全68件 (68件中 1-50件目)

夏日になるほど好天であるが、横尾忠則を観に行こう♪…ということで、昨日(5/30)、横尾忠則現代美術館に出かけたわけです。今回は県立美術館で無料招待券をもらっているので、大使のご機嫌はことのほかよろしおました♪今回のポスターです。ヨコオ・ワールド・ツアーより 見聞きしたものを独自に変換し、編集して自身の作品に取り込む横尾忠則にとって、外国への旅はイマジネーションの宝庫でした。1964年のヨーロッパ旅行以来、横尾は世界各国を訪れています。なかでも1967年のニューヨーク、1974年以降繰り返し訪れるインドは横尾の作品に多大な影響を与えました。 さらに、1980年にはニューヨーク近代美術館でのピカソ展を機に画家に転身するなど、旅は横尾の生き方に深く関わっています。また、横尾の作品が世界に知られるようになると、海外での展覧会や仕事も増え、様々な分野の第一線で活躍する人々との交流が、横尾の表現の幅をさらに拡げていきます。本展では、ヨコオワールドがまさに世界に拡がっていく様子を、関連作品と資料から辿ります。[会期]2017年4月15日~8月20日開館時間:10:00~18:00[金・土曜日は~20:00]休館日 :月曜日[ただし7月17日は開館、7月18日は休館]横尾さんが、べネツィアの景色を眺めながらキリコに対する想いを語っているが(ビデオにて)・・・横尾さんにとって最も惹かれる画家はキリコとなるようです。入口の客寄せ展示です。サービス精神溢れるこの絵が、ええでぇ♪横尾忠則を観に行こう♪3横尾忠則を観に行こう♪2
2017.05.31
コメント(0)

図書館に予約していた『知の編集術』という新書を、待つこと1ヵ月でゲットしたのです。ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうで…さすがに「編集工学」の言いだしっぺだと思ったのです。【知の編集術】松岡正剛著、講談社、2000年刊<「BOOK」データベース>より考える力をみるみる引き出す実践レッスンとは?いいかえ要約法、箇条書き構成、らしさのショーアップなど情報の達人が明かす知の実用決定版。【目次】第1章 編集は誰にでもできる/第2章 編集は遊びから生まれる/第3章 要約編集と連想編集/第4章 編集技法のパレード/第5章 編集を彩る人々/第6章 編集指南・編集稽古<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうで…さすがに「編集工学」の言いだしっぺだと思ったのです。<図書館予約:(4/24予約、5/24受取)>rakuten知の編集術『知の編集術』4byドングリ「編集工学」の奥義あたりを、見てみましょう。p15~19 <通訳名人と編集名人> 米原さんの本を読むうちに、編集術の奥義の一端は同時通訳に生きているということをずっと感じていた。相手が属する文化に踏みこんで、ふさわしい言い方を発見しなければ通訳なんて成立しないということが、私がながらく考えてきた編集という方法にぴったりあてはまっていたからだ。 のちのち詳しいことは説明するが、編集という方法はそうとうに広い領域にまたがっている。雑誌や書籍の編修だけが編集なのではない。 編集には、そもそも人間の認知活動から表現活動までが、記憶のしくみから知識の組み立てまでが、また、メディアによる編集のあれこれからコンピュータ・ネットワーク技術による編集までが、ほぼすっぽりふくまれる。これらのことを研究したり開発する分野を総称して「編集工学」(Editorial Engineering)という。 編集工学では、人間の意識や認識も編集の対象になるし、国や組織やスポーツや音楽も編集の対象になる。遊びやゲームもスポーツも編集であり、法や契約や外交も編集のやりかたに負っているとみなす。ようするに言葉と記憶の発生から、その交換のプロセスをへて、それらの組織化やシステム化までが、すべて編集の仕事にふくまれていて、それぞれ編集工学の研究の対象になる。 編集の裾野はそれくらい広いのだが、それを一言でいうのなら「コミュニケーションの充実と拡張に関する方法」というものだ。 このように編集という方法はとても広い領域を覆っている。汎用性が高い。それだけに、この方法を案内するにあたっては、いくつかの入口を知っておいてもらうのがよい。それはすべてコミュニケーションの根本にかかわるものばかりであるが、とりわけ次の三つが入口の特徴になっている。(1)編集は「文化」と「文脈」をたいせつにする。(2)編集はつねに「情報の様子」に目をつける。(3)編集は日々の会話のように「相互共振」をする。 このことがどういうことを意味しているかを、これから順にほぐしていきたい。まず「文化」と「文脈」を編集するということを説明しながら、だんだん編集術の中身に入っていくことにしよう。 <文化と文脈を編集する> 私が「編集」にめざめたのは、1971年にオブジェマガジン『遊』という雑誌を創刊してからのことである。このとき編集方針としたことは、「理科系と文科系をまぜこぜにする」というものだった。これを当時は「遊学する」とよんでいた。 で、何が「遊学する」かというと、たとえば物理学と民俗学といったような、互いにまったくあいいれないような二つの領域を対角線や補助線をつかって結び合わせようとしていた。これは当時、私淑していた湯川秀樹さんが素領域理論の話のあいまに荘子や芭蕉の話をさかんに織りこむのを、京都下鴨の応接室で何度も聞いているうちに、これに自分でも挑戦してみようと思ったのがきっかけだった。 そのうち、自分の仕事は二つ以上の文化をまたぐための編集をすることだという気になってきた。これが「理科系と文科系をまぜこぜにする」ということだった。異分野を相互にまたぐ文化上の双方向コミュニケーションをおこそうということである。 ここでいう「文化」とは、文化人類学者が大上段に定義するようなしかめっつらの文化ではない。また、異文化をまたぐといっても、ナショナリティや言語のちがう二つ以上の文化の仲人をしようというわけではなかった。 私がまたぎたかった文化というのは、もっとカジュアルで、必ずしも国別・民族別・言語別の文化だけをさすものではなくて、もっと身近で誰もがわかる文化感覚のことをさしている。よく「氏より育ち」というけれども、その育ちの文化、いわば「習慣化された情報文化」とでもいうものである。最近では、こういうふうに文化をとらえて研究することをカルチュラル・スタディーズという。この記事も編集工学的なヒントR1に収めておきます。『知の編集術』1『知の編集術』2『知の編集術』3
2017.05.31
コメント(0)

新しく有望な業界が出現したら、どの役所が縄張りに取り込むか?…日本の縦割り行政の仕組みからすれば、役所にとって死活的に重要なことなんだろう。ということで、その新しい業界に寄ってたかって、篭絡あるいは規制してダメにするのが、日本のお役所の習い性なんですね。村上隆は、クールジャパンという言葉ができた頃から、一切無関係だと公言していたが(笑)・・・たぶん、そのいかがわしさを感じていたからでしょう。2017-05-29ガバナンス効かぬクールジャパン機構がもたらす惨状より 「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構、以下、CJ機構)の出資先は意味が分からない。ガバナンスもまったく効いてない」 CJ機構は2013年におおむね20年間を期限として設置された官民ファンドだ。日本の生活文化の特色を生かした商品やサービスの海外需要を開拓するとともに、海外における日本の魅力を高めることを目的としている。民間投資の呼び水となるリスクマネーを供給することが役割で、これまで計22件の出資を行っている。 Wedgeでは2016年12月号の特集「クールジャパンの不都合な真実」の中で、CJ機構の出資先についての疑問を呈したが、多くの関係者から冒頭のような声が寄せられた。■買収から1年での減損 彼らがまず教えてくれたのが、2016年4月、映像制作大手のイマジカ・ロボットホールディングス(以下、イマジカ)が発表した米国子会社ののれんの減損だ。CJ機構とイマジカが日本の顧客に対する、字幕・吹き替えサービスの提供などを目的として、映画やアニメの字幕制作の世界最大手である米SDIメディアの買収を発表したのは2015年2月。住友商事と共同で買収し、買収額は約190億円に及んだ。買収のための特別目的会社への出資比率は、イマジカが50・1%、CJ機構が49・6%、残りは住友商事が出した。ほぼイマジカとCJ機構、2社での買収だった。 減損額は当初計上したのれんの一部にあたる43億円、イマジカの2017年3月期の経常利益の2倍以上に及んだ。買収から1年でのれんの減損に至ったことについてイマジカは「市場環境の大きな変化や為替相場の変動等による急な業績悪化が要因」(広報)とする。 しかし、「リーマンショックが起こったわけでもないのに1年でここまで大きい減損が起こることは通常ありえない。デューデリジェンス(買収先の事前審査査定)が甘かったのだろう」(投資業界関係者)と厳しい声も聞こえる。だいたい、「官民ファンド」という言葉を聞くと、すぐ眉にツバする大使でんがな。ビジネスジャーナルがクールジャパン法、官民ファンドのいかがわしさ、悪賢さについてアラームをあげています。2013/9/05クールジャパン、新たな税金バラまきの懸念?省庁ごとに類似事業乱立、税金使途不明瞭化より 6月12日に通称クールジャパン法(株式会社海外需要開拓支援機構法)が可決成立した。 海外進出を考えている事業体に対し出資の面から支援する株式会社、いわゆる官民ファンドを設立するというものだ。2013年度で500億円の税金を投入し、民間企業からも出資を募る。経産省職員はこう説明する。「海外展開を支援する政策としてクールジャパン戦略推進事業がありますが、それは補助事業です。機構は補助ではなく、企業への出資を行います。そうすることにより、本格的に海外に出ようとする企業の後押しをしますし、機構からのお金が呼び水となり、民間企業や金融機関の資金がついてくる循環も生まれると思います。投資案件に対する判断は機構の専門家が行い、政府は関与しません。投資である以上、リターンは必要となりますが」 機構の設立は今年の秋だ。政府が総株式の2分の1以上を保有し、収益性・波及効果の観点から選ばれたビジネスに対して出資を行うとしている。海外での商業施設の展開など事業期間が中長期にわたる事業でも、ビジネスモデルが立ち上がるまで持続的に支援するため、存続期間はおおむね20年だ。 一方、クールジャパン戦略推進事業の助成金の上限は1事業につき5000万円。今年度の予算は4.6億円で13件が採択された。採択は有識者が順位を決め、政府が足切りをするのだという。また、助成金は事業の半分までと決まっている。言い換えれば半分は企業が負担しなければならないため、企業側も「本気度が違う」という。 順位づけを政府が決めないのは、成長産業や事業を判断する目利き能力が政府にはないからだという。そのために、政府は資金を出しつつも口出ししない民間の株式会社として機構を設立したのだ。●官民ファンドの盲点 ところで、官民ファンドとしてクールジャパン事業に出資する民間企業は、この機構が初めてではない。09年に2660億円の政府出資と140億円の民間出資によって設立された株式会社産業革新機構がある。この機構は市場開拓型の革新事業に出資するという目的で、これまで42の案件に投資している。クールジャパン事業では、昨年に民間企業であるANEW(2月事業開始。産業革新機構の100%出資による新会社)、出版デジタル機構(4月設立。産業革新機構が150億円を上限に出資)、グロザス(5月設立。産業革新機構が12億円を上限に出資)の3社に出資している。 中でもグロザス、ANEWの事業内容については両社HPを見てもよくわからなかったため取材依頼をしたところ、グロザスからは「まだ説明できる事業になっていない」という理由で断られた。しかし産業革新機構の株の95%は財務大臣を株主とした政府が持っている。つまりは国民のお金を使っているということだ。その資金から12億円を投じて設立された企業であれば、民間であっても税金による事業だが、それが1年たっても報告できる事業になっていないという。また、ANEWからは「時間がとれない」という理由で取材を断られた。 さらに産業革新機構にも取材依頼したところ、「記者クラブ加盟社のみの取材に応じます。加盟社以外の取材には答えられません」と断られた。その後、「個別の取材に対しては、個別に判断して対応する」と姿勢を軟化させたが、上記のグロザスやANEWを含めこうした一連の対応から、官民ファンドによる税金の使途はブラックボックス化し、チェックが難しいという実態がうかがえる。 官民ファンドの問題はここにある。政府や独立行政法人などであれば説明責任が求められるが、官民ファンドとなると説明責任の対象が国民ではなく政府となる。政府と官民ファンドが癒着した場合、透明性の確保が難しくなるのだ。極論すれば「民間会社だから答える義務はありません」と言い放てる自由が官民ファンドにはあるといえる。クールジャパンも、その方便として使われる可能性は否定できない。●乱立する類似事業に巨額予算 そもそもクールジャパンとは何か? 稲田朋美クールジャパン戦略担当大臣は、「各府省縦割りでやっていた政策に横串を入れて、オールジャパンで日本を再生する。クールジャパン戦略はそのための社会運動であり、経済政策や外交政策的な側面もあるものとして捉えています」と説明するが、この運動にいくらの予算がかかっているだろうか。平成24年度の補正予算ではクールジャパン関連予算として、843億円が計上された。内訳には経産省、総務省、国交省、法務省、外務省、農水省などの予算が入っている。 クールジャパン戦略とは、ひと言で言えば「ジャパンブランドによる外貨獲得戦略」だ。日本のいいものを海外に展開し、買ってもらう。日本の良さを海外に知ってもらい、観光客を誘致する。農水省であれば食料品の輸出になるし、経産省であれは産業の海外進出支援、総務省であれば電波事業、国交省(観光庁)であれば観光客誘致、法務省であれば入国審査、外務省であれば国際交流ということになる。財務省の模倣品・海賊版拡散防止拠出金、文科省の文化芸術の海外発信拠点形成事業などもあり、クールジャパンが各省の予算獲得の言い訳になっている。 例えば外務省が補正予算でクールジャパン関連予算として要求した「21世紀東アジア青少年大交流計画の拡充によるアジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流」(150億円)と似たものが、「アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流(72億4800万円)」として復興予算に計上され、問題視された。 前者は「日本経済の再生に向けて、我が国に対する潜在的な関心を増進させ、訪日外国人の増加を図るとともに、クールジャパンを含めた我が国の強みや魅力等の日本ブランド、日本的な『価値』への国際理解を増進させる」となっている。一方、後者は「アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流事業を積極的に展開することにより、我が国の強みや魅力、すなわち日本ブランドを発信し、日本的な『価値』への国際的理解を増進する」とある。ニューズウィーク2012年6/13号ではクール・ジャパンのお寒い現実が報じられています。【息切れクールジャパン:ニューズウィーク6/13号】週刊誌、阪急コミュニケーションズ、2012年刊<内容紹介>よりCover Story:息切れクールジャパン日本を世界に売り込むソフトパワー戦略が失速中──競争力低下とマンネリ気味の戦略で文化大国の夢は終わる?・クール・ジャパンのお寒い現実・日本のドラマのパクリ文化を憂う・カワイイだけじゃ生き残れない<大使寸評>やはり、諸悪の根源は、不作為や怠惰でも首にならない日本のお役人のおつむにあるようですね。ジャパン・ポップの雄ともいえる村上隆さんがクール・ジャパンとは一切関係ないと公言してたそうです(笑)Amazon息切れクールジャパン:ニューズウィーク6/13号獲得した予算を、補助金と新設した天下り組織で山分けにする日本的慣行では立ち行かないことがわかっているのに…まだやるか。劣化も極まってきているようです。
2017.05.30
コメント(0)

