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茂木本家美術館で梅原龍三郎の「鯛」を見て感心したため、急遽、最終日の日本橋三越の展覧会へ出かけました。最終日の午後ということで、かなりの混雑を覚悟していましたが、絵を見るのに差しさわりがあるほどではなくホッとしました。梅原龍三郎の絵はあちこちの美術館で見かけるのですが、まとまって見るのは今回が初めてです。色彩の画家と銘打ってあるとおり、色鮮やかなバラの花々の絵から始まる展覧会で、心が温かくなりました。ちょうどバラ園に行った時のような感覚を味わいました。気に入ったのは、1,930年代の裸婦像の数々。特にその頃制作された裸婦の版画は、軽妙な太い線でスッキリとした輪郭線で描かれており、生命力に溢れた力強さが素敵でした。梅原龍三郎と交流した白樺派の文化人の作品・書簡。それに、ルノアール、ルオー、ピカソ、マティスなどの作品も展示されており、お得感いっぱいでした。特に長谷川潔からの年賀状2点。イラスト風の作品でしたが、あの独特の濃密な雰囲気を味わえて良かったです。この展覧会、なぜかこのあと、三越から大丸へと変わって大阪、京都、札幌を廻ります。
2006年05月28日
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野田市にある茂木本家美術館に行ってきました。ここは今年の1月18日にオープンしたばかりの美術館です。ゆったりと観覧できるように予約制をとっており、来館者が少ない時にはフリーのお客でも入館できます。平屋建ての小さな美術館ですが、随所に様々な見せる工夫を凝らしています。外庭の庭園の景色を見せるピクチャーウィンドウをいくつか取り入れたり、ギリシャ風の柱廊を設けて、その奥に一点ぽつんと絵を飾ってあったり(実際は痛むために写真)、狭い部屋の天井遠くに月面の写真があったり、富士山と筑波山を結ぶ線にした明り採りがあったり・・・などなど。建物、絵画、景色がそれぞれ3分の1ずつの割合で楽しめるように、展示品もさほど多く飾っていないとのことです。玄関を入ってすぐのホール前に大きな窓があり、二重のガラスがはめ込まれていて、庭に突き出した床の大理石、庭園の百日紅、奥にある倉、黒い塀などがピクチャーウインドウになっていました。その前に舟越保武の少女の像があたかもその風景を眺めているように置かれていました。思わずうわぁっとうなってしまうくらいの美しさでした。一番大きなホールでは、松本哲男、奥田元宋、片岡球子、和田英作らの描いた富士山の日本画、洋画を展示してありました。特に和田英作の紫色のシルエットとして描かれた、たおやかな富士山の絵には引き込まれました。梅原龍三郎の「鯛」。この絵を梅原からもらったことが、この美術館を建てるきっかけとなったそう。筆を使わず、絵の具を直接キャンバスに置いて描いたものです。さまざまな色の絵の具の鱗がつんつんとんがっていますが、それによって活き活きした躍動感を感じます。その他、平櫛田中の彫刻の聖観音菩薩像はゆったりとくつろいだ感じが親しみやすく、板谷波山の青磁の香炉やエミール・ガレのガラス椀なども素敵でした。そして、奥の細長い一室は浮世絵コレクションの部屋。今回は広重の不二三十六景が展示してありました。保存状態がとてもよく、紙も色刷りもきれいです。北斎の富嶽三十六景も所蔵しているとのことで展示が楽しみです。外の庭園の奥に稲荷神社があるのですが、そこの狛犬の表情が何ともユーモラスで笑ってしまいました。手洗い所の軒に彫られているレリーフが素敵でした。犬やキツネや唐獅子牡丹などが彫られていましたが、特にネズミの嫁入りのレリーフは、籠を担ぐネズミ、籠からちょこんと顔を出したネズミなどとてもかわいいものでした。ゆったりとした落ち着いた空間で日本画洋画、建物、庭園などの美しさを味わうことのできる素敵な美術館をまたひとつ発見しました。
2006年05月26日
