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先日突然に元同僚の訃報が入ってきた。彼が会社を辞めたのはもう15年以上前ではあるが、お父さんが30代のころ、彼とはかなり親密に仕事をしていた。仕事だけでなく、プライベートでもよく一緒にゴルフをしていた。 技術系の大学出身でお父さんとよく意見があったが、お互い頑固だったので、仕事でぶつかることもよくあった。 結局彼は、結婚を機に奥さんと相談して転職してしまったが、業界が少し重なっていたので、転職後もそれなりに連絡を取り合っていた。 彼もお父さんも一緒に仕事をしているころは、社内でデブと言ったらおとうさんか彼というポジションだった。 しかしながら彼の方は、子供ができたのをきっかけにジム通いと食事制限で20キロ近いダイエットに成功した。ダイエット後に初めて会った時、声をかけられても誰だかわからないほどに雰囲気が変わっていた。 彼はお父さんより6歳年下だったが、ものすごく上から目線で「まだそんな体形でいるんですか」と言われた記憶がある。それをみてお父さんもそれなりにダイエットを始めたし、ジムにも通い始めた。もちろん彼ほどの急激なダイエットには成功していないが、それなりに運動するようになったのは彼の影響がかなりある。 そんな彼は、先日突然の心臓発作でなくなってしまったという。会社を辞めて15年ほどたっているし、直接取引があったわけでもないので、訃報はうわさで聞いたことから始まった。亡くなったらしいと人づてで聞き、確認したら本当だったという経緯だ。すでに葬儀も終わっており、彼は実家のある他県に埋葬されたようで、簡単にお線香をあげるのも難しい。そもそもお父さんは彼の実家の住所すら知らない。 お母さんともちょっと話したが、50歳にもなると同世代が亡くなることを経験することが珍しくなくなるのだと実感した。これまでも事故などで同世代の訃報はたまにあったのだが、病気というか事故でない訃報は今回がお父さんにとっては初めてだった。 健康に気を使っていたにも関わらずなくなってしまった元同僚もまさか自分がこんなに早く亡くなるとは考えていなかっただろう。お父さんもそうだが、彼もまだ学生として独立していない子供がいるはずである。さぞ無念だったと思う。 お父さんよりも健康に気を使って生きていたはずの彼の訃報は、お父さんにとっても他人ごとではない。お父さん自身、糖尿病という持病を持っているし、何が起こるかわからないのだ。お父さんにもしものことがあれば、まだ学生である子供たちはどうなるだろうか。安心して死ねるほど財産も保険もありはしない。 彼の家はどうなのかとどうしても考えてしまう。子供に先に逝かれてしまうのは最も厳しい悲劇であるが、子供が独立しないうちに収入を担っている親が亡くなるのもかなりの悲劇である。彼も冥福を祈るとともに、家族が、特に子供が無事に生活していけることを祈っている。 訃報を聞いてから、今日まで何となく心が沈んだままになっている。それは同世代の彼をしる同僚たちも同じであるようだ。みんな子供を育てている人たちなので、自分や自分の家庭に置き換えた時に、やるせない気持ちになるのは仕方がないことだと思う。
2025.03.31
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こしあんが好きか、粒あんが好きかというのは日本人の間で長く続く論争の一つである。おそらく100年後も1000年後も決着はつかないだろう。まあ1000年後にあんこの文化が残っているかという問題はあるかもしれないが。 お父さんは子供のころ、どちらが好きというより粒あんが嫌いだった。あんこはおいしいのだが、豆という邪魔なものが入っているというイメージで粒あんを見ていた。そのため正月などに祖母が粒あんでお汁粉を作ってくれた時も、粒である小豆を食べないでお汁粉の汁とお餅だけを食べていた。 唯一粒あんでも食べていたのはアンパンであるが、それでも粒の部分は異物と感じながら食べていた。よけて食べることができないので仕方なく食べていたとしか言えない。子供にとっておいしいとかおいしくないとか言う前に、豆というだけで嫌いな食べ物の対象になるのではとお父さんは思っている。 グリーンピース、エンドウ豆、煮豆などどれも子供が嫌いな食べ物だと思う。不思議なことに枝豆だけは子供で嫌いな人を見たことがない。枝豆は豆の中で別格と言っていいと思う。これがきちんと成長して大豆になると途端に子供からは見向きもされなくなる。本当に不思議な豆である。 さてあんこの話に戻ると、人間は成長とともに粒あんも食べられるようになる。粒あんが食べられるということは、上にあげたその他の豆をおいしいと感じるようになる時期だとお父さんは思っている。 実際にお父さんも気が付いたら粒あんもおいしいと思うようになっていた。今ではどっちが好きかと言われても「甲乙つけがたい」というのがお父さんの意見だ。 勝手なイメージであるが、粒あんは庶民的で下品、こしあんは高級で上品というイメージがお父さんにはある。もちろん例外はいくらでもあるが、ガツンとあんこを味わいたいと思ったら、断然粒あんの方がよいだろう。粒があることであんこを口の中でがっつりと感じることができる。嚙まなければ飲み込めないのが粒あんである。 これに対してこしあんは、さらさらと上品に口の中で溶けていく。無理に噛まなくても舌の上で転がしているだけで、甘さを堪能しのどに通っていく。こしあんの上品さは粒あんにはとても出すことができないだろう。 こしあんが好きな人は、あんこ自体があまり好きでない人も多いのかもしれないと思う。 そういえば、論争にはならないが、アーモンド入りのチョコレートが嫌いな人は粒あんも嫌いなのではと今ふと思ってしまった。アーモンドチョコレートも子供の頃に好きな人はあまりいないが、大人になると食べる人が増えてくる。 アーモンドも子供の頃はチョコに入る異物であり、大人になるとおいしいアクセントとなる。アーモンドチョコが好きになると、普通の板チョコは食べ応えという意味で物足りなくなる。 結局がっつりが好きな人は粒あん、あっさりが好きな人はこしあんが好みとなるので、人間の嗜好が統一されない限りあんこの論争は続いていく。老いてきて、アーモンドチョコをガツガツ噛めなくなってくると、またこしあんしか食べたくなくなるのかもしれない。
2025.03.30
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今回お父さんがベトナム入りした日、お父さんは空港からそのまま病院に向かった。4月でビザが切れてしまうので、延長申請をするために健康診断の結果が必要だったためだ。日本を出る前日にベトナムの副社長から電話があり、時間がないので空港からそのまま予約した病院に行き、健康診断を受けるように指示を受けた。 ハノイの空港に着き、迎えのドライバーの車に乗るとすぐに健康診断を受けるための書類一式を貰った。会社の総務が誰か1人来ると思っていたが、どうやらお父さん一人で何とかしなければならないようだ。 とりあえず前日に同じ健康診断を受けたというベトナム工場の工場長に電話してどうしたのか確認したところ、受付に日本語の通訳が来てすべて案内してくれたとのことだった。 工場長は英語ができないので、通訳が来たようだ。お父さんは英語ができると思われているので通訳の手配まではしていないかもしれないと不安になったが、通じなければ会社の通訳に電話して対応してもらおうと思い、ドライバーに連れられて病院に入った。 受付らしきところでビザ用の健康診断を受けに来たと書類を渡しながら英語で話をしたが、受付嬢が英語ができない人だった。ジェスチャーで目の前の椅子に座って待つように指示されたので、そこで待っていると日本語を話すスーツ姿のお兄さんに話しかけられた。 どうやらこの人が前日に工場長を案内した通訳の様で、昨日の人と同じ会社の人ですかと尋ねられた。お父さんはようやく安心することができた。 そこから、血液検査、尿検査、胸部X線、歯科検診、問診、内科の触診、外科の触診、眼科検診などを受けて一通りの検診が終わった。 ビザの更新のたびに健康診断を受けているので、慣れているのだが、毎回どうして検診をする必要があるのかいつも疑問に思う。なぜなら検診結果が良くても悪くてもビザは発行されるからだ。お父さんの同僚には高血圧の人もいれば、痛風一歩手前の尿酸値の高い人もいる。お父さんのように糖尿病患者もいる。今回の血液検査でもお父さんの血糖値は高かった。それでもビザは発行されるので問題はない。 不健康な人にビザを出さないのならまだしも、どんな結果でもビザを発行するのにどうして健康診断が義務づけられているのかいまだに不明である。 まあ不健康ならビザを発行してくれないとなると、ベトナムのビザを取得できなくなってしまうので、今のままで文句はない。一応一通りの検査をしてくれるので、ありがたいと思うようにしよう。 ただ毎回思うのだが、日本のように健康診断専用の建物というか施設がなく、一つの検査が終わるとエレベーターに乗って次の検査場所は、そこが終わるとまた移動して次の検査場所へと歩かされる。これが結構面倒くさい。気が付くとさっき受けた場所の隣の部屋じゃないかというところへ戻ってきたりもする。 ぐるぐると病院の中を歩き回っていると何となく気分が悪くなってくる。これだけがビザ用健康診断の欠点だと思っている。 ほとんどの結果はその日中に出て説明を受ける。正式な診断書が翌日発行されるというスピード感で、さすがはベトナムと思わせるのだが、果たして結果が正しいのかどうか心配になることもある。 1時間半ほどですべての検査を終えることができたので、良しとしよう。なにせビザ発行のためだけの健康診断なのだから。
2025.03.29
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久しぶりにベトナムにやってきた。長期での出張は3か月ぶり、2月に1週間だけ出張に行ったのだが、それから数えても1か月ぶりだ。日本を出た日はまだ雪が降っていた。春の雪なのでつもりはしないのだが、まだまだ寒い日に家を出た。 しかしながらベトナムに着いた瞬間から最低気温20度前後の世界である。空港に着くとすぐに、長袖のシャツを脱いでTシャツになった。 毎年3月ぐらいにベトナムに来るのだが、日本を出るときの服装に悩むことが多い。3月の東北はまだ冬である。コートというかダウンジャケットのような上着を着ないと寒くて外出などできない。 ところがベトナムの3月は、最高気温が30度を超える日が出てくるぐらいの気候である。大げさな上着は全く必要ない。現にいまお父さんは長袖シャツで仕事をしているが、もう半袖でも問題ないと思っている。長袖を着ているのは、周りのベトナム人がまだ長袖しか着ていないからだ。 少し話がそれたが、日本から上着を着てベトナムに来ても、ベトナム出張を終えて日本に帰るころには日本も初夏となっている。冬の上着はいくら東北地方とはいえ必要ない。もちろんそのころのベトナムは最高気温が当たり前に30度を超えているので、上着は邪魔なだけである。そのためどうしても日本に上着を持って帰るのを忘れがちになる。お父さんの部屋のクロークには、これまで忘れて持ち帰っていない上着が何着か入っている。 そこで今回は、ユニクロで買った小さく収納できるダウンジャケットを着ていくことにした。脱いで専用の袋に入れれば、ほとんど場所をとらないからだ。クロークに入れると忘れそうなので、スーツケースの中にそのまま入れてある。これならさすがに日本に持ち帰ることを忘れることはないだろう。 三寒四温というほどでもないが、ベトナムの3月も寒くなったり熱くなったりを繰り返す。4月になればほとんど暑い日しかなくなるのだが、3月は最高気温が20度ぐらいまで下がる日もある。日本人にとっては全く寒くないのだが、ベトナム人は暑さと寒さの繰り返しで体調を崩す人が増える季節でもある。 お父さんの場合は最高気温で20度も違うところに来ているので、なおさら注意が必要である。前日まで暖房を使って生活していたのに、ベトナムに着いたとたんに冷房を使う生活になるからである。実際に初日から25度設定で冷房をかけている。 今回のベトナムでは大型の機械の立ち上げが3台、社内の工事が3か所、それに伴うレイアウト変更などで結構大掛かりな仕事が多い。5月末には日本に戻ろうかとも思っているが、いつになるかはまだわからない。昨年は3月末にベトナム入りして、帰国したのは6月末だった。 頑張って仕事をして、早く家族に会いたいと思う。