図書館で『手づくりする木のカトラリー』という本を、手にしたのです。木肌フェチとも言える大使には、椀物だけでなく、カトラリー(スプーンやフォーク)にも目がいくわけでおます。【手づくりする木のカトラリー】西川栄明著、誠文堂新光社、2009年刊<「BOOK」データベース>より木でつくられたカトラリー(スプーンやフォーク)、器、箱などを紹介する本。26人の木工作家が考えた約300作品を収録。【目次】第1章 スプーン、匙/第2章 フォーク/第3章 バターナイフ、ヘラ、しゃもじ…/第4章 箱、ケース/第5章 器、皿、膳、鍋敷き…/第6章 カッティングボード、まな板/第7章 箸、箸置き、カトラリーレスト<読む前の大使寸評>木肌フェチとも言える大使には、椀物だけでなく、カトラリー(スプーンやフォーク)にも目がいくわけでおます。rakuten手づくりする木のカトラリーこの本には西村延恵さんのスプーンなど、絶妙のシルエットが載っています。西村延恵さんのスプーンこの本のあとがきで、カトラリーに対する著者の思い入れを、見てみましょう。p143 <あとがき>より スプーンやフォークの形や構造についても、まじまじと見つめて触ってチェックする癖がついてしまいました。持ち手のラインから先のお皿のすくう部分につながる形状については、金属性スプーンと並べてまじまじと比べてみたり…。「すくうところは、そんなに深くなくても用が足りる。深いとレンゲになってしまう」という発見もしました。 木のスプーンが金属製のものと違うのは、強度の関係から薄さを出すのが難しいという点にあります。これは作家さんも苦労しています。口あたりのよさ、強度のあんばい、木の厚み、フォルムの美しさ。これらの関係について、どのように対応するのか、ただし、木のスプーンのアイデンティティということを考えれば、金属製と同じようにする必要もないという捉え方もあります。 したがって、木の魅力を表すために、刃物の彫り跡をあえて残しているスプーンや匙も目立ちます。一方、木で薄さを追求しているタイプもあります。まあ、いろいろです。使い手がシチュエーションや自分の好みに応じて、お気に入りを選べばいいのだと思います。
2017.05.30
コメント(0)

図書館で『蜜の流れる博士』という本を、手にしたのです。目次を見てみると、南方熊楠をメインテーマに据えた随筆のようである。ぱらぱらとめくると「ブレードランナー」を絡めて博物学、民俗学を語ったりして・・・ええやんけ♪【蜜の流れる博士】中沢新一著、せりか書房、1989年刊<「BOOK」データベース>より古書につきデータなし<読む前の大使寸評>目次を見てみると、南方熊楠をメインテーマに据えた随筆のようである。ぱらぱらとめくると「ブレードランナー」を絡めて博物学、民俗学を語ったりして・・・ええやんけ♪amazon蜜の流れる博士南方熊楠への思いを「あとがき」で、見てみましょう。p367~369 <あとがき>より 聖ベルナルドのものまねして、私が「太陽と雨、野のゆりと空の鳥」について書いているときにも、私はいつも自分の内部にひろがる青い空や、そこをよぎって飛ぶ鳥や、しなやかに立ちあがる樹木についての体験を、言葉にしようとしている。そのような「樹木」たちは、私が自然の内部にひろがる「ただひとつの空間」を知ることができたとき、はじめて私の内面で成長を開始するのだ。 南方熊楠は、自然科学が対象にするすべての物の中にこの「ただひとつの空間」がひろがっていることを知ったとき、深い驚きをこめて、それを「大日如来の大不思議」とよんだ。彼はこの体験のたしかさにたいして揺らぐことのない確信をもっていた。そしてこの「空間」の体験をベースにすえて、人間の知性と自然との全構造を解明しようとする不可能な仕事にいどんだ。 パスカルはその「空間」のひろがりを真空の中に見出して、心の底からそれに恐怖をおぼえた、と書いている。この真空はどのように巧みな「くりこみ」の技術を駆使したとしても、その中からたえまなく発生してくる無限を、くいとめることはできない。無限の充実をはらんだ真空。すべての物質の生成-消滅と、あらゆる精神の運動がこの真空の中でおこっている。パスカルは華やかな数学者としての生活を捨てたのちも、最後までこの真空にたいして、厳密な表現をあたえようとする努力をやめなかった。 厳密な表現―それこそが重要だ。なぜなら「人々は、神的な事柄に対して、確実であってほしいという要求を失ってしまった」(シモーヌ・ヴェイユ)からだ。「神的な事柄」はすこしも失われてはいないのに、それにたいする認識を独占していると称する宗教が、それについてあまりにごまかしにみちた表現ばかりつづけてきたので、心ある人々はそれが確実であってほしいという要求も、それにたいする信用も、いまではすっかり失いかけている。 厳密さへの要求は、むしろ現代の数学的な科学においていちぢるしい。しかし、多くの科学者はパスカル的な冒険に踏みだそうとはしないし、厳密さをめざそうとする努力を重ねている現代哲学も、「哲学者に残されたただひとつの仕事は、言語の分析である」(ウィトゲンシュタイン)と語る禁欲によって、自分たちの探求の領域を、好きこのんで狭苦しいものにしたがっているようにみえる。 私は知性の言葉が、すべての物の内部にひろがっている「ただひとつの空間」や、私たちの内部に成長する「樹木」の息吹きについて語るのを、聞きたいのだ。中沢さんの南方熊楠論については、ただいま『南方マンダラ』という本を図書館に予約中(現在3位)なので、近日中に紹介の予定でおます。【南方マンダラ】南方熊楠, 中沢新一著、河出書房新社、2015年刊<「BOOK」データベース>より日本人の可能性の極限を拓いた博覧強記の巨人・南方熊楠。中沢新一の解題を手掛かりに、その奥深い森へと分け入る“南方熊楠コレクション”第一弾は、熊楠の中心思想=南方マンダラを解き明かす。楽しいかな学問。「南方曼陀羅」の全体構造をあたえられた学問は、宇宙の不思議を前にして、驚きと喜びにみたされる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/12予約済み、副本2、予約5)>rakuten南方マンダラ『蜜の流れる博士』1『蜜の流れる博士』2『蜜の流れる博士』3
2017.05.29
コメント(0)

図書館で『蜜の流れる博士』という本を、手にしたのです。目次を見てみると、南方熊楠をメインテーマに据えた随筆のようである。ぱらぱらとめくると「ブレードランナー」を絡めて博物学、民俗学を語ったりして・・・ええやんけ♪【蜜の流れる博士】中沢新一著、せりか書房、1989年刊<「BOOK」データベース>より古書につきデータなし<読む前の大使寸評>目次を見てみると、南方熊楠をメインテーマに据えた随筆のようである。ぱらぱらとめくると「ブレードランナー」を絡めて博物学、民俗学を語ったりして・・・ええやんけ♪amazon蜜の流れる博士中沢さんがジャングルを語っているので、見てみましょう。p184~187 <ジャングル・ブギ> 日本人もフランス人も、もともと農耕の民である。農耕(アグリカルチャー)が文化(カルチャー)をつくってきたのだ。だから、中国の農民の気持だってすこしはわかる気がするのだが、こんな風に大地のすみずみまで耕しつくさなければおさまらないような、彼らの猛烈な合理的精神には、どこかついていけないように思えてしまう。 私たちはどこか不徹底なもののほうを愛している。そのために、じぶんたちのまわりに雑木林だとか、やぶだとか、未耕作の空地だとかを保存してきた。それどころか、もっと大掛かりな未耕作地を、神聖な森、神秘的な黒い神の森としてところどころに残してきたのだ。 私たちはこういう場所へでかけると、ほっとする。こういうやぶにまかせた境界区分を、手つかずのままに放置しておけるおおようさみたいなものが、私たちの文化をつくってきた。徹底的に合理的、徹底的に理性的になることができない。いや、そうしてはいけない。それをやってしまったら、じぶんたちのまわりから神もいなくなってしまえば、くつろいだ落ちつきもなくなり、暮らしはぎすぎすしたものになってしまうだろう。(中略) そのために、日本人とかヨーロッパ人とかは、中国人の眼から見れば、いつだってなさけない非合理主義の部分をかかえていたんじゃあないだろうか。中国人は大地の上から、見とおしの効かない闇を追放しようとする。ところが、私たちときたら、そういう闇だとか、黒い見とおしの効かない森だとかがなければ、やっていけないのだ。 3 でも、そんなことは四季の変化のある、わりと温暖な地方に住んできた人だから言えるのかも知れない。見とおしの効かない植物の森は、熱帯のぶ厚いジャングルのただなかで暮らしてきた人たちにとっては、もっと違った意味をもっていたはずだ。 まわりじゅうに、見とおしの効かない深いジャングルの闇がある。人間にできることといったら、ジャングルをばっさいして小さな空き地を切りひらいて、そこに自分たちの住む生活の空間をつくったり、ジャングルのなかに細い細い道をつけたり、そこに火をはなって、キャッサバやタロイモを植えつけるためのちっぽけな焼き畑を開いたりするぐあいのことだ。でもそんなもの、ジャングルを上空から撮った航空写真にもうつっていないほど、ささやかなものにすぎない。 そこでは、理性の努力の大部分は、自分をとりかこむぶ厚い見とおしの効かないジャングルのなかに、小島のような幾何学的な小空間を切り出してくることにそそがれる。そうやって切り出されてきた幾何学の有効な空間、人の住む村の空間には、理性のつくりだすことのできるありとあらゆるものが、つめこまれる。ジャングルのなかに、理性の密集地帯が、孤立してあらわれるのだ。そのために、ジャングルに生きてきた人たちは、民俗学者がすっかりうれしくなってしまうほど濃厚な神話の世界をつくりあげている。つまるところは・・・早すぎた文明を持つに至った漢族が、女真族やツングースたちの神話や住環境を蔑視したのがよくなかったようですね(イカン また大使のバイアスが出てしまったか)
2017.05.29
コメント(0)

