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待ち合わせ場所は雨中の近鉄今里駅。依頼者は夏に風俗の許可を依頼された方。今回は法人設立と在留資格に+事業相談。 他にも立ち寄る所ができたので車で行くことに。駅で待っているという。 近くまで行って驚いた。狭い上に商店がぐちゃぐちゃ、道真ん中を傘を差した買い物客が往来する。何という道だ。危なっかしくこと、この上ない。それでもようやく駅前へ。お客さんの車が路上に止まっている。パーキングなどない。 歩道に片側を乗りあげて指示を仰ぐが、「ここに停めといたらよろしいねんがな」「でもここ、駐車違反でしょ?」「そんなん気にしてたら今里には住めまへんで」 私は八尾の住民、今里には今後とも住む予定もない。「そうはいってもルールはルールですよって・・・」 こちらの困惑を目一杯表現する。「わしら駐禁では何回も捕まってます。罰金払うたらよろしいねんがな」 ちなみに私は18年無事故無違反者である。さらに記録を更新中だ。「えっ、そんなあ。ちょっと困りますわ。ここ出て、駐車場のあるファミレスに行きましょうや」 と願い出るが、他にも人が来る。この先の喫茶店で待ち合わせする手筈になっているとのこと。「えらい心配性ですな。センセやったら警察にも顔ききますねんやろ? 心配せんでも大丈夫ですって」 大丈夫って、どこが大丈夫? 風俗営業の申請をするだけで警察に顔など聞くわけもないが、そう思われているのだ。 この依頼者はどういうわけか待ち合わせ場所として駅前の喫茶店を選ぶ。そういえば前回のときも長瀬駅北側駅前の喫茶店、狭い路上での駐車を薦めた。 それにしても狭い。猫の額のような駅前で、もちろんタクシー乗り場もバス停もあるはずがない。 トホホホ。ため息吐息の連発。絶壁から身投げでもするような心地。いまさら踵を返すわけにもいかない。しばし目を閉じ、自らの運命を嘆いてから目を開けた。 約一時間の面談中、幼児を公園のベンチに置き去りにした母親にも似た、何とも落ち着かず、重くのしかかる強迫観念と罪悪感にさいなまれていた。
2004年10月31日
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10月もいよいよ今日でおしまい。 今月を点数にたとえるなら55点ぐらいか。及第点である60には少し及ばない。あいかわらず業務段取りのまずさがあって自分自身ぎくしゃくするところがある。このあたりを修正できれば65点ぐらいだったはず。 時間をいかに有効に使うか、ことに行政許認可業務の場合は大事である。お役所は月曜から金曜日までしか開いていない。しかも時間が夕刻5時まで。行ったとしても担当者が休暇などで不在だったりしたら、案件によっては出直しを余儀なくされることもある。 ということで相談等は土曜日か日曜日がありがたいが、急を要する場合がほとんどだから、こちらの都合通りというわけにはいかない。ネットからの相談は24時間入ってくるし、こちらも手抜きはできない。 こちらの予定通りにスムーズに事が進んだ日はなんとなく嬉しい気分になって晩酌も量が増えたりする。酒量が増えた日は読書ができないのでハムレットの心境となる。 今日の予定は午後から会社設立の相談一件。融資等が絡まないのでそう長い話ではないはずだ。 その後は事務所で(寝るまで)ぶっ通しで受験勉強するつもりでいるが、交通事故による後遺障害の相談者の方や風俗開業の方から電話があるかもしれない。不意の電話相談や来客で中断するかもしれないが、そのときはそのとき。とにかく今日と明日は受験勉強一色でいく方針だ。
2004年10月30日
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行政の申請書類、訂正があった際の処置に関しては官庁署様々で一律ではない。 訂正はすべて修正液でよし、とするのがO府なら、修正液? いいわけないやろ! と怒るのがO府警だ。書く側にとってはもちろんO府のほうがよいに決まっているが、報酬をいただく根拠となる書類ということを鑑みればO府警のほうが難度が高そうで、どこか有り難みがあって嬉しい気がするから不思議だ。 市町村によっても意識の差というか温度差というか、申請書面に対する訂正への対応がそれぞれ違ったりする。 交通事故が遭った場合、自賠責保険枠を温存するために国民健康保険課の窓口に「第三者行為による傷病届」を出したりすることがあるが、不況下の河内平野で豪奢なエンパイアステートビルを所有するH市役所では横一本線を引くだけでOKだし、隣接のわがY市では一本では足らないと二本線を譲らない。さすがにadidas(三本線)を主張する市町村に出会ったことはないが、初めての場合、こんなどうでもいいようなところで勘狂うというか、ずっこけ、戸惑ってしまう。 風俗営業許可申請の場合、かならず用途地域証明書が要る。証明する地域の地図の持参を義務づけるエンパイアH市、しかも原則として即日交付は無し、そんな冷酷冷徹な市があるかと思うと、弘法大師の念仏同様、地図持参不要の、原則即日カップ麺交付を自負する、ありがたきかなと詠いたくなるS市や泉S市があったりする。業務が立て込んでいる時など砂漠でオアシスにあったかようなありがたさで、自然と手をあわせたくなるほどの御慈悲ぶりだ。 このような些細な個人的事例をもってして官が民を愚弄していると評するのはいかにも短絡的、直情的だとは重々認識しているが、一定のレベルで統一して欲しいというのが利用者側の正直な意見、ぜひとも傾聴されたいと願うのは小職だけではあるまい。 今日は茨木市の入管だ。午後2時からは大阪会の代理権実務研修会初日が控えている。遅刻はほぼ覚悟しているがどうしても受講したい研修会である。 ところで茨木入管は9月17日、わが愛しき左足ふくらはぎが、毒蜂「くまんバチ」に刺された怨念の地、さらにもう少し京都に至れば明智光秀が土民に討たれた山崎があったりする。倉敷の白石先生に教えて貰ったアブ蜂マグナムのスプレーを二本用意、臨戦応戦体制は万端、こちらから仕掛けるつもりは毛頭ないが、襲ってきたときは、もちろん江戸の敵を長崎で討つ覚悟でいる。
2004年10月29日
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雨が降って秋が一気に深まった感がする。最低気温8度は寒い。 倉庫から暖房器具を取り出した。ストーブなどの清掃と点検はまだだが、小型電気ストーブだけはほこりを払って事務机の下に忍ばせた。日が暮れ、300W×2を点すとさすがにほっかほかだ。足温器もあるにはあるが、足を突っ込むのがどうにも面倒で、毎年、机下全体を暖めてくれるこの電気ストーブを使っている。 実はこのストーブ、なんと高校受験のときから使っているのだ。ということは30年以上も現役で頑張っていることになる。途中何度か壊れたが、そのたびに部品を買い漁っては補修をし、今もって使えている。 30年も生活を共にすればいろんな思い出が二人の間にはあるもの。そうそう、大学生の時など、下宿の畳に寝かし、網を乗せて餅を焼いたことがあったし、雨中のデモから逃げ帰ってきた女子学生の、濡れそぼった長い黒髪を乾かし、寒さと恐怖感からブルブル震える彼女の青白い唇を赤銅色の光で暖め、真白い柔い手を優しくいたわったこともあった。 結婚後は長女のおしめを乾かし、末娘の濡れた体操服を焦がしたこともあった。みんな過ぎ去った出来事だが、その時々はそれはそれで真剣であったり、有り難かったりしたものだ。 まさに愛着と思い出の一品、これからも末永く共棲していくつもりだ。