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久々に五月晴れの一日。川村記念美術館のツツジはすっかり終わりましたが、紫蘭が小道に咲いていました。シャガールの版画展。前期よりも彩色のはっきりとした版画が多かったような感じだったが、気のせいかもしれません。前期も展示されていたチラシにもなっている「カラスとキツネ」の絵。前回、カラスは一目瞭然だけれども、どうもキツネの顔がどうなっているのか判別できなかったのですが、今回やっと分かりました。実はキツネは逆さに描かれていたのですね。鼻先が上で、耳が下になっています。チラシをひっくり返してみるとはっきりとキツネの顔が現れました。常設展。ピカソの「シルヴェット」はお気に入りの一枚。灰色の色調でポニーテールの意志の強そうな女性を描いています。どうも写実的な顔の部分とあいまいな身体の部分がちぐはぐだなぁと思っていたのですが、実はモデルのシルヴェット嬢がヌードになるのをかたくなに拒んだため、あらかじめ描いた裸の絵の上に彼女の顔の絵を載せて合成したとのことです。また、シルヴェット嬢は婚約者の立会いの下にモデルとなっていたとのこと。有名なピカソのモデルになったと光栄なことだったのかもしれませんが、逆に婚約者としては、あのピカソということで心配だったのでしょうね。彼女の顔の左側にうっすらともうひとつの顔が見て取れることにも気づきました。
2006年05月25日
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この人のマンガ、余分な装飾もなく淡々と平面的に描いているのだが、それでいてとても奥深さを感じるのは何故だろう。あの難しい小栗判官照手姫を分かりやすく読ませる。ちょうど先日、京都で見た絵巻物を思い起こした。このマンガは現代の絵巻物だ。小栗判官照手姫、最初に知ったのは、20年程前の横浜ボートシアターの仮面劇で。あの仮面に秘められた不思議な雰囲気と物語の雰囲気がぴったりとあって、生涯忘れられない芝居のひとつとなった。あとがきを読むと著者の近藤ようこもこの芝居を観てこの本を執筆する気になったそう。ちょうど同じ頃にあの仮面劇を見ていたことになる。猿之助のスーパー歌舞伎「オグリ」での小栗が人食い馬「鬼鹿毛」を乗りこなすシーンの迫力も目に焼きついている。小栗判官の死と再生の物語。久方振りにこのマンガで堪能した。(2003年ちくま文庫刊)同じ著者の「妖霊星-身毒丸の物語」青林工藝社2004年刊も購入した。「妖霊星」とは折口信夫がつけた「弱法師」のシャレとのこと。この間、上野の国博での「最澄と天台の国宝展」で観た、美女が骸になっていく「人道不浄相図」もマンガの中で紹介されている。こちらも死と再生の物語。お勧め。
2006年05月21日
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合気道→お茶→美術館見学と一日過ごしました。ぐるっとパスを使用できる美術館ということでブリジストンに決定。今回の展覧会は久留米の石橋美術館の名品も東京に運んできて、石橋財団所有の名品(水墨画から現代の抽象画)を東京で一気に見せようという企画です。石橋美術館から運んできた洋画のベスト3。藤島武二の「天平の面影」桐の木の下に立つ、ハープのような楽器を持った天平美人。題材は日本画のイメージなのだが、油絵の具でのリアルな表現が、日本と西洋の融合を感じさせられる。右足を一歩前に踏み出した姿がまるで仏像のよう。となりに展示してあった、青木繁の「わだつみのいろこの宮」も好きな作品のひとつ。佐伯祐三「コルドヌリ(靴屋)」佐伯祐三も何枚か並んで展示してありましたが、なかでもこの絵の迫力には恐れ入りました。佐伯独特の踊るようなアルファベットの文字は上部に書かれているコルドヌリの文字のみでシンプル。それでも店舗の奥の暗い表現や、積み上げられた靴、白い壁など見事でした。古賀春江「素朴な月夜」中学校の美術の教科書に載っていて気に入ったもの。日本のシュールリアリズムというような紹介だったと思うが、それ以来、古賀春江は好きな画家のひとりとなった。今回、初めてこの作品に出会えて感激。テーブルの上には花瓶や果物、卵、ビール瓶と同列に家までも乗っかっており、それが奥の家々につながっていく。ちょこんと座った黒犬や羽ばたくフクロウ。落下する飛行機。歩み去る少女、そして満月など盛りだくさんの情報だが、なぜか懐かしい風景です。そして、展覧会のタイトルになった雪舟の四季山水図。一見、それぞれの作品の季節が分からなかったのですが、ゆっくりと眺めているうちに徐々に季節感の違いがはっきりと理解できるように変わってくるのが不思議でした。応挙の牡丹孔雀図。孔雀の胴の羽のブルーがラピスラズリのように美しく心に残りました。
2006年05月19日