2025.03.28
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タバコが社会の害悪と認識されるようになってもう何年になるだろうか。お父さんは大学生からスモーカーになり、いまだにタバコを吸っている。周りの非喫煙者からは、いつになったらやめるのかと言われ続けているが、酒も飲めないお父さんにとってタバコは唯一の娯楽である。まあ完全にニコチン中毒になってしまっているのもあるのだろう。 先日東京駅で母親と久しぶりに会って食事をしたとき、珍しく近くに室内喫煙所があった。普段は駅構内の商業施設ではタバコをあきらめているのだが、「ある」と知ってしまうと吸いたくなってくる。 結局2時間ぐらい食事をしている中で、2回ほど喫煙に行って母親にまた怒られてしまった。50歳を過ぎていまだに親から注意を受けるお父さんなのである。 お父さんがタバコを吸い始めたころ、大学の構内では普通にタバコが吸えたし、食事に行っても普通にタバコを吸うことができた。居酒屋などお酒が飲める店でタバコが吸えなかったことはない。 バイトをしていたファミリーレストランには、喫煙席ではなく禁煙席が用意されていた。30年前は圧倒的に喫煙席の方が多かったのである。 そのうちだんだんとタバコを吸える席と吸えない席の数が逆転していった。今ではファミリーレストランで喫煙席があるところは一つもなくなってしまった。それどころか店の外にも喫煙所がない店が増えている。 東北のコンビニにはまだ灰皿が置いてある店が多いが、関東など都市部にはほとんど見られなくなってしまった。本当にタバコ=悪という図式が常識化してしまったようである。 時代の変遷とともに喫煙所の中もどんどん変わっていっている。昔は喫煙所はそれなりに快適であった。テーブルに椅子があり、喫煙者は喫煙所で座りながらゆっくりタバコを吸うことができた。お席でタバコが吸えなくて申し訳ありません。こちらでくつろいでくださいという雰囲気の喫煙所だった。 それがだんだんと椅子がくつろげないバータイプのような寄りかかることしかできないものに変わっていった。ゆっくりくつろいでタバコを吸わないで下さいと言われているようで気分が悪ったが、今ではそれすらもなくなってきている。 喫煙所は立ってタバコを吸うところであり、腰を下ろすようなものは全くなくなっているのだ。駅にしても空港にしてもその他商業施設にしても、喫煙所があってもすべて立ってタバコを吸う形式になってしまっている。喫煙者に情けは要らないと世の中が決めているのである。 駅の外にある喫煙所も昔は屋根があったり、雨が降っても濡れないところに作られていたが、今では雨が降ったら濡れるところにしか喫煙所はない。タバコを吸うような人は、濡れて当然であり、濡れたくなければタバコなんて吸わなければよいと世の中が変わった証拠である。 現在お父さんが外でタバコを吸うときに、座って吸えるのはベトナム航空の空港ラウンジのみとなっている。ここも次に内装を変更するときには少なくとも椅子はなくなってしまうだろうと思っている。場合によっては喫煙所自体がなくなるかもしれない。 タバコを止めれば何も考えなくてもよいのだが、まだやめられそうにないので、喫煙所の変遷を見守っていこうと思っている。
2025.03.27
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先日お母さんが、たい焼きを買ってきてくれと出かけようとしたお父さんに声をかけてきた。寒い日だったので、お母さんはたい焼きが食べたくなったようだ。お父さんもたい焼きは久しく食べていなかったので、用事が済んだ後にたい焼き屋にたい焼きを買いに行った。車で数分のところにたい焼きの専門店があるので、それほど大変ではない。うまい具合にお客さんが少なくて、すぐにたい焼きを購入することができた。 家に帰ってお母さんが入れてくれたお茶と一緒にたい焼きを食べながら、ふと今のたい焼きは誠実だなと感じてしまった。なぜなら、一口目からあんこが口の中に入ってくるし、しっぽの先まできちんとあんこが入っていたからだ。 お父さんが子供のころ、たい焼きのあんこは基本的に一口目で口に入るようなことはなかった。中心部にちょこっとだけあんこが入っているのがデフォルトで、頭の先やしっぽは衣だけというのが普通だった。 だからたまにしっぽまであんこが入ったたい焼きを食べると、ずいぶん得をしたと感じたものである。 同じようなものにソフトクリームもある。今は手持ちのコーンの中までソフトクリームが入っているが、昔はカップの上にしかソフトクリームは乗っていなかった。だから子供がちょっと傾けただけで、すべてが地面に落下したのだ。昔のマンガにアイスやソフトクリームを落っことす描写が多かったのは、それぐらい頻繁に、日常的にある光景だったからだとお父さんは思っている。 昭和の極めつけはエビの天ぷらだろう。お父さんが子供の頃のエビの天ぷらは、何口目でエビに出会えるかでいつもドキドキしていた。見た目が立派な天ぷらでも、中に入っているエビは甘えびサイズということがよくあったのだ。ひどいときは衣の外に出ているエビのしっぽを箸で持ち上げるだけで、ズルンと衣が落ちて、小さなエビが現れることもあった。 衣とエビのサイズの差は食べてみなければわからなかったし、衣とバランスがとれるサイズのエビが入っていることはまれだった。 しかしながら考えてみると、最近エビの天ぷらに昭和のようなサイズ違いのエビが入っているのを見たことがない。日本が裕福になったのか、海外のエビが安く手に入るようになったかわからないが、海老天にはサイズ通りのエビが入っていることが普通である。 お父さんの子供たちは、一口目からエビが口に入ってくることに疑問を持つものはいないだろう。 たい焼きもソフトクリームも海老天も、今ではすっかりまじめな食べ物になってしまった。それはそれで世の中的にはいいことなのだと思うが、昭和の頃の「だまされるのを楽しむ」という思いでがなくなることに、少し寂しさを感じてしまうのはお父さんだけだろうか。
2025.03.26
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昨年末から今年にかけて広東省と上海という2都市に出張に行った。それ以外も昨年末に台湾出張もしたのだが、台湾は政治的には中国だが、台湾人からしたら中国ではないという微妙な立ち位置なので、今回は中国にはカウントしない。 海外出張に行ったときは、通常空港などで会社にお土産を買って帰ることにしている。撒き土産というか、一人クッキー1枚とかいうレベルのお土産である。 最初に広東省に出張した時は、香港市内で少し時間があったのだが、撒き用のお土産が買えなかったので、香港の空港で購入した。荷物になるのが嫌だったのでチェックインでスーツケースを預けたあと、飛行場の搭乗ゲートの前で購入したのだが、これがひどかった。 購入したのは缶入りのクッキーで、あちこちの店でいろいろなクッキーが販売されていた。香港と言えば元をただせばイギリスの植民地であり、ペニンシュラホテルのアフタヌーンティーなどは今でも有名である。 そんなわけで、香港のクッキーなら間違いないだろうと思って居購入したのだ。空港内のお店だからそれなりに高かったのだが、値段も味や素材の品質を表していると思って購入した。 会社に戻って総務の女性にお土産を渡したところ、休憩時間のお茶うけにみんなに配ってくれた。数が多かったので、購入したお父さんにも配られたのだが、食べてみて驚いた。びっくりするほどおいしくないのだ。 見た目は実においしそうなのだが、口に入れた瞬間に口の中の水分をすべて奪われてしまった。さらに味がほとんどしない。甘みもなければ風味も何もない。とにかくお金を出して購入したクッキーでここまでおいしくないものを食べたのは初めてだった。 お父さんだけは値段を知っているだけに、余計に落胆がひどかった。同じ値段を出して日本のスーパーに行けばもっとおいしいクッキーが3倍の個数は買えるのだ。 香港も中国の一部になって久しいが、イギリスのおいしさを維持することはできなかったようだ。 年が明けてすぐ、今度は上海に行った。仕事出張なのでやはりお土産は上海の空港で買うしかなかった。今回は前日に少し余裕があったので、空港で帰るおすすめのお菓子をネットで探して見た。そして、空港内にあるお店でパンダのクッキーを買おうと決めていた。 実際に翌日空港で、すぐに決めていたパンダのクッキーを見つけることができたのだが、その店の店員が、別の中国のクッキーを「これが今一番人気で一番おススメです」と日本語で話しかけてきた。 せっかくだしとパンダのクッキーとおすすめクッキーを両方購入して、お土産とした。2使ってしまったので、パンダのクッキーは自宅用、おすすめクッキーを会社用とした。 自宅でパンダクッキーを開けてみてまた驚いた。30年前の中国ですかと思うようなひどい見た目のクッキーだったからだ。 パンダクッキーの容器を見ていなければ、クッキーがパンダに見えない。そもそもいろいろとずれていて、日本なら間違いなく不良品である。味などの品質は変わらないだろうが、パッケージのパンダクッキーの絵とはまるで異なるかわいそうなパンダが入っていた。 味の方もひどくて、まず硬いせんべいの様だった。サクッとした食感などまるでなく、ペキッと折れて口の中でぼりぼりとかまなくては食べられない。甘みも少なくお母さんが少しは食べてくれたが、子供たちはお父さんの食レポを聞いて全く手をつけなくなってしまった。 さて会社に持って行ったおすすめクッキーであるが、こちらも「なんであの店員はこれを勧めたのだ?」と思うほどにおいしくなかった。香港の水分を持っていかれるクッキーとはまた異なる、味もなく食感も悪いクッキーだった。 同僚から、これが中国人には人気がある味なのかと尋ねられたが、さすがにそれはないと思うほどのまずさだった。 今年もまだ中国に出張する予定はあるが、もう何を買ってよいかわからない。少なくともクッキーはやめようと思うのだが、先日香港の街中で購入をあきらめた香港で一番有名なクッキーがある。それに挑戦してみようかものすごく悩んでいる。
2025.03.25
