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先日久しぶりにカップ焼きそばを食べた。次女と一緒に作って食べたのだが、これは意味があるのだろうかと、カップ焼きそばを食べるたびに思うことをまた思ってしまった。 次女は味覚が子供のままなので、麺類を食べるときに具を食べるのを嫌がる。だからカップラーメンもカップ焼きそばもかやく(具)を入れないで、麺とスープだけでお湯を注いで食べている。お父さんは大人なので、というか普通にすべてのかやくを入れて作る。 しかしながらカップ焼きそばのかやくというのは、お湯を捨ててソースをかけ、よくかき混ぜたころには、ほとんどが容器の底にたまっている。 結局麺を食べている時、お父さんも次女と同様に麺のみを食べることになってしまう。ほぼ麺を食べ終わってから容器の底に残ったキャベツなどを食べるのがいつもの食べ方である。昔から何度もキャベツなどの具を面に絡ませようと試みたが、ペヤングもUFOもバゴーンも、種類に関係なく具は容器の底にたまってしまう。 この解決法があるならば、メーカーのHPにでものせてほしいと思うほど、カップ焼きそばの具は麺に絡んでくれない。いっそのこともっとキャベツのサイズなどを大きくして、家庭で作る焼きそばのように具と麺を同時につかめるようにできないのかと常に思っている。 同じように、存在する意味が分からないものとして、ラーメンに入っているコーンがある。これも面に絡んで口に入ってくることはない。メンマやもやしと異なり、コーンを箸でつかみながら、麺も一緒につかんで口に運ぶということができない。 結局麺を食べ終わった後に、コーンは容器の底にたくさん残っている。これをレンゲですくって食べるのがお父さんのいつもの食べ方だ。面と一緒に食べることができない具を入れる意味がいまだによくわからない。 見た目だけの存在感で入れているのか、それともほのかにあるコーンの香りを重要視しているのか、コーンを使っているラーメンを作っている人に聞いてみたいものである。 たまにコーンが食べやすいように、レンゲに穴が開いているものを提供するお店もあるが、これも「最後にコーンをすくって食べてください」と言っているようにしか思えない。 コーンと麺を一緒に食べるなら、たまに見かけるレンゲの中に麺や具を箸で乗せていき、レンゲの中に小さなラーメンを作って食べるぐらいしか方法はないと思っている。 お父さんはカップ焼きそばの具とラーメンのコーンは存在意義が薄いと思っているのだが、同じような考えの人はいないのだろうか。食にこだわりが強い日本人なのだから、もう少し改良をしてほしいと思っている。
2025.02.28
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先日ベトナムへ1週間の短期出張に行ってきた。ここ15年で初めての短期出張である。これまでは最短でも1か月はベトナムに滞在していたが、今回は取引先のイベントに出るためだけの出張なので短期になった。 さて、お父さんはベトナムに出張に行くとき、スーツケース2個を持ち込むのがいつもの状態である。お父さんの私物というか、生活用品はほぼベトナムにそろっているので、スーツケースの中身は9割がお土産である。9割のうちのさらに9割が食料品である。 10年ほど前までは、ハノイに行っても購入できない日本の食料品はたくさんあった。特に生で食べられる生卵は日本にしか存在しなかったので、お父さんは卵を2~4パック厳重に包装して持っていくのが常態化していた。 しかし、今はハノイで生食用の卵が普通に変えるので、一切持っていくことはなくなった。 納豆も昔は3個パックを10個ぐらいは持って行っていたが、今ではハノイで普通に買っているので、納豆ももっていかなくなった。 最近持っていくのは、漬物やお菓子などが多いが、これも基本的にすべてハノイで購入ができる。 よって今お父さんのスーツケースには、ローカル社員から頼まれる日本のサプリや化粧品がたくさん詰まっている。日本人用の食糧は、空港などで売っているお土産用のお菓子がほとんどである。休憩時間にみんなで少しずつ食べるものだ。 後は、出発寸前に購入するおにぎりが喜ばれるのでいまだに購入している。 今回の短期出張で、本当に久しぶりにお父さんはスーツケース1個でベトナムに行った。中に入っている日本人用のお土産はどら焼き2箱だけである。後は駐在の同僚から頼まれが服などで、ローカルから頼まれた化粧品が少し入っているだけである。 ベトナムに行く前は気合を入れて買い出しに行っていたものだが、これからはほとんど買い出しでいくつものカゴをいっぱいにしてスーパーで買い物をすることはないだろう。これもベトナムの発展がもたらしたものである。 今ハノイの日本食はあらゆるものがそろっている。鰻屋などお父さんが住んでいる東北の地方都市には存在しないが、ハノイには数件ある。うな重を食べる機会はベトナムにいるときの方が圧倒的に多い状態である。 ベトナム出張が楽にはなったのだが、あの頃の食料品のお土産を歓迎してもらえる雰囲気がなくなってしまったことに、寂しさを感じることもある。まあ財布にも優しくなったしトータルとしては良いことなのだと思っている。
2025.02.27
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キツネやタヌキが人を化かすという話は、お父さんが子供の頃の昔話によく出てきていた。今の子供たちはあまり聞いたことがないかもしれない。我が家の子供たちがキツネやタヌキが人を化かすという話をしていたことがないからそう思っているだけかもしれない。 子供の頃のお父さんにとって、キツネとかタヌキは動物園で見るものであって、日常生活をしているうえでなじみのある動物ではなかった。だからキツネやタヌキの話というのは絵本の中の話でしかなかった。 ところが大人になって東北の田舎町に移り住んだとたんに、キツネもタヌキもとても身近な動物になってしまった。キツネはたまに見かける程度だが、タヌキは現在どこにでもいるという動物扱いだ。一番見るのが通勤の時に車から見るタヌキだが、8割は車に轢かれて道路に転がっている。どうもタヌキというのは道路の横断が苦手なようである。キツネのれき死体というのはほとんど見た記憶がない。 さて、昔の話には本当によくキツネやタヌキが出てくるが、今の田舎町のレベル以上に昔はキツネやタヌキがいたのだろうから、これらの動物が夜道を歩いている時に、ガサゴソと音を立てて人を脅かすというのは日常的にあったことなのだろう。 お父さんは東北に移り住んで初めてキツネやタヌキが人を化かすという話が昔から普通に語られている意味を知ったような気がする。 今のカチカチ山の話には、タヌキ汁というのは出てこないのかもしれないが、お父さんが読んだカチカチ山は、悪さをするタヌキをおじいさんが捕まえて家に持ち帰り、夜にタヌキ汁にするからとおばあさんにあずけた話だった。 そして、お父さんはいまだに食べたことがないのだが、タヌキ汁というか、タヌキ鍋を子供のころ食べたという人が身近にいる世界に今は住んでいる。 お父さんは夜の山道を歩いたりしないので、歩いていてタヌキに驚かされたことはないが、運転中にタヌキが目の前を横切って急ブレーキを踏んだことは何度もある。あれも現代版のタヌキの化かしの一種なのかもしれない。 ちなみにキツネは車を見るとすぐに茂みに逃げ込むので、車に轢かれた状態をほとんど見た記憶がない。キツネのずるがしこいイメージは、実際に頭が良いことから来ているのかもしれない。 ちなみに東北に移り住んで20年も経つと、たいていの野生動物には遭遇している。運転中に見たことがある動物としては、キツネ、タヌキ、テン、キジ、二ホンジカ、カモシカ、ツキノワグマなどがいる。どれも東北に車で野生のモノを見ることはなかった動物たちである。 タヌキやテンなどは農作物を荒らしまくるらしいので、今でも害獣として認識されている。人を化かすのはキツネよりタヌキが多いのも出てくる頻度だけでなく、作物を荒らすところからきているのかもしれない。
2025.02.26
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先日ベトナム出張前に、久しぶりに上野駅で降りた。最近は東京駅まで行って成田エクスプレスと利用することが多かったのだが、今回は日曜日が前泊の移動日だったので、少し上野をぶらついてみようと思ったのだ。 上野駅にはアメ横がある。昔はベトナムに行く前にここでよくお土産のお菓子や果物、干魚などを買ってべとなうに持って行った。またベトナムから帰国した時も、京成スカイライナーで上野へ来て、アメ横でお土産の海鮮などを買っていた。 最近上野へあまり行かなくなったのは、アメ横で購入していたような食品がハノイで普通に変えるようになったこともあるが、一番大きな理由はアメ横が変わってしまったことにある。 20年前ぐらいまでのアメ横は、海戦やフルーツ、お菓子などが威勢の良い売り声とともに大量に売られていた。書いてある値段よりかなり安く購入できることもあり、とにかく買い物をしていて楽しかった。 お父さんの大学時代の友人がバイトをしていたことがあり、産地偽装は当たり前とは聞いていたが、それでも威勢のよい掛け声と値下げ交渉やおまけをつけてくれる売り方が楽しくて、大人になってもよく利用していた。 ところがインバウンドという言葉が流行り始めたころから、アメ横はだいぶ変わっていった。まずドラッグストアが外国人観光客向けに目立ち始めた。そして今では多くの店が食事処だったり、飲み屋などに代わってしまった。 お父さんがよく買っていた果物やなどは残っているが、威勢の良い掛け声とともにたたき売りをしている姿はなくなってしまった。 本の十数年前まで、年末になるとアメ横で正月用の食料品を買う人をテレビが取材している映像がよく流れていた。年末と言えばアメ横の映像というのは、お約束だったと思う。しかしながら、昨年末にアメ横で買い物をしている映像を見た記憶がない。 もちろん今でも正月用の食料品は売っているのだろうが、アメ横に買いに来る日本人が少なくなってしまったのだと思う。 今日となどの有名観光地も日本人より外国人の方が目立つようだが、今回久しぶりに訪れたアメ横も外国人であふれかえっていた。 外国人が観光に来てくれることは、日本国にとって悪いことでは決してないのだが、昔の風情がなくなるのはやはり少し寂しいものである。