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とにかく、楽しい。原色がポップに溢れています。遊園地、サーカスあるいは、日本のニキ美術館の館長さんがおっしゃるように不思議の国のアリスの世界に迷い込んだよう。子どもでも楽しめる展覧会でしょう。初期の油絵。アンソールの描く仮面の人々に似た作品もなかなか楽しいですが、オブジェを制作するようになってから、彼女の才能が一気に花開いたようです。絵の具を埋め込んだモチーフをライフルで撃つという「射撃絵画」のパフォーマンスがどんな具合だったかは、分からないのですが、その時代に作られた作品は衝撃的でした。特に「赤い魔女」などは彼女の心の痛みが感じられます。オブジェを作り始めた初期のころの作品には、針金にたくさんのザリガニ、トカゲ、蜘蛛などの動物・昆虫や車や兵士など、実際に自分が子どものころに遊んだような小さなフィギュアがたくさん取り付けられています。そんなところが、このアーティストに親近感を覚える理由のひとつでしょう。また、会場ではこのようなオブジェ「黒い女神」の背びれの部分の電球がきらきらと光っていたり、大きなタイル張りの色鮮やかな骸骨ドンと置かれていたり、まるで怪獣映画か妖怪映画のようなノリでした。童心にかえったようです。代表作の「ナナ」シリーズ。胸とおしりがボンボンとふたこぶずつ突き出た女性のカラフルなオブジェ。見ているととても暖かな気持ちになります。彼女はいろいろ精神的な葛藤を経て、これらの作品を生み出したのでしょう。その気持ちに触れることも鑑賞する上では大切なことでしょう。しかし何よりも、一目見て、観客の気持ちを明るくし、幸せな気分にしてくれる彼女の作品群、素敵でした。22日月曜日までです。
2006年05月17日
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土曜日の「美の巨人たち」でまたまた、興味深い画家を知りました。70歳を過ぎて千葉の柏の片田舎(50年後の現在では住宅街)で、自給自足のような生活をし、1975年に野田の老人ホームで85歳の孤独な死を迎えた画家。まったく知らない画家だったのですが、なじみのある土地の名前が出ていたので何気に見ていたら、その生き様に驚きました。福岡県の裕福な家に生まれ、東京帝国大学農学部水産学科を首席で卒業したエリートという学歴も捨て、生涯結婚もせず、孤独の中で絵を描いたというすさまじい人生。そして、その絵は徹底した写実の絵。番組で紹介されたレンゲ畑と遠くにそびえる山を描いた「レンゲ畑」など、スコーンと抜けた清清しい空気を感じました。ろうそくなどを描いた生物画も不思議な雰囲気だし、自らを傷つけて血を流した様子を描いた若いころの自画像など、何やら謎めいた匂いのプンプンする画家です。どこでこの画家の作品を見ることができるのかなぁとネットで検索すると、来月から三鷹市美術ギャラリーで展覧会があるではないですか。ホームページにある絵を見るとゾクゾクしてきました。必見。
2006年05月15日
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背後の山に見える山荘作りのための司令塔。実業家は山すその土地を買い取り、まず、この塔を作り、ここで山荘作りの指示を行った。となりには桐の大木が紫の花を咲かせていた。大山崎山荘の前面光景。この山荘、ランプとかシャンデリアだけを眺めるのも面白い。
2006年05月14日
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宝積寺を下り、トンネルを抜けるとまもなく大山崎山荘美術館に着きます。ここは、加藤正太郎という実業家が大正から昭和初期にかけてイギリスのチューダー朝の建物をまね、贅を尽くして建設した建物です。彼は、まず山に司令塔を作って全体の工事の様子を把握したそうです。その白い塔も山荘の後ろにそびえ立っています。ちょうど塔の隣には桐の花がみごとに紫の花を咲かせていました。濱田庄治、バーナード・リーチ、河合寛次郎の陶芸作品の展示が各部屋ごとにかなり充実した量がありました。バーナード・リーチの九谷焼の色絵皿。すっきりとした日本人にはないユニークな飄々とした絵柄が気に入りました。河合寛次郎の中では、三色の色合いが楽しい壷に惹かれました。安藤忠雄設計の新館は「地中の宝石箱」とも呼ばれる建物です。周囲の景観を壊さないように地下に円形の展示室が作られています。わくわくしながら明るいガラス張りの階段を下りていくと、そこはもう別世界の空間が広がります。オランジュリー美術館を年頭において作られたのでしょうか。モネの睡蓮の絵が5点にアイリスや日本の太鼓橋の絵などが出展されていました。まさに「色の饗宴」という言葉がぴったりあてはまる作品群でした。