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モノの値段が上がって、どの会社も今までの価格では販売できない状況がずっと続いている。単純に値段を上げることもあるが、それ以外に食品などで内容量を減らして価格を維持することもある。ただしこの内容量を減らす行為は、ネットなどで公表していてもステルス値上げと呼ばれることがあり、各メーカーはかなり苦労していると思う。 お父さんは、ステルス値上げにしてもそのほかの値上げにしても、利益を出すためには仕方がないことだと思っているし、自分の生活に大きく影響することがなかったので、あまり気にしていなかった。卵の値段が上がったり、これまでLサイズとかが当たり前だった卵のサイズがばらばらになったりと、気づく場合もあったがそれでもあまり気にしていなかった。お米だけはずいぶん短期間で高くなったのには驚いたが、それでも農家のコメの売却値を知っていたので、生産者が利益を出せるようになるなら仕方がないとあきらめていた。 しかしながら、お父さんは先日このステルス値上げによって大きな衝撃を受けた。それがスーパーで売っているアンパンである。ベトナムにお土産用に購入したのだが、購入した時はいつものように適当に買い物かごに入れていたので気が付かなかった。 ベトナムに到着して日本人にいろいろと配った後に、自分用の1袋を食べていて衝撃を受けた。5個入りだと思っていたものが4個入りになっていたからだ。 アンパンを2個食べたところで気が付いた。残り3個だと思っていたのに2個しか残っていなかったからだ。落としたのかと思って、床に落ちていないか探してしまったほどだ。そしてパッケージに「4個入り」と書かれているのを見つけた。最初は落としたのではなく、最初から4個入りだったのかとほっとした。だがいったいいつから4個入りに変わったのかと考えて、「これがステルス値上か!」と初めて衝撃を受けた。 この手のアンパンはお父さんが子供のころから5個入りで販売されていた。お父さんは5人家族だったので、母親が1袋買ってくると家族で1個ずつ食べていたので間違いはない。それがインフレ、物価高によって4個という数に減らされてしまった。さらに最近食べていなかったので、最初は気が付かなかったがアンパン1個の大きさもすこし小さくなった気がした。 実際のところはわからないが、お父さんはアンパンに関しては5個入りを貫いて値段を上げてほしかった。だが世の中は家族の人数も減っているし、4個入りの方が受け入れられるのかもしれない。メーカーもどうしようか考えた挙句の4個入りだったのだと思う。 今後もお父さんはこの手の衝撃を受けるのだろうかと、ちょっと寂しい気持ちになった。
2025.03.24
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お父さんの会社は、機械の購入などで国や県や市から補助金をもらっている。公的資金からでる民間会社への補助金というのは、申請がとても面倒くさい。そのため補助金をとるためのコンサルタントが存在するぐらいである。費用をかけても補助金がもらえればプラスになるので、お父さんの会社も複雑な補助金にはコンサルタント契約を結ぶことがある。 補助金を申請して承認されなければ、機械購入を控えることも多々ある。それぐらい中小企業にとって補助金は大切なものである。 そのため補助金申請の際は、経営者・経理担当・技術担当などが分担して資料を作成し、期日までに申請を出さなくてはならない。これがかなり面倒くさい。コンサルがいようといまいと、書類を作成するのはお父さんの会社である。ひどいときは資料を準備するだけで数日ほかの仕事に手が付けられないことがある。 それでも補助金をとることができれば、苦労も報われるというものであるが、それだけ労力をかけて不採用になったときの残念感はかなりのものである。 さて補助金というのは基本的に単年度ごとに終わるものや、続くものでも年度ごとに報告書を提出したり、監査を受けなければならない。ただでお金をもらうことはできないし、もらったら終わりではない。 そのため2月末から3月中旬は補助金の報告書の作成提出や、監査の準備でてんやわんやになってしまう。お父さんもまだ準備ができていない補助金の監査を2案件抱えている状態である。 補助金の監査は、補助金の申請時もしくは承認時に決められた内容が守られているかを調べるものである。つまりもう一度補助金の受付内容を確認して、一項目ずつ現状を確認していかなければならない。またある効果を想定して得た補助金では、その効果が実際はどうであったのかなど、技術的にも経理的にも金額換算するなど結構細かい作業を必要とする。 それ以外にも購入すると決めた機械装置の実際の写真なども必要であり、監査員が立ち入り調査をする場合は使用しているところを見せる必要がある。数年前の半導体不足の時は、購入を決めて発注したにも関わらず機械の納期が延びに延びて監査に間に合わなかったことがある。この時は機械メーカーに状況報告書を作成してもらったり、間に合わなかったことへの謝罪文書のようなものも作成する必要があり大変だった。 金銭が絡むので、細かな数字もきちんとチェックしないといけない。監査や監査後のチェックで不備を指摘されてやり直しとなることも経験してきた。 補助金の監査は本当にこの時期の仕事として一番苦痛なのであるが、がんばってきちんと仕上げないと次の補助金にも影響する可能性があるので、今必死でやっている。
2025.03.23
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この春から次女が電車通学で高校生活をスタートする。始発電車で高校に通う生活が始まるのだが、お母さんの話ではローカル線は新幹線と異なりよく遅れたり運休になったりするという。普通に生活していてあまりそういう情報を聞いたことがなかったので、どうして電車に乗らないお母さんがそんなことを知っているのかと尋ねたら、LINEでJR東日本の運行情報が通知されるチャットボットというのを入れているという。 それによると、東北本線などは強風とか、線路上の異物とか、動物をはねたとか、人身事故とかでしょっちゅう電車が止まるという。お父さんもお母さんに聞いて試しにJR東日本のチャットボットを入れてみた。 すると翌日から毎日何かしらの問題が発生して電車の運行に支障が出ていることが分かった。 普段はローカル線を使うことはないし、新幹線ですら出張の時にたまに乗るだけなので運行情報などほとんど気にしたことがなかったのだが、今後は次女の通学に密接にかかわってくる。 次女の高校は電車で約50分、車だと1時間ほどかかる。電車が止まってしまい迎えに行くにしても、車で往復2時間はかかるのだ。電車が止まったら実に面倒くさいのだが、このチャットボットを見ていると、次女が通学に使う区間でもちょくちょく運行情報が出てくる。先日も強風で次女の使う区間で電車が止まっていた。 事故ならばともかく、ローカル線がここまで天候に弱いとは知らなかったので、今は驚いているばかりだ。これが都会なら、別の電車やバスで帰宅手段を変更して帰ってこれるのだろうが、東北の田舎では大体手段など存在しない。 大学生の息子などが電車通学をしている親に聞いたところ、まあ1か月に数回は、通学時間に問題が発生しているようだ。その結果親が車で送迎をするということはたいして珍しいことではないとのことだった。 ただでさえ早朝に家を出る次女の通学となると、弁当の準備などお母さんにはかなり負担がかかる。それに加えて学校までの送迎をするとなると、お母さんの負担は計り知れないものになるだろう。お父さんは次女を朝学校に送ったら、会社に遅刻してしまうので必然的に送迎はお母さんになるだろう。 次女と離れるのはさみしいのだが、早く下宿させてしまわないと親が倒れてしまう。JRには次女が下宿するまで通常運転に支障がないように頑張ってもらいたい。
2025.03.22
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ポイ活という言葉が今は普通に使われている。お父さんは最初、ポイ活とはモノを捨ててすっきりさせる活動、ミニマリストを目指すような活動のことを言っているのだと思っていた。ポイ活のポイがポイントだと知ったのは今年に入ってからだ。 お父さんはいろいろと買い物をして、ポイントカードを出すのが苦手である。いちいち財布からポイントカードを出してスキャンしてもらうのが面倒くさいのだ。さらに言うとためたポイントを、いつ使うのかというのも考えていない。だからいつの間にか期限が過ぎてポイントが消えてしまうというのもよくある話だ。 そんなわけで、ここ数年はポイントカードがあるかという問いに「ない」と答えていた。 先日お母さんにそんな話をしたら、怒られてしまった。ポイントはバカにできないらしい。実際にお母さんはポイントを買い物の一つの指標にしている。一緒に買い物に行っても、明日はポイント10倍デーだから高いものは明日買うとよく言っているのだ。お父さんはバカにしてそんなにセコセコためてもあまり意味はないと言ったその日に、お母さんがためたポイントが5000円分以上あったことを知った。これはバカにできる額ではない。 お母さん曰く、たくさん買い物をしているのではなく、ポイントがたくさんつく日にまとめて買い物をしてこその成果らしい。 そんなわけで、お父さんもポイ活を始めようかと思っている。ただその前にやっておきたいのが、ポイントカードの整理だ。具体的には、スマホのアプリで代用できるものはすべてスマホアプリに切り替えてしまおうと思っている。 実際にいまだにお父さんの財布には、ポイントカードがたくさん入っている。TSUTAYAのTポイントカードを筆頭に、ローソンのカード、薬王堂のカード、スポーツデポのカード、イオンのカードなど、ポイントカードだらけで財布が膨らんでいる。 スマホアプリにすべてが変更できるわけではないだろうが、できるものからスマホアプリに引き継いで、財布をすっきりさせようと思う。さらにスマホですぐにポイントカードが出せるのならば、財布の中を探すのが面倒くさいということもなくなるだろうと思う。 お父さんのポイ活が本格的にスタートできるかもしれない。 国民全員が一つのポイントカードでどの店でもポイントがたまるようになってくれると一番いいのだが、どのポイントカードも自社で買い物をしてもらうためだけでなく、どんな年齢、性別の人が、いつどこで何を買うなどのデータ集めのためのポイントカードなので、ある程度は統合できても、一つにはならないだろう。 とりあえず休日にじっくり、今持っているポイントカードがアプリに変更できるか確かめて移行していこうと思っている。
2025.03.21