2025.02.25
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お父さんは糖尿病のせいもあって、トイレが近いことがある。そのため電車などで指定席を取るときはトイレが近い車両に乗ることにしている。そして実際にトイレによく行くことが多い。 日本の鉄道はトイレが実にしっかりと作ってある。新幹線の場合、便座のあるトイレが2個と男性用の小便器のトイレが1個、これが2両に1つついている。そのため自分が乗っている車両か隣の車両のどちらかにトイレが付いている。実に便利でありがたい。 ほとんどの場合、お父さんは小便をするので、男性専用の便器を使うのだが、新幹線ではよほどのことがない限り、普通に用を足すことができる。若干の揺れで「おっ!」と思うこともあるが、問題はない。 ところが先日中央線のあずさ号に乗ってトイレに行ったら、揺れが強すぎてまともに立っていられなかった。新幹線より揺れることはわかっていたので、甲府盆地の比較的直線に近い当たりでトイレに行ったのだが、新幹線とは比べ物にならないぐらい揺れるので本当に大変だった。 あずさ号はスピードを出すために振り子の原理を利用した車両となっていると聞いているので、余計揺れが大きいのだろうか。最近新幹線以外で電車内のトイレを利用したのはあずさ号だけなので、その他の電車はどうなのかよくわからない。 ちなみに中国の新幹線は揺れがすごい。トイレに行くまでもなく走行中に車両の中を歩くのも大変な時がある。韓国の新幹線も揺れはすごいと聞いている。日本の新幹線は早いだけではなく、振動や揺れに対応したすごい技術を持っているのだと改めて感じる。 ベトナムの長距離列車でも揺れはひどくて、トイレは大変である。それでもお父さんは日本人なので何とか便器の中に入れようとするが、ベトナム人はそもそも電車自体に慣れていないのだろう。大きく外す人がたくさんいる。さらに、公衆道徳というのが概念上はあっても実際には行われないので、とにかく出発して3時間も経つとトイレはすごいことになっている。日本人にはちょっと耐えられない。 技術とマナーの両方を兼ね備えた日本という国の新幹線を利用できることに心から感謝したいと思う。
2025.02.24
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先日出張で新幹線に乗ったときに、久しぶりに1号車の1Aという席に座った。先頭車両の1番前のA席なので、乗った新幹線の1番先頭の席ということになる。 この日お父さんは自由席の切符で新幹線に乗ろうとしていた。駅のホームにある喫煙所に近い3号車に乗ろうとしていたのだが、自由席が1~3号車までと少なかったので、2号車の乗り口に並んでいた。2号車の先頭より、2号車の1号車寄りの乗り口である。 新幹線がホームに入ってきて、席が空いているか見ていたら、目の前を通り過ぎる1号車にほとんど乗客が乗っていないのが分かった。乗ろうとした2号車もほとんど人はいなかったが、これだけ空いているのなら、たまには1号車に乗ってみようと、1号車の乗り口に移動した。 新幹線が停止し、ドアが開くと降りる人もいなかったのですぐに乗車することができた。外から見えたように、ほとんど乗客はいなかった。そこで目についたのが、1Aの席だ。東北新幹線はA~Cが3列並びで、DとEが2列席となっている。1Aは3列席の窓側である。一番前の席なので、前は座席でなく壁である。その分少し足元が広いが、前の座席の下に足が入らないので、足が延ばせる範囲は狭くなっている。 もう一つの特徴が、席の前の可倒式のテーブルだが、壁に固定されていて、かつ少し足元が広いので、大きくてがっちりしたテーブルが付いている。お父さんはこの時パソコン仕事を車内でする予定だったので、ちょうどよいと思い1Aの席に座った。 お父さんの手柄でも何でもないのだが、先頭車両の1号車1A席に座ると何となく得した気分になった。えらいわけでもないので、今お父さんがこの新幹線のすべての席の先頭に座っていると思うと、なんかすごいことのように思えてくるのである。 目的地に着くころには自由席は立ち乗りの客がいたので、新幹線はほぼ満員だったと思う。グリーン車とグランクラスを除けば8両が満員とすると、1車両に100人として、800人は乗車していることになる。その先頭にお父さんがいるのだ。やはり今考えても気分がよい。小市民的だと自分でも思うが、気分が良いものはしょうがない。 以前よく日本電産の永守会長の本を読んでいたが、この会長は電車でも1Aにこだわって乗っていると書いてあった。くだらないようなものでも1番がとにかく好きだと書いてあった気がする。 飛行機で1Aはファーストクラスかビジネスクラスである。狙って乗ることができる地位や立場にいないので、これはあきらめるしかない。しかしながら新幹線では1号車1Aは自由席である。毎回乗りたいとは思わないが、たまには自己満足のNo.1を手に入れるのも悪くないのではないだろうか。
2025.02.23
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先日お父さんの住む東北の公立高校の入試倍率が発表された。想像はしていたが、本当に若い人がいないのだと実感させる数字だった。お父さんが住む県内の公立高校の今年の入試倍率の平均は0.8程度である。要は受験者が高校の定員の8割しかいないということだ。もちろん高校によっては1倍を超えるところもあるのだが、少ないところでは0.1以下という高校もあった。 お父さんが学生の頃は、公立高校の定員より受験者が多いのは当たり前だった。それを補うのが私立高校というのが地方都市の当たり前だったと思う。 そのため私立高校の合格者は公立高校の滑り止めにされていることを前提に、定員の2倍程度はあったと思う。専願の受験者と併願の受験者は受験が分けられていた記憶もある。 ちなみにお父さんより上の世代の会社の人たちは、地元の公立高校出身者が多いのだが、彼らの時代は1学年10クラス400人というのが普通だったそうだ。東北の地方都市にもそれぐらいの人口はあったのだ。 ところがお父さんの会社から一番近い高校の受験者数は30人いなかった。つまり受験者が全員合格したとしても、1学年30人以下なのだ。これが3年続くのなら、全校生徒が90人以下という状態になる。 90人以下、男女比が半々だとしたら、男女とも45人である。3年生が部活で6月には引退、1年生は5月中旬に入部としたら、部活動は基本的に1・2年生か、2・3年生だけでやっていくことになるので、男女ともに30人がばらけて部活をするということだ。野球部18人、サッカー部20などということが不可能なのである。 部活動が学校単位から、地域単位に代わっていくという話を聞いていたが、これではそうしなかったら、大会に出れない部だらけになってしまうからだとよくわかった。 それにしても田舎の離島でもないのにこの状態で学校に通う今の子供たちが気の毒で仕方がない。授業は先生一人に対して生徒が少ないので、勉強は丁寧に教えてもらえるのかもしれないが、体育祭や文化祭などのイベントはまともにできないし、修学旅行や高原教室なども寂しいものになるだろう。バス1台に1学年全員が乗れてしまうのだから。 人数が少ないなら少ないなりの楽しみや魅力があるのだと思うが、全校生徒1000人以下の学校に通ったことがないお父さんにとって、今の高校生の学校生活が全く想像できない。
2025.02.22
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お父さんはもう20年以上花粉症で苦しんでいる。アレルゲントンとなる花粉はスギだけでなくヒノキ、カモガヤ、イネなど様々なので、ほぼ1年十花粉症なのだが、やはりスギが一番きつい・ そんなわけで3月から6月ぐらいまでベトナム滞在が多いのは、花粉症から逃げるためでもある。 都会に住んでいた時はあまり気にしていなかったというか、気が付かなかったのだが、杉の木というのは年中青々とした葉の色をしているわけではない。スキー場で見るスギの木はスキーができる期間はそれなりに青い色をしているが、花粉を準備し始めるとスギの木は赤くなってくる。 スギの葉が赤くなるのではない。花粉をためたスギの花が出来上がってくると、それが赤く見えるようになるのである。遠くから見ると枯れたようにも見えるが、スギの木としては「花粉飛散準備完了」の状態である。 2月中旬ぐらいから、平地にあるスギの木はどんどん赤くなっていく。お父さんにとっては「今年もたっぷり花粉が飛ぶのだな」と憂鬱な気分になる色である。 山にあるスギの木は3月ぐらいから赤くなる。雪解けがはじまるのと同時ぐらいであろうか。今年も平地の日当たりのよいスギの木はもう真っ赤に見えるものもかなりある。ベトナムに行く準備をしなければならないと思う。