2004年10月28日
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きのうは雨中の泉州路を走っていて「観光みかん農園」の文字を見かけた。運動会の青いミカン、糖度こそ低いがキリリとした酸味がなんともなつかしい。 泉州に限らず、昔から南大阪の山麓ではミカンの木を植える農家が多い。日当たりが良いのできっとよく育つのだろう。 観光みかん園といえば思い出すことがある。子どもがまだ小さかった頃、「客の入りが悪くて困っている。入園料はサービスするので来てください」 と懇願され、知人の友人が営む農園(河内長野市)に行ったことがあった。 到着するなりびっくりした。たいてい観光用はなだらかな所にあるのが普通だが、ここのは違ったのだ。傾斜角度30度が十分ある、スキー場なら格好の斜面に位置していた。これなら客も敬遠するはずだ。 移動をするにもミカンをもぎ取るにもまずは足元の確保がまず必要という不安定さ。ビニールシートを広げ、斜面と斜めに腰を落とし、片腕はミカンの木としっかと腕組みしておかないといつ向きが変わったら安定性を失い、転がり落ちそうなのな感じだった。 私たちはミカンの木を背にし、娘たちには腰にロープを巻きつけ、さらに木に結わえた状態でご飯を食べさせた。誤って落としたおにぎりは「おむすびコロリン」どころか「おむすびゴロゴロ」、転がるたびに加速が付いて谷底へと一気に落ち込んでいく。 すぐに退散したい気持ちだったが、知人の紹介ということで、相手も甲斐甲斐しく丁重にもてなしてくれる。ニコニコ愛想をみるにつけ、なかなか切り出しにくい。結局1時間半ほど園内にいた。 次の日、手足の筋肉や筋はパンパンに張っているし、滑ったときに打ち付けた腰あたりが痛く、数日サロンパスのお世話になった。
2004年10月27日
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しとしと雨が降っている。どうしようか迷って新聞の天気予報を眺めている。 堺市と泉佐野市で風俗営業の依頼があった。用途地域はいずれもOKということなので、出かける気になっている。傘をさしての候補地周辺の探索は見落としが出そうで腰が引けてしまうが明日は寝屋川の陸運局があるし、あさっては自動車リサイクル法案件、明明後日は入管案件と大阪会の代理権実務研修会初日があって日程的には今日しかない。 ネットの予報では降雨確率80%でほぼ絶望的、わずか20%の心変わり(雲変わり)にかけるしかないようだ。
2004年10月26日
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風俗営業を営むには公安委員会の許可がいる。 厳しい場所的要件、人的要件、設備的要件をクリアしてようやく許可される。行政許認可業務の中にあっては難関な業務のひとつである。 憲法は職業選択の自由を謳っている。謳ってはいてもそこに規制がないと社会的混乱が生じてくる。自由の名の下に小学校の真ん前にソープランドができたらそれこそ大変だ。社会経済的には規制緩和は必要だと思うが、風紀や善良な風俗を維持するには規制が必要となる。排ガス規制もそうだし、リサイクル法なども同様だ。 風俗営業で開業希望が多い麻雀店はパチンコ店などとともに風適法の7号に該当する。風俗営業の中にあっては比較的開業費用が少なくて済む(そうはいっても遊技機価格から逆算すると最低でも5、600万円は要る)のでブームにかかわらず人気がある。 一旦設備投資をしてしまえばあとは追加投資がほとんどない。そうしたことから客の入りさえ当初の予想より間違わなければなんとかなるようだ。貸卓・時間500円として×4名だから2000円。平均遊技時間を5時間とすればそれだけで1万円。十数坪の店なら卓が4台、一日稼働すれば・・・・・というように結構商いとしては成り立つ場合が多い。 問い合わせがあるたびに地図を広げる。市町村の都市計画課に出向き、用途地域を確認する。病院があれば管轄保健所で有床の有無を聞く。付近に点在する学校や養護施設との距離を測定、許可基準値と確認したりする。残念なことに予定地の多くが不許可地域。別物件を探しましょうよ。ということになる。 とにかく許可基準が厳しい。しかし逆に言えば競争率が低いということ。地図を広げ、くまなく探せば誰も気づいていない最適地が見つかるかもしれない。ご相談があるたびに地図とにらめっこの日々だ。
2004年10月25日
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交通事故の相談が多い。人身事故だけでなく過失割合や修繕費用、さらには格落ちに関する相談も結構ある。 中でも事故によって評価が下がってしまう格落ちはオーナーにとっては実に頭の痛い問題。理不尽さもいいところである。 だいたい対物に関して(人身もそうだが)は保険会社の対応はすげないことが多い。「だってそれだけの値打ちしかないもの」「原状回復義務? いくらなんでもそれはちょっと無理でしょう。とにかくうちがだせるのはこの額まで!」 まずは根拠となる資料を要求する。数字が出せて元になる根拠資料が出せないはずはないからだ。もしあったとしたら式のない答えがあったら手品だ。 泣き寝入りだけはしない! 納得いくまで争ってみる。しかし感情論でものは言わないこと。冷静になり、事故現場に立ち戻り、どんな些細なこともおざなりにせず、傷の箇所を精査し、しっかりと資料等を取りそろえ、主張の正当性、数字の妥当性を立証していく。 あと、過失割合では徹底的に証拠証明主義を貫くこと。 保険会社や警察の「この事故では、だいたいこんな感じですよ」などという思いつきの推論には絶対耳を貸さないこと。 これが物損事故に遭遇したときの鉄則です。
2004年10月24日
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事業を始めようと思うのだが相談にのってくれるか、と友人から電話があった。燦めくほどの経歴を持つ男だが、本体(会社)が倒れてからはどうにもならないようだ。何をやっても失敗ばかりで虎の子もとうとう底をつきそうだという。 人の話を謙虚に聞けない人は何をやってもダメだ。友人もそうだった。私の忠告など、まるっきり聞こうともしなかった。プライドを持つことはそれはそれで大事だと思うが、友人の場合はそれ以上に、自分はできる男なんだ、という自信がありすぎるのだ。 電話口で、おまえは裸の王様だ、と言ってやった。何でもわかっているつもりのようだが、実際は何もわかっちゃいない。謙虚さがない奴の相談にのるのは時間の無駄だ、と突っぱねたが、どうしても話を聞いてくれと言う。 来週中には会うことになった。おそらく100%、この日記を読んでいるはず。だからこそあえて言う。性根を入れ替えろ。そうでないと何をやってもダメだ。おまえにはそもそも感謝の気持ちというものがなさすぎる。 文句があるなら、会ったときではなく、今即刻言え! そして会うことを拒否しろ。俺は忙しいのだ。 仏もたまには腹が立つ。気分を害した方がいたら許してください。