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ベトナム行きを前に、先日週末に庭の手入れを実施した。毎年の恒例行事なのだが、お父さんもお母さんも年々老いてきているので、作業がつらくなっている。ただその分年々要領は良くなっている。作業用の機械も徐々に導入しているので、作業時間自体は短くなっているかもしれない。 今では家庭用の小さな耕運機は欠かせない存在だし、庭木を剪定するときはハンディの電気のこぎりを使っている。伐採した木の枝は庭木用のシュレッダーで細かくしてしまうので、以前のように少しずつ切って小さくしてという作業もなくなった。 作業も細かく指示したり、考えたりしなくても毎年恒例なので、お父さんもお母さんも黙々と作業をしている。話をするのは腰が痛いとか膝が痛いとかいう内容ばかりだ。 昨年の春、芝用の除草剤を撒こうとして普通の強力な除草剤を撒いてしまい、夏に芝を貼り替えすることになったが、今年はきちんと芝用の除草剤を撒いた。昨年の失敗があるので、今後ボケてしまわない限り、間違えることはないだろう。 半日ほどですべての作業を終わったが、体は3日ぐらい作業した気になるほどぼろぼろになっていた。お母さんも同じでふらふらしながら片づけをした。 片づけを終わって思い出した。今年初めて導入したグリーンパイルという庭木用の肥料である。 我が家では庭木の下はすべて防草シートを張っているので、普通に施肥ができない。液体肥料を撒いたりはしていたが、あまり効果を感じていなかった。そのせいか、姫リンゴや梅、昨年は柿の樹勢が悪くなり、病気のような症状が出るようになってしまった。 いろいろネットを検索して、グリーンパイルという地面に打ち込んで使う主に業者が使う肥料を知った。ネットで購入していたが、毎年の作業になかったので度忘れしていた。翌週に回そうかとも思ったが、お母さんを説得してその日中にやることにした。 地面にハンマーでグリーンパイルを打ち込むのだが、しゃがんでの作業なのでかなり大変だった。しゃがんで立つを繰り返していたので、膝もぼろぼろになってしまった。とりあえず、春にやるべき仕事はすべて完了したので、ほっとしているが、ベトナムから戻ると初夏にやるべき作業が待っている。 木の芽時の農薬散布は今年初めてお母さんがやることになっている。これまでは、時期を逃してもお父さんがやっていたが、昨年の梅や柿の病気に対応できなかった。お母さんがきちんと消毒をして、今年は庭木が樹勢を取り戻すことを祈りつつお父さんはベトナムへ行くことになった。
2025.03.20
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先日次女の中学校の卒業式に行ってきた。コロナ後初の在校生も全員参加の卒業式だという。そのため会場の体育館に入ったら、保護者の席は在校生の席の両脇という場所だった。以前のお父さんなら一眼レフのカメラに望遠レンズを取り付けて、遠くからでも次女を撮影したと思うが、最近はもっぱらスマホである。周りを見ても、ビデオカメラを持っている人はいても、一眼レフのカメラを持っている人はいなかった。時代は変わったと言わざるを得ない。 さて卒業式自体であるが、お父さんとしては参列するのも楽になったと思わざるを得ない。お父さんは小学校が1学年200人強、中学校も高校も1学年400人ほどだった。そのため一人一人が卒業証書をもらうのにものすごく時間がかかった。 ところが次女の学年は80人強しかいない。時間的にも30分ぐらいで終わるので参加していてストレスがたまらない。本当に楽になったと思う。 もう一つお父さんの時代と卒業式が変わったと思うのが歌である。お父さんの時代は国歌である君が代、校歌以外は蛍の光とか仰げば尊しなど卒業式の伝統的な歌を歌っていた。退場するときも在校生が海援隊の送る言葉を歌っていた記憶がある。そもそも歌というのはそれほど重要視されていないというか、あまり重要視されていなかったと思う。 ところが次女の卒業式は、卒業生入場で在校生が「名づけられた葉」とかいう歌を歌っていたし(拍手なし)、君が代と校歌は歌っていたが、答辞の跡に卒業生がGreeeenの「遥か」を歌い、続いて先生に向かって「心の瞳」という歌を在校生とともに歌っていた。そして卒業生退場の時は、在校生による「旅立ちの日に」が歌われた。昭和の定番曲は全くない。しいて言えば旅立ちの日には、平成以降の定番曲と言えるのかもしれない。 さらにどの歌もかなり練習しているようで、ソプラノ、アルト、テノール、バリトンと4パートに分かれて歌っていた。そこまで歌に力を入れるものなのかと驚いた。 卒業式が終わり、来賓の退場も終わった後、普通なら父兄が退場して残った在校生が片づけをするのがお父さんの時代の定番だったのだが、今回は在校生がとっとと退場してしまい、父兄が一番最後まで残された。父兄より待たされていたのが先生たちである。もう長幼の序とか言ったら古いと言われるのだろうが、無茶苦茶だなと感じた。 それにしても、東北の卒業式は桜どころか梅も咲いていない中で行われるし、まだまだ冬といった気候で行われる。長女の中学校の卒業式は雪の中だったことを思い出す。寂しいとか感じるより、寒いと感じるほうが強い卒業式だった。
2025.03.19
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先日東京出張の際1泊したのだが、翌日にどうしても始発の新幹線に乗らなくてはならなくなった。新幹線駅の近くに止まっていればさしたる問題はないのだが、この時止まっていたのは八王子のホテルだった。 いろいろ調べたが、東京始発の新幹線に乗るには、八王子発4:34の中央線の始発に乗らなくてはならないことが分かった。 ホテルを朝4時にはチェックアウトしなくてはならない。なので起床は午前3時、遅くとも3時半には起きなくてはならない。寝坊したら終わりである。寝る前はかなり緊張した。スマホの目覚ましを5分おきに5回鳴らすようにセットして、それでも不安を抱えながら寝に入った。 そもそも取引先との会食を終えてホテルに戻ったのが23時過ぎ、そこからシャワーを浴びて着替えて歯を磨いてといろいろしていたので、布団に入ったのは大体0時半ぐらいだった。3時間しか寝られないなと思ったが、結局緊張で何度も目が覚めてしまい、3時ジャストに布団からでた。 不思議なもので、寝ようとしている時には寝られないのに、起きて動いていると眠くなる。自分の体の不合理さに呆れてしまった。 4時にホテルを出て、繁華街を抜けようと歩いていると、まだ客引きが何人か寄ってきた。平日の朝4時にキャリーケースを引きずっている人に声をかけるのだから、よほど暇なのだろうと思ったが、この時間に店が開いていることに少し驚いた。 ほとんど人通りはなかったが、犬の散歩などの人以外は酔った人の方が多かったように見える。歩き方がゆっくりで、急ぐ様子もなくフラフラしているのでこの時間の酔った人はわかりやすいなと思った。 駅に着くと、まだエスカレーターも停止していて荷物を持って階段を上がらなくてはならなかった。ホームにたどり着くと、まだ外は真っ暗なのにハトが結構いて、エサを求めてホーム上をうろうろしていた。 ホームで電車を待つ乗客のほとんどが酔っ払いではなかったが、2割ぐらいは酔っ払いも混ざっていた。近くで吐かれたらヤダなと思って、酔っ払いのいないところに並んだ。 ほぼ時間通りに電車は駅に到着し、お父さんは乗り込んで座った後はほとんど記憶がない。新宿で一瞬目が覚めたが、気が付いたら東京駅に到着していた。さすがに寝不足と電車の温かさ、そして適度な揺れに体が意識を保っていられなかったようだ。 通勤電車の始発に乗ったのは大学生の時以来だと思うが、家に帰って寝ることができた学生時代と違い、そのまま会社に行く社会人のお父さんに始発電車での行動はかなりきついものがあった。もう一生4時台の始発に乗らなくてもいいと心から思った。
2025.03.18
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先日東京に出張した際に、喫煙所で若者(おそらく10代後半のバンドマン)が大きな声で話をしていたので、最初は聞くつもりがなかったが内容が興味深くてついつい聞いてしまった。 2人組の男性だったが、1人が人間関係で悩んでいるようだった。その内容が実に若者らしくてほほえましかった。 悩んでいる男性は、自分の『正しい』意見を皆が分かってくれないというものだった。ギターを背負っていたので、おそらくバンドのメンバーのことだと思う。せっかく自分が『正しい』意見を言っているのに、どうしてみんな理解して行動してくれないのか意味が分からないという。 それを聞いたもう一人の男性も、気持ちはよくわかると同意していた。お互いに自分が3人いたら楽なのにと、周囲が理解してくれないことを嘆いていた。自分の意見が常に正しく、それに同意しない人達はおかしいという、若者特有の悩みであると感じた。 若い人、それも同年代にグループには上下関係がないことが多々ある。全員が平等に権力というか決定権を持っているので、お互いに意見を主張してしまうとまとまらず、話が進まないというのは、お父さんもよく経験してきた。リーダーやカリスマ性のある人がいればその人のまとめで意見が統一されるのだが、平等だとうまくいかないことが多い。 なぜなら全員が『自分の意見が正しい』と思っているからだ。そして自分と異なる意見を受け入れたり、お互いの主張の中から妥協案を出すということもできない。 社会人になり、それなりに年月を重ねると自分の意見への圧倒的な自信もなくなるし、人が自分の意見に手放しで同意するなどめったにないことだとわかるのだが、若いうちはそれができない。不思議と自分の意見が一番客観的で正しいと思い込めるのである。 悩みを聞いていた相手も、自分の意見が受け入れられないならその人とは付き合わないほうが良いというようなアドバイスをしていた。自分の信じた道を行くべきだと。 ついでに彼らの声の大きさも、自分たちがいかに深く悩み、またそれを乗り越えるべく強く生きていこうとしていることをアピールしたかったのかもしれない。 馬鹿にするわけではなく、若者特有の力強さだとお父さんは感じてほほえましかった。 彼らはこれから数えきれないほどの挫折を味わいながら、人生を歩んでいくだろう。お父さんのようにやや枯れ気味の中年になる前に、精いっぱい頑張ってほしいと心から思った。
2025.03.17
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先日北陸に出張に行ってきた。今は北陸新幹線が敦賀まで開通しているので、東北から北陸に行くのもかなり楽になった。大宮で東北新幹線から北陸新幹線に乗り換えれば、驚くほど簡単に到着してしまう。 今回の出張も夕方に金沢を出発たにもかかわらず、自宅で夕食を食べることができる便利さだった。 さて、北陸と言えば富山・石川・福井の3県だが、どの県も新鮮な海産物が有名である。それぞれブランドや特徴があり、富山のホタルイカ、石川ののどぐろ、福井の越前ガニなど魅力的な海産物がたくさんある。 旅行で北陸に行けば間違いなく特産物を食べに行くのだが、出張だと不思議とそういう気分にならない。 取引先などに連れて行ってもらうことはあるのだが、自分だけで食事をするとなると、出張時は名物とは無縁の店で適当に食べることが多い。場合によってはコンビニ弁当をホテルで食べることもある。 出張の食事は会社に経費で請求することができるから、高級なものを食べられないという縛りもあるが、1000円程度の経費を貰うことに執着しておいしい名物を食べないのはもったいないとふと思うことがある。 今回の出張は相手が回転寿司ではあるが結構高級でおいしいところに連れて行ってくれたので、北陸の海産をそれなりに食べることができた。実にラッキーだったと思う。だがその食事以外は、ラーメンとか定食で済ませてしまった。いつものこととはいえ、改めて考えるともったいないと思う。 ただ観光地の名物料理は基本的にかなり値段が高い。金沢の近江市場などで海鮮丼を食べようとすると、最低3千円、高いと5千円は支払わなくてはならない。よくよく中身を見れば、乗っているのはマグロ、イカ、エビなど地元のすし屋でも普通に食べられるものがほとんどである。数年前の金沢出張で、せっかくだからと4千円の海鮮丼を食べたことがあるが、値段ほどのおいしさや価値を感じることはなかった。 一人で4千円の方が、家族旅行で5人×4千円で2万円かかるより安上がりなのだが、家族旅行の時のほうが無駄に奮発するのがお父さんの特徴だ。 人によっては、単独出張でおいしいものを食べるのが好きな人もいるようで、家族で行ったら食べられないものを食べるのが楽しいという人もいる。支出を考えたらその意見にはものすごく共感できるのだが、お父さんは基本的に一人旅が好きではないので、そういう性格の違いが行動に出ているのだと思う。 家族と旅行に行っておいしいものを遠慮なく食べられるように、がんばって働こうと思う。今まで出張した先で、家族と旅行で来てみたいと思ったところはたくさんある。子供が大きくなったので家族旅行は難しいのかもしれないが、せめて夫婦で旅行したいと思うのだが、お母さんは意外と旅行をめんどくさがるので、お父さんの望みがかなうかどうかはわからない。