2025.02.21
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先日お母さんに言われて、会社を休んで次女が合格した高校の入学説明会に参加してきた。驚いたことに、かなりの家が我が家のように両親と子供の3人で参加していた。お父さんが学生時代、父親が学校関係のイベントに来るというのは一度も経験したことがなかったので、時代はずいぶん変わったものだと思う。 今回お母さんがお父さんに説明会に出るように要求した最も大きな理由が、次女の下宿の問題があったからである。 次女が合格した高校は、我が家から通うには、始発の電車に乗る必要がある。5:30の始発に乗るためには、4時半には起きなくてはならないし、学食もないお弁当を基本とする学校なので、お母さんは4時には起きなくてはならないだろう。 帰宅も21時頃駅に到着する生活になる。家に帰ったらご飯を食べて風呂に入って寝るだけの生活になるだろう。 そんなわけで当初は寮に入ることを希望していたが、部活動で強化部指定されている部活の生徒が優先とのことで、次女は寮に入るのが難しいと言われていたが、受験をする頃には、不可能と言われてしまったので、自宅から通うのを前提にいろいろと準備をしていた。 ところが合格後に、入寮希望書を提出していたせいか、学校から連絡があり、新しくできる下宿屋に入ることができるかもしれないとのことで、入学説明会の後に下宿の説明をすると言われたのだ。 下宿の場所や内容を一緒に聞いて判断してほしいとお父さんも一緒に行くことにしたのが今回の経緯だ。息子ならばどんなところでも我慢しろというのだが、女の子はやはり心配である。もともと自宅から通うとしていた時も、駅への送迎は親が車でやると決めていた。自転車や徒歩では、夜道で襲われる可能性があるからだ。 下宿したとしても、場所や防犯の状況によっては心配は尽きない。また内容や値段なども含めて総合的に判断しなくてはならない。 結果として場所や設備は良いが、値段が高いという難しい状況に今追い込まれている。ただし娘の生活を考えると、下宿の方が間違いなく生活が楽になる。自宅からの通学では宿題をやる暇もないからだ。 お金以外にも大きな問題がある。一つは次女が下宿暮らしに耐えられるかどうかだ。寮だったら2人部屋だったのだが、今回紹介された下宿は一人部屋だ。ルームメートに気を遣う必要がないのは良いが、部屋に戻ればぽつんと一人になってしまう。 そして最大の問題は、お父さんもお母さんも次女が家を出てしまうと寂しくなるということである。本来我が家から次女がいなくなるのは3年後だった。来年息子が高校を卒業して出ていき、3年後に次女が出ていく予定だったのだが、次女が下宿してしまうと来年息子が出て行った時点で、自宅に残るのはお父さんとお母さんだけになる。 さらにお父さんがベトナム出張になると、家に残るのはお母さんと犬だけである。お父さんが帰宅しても家にいるのはお母さんと犬だけ。犬はお母さんにはなついているが、お父さんにはそれほどなついていない。 つまりお父さんは家に帰っても相手をしてくれる人がいなくなってしまう。お母さんがひりになってしまうことも含めて、今のにぎやかさからは想像ができない。 いつかはそうなるが、来年そうなるになってしまった。次女の高校生活のために、我慢する方がいいのだが、冷静に考えると寂しくてたまらない。
2025.02.20
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社会人は基本的に泊りで出張するときには、各地にあるビジネスホテルを利用することが多い。お父さんも出張するときには、やはりビジネスホテルである。 大手のビジネスホテルがあればそこを予約することが多いが、予約が取れないこともあるし、そもそも大手のチェーンがない地域もある。 安心して止まれる大手チェーンは東横イン、ルートイン、APAホテルなどである。東横インは駅の周辺に、ルートインは高速道路のインター周辺にあることが多い。なので電車で出張すると東横イン、車で出張するとルートインに泊まることが多い。 ビジネスホテルの特徴は、値段の安さとシンプルな部屋だと思う。基本的に寝ることができればよいので、ホテルの部屋は狭い。ベッドとバスルームが付いていて、あとは小さなテレビと小さな机と椅子で終わりである。のんびり荷物を広げるところなど存在しないことがほとんどである。 旅行でしかホテルを利用したことがない人が、いきなりビジネスホテルを利用したらその狭さと何もできない空間に戸惑うのではないだろうか。昔は子供たちから泊り出張の時に、ホテルに泊まるをうらやましいと言われたことがあるが、何度か家族で出かけるときにビジネスホテルを利用したら、全く言わなくなった。 最近のビジネスホテルは、大浴場があったりして意外と良いところもある。チェックインやチェックアウトも簡略化されていて、温泉旅館とは全く別物である。 最近の特徴として、連泊するときに「部屋掃除をしないでタオルの交換とゴミ箱のゴミ撤去だけならサービスで何かつく」とか、歯ブラシなどのアメニティが部屋に置いていなくてロビーから必要なものを持っていくようなシステムが多くなっている。 人手不足とか経費削減を進めているのだろう。大浴場などは、経費節減と利用客のニーズにマッチした実に良い手法だとお父さんは思っている。 仕事で来ているし、値段も安いのであまり文句は言えないのだが、ビジネスホテルの最大のネックは朝食だとお父さんは思う。ビジネスホテルでは朝食ありとなしで値段が1500円ほど変わる。つまり朝食代は1500円が相場である。 ほとんどのビジネスホテルがバイキング朝食になっているが、種類が多くおいしいホテルから、選べる料理も少なく、美味しくなく、狭くて混んでいるというホテルに当たってしまうことも多い。 ちなみに外国人が旅行で来るような地域のビジネスホテルで、外国人観光客と鉢合わせすると大変である。食べきれないほどの料理を皿に盛って、あっという間に料理を空にしてしまう。もちろんすべて食べることはなく、彼らが食事を終えた後の皿は、料理が残りまくっている。 バイキングを初めて経験する人たちがやらかす失敗だが、ビジネスホテルでそれをやら照れしまうとお父さんたちが食べるものがなくなってしまう。 今後もビジネスホテルを利用することは多いと思うが、ビジネスホテルもいろいろと変化しているので、どんなホテルに泊まれるか楽しみでもある。
2025.02.19
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最近のニュースを見ていると、物価の上昇のニュースが多い。コメに関してはどこかの業者がため込んでいるようだが、多くの食料品が値上がりしている。ニュースではキャベツが採れないからとか、鳥インフルで卵が高騰していると言っているが、実際はインフレだからである。 政治家が、最低賃金の引き上げや給与のベースアップなどを声高に叫んでいるが、それで実際に庶民の生活がよくなるわけではない。それがインフレというものである。人件費が上昇すれば、当たり前だがその人たちが作っていた物品の製造費用が上がる。その結果モノの値段は上がらざるを得ないのだ。 日本国民一人一人に政府が1億円を配ったとしたら、みんなでお金持ちになると思ったら大間違いである。すさまじいインフレになり卵は人パック1万円とか10万円になるとお父さんは思う。円安も今とは比較にならないレベルで進むことだろう。1ドル1000円では済まないかもしれない。 マスコミや政治家はわかっていて国民に知らせないようにしているが、賃金を政府主導で上昇させてもお金に余裕がある人が増えることはほとんどない。お金持ちになるには、もしくは裕福さを体験するには、一般の人よりも自分だけが多く収入を得る状態にならなければ不可能なのである。 これは経済を少し勉強したり、世の中の動きを勉強すればすぐにわかることである。お父さんはバブルがはじける前を知っているので、はっきりと言えるが、給与が上がれば物価も上がる。それが世の中の当たり前である。バブル崩壊後何十年もデフレの状態が続いたので、今の若い人たちは理解できないのかもしれないが、バブル時代は一般人が家も土地も変えないほど価格が高騰していた。給与や賞与をたくさんもらっていても、いうほど裕福に暮らしていたわけではない。 現在進行形で、日本はインフレになっている。よって人件費(給与)は上昇し、それに伴って物価も上がっていく。ただし、インフレをある程度のレベルで維持していかないと、海外との国力で負けてしまう。20年前、ベトナムで1万円を使うのは大変だった。平均的なベトナム人の月給が3000円程度だったのだから、1万円はベトナム人の3か月分以上であった。今は平均月給は3万円ぐらいになっている。1万円をベトナムで使うことはすぐにできる。というよりとても1万円で1か月を過ごすことはできない。 もう少しわかりやすく、この経済の仕組みを政治家やマスコミは国民に説明する努力をするべきではないだろうか。
2025.02.18