晩年の「日本の橋」など、光に溶けて原形もとどめないような樹木や草、藤棚と太鼓橋が描かれています。解説を読むまで、どれが橋でどれが藤棚だか理解できませんでしたが、黄色、緑、赤、青などの色彩が踊って、見ているわれわれの気持ちを明るくしてくれます。この部屋の中央には、ドガ、ルノアール、モジリアニ、ピカソの絵が一点ずつ展示されていていました。絵画作品の展示数はさほど多くないけれども、各部屋のランプや暖炉の装飾、階段のステンドグラスなど、建物すべての雰囲気を楽しめる素適な美術館でさした。JR山崎駅の前に千利休作の二畳敷の茶室、国宝の待庵を持つ「妙喜庵」がありました。残念ながら拝観謝絶と張り紙がありました。レプリカが近所の歴史資料館にあるので、そちらを見てくださいとのこと。あわててそちらに向かったのですが、入館時間の4時半を過ぎていたのであきらめました。妙喜庵↓
2006年05月13日
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阪急大山崎駅から、雨の中、天王山に至る坂道を登る。大念寺を通り過ぎて、仁王門をくぐると右手に三重塔を望みます。秀吉が光秀との戦いの後、一晩で建てたという塔です。↓まず、重要文化財の閻魔大王と四眷属を安置する新しい閻魔堂の拝観から。閻魔像と眷属が四体残っているのは珍しいとのこと。閻魔大王は大きな王の字マークをつけた冠をかぶったおなじみの形。特に前面にある倶生神と、暗黒童子(すごい名前です!)の二体が特に見事でした。両手に巻物を広げた倶生神、暗黒童子は右手に筆、左手に卒塔婆のような長い木簡を高く持ち、やや見上げるように記録するところの姿です。現代彫刻にも匹敵するリアルな表現で思わず息を呑みました。↓本堂では、厨子に安置された鎌倉時代のこちらも重要文化財の十一面観音。保存状態もよく、まわりの金箔も鮮やかに残り、美しい仏像像でした。よく見ると光背にも仏の姿がしっかり彫られていました。↓
2006年05月13日
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今回は、時間の関係で、仏像コーナーと2階の絵画コーナーを見ただけでした。2階では、孔雀明王と愛染明王の仏画。昨日の奈良博で見た彫刻と呼応しあっているようで印象に残りました。孔雀明王の乗っている孔雀の目が、やはりまん丸目で、マンガのようで、若冲の描いた鶴もこんな目をしていたなと思い出しました。今回、常設展を見てよかったとつくづく思ったのは、俵屋宗達の絵と本阿弥光悦の書とのコラボレーション「鶴図下絵和歌巻」です。金色のくちばし・尾・足。そして、銀色の胴体のシルエットの鶴が、川でくつろぎ、空を自在に飛んでいく姿が、次々と重なり合って、連なって描かれています。金色の川と空。銀色の波。その上に書かれた光悦の書もまるで流れるようでした。うっとりと見とれている自分に気づきました。その他、長澤蘆雪の「花鳥遊魚図巻」も自在に描かれた雀や犬や鯉などものびのびとして素敵でしたし、海北友松の豪快な荒いタッチの大きな水墨画にも、自由闊達な精神が感じられて、魅力的でした。
2006年05月13日
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この展覧会、大混雑という情報で、雨の中、9時前から正門に並びます。おかげで先頭で入館することができ、途中までは快適でした。ただ、展示順にじっくりと眺めていたため、源氏物語、鳥獣戯画のコーナーでは、10分近く並ぶ羽目になってしまいました。絵巻の性質上、右から順々に眺めていくのですが、少しでも立ち止まると係員に立ち止まらずに移動して下さいと注意されるので、気になって慣れるまでは落ち着きませんでした。一通り廻って12時近く。途中のハイビジョンの映像を見ていないので、戻ろうと思ったらすでに館内は大混雑。源氏物語のコーナーは長蛇の列。一時間待ちとのこと。あまりの人ごみに逆行するのは断念して平常展示館に向かいました。さて、絵巻とは現代の紙芝居、絵本、マンガにあたるものでしょう。最初に展示されていた平安時代の「粉河寺縁起」に、すでに現代のマンガのコマ割りの原型らしきものが見られました。地獄草紙や餓鬼草紙、病草紙などおどろおどろしいのですが、描かれているものは分かりやすくて、かなり楽しめました。病草子の二形(ふたなり)の両性具有の絵などには驚きましたけれども。物語として、面白い作品も多かったです。