2025.03.16
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先日エレベーターのカゴが来ていないのに、エレベーターの表ドアが開いていて、調べたら男性が下に落下して死亡していたという事故があった。ドアが開いていたら、お父さんも普通に乗り込んでしまうかもしれない。本当に怖い事故であるし、亡くなったかたは気の毒だと思う。 お父さんでは今は何も考えずにエレベーターに乗っているが、子供のころはエレベーターに乗るのが怖かった。なんの根拠もないのだが、エレベーターが落ちるのではないかという恐怖で、デパートなどでエレベーターに乗る際は、目的の階に着くまで怖くて親にしがみついていた。できればエスカレーターを使いたいとよく親にお願いしていた。 書いていて思い出すのだが、エスカレーターも幼稚園児ぐらいまでは、下りのエスカレーターに一人で乗れなかった。上りのエスカレーターは普通に乗れるのだが、子供の視線だと下りのエスカレーターはステップが見えないので崖のように感じるためだ。そのうちに慣れて乗れるようにはなったが、背が高くなるまで崖に飛び込んでいく感覚で乗っていた。 今はあちこちにエレベーターがあるが、お父さんが子供の頃はエレベーターに乗れる場所は駅前のデパートにしかなかった。自分の住んでいる小中学校の校区にエレベーター付きのマンションなどまだなかったので、友人がエレベーター付きのマンションに住んでいるという経験をしたことがなかった。 しかしながら、神奈川に住んでいたいとこが8階建てのマンションに住んでいた。基本的に小学生ぐらいまではエレベーターが怖かったが、いとこのマンションのエレベーターだけはなぜか怖くなかった。 逆にいとこと一緒にエレベーターで1階から屋上まで何往復もしたり、各階のボタンをすべて押して、各階停車を楽しんだりしていた。たいてい管理人に見つかったり、親に見つかって怒られるのだが、機械を操作している感覚が楽しくて、すきをみては遊んでいた。 今の子供はテレビのリモコンでもゲーム機でも様々な電化製品でボタンを押すことに慣れているだろうが、お父さんが子供の頃はテレビはガチャガチャと回す方式だったし、ボタンを押して何かをコントロールするということがあまりなかった。 幼稚園の時に、バスの停車ボタンを押したくて、降りる停留所のアナウンスがはじまった瞬間に押すことを繰り返していた。なぜあんなことが楽しかったのか今になるとよくわからないが、とにかくボタンを押したかった。 エレベーターからはだいぶ話がそれてしまったが、わが子がエレベーターを怖がったり、ボタンを押したがったりするのをあまり見た記憶がない。今の子供にとってはエレベーターは物心ついたときから乗っているし、ボタンを押すのが楽しいという感覚もないのだと思う。いいことでも悪いことでもないのだろうが、くだらないことに恐怖し、くだらないことで楽しめたお父さんの時代は、幸せだったのではないかと思う。
2025.03.15
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人間というのは不思議なもので、知恵がつくほど謝ることができなくなってくる。謝罪よりも前に言い訳が出てしまうのだ。お父さんも言い訳を言った瞬間に、しまったと思うことがよくある。ここは謝っておけばよかったと後から後悔したことは数えきれないほどある。それでもたびたび謝罪より言い訳を選んでしまうのが人間なのだろうと思う。 常に謝罪から入れる人もいるのかもしれないが、それはよほど自分を卑下しているか、意識して謝罪を先にするように心がけて訓練している人だとお父さんは思う。それぐらい人間は幼い時から老人までつい言い訳をしてしまう生き物なのである。 なのでつい言い訳をしてしまう他人を見て、ああこの人は失敗したなと思えば、自分は注意しようとお父さんは思うのだが、世の中には絶対に謝らないと決めているのかと思うほど謝ることができない人がいる。謝ったら損をするのか、謝ったら死んでしまうのかと尋ねたくなるぐらい、絶対に謝らない人というのは一定数いるものである。 この手の人は、完全にその人が悪くて、周囲からも謝るように強制された時でも、「はいはい、ごめんなさい。これでいいんでしょ。」みたいな発言をする。言葉的に謝罪はしたが、全く悪いと思っていないことを周囲にアピールする言葉である。 ただこれを読んだ人が、「そういう人いるよね」と思うくらいには、一定の割合でこういう人はいるものである。 先日息子が次女の分まで夕食のおかずを食べてしまった時も、故意ではなく勘違いだったので、素直に謝ってしまえばそれで終わりになる状況だったのに、「普段次女はそんなに食べないのだからいいじゃないか」という無理な言い訳でお母さんに怒られていた。お父さんはそれを見ていたので怒りはしなかったが、息子に無駄な言い訳をして故意でないミスなのにお前が悪と思われる結果を招いたんだぞと話をした。息子はむくれていたが、謝っていれば次女も文句は言わない程度のことだったし、もめずに済んだのは間違いない。次女からも謝らなかっただけで、恨みを買うことになってしまった。 謝るということは、少なくとも日本の文化では常識であり美徳である。ついやってしまう謝る代わりの言い訳をどれだけ抑えられるかが、人間性を表す指標にもなるのだと思う。
2025.03.14
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子供のころ、お父さんが住んでいた家は風呂釜式だった。お風呂に水を張って、ガス式の風呂釜を点火し、水が適温になったら風呂釜を止めるというシステムで、油断するとあっという間に熱くて入れないほど温度が上がるのが風呂釜式のお風呂だった。 祖父母の家には灯油式のボイラーがあって、最初からお風呂にお湯を張ることができたのだが、今のようにボイラーの温度や温度調整システムなどはなかったので、お湯と水の蛇口を両方調整して適温に近いお湯を張っていた。 この当時はどこの家のお風呂にも温度計とお湯をかき回す棒(お父さんの家では「かんばかしき」と呼んでいた。風呂釜式の風呂は、温度を測る前にお風呂をかき回さないと上だけが熱くて底の方が水のままということが当たり前にあったからだ。 かき回すのを忘れて、表面のお湯の熱さに満足して風呂釜を止めると、入ったときにお尻が冷たいという経験をよくしたものである。 今でも覚えているが、我が家にあったのは黄色い魚の形をした温度計で、風呂釜を止める温度は42度~43度だった。今我が家の風呂の温度の設定は冬が41度で夏が39度なので、それに比べるとかなり熱い湯につかっていたのかもしれないが、保温機能などないお風呂なので、少し温度が下がるのを見越していたのかもしれない。 熱ければ水で温度を下げるという行為をやっていたので、熱めに入れていたのだろう。 さてお父さんとお母さんでは風呂の適温に2度ぐらいの差があると最近感じている。お父さんが先に風呂に入ると、次に入るお母さんは「熱い」というし、お母さんが先に入ると、お父さんが入ると「ぬるい」と感じる。 基本的に保温の温度はお母さんが決めてしまうので、お父さんは自分が風呂に入って「ぬるい」と感じると追い焚き機能を使って温度を上げる。それでお母さんとよく揉めるのだ。 ちなみにネットで調べると適温は39~41度ぐらいらしいので、お父さんもお母さんも極端に熱い風呂やぬるい風呂が好きなわけではなく、適温範囲内で揉めているようである。 先日温泉に家族で行った時にも、お母さんは露天風呂が適温で内風呂は熱いと言っていたが、お父さんは内風呂が適温で露天風呂はぬるいと感じた。 男湯と女湯で違いがある可能性もあるが、やはりお母さんとは適温に1度か2度の差があるようである。 年を取ると温度を感じなくなるようなので、お父さんはますます熱いお湯を好むようになるのかもしれない。ただ東北は冬場家の中も寒いので、ヒートショックで倒れる人も多い。今のうちにお母さんの温度に自分の体を慣らしていくのも必要なのかと思っている。
2025.03.13
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お父さんはお母さんほどではないが、これまで我が家の3人の子供の習い事などの送り迎えをやってきている。長女の予備校、長男のミニバス、次女のダンスなど子供が歩いていけない距離や、夜道が危ないと思う場所へは車で送迎をしてきた。 長男はすでに高校生で、基本的に夜も危険ではないし、自転車であちこち行ってしまうので、最近はほとんどのせていないが、次女はいまだに送迎をしている。 子供たち3人の中で、お父さんは次女の送迎が一番楽しかった。なぜなら次女は車に乗りながらずっとお父さんと会話をするからである。長女も長男もお父さんが話しかけても、返答はするけれど会話をするという感じではなかった。 次女だけが、屈託なくお父さんとの会話を楽しんでくれたので、お父さんも次女のお迎えは積極的に行くようにしていた。 ところが最近次女がまるで会話をしてくれなくなった。スマホを与えた翌日から、車に乗り込むなりスマホの画面を眺めて無言である。話しかけても、「ちょっと待って」と返事がくればいいほうで、ほどんどの場合無言になってしまった。 長女や長男は、迎えから自宅までの数分ではスマホをほとんど触らなかったので、短いながらも問いかけに対する返答はあったのだが、次女はその時の上二人より反応が悪くなってしまった。 次女以外の家族がスマホを持つようになって2年、自分だけがスマホがない状態を耐えに耐えたと言う次女は、今スマホをいじることが人生の最優先事項になっている。あれだけ会話を楽しんでいた次女が、ここまで無言でスマホをいじるようになるのだから、スマホの魅力というか影響はすごいものだと思う。 人類の生活を便利に変えたのもスマホではあるが、悪い影響を多くもたらしているのもスマホである。スマホに罪はないのだが、使い方に注意しないと人生を悪化させる可能性もあると不安になる。
2025.03.12