図書館に予約していた『英語という選択 アイルランドの今』という本を、待つこと20日ほどでゲットしたのです。ぱらぱらとめくると・・・英語帝国主義とか、アイリッシュ・ディアスポラという大使のツボがうずくような言葉が見えるのです。【英語という選択 アイルランドの今】嶋田珠巳著、岩波書店、2016年刊<「BOOK」データベース>より長い歴史があり書記法と文学の伝統もある一国の言語が英語に取って替わられる。最初はゆっくりと、あるときからは一気に。それは社会経済的要因と個々人の選択の結果として起きたことだった。アイルランドにおける言語交替はどのように進み、どんなことばを生んだのか。人々は今、ことばに対してどんな思いを抱いているのか。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると・・・英語帝国主義とか、アイリッシュ・ディアスポラという大使のツボがうずくような言葉が見えるのです。<図書館予約:(5/02予約、5/24受取)>rakuten英語という選択 アイルランドの今アイリッシュ・ディアスポラが気になるので、そのあたりを見てみましょう。p44~46 <そとに開かれるアイルランド> アイルランドだからこそ語れること。アイルランドに、理論的ないし思想的な可能性を見出した研究者に、『ポストナショナリズムの精神』(2000年)の著者、立川健二がいる。「思想としてのアイルランド…ナショナル・アイデンティティを超えて」と題された第1章において、立川は「アングロかつゲーリック。カトリックかつプロテスタント。土着的かつ入植的。リージョナルかつコスモポリタン」というリチャード・カーニーの言葉を引いて、アイルランドの本質的な「ハイブリディティ(混血性)」、あるいはアイルランド人の多義性について論じている。(中略) とくに、立川のつぎの言葉には、言語に関するアイルランドの位置づけが端的に示されている。アイルランド人はまた、「英語帝国主義」の最初の犠牲者として、また英語だけでなくナショナル・アイデンティティの根拠としてのゲール語というもうひとつの言語、マイノリティの言語をもつ立場から、「英語帝国主義」を内部から告発する資格を秘めているのではないだろうか。アイルランド人は、「小言語」の立場を「大言語」をとおして、マイナーの立場をメジャーな媒体をとおして世界に訴えることのできる稀有なポジションにあるのである。 「アイルランド人」はなにもアイルランド共和国に住む人たちだけを指す言葉ではない。北アイルランドに生きる人々も、政治的区画としてはイギリスに属するということがあっても、「アイリッシュ」としてのアイデンティティをもつかもしれない。そしてまた、アイルランドは移民の多いことでも知られる。 歴史的にアイルランド人は数百万人の単位で、アメリカ、カナダ、オーストラリアを中心としたさまざまな地域に離散した。すなわち、全世界にアイルランド人の離散民、アイリッシュ・ディアスポラがいる。そして、アイルランドの人たちはわりと誇らしげにそのことを語ってくれる。 ちなみに今日においても、アイルランド人はよく外に出る。「ケルトの虎」が去って経済が下向きになったここ数年は、仕事が見つからない若者の流出がニュースで取り上げられることもしばしばである。アイルランドの人々は概して、外から来る人々に門戸を広げるようなところがあるが、みずからもわりと身軽に世界へと出かける。そのようなことだから、世界のどこにもアイルランド人はいる。 「アイリッシュ」は、国境を越え、あるいは国民国家の境界を越える。立川健二が論じるように、ディアスポラを通じても維持されている「アイリッシュ」というアイデンティティは、ナショナリティに拘束されない文化的アイデンティティのありかたを示唆しているようだ。ウン わりと明るいアイリッシュ・ディアスポラが、いいではないか♪アイルランドといえば、『onceダブリンの街角で』という映画を思い出すが・・・大使はだいたいアイルランドという貧乏で、かつ文化的な国に好感を持っているのです。【onceダブリンの街角で】ジョン・カーニー監督、2006年、アイルランド制作<goo映画解説>より ダブリンの街角で、男(グレン・ハンサード)はストリート・ミュージシャンをしている。しかし、彼の前に足を止める者はいない。そこへ雑誌や花を売っている女(マルケタ・イルグロヴァ)が現れる。矢継ぎ早な質問を疎ましく思いながら、男は昼間の彼の仕事である掃除機の修理を約束させられる。翌日、女が壊れた掃除機を引きずってやってくる。彼は再会に驚きながら、その強引さに押され、彼女がピアノを弾かせてもらうという楽器店に立ち寄る。彼女のピアノの腕を確信した彼は、自分が書いた曲を一緒に演奏してみないかと持ちかける。 彼女は一人で家族を養っていたのだが、寂しさゆえ男の優しさに心が揺らぎ始めていたのだった。一緒にロンドンへ行き音楽をやろうと彼は誘うが、母を連れて行っていいかとの一言で、二人の間に沈黙が訪れる。完成したCDを受け取る女…。<大使寸評>大使はだいたいアイルランドという貧乏で、かつ文化的な国に好感を持っているのだが・・・この映画でも、貧乏でも素晴らしい歌を作りだすところが、ええでぇ♪それから、この映画の素晴らしいのは、主人公の本業がミュージシャンであり、作中に歌う歌が本物であるところでしょうね♪もちろん、しっかりした脚本で、映画としてもいい線いっていると思います。goo映画onceダブリンの街角で
2017.05.28
コメント(0)

図書館で杉浦日向子の『隠居の日向ぼっこ』という本を、手にしたのです。おお このタイトルがほっこりしているし、なんか大使の日常を言い表しているようでおます♪【隠居の日向ぼっこ】杉浦日向子著、新潮社、2005年刊<「BOOK」データベース>よりゆたんぽ、手拭、蚊帳、踏み台、はいちょう…。江戸から昭和の暮らしを豊かに彩った道具たち。懐かしい日々を慈しみつつ綴るモノ語り。<読む前の大使寸評>おお このタイトルがほっこりしているし、なんか大使の日常を言い表しているようでおます♪rakuten隠居の日向ぼっこ団塊世代は男女とも家庭科で雑巾を縫ったのであるが、そのあたりを見てみましょう。p101~103 <雑巾> 義務教育の家庭科のなかで「運針」は、まだあるのだろうか。 自分たちのころは、「来週、いらない手ぬぐいかタオルを数枚持って来てください」といわれて、「運針」が始まった。 当時は、男女平等の気運が高まった走りであり、それまで、「技術」、「家庭」、と分けられ、男子は電気や工作の「技術」で、女子は裁縫や料理の「家庭」と、教室を別に授業していたのが、男女一緒、1週毎に「技術・家庭」を受けるようになっていた。 もちろん、わたしは「ラジオキット」や「プラモデル」に夢中だったから、ハンダ鏝を使い、複雑に配線する「技術」の方が得意だった。 運針。赤い木綿糸で、折り畳んだ白い布を縦横斜めに縫い綴じて、1枚の雑巾にする。それだけ。ところがどっこい、家庭科の先生がしっかりもので、きちんと目が揃わぬうちは一人も帰れない。 1枚でOKが出た生徒は、五分の一ほどいた。さすがに、2枚目では、残り8割はスキップして帰った。3枚目。4,5人の居残り。男子は、一人くらいしかいなかったような気がする。もう、夕方だ。好きなテレビも始まってしまう。2枚分しか持って来ていないと、泣きを入れると、先に帰った子たちが残していったタオルや手ぬぐいが、机にどっと積まれた。絶望的情況。 夕食時にやっと間に合って帰った。初縫いの雑巾を、母は、仏壇や神棚を拭く、上拭きに採用してくれた。嬉しかった。とはいえ、未だ裁縫は不得手のまま。ウーム 日向子さんはかなり手こずったようですね。大使はこれほど不器用ではなかったでぇ。もうひとつ、「はいちょう」を見てみましょう。p59~61 <はいちょう> 子供のころの夏休み、外から帰って来て、麦藁帽子とゴム草履と補虫網を、玄関に放り捨て、真っ先に覗くのが、はいちょう。蝿帳と書くから、はえちょうが正しいのかもしれないが、ハイチョーと呼んだ。 網を張った小戸棚。蠅から食品を守っている。中には、今朝のおかずの残りが皿小鉢にいくつか。きんぴらや煮豆の常備菜もある。運がよければ、枝豆や焼きとうもろこしがある。それらを立ちのまま、指でつまみ食いして、焼きとうもろこしなどの大物は、ちゃぶ台へ運び、冷蔵庫から麦茶を動員して、攻めに入る。 煮物でも焼き物でも、出来たての熱々より、味が馴染んで、ゆったり噛みしめて食べられる。冷蔵庫に入れたのでは、冷え固まって味気なく、電子レンジなどなかったから、温めなおしはしごく面倒だった。その点、はいちょうはいい。いつでも室温のやさしい「お帰り」の味がする。 足の指で、扇風機とテレビのスイッチを入れ、ノースリーブの肩をめくって、水着の日焼け具合を確かめる。宿題のドリルが、手付かずの真っ白なことよりも、肌の白さが気にかかる。このままでは恥ずかしくて新学期に行けない。頑張って、もっと黒くならなくちゃ。テレビ画面は甲子園。郷土の期待を一身に背負ったおにいちゃんたちが、褐色の頬に玉の汗を光らせて、白球を追う。 先般、旅で知り合った、スイス人夫妻のリビングの床に、はいちょうがあった。紗を張った優雅なつくりで、中に小さな白熱灯が仕込んであり、インテリア照明として使われていた。真夏の午後、はいちょうを覗き込む子供は、どこに行ったのだろう。『隠居の日向ぼっこ』1:はこぜん、畳『隠居の日向ぼっこ』2:炬燵『隠居の日向ぼっこ』3:蚊帳
2017.05.28
コメント(0)

図書館で杉浦日向子の『隠居の日向ぼっこ』という本を、手にしたのです。おお このタイトルがほっこりしているし、なんか大使の日常を言い表しているようでおます♪【隠居の日向ぼっこ】杉浦日向子著、新潮社、2005年刊<「BOOK」データベース>よりゆたんぽ、手拭、蚊帳、踏み台、はいちょう…。江戸から昭和の暮らしを豊かに彩った道具たち。懐かしい日々を慈しみつつ綴るモノ語り。<読む前の大使寸評>おお このタイトルがほっこりしているし、なんか大使の日常を言い表しているようでおます♪rakuten隠居の日向ぼっこ蚊帳団塊世代には懐かしいカヤを、見てみましょう。p74~76 <蚊帳> 夏の思い出に、「子供のころ、毎朝カヤの海で泳いで叱られた」というのは、昭和30年代生まれぐらいまでだろうか。一回り下の友人、しばし考え「ヒナコさん、茅ヶ崎だったんですか?」。「横浜がハマだから、茅ヶ崎のことカヤっていうのかと」 蚊屋、蚊帳。萌黄の麻製が多いが、高級な紗や、白地にトンボやコウモリ、キキョウやツユクサを描いた柄物、他に木綿や紙製もあった。字面だとまるで蚊を囲うようだが、寝るときに人が入って蚊から逃れる「人屋」である。 四隅を鴨居の蚊帳吊り金具に掛ける、網テント。これなしに夏の夜は明けなかった。前項、蚊遣りでも触れたが、江戸・東京での蚊の繁栄は凄まじく、夏ばかりは、威勢のいい江戸っ子も、蚊の間借り人となる。 志ん生師匠は本所の蚊を、「…家の前の蚊柱をエイヤッとかいくぐって蚊帳へ飛び込むってえと、蚊の奴らがびっしり外側へ取り付いて向こう側が見えない・・・・蚊帳がダメになったとなると、蚊のために食い殺される恐れが多分にあるんで・・・・」と噺した。 それだから「四谷怪談」で、身ぐるみ剥がれ赤子を抱いたお岩が、どうぞ蚊帳だけはとすがるのを、無残に蹴倒して奪い去る伊右衛門の非道さとは、そうとう凄惨なのだ。 ところで、ボロボロに穴の空いた蚊帳を、「蓬莱蚊帳」と呼ぶ。「鶴と(吊ると)亀が(蚊めが)舞い遊ぶ」から。 冒頭の「カヤの海で泳ぐ」とは、吊り金具から半分外した宙ぶらりんの蚊帳を、波に見立て、その上でクロールや平泳ぎをして騒ぐこと(念のため若人への蛇足の注)。
2017.05.28
コメント(0)