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コメの値段がいまだに高止まりしている。残念なことなのか、良いことなのかわからないがお父さんが会社でコメの値段を嘆いても、同意してくれる人が少ない。なぜならば同僚の多くが兼業農家であり、自宅でコメを作っているからだ。コメを買うということをしない人たちにとって、コメの値段は関係ない。 政府が備蓄米の放出を決めたが、それでも今のところコメの値段は下がっていない。ちなみに昨年の新米は買い取りの値段が上がったと兼業農家の人たちが言っているので、今年値段が上がるのは致し方ないとは思う。インフレの世の中なので、コメの値段がある程度上がることは致し方ない。しかしながら昨年の2倍に近くなるのはさすがに行き過ぎだろう。 今回のコメの高騰は、売り惜しみや出し惜しみをすればコメの価格が上がると市場が判断したからである。実際にコメの価格は高止まりしているので、その考えは当たっていたと言える。 それだけでなく、昨年のコメ不足から、消費する側もコメを買い占める業者も増えているようだ。コメがなくては商売ができない外食産業などは、コメの買い占めも致し方ない方策だとも思う。 お父さんはコメの高騰が生産者に行くのであれば、それは仕方がないことだと思う。スーパーでコメを買っているお父さんは、農家がコメを売る値段を聞いてこれまで驚いていたからだ。頑張ってコメを作っても、基本的には儲かるどころか赤字になるというのがお父さんの周りの農家の意見だった。 しかしながら現在のコメの高騰は、生産者にそこまで恩恵を与えていない。流通業者が儲けるだけであれば、今回のコメの高騰は大きな問題である。 政府が言うようにコメの全体量が足りているのであれば、来年以降価格は下がるのかもしれない。現在の日本では、農協を通さないコメの売買は合法であり、売り惜しんでも法律違反にはならないだろう。需要と供給で価格が決まるのは市場経済の正しい姿であるからだ。 一つの企業が買い占めて価格操作を行っていない限り、独占禁止法などの法律にも触れることはないだろう。今年はコメの値段が高いまま来年の新米の季節まで行くとお父さんは思っている。 勝負は来年の新米が販売され始めた時に、今年売り惜しんだコメがどれくらい残っているかによるだろう。値段は新米の方が絶対に高い。虚偽の表示をしない限り、次の新米が出てしまえば、1年前の古米は一気に値段が下がってしまう。 また消費者も馬鹿ではない。コメの値段が高騰を続ければ、コメでない穀物を食べるようになっていくだろう。現在卵や野菜も高騰しているが、我が家も購入をできる限り控えている。イチゴなど毎年それなりに買っていたが、今年は一度も勝っていない。あまりにも値段が上がりすぎているうえに、なくても困るものではないからである。 おそらく今年、イチゴは廃棄されるものがとても多くなるだろうと思う。1パック1000円のイチゴを買う人など世の中にほとんどいないのだから。 コメもこのままの値段が続けば、消費量が減るのは間違いない。政府が本気でコメの値段を下げたければ、輸入米を増やすことが一番の近道だと思う。ただし、その結果としてコメの値段は下がるが、日本の農家はコメを作らなくなる。鼬ごっこである。 徳川8代将軍の吉宗は、コメの豊作と不作が交互にやってきて、コメ相場の安定に苦労したという。コメ将軍というあだ名がついたほど、コメで苦労した将軍である。日本人の主食がコメである限り、今後もコメの問題は多かれ少なかれ発生していくことだろうと思う。
2025.02.17
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先日次女の高校合格のお礼参りで神社を巡ったとき感じたことだが、どうして神社に参拝すると心が落ち着いた気持ちになるのだろうかと思った。お父さんは成人したころから神社の参拝が好きになり、子供ができてからは何かと神社に参拝するようになった。 ただ子供の頃は神社に行っていないかというとそんなことはなく、初詣は毎年行っていたし、祖父母の代から崇敬している埼玉の神社にも毎年参拝していた。 神社というか、神道という宗教には教義がない。キリスト教は聖書を基準にした教えがあるし、イスラム教にはコーランを元にした教えがある。仏教もお経をふくめ、仏教の教義を教える場というにはある。 教義によって人の信仰心をつなぎとめる宗教には、基本的に「信仰しないと不幸になる」というような脅しがあるとお父さんは思っている。 しかしながら神道は、こうしなさいという教えもなければ、信仰しないと不幸になるという教えもない。全くゼロとは言わないが、平安から戦国にかけてお寺(仏教)が政治に介入した事例は多々あるが、神社(神道)が介入した例は聞いたことがない。これは教義によって人心を縛っていないからだとお父さんは思っている。神道では信じる者は救われるという教義がない、来世の約束(極楽往生)もない。 よって、子供のころから神社と接していない日本人以外の人が、神道を理解することは難しいとお父さんは思っている。 日本で生まれ育ったほとんどの日本人は、神道というか神社に対して言葉にできない崇敬する心というか精神が育っていることが多い。これは子供のころから、よくわからないけれど神社に参拝するうちに、何となく芽生えていくものだと思う。 もう一つ、神社に神聖な雰囲気を感じる力というのも日本で幼少期から養っていかないと持てないものだと思う。外国人が神社に落書きやいたずらができるのは、この神社の持つ神秘的な雰囲気、穢れを浄化するパワーなどを感じることができないからなのだと思う。 神道のような宗教が、世界にどれぐらいあるかお父さんは知らないが、きちんと尊崇の対象となって現代まで続いている例は極めて少ないのではないかと思っている。 最近はパワースポットという言葉で、神社に何かを求める(要求する)人が増えているが、パワースポットめぐりをしている人が集まる場所は、お父さんから言わせると気がよどんでいると感じる。欲丸出しで参拝してもご利益はないだろうと思う。 話がそれてしまったが、神道を大事にできる日本人が大半を占めている限り、日本人の日本人らしさは保たれていくのではないかと思う。
2025.02.16
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先日次女の高校合格のお礼参りで、合格祈願をした神社を回ってきた。次女の場合は学校の成績も模試の結果もまるでダメな上に、本人も勉強はしたくないというよりできないという謎の宣言により、親としては神頼みぐらいしかできない状態だった。 もちろん塾などには通わせて無理やり勉強はさせていたが、本人に勉強する気がないので成果は出なかった。 そもそも次女が地元の私立高校に成績に合わせて進学したいと言ってくれれば、それほどやきもきせずにすんだのであるが、2年生の春に試しに見に行った高校をいたく気に入ってしまい、その高校以外は興味がないと言い出したところから親は大変になった。 成績的に、無理とは言わないが難しいというレベルの高校であったからだ。 とにかくお母さんのほうがメインだが、お父さんも合わせて2人で次女合格の下地作りを1年半にわたって繰り返してきた。その一つが神頼みであるというのも威張れたものではないが、とにかく合格のために手段を選んでいられる状態ではなかった。 さて、今回は家から日帰りで行ける範囲で、合格祈願というか次女が絵馬を奉納した神社を回ってきた。地元神社から隣県の神社も含めて1日で5つの神社にお礼参りをしてきた。合格祈願をしたときは、本当に崖っぷちの心境だったが、お礼参りというのは精神的に楽でよい。各々の神社に参拝するごとに、昨年参拝した時の思い出や、つらかったことを思い出して、それが終わったことに喜びを感じた。 神様がどこまで次女の受験に携わってくれたのかわからないが、決してゼロではないとお父さんもお母さんも思っている。少なくともやり残したことはないという支えにはなってくれている。 苦しい時の神頼みとはまさに今回の我が家のことで、次女もそれなりにプレッシャーはあったのだが、それでも勉強をしないという信念は曲げなかった。今回合格してしまったことで、ますます次女は勉強をしなくなるような気がするが、それもまた人生とあきらめるしかないだろう。 とりあえず、参拝できる範囲の神社にはお礼参りを済ませたので、お父さんもお母さんも少し肩の荷がおりてほっとしている。
2025.02.15
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お父さんの会社では、今まで何度か本を配られたことがある。会長や社長が社員に呼んでもらいたいと思った本を会社で購入し、全社員に配るのだ。全員ではなく職制にだけ配ることもあるが、どちらにしろ経営者が「これを社員に読ませたい」という本を配ることに変わりはない。 ちなみに通常は配るだけなのだが、場合によっては感想を提出することを求められる場合がある。もう20年近く前ではあるが、「チーズはどこへ行った」という世界中でベストセラーになったビジネス本を配られた時には、感想を提出させられた記憶がある。 さて本というのは配ったから読むかというと、なかなかそういう事にはならない。世の中には本を読むことをほとんどしない人が結構いることもあるが、読書をする人でも自分が面白そうだと思わない限り読むことはしないからだ。 感想の提出を求められたとしても、全部読まない人も多くいる。慣れている人なら、目次を見て、主要な場所を数ページ読んで感想を書くことは可能であるからだ。ビジネス書は物語ではないので、「この部分が最も印象に残った」というように感想を書けばそれで終了できる。 お父さんの経験では、社員に本を配ったとき、すべて読破するのは全体の3割ぐらいだと思う。3割ぐらいの人は一度も開くことがない。残りはちらっと見て読まないか、ちょっと読んでやめる人たちである。 こうなるとお金を出してまで社員に配った社長の意思は、ほとんど無視されているというか、意味のないものになる。社長がそれを理解してやっているのか、それとも全員呼んでくれると思って配っているのかはわからない。