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先日事務所の生産管理のリーダーが、玄関の客用スリッパが乱れているからと、事務所のメンバーに注意喚起をしていた。お父さんの会社は来客用にスリッパを3足常に玄関の上り口においてある。人がそこを通るときにちょっと触れただけでもスリッパというのは動いてしまい、乱れた状態になる。 朝事務所の人が玄関掃除をして、スリッパもそろえている。この時間には社員はほとんどが出社しているのだが、9時出社の社員などもいるので、彼らが出社時にスリッパを動かしてしまっているのだと思う。 帰社時にスリッパを動かしてしまう人も多くいるようで、お父さんは毎朝会社に到着するのがほぼトップ3に入る早さなのだが、自分が内履きに履き替えるときに乱れたスリッパをしょっちゅう直している。 その後多くの社員が出社するので、そこでまた乱れるのかもしれないが、見つけた時は常に直しておくのがお父さんのポリシーである。 人間というのは、乱れた状態を見ているとそれが当たり前になってしまう性格をしていると思っているからだ。社内のトイレのスリッパも乱れていると直している。それをみてまったく何も感じない社員もいるが、感化されて自分でも直す社員も多い。年齢はあまり関係ないが、お母さんとして子供を育てた経験のある女性社員が一番きちんとしているような気がする。 ちなみに勝手な思い込みかもしれないが、自分のぬいだスリッパはもちろん、人が乱したスリッパまで直すことができる人は仕事もできる人が多いと思う。それだけ周囲に気を配れる人であるとともに、正しいことを当たり前にやる行動力を持っているからだと思う。 そう考えると我が家の子供たちの靴のぬぎ方はひどい。自宅という気の抜けた場所であることもあるのだろうが、お父さんが帰宅した時、玄関の靴がきれいに並んでいるのは年に数回ぐらいである。特に息子はひどい。何度も注意はしているが、娘2人は注意されればしばらくはきちんとできるのだが、息子は全くである。 スリッパや靴をきちんとそろえておくことができないだけで、自分の人生が変わることもあると何度も言っているのだが、まるで信じていないようだ。お父さんが乱したまま平気で帰る社員を見て、給与の評価を含めて変えているのだから、少なくとも全くのウソではないのだが、本人に伝えることはしないので、損をしていても気が付かない。結果としてそんな事実はないと皆思い込むのかもしれない。 それにしても、どうして靴やスリッパをきれいにそろえておくくらいの簡単なことができない人がたくさんいるのだろうか。そろえる側の人間としては実に不思議でならない。
2025.03.11
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先日昨年と同じ事故が東北新幹線で発生した。はやぶさ号とこまち号の連結が走行中に外れてしまったのだ。昨年9月にも同様の事故があり、負傷者が出るようなことはなかったが、JR東日本としては大きな事件として対策をしたはずだった。 しかしながら約半年でまた同じような事故が発生してしまった。これを受けてJR東日本は秋田新幹線のこまち号と山形新幹線のつばさ号の連結運転の停止を決めた。原因が解明され対策が実施されるまでこの状況が続くという。 ニュースで見たところによると、秋田新幹線は秋田と盛岡間で往復運転。山形新幹線も福島と新庄の山形新幹線区間のみで往復運転となるという。つまり秋田新幹線利用者は盛岡駅で山形新幹線利用者は福島駅ではやぶさ号ややまびこ号などの東北新幹線への乗り換えが必要になる。これまでは乗り換えなしで直通の車両に乗っていた人たちが、東北新幹線の車両に乗り換えてくるということだ。当然今までよりも東北新幹線車両の混雑が激しくなるだろう。実際に事件翌日から東北新幹線の混雑はかなりひどい状態にあるようである。 ちなみにお父さんはこの事故の数日前に金沢への出張が決まった。いつものならギリギリまで新幹線のチケットを取らないのだが、ことの時は決定と同時に新幹線のチケットをネットで手配してしまった。 おかげですでに指定席券を持っているので、新幹線に乗れないとか、混雑する新幹線で立ち乗りするということにはならない。本当にあの時すぐ切符を予約した自分をほめたいと思う。 お父さんは会社の中では出張が多い仕事である。これまでもいろいろと電車や新幹線、飛行機の様々なトラブルに巻き込まれてきた。まあどれも大事になるようなことはなかったが、それでもダイヤの乱れや遅延で大変な思いはそれなりにしてきた。 一番大変だったのは、成田空港に着陸できなくて羽田に降りた飛行機内に約7時間閉じ込められたことだろうか。 席が取れなくて新幹線で3時間近くデッキに立ったまま目的地まで行ったこともある。 そういえば車での出張でも高速道路を走行中に突然車が壊れて大変な思いをしたこともある。交通機関というのは、先進国家日本でもそれなりにいろいろとトラブルを起こすものなのだろう。おそらくこれからもいろいろとトラブルには巻き込まれることだろうと思うが、無事にやり過ごせることを祈りたいと思う。
2025.03.10
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お父さんは最近、デブからややデブにクラスチェンジしてきている。以前はお父さんよりデブという人があまりいなかったのだが、お父さんの体重が数キロ減ったのに対して、周囲でお父さんの体重を超える人たちが続出しているためである。会社では、日本でもベトナムでもデブと言えばお父さんだったのに、お父さん以上に成長してしまった人が数名出たせいで、お父さんの社内でも称号がはがされつつある。 まあデブでないなら健康上も見た目上も良いことなのだが、お父さんがやせたのではなく、周りが太ったわけで、お父さんの健康や見た目が向上したわけではないところが問題である。 さて、お父さんは長年デブをやってきているので、デブがどうやって出来上がるのかをよくわかっている。自分がどんな生活をしたときに太って、どんな生活をしたときにやせたかを実体験として知っているからだ。 よく「デブは肉を食べる」と思っている人がいる。デブは肉が好きなのは間違いない。しかしながら栄養学的に肉はデブの体をつくるにはあまり適していない。ダイエットの本などでも肉を食べるなとはあまり書いていない。 デブを作るものは炭水化物である。なのでデブは米や小麦からできるあらゆるものをよく食べる。ちょっとの肉でコメをもりもり食べる人が太りやすいのである。ラーメンもデブを作る元である。肉や野菜たっぷりのラーメンではなく、とにかく麺を大量に食べる人が太りやすい。デブはカップラーメンを1食で2個ぐらいは平気で食べる。夕食の後にカップラーメンを夜食に食べているとあっという間に太ることができる。 デブが愛するのは炭水化物なのだ。食事以外でもスナック菓子などもデブの大好物である。家に大量にストックしている人はデブであることが多い。 さて、あまり認知されていないと思うが、デブはホワイトソースが大好きであることが多い。ホワイトソースの主成分は生クリームと小麦粉である。つまりはデブの大好物になるということは、上の文からも容易に理解できると思う。 ホワイトシチューをカレーのようにご飯にかけて食べたりするのもデブの特徴だとお父さんは思っている。グラタン、ドリアなどもデブは大好きである。不思議なことに、デブの食事風景でコメや麺、肉などを大量に食べるマンガやアニメなどはよく見るが、ホワイトソースを大量に摂取する絵はあまり見ない。 ホワイトソースのおしゃれ感がデブには合わないのだと思う。 デブの好物のイメージにホワイトソースを入れてもらえると、現実のデブの実態に合うと思う。
2025.03.09
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先日次女に少し話をした。高校受験が終わり、スマホも手に入れてかなり気が緩んでいるのと、高校に対してだいぶなめた話を口にすることが増えたためだ。このまま高校に入ると思い込みの高校生活と実際の高校生活とのギャップでつぶれてしまうかもしれないと思ったからだ。 今回はその話の中で、子供たち全員に意識しておいてもらいたいことを書いておこうと思う。ここに書いても意味がないのかもしれないが、いつか読んでもらえる時が来るかもしれない。 「人間は一人では生きられない」という言葉は、世界中で当たり前に認識されていることである。状況によって当てはまらないことがあるとしても、人間は一人では生きられないということを間違いだという人はいないだろう。 お父さんはこれをもう少し限定的に、「人間は誰かの助けなしに幸せになれない」と次女に話をした。そしてどうやったら人から助けてもらえるかを話した。 お父さんの考えでは、「利他(りた)」を実践することである。もともとは仏教用語であるようだが、そのままの意味では他人を利するとか他人の利益のために行動するというものだと思う。それも見返りを求めてやるのではなく、相手のことだけを考えて行動するということである。 見返りを求めて相手を利する行為は、ただのバーター的交渉である。私はあなたにこういう利を与えるので、あなたは私にこういう利を与えてくださいということで、お互いの間に信頼関係は成立するが、感謝などのように相手の心を動かすことはない。 自分に無理を強いてまでとは言わないが、他人から何かしらの助けや利を得た場合、いつか恩を返そうと思うのが人間である。逆にそういう心を持たない人は、ある程度は幸せに生きることができるかもしれないが、長続きしない。 さらに類は友を呼ぶという言葉通り、利他の心を持つ人の周りにはそういう人が集まり、自分だけが得をしたいと思っている人の周りには利己的な人が集まるようになる。 次女は親のひいき目があるにしても、優しい心を持ち、利他の精神を持っていると思う。だが最近、それで損をしていると思い出したように感じている。ここで利己的な考えや行動に走ってしまうと、彼女の人生はかなりつらいものになるだろう。 お父さんとしては、それを元の軌道に戻してあげるのが仕事だと思っている。中学生という年齢は、お父さんの人生でも「自分が自分が」という精神が一番強い時期だったと思う。お父さんの人生は高校からだいぶ楽になったし、楽しくなった。次女にもこれまでつらかった分、高校では楽しい生活をしてもらいたいと思う。そのために、利他の心を常に忘れず生活してほしいと思っている。
2025.03.08