「華厳宗祖師絵伝」では、竜宮に行った使者が経典を落とさないように膝を切って、中にしまうシーンなど、「痛くないでしょうか」など、会話が書かれてあってまさにマンガです。「福富草紙」では、おならの芸を身につけた長者の話。見ながら思わず笑ってしまったが。アニメの日本昔話のルーツがここにあったのかと実感しました。「鳥獣戯画」は、その洒脱な線で描かれたユーモラスな兎や蛙の姿を、また「信貴山縁起絵巻」では切手になっている有名な護法の童子が空を飛ぶシーンの原本を実際に見ることができ、これだけでも京都まで来た甲斐があったなと大満足です。室町以降の作品になると、絵だけでも完成されてきて、充分に鑑賞に堪えられるものとなってきます。奇想の系譜の本に出てきた岩佐又兵衛の作品「堀江物語絵巻」が最後に展示してあり、これがそうかと感激しつつ会場を後にしました。
2006年05月13日
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今回の旅行、JTBによれば、御薪能があるため奈良の宿はいっぱいとのことで、京都のホテルに宿泊することになった。ところが、近鉄奈良駅を降りても、祭りの熱気なで、まったく感じられない。修学旅行の中学生たちが目につく程度。ちなみに御薪能、悪天候が予想されたため、興福寺の屋外での上演が、県立文化会館内に会場変更されたとのこと。ところが、皮肉なもので気温25度くらいのいい天気になった。本来行われるはずだった、興福寺の会場では係りの人が、一人ぽつんと案内をしていた。奈良国立博物館もさぞ混雑しているだろうと覚悟していたのだが、ガラガラで拍子抜け。夜に立ち寄った料理屋のママさんも、街中にそんなに人が多いとはまったく思えないとのこと。それだけ、奈良の宿が少ないのかなという話。さてさて、本題から話がそれたが、重源展。このお坊さん、平氏による焼き討ちで壊滅した東大寺を復興させた方だとのこと。この人が、運慶、快慶などをプロデュースして、多くの像を彫らせたのだと初めて知った。一千人が焼死した東大寺焼き討ちの資料から、東大寺復興までの文書の資料から、重源にゆかりのある彫刻まで、かなり見所があった。まず、前回こちらで、見ることのできなかった「愛染明王像」が展示されている。高さ30センチほどで、思いのほか小さかった。焼け落ちた東大寺の柱から作ったものだからだろう。小さいながらも三つ目の憤怒の顔は迫力満点で怖い。奥に進むと国宝の重源像。前に禅屈して胡坐を書いた老僧。表情もリアル。やはり不屈の精神力を感じる。ちょうど、僧侶がやってきて、像に向かって般若心経を唱えており、まさに二人の人物が対話しているような感じがした。東大寺の国宝、僧形八幡神坐像には驚き。肌、着物の地や模様、袈裟の色など当時の彩色が色鮮やかに残っている。驚異的。その他、慶派の仏像等、じっくりと眺める。快慶作の国宝阿弥陀三尊像がある兵庫の浄土寺も重源が建てたものだとのことで、今回は巨大な上半身裸の快慶作の阿弥陀如来が展示されている。阿弥陀如来が実際に来迎する様子を再現する来迎会に使われた像で、その時かぶる菩薩面も展示されていた。ちょうど、午前中見た当麻寺での練供養同様のイベントなのだろう。高野山の仏像もいくつか展示されている。深沙大将立像。怒髪の憤怒の顔、髑髏の首飾り、蛇の腕輪、おへそに浮かび出た顔、像の顔を持つ膝。これも異形で恐ろしい。快慶作の孔雀明王像にもまた出会うことができて嬉しい。この像、さすが孔雀に乗っているだけあってフットワークが軽く、各地を転々としているなぁと思う。東大寺の五劫思惟阿弥陀如来像。羅髪が伸びすぎてヘルメットのように膨らんでいる。寿限無の落語にあるように限りなく永遠に近く考えている間に髪の毛が伸びた様子を表わした像。顔つきが丸く、ふっくらしているのも運動不足で太ったせいか。ちょっとかわいくて失礼ながら笑える仏像だった。
2006年05月12日
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《西南院》当麻寺の曼荼羅堂の後ろにある塔頭。ここの「みはらし台」は、当麻寺の東塔と西塔が眺望できる絶好のロケーションで一見の価値あり。前の記事に写真あり。ちょうど花の盛りで庭園は、ぼたんにはちょっと遅かったが、新緑の緑にしゃくなげの艶やかさが見事の一言であった。抹茶を頂けば、書院の中に入って、庭園をゆっくり観賞できるが、時間の関係でパス。外を歩くのみ。花の回りの苞が白く垂れ下がってハンカチのように見えることからハンカチの木と呼ばれている木や、なんじゃもんじゃの木の花も満開。