2004年10月23日
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このところ毎日のように内容証明を書いている。 以前は居ながらにして出せる電子内容証明を重宝していたが、インパクトというか威光というか、イマイチ迫っていくものがないような気がし、今は赤い縁取りのある紙をプリントアウトし、受付局へ持参するようにしている。肝心の効果のほどだが個人相手には電子にはない重みがあるような気がする。 限られた文字数の中、いかに的確にこちらの言い分を伝えるか、こういう観点から考えると内容証明というのは文章修行にはもってこいかもしれない。 あるときは快刀乱麻、泣き落とし、説得調というように、人の業や性や情という手段を用い、最終的な目的を目指す、生かすも殺すも文次第という、刹那主義にも似た勢いでもって相手に訴え、迫ってゆく。相手に息つく暇すら与えず、執拗にして時には狡猾に追い込んでゆく。 当然、締めの言葉は相手の素性や問題の性格によってそれぞれ違う。一気に押し込む場合もあれば、その後の展開を想定して手を緩めることもある。このあたりのさじ加減は書き手の冥利に尽きる部分である。 いくら計算し尽くしたものでも、こちらの思うようにならない場合だって当然ある。そんなときはどうするか。予定通りというかシナリオ通りに次なる手段を実行するか、模索することになる。再度書く場合もごく稀にはあるが、たいていは次の手段となる。警告しても耳を貸さない相手には痛い目にでもあってもらわなけらばわかってもらえない場合が多いからだ。 きょうは地元の環境整備課へ行く。地元市には公害に関する厳しい条例があって新設事業者からその申請を依頼されているのだ。申請料は事業所の規模に応じて計算、今回は13000円。なんと印紙等ではなく現金で支払うことになっている。
2004年10月22日
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聞けば大阪(泉佐野市)に台風23号(トカゲ)が上陸したというではないか。泉佐野市とわが八尾市は直線距離で50キロあるかなしだが、昨夜9時半過ぎから数分ほど空を切る鋭い風の音を耳にしただけでトカゲは去っていった。ありがたいことである。 大阪で戦禍を免れた例としては、織田信長が八尾の久宝寺周辺を不戦闘地区とし、あの大阪夏の陣や冬の陣でも徳川は久宝寺周辺は不戦闘、不可侵地区に指定した。当時は武士にも拮抗するほどの勢いがあった安井一族が当地を支配していたからだが、あの河内音頭発祥の地である常光寺などは徳川家の相談役金地院(字をド忘れ)崇伝の寵愛を受ける寺だったこともある。 いずれにしろトカゲが去ってやれやれだ。 地震や台風とこのところ自然災害が増大している。損害保険会社も支払額が急増しているらしい。また保険金アップがあるかもしれない。 きょうはまたH市。このところどういうわけかH市がらみが多い。車で走って10分あまり。近場の仕事は無駄な時間がないのでありがたい。お客さんとの待ち合わせには絶対遅れないよう、早めに出て近くのコンビニやファミレスで時間待ちをするのが常。ついては文庫などを持っていく。業務が忙しくなってくると業務以外の本を読む機会がぐんと減ってしまう。致し方ないことだが、数日も続くと何か空虚な気持ちになってくる。 自分は時間をうまく使える人間だと思っていた。つまりもっと要領の良い、段取りのできる人間だとばかり思っていた。しかしそれはちがっていた。要領は悪いし、段取りもできない。ひとつのことに拘泥し、その間は他が見えない。時間を割くこともできず、結局は長時間、無駄働きをしている感じだ。 毎日机の上を片づけている。前の仕事の残滓があちこちに残っていて、片づけないととてもじゃないが次の仕事ができないからだ。幅150センチの机だがどういうわけか整理できていない。まずはメモ書きや走り書きの類が散らかっている。ネットから取った資料は束になって積み上げてある。どっから手をつければいいのかわからない。収納すればなおさらわからなくなる。 トカゲは去ったが机の上の散らかり具合は台風のそれと変わらない。毎日台風が襲来しているかのようである。いつになったら納得のいけるような片づけができるようになるのか。いくら天を仰いでもこの台風だけは消えてはくれない。
2004年10月21日
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トカゲとかいう名前からしてイヤらしいあだ名がついた台風がやってきている。四国沖を北上中とのことで昨日から大阪でも雨が降っている。 朝から車庫証明申請でH警察署へ行ってきた。大和川を渡橋中に突風が吹き、一瞬だがハンドルが取られた。午後からは2件、相談者が来られることになっているが、速度を早めて紀伊水道あたりに上陸でもしたら面談どころじゃない。恨めしい秋雨である。 先日柏原市のYさんに報酬を頂いた際、「鶴屋吉信」の菓子折をいただいた。甘党好きのカミさんが一番喜ぶ贈り物だ。仏壇に供え終えると真っ先に封を切っていた。 きのうはたくさんいただく日だった。土地売買詐欺にかかったS老人からはサツマイモと手打ちうどん、出張で北海道に行っていた甥からは六花亭の「マルセイバターサンド」、変わったところではGさんからは要らなくなったハードディスク20Gを頂いた。バックアップ用にもってこいの容量である。台風情報を気にしながら今からデスクトップの空きスロットに取り付けるつもりだ。
2004年10月20日
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悪徳商法の相談を受けた後、「客即是金」という四文字が頭に浮かんだ。もちろん造語である。 そういえば浮気癖が直らず年中夫婦喧嘩が絶えない友人が「色即是空」のことを「色即是金」だとうそぶいていた。 確かに。三人も色(女)がいれば馬鹿のいうこともまんざらわからぬでもないような気もする。 ひとりが買えば、じゃあ、わたしも買う。あんたが買うならわたしも買わな損だと言わんばかりだ。 おまえら損得でものを買うな、と男としては声を大にして言いたいが、言ったら最後、仲間はずれにするから女は怖い。江戸のかたきは長崎で、なのだろう。やたらと執念深くてこれが男にはいやに堪えたりする。 ところで「南無阿弥陀仏」の六字もすばらしいが、実はこの「色即是空」ほど含蓄を含んだ四文字熟語も少ない。「色即是空」とは、この世に見えるもの、存在するもの(つまりは色のあるもの)は全てわれわれ人間が作り上げた幻影幻想であって、もともとは何もないもの(空)なのだという意味だと私は解している。 つまりは悟りきった諦念とでも言えばよいのだろうか。財産の得失や人の生死など、元々からして空(何もない)なのであるから、惜しんだり悲しんだりする必要もないのだよ、という考え方なのである。 この四文字がすごいと思うのは仏教(観念論)が唯物論を全面的に肯定していることだ。 他者を排斥し、絶対神としての地位を確立し、人はその僕になることによって救いを授けた西洋の宗教に対して、釈尊のすごさは誰とでも並列的であり、他の如来の存在を認めたことにある。 そんな崇高な「色即是空」を肝に銘じながら、行政書士の仕事を考えた場合、残念ながら「書即是金」であったり、「筆即成金」であったりする。 人の多くはどんなに立派な思想や名言よりも明日を保障するパン(金)こそ真実であり、生きる、生きた証であり、糧なのだ。 われらのような貧乏書士も例外ではない。困っている人は真っ先に救いたいが、自らの救いがまずは先なのである。時として忸怩たる思いをすることこともあるが、もう若くはないので格好ばかりつけてもいられないと冷めている。