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先日週明けに出社したら、会社にFAXが来ていて取引先の社長夫人が亡くなったお知らせだった。週末の夜に来ていたため、休み中誰も見ることができず、月曜日の朝に気が付いて大騒ぎになった。なぜなら葬儀がその日の午後となっていたからだ。 弔電や花輪などの手配も大変だったが、だれか葬儀に参列するべきかあきらめるかも問題だった。 誰も喪服など会社に置いていない。さらに葬儀会場まで車で2時間半はかかる。早く決断しないと行くと決めても間に合わなくなってしまう。最終的にお父さんが自宅に戻って喪服に着替え、葬儀に参列することになった。 自宅まで急いで戻って、喪服に着替えた。お母さんはその日外出予定があったので、自宅には誰もいなかったが、犬が寝そべっていた。普通ならお帰りの儀式で飛びついてくるのだが、体調が悪いと寝たままになるのが我が家の犬のいつもの行動である。この日は飛びついてくることなく、寝たままでお父さんを見ていたので、また体調が悪いのかと思いつつ着替えを済ませた。 最後に洗面台の前で身なりを確認しようと洗面所に行ったら、右足からなにか柔らかいものを踏んづけた感触が伝わってきた。ふと右足を見ると、茶色いペースト状のものを踏んでいた。一瞬何が起きているかわからなかったが、数秒後に犬の糞を踏んづけたことを理解した。驚きもしたが、一気に落胆した。 我が家の犬は室内で飼っているが、トイレは外でやっているので家の中ではトイレをしない。昔はトイレを用意していたが、したくなると誰かに外に連れて行けと騒ぐし、家の中にトイレを準備しても一切しないので、もう年々も家の中にトイレシートを置くことはなくなっている。 若いときは良かったが、年老いてきた犬は我慢が効かなくなってきている。特にお腹が緩い状態になっていると、一日に何度も外に出さなくてはならなくなる。 今回はお母さんが外出中で誰も家にいなかったので、犬も覚悟を決めて洗面所の前で糞をしたのだと思う。それにしても、何もお父さんが予定外に帰ってきて、それも喪服に着替えてさあ出ようというときに踏んづけなくてもいいではないか。 犬を怒鳴りつけたいが、具合が悪いのだろうしお父さんもそんなことをしている時間はなかった。靴下を脱いで、足の周りをティッシュで拭いて、そっと喪服を脱いだ。靴下を手洗いして、床の掃除をして再度喪服に着替えて家を出た。 今までに犬が家の中で粗相をして、誰かが踏んづけるというのは何度かあったが、年の半分をベトナムで過ごしているにも関わらず、何故かお父さんが踏んづける回数が多い気がする。本来なら一番家にいる時間が長いお母さんが、確率的には多くなるはずなのだが、お母さんが家にいれば、犬は外でトイレをするように催促するので、お母さんは踏んづけたことがほとんどない。 お父さんの次に多いのは次女だ。家族の中で家に帰るのが一番早いことが多いからだ。お母さんが外出中に犬が粗相をしていた時、次女が最初に帰ってきて踏んづける。踏む前に発見することもあるのだが、たいていの場合踏んでしまって気が付くことが多い。 床の上に糞があるかもと気をつけて歩いていないこともあるが、お父さんは犬がわざと踏みやすいところに粗相をしているのではないかと思うことがある。もちろん気のせいだとはわかっているが、犬の我が家でのなつき方の順位は、お母さん⇒息子⇒お父さん⇒次女である。長女はもう家をでて3年経つので順位が不明である。この下位2名が圧倒的に踏む回数が多いのが気に入らない。 お母さんは犬をかばうし、お父さんや次女が踏んだことを笑う。何とかお母さんにも踏んでほしいのだが、はかない願いなのかもしれない。
2025.03.07
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先日お父さんの会社の近くの電気屋さんが閉店した。高齢になり、後継ぎもいないので見切りをつけて閉店を決めたようだ。お父さんがオーナーと初めて会った20年前には、すでに家庭用の電気製品は街の電気屋ではなく家電量販店で購入、もしくはネット通販での購入が主流になっていた。 お父さんも付き合いの関係で、自宅のエアコン購入と工事をお願いしたが、量販店よりもエアコン単体の値段も高いし、工事費込みで量販店の倍ぐらいの値段になっていた。これではお客さんは来ないなと思ったが、カタログで製品を選んで電気屋さんが発注するシステムでは価格を下げることは難しいと理解した。 お父さんが子供の頃は、家庭の電化製品は街の電気屋さんで購入し、故障すれば電気屋さんが家に来て修理するのが当たり前だった。テレビも冷蔵庫もそれなりの頻度で壊れたが、電気屋さんがくれば部品交換で部品待ちをしない限りはすぐに直った。 テレビを分解して何やら調べてごちゃごちゃやっているうちに、テレビが直る。そんな姿を見て、ヒーローとまでは思わなかったが、かっこいいと思っていた。 街の電気屋さんは、あちこちの家に修理に出向いて生計を立てている人が多かったのではないかと思ってる。電化製品というのは、お父さんが子供の頃は本当に高額で、新しくテレビが自宅に来るというと、その家の子供が自慢していたぐらいだ。 家にあるテレビの数が2台であればお金持ち、3台あったら大金持ちだと認識されるほどテレビは高額商品だった。冷蔵庫も冷凍室が付いている冷蔵庫を持っているとお金持ちの部類になっていたと思う。 いつのまにか電化製品は、修理するより買い替えの方が安い時代になった。お父さんは何度か液晶テレビを修理に出したことがあるが、量販店からメーカーに送るだけで料金が発生する。メーカーで故障原因を調べて修理の見積が出てくるが、高くて修理しないと判断しても故障原因調査の作業費をとられてしまう。街の電気屋さんの修理とは全く異なるシステムになってしまっている。 実際に世の中が、壊れたら買い替えるとなってどれぐらい経つだろうか。お父さんが大学生になった90年代にはすでに買い替えの方が安い時代になっていたと思う。新聞に入ってくるディスカウントストアの広告を毎週チェックして、欲しいものが格安になっていると開店から並んで購入したことが何度かある。 製品メーカーも修理より、新しく製品を買ってもらった方がよほど利益が出るので、修理を嫌がるという。最近ではテレビショッピングなどで、掃除機などまだ使えるものでも壊れたものでも下取り1万円でさらに値下げするようなキャンペーンをやっている。 ものを大事にするのが美徳だった世代もほぼいなくなってきているので、今後も買い替えという行為はある程度続くのだと思う。 街の電気屋さんが生きていくのは不可能に近い時代だ。今生き残っている街の電気屋さんだったところは、電気工事で生計を立てている。 しかし、日本人は今後人口減少による様々な影響を受けることになる。その中で、いいものを長く使うという価値観が復活する可能性はある。その時、修理という行為が見直されるかもしれない。そのころまで修理の技術を持った人たちが生き残っているかはわからないが。
2025.03.06
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今年に入ってお父さんはいろいろなイベントに参加している。そのイベントで多くの企業の経営者と話をする機会に恵まれた。これから先はわからないが、少なくとも現在までは成功している経営者たちである。自分が創業者である人もいれば、2代目以降の経営者もいる。 こういう人たちと話していてよく感じるのが、経営者というのは自信とかプライドを普通の人たちよりも強く持っているということである。 自分の会社の状況を周囲から褒められたりしたときは、謙遜する人が多いのだが、自分の信念や考えになるととても我が強いなと感じる人が多い。特にオーナー経営の会社の人というのは、自分と異なる意見を認めない傾向が強いと感じる。 会社の内部での会議ではないので、異なる会社の経営者が異なる考えを持っていても、自分の会社や経営には全く関係ないと思うのだが、それができない経営者というのは一定数いると感じている。 おそらくこういう経営者は自社の中で、いわゆるワンマン経営というのをやっているのだろうとお父さんは思う。社員の意見など聞くことなく、自分の考えややり方を押し付けていると、事実はともかく感じてしまう。 この手の経営者は、お酒が入って時間が経つにつれ、自慢話になってくることが多い。自分がいかに苦労しているか。自分がいかに素晴らしい成果を上げているかを話すだけでなく、人によっては自社の社員の悪口まで言い始める。 周囲の人もこれはまずいと思って必死で話題を変えようとするのだが、それが気に入らないのかさらに話がヒートアップしていく。 おそらく内心いろいろと不安があって、周囲に認めてほしいとか、自分を肯定してほしいという心境からこのようになるのだと思う。しかしながら、自分はすごいから認めてくださいという人を、体面上はともかく心から称賛する人はいない。この人は大丈夫だろうかと内心で思われてしまう。 逆に本当に自信がある経営者はとても丁寧で、姿勢も常に低い。自分のやり方や方針、考え方や実績に自信を持っているからできるのだと思う。周りから何を言われても「そうですね」と言って話を聞いている。自分の意見を話したとしても、誰かにそれは違うんじゃないかと言われれば、「そうかもしれません」と受け流して終わりにしてしまう。 こういう経営者を見ると、すごい人なんだろうと勝手に思ってしまう。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉を実際に感じる瞬間である。 お父さんは経営者というか、社長ではないので当たり障りがない会話しかしないが、経営者というのは、態度を間違えると自分の期待とは裏腹に、逆の印象を相手に与えてしまう。それが会社の印象になり、仕事に影響を与えるとしたら実に怖いことである。 会社の成長とともに経営者も成長していかないとだめなのではないだろうか。 ちなみにお父さんが今の会社の業界に入って会ったことのある経営者の中で、こんな横柄な態度で大丈夫なのかと感じた人の会社のいくつかが倒産もしくは廃業している。どれもオーナー企業である。特に社長に随伴している次期社長になる息子の態度が悪い会社はダメになることが多い。おそらく会社の内部でまともな人がやる気をなくしたり、会社を辞めてしまったりするからだと思っている。 経営者の行動一つでガラリと変わってしまうのが、中小企業の強みでもあり弱みでもある。企業の経営者というのはそれだけきついプレッシャーの中で生きているのだと思う。経営者がおかしくなれば、会社もあっという間におかしくなる。
2025.03.05
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先日五十肩も治っていないのに、どうしてもキャンセルできないゴルフコンペに参加してきた。激痛というところまでいかかなったが、やはり痛みがあるうえに肩関節の可動域も元に戻っていないので、まともなスイングはできず、結果は予想通り散々であった。それでも久しぶりにゴルフを楽しめたし、同じ組の人たちと楽しく会話することもできてよかったと思う。 ただ今回一緒に回った同じ組の人の中に、一人問題のある人がいた。仕事関連のゴルフだったので、お父さんの会社と直接取引はないのだが、場合によっては取引が必要となる会社の社長さんだった。 ゴルフというのは人間性が出やすいスポーツと言われている。様々なスコアに関わる状況を基本的に自己申告で行うので、スコアをごまかすことが容易である。またうまくいかなかったときや他の人のプレーにイラついたりすることで、人間性が出る。 今回一緒にプレイをした件の社長さんは、とにかくスコアをごまかす人だった。失敗したショットをなかったことにしてペナルティも加えずにスコア申告してきたり、キャディがスコアが違うと指摘すると、キャディを怒鳴りつけたりしていた。 一緒にプレイしているお父さんたちに失礼な態度をとることはなく、むしろニコニコと話しかけてくるのだが、知り合いの他の組のプレイヤーに野次を飛ばしたりと、とにかく一緒にいると不快になる人であった。 仕事関係のコンペで、偶然一緒にプレイしただけなので、今回はお父さん以外の同じ組の人たちも嘘のスコアもそのまま受け入れたし、細かいマナー違反を指摘したりはしなかったが、お父さんと同じでかなり不快な思いはしていたと思う。 この社長の会社とは取引したくないと思ったのも、お父さんだけではないだろう。ただゴルフをやっていて、コンペなどで知らない人と組んだりすると、このような人とプレイすることはたまにある。 大人同士であるし、ゴルフは紳士のスポーツとされているので、プレー態度の悪い人に注意をする人も苦言を呈する人もいない。まあ誰かに注意されたとしても、こういう人は受け入れないし、逆ギレする人もたくさんいる。 結局こういう人は、次のコンペに呼ばれなくなる。仕事上で取引があれば、必要最低限での付き合いになってしまうと思う。 たかが遊びのゴルフではあるが、うまい下手ではなく、プレイ態度で人間関係にも仕事にも影響が出る。お父さんも気が付かないうちに誰かを不快にしていることがあるかもしれない。でもそれは自分で気が付くしかない。だから誰かがゴルフでお父さんもやっていることをして、不快に思った時にはすぐに自分の問題としてとらえて修正しなくてはならない。親睦を深めるためのゴルフで、仕事にまで影響が出ては困るのである。 不思議なのは、誰からも嫌われるゴルフをしているのに、コンペに必ず参加してくる人である。仕事関係では呼ばざるを得ないのだろうが、プライベートで一緒にプレイしてくれる人がいるのだろうかと思う。