ただ残念だったのは、本尊の十一面観音や、千手観音、聖観音像など3体の重文の仏像が、お堂のガラス越しでかなり遠くにしか拝観できないこと。仏像ファンとしてはがっかり。パンフレットの小さな写真で確認するのみ。拝観料300円では仕方ないか。《中之坊》中将姫が当麻寺にやってくるのを手引きした「導き観音」と言われている十一面観音が本尊。ここも暗い中将姫剃髪堂の中の厨子に安置されていて、ガラス越しに何となく見えるだけで残念。やはり、パンフレットの写真で確認。こちらの庭園は、つつじが見事。てっせんも満開。特に香藕園(こうぐうえん)という池庭回遊式庭園は大和三名園と賞されているそうだ。ほかに片桐石州作の「丸窓席」と「知足庵」という重文の茶室が二室。直径一間ほどの大きな丸い窓(大円窓)が迫力たっぷり。客殿の絵天井は、昭和から現在までの画家が奉納した絵で飾られている。普段は外から覗くのみだが、4年に一回公開されるとのこと。ちょうど今年の秋に公開。片岡鶴太郎の作品(↓)今回は、他の塔頭、奥の院や石光寺などは、寄らなかったが、二上山登山も含めて、一日かけてじっくり廻りたい所である。藤の花もきれいでした。(↓)
2006年05月12日
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今回の奈良旅行はまず当麻寺から。境内は14日の練供養の準備で、架け橋が設置されている。あの世とこの世をつなぐ橋である。この写真は、曼荼羅堂から講堂を見たところ。つまり極楽浄土から娑婆の世を見下ろしたところ。当日はここから観音菩薩たちが現世の中将姫を迎えに行くのだそう。国宝の曼荼羅堂の内陣が天平時代は建築。本尊として中将姫の織った當麻曼荼羅をまつる。原本は非公開で、室町時代の模写である。金堂では国宝の弥勒菩薩像、重文の四天王像をまつる。この弥勒菩薩像、白鳳時代の塑像。ころころっとした素朴な感じが伝わってくる。羅髪など抜け落ちていて、かなり痛みが激しいが、こちらに向けた右手の平にはしっかりと金色が残っていて、パワーを送ってくれるかのよう。しかし、この格好は菩薩というよりも、如来像ではないのかなと疑問を覚えた。四天王像、身体をくねらせる多聞天像のみ鎌倉期の作品。あとの三体は白鳳時代のもの。白鳳時代の四天王は皆、小枝のようなひげを生やしており、雰囲気は三国志に出てくる武将のようである。ユーモラスな感じがして気に入った。講堂の重文の阿弥陀如来像は藤原時代のもの。すっきりとした高貴な顔立ちはいかにも貴族好み。妙幢菩薩像というのは初めて知ったが、要は地蔵菩薩と同じだとのこと。東西の三重塔がそろっている姿は美しい。
2006年05月12日
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このホラーアンソロジーのシリーズもやっと完結。この作品集のホラーは、毒々しいものではなく、背筋がひんやりとする作品ばかり。第3巻は、戦後から現代に至る名作17編を収めたもの。このくらいになると、リアルタイムで読んだことのある作家がほとんど。中学生の頃、星新一にファンレターを書いたら、はがきで返事が来て、今でも大切に取ってある。そんな星新一の「門のある家」。家が存続するために、家族を次々に入れ替えて・・・というSFにもあるような話だが、家族の問題も考えさせられる名品。小松左京の「くだんのはは」。小学生の頃、石森章太郎がマンガ化した作品で読んで、ショックを受けた記憶は今でも生々しい。中学生の頃、原作を読んで再び打ちのめされた。戦時中の旧家の湿った匂い、空襲の焼け野原のきな臭さ、そしてあの獣の匂いが漂ってくるようだ。荒木良一という作家の「名笛秘曲」という作品。200年前に飢饉で滅んでしまった村を探す主人公。江戸時代と現代とがクロスする。趣き深い短編だった。その他、赤江瀑、皆川博子など、昔は待ってしまった作家の名作も収録されている。そして、高橋克彦の「大好きな姉」が最終作になっている。これも怖い話だ。中にはわけのわからない作品もあったが、3巻を通じてのていねいな解説により、日本のホラー小説の流れがよく分かり興味深かった。
2006年05月10日