一部の人が読んでくれるだけでも構わないと思っているのではないかとは思うが、怖くて聞くことはできない。 ちなみにお父さんは必ずすべて読み切る。社長に近い位置にいる人は本来必ず読んでおかなければならない。社長が今何を考えているかを知るためである。全員に配るぐらい気に入ったのだから、場合によっては社長の価値観や方針が軌道修正されている可能性がある。 ちなみにこういう場合に本を読まない選択をする人は、基本的に出世できない。他の会社でも本を配られることがあったとしたら、必ずきちんと読むべきである。そして社長や上司に感想を聞かれた時には、「感銘を受けた」とか「モノの見方が変わった」とか前向きな感想を述べておく必要がある。 総合的にみて、本を配るという行為は社長が考えているより効果は薄いと思う。ただでもらった本はありがたみがないので読まないし、読み始めても詰まらなければやめてしまう。やる気のある社員ならば、社長が本のタイトルを教えておススメだと発言するだけで、自分で購入して読むからだ。 若いころ、好きな人が読んでいる本や今日意味があることを共有して話題作りにいそしむのと近い感覚かもしれない。 お父さんは本を配る人というのは、宗教の勧誘や今でいう推しの布教でない限りは、相当自分自身の評価が高い人がやる行為だと思っている。本来どんな本を読んでいるかというのはプライベートな情報で隠す方が当たり前である。友人が家に来た時に、本棚を見られてしまうのは、プライベートというか趣味や好みを知られてしまうことにつながると感じるからだ。 よほど自分に自信がないと、この本を読んで感動したから読むようにとか、この本は私の考えを代弁しているから読むようにということにはならないと思う。 お父さんは誰かに本を配るという行為は、今までもしたことがないし、これからもすることはないだろう。まあ単純にそんなお金も暇もないという理由もある。
2025.02.14
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お父さんは東海地方の温暖な気候の中で子供時代を過ごした。一面の銀世界とか雪が降るのを眺めるというのは憧れだった。雪というのはめったに降らないし、ましてや積などというのは数年に1度、1cm積もるかどうかという中で過ごしていたので、東北に移り住んだ時には積もってゆく雪をみてワクワク感が止まらなかった。 今は雪が当たり前になっているので、それほどのワクワク感はないが、たまに大雪になり、会社の窓からそれを眺めるときは、やはりワクワク感が出てしまう。 さて、雪があるのが当たり前の生活をするようになると、雪というのが非常に厄介なものだと知ることになる。雪かきが必要とかはわかっていたが、雪は想像したものよりいろいろと大変である。 まず雪かきだが、歩くところなどから雪をどかす行為である。ところが実際にやってみるとどかした雪はどこかに置かなければならない。そのため雪かきをすると、かいた雪が山になってしまう。通路の雪をかけば、通路の両端に雪の山ができる。雪が降り続けると、会社でも家でも雪の置き場に困ることになるのだ。さらに積み重ねた雪というのは、天気が良くなってもなかなか溶けてくれない。雪かきをしていない場所から雪が消えても、雪かきで山にされた雪はまるで溶けていない。それどころか氷のように固く締まっているので、崩すことも難しくなってしまう。 さてもうひとつ、お父さんが厄介だと思っている雪の特徴がある。それは雪は降っていても基本的に音がしないということだ。雨もあられも雹も降っている時には音がする。外が見えなくても雨の量は音である程度想像できる。朝目覚めて雨音やトイを流れる独特の朝の音を聞くだけで、外を見なくても雨の状態をほぼ正確に理解ができるのが雨である。 ところが雪というのは、よほど風が強く吹雪にでもならない限り、基本的に音がしない。東北では寝る前は雪など何もなかったのに、朝起きたら一面銀世界になっているということが珍しくない。 寝ている間に音もなく降り積もるので、朝窓を開けてびっくりとか、玄関を出ようとしてびっくりということが当たり前にある。そうなると朝から大急ぎで雪かきをしたり、車の上の雪を落とさないと通勤にも支障が出る。 雪が無音で振るのは、雪国でないところに住んでいる人には風情を感じるものかもしれないが、雪国に住む人にとっては迷惑である。 ハイブリッド車とか電気自動車が音なく後ろから近づいていて驚いた経験をした人は多いと思うが、雪も同じと言えるかもしれない。
2025.02.13
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揚げ物は揚げたてがおいしい。猫舌でない限り、冷めた揚げ物がおいしいという人は少ないだろう。肉屋の店先で学生の頃に揚げたてのコロッケを皆で食べたおいしさは今でも鮮明に覚えている。 家でお母さんが唐揚げを上げている時も、揚げたてをつまみ食いしているほうが、食卓に並ぶのを待って食べるより断然おいしい。 上記の経験がある以上、コロッケ専門店や唐揚げ専門店が揚げたてにこだわって、揚げたてを提供することを否定することはできない。 しかしながら、お父さんは近年、店先で揚げたてのコロッケや唐揚げを食べたことはない。専門店で購入することはあるのだが、家に持ち帰って夕食のおかずにするのが通常である。 だから揚げたてには全くこだわっていない。冷えてしまうのを前提で買うのだから、揚げたてを購入する意味がないのだ。ところが東北の親切なコロッケ屋や唐揚げ屋は、揚げたてにこだわりすぎると最近お父さんは思っている。 すでに上げてあるコロッケや唐揚げが置いてあり、家に帰って食べるからそちらの揚っているものを買いたいと言っているにもかかわらず、すぐに揚がるからと10分も待たされる経験を何度かしている。もちろんその場で食べないので、家に持ち帰って夕食で食べるころにはちゃんと冷えている。 こだわりのラーメンやそば、その他の料理をお店で食べるのなら、こだわられてもよいのだが、持ち帰りの品は客がそれを求めない限り、出来立てや揚げたてにこだわらず、提供する時間にこだわってほしいと思う。 そう思うのは世の中でお父さんだけ、もしくはかなり少数派なのだろうか。誰かアンケートでも採ってくれないだろうかと思う。
2025.02.12
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お父さんの住む東北地方の田舎町にも、それなりの観光地がある。とはいえ全国的に有名というわけではなく、都会から来た人を案内すると「こんなところがあるんですね」と言われる程度の観光地である。由緒あるお寺や自然ぐらいであるが、全く何もないということはない。 ちなみにお父さんも今住んでいるところで生まれ育ったわけではないので、それほど詳しいわけではない。 先日関東からの来客を送迎している時に、観光地の話になったのだが、お父さんは数か所しか答えることができなかった。ところが同乗していた関東から転勤してきたばかりの社員が、いろいろな観光地というか、自分が言った良いところを説明し始めた。 お父さんが名前は知っているが行ったことがないところはもちろん、場所も名前も知らないような観光地を話してくれてとても助かった。 彼が入社してからもうすぐ2年経つのだが、単身で来ているせいかフットワークが軽く、週末を利用してあちこち出かけているという。 田舎の人は、自然を見ても感動しないし、近所というか周辺の古い寺などにもあまり興味はない。それよりも東京や京都などの有名観光地、特に新旧含めた人工物に興味を示すので、都会から来た人がちょっとした渓流などが素晴らしいとか言ってきても、首肯することはあまりない。 ただお父さんも初めて東北に住んだ頃はお母さんと週末ごとに日帰り温泉を訪ね歩いたり、雪を見るためだけに山間部にドライブに行ったりと精力的に動いていた。ある意味思い出の場所でもあるので、先日お母さんにあの頃行った場所を巡ってみないかと提案したのだが、「興味ない、面白くない」とあっさり却下されてしまった。 やはり地元の人は、地元の観光地には魅力を感じないのだと思う。東京に住んでいる人が東京タワーやスカイツリーにあまり上らないのと同じだと思う。ちなみに住んでいる県として名物と言われる食べ物はあるが、地元のひとはあまり食べない。というよりそれは家庭料理であり、外食で食べるものでないことが多い。 地元の名物が食べてみたいとお客さんに言われるととても困ることになる。都会の人には、田舎にはろくな食べ物がない、そもそもレストランがないということを理解してから旅行に来てほしいと思う。
2025.02.11