図書館で杉浦日向子の『隠居の日向ぼっこ』という本を、手にしたのです。おお このタイトルがほっこりしているし、なんか大使の日常を言い表しているようでおます♪【隠居の日向ぼっこ】杉浦日向子著、新潮社、2005年刊<「BOOK」データベース>よりゆたんぽ、手拭、蚊帳、踏み台、はいちょう…。江戸から昭和の暮らしを豊かに彩った道具たち。懐かしい日々を慈しみつつ綴るモノ語り。<読む前の大使寸評>おお このタイトルがほっこりしているし、なんか大使の日常を言い表しているようでおます♪rakuten隠居の日向ぼっこ大使の場合、10月から次年の5月までコタツモリであるが、日向子さんの炬燵愛好ぶりを見てみましょう。p159~161 <炬燵> 子供のころから炬燵が好きで、のべつ離れなかった。必用なものを、手の届く半径に並べ、もぐりこむ。あとは、寝たり起きたり本を読んだり飲み食いしたり、たまに勉強(仕事)したり。寒がりなので、10月から翌5月までは「こたつもり」で通した。 炬燵で大汗をかく初夏になって、やっと撤去する決心がつく。すると、いろんなものが出てくる。靴下片方。ヘアピン輪ゴム、文房具雑貨はあたりまえ。スプーンフォーク箸小皿、栓抜き王冠 盃、手紙葉書文庫本、フロッピーディスク、未現像フィルム、薬体温計、腕時計アクセサリー化粧品…。 いまは自宅に炬燵を置いていない。自分のだらしなさを反省した訳じゃない。こたつむりは、着替えずまんまで細切れに眠る。部屋の明りやテレビはつけっ放し、窮屈に折り曲がってもぐる。連日だと、さすがに疲れがたまる。 睡眠時ぐらい、着替えて布団に長々と横になればいいのだが、そこに炬燵があるかぎり、こたつ寝してしまう。元々丈夫なたちじゃないので、ついに体力の限界を感じ、炬燵をやめた。それほど炬燵が好きだ。ちょくちょく炬燵にあたりに実家に立ち寄る。 炬燵はいい。家族でも、友人でも、居心地がいい。一人が腹ばいで雑誌を読み、一人が腕枕で眠り、一人が座って蜜柑を剥き、一人が頬杖でテレビを見て、内部に下着が温めていたりする。四辺の席が、風車の羽根のように、絡み合わず卓を囲む(中で足が絡み合わない工夫は要る)。向き合って目を合わせなくても、取り立てて話をしなくても間が持つ。やっぱり、独りのこたつむりより、猫でもいてくれたら、炬燵はずっといい。ウーム 炬燵の愛好ぶりでは日向子さんに敵いませんな♪ところで、この本は1年前にも借りていたのです(イカン、イカン)…で、この記事はその2としました。『隠居の日向ぼっこ』1
2017.05.27
コメント(0)

今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「関連性なし」でしょうか♪<市立図書館>・英語という選択 アイルランドの今・隠居の日向ぼっこ<大学図書館>・蜜の流れる博士・手づくりする木のカトラリー図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【英語という選択 アイルランドの今】嶋田珠巳著、岩波書店、2016年刊<「BOOK」データベース>より長い歴史があり書記法と文学の伝統もある一国の言語が英語に取って替わられる。最初はゆっくりと、あるときからは一気に。それは社会経済的要因と個々人の選択の結果として起きたことだった。アイルランドにおける言語交替はどのように進み、どんなことばを生んだのか。人々は今、ことばに対してどんな思いを抱いているのか。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると・・・英語帝国主義とか、アイリッシュ・ディアスポラという大使のツボがうずくような言葉が見えるのです。<図書館予約:(5/02予約、5/24受取)>rakuten英語という選択 アイルランドの今************************************************************【隠居の日向ぼっこ】杉浦日向子著、新潮社、2005年刊<「BOOK」データベース>よりゆたんぽ、手拭、蚊帳、踏み台、はいちょう…。江戸から昭和の暮らしを豊かに彩った道具たち。懐かしい日々を慈しみつつ綴るモノ語り。<読む前の大使寸評>おお このタイトルがほっこりしているし、なんか大使の日常を言い表しているようでおます♪rakuten隠居の日向ぼっこ************************************************************【蜜の流れる博士】中沢新一著、せりか書房、1989年刊<「BOOK」データベース>より古書につきデータなし<読む前の大使寸評>目次を見てみると、南方熊楠をメインテーマに据えた随筆のようである。ぱらぱらとめくると「ブレードランナー」を絡めて博物学、民俗学を語ったりして・・・ええやんけ♪amazon蜜の流れる博士************************************************************【手づくりする木のカトラリー】西川栄明著、誠文堂新光社、2009年刊<「BOOK」データベース>より木でつくられたカトラリー(スプーンやフォーク)、器、箱などを紹介する本。26人の木工作家が考えた約300作品を収録。【目次】第1章 スプーン、匙/第2章 フォーク/第3章 バターナイフ、ヘラ、しゃもじ…/第4章 箱、ケース/第5章 器、皿、膳、鍋敷き…/第6章 カッティングボード、まな板/第7章 箸、箸置き、カトラリーレスト<読む前の大使寸評>木肌フェチとも言える大使には、椀物だけでなく、カトラリー(スプーンやフォーク)にも目がいくわけでおます。rakuten手づくりする木のカトラリー************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き218
2017.05.27
コメント(0)

昨日、「ベルギー奇想の系譜展」を観にいったけど・・・ええでぇ♪、と太鼓判を押させてもらいます。ベルギー奇想の系譜展より 現在のベルギー・フランドル地方とその周辺地域で中世末期から発達してきた幻想絵画のカテゴリー。ヒエロニムス・ボスが描く悪魔や怪物のような異形のものたちは写実的で、「本物」と感じさせる迫真性に満ちていました。 こうした独特な表現の伝統は現代が進んでもカプリッチョ(奇想画)、象徴主義、シュルレアリスムの中にとどまり、今日のアーティストたちにも脈々と受け継がれています。 本展では、ベルギーに生まれた奇想の表現を、15,16世紀のフランドル絵画から現代のコンテンポラリー・アートまで国内外のコレクションによって紹介します。 ヒエロニムス・ボスやブリューゲルに始まり、ジェームズ・アンソール、ルネ・マグリットらの時代を経て、そして現代のヤン・ファーブルや若手の作家に至る、およそ500年の「奇想」をたどります。大家族大使としては、マグリット《大家族》とボスの幻想画の実物が見えれば充分であり、それにブリューゲルの版画やデルボーの絵がおつりのように付いてくるという大盤振る舞いが…良かった♪さらに言えば、シルバー料金750円で、横尾忠則現代美術館の無料招待券がついてくるので、まったくもって「もってけ、ドロボウ」のような有様でおました。(成人では1500円であるが、2館観えるとあれば、たいへんお得です)でもとにかく、「系譜をたどる」と言うだけあって、これだけ見どころの多い企画展は久々ではなかったかと思うのです。過去の日記から関連のある記事をあげておきます。マグリット展で埋合わせ:ソウル市立美術館『マグリット事典』:横尾忠則さんご推薦『謎解き ヒエロニムス・ボス』:「とんぼの本」シリーズ
2017.05.26
コメント(0)

図書館に予約していた『知の編集術』という新書を、待つこと1ヵ月でゲットしたのです。ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうで…さすがに「編集工学」の言いだしっぺだと思ったのです。【知の編集術】松岡正剛著、講談社、2000年刊<「BOOK」データベース>より考える力をみるみる引き出す実践レッスンとは?いいかえ要約法、箇条書き構成、らしさのショーアップなど情報の達人が明かす知の実用決定版。【目次】第1章 編集は誰にでもできる/第2章 編集は遊びから生まれる/第3章 要約編集と連想編集/第4章 編集技法のパレード/第5章 編集を彩る人々/第6章 編集指南・編集稽古<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、どこを開いても面白そうで…さすがに「編集工学」の言いだしっぺだと思ったのです。<図書館予約:(4/24予約、5/24受取)>rakuten知の編集術情報の「しぐさ」や「くせ」のようなものとやらを、見てみましょう。p24~29 <「情報の様子」に目をつける> 次には、第二の入口の特徴にあげた「編集はつねに『情報の様子』に目をつける」ということを、いくつかの角度から説明しておこう。 ここで「情報の様子」といっているのは特別なことではなく、むしろちょっとしたことである。たとえば「しぐさ」や「くせ」のようなもの、そういうものに編集術の大きなヒントが隠されている。 しばしば情報編集はおおげさのものと思われがちである。とくにコンピュータが発達してきたので情報処理も大がかりになっていることも多い。が、その一方で誰でも誰でもインターネットで世界の情報を引き出せるようになってくると、今度はそれをどう編集しておけばいいのか、洪水のような情報の量にとまどってしまう。 そして「なんとか整理法」のような本を焦って買うことになる。が、実は、情報の整理や編集には整理法というものよりも、「情報の様子」がヒントになることが多いのである。 もともと編集には「堅い編集」と「柔らかい編集」がある。 「堅い編集」はハードウェアタイプの編集で、これは印刷やVTRやコンピュータの機能やその属性を生かした編集をいう。たとえばスローモーションをつかった映像編集は、その機能がカメラや再生装置の技術にもとづいていることによって成立する。それがなければスローモーションは絶対に映像化できない。 これに対して「柔らかい編集」はソフトウェアタイプの編集で、人間の感覚や知覚や言葉やしぐさや行動によって何かが理解されたり伝わっていくことをいう。また、それらを表したメディア上の編集行為をいう。 もうすこし端的にいうと、「堅い編集」は機械的で、最近の技術でいえばデジタル型であるものをいう。これにくらべて「柔らかい編集」はアナログ的なのだ。つまり人間っぽい。ほんとうはここでデジタル型とアナログ型に分けるというのはいいすぎなのだが、話をひらたくするためにこういう説明にした。だいたいニュアンスはわかってもらえるのではないかと思う。 もっとわかりやすい例でいえば、マンガだ。マンガというものは紙とインクと印刷といったハードウェアをもとにしているが、輪郭線、簡単な顔の表情、背景、吹き出しの中のセリフ、それに「ぎくっ」「どきどき」「ジワジワ」「ゾーッ」「しーん」といったオノマトペイアなどの、たいそう簡素だが、ペン先でどうにでも豊かになるソフトウェア技法を駆使してつくられている。つまりアナログ型の表現に徹している。 コマ割といったややハードっぽい作業すら、長短ななめの線を駆使して、手で線引きされている。私はいつもそうしたマンガ家の表現力と編集力に感心しているのだが、本書では、そのような技法に注目したいということで、それを「柔らかい編集」と呼びたいのである。(中略) ごく最近、ピーター・コレットは『ヨーロッパ人の奇妙なしぐさ』のなかで「イギリス人はなぜ何もしていないときにおちょぼ口になるのか」という、日本人からすればどうでもいいことなのだが、イギリス人にとってすこぶる重大らしい難問を解いてみせた。では、日本人はどうなのか。どんな「くせ」をもっているのか。【編集稽古】03 小指を一本立てる「しぐさ」の意味は各国で異なっている。日本や韓国では「彼女」をさすことが多いが、では香港、インドネシア、タイ、インド、中国、ナイジェリア、そしてアメリカではどのような意味をもつと思うか。ウーム 物事をめったやたらに切る切口は鮮やかではあるが…勝手に定義付ける傾向が強いようですね。(どうも著者の顔とか、言い方が好きになれないのだ)
2017.05.26
コメント(0)

図書館で『パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか』という本を、手にしたのです。ペリリュー島といえば・・・先ごろ天皇陛下ご夫妻が慰霊のために訪れた島であり、太平洋戦争の激戦地という程度しか知らなかったが、なぜ「世界一の親日国」なのか?と思ったのです。【パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか】井上和彦著、PHP研究所、2015年刊<「BOOK」データベース>より米海兵隊の最精鋭部隊に60%もの死傷率を強いた激闘が生んだ友情、尊敬、感謝……。豊富なカラー写真と現地ルポで甦る感動の物語。<読む前の大使寸評>ペリリュー島といえば・・・先ごろ天皇陛下ご夫妻が慰霊のために訪れた島であり、太平洋戦争の激戦地という程度しか知らなかったが、なぜ「世界一の親日国」なのか?と思ったのです。rakutenパラオはなぜ「世界一の親日国」なのか天皇陛下ご夫妻が慰霊パラオ共和国大統領と著者の会見を、見てみましょう。p123~127 <世界でもっとも素晴らしい二つの国への誇り> 陸に、海に、空に、半世紀以上前のこの地域では壮絶な死闘が繰り広げられていたのである。 そんな水路を北上して私が向かったのは、コロール島の大統領官邸だった。 そして出迎えてくれたのは、パラオ共和国大統領クニオ・ナカムラ氏(当時)だった。 ソファーに深く体を沈めたナカムラ大統領はこう切り出した。 「私にとって日本は親愛な国なのです。・・・もし、パラオ以外の国を選ぶとしたら日本です。私の父は純粋な日本人であり、私の身体にも日本人の血が流れています。それは誰にも変えることはできません。私はそのように生まれたことを幸せに思っています・・・」 大統領は続けた。 「私は、世界で一番素晴らしい国にBelongしています。・・・Tow of the best country in the world・・・世界でも、もっとも先進国である日本と、世界でもっとも平和で開発途上の国パラオ・・・私のこの小さな目を見てください、これは日本人の目でしょ?」と言って笑みをこぼした。 私は大統領に尋ねた。 「大統領は日本人の血が流れていることに誇りをおもちなのですね」 ナカムラ大統領は私が言い終わらぬうちに「イエス」と放った。 この会見が行われた大統領官邸の執務室には日本の伝統工芸品や人形などが並べられ、彼の親日ぶりがうかがえる。 クニオ・ナカムラ大統領は、日本人の父親とペリリュー出身の母親の間に生まれた8人兄弟の7番目。大統領は家族の写真を指し示しながら兄弟を私に紹介してくれた。 面白いことにナカムラ大統領の名前が「クニオ」で、すぐ上の兄の名前が「マモル」というそうである。つまり、二人合わせて「国を守る」なのである。 そんな歓談もそこそこに、私はメモ帳に折り目をつけて政治論の口火を切った。 「では大統領、まず我が国に期待されることを、おうかがいしたいのですが?」 ソファーに深く腰を掛け直した大統領は真剣な表情で両国関係を展望する。 「日本とパラオ両国の関係はとても良好です。そして今後さらに発展してゆくことでしょう。我々はこれを育成してゆかねばなりません・・・夫婦関係と同じです。しかしパラオは独立して5年です(1994年に米国の国連信託統治から独立)。人間でいえばまだ歩き始めたばかりです。だから継続的な日本の経済援助が必要なのです」 そして大統領は続けた。 「同時に私たちも日本にお返しをしなければならないと考えています。独立国としてただ貰うだけではいけません。それは我々のヴィジョンなのですが、なにか貢献しなければならないと考えています。RelationshipというのはGive and Takeでなければなりません。結婚も同じでしょう」 大統領は、その座右の銘「人生では感謝の意を示すことは非常に大切である」を何度も繰り返した後、次のように語った。 「我々は、日本の国連における立場や、日本の国際組織への貢献、あるいは、さまざまなプロジェクトを支持してゆきます。日本が支援を必用とするなら、いつでも日本の立場を支持してゆきます」 中国に聞かせてやりたい話である。 14臆の人口を抱える大国の「一票」も数万人の独立国家の「一票」も、国際社会では同じ「一票」に変わりはない。3兆円もの膨大な日本からのODAに対して何のありがたみも感じない「大国」と、それに比べれば微々たる額の日本の経済援助にも感謝の気持ちを忘れず、さらに日本の国際的立場を擁護してくれる「小国」。 何かが間違っているように思うのは、決して私だけではないだろう。 後日、大統領補佐官が私に語ってくれたところによると、日本の核燃料輸送船が太平洋を通過する問題が持ちあがったときも、ナカムラ大統領は日本支援の立場から周辺各国に働きかけ、そのおかげで他の国々はこれを了承してくれたとのことだった。 親日元首・ナカムラ大統領のこうした影の力が、現在の日本経済を支えていた事実を知っておく必要があろう。『パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか』1
2017.05.25
コメント(0)