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神戸市博物館で公開中のボストン美術館所蔵、肉筆浮世絵展の紹介。ボストン美術館の900点に登る日本画の所蔵作品を調査した学者の言葉が秀逸。ひとりの方は、「宝の山か極楽島」。もう一方は、「毎日、毎日、毎日が、楽しい、楽しい」と繰り返す。そんな風に感じる仕事に携わってみたいものだとつくづく思った。さて、ボストン美術館に保存されていた肉筆浮世絵。北斎の鍾馗(しょうき)ののぼり旗や竜虎の提灯など、よくぞ残っていたと驚き。日本にあれば日用品として使われてしまい、現存していなかっただろうということ。日本の伝統文化の評価の逆輸入ということで、恥ずべきことでもあるが、ラッキーなことでもあった。当時の絵師は版画家として売れると、肉筆画の注文をしてくれるお客がついたとのこと。浮世絵版画は一枚あたり現在の500円くらいの画料。ところが肉筆画は20万円くらいとのこと。さらに絵師は肉筆画を描くことによって、思う存分実力を発揮できるのと同時に、彫り師や刷り師など他人の介在の無い、自分自身の作品を作ることができた。こうして北斎らの優れた肉筆画が生まれたとのことである。画面で目を奪われたのは、北斎の鳳凰図屏風。高さはわずか35センチ、幅は2メートル30センチに細長く描かれた色鮮やかな奇怪な羽根を持つ鳳凰図。さらには色とりどりの牡丹の花の背景に描かれた唐獅子図。必見の作品。また、鳥山石燕の「百鬼夜行図巻」。ろくろ首や山姥、うぶめなどの妖怪の様がおどろおどろしい。関東では秋から江戸東京博物館に巡回されるので、待ち遠しい。昨年の北斎展同様の話題になりそう。
2006年05月07日
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「奇想の系譜」に続く奇想シリーズ。こちらでは、まず葛飾北斎が取り上げられる。奇怪なワニザメの絵から始まって、爆発シーンの絵の秘密や、あの神奈川沖浪裏をはじめとする波の絵について西洋画の影響の関連を絡め、自由自在、奔放にイメージを膨らませながら話が進んでいきます。ちなみに北斎の「椿説弓張月」の爆発シーンは、水木しげるのマンガそのままじゃないかと思いました。彼もまた北斎を研究していたのでしょうね。そのあとは「洛中洛外図屏風(舟木家本)」の解説。これは以前、東京国立博物館で見たことあるのですが、ざっと見ただけだったので、この本に書かれているような面白さにはまったく気づきませんでした。何と2,660人もの人物の様子が面白おかしく描かれているそうです。次回の展示はいつになるのでしょうか。そして、伊藤若冲の「動植綵絵」について、こちらでもふたたび述べています。応挙が日本画の伝統を学んだプロなら、若冲は独学のアマチュアとのこと。なるほどと、昨日見た三の丸尚蔵館の展示を思い出しました。「増殖」が若冲のイメージとのこと。まさにその通り、ぴったりですね。余談ですが、私が「増殖」と聞いてまず思い起こすのがこちらです。→増殖その他、白隠の禅画や写楽の謎、日本美術における「かざり」の歴史について書かれています。これも、入門者の自分にとって、知的好奇心を大いにそそられる本の一冊となりました。
2006年05月04日
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皆さんのブログを読んでいるうちに、はやる気持ちを抑えきれずについに大手町まで出かけました。連休中とあって、狭い館内はかなりの混雑です。それでも流れはスムーズなので、隣の美術館のようなストレスは感じません。さて、まずは「群鶴図屏風」。黒い身体に白い頭なのでナベツルでしょうか。向かって右端の屏風には、その鶴の立ち姿がきれいに重なって描かれています。見事な装飾画。これだけでつかみは充分。反対側の若冲への期待は高まります。狩野高信の桃図や、狩野探幽の蓮池白鷺図などを楽しみ、円山応挙の双鶴図。正面を向いた鶴が話しかけてきそうです。でも、ここまではある意味見慣れた伝統的な日本画。次に、いよいよ若冲ワールドが炸裂します。動植綵絵の第二期目。雪中鴛鴦図・・・みな垂直に下がっているせいか、ピシピシッと音が聞こえるような凍った枝、砂糖菓子のよう。胡粉の雪も砂糖の粉をまぶしたような雰囲気。悠然と構えるオスに必死に働くメスのおしどり。我が家のことを思い起こして少々、反省。梅花皓月図・・・今や見慣れた梅の花。他の若冲の絵に比べると全体的に抑制の効いた暗い作風。月夜のせいか。このウネウネと湿疹のような絵に快感を覚えてしまうのは立派な中毒。梅花群鶴図・・・先ほどの応挙の絵に比べると先鋭的。同行の息子に聞くと、鶴は4羽いると言う。確かに頭は4つ。ただ身体を数えると5羽分。ところが足は?真ん中の鶴は、振り返っているのかそれとも向こう側からまっすぐこちらを向いているのでしょうか?棕櫚雄鶏図・・・白黒のオンドリの戦いの後?白い方の尾の羽根が少々欠けています。