2004年10月19日
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きのうは隣接する陸上自衛隊八尾駐屯地において創立記念式典が行われ、好天にも恵まれたせいもあってか、早朝からたくさんの人がやってきた。戦車を楽々運ぶ大型ヘリコプターの編隊が空を舞い、休日の朝は騒々しかった。カミさんが長姉と連れだって会場内の模擬店でポトスとドラセナの小鉢を買ってきた。「こっちは事務所の机の上にどう?」 そういってドラセナをくれた。ポトスはトイレに置くのだという。蔓が伸びてくれば飾りになりそうだとか。 義父が、テレビを買い換えたいが最近の機械がわからない。ついては代わりに選んで買ってきてくれというので近くの大型店へ行った。 値段はいくらでもいいから最新型のを買ってきてくれ! と言われているが、染みついた貧乏性はこんな言葉ぐらいでは抜けるものではない。帯同したカミさんに、「こんなんでどうやろな?」 と問いかけるが、そもそも、液晶とかデジタルとかプラズマとか1ビットとかがわからないから私の問いかけにも答えようがない。 結局売り場から義父に電話。「5万違いますが、どうします? 安い方でも良いかなと僕は思いますが・・・」「5万円の差ってあるんか?」「あるにはありますが普段使わないような機能ですから」「でも使うこともあるやろ?」「まっ、そうでしょうが・・・」 結局は高い方を買うことになった。まけてもらって43万円だった。おまけのポイントが10%もついた。うれしいお駄賃ではあった。 ようやく「冬のソナタ」を見終えた。そしてチェ・ジウのファンになった。来年の事務所の貼り付けるカレンダーはチェ・ジウで決まりだ。さっそく買うことにするつもりだが、まだ確認はしていない。きっとたくさん売ってますよね? これからネットで検索してみることにします。
2004年10月18日
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小説の生原稿が届いた。知り合いの娘さんが書いたもの。名門私大の学生だとか。卒業を控え、希望の就職先にもいけないので、しばらくは好きな小説でも書いて、運が良ければ受賞し、文壇で食べていけたらいいのだが、とのこと。 知り合いが言うには、子どもの頃から作文がうまくてね。いつも褒められてたんだとのこと。 原稿はきのう地下鉄車中(約40分乗車)で読ませていただいた。 A4のコピー紙に30枚ぐらい、ビッシリ文字が埋まっている。しかし段落というのがない。まずは「?」と思った ***家の前で明らかに人相の悪そうな中年の男が立っていた。佐知子は、はっとし、変な胸騒ぎをおぼえた。 *** 滑り出しからしてこれだった。ミステリーだそうだが・・・。荒っぽい。基本がわかっていない。一気に興味が失せた。描写という意味がまるでわかっていないのだ。手厳しいが、あとは読まなくともおおよその見当がつく。パラパラめくって読み終えた。 学校で先生が教えるのは、 「思ったことを、感じたままに書けばいいのよ」だ。 これができないから人は文章を書くのが苦手なのだ。書ければ苦労をしない。逆に言えば、書いたことがない先生だから、そんないい加減なことが言えるのだ。 運が良ければ、とのことだが、運は実力があってこそのもの。描写もまるでわかっていない書き手がまぐれで受賞をすることはよほど展開や視点が特許的なまでに新鮮で、拙い文章力を圧倒的に凌駕するほどにも興味深いものでない限り絶対にない。 まずプロの小説を解析するぐらいの気持ちでたくさん熟読すること。そしてうまい部分や下手な部分がわかるようになれば少しは上達したと思っていい。書くのはそれからだ。 それをしないと時間と紙とインクを浪費しているだけ。書いているんだという自己満足は得られるとは思うが、肝心の小説は絶対に上達しないはずだ。
2004年10月17日
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列島各地でクマが出没、里人は大騒ぎだ。麻酔銃で寝かし、山に返してやる村もあれば、射殺してしまう町もある。元々は人間が彼らの生活の場を侵害し、さんざん荒らした結果だと思うのだが、そんなことは棚に上げ、食べ物探しに山を下りてくると、おまえらは出てくる場所じゃないとばかり追い返してしまう。 共生できるような環境は作れないものか。野生の動物との共生こそ、繁栄の名の下に次々と環境を破壊してきたが、これではダメだと猛反省をしはじめているこの時代の最大問題だと思うのだが。その是非は今後の世評を待ちたいが、いまところどこも(マスコミ)クマ退治には肯定的のようだ。 小説でクマといえば川上弘美のデビュー作「神様」だろう。 山でクマに出会ったのである。 クマがにっこり笑って話しかけてきてくれた。 クマと遊園地に行って昼ご飯を一緒に食べた。 身近な動物を人間として登場させ、人を食ったような話を展開する。これは彼女特有の手法である。フランスのF・ツーサンを真似ているように思うが、模倣も立派な技法。そんなことはどうでもいい。問題なのは彼女風に書けば今後クマがどうするかだ。 彼女は筒井康隆が主催していたパソコン通信「パスカル文学賞」を「神様」で受賞、その後雑誌文学界に掲載された「蛇」で芥川賞を受賞した。 「冬のソナタ」10,11,12,13,14を一気に観た。寝不足もいいところだ。理由はないがあえてコメントは避けたい。
2004年10月16日