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お父さんは東海地方の高校を卒業している。地元ではそれなりの進学校として知られる公立高校である。中学校での成績はそれなりに良かったので、志望校をその高校にしても周囲からは特に何も言われなかった。 お父さんは小学校時代も中学校時代も塾というものに通ったことがなかった。中学生になって、英語の授業が始まり友人の多くが英語だけは塾に通うという状況だったが、お父さんが頼んでも我が家では英語塾に通うというのを許してもらえなかった。 ところがある時母親から、定期テストの英語で満点を取ったら英語塾に通わせてあげると言われた。そのため必死で勉強、というより試験範囲のテキストを丸暗記してテストに臨み、見事に満点を取ることができた。ウキウキして母親に見せると、塾に行かなくても満点がとれるのだから、塾に行く必要はないことが分かっただろうと言われ、約束は果たされなかった。今考えればお父さんも馬鹿正直に頑張ったと思うが、母親も純粋な中学生をだますのはどうかと思う。 とりあえず塾には通えなかったが、3年生の時にできたばかりの高校受験のための予備校の夏期講習には通わせてもらえた。模試などもやったが、とりあえず地方の公立高校で競争率も1.2倍程度なので、余裕で合格判定を貰えるぐらいの成績は取っていた。 お父さんの兄貴も同じ高校の卒業生だが、兄は数学が苦手であり、兄弟で最初の高校受験だったこともあり、兄の受験の時にはかなり家族も緊張していたが、お父さんの時は2人目ということと、お父さんの成績が問題なかったこともあり、かなりゆるい雰囲気で受験を迎えた。 ところが、世の中というのはなめていると痛い目に合うものである。お父さんは受験当日の朝、39度の熱を出してしまった。今でも原因はわからないが、頭がガンガンしてめまいがするような状態で試験を受けることになってしまった。翌日には熱が下がったので、受験に対する緊張から知恵熱のようなものが出たのかもしれない。 フラフラの状態で試験を受けたので、数学で1問だけミスをしてしまった。問題は普通に説いたのだが、回答の書き方を間違えたのだ。それが気になって、他のテストまで精神的に影響した。 お父さんが中学生の時代、地方の県立高校はすべて同じ問題で試験を行っていた。そのため帰宅するころにはローカルテレビで解答速報を放映していた。お父さんは、とにかく「失敗した。落ちた」という気持ちになっていたので、解答速報を家族と見ながら落ち込んでいた。ただ今でも覚えているが、解答速報の回答と異なる答えを書いていた試験はほとんどなかった。 それでもそこから合格発表までの1週間は、家の中がピリピリしていた。お父さんは不合格だと思っていたし、家族もお父さんの落ち込み用をみて、何も言葉をかけることができない状態だったと思う。 合格発表を見に行って、自分の番号を見つけた時の嬉しさは今でもよく覚えている。合格した後に家族から言われたのは、「受験をなめすぎていたので、神様が戒めのために熱を出させた」などという言葉だった。 先日次女が受けた高校入試も、合格してみれば「まあ受かるよな」とは思うのだが、結果が出るまでの家の雰囲気はかなりピリピリしていた。長女も息子も中高一貫で高校受験がなかったので、人生最初で最後の子供の高校受験だったことも、お父さんをナーバスにさせた一因だろうと思う。 次女も将来、自分の子供の高校受験の時には、今回自分が感じた様々な感情、そこに至る自分の行動など思い出すのだと思う。受験者本人も親も、余裕で受けて当たり前に合格を理想としたいところだが、やはりある程度スリルや緊張があったほうが、思い出として残るのではないかと思う。 お父さんも次女もハラハラしながらも無事第一志望の高校に合格できてよかったと思う。
2025.02.10
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お父さんは昔からのり弁があまり好きではない。味が嫌いとかおかずが少ないとかいう理由ではなく、のり弁はご飯が足りないから好きではないのだ。 お父さんは子供のころからとにかく米を食べてきた。ちょっとのおかずで白米をもりもり食べることに幸せを感じるのだ。おかずはあまり必要ではなく、白米にちょっと味の濃い何かがあれば十分だった。 今我が家の次女が納豆ご飯だけしか食べない食事などやっているが、納豆だけでご飯2杯はいけるのがお父さんの若いころのご飯の食べ方だったので、気持ちはわかる。お母さんは嘆いているが、米が好きならそれは普通のことだと説得している。 そこでのり弁の登場である。のり弁はおかずは白身フライにちくわの天ぷらぐらいしかおかずがない。通常のお弁当よりおかずが少ない分、ご飯に鰹節と海苔がかぶせてある。これがお父さんにとって問題となる。 海苔と鰹節だけで、ご飯をすべて食べることができるからである。どうしてもおかずが余ってしまうのだ。お米好きのお父さんは、おかずだけを食べるのにあまり慣れていない。あくまでお米がメインでおかずがサブなので、気持ちとしてご飯とおかずの割合は8:2ぐらいがちょうどいい。 最近は糖尿病のこともあり、ご飯を極力少なくしようと努力しているが、それでもやはりお米が食べたいという欲求は止まらない。 そんなわけでのり弁はいまだに苦手である。お父さんの場合、のり弁をおいしく食べるにはもう一つ白米がのり弁と同じ量必要になる。そんなのり弁+白米の弁当があれば、間違いなく飛びつくのだが、世の中の人が今ののり弁で満足しているのなら、100年待ってもお父さんの望みはかなわないままだろう。 最近会社でほか弁を頼む機会があると、たまにのり弁を選ぶのだが、美味しいのに不満が残るという不思議な気分に毎回させられてしまう。
2025.02.09
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大寒波で北陸や西日本でかなり雪が降っている。雪国の人間から見ていつも不思議に思うのだが、路面が雪に覆われている状態で、どうして車に乗る人があんなに要るのだろうかと思う。スタッドレスタイヤをはいて4駆の車に乗っていても注意しないと危ないと思うような道路を、ノーマルタイヤで走るのは自殺行為に等しいと思う。 関東だと箱根当たりの山道がよくニュースに出るのだが、毎回スタックしたりスリップして止まっている車の映像が出てくる。テレビ局も箱根に行けば、必ずそういう車に出会えると確信して行っているのだと思う。 都会で歩道を歩いている人も、靴が雪国用ではないので滑るのは仕方ないと思うのだが、どうして後ろ側に倒れるのだろうかと不思議に思う。雪国で後ろに転倒する人はあまり見かけない。子供や老人はともかく、大人は転倒するなら前に転倒できるように歩いている。後ろに転倒して後頭部を強打したら命にかかわるからだ。歩いている人が多いのもあるだろうが、都会で雪が降ると歩行者のけが人が多いのは、後ろに転ぶからだとお父さんは思っている。 さて、雪国には住んでみなければわからないいろいろな工夫やマナーがある。歩き方もそうだが、それ以外にも知らないと不便だったり迷惑をかけることが多々あるのだ。 まず車であるが、駐車したらワイパーを上げておくのは雪国の常識である。そうしないとワイパーがフロントガラスにくっついて動かなくなる。リアワイパーも上げておかないと車の雪を降ろすときに雪の塊が当たって壊れてしまう。 雪国の車は、車に積もった雪を降ろすためのブラシを必ず積んでいる。ただし車の中に入れてあるため、最初は手でドア周りの雪を除去しないとドアを開けた瞬間に大量の雪が車の中に入ってしまう。 雪のない地方の人を車に乗せようとすると、いきなりドアを開けるので車の中がびしょびしょになることがよくある。ちなみに車に乗るときも、靴についた雪を払い落としてから乗るのが雪国の常識なのだが、それも知らないのでたっぷりと雪を靴につけたまま車に乗られてしまう。 雪国では冬場は車のマットをゴム製に変えてゆき対応をしている人も多いのだが、車の中に雪が大量に入ると窓がクモル原因になる。きわめて迷惑な行為なのである。今後雪国で誰かの車に乗せてもらうときは、体の雪を払うだけでなく、靴の雪を落とすこともやってほしいと思う。ドアを開けたまま足を外へ出してシートにお尻だけをのせて、両足をぶつけて雪を払い落とす。ぜひ覚えておいてほしいと思う。 会社や誰かの家に入るときも同様で、とにかく靴、それも靴底に着いた雪を落としてから入ることをしないと、「だらしのない人」「礼儀を知らない人」ととらえられてしまう。遠方から来た人であれば、仕方がないと思う部分はあるが、びしょ濡れの床を拭くことになるのは誰であれ同じであるので、腹は立つものだ。 雪国の細かなマナーや習慣は、今ではネットで簡単に検索できると思うので、雪国を冬場に訪れる際には、ぜひ確認してから来てほしいと思う。
2025.02.08
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お父さんもお母さんも、駅伝やマラソンを見るのが結構好きである。子供のころ、親が駅伝やマラソンでテレビを占領しているのが嫌だったのに不思議なものである。お父さんの持論だが、自分が年を取って昔の体力がなくなると、若者が必死で走っている姿が尊く見えるのだと思う。さらに駅伝などは抜いたり抜かれたり、体調不良を起こしたりとドラマがある。タスキをつなげずに泣き崩れる姿が、青春の尊い姿と心を打つのだ。 さて今回は、駅伝の尊さを語りたいのではなく、スポーツの一流と呼ばれる人のすごさについて書いてみたいと思う。よく言われることであるが、一流とそうでない選手の差というのは、本当に微妙な差でしかないということだ。 お父さんも最近は本当にそう思うようになってきている。 お父さんは野球が大好きだがプロ野球でも大リーグでも打率を3割にのせるのはかなり大変なことである。2割9分9厘と3割では印象がまるで違う。10打席に3本打つだけと言いたいが、これが難しいのがプロの世界である。高校野球の甲子園出場チームの選手に当たり前に4割打者がいるのを見ても、プロの世界の厳しさが分かる。10打席に2本ヒットを打つ選手の打率は2割であり、2割バッターはプロの世界で一流とは呼ばれないだろう。 マラソンなどを見ていても、42.195kmを2時間強かけて走って、優勝選手と2位の選手の差は1分以内である。先日の大分マラソンで1位と2位の差は6秒、1位と3位の差は36秒である。1位と10位の差で5分20秒と、マラソンの世界では大きな差なのかもしれないが、お父さんの感覚で言えばわずかの差でしかない。このわずかの差で世界へ出ていけるかどうかが決まるのだから、本当に厳しい世界だと思う。 陸上の100m走など1位と2位の差など場合によっては0.1秒以下である。陸上競技できちんとタイム計測をしていなかったら差などほとんどわからないレベルだろう。百分の何秒の僅差が金メダルを取れるかどうかを決めてしまう。2~3回連続して走ったら結果が変わるのではないかと思われるレベルである。 結局一流になる選手というのは、このわずかの差を常にキープできる人なのだと思う。そしてそれを成し遂げるには、このわずかな差にこだわって練習をし続け、プレーの時もわずかな差にこだわっている人なのだと思う。もちろんこだわるだけでなく、結果を出さなくてはならないのだが、こだわらなければ結果は出ないだろう。 一流になるには、生まれ持った資質が必要なこともあるだろうが、そのうえでさらにこだわりの努力と結果を出す力必要である。大谷翔平選手は、「天才」の一言で片づけられてしまうこともあるのだろうが、実際は本人の絶え間ない努力とこだわりが彼を一流にとどめ続けているのだと思う。