シュロの木に葉がひとつずつ、ついているような印象を受けるのですが、木の幹と葉は別物なのですね。桃花小禽図・・・まん丸お目目がかわいい小鳥。こちらの葉っぱは新芽でそろったようにみな上方を向いています。春の芽吹きでしょうね。菊花流水図・・・よく見るとどういう具合に菊花が生えているのかわかりません。写実ではなく、まったく装飾的な絵です。菊の花の落ちた川の水が不老不死の仙薬になるという故事から、若冲はこの絵で不老長寿を表現したのだそうです。今回は動植綵絵の絵葉書を購入したのですが、箱入りでなおかつ一枚一枚の絵葉書が透明なビニルの中に入っていて、30枚入り1200円とは、本当にお買い得でした。長寿を祈って、菊花流水図↓
2006年05月03日
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佐倉市立美術館は川村記念美術館から車で20分ほどのところにあります。これは、印象主義から抽象画まで、近代ベルギー美術の表現の変遷をドイツ人の個人収集家の所蔵する絵画で紹介する展覧会。昨年、府中でやったものが巡回してきたということです。ベルギーの画家の作品は、昨年のアンソール展、象徴派展、ゲント美術館展と見てきているのですが、有名どころ以外の画家の名前はほとんど忘れてしまっていました。スピリアールト、アンソール、デルヴォー、マグリッドなどお気に入りの画家の作品もあったのですが、今回、特に印象に残ったのは、次の3点の風景画でした。カタログも買ってこなかったし、どの画家も、Googleで検索してもほとんど引っかからなく、詳しいことはほとんど分かりませんでした。ヤコブ・スミッツ「小さな村」 厚塗りで、絵の具を小さな丸い玉のように置いて描いた風景画でした。近くで見ると、ごつごつして見えるのですが、それが素朴な味わいで、しっとり落ち着いた感じがしました。ウィリアム・ドゥグーヴ・ド・ヌンク「ル・カイユ=キ=ビックの風景」 田園風景を描いた絵。ニスの関係か、タッチの関係か、絵全体がきらきら輝いていて、透明感が感じられました。その澄んだ空気の様子に、見ていると幸せな気分に浸ることができました。ヴァレリウス・デ・サデレール「冬の老果樹園」↑ こちらは、少々緑がかって描かれた白い雪景色。果樹園の黒い木の枝の龍の爪のような枝ぶり。押しつぶされそうな、しかしそれが強く訴えかけられるような不思議な感覚の絵でした。 歴博にも寄りたかったのですが、さすがに時間が無く、美術館2館のみのはしごで終わりました。
2006年05月02日
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展覧会はシャガールの版画展。高知県立美術館の所蔵の作品を前期・後期に分けて展示。ラ・フォンテーヌの寓話とは、動物たちが主人公の風刺や教訓を含んだ小話集。日本ではイソップ物語の方が有名だが、フランスではラ・フォンテーヌの寓話の方がメジャーだとのことです。この展覧会、常設展にもあるシャガールのうっとりするような油彩を想像してくるとがっかりすると思います。小さく、もやもやっとした小さな版画に最小限の彩色を施してあるだけですから。ただ、同じ作品で彩色のあるものと無いものを並べて比較展示してありましたが、やはりわずかばかり色を塗っただけでも、作品が大きく変わることが一目瞭然でした。奥行きと動きが出てきて、格段に分かりやすくなるのです。キャプションが張ってある作品は、小話の内容が分かり楽しいのですが、そうでない作品はタイトルから絵の内容を類推するだけです。話の内容を知らないと面白さが半減します。カタログがちょうど全作品の内容を紹介した寓話集になっているので、ひととおり目を通してから、見るとよいのではないかと思いました。(私は迷ったのですが、結局購入しませんでしたが。)他の画家による作品が併設展示されていました。実際のところ、こちらの方が味わい深いものが多かったように感じました。モローの作品は、女神を中心に描いた神話的で幻想的で、いかにもモローだと一目でわかるものでした。特に、先日の芸大に続いて、長谷川潔の作品を観ることができ大収穫でした。今回の展示は「狐と葡萄」です。おもちゃの狐や葡萄が強烈な存在感を放っています。白から黒への無限のグラデーションの神秘さにずっとみとれていました。遠く池の向こうまで続くつつじの回廊が花盛りでしたがあいにく、天気も悪く、この日は閉園されていました。(5/2)
2006年05月01日
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