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仕事柄いろんな人が書いた文章を読む。最近ではお客さんの自叙伝が圧倒的に多いが、小説家で「うまいな」といつも思うのは三浦哲郎である。 とにかく言葉にムダがない。押しつけがましさもないからすんなりと入ってくる。この人の書く短編はどれもこれもいけるので、ぜひ読書の秋、一冊ぐらいは読んでみてください。「自然薯」などがお薦めです。 明日は契約書の作成依頼で遠出をする。そこで今日は一日事務所で自賠責請求書2通、申請書1通、自動車リサイクル法の作業所作図をするつもり。先方さんの都合次第だが、ひょっとすると昼から来客があるかもしれない。 庄野潤三さんの名作に「プールサイド風景」というのがありましたが、ここいらで私の机サイド風景をご紹介しますかね。 私の机は両袖付で幅150センチあります。結構広いのだが前部には本棚とレターケースが伸びているので、実際のスペースとしては思うより狭い。書類書きは資料等を広げながらの作業になるので、すぐに紙がてんこ盛り状態になってしまう。 そこで書きものは自然と入り口の面談カウンターですることが多くなる。 カウンター幅180センチ、深さ70センチ上を目一杯使って資料等を広げまくっている。目線には磨りガラスタッチのテーピングを施しているので外からは見えないが、少ししゃがめば仕事の風景が丸見えだ。子どもなら立ったままでも私が丸見えになる。 以前にも書いたと思うが、わが事務所はバス停前にある。 子どものすることは今も昔もそう変わらないようでたいていの子は時間待ちの暇をもてあまし、ドアガラスをズック靴でとんとん蹴ったりする。 そんなときはすかさず「メッ!」とばかり眉をひそめ、口をへの字に曲げてやる。すると「アッカンベー!」をする子がいるかと思うと、悲しそうな、今にも夕立が降ってきそうな顔をする子がいたりもする。こんなところで泣きだされでもしたら大変だ。にっこり笑い、親指を耳に突っ込み、びらびらやって愛想を振りまくことになる。親が見ればさぞかしおかしな、へんてこりんな行政書士に見えるかもしれない。 こんなシーンを、泣く子も黙る怖い怖い綱紀委員会にでも見つかれば、行政書士の品位を落とす行為とかで警告を受けるやもしれぬ。みなさん、後生ですから密告しないでね(笑)。 昨夜は「冬のソナタ」5,6,7,8回を観た。長女と三人だ。次女は試験勉強で今回は全く観ていない、というか見向きもしない。食事とトイレ以外な自室に籠もったきり。生きているのか死んでいるのか、寝ているのか、全くわからない生活を送っている。 「冬ソナ」に関してつべこべいうな!というお叱りの声を聞く。所詮は娯楽ドラマ、つじつまが合わなくても面白かったら(インタレストという意味ですが)それはそれでいいじゃないかと考え直すことにした。 ユジンが良いですね。奥二重だが、運命のいたずらに翻弄され、行き場のない苦悩漂う感じがとてもいい。今の若者はもう少し派手な顔のほうがよいのかな? 彼女は私らの世代が好みそうな、ひと昔前の美人ですかね。 ところで韓国戸籍法では記憶を喪失したら名前まで変えるんですかね。聞いたことありませんが(ほら、またつべこべ言う)。河内地方では畑の肥だめにはまったら改名するという風習というか、そういうのが私の子どもの頃までありまして、叔父など本名以外に通称を持っておりますが・・・、えっ、ヨンさんと一緒にするなって? どうもすみません。 ところでドラマ観ていて、ふと思ったんですよね。「ひょっとすると俺もどこかで記憶喪失したんじゃないか」って。 だってそうでしょ(たしか奥二重だったのがいつしか一重になったりしてますし)ユジンだとばかり思っていたカミさんがユジンじゃなかったんですから。 いずれにしろ、ユジンはいい女ですなあ。
2004年10月15日
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きのうは朝からH市役所建築指導課へ。監督庁が大阪府だと思って府に問い合わせたら、H市は今年の4月から特定行政庁(建築主事がいる市町村)となったとのこと。 大和川を越え、車を走らせ約10分あまりで庁舎へ。ここは住民票が100円で交付される近隣では最安値のところ。安いからといって食べるわけにはいかないが、O市やY市の200円から比べるとなんと半額。住民のためにはいいことだ。 自動車リサイクル法の絡みで住宅地で開業されている中古車屋さんが解体業許可申請を依頼して下さったのだが、住宅地ということは工場規制が有るなあ、ということになって調べているのだ。都市計画課で調べると準住居、やれやれひとまず安心、次に隣接する指導課窓口へ。 資料を交え親切丁寧にご指導頂いた。何とかクリアできそうだとの感触を得て、一旦事務所に戻る。携帯にメール相談が入っていたのでパソコンから打ち返す。食後、今度は北のH市役所へ。大不況中小業者がひしめく河内平野のただ中に、ひときわそびえる官の象徴H市役所(エンパイアステートビル)。15階で用途地域証明をいただき、2階の国民健康保健課で「第三者行為の傷病届一式」を頂戴、その後第二寝屋川を渡橋し、依頼のあった交通事故の現場で測定、カメラにおさめる。 次が近鉄Y駅前にあるY病院、依頼者が通院する病院だ。会計の窓口で用件を述べ、承諾をいただく。 最後が宅建業協会Y支部。開業手続の相談。府の申請とは別に、保証協会を利用する場合は協会の所轄支部のほうから2名の同業者推薦者が要るのだ。大まかな流れを聞いて書き留める。 事務所に帰ってきたのが午後4時前。得意先からの電話が2件。あとパソコンをのぞくと新着のメール相談が3件。こちらはいずれも交通事故案件である。一件は最初に相当の相談料をいただいている方からだ。過失割合がどうにもうまくいかないのだ。 夜、電話での相談(またしても交通事故)を終え、9時前になってようやく「冬のソナタ」のビデオを回す。今夜のギャラリーはカミさんと二人。2,3,4回を連続して観た。 ひとことで言って交通事故あたりにかなり無理がある。 遅刻に厳しい学校(当然風紀も厳しいはずだし、親との連絡も密のはず)で生徒が交通事故に遭ったのにその生死を明確にしていない。 生きているのか、死んだのか、ハッキリ報告する義務があるのにそれをしていない。映像ではごまかせても、本ともなればこのあたりがなんとも苦しいだろうなと思った。 生きているとわかればおそらくユジンもアメリカまで追いかけたはず。そうなればこのドラマにはこの先が生まれないことになる。この場面は目をつぶって見逃すことしかないようだ。切れたテープをつなぎ合わせ、つじつまが合わない個所から続きを見せられているかのようでどうにも引っかかるが我慢することにしよう。 今夜は5回目からだ。
2004年10月14日
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話題になっていた時はほとんど見ていなかった「冬のソナタ」、長女がビデオを借りてきたので家族みんなで昨夜から腰を入れて「冬のソナタ」を見はじめた。 第一回「出会い」、終わりに伏線があった。右側を引きちぎった二人の写真と、元の三人写真。終回前で兄妹だとか兄弟とか騒動を起こすための伏線である。 この伏線を見るかぎり(というか物語を作る側としては最初から最後まで見据えて作るのが鉄則なのだが)、悲劇で終わることを想定していたに違いない。 で、今日は二回目だ。 テレビドラマは先がすぐに読める。時間の制約があるからだ。多分こう言うやろな。次はこんな場面が出てきてこういう会話があって、そして・・・。 変に先が読めるから黙っていられない。かっぱえびせんみたいに饒舌になってくる。 すると家族みんなが、「お父さんは、すぐ先を言うからおもしろない!」 と口をへの字に曲げはじめる。 ワイワイガヤガヤ、わが家の秋の夜長は「冬のソナタ」一色に染まりそうだ。