図書館で『パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか』という本を、手にしたのです。ペリリュー島といえば・・・先ごろ天皇陛下ご夫妻が慰霊のために訪れた島であり、太平洋戦争の激戦地という程度しか知らなかったが、なぜ「世界一の親日国」なのか?と思ったのです。【パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか】井上和彦著、PHP研究所、2015年刊<「BOOK」データベース>より米海兵隊の最精鋭部隊に60%もの死傷率を強いた激闘が生んだ友情、尊敬、感謝……。豊富なカラー写真と現地ルポで甦る感動の物語。<読む前の大使寸評>ペリリュー島といえば・・・先ごろ天皇陛下ご夫妻が慰霊のために訪れた島であり、太平洋戦争の激戦地という程度しか知らなかったが、なぜ「世界一の親日国」なのか?と思ったのです。rakutenパラオはなぜ「世界一の親日国」なのか日本海軍の特二式内火艇まず、パラオ諸島の戦史を見てみましょう。p29~33 <精強部隊はツルハシをふるった> 「照」兵団と称された陸軍第14師団は、関東軍最強といわれた精強部隊であり、昭和19年4月に満州から送り込まれ、パラオ諸島の守りに就いたのだった。 そこで井上師団長は、中川州男大佐の歩兵第2連隊と歩兵第15連隊第2、第3大隊、独立歩兵第346大隊に加え、第14師団戦車隊などをペリリュー島に配置し、同時に歩兵第59連隊第1大隊(後藤丑雄少佐)をアンガウル島に配置したのである。 だが、それまで極寒の満州でソ連軍を仮想敵に訓練を積んできた第14師団が、まるっきり環境の異なる熱帯の、しかも小さな島の守りを命ぜられたのだから、当初はさぞや困惑したことだろう。ペリリュー島守備隊を任された中川大佐は、あまりにも勝手が違うこの南海の孤島で、精強な部下たちの用兵に腐心したに違いない。 そこで中川大佐は、日本軍がこれまでサイパンやグアムなどで実施してきた水際撃滅と、「バンザイ突撃」といわれる総攻撃の戦法を改め、水際には、綿密に火力を連携しあえる頑強なトーチカ陣地を設け、内陸部には、固い岩盤をくり抜いて作った複郭陣地を張り巡らせて、兵士が身を隠しながら戦い続ける徹底持久戦法の方針を打ち立てた。 こうして昭和19年4月26日、ペリリュー島に上陸した中川大佐は、これまでに類例を見ない堅固な水際陣地と複郭陣地の構築にとりかかったのである。 そして北部の山を「水戸山」、中川大佐の戦闘指揮所のあった中央部の台地は「水府山」といった具合に歩兵第2連隊の故郷・水戸にちなんだ地名がつけられた。ただし中川大佐は、北関東とは縁のない九州は熊本県の出身だった。 中川大佐が守備隊長としてペリリュー島に渡った3ヵ月後の7月14日、築城指導のために村井権治郎少将がやってきた。だが村井少将は、ペリリュー島守備隊長の中川大佐のいわば顧問役であり、守備隊の指揮は階級が下の中川大佐が執ったのである。 兵士たちは熱帯の太陽の下、来る日も来る日も固い隆起珊瑚にツルハシをふるって強固な複郭陣地構築に汗を流したのであった。 だがその苦労は無駄ではなかった。 複郭陣地の堅い岩盤は、猛烈な米軍の艦砲射撃も、また執拗な航空攻撃からも将兵を守ってくれたのである。そして、物量では絶対不利の劣勢にありながら、精神力に優る日本軍守備隊は、その兵力の大半を失いながらも米軍に未曾有の損害を与えたのだった。 <鬼神をも哭かしめる日本軍の猛攻撃> 昭和19年9月15日午前8時、沖合いの戦闘艦艇の艦砲射撃とF4Uコルセア戦闘機の対地攻撃の支援を受けた第1海兵師団の上陸部隊は、ペリリュー島の西側海岸に突進を開始した。 海兵隊員は、LVTと呼ばれる約24人乗りの水陸両用装甲車に分乗し、このLVTに75ミリ砲や37ミリ砲を搭載したアムタンクと呼ばれる水陸両用戦車を先頭に海岸に押し寄せてきたのである。 上陸海岸の一つとなった西浜では、四つの中隊が、上陸地点を、ホワイト1、ホワイト2、オレンジ1、オレンジ2、オレンジ3に区分してそれぞれの担当海岸を目指した。そして突撃第一波のアムタンクが、海岸から約150メートルに迫ったとき、それまで猛烈な艦砲射撃と空爆にじっと耐えて沈黙を守っていた日本軍の水際陣地と、内陸山中の野砲が一斉に火を噴いたのである。 鬼神をも哭かしめる日本軍守備隊の猛反撃が開始されたのだ。それはまた米第1海兵師団の悲劇の始まりだった。 ペリリュー戦を描いた児島襄氏の『天皇の島』(講談社)には、その凄まじい最前線の様子が描写されている。 《午前8時25分…プラー大佐が、ちょうど煙幕をぬけて、サンゴ礁の浅瀬にさしかかったときである。島をおおった黒煙をぬって、赤い閃光がまたたいたと思うと、第一波上陸部隊の周囲を水柱がとりまき、水陸装甲艇は砲弾と機銃弾のうずにまきこまれた。 海岸はすぐ目の前である。ガリガリとサンゴ礁を船底でくだきながら、水陸装甲艇はしゃにむに砂浜にのしあげようとするが、砲爆撃に残った機雷にふれて爆裂するもの、野砲、速射砲、迫撃砲をまともに受けて炎上するもの、岸辺は瞬時にして燃え上がる舟艇と負傷兵のうめき声に充満した》 だが、これは悲劇のプレリュードでしかなかった。
2017.05.25
コメント(0)

図書館で『芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)』という去年の雑誌を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、大型の画像、写真、イラストが満載のビジュアル版になっていて…ええでぇ♪【芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)】雑誌、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、大型の画像、写真、イラストが満載のビジュアル版になっていて…ええでぇ♪amazon芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)パン籠1パン籠2大使の好きなスーパーリアリズムを、見てみましょう。p34~36最もシュルレアリスム的な写実画:諏訪敦 同じ年に描かれた《パン籠》は、とてもスペイン人的だと思いますし、ダリの内面にあるアンビバレンスを示す作品でもあり、とても魅力的です。 ダリの人生の全体を覆った演劇的な喧噪と、内面に常にあった静寂は引き裂かれていて、刺激的なモチーフを用いなくとも不条理さを暗示できるのは、彼に秘められた奥深さだと思います。 17世紀のフランシスコ・デ・スルバラン描くところの修道服の清廉な色彩と黒い不確実な空間との対比、ファン・サンチェス・コターンなどの厨房画の静謐を強く連想させまう。 それから19年を経た後に、ダリはもう一つの《パン籠》を描いています。諸説ありますが、シュルレアリスム運動におけるひとつの終焉は1945年とされており、同年に制作されたこの作品は毎日4時間を費やし、完成までに2ヶ月もかけたそうで、その間には原子爆弾の投下という、人類史に関わる蛮行も実行されていました。 本作は、渡米し、過剰なメディア露出を経て、刺激的な画風を世に知らしめた後の作品です。しかし「ダリらしさ」の薄い、この禁欲的な静物画こそ、稀代のトリックスターが描いた最高傑作であるかもしれません。 画家は外部、つまりモチーフやモデルなどに、制作動機を求め仕事をすると、ある瞬間に、実在の不穏さに気付きおののくことがありますが、リアルさを追求し、その精度が上がるに従って、知覚は鋭敏になり、描いたものとそこに在る現実との違いを、より明瞭に感じられるようになります。画面上に再現したものが現実に近づくのに反比例して、現実を追及した画面が、非現実へと遠ざかり続けて行く現象。 知覚が描写力を抜き去って行くような感覚は、とても不思議なものです。これは観察に没頭した経験がああるなら、多くの画家が体感しているはずです。(中略) 本作について、極々シンプルな写実画にもかかわらず「最もシュルレアリスム的な作品」というダリ自身の言葉が残っているそうですが、この逃げ水のような感覚を彼が経験したと仮定するなら、まさにその通りだと思います。『芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)』1
2017.05.24
コメント(0)