2025.02.07
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次女の高校入試が終わった。中学2年生の時に志望校を決めて、そこからひたすらその高校に合格できるように努力してきた。親がである。親として娘の進学に協力するのは当たり前と言えば当たり前だが、娘が入試に向けて猛勉強をしたという事実はまるでない。地方の私立高校なので、ありとあらゆるアピールを1年半の期間続けてきた。 中学2年生からすべてのオープンスクールに参加し、毎回任意の個別面談まで申し込んで学校にアピールしてきた。娘を入部したい部活動(この部活に入りたくて高校を決めた)に体験参加させている間、入試担当の先生に少しでも印象を与えるべく努力をした。 部活動のクラウドファンディングにも協力し、効果があるかはわからないができる限りのことはしてきたつもりである。 そして先日次女は本命の高校を専願(地方は公立を本命にし、私立を滑り止めとして併願するのが一般的)で受験した。つまり不合格になったら2次募集などを探して、3月末まで奮闘することになっていた。 次女は本命以外に行きたくないから、他の高校は興味がないとまるで真剣に考えていなかったが、親としては事前調査(昨年までの2次募集実績などの情報収集など)をしながら、次女が入れそうな高校を模索していた。 入試は1月の末にあり、合格発表は2月頭だったが、そこまでの約1週間は本当に胃が痛くなるほどきつかった。当人である次女はもちろん不安でいっぱいだったと思うが、親の精神的苦痛はそのレベルではない。合格発表の結果次第で次女の精神的ケアはもちろん、次の行動を考えなくてはならないのだ。さすがに高校浪人をさせるわけにはいかない。 最終的に次女は合格できたので、結果オーライにはなった。だが普通なら娘が合格して元気になるのだろうが、緊張がほどけて一気に疲れが出てしまった。身内に合格を連絡したので、SNSでは祝福ムードでいっぱいだったが、お父さんとお母さんはぐったりであった。 何はともあれ合格はできたので、今後は入学の準備に入る。私立高校だけあって、制服の種類が多く、それだけでも10万円ではきかない出費になるようだ。入学金、初年度授業料、その他もろもろで大変そうである。入部予定の部活も部費やユニフォーム、遠征費などかなりお金がかかると説明を受けている。 親というのはなかなか楽にはなれないようだ。自分の親への感謝がますます大きくなるのを感じる。ただその親曰く、子供のために必死になっている時期は大変だったが、思い返せばよい思い出であったという。完全に子供が親から巣立ってしまうとそう感じるようになるようである。
2025.02.06
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お父さんは、箸の持ち方や鉛筆の持ち方など、一度覚えてしまえば一生問題なくなるようなものは、きちんとできるように子供たちに教育してきた。しかしながら、息子はかたくなにそれを拒否し続け、今ではすっかりおかしな箸の持ち方をする人になってしまった。親以外に指摘されたことがないので、反抗心が勝ち続けた結果であると思う。作法の大切さを知らないが故の若気の至りでもあるのかもしれないが、実に残念である。 まあ将来好きな女の子に指摘されたり、周囲の人からからかわれたりすればすぐに治るのかもしれないが、15年以上指摘して治らないのだから、お父さんが治すことはあきらめている。 さて、箸というのは作法を見るうえで実に便利なものであるという認識ができた時代があった。それを作ったのは「美味しんぼ」というマンガである。このマンガの中で、きちんと箸の作法というか、食事の作法ができる人は、箸の先が1センチ程度しか濡れない(使わない)という内容が描かれたのだ。 当時人気のあったこのマンガは、日本人に多大な影響を与えた。ほかのマンガや雑誌でもこの内容が取り上げられて、日本人は食べた後の箸を見比べては、お互いに作法が鳴っていないことを確認しあったものである。 お父さんも先の1センチだけを使うようにチャレンジしたことは何度もあるが、一度も成功したことがない。考えても見てほしい、箸の先端1㎝で持ち上げることができるご飯の量を。幼児の口にも足りないぐらいしか1回で口に入れることができない。みそ汁の具は、上に浮いているもの以外汁を飲むまで食べることができない。 そばを食べるとき、1回でどれだけの量が口に運べるのだろうか。さらにかけそばを食べるなら、ツユを同時に飲んでいかないと、どんぶりの下の方にあるそばは食べることができない。これを実践すると作法ができていると言えるのだろうか。 真実はわからないが、お父さんは箸の先1㎝はデマだと思っている。美味しんぼでこの内容が出た時に食べていたのはお茶漬けだったが、お茶漬けで箸を濡らしたくなかったら、茶碗をもって飲むようにして、箸を使わない方法しかお父さんにはできなかった。 箸の先1㎝ですべての和食を食べられる人が本当に要るのなら見てみたいと心から思っている。
2025.02.05
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お父さんが子供のころ、洋食というのは町の洋食屋でオムライスやスパゲティーナポリタンなどを食べることがほとんどだったと思う。それが徐々にファミレスのような洋食レストランができてきて、外食が蕎麦屋やラーメン屋から洋食レストランに行くのが珍しくなくなっていった。 今ガストなどの洋食屋に行くと、ナイフ・フォーク・スプーン・箸とシルバーの食器と一緒に箸が普通に置いてある。しかしながら、お父さんが子供の頃のファミレスは、料理によって店員が席にナイフやフォークをもってくるシステムだった。 例えばスパゲッティを頼むとスプーンとフォーク、ハンバーグを頼むとナイフとフォーク、かつ丼を頼むと箸というような具合である。 ここで大人も子供も悩んだのが、ハンバーグやステーキなどを頼んだ時についてくる平皿に盛られたライスである。ご飯は茶碗で食べるものだったのに、いきなり平らな皿にご飯が盛られて運ばれてくる。しかも使ってよい食器はナイフとフォークのみである。 通常ハンバーグを食べるとき、右手がナイフで左手がフォークである。ところがそのままフォークを左手に持ったままライスを食べようとすると、左手を器用に動かすだけでなく、フォークの向きを変える必要がある。 今はそんなことをやっている人はいないのだが、お父さんが子供のころ、ナイフとkフォークで平皿からご飯を食べる方法というのがあった。あったというよりそれが正式なマナーであると教えられた記憶すらある。 その方法とは、ナイフでフォークの背にライスをのせて口に運ぶという方法である。はっきりいってものすごく食べづらいのであるが、ナイフとフォークを持ち替えずにそのまま食べるにはその方法しかなかった。 お父さんもそれが正規のマナーだと思っていたので、しばらくの期間は、そのようにナイフとフォークを使っていた。 その後、日本はバブル期を迎え、海外旅行が当たり前の時代になっていく。こうなるとヨーロッパやアメリカで恥をかかないために、マナーという概念が日本人に広がっていった。食事のマナーはもちろん、トイレの使い方、あいさつの仕方、服のTPOなど様々なことを学ぶ必要が出てきた。 お父さんも親の買ったマナーの本を何種類か読んだ。使う予定はなかったが、マナーだけは覚えておいた方がよいと言われていた。 そしてそこに、ライスをフォークの背にのせて食べる方法は載っていなかった。そもそも西洋において、ライスが平皿に主食として盛られてくることはないので、記載もなかったのかもしれないが、ピラフなどが出た時は右手でフォークをもって食べればよいと書いてあったと思う。 その後アメリカに3年住んだ時も、アメリカ人は普通に右手でフォークをもって皿からすくうようにして食べていた。 フォークの背にライスをのせて食べた経験は、お父さんより上の世代ならだれもが経験していると思う。お母さんも確認したらやっていた時期があるとのこと。あの方法を編み出し、日本中に広めた人、もしくは媒体は誰だったのだろうか。今思うと実に不思議である。
2025.02.04