2004年10月13日
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安珍清姫の物語で有名な和歌山県御坊市にある道成寺で420年ぶりに釣鐘が里帰りしたというニュースが話題を呼んでいる。 御坊市は亡き母の郷里だ。母の生家は道成寺とは違って海岸沿いにある。同寺からはけっこう離れているが、普段はあまり話題のない町だけに、さぞかし町を挙げてにぎやかなことだろうと思う。 日曜の夕食時、テレビで寺の模様が映し出されていた。「安珍が隠れたという鐘にしてはえらい小さいやん。もっと大きいんかと思うてたわ」 ぼそりとカミさん。 婚約を破棄した安珍に怒った清姫は蛇に化け、鐘の中に逃げ込んだ安珍に口から火を放って焼き殺してしまう。どこで仕入れてきたのかカミさんが得意気になって説明をする。ギャラリーは私と末娘。 カメラが里帰りした鐘をクローズアップで捉えている。「えっ、これってほんまもんの鐘?」「・・・・・」 夕食は焼き肉。プレート上の肉がこんがりと焼きあがっている。私と末娘は食べることに専念。「火を浴びたわりにはきれいな鐘やね。普通なら傷だらけやろうに・・・」「あん????」 二人の箸が同時に硬直した。「火を浴びたって?」 末娘がぼそりとつぶやく。「えっ、あんたこの話知らんのん?」「お母さんの説明は聞いてたけど・・・」「安珍清姫の話はほんまにあった話やねんで」「ほんまかどうか、わからんやん」「あんたなあ。なんでも疑うのは悪い癖やで。ほらこのアナウンサーさんも説明したはるやろ、清姫が大蛇に化けて・・・」「口から火を吹いたってか?」「そうや。口から火を吹いてやね・・」 私が横から口を挟む。「口から火を吹くはずないやろ」「あんたまで何言うてるのん? ほんまの話やって、これは」 人間が蛇に化身し、口から火を吹くという、火星人の存在より可能性のないことをマジで信じ切っているカミさんを説得するのは並大抵のことではない。 その後二人して医学的、科学的な根拠を提示しながら説明した。わかったそぶりを見せてはいたが、果たしてどうだか? なにしろあの映画「ET」に出ていたETをいまだ本物だと信じて疑わない人間であり、あのゴジラも北極海で生きているし、モスラも南海の孤島で生きていると信じて大きくなった人間である。 それにしてもカミさん、持論に反論、盾ばかりつく私や末娘のことを、「ひょっとするとバルカン星人ではないか?」 とマジに疑ってそうな気もする今日この頃である。
2004年10月12日
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七転び八起きというのがある。ダメでもダメでもあきらめずに頑張ればいつかは成すという意味の諺だと理解している。 また見る前に飛べというフランスの諺があって、両方を合体させると最高の励まし、応援歌になるはずであるが、そうはいかないのが世の常だ。 七転八倒というなんとも壮絶にして救いのない四字熟語があったりするし、捕らぬタヌキの皮算用、浅い川も深く渡れというように、「一体どっちやねん!」 と言いたくなってくる。 いずれにしろ考え出した人、言い継がれてきた歴史の中で的を得ている場面や状況があったればこそ今日まで生き延びているのであろうが・・・。 ポスト構造主義の大家が亡くなったそうだ。哲学は一般社会で語られることが少ない学問である。おそらくは幾多有るアカデミックのなかでも一番庶民とは縁遠いのではないだろうか。しかし本当は一番身近なところに在る学問である。なぜなら人間のことを究極まで問いつめる学問、それが哲学だからだ。宗教学も文学も芸術学も政治学も建築学も電気学も法律学もすべて例外なく哲学上で存在する学問なのである。 「なに? じゃあ犬もそうですかって?」「そうです。犬も唯物論的に言っても観念論的に言っても、哲学上に存在する、立派な生き物です」 今日は良い天気。こんな日は仕事を忘れ、戸外に出て思いっきり秋を楽しむにかぎりますね。
2004年10月11日
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今日は地区の市民スポーツ祭。早朝からテント設営でかり出される。数日来の雨でグランドの状態が悪い。走っていて泥濘に足を取られ、滑る人が多発しそうだ。 携帯用のページをこしらえた。まずは交通事故専科 http://www.office.zaq.jp/ishii/jiko-i.htm がアドレス。 先日、本家(事務所HP)と分家(交通事故専科)が同時にヤフーに登録され、アクセスが倍増している。今後ますます増加すると思われ、それと比例して相談も増すものと思われるが、こちらの処理能力がどうにも脆弱で、ご迷惑を掛けそうだ。 今日と明日はこれまで溜まった書類をひたすら書くことに没頭するつもりでいる。 取りたい資格の試験のこともあって受験勉強もしないといけないが、この調子ではなかなかその時間も取れない。 事務所の窓から木漏れ日が射し込み、隣家の柿の木が見える。黄金色の柿の実についばむ小鳥たちが喧しい。わが家のナルも朝から寝そべって、おそらくは夢をみているのだろう、柔和な顔をしている。 カミさんは朝から美容室、午後からは友だちと会い夕食を食べてくるとか。食卓の上にはナルの缶詰と私の缶詰が並べて置いてある。どちらもビーフ味、はがし忘れたプライスをのぞくとナルのほうが高い。高齢犬用で栄養等に配慮がされているから高いのだそうだ。 長女は寝室、次女は中間試験で机の前。バス通りに面しているが休祭日は交通量は少なく実に静か。ときおり爆音を響かせて車が通過する以外、物音もしない。 こんな状況下で仕事をしているといかにも仕事がはかどりそうな気がしてくるが、眠気もそれ以上に襲ってくる。 ごはんよと 呼ばれていったら ナルだった
2004年10月10日
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台風の影響で朝からずっと雨。こんな日はぐっすり昼まで寝るに限る、がそうもいかない。 子どものころ、雨音を聞くとなぜか気分よく、ぐっすり眠れた。雨が好きだった。雨滴がしたたる草木の中で雨蛙が飛び跳ねていたり、どこからともなくカタツムリが這い出してきたりし、嬉しかったものだ。 女優の高橋洋子が「雨が好き」という小説を上梓したことがあった。女優さんとしてファンだったので買って読んだ記憶がある。高橋洋子といえばお遍路の映画で(題名は忘れた)デビューをした。当時まだ高校生だった。その後、「アフリカの光」にも出ていた。「アフリカの光」は丸山健二の秀作。萩原健一と田中邦衛の共演で映画化され、そこそこ話題になったものだ。アフリカの目指す都会の若者が渡航費用を稼ぐために北海道でイカ釣り漁の船でバイトをする話。夢ばかり大きく、到底実現しないもの、未知への過大なあこがれ、ベ平連、イージーライダーが流行った時代、そんなまやかしめいたものがこの映画にはゴミくずのように押し込まれてあった。 若者の夢は散華するのが常だが、ライブドアや大学生創業者の例に見られるように、近ごろの若者のそれは開花することも不思議ではない。実に良い傾向だと私は思う。