図書館で『芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)』という去年の雑誌を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、大型の画像、写真、イラストが満載のビジュアル版になっていて…ええでぇ♪【芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)】雑誌、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、大型の画像、写真、イラストが満載のビジュアル版になっていて…ええでぇ♪amazon芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)ダリ邸横尾忠則さんのダリ会見記を、見てみましょう。p28~30ダリ:君は私が好きかもしれないけど、私は君の作品は嫌いだ 僕がダリに会ったのは1975年です。スペイン政府に招待された、2週間のスペイン旅行中のことでした。 僕の展覧会を企画しているキュレーターから「会いたい人は?」と聞かれたので、「ミロ」と答えました。が、ミロはイビサ島にいて会えなかった。そこで「巨匠が面白いだろうから、ダリかな」と言ったら、二人の人に連絡してくれました。 誰に連絡したのかはわかりませんが、一人からは「ダリは1年前にアポイントメントを取らないと会えない」と言われ、もう一人は「あんなフランコ政権べったりのダリに会いたいのは誰だ?」と紹介する気が全然ない。しょうがないからダリの劇場美術館へ行ってみました。 すると、ちょうど館長らしき人がいました。で、その女性に「スペイン政府の招待で来た」と書類を見せたら、すぐ目の前でダリに電話をしてくれた。そしてダリがOKしていると…。びっくりしましたね。 訪ねて行ったのは、ポルトリガトのアトリエです。ところが、ここで待たされました。最初は「シエスタタイムで寝ている」と言われました。時間を潰して出直すと、今度は「シャワーを浴びている」と言われ、さらに1時間後に行ったら、「自伝を書きだした」。そしてその次は「絵を描きだした」。 だんだん苛ついてきました。また1時間後に行って、その時は僕の展覧会のカタログを差し出しました。すると、ガラが「会う」と言っているとのことです。ガラもいるとは思っていなかったので、これにも驚きました。 案内された庭園のソファには、なぜか若い男の子がいて、しばらくしてから、ガラがやって来ました。黒いセーラー服で、頭に黒い大きなリボンをつけていました。当時ガラは80歳くらい。おばあちゃんですが、格好は若い。 日に焼けていて、胸のところが開けた服で、中の方までソバカスだらけでした。そしていきなり「お土産を持ってきた?」と聞いてきました。「持っていない」と答えると、横の男の子を指して、「この子をご覧なさい。この子もお土産を持ってきていないけど、“美”を持ってきたわ」。彼はガラの恋人で、ニースから来たファッションモデルでした。 しばらくすると、本当にダリが出てきました。柄の部分にライオンが付いたステッキを持って、白いケープを着て、サッササッサと歩いてきた。けっこう顔が大きくて、体も大きい。そして「君はアーティストか?」「そうです」。 ダリは僕のカタログを持っていました。「ダリ美術館へ行ったか?」「行った」「どうだった?」ということで、さすがにここでは「素晴らしかった」と言うしかありません(笑)。 ところが「君は私が好きかもしれないけど、私は君の作品は嫌いだ」。で、僕のカタログをソファのほうへ、ポンッと放りました。そこにはいつの間にかマネジャーらしき人が座っていて、僕のカタログを見始めました。ダリはチラチラとカタログを覗いている。きっとちゃんと見ていなかったのでしょう。すごく気にしているようでした。 僕が質問すると、ダリはそれに答えてくるのですが、どれも常識的な答えばかりです。エキセントリックな画家という印象があったのに、ものすごくまじめ。僕はなぜ自分がここにいるのか、だんだんとわからなくなってきました。それでいて、妙に冷静に観察もしている。 シャワーを浴びた後だからか、髪の毛がベチャッと濡れていて、やかんの上に海藻が乗っているみたいに、髭もイセエビのようにピンとはしていなくて、ベローンと下がっている。「トゥーランドット」の中国人みたい。顔には、朽ちた石碑の表面のようにプツプツと穴が開いている。20世紀の巨匠中の巨匠が、真横に座っている…。 自分の存在が希薄に感じられ、横にいるこの人は一体何なんだろうと感じてきます。奇妙な霊力のようなものがダーンと来て、彼のオーラに拉致されたかのようです。気がつくと、4時間近くもそこにいました。 ガラのほうは、男の子といちゃついていました。そして、時々僕に声をかけてきます。「あなた、今晩時間はある?」「あります」「じゃあ、私と結婚しない?」。つまりは「私と寝ない?」という意味だと思いますが、いきなり言われたって、それがジョークなのかどうかよくわからない。すると「困ってる、困ってる」と茶化してくる。写真を撮らせてほしいと頼んでみましたが、「この前『プレイボーイ』が写真を撮りに来たんだけど、1セントもくれなかった。だからダメ」と、ガラに断られました。 ダリと会ったこの体験は、言葉にしようと思ってもなかなかできません。結局、しばらくしてから、これをもとに「ポルト・リガトの館」という小説を書きましたが……。
2017.05.24
コメント(0)

今回借りた5冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「アート」でしょうか♪<市立図書館>・芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)・パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか・知の編集術・くつろぎの時間(喫煙室・第21集)<大学図書館>・枕草子、方丈記、徒然草(日本文学全集07)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?)】雑誌、新潮社、2016年刊<「BOOK」データベース>よりデータなし<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、大型の画像、写真、イラストが満載のビジュアル版になっていて…ええでぇ♪amazonく芸術新潮(2016年10月号:ダリってダリだ?))************************************************************【パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか】井上和彦著、PHP研究所、2015年刊<「BOOK」データベース>より米海兵隊の最精鋭部隊に60%もの死傷率を強いた激闘が生んだ友情、尊敬、感謝……。豊富なカラー写真と現地ルポで甦る感動の物語。<読む前の大使寸評>ペリリュー島といえば・・・先ごろ天皇陛下ご夫妻が慰霊のために訪れた島であり、太平洋戦争の激戦地という程度しか知らなかったが、なぜ「世界一の親日国」なのか?と思ったのです。rakutenパラオはなぜ「世界一の親日国」なのか************************************************************【知の編集術】松岡正剛著、講談社、2000年刊<「BOOK」データベース>より考える力をみるみる引き出す実践レッスンとは?いいかえ要約法、箇条書き構成、らしさのショーアップなど情報の達人が明かす知の実用決定版。【目次】第1章 編集は誰にでもできる/第2章 編集は遊びから生まれる/第3章 要約編集と連想編集/第4章 編集技法のパレード/第5章 編集を彩る人々/第6章 編集指南・編集稽古<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(4/24予約、5/23受取)>rakuten知の編集術************************************************************【くつろぎの時間(喫煙室・第21集)】文藝春秋編、文藝春秋、2010年刊<「BOOK」データベース>より「週刊文春」毎号掲載の人気リレーコラム単行本化。どこから読んでもおもしろい、旬の各界著名人による極上のくつろぎエッセイ。【目次】黒井千次/島田雅彦/出久根達郎/平田オリザ/二宮清純/高橋克彦/西木正明/赤瀬川原平/村松友視/室井佑月/大岡玲/鹿島茂/篠田節子/熊谷達也/朱川湊人/今野敏/乃南アサ/なぎら健壱/山田五郎/伊藤たかみ/さかもと未明/みうらじゅん/山本兼一/金田一秀穂<読む前の大使寸評>追って記入rakutenくつろぎの時間(喫煙室・第21集)************************************************************【枕草子、方丈記、徒然草(日本文学全集07)】全集、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>より「春はあけぼの…」一条天皇の中宮定子に仕えた宮中での生活を英知とユーモアの筆致で綴った平安の清少納言「枕草子」。「ゆく河の流れは絶えずして…」波瀾に満ちた人生を送り、鎌倉前期の大火や地震などの自然災害や人災に見舞われた体験を綴った最初の災害文学・鴨長明「方丈記」。「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて…」鎌倉末期の無常観に基づいた随想や人生訓を鋭い洞察で記した兼好「徒然草」。現代の名手による新訳・全訳で収録。【目次】枕草子(酒井順子訳)/方丈記(高橋源一郎訳)/徒然草(内田樹訳)<読む前の大使寸評>名手による新訳というか・・・高橋源一郎のはぶっとんだ超訳ではないか♪rakuten枕草子、方丈記、徒然草(日本文学全集07)************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き217
2017.05.23
コメント(0)

<『枕草子、方丈記、徒然草(日本文学全集07)』>図書館で『枕草子、方丈記、徒然草(日本文学全集07)』という全集を、手にしたのです。今までいろんな人に訳されてきた日本の3大古典的エッセイであるが・・・この本は、名手による新訳というか・・・高橋源一郎なんかのはぶっとんだ感じではないか♪【枕草子、方丈記、徒然草(日本文学全集07)】全集、河出書房新社、2016年刊<「BOOK」データベース>より「春はあけぼの…」一条天皇の中宮定子に仕えた宮中での生活を英知とユーモアの筆致で綴った平安の清少納言「枕草子」。「ゆく河の流れは絶えずして…」波瀾に満ちた人生を送り、鎌倉前期の大火や地震などの自然災害や人災に見舞われた体験を綴った最初の災害文学・鴨長明「方丈記」。「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて…」鎌倉末期の無常観に基づいた随想や人生訓を鋭い洞察で記した兼好「徒然草」。現代の名手による新訳・全訳で収録。【目次】枕草子(酒井順子訳)/方丈記(高橋源一郎訳)/徒然草(内田樹訳)<読む前の大使寸評>この本は、名手による新訳というか・・・高橋源一郎なんかのはぶっとんだ感じではないか♪rakuten枕草子、方丈記、徒然草(日本文学全集07)高橋源一郎の新訳で方丈記の冒頭部を、見てみましょう。p331~333 <リヴァー・ラン・スルーズ・イット> あっ。 歩いていたのに、なんだか急に立ち止まって、川を見たくなった。 そこでは、いつも変わらず、水が流れているように見える。けれども、同じ水が流れているわけではないのだ。あたりまえだけど。 よく見ると、川にはいろんなところがある。ぐんぐん流れているところ。それほどでもないところ。中には、動かず、じっとしているところもある。 でも、そこだって、結局は同じだ。しばらく見ていると、泡が生まれ、あっという間に消えてゆく。そう、たえず変わっているのだ。 人間だって同じだ。彼らの住む家だって。 ゴージャスなわたしたちの首都には、たくさんの家が建っている。金持ちの家も、貧しい人たちの家も。どれも、大昔からずっとそこにありました、みたいな顔をして建っている。でも、ほんとうにそうなのかな。 ちがう。昔からずっと建っていた家なんか、ほとんどない。 ついこのあいだ焼けて、建て直したばかりの家がある。それから、すごく大きくて立派な家があった。でも、住んでいた人たちが急に貧乏になった。そのせいで、いつの間にかちっぽけなものになっていた。そんな家もある。 なにもかも変わってゆく。人間だって同じだ。 ここで暮らしていると、たくさんの、たくさんの人たちの中に、昔からの知り合いは、ひとりかふたり。あとは知らない人ばかりだ。 知っている人たちは、みんな、どこかへ行ってしまった。 朝起きたら、もう死んでいた。そんな人がいる。けれども、その日の夕方には、生まれてくる赤ん坊だっている。差し引きゼロだ。そうやって、人間たちもどんどん入れ替わってゆく。川の表面で浮かんだり消えたりしている泡と少しも変わらない。 彼らは、いや、わたしたちは、どこから来て、どこへ行こうとしているのだろう。そんなことは、誰にもわからない。 もしかしたら、わたしたちはみんな、ひとつのホテルに泊まっているようなものかもしれない。たまたま、同じホテルに泊まっただけなのに。みんな、同じホテルの客なのに。客たちは、フロントの前やらレストランやらをうろつきまわり、喧嘩したり、不愉快そうな顔つきになっている。 そんな風にあくせく生きても、最後には、みんな、どこか知らないところに消えてゆく。彼らが建てた豪邸だって、あっという間になくなってしまう。朝顔とそれにくっついている露の関係みたいに。 露が地面に落ちて、花は残る。でも、日が高く昇る頃には、その花もしおれてしまう。逆に、花が先にしおれ、露が残ることもあるだろう。それでも、夕方には、あとかたもなく露も蒸発してしまう。早いか遅いかのちがいがあるだけだ。いつまでもこの世に残るものなんか、どこにもない。比較のためにこの部分の原文を、青空文庫からコピペしておきます。行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。
2017.05.23
コメント(0)

ドングリ国では、いまヤマボウシが見頃です。ハナミズキのあと、アジサイが咲き始めるまえにはヤマボウシでんがな♪とくに、晴れた日に薫風を浴びて咲く(国産の)ヤマボウシは…ええでぇ。…ということで、12年前の日記から「ヤマボウシ(山法師)の花が散り始めて」を復刻します。********************************************** 駅前のヤマボウシ(山法師)の花が散り始めて見頃がすぎようとしています。(本当は花ではなく総苞というそうだ)街路樹としてはハナミズキ(アメリカヤマボウシ)のほうが多く見られるが、日本生まれのヤマボウシも街路樹や公園樹としてよく植えられています。ハナミズキは色も多彩で華やかだけど、ヤマボウシもなかなかのもので好きな樹です。白い総苞の中に緑色のポッチがかわいいですね。ヤマボウシと言われる由縁のこのポッチ(ほかにいい形容がないので)ですが、秋にはこのポッチが赤く熟れてきれいです。
2017.05.22
コメント(0)