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息子が色気づいている。高校2年生男子と言えば女性はもとより同性からもかっこいいと思われたい年ごろである。我が家の息子も様々な男性化粧品に手を出し、床屋ではなくおしゃれな美容院で髪を切っている。洗面所にいる時間が朝夜ともにどんどん長くなっていて、いったい何をやっているのだろうと昭和生まれのお父さんとしては理解ができない。時代時代でいろいろと気にするところはあるのだろうから放置しているが、お父さんとしては頑張っているのだから成果(彼女ができること)を出してほしいと思っている。 お父さんも高校生の頃と言えば異性を気にして身づくろいは欠かさなかった。また男同士でいろいろと情報交換をして、そのころで始めた男性専用のトニックとかヘアスプレーとか香水のようなものを買っていた。息子との違いは成果を上げていたことだろうか。 大学に入るとさらに自由度が上がるので、雑誌などを見ながらいろいろと試していた。ただしお父さんは理系大学生だったので、高校生の頃より周りに女子が少なく、結果として意識は低くなったと思う。 研究室に所属するようになると、実験の繰り返しで泊まり込みも多く、そもそも朝から晩までつなぎの作業着を着て過ごすので、ファッションセンスなど後退する一方であった。何故かわからないが、つなぎを着て実験している自分がかっこいいとさえ思っていた。 体格も当時からデブではあったが、お腹が出るとかそういう変化はまだ少なかったし、それなりに体形には気を使っていた。すべてはかっこいいのためである。 それが近年というか、結婚して10年も経つと、外見的な容姿などへの興味はほとんどなくなってしまう。職場が工場というのも理由の一つにはなるだろうが、かっこいいことへの興味がなくなってしまうのだ。 ただし体形には若いころより気を遣うようになった。すべては健康のためである。健康で元気に長生きすることが今は興味の対象である。異性に見せるための容姿ではなく、完全に自分のためにやっている。 すでに結婚もして子供のできた身の上では、異性からどう見られるか、同性からかっこいいと思われるかというのはあまり興味がない。中にはまだまだ頑張っている人もいるが、同年代の殆は、ジムに行って鍛えるのも、サプリを飲むのもみんな健康を維持するためである。 色気づいていろいろと頑張る期間というのは人生において意外と短い。せいぜい10代後半から30歳ぐらいまでだろう。それに対して健康のための対策は30歳以降ずっと続いている。お父さんの父親が80歳を過ぎてもまだ健康食品やサプリ、運動などいろいろと頑張っているので、健康で体が動くうちは50年でも60年でも続いていくのだろうと思う。 お父さんも40後半からジム通いしているし、体重を落としたりと健康維持促進活動はやっている。使っている金額も学生の身づくろいとは比較にならないくらい大きい。 息子の青春を謳歌している姿は、ほんの一瞬であるので、温かい目で見守ろうと思っている。できれば結果を出してくれるとさらに面白いのだが、今のところその兆候はない。
2025.02.03
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先日お母さんが出かけていた週末に、息子が暇そうにしていたので夕食を作ってもらった。作ってもらったというより、命令して作らせたというほうが正解であろうか。長女はすでに家を出ているので自炊をしているようだが、自宅にいる息子と次女はほとんど料理をしない。しかしながら、最近息子はお母さんの料理だけでは足りない(実際には肉が足りない)と言って、冷蔵庫から肉を取りだして炒めたり焼いたりして食べている。 息子もあと1年強で順調にいけば家をでて一人暮らしがはじまる。料理はある程度できる必要がある。 そんな理由を無理やり息子に押し付けて、料理を作ってもらった。キャンプなどでも作らせたことがあるが、昨年の夏は何やらネットで小難しいスープパスタにチャレンジして、3時間以上待たせた挙句に失敗した。 そこで今回は、親子丼とみそ汁とサラダというメニューをあらかじめ提示して作ってもらった。親子丼では肉が足りないというので、追加で肉料理を作ってもよいと言ったら、豚肉の炒め物を作った。親子丼は味が薄かったが、豚肉の炒め物は、普段から肉を料理しているだけあって、美味しかった。 前置きが長くなったが、若者というか、料理に慣れていない人は、料理をするとなると、何故か普段食べないような特殊なものを作る傾向があるとお父さんは思っている。料理ができない人ほど難しい料理にチャレンジするのだ。 料理ができる人から見ると、無謀なチャレンジであり、料理ができないことを自ら暴露しているようにしか見えない。 大学生になって彼女ができ、料理を作ってもらったりしたときに、お父さんたち男性陣が集まって、お互いの彼女の料理を批評することが当時は何度もあった。そして、料理ができる女性は、普通の料理(家庭料理)をおいしく作るが、できない女性は凝りに凝った料理を作るという意見で一致したことがある。 今の時代、男性も料理ができて当然である。というより家事ができる男性でないと結婚対象にならないのではないだろうか。男性の料理も、普通の家庭料理ができるかどうかで、女性は本当の料理の実力を見てくると思う。バーベキューで活躍しても、怪しげなカタカナ料理を作っても評価対象にはならないだろう。 ちなみに家事一般、洗濯や掃除でも同じである。経験がない人は不思議なことをする。洗濯で例えれば、色別に洗濯物を分け、1日に何度も洗濯機を回す。ひどい人だと色がついているからとTシャツ1枚で洗濯機を回すことすらある。実際にお父さんはそういう人を何人か見ている。 掃除もそうだが、やり始めると年末の大掃除かと言いたくなるほど細かくやる人がいる。これも普段から掃除をしていない人の特徴だとお父さんは思っている。 皿洗いなども、経験がないのに俺はできるとかっこをつける人は、1枚ずつ洗剤で洗っては、水ですすぐことを繰り返す。 息子に話を戻すと、息子は今、できるほうへ転がるか、できないほうへ転がるかの瀬戸際にいるとお父さんは思っている。おそらく家事をしない女性からはできる人と思われるだろうし、本当に家事ができる人からは家事ができない人と思われるだろう。 あと1年、もしくは学生時代にきちんと家事ができるようにならないと、息子が望むような女性とは結婚できないとお父さんは思っている。息子よ頑張ってくれ。
2025.02.02
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学生時代の友人は一生の友人になると言われることがある。これはお父さんの経験上事実ではあるが、それには条件がある。ちなみにお父さんは小中学校の友人でいまだに会ったり連絡を取ったりしている友人はいない。 一番会う機会が多いのは、高校の部活仲間である。それ以外にメールや年賀状でたまにやり取りしているのが大学の研究室の同期である。 ではどうして高校の部活仲間は連絡を取り合って、年に1度ぐらいは会って食事などをしているのだろうか。高校の部活仲間が一番仲が良かったからではない。単純に、高校の部活仲間に飲み会などを設定し、仲間に集合をかける人物がいるからである。 お父さんも幹事役のようなことをしたりするが、お父さんがやらなくても声掛けをして場所を設定する人物が3名いる。そのうちの誰かが集まろうと声をかけてくれるので、たまに会って旧交を温めることができるのである。 お父さんの場合、生まれ育った東海地方には高校卒業以来一度も済んだことがない。関東に住んだ以外後は、もう20年も東北に住んでいる。高校の部活仲間は関東を中心に住んでいるメンバーで集まることがほとんどである。 大体はお父さんの関東出張などの日程に合わせてもらっている。誰かが海外赴任から戻ってきたときなどは、飲み会のためだけに東京に行くこともあるが、ありがたいことにお父さんの都合に合わせてもらうことが多い。 息子が中学受験をするときに、小学校の友人たちとは一生の友達になると豪語していた。その時の息子は本気でそう思っていたと思う。しかしながら、中学生で普段学校で会わない同期をわざわざ呼び出して会うということをする行動力のある人は極めて少ない。 学校へ行けば、それぞれが身近な友人たちと話をし、部活をし、遊びに行くのだから、わざわざ別の学校へ行った同期に声をかけるのは面倒くさいものなのである。 高校生になって、同じ学校に入学すればまた付き合いは始まるのだろうが、卒業以降に一度も同じ学校にならない場合は、家がものすごく近所であるとか、親同士が仲良くしていて家族ぐるみの付き合いをしているレベルでないと、小学校以来別の学校に分かれた人と付き合いが続くことは少ない。 これは中学校でも同じことが言える。高校生になると、卒業後の進路も似ている。進学校はそれぞれ大学生になるように、高校の同期は同じような進路をたどる人が少なからずいるので、上に述べたように幹事をできる人がいれば、一生の付き合いになることができる。 大学も同様で、社会人になっても付き合いを続けることができる場合が多い。小中学校の同期というのは、社会人になるころには住む世界というか、生きている環境が違いすぎて現役で仕事をしている間は、会うことがないというのが現実だと思っている。 次に会うとしたら、皆が60歳になったころに地元で同窓会を公式に開催することになった時ぐらいだと思う。 またどんなに仲が良かったとしても、結婚して子供を育てているころというのは、自分の家庭と仕事で精いっぱいで、どうしても疎遠になりがちである。それを乗り越えて幹事を進んで引き受けて、動ける人がいない限り、学生時代の友人関係、特に組織としての友人関係を続けるのは極めて困難であるとお父さんは思っている。 そういう意味で、高校の部活仲間がいまだに会えているのは、人に恵まれたからだと思っている。
2025.02.01
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