2004年10月09日
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プロであってもわからないことはある。そんなときどうするか。まず書物を繰って調べる。それでもわからなければネットで検索(あまり信用出来ないが)、最終的には当局へ。とりあえずは電話で匿名でそれとなく聞くことになる。「あの○×のことでお尋ねしたいのですが」「○×のことですね。はい、係と代わりますので・・・」 しばし待つと、「ハイ、△×課ですが」 あっ、先日の△■さんかも? 声がよく似ている。「お忙しいところ相済みません。実は○×のことなのですが、・・・であった場合、・・・であると解釈してよいのでしょうか?」「あん?・・・まっ、そういうことになります、が? あれ?」 最後のあれ? でバレたと思った。思ったからそのあと饒舌になった。「ありがとうございました。それではそのように解釈、今後の手続き・・・」 言い終えてからすぐに電話を切るつもりだったが、できなかったら案の定、「失礼ですが・・・、もしかして行政書士さん? あっ、石井さん、じゃないですか?」 最初からバレバレなのである。 それにしてもイヤなものだ。今度から電話する時は鼻でもつまんでするしかない。 そもそも匿名希望はわけがあっての匿名希望なのだ。そのあたりの事情を理解、わかっていても、そ知らぬふりをして対応してくれるのが(武)士業の情けというものだと思うのだが、そんな変化球に気づいてくれない、正直実直な役人も困ったものである。
2004年10月08日
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本家(石井行政書士事務所HP)がヤフーに登録していただくことになった。嬉しい限りである。何度か挑戦していたが叶わず、そのたびにHPを工夫更新してきた。今回もダメ元という感じだった。 登録されたことで新たな心配が生まれた。現状の事務処理能力でもって果たして今後予想されるアクセス数の増加や相談数の増加に応じることができるのか、ということだ。正直なところ不安である。 HPの作成には当人のセンスが大事である。文字ばかり(私のHP)ではそもそも読んでもらえないし、装飾など格好ばかりで中身がないのはすぐ飽きられてしまう。SEO戦略を考えながら、より効率的に、いかに訪問者のニーズに合わせられるか、つまり知りたい情報を的確に伝えられるかどうか、繁盛HPはいかにして情報のてんこ盛りを構築することができるかに掛かっているように思う。 カミさんがきのうバスツアーで越前海岸へ行っていた。朝から買ったばかりのメザシを焼いている。脂が乗っているせいか、台所の換気能力が及ばず、白煙が二階の寝室にまで忍び込んでいる。今朝はこの匂いで目が覚めた。時計は朝5時半。末娘が朝練があるとかでカミさんも起きているのだ。 ぼんやりした意識で階段を下りる。トイレに入り、それから台所。朝の起きがけは暑い緑茶を一杯飲むのが習慣。カミさんは珈琲だが、私は日本茶しか飲まない。 カニせんべいと書かれた越前土産が卓上にある。蟹の形をした赤色のせんべいを一枚取りだし、バリッと噛んだ。ふむ、蟹の味がする。続いて湯飲みを口に運ぶ。旨い。結局5枚食べた。 安かった、とカミさん、マツバガニを買ってきた。保冷庫にアイスノンと共にパッキングされている。今夜はこれで一杯やることになっている。禁酒のほうも今夜だけは解禁だ(笑) 蟹と言えば、長い間毎年11月になると友人たちと解禁直後の城崎に出かけていた。行かなくなったのは友人の一人がリストラに遭ってからだ。その後、続々と?リストラに遭い、私も事業が背走するようになって、蟹どころではなくなっていた。 費用そのものはしれている。だから行こうと思えばいつでも行けるのだが、ようは気持ちの問題なのだ。 「また行きたいな。行くときが来るよう、みんな頑張ろうな!」 そう言ってはみんなで励まし合っている。
2004年10月07日
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お客様のサポートをさせていただいていて、たまにだが口惜しい思いをすることがある。特に権利や義務に関する案件の場合、こちらとしては胸を張って抗うつもりでいても、肝心要のお客さんの気弱が顔を出し、「もういいです」と妥協をされてしまわれることだ。 お客さんのそうした選択の多くは決して過ちではないと思う。和をもって尊しとなし、は聖徳太子以前よりこの日本に根付いている精神構造なのだから。むしろ争議の多くは、謙譲の美徳と言って一歩下がって物事に接するぐらいがちょうどまとまりやすくて良いのかもしれない。 しかし、一緒に案件の方向性を考えていた人間としては途中でハシゴをはずされでもしたような、妙な後味の悪い気分になってしまうが、実際は当の、そうした選択されたお客さんが誰よりも口惜しいはずで、心中を察するにさぞかし忸怩たる思いをされているのであろうと思う。 もうすぐしたら車両変更の件で陸運局へ行く。昼には帰還。午後からは、お客さんが作成した賃貸借契約書の手直しと、自リ法解体業の許可申請書の作成に勤しむつもりでいるが、予定は未定。また思わぬ横やり(先日の内容証明送付の件がどうにも気になる)が入りそうな予感がする。 ティーカップ 犬とは知らず カップ出す(楽天亭行書)
2004年10月06日
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この前の日曜日、娘たちが帰ってきたのを確認したカミさん、「そろったな。ほな行こか」 と車のハンドルを握った。 夕食前で腹が減っているが、朝からの約束なのでみんな黙って従順だ。 で、ついたところは車で五分のところにあるホームセンター。「はい、550円。一人二個までやから」 車の中で手渡されたコインを握り締め、家族バラバラに分かれて売り場へと向かう。並んで歩かないのが今回のコツ。 目的のニュービーズが山のように積みあげてある。 本日限りの大特価 258円! とある。 カミさんに言わせると、安うても298円らしい。 ぶらぶらあたりを見回しながら、何気なくそっと二個取ってレジへと向かう。 釣りをもらい、外に出る。カミさんたちもあとからそれぞれ帰ってくる。 合計8個。「中途半端な数やな」とカミさん。「あんた、もう一回買うといでえや」 みんな無言でうなずく。「男やし、はずかしないやん!」 いやとはいえない奇妙な一瞬、雰囲気だ。 渋々コインを受け取り車から降りて売り場へと戻る。二個買ってさっきとは別のレジに並ぶ。そのときだった。後ろから声がした。「先生! 先生やないですか?」「あん?」 振り返ると交通事故の依頼を受けている加害者の方だった。家族で買い物らしい。小さいお子さんが二人ときれいな奥さんが後ろに控えていた。「へええ、先生がそんなん買わはりますねんな」「カミさんに頼まれて・・・」「奥さん孝行いうところですか?」「まっ、そういうことですわ」「ところで、さっきも同じ洗剤買うたはりましたが、足らんかったんですか?」 そのときレジ係の手が一瞬止まったような気がした。気がしたというより確かに止まっていた。 ルールは守るためにある。破るのは良くないし、どこかで誰かに見つかるものである。