図書館で『小説工房12ヶ月』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、作家志望の大使にとって、なかなか良くできたハウツー本になっているようです♪【小説工房12ヶ月】阿刀田高著、集英社、2004年刊<「BOOK」データベース>より著者が幾多の名作を生み出して来た“小説工房”の扉を開き発信する、目からウロコ、の最新エッセイ集。“再ブーム”松本清張の初期の謎、創作の秘密を明かし、イラク、ペットブームの本質を衝き、社会と生き方への含蓄深い提言満載。 <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家志望の大使にとって、なかなか良くできたハウツー本になっているようです♪amazon小説工房12ヶ月「よい文章を書く基本は読書にある」とのことで、そのあたりを、見てみましょう。p227~229 <私の書き方 まず読むことから> 私は長い学校生活を通して一貫して作文のたぐいが好きではなかった。嫌いだった。多分、下手くそだったろう。身を入れて書かなかったのは本当である。ただ読書はとても好きだった。本の内容だけではなく、それを綴っている文章についても、 ―この人の文章はいいな― いっぱしの鑑賞眼のようなものを自分なりに持っていた。 書くことについては、30歳を過ぎ、原稿料を稼ぐ必用に迫られて初めて本気で考え、比較的短いあいだに、なんとかそれなりの文章が書けるようになった。 自分自身の経験から推測して、よい文章を書く基本は読書にある、と考えている。書く修練を積んでいなくとも、読んでいれば、必要なときに書くことができる。書きも読みもしなかった脳みそが、急に大人になって「さあ書いてみろ」と言われたって到底書けるものではない。文章の作法の第一課は読書の勧めである。具体的には、自分で読んでみて、 ―こんな文章を書きたい― と思うライターを見つけることだ。 かならずしも内容の好みではない。内容の好みと一致する場合が多いけれど、大切なのは文章のほうである。内容に引っぱられることなく、文章として憧れるものを見つけるのが主眼である。そのうえで真似をする。10ページくらい実際に書き写してみるのもよい。 ―太宰治がいいな― と思ったら一編を書き写してみるわけだ。さらにの一部も書いてみるわけだ。 この方法は厄介で、少し遠まわりのような気もするけれど、どの道、文章の上達には簡便な近道はありえない。書き写すことにより、それぞれの作家のこまかい思索や筆使いまでがわかって、少しずつ似た文章が書けるようになる。 職業的な文筆家となるためには、よく似たものが書けるようになったところで、次にはそこから逃れることを考えなければいけないけれど、一般の人なら、似たままでいっこうにかまうまい。太宰と同じで苦しゅうない。自分に合った名文家を見つけて摸倣し、盗み取るのが結局有効な方法である。 私自身はと言えば、新居格、山内義雄など翻訳家の文章の影響を受けた、と思う。新居格はパール・バックのほかの翻訳者であり、山内義雄の業績はマルタン・デュ・ガールのの翻訳など数多い。 一般に「翻訳のような文章」というのは悪文を指すケースが多いけれど、これはちがう。わるい翻訳文が悪文なのであって、よい翻訳文はけっしてわるくない。翻訳という仕事は、外国語をただ日本語に置き換える作業ではなく、 ―この文章はなにを言っているのかな― 翻訳者の解釈を必要とすうる。原文の意味内容がよくわからないまま適当な日本語を当てるのは正しい翻訳ではない。よい翻訳とはなりえない。 だから、よい翻訳は一度翻訳者の理性を通して表出しているわけだ。原文のほうに韜晦があっても、日本語はわかる表現になっている。明快に変わっている。私はことさらに意図したわけではないけれど、優れた翻訳家の、優れた翻訳を熱心に読んだ。感動のあまり暗唱もした。このことが知らず知らずのうちに私の脳みそに文章作法を培ってくれたのだと思う。ウン 大使がアホみたいに借りた本を抜き書きしているのは、文章や文体の習得にもなると思っていたわけで・・・・阿刀田さんの文章作法にもかなっていたようですね♪『小説工房12ヶ月』1『小説工房12ヶ月』2
2017.05.22
コメント(0)

図書館で『小説工房12ヶ月』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、作家志望の大使にとって、なかなか良くできたハウツー本になっているようです♪【小説工房12ヶ月】阿刀田高著、集英社、2004年刊<「BOOK」データベース>より著者が幾多の名作を生み出して来た“小説工房”の扉を開き発信する、目からウロコ、の最新エッセイ集。“再ブーム”松本清張の初期の謎、創作の秘密を明かし、イラク、ペットブームの本質を衝き、社会と生き方への含蓄深い提言満載。 <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家志望の大使にとって、なかなか良くできたハウツー本になっているようです♪amazon小説工房12ヶ月短篇小説の書き方を、見てみましょう。p196~198 <とにかく書きあげる> 短篇小説は短い。短い作品だから、とにかく最後まで書くこと。書きあげてエンド・マークをつけるところまで到達することがとても大切だ。完成しなくては、なんのたしにもならない。 こんな当たり前のことを言うのは、これとは反対のケースが多いのではないか、と思うからだ。つまり、2,3枚書いたところで、 ―どうも書き出しがよくないな― 原稿用紙を破り捨て、また1行目から書いたりする。10枚も書き進んだところで、翌日、読みなおして、 ―調子がよくない、やめよう― また破り捨ててしまう。 パソコンを使う人が増えて、情況は少し変わっているかもしれないが、対応は似たようなものではなかろうか。 これがよくない。とにかく書きあげる。それから推敲する。書きなおす。全体の輪郭が定まって初めて細部がきまる。結末が決まって、逆に書き出しが変わる。短篇小説は特にこういうケースが多い。 私事ではあるが、私のデビュー作は第4稿であった。つまり3回書きなおしている。そして第1稿から、出来のよしあしはともかく、作品として一応仕上がっていた。活字として雑誌に掲載されても、一応はおかしくない形になっていた。35枚ほどの作品で、4回書いたとなると、140枚、原稿料は今の相場で15万円くらい…。140枚書いて15万円では、 ―とても商売にならないな― と実感したけれど、初めのうちは仕方がない。どの道、初めのうちは、いっぱつで完成品にはならないのだ。書いては破り、破ってはまた書いていく場合でも結局は似たようなロスが出る。ロスはもっと大きいかもしれない。 作品の執筆に際し、冒頭の1行目から、原稿用紙の1枚目から、 ―とても商売にならないな― と、精いっぱいの気持ちで書くことも大切だが、そういう努力の続けながら最後までたどりつくこと、これをかならず心がけてほしい。直すのは…どの道、直したい部分は生ずるのだから、書きあげてからでよいのである。 <俺は天才だ!> 心構えについて、もうひとつ、べつの指摘をすれば、書いているときは可能な限り、 ―俺は天才だ。すごいぞ― と思って書くこと。そのかわり書き終えたら、もっとも厳しい批評家となって自分の作品を読み直すこと。 これも多くは逆だろう。書いているときは、 ―こんなもの書いて、なんのたしになるのか― 不安にかられながら筆を運ぶ。キイを打つ。書き終えると安心感や達成感が生じて、 ―わりといい作品なんじゃないのかな― 自己評価がわけもなく高くなる。 心の変換をそう巧みには扱えないないだろうけれど、気分としては書いているときはポジティブに、書き終えたらクリティカルに思ったほうが実践的である。『小説工房12ヶ月』1
2017.05.22
コメント(0)

図書館で『素描 用具と基礎知識』という本を、手にしたのです。「暇になったら、絵を描く」と思いつつも、なかなか手をつけられずにおるわけで…この本を読んでやる気をかき立てる意味もあったのです。【素描 用具と基礎知識】ジェームズ・ホートン著、美術出版社、1994年刊<「BOOK」データベース>よりこれから素描を始めようという方から、経験豊かなアーティストレベルの腕を持つ方まで、この1冊には素描に必要なすべての知識とテクニックが解説されています。各ステップをやさしく、解説した内容は、素描とはどういうものかという基本的な知識から、「形態と立体感表現法」や「動きとしぐさ」など、実際にトライしてみたくなるような上級テクニックまで、ていねいに解説しています。 <読む前の大使寸評>「暇になったら、絵を描く」と思いつつも、なかなか手をつけられずにおるわけです。ときどき、画材を買ったりしてはいるんですけどね。rakuten素描 用具と基礎知識まず、水彩画の画材を、見てみましょう。p20~21 <水彩絵具> 水彩絵具は、もともと西欧ではペンとインクで描いた素描を「彩色」して、強調するのに使われていました。ですから何百年もの間、素描画材の一つだったのです。水彩絵具は、ペンとインクなどのような伝統的な素描画材にぴったり溶け込み、線描画に表情豊かなリズムとのびのびとした自然な感じを与えます。 水彩のウォッシュといっしょに使うときは、インクは耐水性のあるものを使わないと、インクの線が水で消えてしまいます。水彩絵具はまた、ぼかして色調をスムーズにグラデーションさせ、形態の立体感を巧みに深めることができます。 またセーブル筆は、幅のある大胆な筆づかいから、細かい尖った線まで即座に変化を出せ、水彩素描を非常に感覚的なものにすることができます。■透明性と不透明性 水彩絵具は透明な光の効果という点でユニークな存在です。水彩絵具の特徴である明るさは、自然光が紙につけた顔料と水を通過して、紙の表面から反射するところから来ます。 混ぜる色数が多くなるほど光は通過しにくくなって、紙から反射しなくなり、色は暗くなります。また強く、重たい効果を出すには、絵具にホワイトを混ぜたり、ガッシュは不透明なので、イメージをがっしりさせたり、色のついた紙に描くときは強いハイライトを出すのに役に立ちます。■戸外で制作する 水彩素描といえば、戸外の制作、あるいは写生とほとんど同義語になっていますが、それは水彩絵具がすばやく描けて、扱いやすく、風景のつかのまの光の効果さえもたちどころに捉えることができるからです。 戸外で制作すると決めたならば、かさばらず持ち運びしやすい基本的な画材で旅行用キットをつくることができます。 保護用の巻き布に鉛筆、つけペン、セーブル筆などを収めます。木製の画板と、紙をとめるクリップも用意します。画板は描くとき手の支えにもなります。********************************************************・水彩絵具:チューブ入りのものと固形のものがあります。固形は簡単に使えるし、金属の箱にしまっておけるので、もっとも便利です。・セーブル筆:柔らかなセーブル筆は、合成繊維のものよりも形が崩れにくく、水彩画には効果的です。4号と9号くらいがあれば、たいていの素描に間に合います。・木製の画板:用具のなかでいちばんかさばるものかも知れませんが、キットには欠かせないものです。木製や金属製のイーゼルよりは安上がりで便利です。はぎ取り式の水彩画帳も画板の代わりになります。紙をとめるクリップも用意します。・キャンパス地の巻き布:素描用の画材(鉛筆、つけペン、セーブル筆など)を持ち運ぶいちばん簡単な方法です。ゴムテープが縫いつけてあり、1本ずつきちんと収まるようになっています。・紙の入れもの:紙を持ち運ぶには紙ばさみかプラスチックの筒を使うのがいちばん安全です
2017.05.21
コメント(0)