2025.03.04
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お母さんは耳がいい。特にお母さんの話題を子供たちとしていると、小声で話していてもきちんと聞こえている。すこしでも悪口めいたことを話すと「何言ってる!」と突っ込んでくる。 耳が悪くなっているお父さんと耳がよいお母さんでは、適切なテレビのボリュームが異なるので、いつも音量をどれぐらいにするかで揉める。最近お父さんは手元スピーカーを使うようになったので、争いは減っているのだがそれでもたまに発生している。 お父さんは耳が悪くなってきているとはいえ、まだ普通の生活はできる。お母さんの耳の良さは通常の人より良いので、子供が適切と思うテレビのボリュームでもうるさいと感じるようで、特に音楽番組など子供が大きな音で聞きたい番組視聴においてお母さんともめている。 これだけ耳の良いお母さんであるが、不思議なことにある種の音だけは全く耳に入っていない。それがお母さんが興味がないことに関する音である。特にミシン掛けなどお母さんが集中している時は、周囲の音を全く聞かなくなってしまう。 お母さんが集中している時は、お父さんが話しかけても子供たちが話しかけても全く返事すらしなくなってしまう。それはそれで問題ないのだが、お父さんや子供たちが集中していて話しかけられても返事をしないと怒り出すのが困りものである。そういうのは本来わがままなお父さんの行動であるはずなのだが、我が家ではお母さんの専売特許である。 さて、最近お母さんは興味がないと聞いているものも記憶に残らないということが分かってきた。 先日ローソンのCMの歌を次女と話題にしていたら、お母さんがそんなCMは知らないと言ってきた。全国で流れていると思うのだが、俳優の松山ケンイチが「ローソンでハピろう」と叫んで歌いだすCMである。お母さんは我が家で1日中テレビをつけている人なので、これまで何度もこのCMを目にしていて、CMソングも聞いているはずなのだが全く記憶にないという。 YOUTUBEでローソンのCMを見せたところ、見たような気もするが覚えていないと言われてしまった。お父さんも次女も驚いた。かなり頻繁に流れているし、見るつもりや聞くつもりがなくても頭に入ってきてしまうレベルのCMだと思っていたからだ。 さらに先日お母さんとスーパーに買い物に行って、長女がカップ焼きそばのシーフードというものを探していると聞いてカップラーメンの売り場に行ったとき、最近実に特徴あるCMで宣伝している日清カップヌードルの「チリトマ」というのを手に取ったら、お母さんにそんなのが食べたいのかと聞かれた。いやCMでやっているからと答えたら、そんなCMは見たことがないと言われてしまった。 「ちょ待ってチリトマやばーい」とか歌いながら気持ち悪い野菜や肉が踊っているCMが最近やたらと目についていたのだが、お母さんは全く知らないという。家に帰って次女に話をしたら、やっぱり次女もそのCMをよく見ると言っていた。 再度YOUTUBEでお母さんにチリトマのCMを見せたのだが、答えは「見たことがない」だった。あれだけテレビで流れているし、お父さんがリビングでテレビを見ている時、お母さんもたいていそこにいる。だから見ていないことは絶対にないはずなのである。 結局お母さんの脳は、興味のないものは見ていても聞いていても一切記憶に残さない機能を持っているようだ。集中しているかどうかなどは関係ない。お父さんや次女が話しかけても返事がないのは、あまり興味がないからなのかもしれない。そう考えると悲しくなるが、まあいつも無視されるわけではないので、お母さんはそういう人と思うしかないだろう。
2025.03.03
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先日お母さんと二人で、いつか行こうと話をしていた和食の店にようやく行くことができた。お父さんの休みとその店の定休日が重なることが多かったのだが、今回はお父さんの出張が多く、いつものスケジュールがずれたおかげで、その店の営業日に休みを取ることができたのだ。 そのお店を教えてくれた人は、店が小さいから予約をしてから行った方が確実に食べられると言っていたのだが、休みが決まったのが急だったので予約せずに開店時間に合わせて11時に店に入った。 空いているかと入り口で尋ねたら、運よく予約されていない席があって座ることができた。このお店は夜の営業がメインで、お昼は仕込みの傍らお店の宣伝のためにランチをやっているというタイプの和食やである。 そのためランチ営業はテーブル席のみの営業になっていて、6テーブルしかなかった。お父さんたちが店に入ったとき、4テーブルに予約席の札が置いてあり、空いているのはお父さんたちの通された席と、もう一つしか残っていなかった。 店員さんにおすすめを聞いて、お父さんは海鮮重、お母さんは焼き魚定食を注文した。ランチのおススメにもう一つ、その店の和食を少量ずつ9品食べられる御膳もあったのだが、今回は注文しなかった。それでも店員さんのおススメもふくめてお父さんは注文した海鮮重とかなり悩んだ。 そうこうしているうちに、予約席に初老の女性5人組が入ってきた。お父さんたちの隣のテーブルに座り楽しそうに話をしていた。声が大きいのと席が隣なのとで会話がまる聞こえだった。 メニューを見ながらあれもおいしそう、これもおいしそうと楽しそうに語らっていた。そのうちの一人がお父さんがあきらめた御膳がおいしそうだから、これにしようと思うと言い出した。周りの女性たちも、「それ美味しそうよね」などと肯定していたのだが、ある女性が「あらこのお店うな重があるわ」と言い出した。そこから最近ウナギを食べていないとか、ウナギはおいしいとかいう話になって、結局全員がうな重を注文することになったようで、店員を呼んで全員がうな重を注文していた。 最初に御膳の方を食べたいと言っていた人は大丈夫かなと思ってしまった。なぜならうな重の値段は御膳の2倍以上の価格だったからだ。隣で聞いていたが、話の流れで全員が同じものを食べようということになり、うな重に引っ張られてしまったようにお父さんには思えた。 女性たちの会話を聞いていると、久しぶりに会った仲間だったようで、数年前の話から現在までかなり話題の時期が幅広かった。 そしてお父さんが気になったのが、誰かが何を話しても「そうよね~」とか「そうなんだ~」とかとにかく全員が話を肯定する相槌をうっていた。それも話して以外の4人全員が同時にである。 お父さんは聞きながら、これが女性の同調圧力というやつなのだろうと思った。店を出てからお母さんに、あれは女性にとって楽しい会話なのか聞いてみたら、楽しいかどうかはその時次第だが、学生時代とかの友人などなんでも言い合える特定のグループ以外は、たいていああいう会話になるとのことだった。とにかく否定せず、かつみんなの意見は同じだという雰囲気の中で会話するのが女性グループの基本らしい。 お父さんにはとても耐えられないと思いつつ、お母さんはそのような大変というか面倒くさいグループ会話を何十年もやってきているということに驚きと尊敬を禁じえなかった。
2025.03.02
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もう3月になってしまった。ついこの間年が明けたと思ったばかりなのに、2か月が経過したことになる。本当に年をとると月日の流れが早いと感じるようになる。中学生の次女も卒業まで秒読みとなってしまった。我が家から義務教育を受けることどもがいなくなってしまうのもこの3月である。 年が明けて2か月がたったが、埼玉の道路陥没の被害者であるトラックドライバーはいまだに行方が分かっていない。もう事故発生から1か月がたっているにもかかわらずである。日本はどんな時でも対応が早い国だと思っていたが、今回の下水道を起点とする道路の崩落は、日本の技術がまだまだであることを国民に痛感させる出来事になっているとお父さんは思う。 これまで鉄道でも道路でも不具合が起きればかなりの早さで修復できてしまうのが日本の土木技術だと信じていたが、そうではないとお父さんも思うようになった。 また現在岩手県大船渡市で起きている山火事がいっこうに収束しないのを見ても、日本の消防の限界を感じる。 せめて家が燃えるのぐらいは何とかならないのかと思ってしまうが、消防のプロが他県の消防や自衛隊の力を借りてもできないのだから、無理なのだろう。日本の技術はそれでも世界トップクラスだとは思うが、なんでもできるわけではないようである。 目の前に三陸の海が広がっているのに、海の水を山火事の消化に使えないでいるのを見ると、実際に避難している人たちが気の毒で仕方がない。震災の津波では猛威を振るった海が、今は家事を目の前にして沈黙している。 お父さんが避難地域に住んでいたら、あの海の水を一気に消化に使えればと恨めしく思っていると思う。 さすがに3月中には鎮火できるとは思うが、3月1日になった時点ではまだ鎮火のめどどころか延焼が広がっているようにも見える。地震と津波の被害を受け、今度は山火事で被害を受ける。 海際に住めば津波におびえ、山に住めば山火事におびえる。都会に住むと道路に大穴が空いて水道の使用制限が出る。本当にどんなところに住めば安心して暮らせるのかと思ってしまう。 お父さんの家は内陸で、海からは離れているので津波の心配もない。山は周囲にあちこちあるが、山火事が起きて被害を受けるほど近くに山はない。道路の陥没が起きるかどうかはわからないが、確率はそれほど高くないだろうと思っている。お父さんの家は市の下水道に水を流しているが、埼玉の事故現場ほどの広域の下水道ではないので、あのようなレベルの道路陥没はおそらくないことだろう。 とにかく3月はもう少し明るいニュースを聞きたいと願っている。
2025.03.01
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