2004年10月05日
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朝7時に電話。出てみると相談。昨夜は遅くまで起きていたので頭が働かない。午後に来所、詳しい話を伺うということで電話を切った。 電話の主はご老人だった。えらい立腹されている。おそらく権利を侵害されているんのだろう。相談者の私にまで食ってかかってこられるとことをみると相当怒り心頭のようである。 まず怒りを静めるところからはじめないといけない「落ち着いて落ち着いて。こちらがいくら怒ってたって相手には通じませんから」 一時の約束だから、まもなく来られる時間である。 軽い眠気が襲ってきている。食べ過ぎたか? 眠気覚ましに高島礼子のCMでおなじみ「愛情一本」を飲んで待機するか。
2004年10月04日
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婚約破棄と交通事故の示談書作成が相次いでいる。つまりは請求書を作成、報酬が頂けるということ。 婚約破棄は当事者の親からの独断依頼。はたして当事者同士が納得するかどうかわからない。親の強権を押し通すつもりらしい。 交通事故のほうであるが、最初の一件は今年の2月、あとの1件は7月受任した。いずれも傷害のほうは自賠責範囲内で、問題となっていたのが物損。先のは被害額算定で意見が食い違い、あとのほうは過失割合でいがみ合っていた。 双方とも時間をかけ、冷静に事実関係を確認しあっていただき、納得していただいた。 こうした示談書は簡単明瞭がいい。あまりくどくど書きすぎると良くない。せっかく和解できているのに書きようが微妙に事実と違う、とヘソを曲げる御仁もいるからだ。 許認可、とりわけ不法滞在の理由書なども書きようによっては黒が灰色、灰が限りなく白に見えるようになることがある。決して事実の基軸から逸脱することなく、しかし曖昧模糊の部分を通じて、さもありあん、と思っていただけるような表現ができたら代書屋稼業の冥利に尽きるというものだ。 電気ポットがいかれた。無しでは困る。家族の中で季節を問わず熱い飲み物を欲しがるのは私だけだ。カミさんなど真冬でも冷蔵庫のウーロン茶を飲んでいる。 朝のぶぶ漬け(お茶漬け)は最高だ。おかずはナスの浅漬けがあればベストだが、なくても別にかまわない。ぶぶ漬けには玄米茶が合う。普段は青柳でもいいが、三時のおやつ時にはやはり濃厚な煎茶が良い。 ところでわが家では「三時のおやつ」が出る。饅頭菓子好きのカミさんならではのこと。長女が高校生だった時、スーパーでレジのバイトをしていた。そしてそれまでは当たり前だと思っていた母親の買い物がどうやら尋常でないことにようやく気づいたのだ。「どこの家でもおかずが主でおやつが副やけど、うちは違う。おやつが主でおかずが副なんて家、ほとんどあらへんわ」「あんたらが食べるからや」 負けずとカミさんが言い返す。 次女が数日前からのレシートを集めてきて確かめると、不審な点がてんこ盛り。未確認、みんなが口にしたこともないお菓子類が一杯印字されているではないか! 現在、子どもたちも大きくなって(ダイエットもあるのだろう)、ほとんど間食をしない。しかしいまだカミさんの買い物内容には変化はない。 昼間はふたりだ。「これ変わってるやろ、食べる?」 三時のおやつ以外にいろんなものを机の上に置きに来る。むげに断るのもどうかと思い、三度に一度は口に入れる。そのせいか体重が2キロほど増えた。 今日からは断固として拒否するつもりでいるが、さて抗えるかどうか、昨今の私には自信がない。
2004年10月03日
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昨夜、お客の老人から新米を貰った。しかも20キロ。「いつも世話になってるから」 と暗がりの中を自転車の荷台に載せて運んできてくれた。 この老人からはわずか二ヶ月ほどの間に幾つも依頼を受けている。まだまだありますんや、ということだ。 ざっと挙げるだけで、悪質商法、権利書の名義変更と住所変更(司法書士にアウトソーイング)、いとこの相続案件紹介、行方不明者の探索、交通事故(ひき逃げ)、そして今回は貸金の問題だ。 内容証明を出すにしても相手の住所がおぼろげ(家はわかっているがそれもうやむや)、しかたなく以前の住所地から辿るかたちで住民票をあげることに。 さっそく農事実行組合所有の機械を借りて精米しようと思っている。そうだ、他のお客さんにお裾分けをしよう。 地域密着型の営業をすると許認可より民事法務が圧倒的に多い。どうしようも打つ手がない案件が半分、あとの半分はなんとかできないものかと思案することになる。身近な人たちばかりなので、アポなく訪問を受けたり、引っ張り出されたりもする。 昨日もそうだった。パチンコ店開業(報酬が百万単位)の相談を受け、さっそく地図を片手に現地訪問というところへヤミ金常習者の○子さんがなだれ込んできた。「せんせ! もうあきまへん。何とか助けてください。こんどこそ殺されます・・・」 いつものセリフだ。生活費を借りるなら多少の同情もあるが、仕事もろくにせず、遊ぶ金ほしさにヤミ金に手を出すのだ。親戚縁者も知らんぷりでこうしてうちにやってくるのだ。「同じ手は何度も使えませんよ」 追い返そうとするが、相手も海千山千の強者、「そこをなんとか。先生の知恵を借りて」 と、一歩もあとには引かない。 とうとう一時間、付き合う羽目になってしまった。 ヒントらしきものをつぶやいたら、そうか、と合点がいったらしくようやく納得した。 肝心の報酬は?(大きなため息) ツケのつもりでいるのでしょうかね。「先生、今手持ちないから、今度一緒に払いますよって、今日はすんませんでした」 だって。
2004年10月02日
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HTML言語のこともあり、仕事のこともあり、夜遅くまで机に向かっています。家族の無秩序なざわめきをオオカミの遠吠えのように聞き流し、さすらいの行政書士は今日も行く、という感じです。 朝から長吉出張所(大阪市)へ。詐欺横領に関わる相手の住民票をあげて住所を確認、内容証明を作成、午後には出せるよう、今せっせと書いています。 この手の文章を書くのが一番好きですね。相手の反応や出方を考えながら、途中で言葉に強弱をつけたり、さじ加減をしたりして・・・・。創作の世界に入り込みそうな気がしてきます。 ところで今週行くはずだった車両名義変更も書類の不備があって間に合わない。来週早々は交通事故の調停でそのサポートがあるし、風俗営業開業の件もあるし、産廃もあるし、予定をしていたら不意に来客があって予定がつぶれたり、実に困ったこと(依頼があるということは実に嬉しい、有り難いことなんですが)です。
2004年10月01日
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