署に保健所、法務局)巡りだ。午前中には全て終え、午後からは踵を返して堺市へ。こちらは自動車リサイクル法の案件だ。事前調査は済ませてあるが、解体場の件で少し問題が出ていて名案を協議することになっている。 今週は水曜日が祭日なので気忙しい。時間があれば帰路、大阪市は長吉出張所に立ち寄り、依頼者の住民票をあげてくるつもりだ。
2004年11月02日
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台所の湯気の暖気や卵を焼く油の匂いが折り重なって部屋に忍び込んでくる。換気扇が盛んに回っている。 私はぼんやり薄目を空ける。窓の外に目をやって空の色を確認する。すずめがちゅんちゅん鳴き、ハトがゴロゴロ喉をふるわせている。娘が自室でステレオをかけている。 階下に降り、居間のパソコンの電源を投入する。餌をもらった愛機のファンが小躍りするかのように回転をしはじめる。この回転音に合わせるかのように私は眠りから醒めてゆく。 それにしても月曜の朝はどこか物憂げだ。お役所へ行く時は月曜日の午後から行くように、と先輩に教えてもらったことがある。機嫌が悪い時はろくなことがないそうだ。 ところで「暗い日曜日」を歌ったのはダミアだったが、心嬉しい休日である日曜日ですら暗いという人間にとって月曜日というのはどんな存在なのだろうか? 一度聞いてみたい気がする。
2004年11月01日
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