図書館に予約していた『トウガラシの文化誌』という本を、待つこと4日で、ゲットしたのです。この本をざっと見渡して見ても、キムチの話が出てこないのが意外であるが…そのあたりがトウガラシ・ワールドの広さということなんでしょうかね♪【トウガラシの文化誌】アマール・ナージ著、晶文社、1997年刊<「BOOK」データベースより>トウガラシは、人の味覚を挑発してやまない。辛い。なのにやめられない、奇妙な快感。トウガラシと人間の、この滑稽な関係とは?トウガラシの魔力に取りつかれた一人の男がその正体を探る旅に出た。起源を辿ってアンデスへ。世界一の辛さを求めてメキシコへ。各国それぞれのピリ辛料理。知られざる薬効。品種改良の最前線。「タバスコ」商標裁判。俳優グレゴリー・ペック、写真家ブレッソンらトウガラシ中毒者の症状エピソード…。世界の食卓を席捲しつつある「第五の味覚」の謎に迫り、かくもにぎやかな食文化の歴史を明かす、初のトウガラシ大全。<読む前の大使寸評>この本をざっと見渡して見ても、キムチの話が出てこないのが意外であるが…そのあたりがトウガラシ・ワールドの広さということなんでしょうかね♪<図書館予約:(5/08予約、5/12受取)>Amazonトウガラシの文化誌トウガラシ中毒のあたりを、見てみましょう。p277~283 <トウガラシ中毒> 世のなかには、トウガラシを好んで食べる人たちがいる。そんな人たちのことを、ここではトウガラシマニアと呼んでおくことにしよう。そんなトウガラシマニアは、トウガラシの辛さを単に好むというだけではない。彼らはトウガラシに恋こがれるのである。 トウガラシマニアが食事を待ち遠しく思うのは、もちろん空腹を満たしたいからということもあるだろう。だが、彼らを元気づけて毎回新鮮な喜びをもって食事を楽しめるようにするのは、一口食べるたびにあのトウガラシも味わえるという思いがあるからだ。彼らにとって、食事に感覚的なある要素を加えるのがトウガラシなのだ。 それは、どれほど手の込んだ繊細な料理を前にしていても変わらない。トウガラシこそは、彼らの食生活全体にアクセントをつけるものなのである。 トウガラシマニアは、トウガラシのない食卓では引っこみがちになり、落ち着きがなくなる。そんな食卓についているくらいなら、彼らのことだから「いっそ腹ペコのままでいるほうがましだ」とさえ思うかもしれない。あるいは、好みのトウガラシを手に入れるためなら、どんなに遠いところへでも出かけていくかもしれない。それほど彼らのトウガラシに対する情熱はすごい。 トウガラシマニアが、好みのトウガラシについて語るときの熱の入った口調や興奮ぶりを見てみるとよい。大好物のトウガラシをかじったときの彼らの至福のうなり声を聞くがよい。汗を浮かべ、辛さにあえいでいる最中でも、彼らはつぎのトウガラシに手を伸ばす。そして、苦痛のきわみと歓喜の絶頂のはざまで静かに揺れ動いている。それがトウガラシを愛してやまない人たちの姿だ。 マニアは、トウガラシ中毒になっているのだ。その中毒の程度は、控え目に見ても、よく知られているカフェイン中毒やニコチン中毒にも匹敵する。あるいは、アルコール中毒、さらにはドラアッグの中毒に似ているといっても、過言ではないだろう。アメリカのあの有名な団体「アルコール中毒匿名者会」がトウガラシマニアの症状を調べれば、ためらうことなく進行性の病気だと断定するだろう。 ただし、トウガラシの場合は、麻薬中毒に近い症状は簡単には表面化しないものだ。トウガラシをくるくる巻いて吸う人もいなければ、トイレに入って、こっそりトウガラシの匂いを嗅ぐ人もいないからだ。しかし、トウガラシマニアと彼らの好物のトウガラシとのあいだの密接な関係は、奇妙で、愉快な面を等しく合わせもっている。トウガラシ好きの人たちを観察したり、そんな人たちのトウガラシにまつわる癖や習慣を聞いているうちに、私はそう思うようになっていった。(中略) <トウガラシが解決した学術論争> インドでトウガラシをよく食べることで有名なのは、南部地方だ。とくにアンドラ・プラディッシュ州は、トウガラシ生産量がインドでもっとも多い地域である。 イギリス統治時代に政府が残していた記録によると、アンドラ・プラディッシュの現在の州都であるハイデラバードでは、緑と赤のトウガラシの年間消費量がひとり当たり6.4キログラムで、インド国内最高であった。それにつぐのが、ボンベイの4.7キログラムだった。 トウガラシ消費の大半をになっているのは、貧しい人びとである。辛いトウガラシは、富裕な層や貴族の食卓には、あまり登場しなかった。彼らは黒コショー、カルダモン、サフラン、その他のエキゾティックな季節の香辛料のほうを好んだ。貧しい人びとは、そのような香り豊かな香辛料が買えないので、辛味トウガラシ一辺倒になっているのだ。 ある夏、わたしは祖先がハイデラバード州を統治していたという友人の家族を訪ねた。ハイデラバードは、目もくらむような富、そして豪華な料理で知られた強大なムガール帝国の中心地だった。 その友人にはトウガラシについて話しあいたいと電話であらかじめ伝えておいた。貴族の食生活のなかでトウガラシがどのような役割を演じているのかを知りたかったのだ。古い大邸宅のハイダー・マンジル家に着くと、活力にあふれたフセイン夫人その弟のアーガー・シルタージュ・ハサーン・ミルザに迎えられた。 「トウガラシはね、夫が好きな話題なの。いろんな話をお聞かせできると思うんだけど、あいにく狭心症で休んでいて、出てこられないのよ」 そういながら、フセイン夫人は、わたしを居間に通した。 「トウガラシは、主として貧しい人たちが食べる香辛料なんですか」 こんな質問をまずぶつけてみた。 「今では、ハイデラバードの貴族もたくさん食べるわ」 と、フセイン夫人はいう。 「でも、低い階級の人たちのほうが、食べる量は多いわね。たとえば、うちの召使いたちがいい例ね。いつもトウガラシを買いだめしておかなきゃならないの。でないと、みんなだらけてきて、疲れを訴えるようになるわ。『ああ、頭が痛い』っていったり、『めまいがする』ってね。うちには召使いが6人いるんだけれど、6人で赤トウガラシを毎月1.5キロたいらげるのよ」(中略) フセイン夫人は、かたっぱしから手紙に目を通して、見せたいという手紙を探した。ただし、お目当ての手紙を探しながらも、その間に目にとまった、面白そうだと思った手紙はあれこれ読んできかせてくれた。 「ほら、あったわ」 ようやく探していた手紙を見つけたようだ。 「これは、有名なデリーのスーフィ教徒、ハッツァ・ハサーン・ニザーミからわたしの父にきた手紙なの。どちらがもっとも純粋な形のウルドゥー語を話すかで、二人は議論をしていたのよ。それぞれ自分だと言い張っていたわ。どっちかが何かいうと、相手が言い返す。そんなことで、二人は手紙をやりとりしていたの」 と、フセイン夫人は二人の議論の背景を説明してくれた。 「ハッツァ・ハサーン・ニザーミはこう書いているわ。『わたしのウルドゥー語ときみのウルドゥー語が、どうちがうというんだい?わたしは、きみの村でとれたトウガラシを食べて育ったんだよ』」 フセイン夫人は、仰々しく読んできかせた。 「そうなの。このくだりで、二人の議論は決着したのよ」
2017.05.21
コメント(0)

昨日は『メッセージ』を観てきたが、公開初日に劇場で観たといえば…2013年9月20日鑑賞の『エリジウム』以来のことで、大使の入れ込み具合もわかるので、おま♪ある日、エイリアンの宇宙船が、忽然として世界各地に12隻(北海道に1隻)も現れたのです。地球に来た目的が分からない状況が続いたので、疑心暗鬼に駆られ、商品買い溜めや強奪が起きたり、株価も暴落し・・・言語学者のヒロインが(軍の指揮下ではあるが)エイリアンとの意思疎通を図る作戦の最前線に立つわけです。エイリアンが駆使する表意文字を解明し会話を試みるという、ガチの言語学のお話にもなっていて・・・大使としては興味深い作品でした。表意文字ところで…この映画に、宇宙戦争能力を過信するアホな人民解放軍の将軍が出てくるのです。彼の慢心によって、あわやエイリアンと開戦寸前の危機一髪の状況に陥るが・・・・ヒロインが、そのアホを電話で説得して、事なきを得るわけでした。映画制作陣の人民解放軍に対する冷めた目線が感じられるが・・・・(映画評としては瑣末なことかもしれないが)このあたりも大使は高く評価するわけです。【メッセージ】ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、2016年、米制作<Movie Walker作品情報>よりSFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化し、第89回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、音響編集賞に輝いたSFドラマ。突然、地球に襲来した異星人との交流を通して言語学者が娘の喪失から立ち直っていく姿が描かれる。主人公の言語学者をアカデミー賞では常連の演技派エイミー・アダムスが演じる。<観るまえの大使寸評>言語学とSF映画という大使のツボが二つかぶると・・・期待はいや増すのでおます♪Movie Walkerメッセージ『エリジウム』を封切り初日にいの一番での入場で観たのです♪ この映画も個人的言語学12に収めるものとします。
2017.05.20
コメント(0)

ちょっと前から気になっていた『日本の武器で滅びる中華人民共和国』という新書を、買ってしまったのです。手元不如意の大使としては、本は原則として図書館で借りるものなのだが・・・新刊本をすぐ読みたいときは、買うしかないわけです。それから・・・嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。【日本の武器で滅びる中華人民共和国】兵頭 二十八著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本国が、自衛隊の最新の戦闘機や艦艇をいくら増やそうとしたところで、中共の領土的な野望が消えてなくなることはありません。核武装国の中共が日本に降伏することもあり得ません。しかし、マレーシア、ベトナム、フィリピン等、地政学的に中共の味方とはなり得ない国々に対して、わが国から「機雷敷設専用の超小型潜航艇」等を武器援助するならば、日本の有権者は、驚くほど廉価な負担で、東アジアから侵略的な専制政体を除去し、世界の平和に貢献することができます。これが、「日本の武器で中華人民共和国が滅びる」という意味です。<読む前の大使寸評>嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。rakuten日本の武器で滅びる中華人民共和国以前から腑に落ちなかったことであるが、「弾道ミサイル防衛のいかがわしさ」について、見てみましょう。p94~97■弾道ミサイル防衛のいかがわしさ 米軍のほうでも、密約をよく守っています。2006年10月に北朝鮮が最初の核実験をしたと分かったとき、日本国内では、核武装論が広まりそうでした。 この議論が深まれば、「北朝鮮が核武装しなくても、すでに長らく東京は、中共のからの中距離核ミサイルによって、いつでも完全に破壊され得る状態で放置されていたではないか。中共からの核攻撃を抑止するような米軍の核の傘は存在していないではないか」…と、日本人が「戦争のセンス」に覚醒してしまうかもしれませんでした。 そこで、米国は大慌てで日本に「BMD」(弾道ミサイル防衛)の押し売りを始めました。気脈を通じた日本政府(外務省)も、存在すらしない「北朝鮮の核ミサイル」だけが日本の深刻な脅威であるかのような国内宣伝に努めます。 海上自衛隊のイージス艦や、航空自衛隊のペトリオット発射機から発射する特殊な「弾道弾迎撃ミサイル」は、どちらも、最大射程距離が3000キロ未満の「準中距離~短距離」の弾道ミサイルを捕捉することができるだけで、旧満州や内モンゴルあたりの内陸部からはるばる飛んでくるような「中距離弾道ミサイル」…すなわち最大射程距離が3000~5500キロあるもの…は、中間地点の飛翔速度(落下速度)が大であるため、ジャストミートすることがほぼ不可能なのです。 弾道ミサイルは、その軌道の絶頂部分(ちょうど中間点)において、スピードが最低に落ちます。その瞬間を狙うならば、わが迎撃ミサイルを「ヘッドオン」(正面衝突)によって精確に敵飛翔体にぶつけられるチャンスがあるかもしれないのですが、そのためには、イージス艦が敵ミサイルの飛翔コースの中間点の真下付近に位置している必用があります。 ところが、シナ内陸部から弾道弾を発射されてしまうと、イージス艦は朝鮮半島などの陸地に阻まれますので、その最適の「射点」に占位することができません。 唯一、朝鮮半島北部から飛来する飛翔速度の小さな短距離弾道ミサイルに対しては、BMDは、理論上、対処ができます。そこであたかも、これらBMDがあれば日本列島は近隣国の核ミサイル攻撃から安泰であるかのようなイリュージョンが、外務省の主導で創出されたのです。「拡大抑止」などという曖昧で詐欺的な造語が、BMDと結び付けられました。 いくら米支が政治的・軍事的に対立しようとも、「毛=ニクソン密約」だけは、いまも生き続けています。それを米国務省が維持しようとするのは一理あるとして、日本外務省が「国民に対する公的な嘘」によって米国務省をサポートする姿勢は、近代主義からの逸脱ではないでしょうか。 そもそも佐藤栄作がニクソンから気軽に踏み台にされてしまったのはなぜなのかを、考えてみるべきでしょう。■弾道ミサイルは撃ち落せない 「弾道ミサイル」対「BMD」の勝負は、どうしても弾道ミサイルの側に利があります。米国は、ロシアや中共から飛んでくるかもしれないICBM(大陸間弾道弾)を迎撃するためのABM(対弾道弾迎撃ミサイル)を、本土にもアラスカにも、また海上にも、展開していません。そんなことは技術的に不可能であると理解されているからです。 もしICBM迎撃が技術的にある程度有望であるならば、約3億2500万人の米国市民の生命を守るために、予算には糸目をつけず、BMDをフル展開するのが行政府の責任でしょう。当然、連邦議会もそれをプッシュするに違いない。しかし技術の現実はシビアなのです。ウーム やはり、BMD(弾道ミサイル防衛)はあてにならないと覚悟しておく必要があるようですね。『日本の武器で滅びる中華人民共和国』1『日本の武器で滅びる中華人民共和国』2『日本の武器で滅びる中華人民共和国』3『日本の武器で滅びる中華人民共和国』4この本も嫌中本あれこれR2に収めておきます。
2017.05.20
コメント(0)

ちょっと前から気になっていた『日本の武器で滅びる中華人民共和国』という新書を、買ってしまったのです。手元不如意の大使としては、本は原則として図書館で借りるものなのだが・・・新刊本をすぐ読みたいときは、買うしかないわけです。それから・・・嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。【日本の武器で滅びる中華人民共和国】兵頭 二十八著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本国が、自衛隊の最新の戦闘機や艦艇をいくら増やそうとしたところで、中共の領土的な野望が消えてなくなることはありません。核武装国の中共が日本に降伏することもあり得ません。しかし、マレーシア、ベトナム、フィリピン等、地政学的に中共の味方とはなり得ない国々に対して、わが国から「機雷敷設専用の超小型潜航艇」等を武器援助するならば、日本の有権者は、驚くほど廉価な負担で、東アジアから侵略的な専制政体を除去し、世界の平和に貢献することができます。これが、「日本の武器で中華人民共和国が滅びる」という意味です。<読む前の大使寸評>嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。rakuten日本の武器で滅びる中華人民共和国「核の傘」について、見てみましょう。p70~77■NATO諸国が握る水爆の秘密 1971年5月末以降、わが日本国には米国の差しかける「核の傘」は存在しません。今日、ただいまも、ないのです。 日本の外務省が「ある」といっているのは、事実を国民に説明しないことを天職に選んだ役人たちの意向による、惨めな嘘です。 なぜ、そのようなことになってしまっているのか? その説明をする前に、欧州のNATO諸国は、どのようにして「核の傘」を米国から差しかけてもらっているのか、そこを確かめておきましょう。 米国は、自国では核武装をしていないドイツやイタリアなど欧州のNATO加盟国に、クレディビリティの高い「核の傘」を与えています。 クレディビリティというのは、西側の核抑止理論の世界においては、「共産陣営やロシアから西側の非核国に向けて核攻撃があったとき、軍事同盟している米国が疑いなく核反撃によって仇をとおってくれるだろう」と思えるような、客観的な信憑性です。未来のことですから、「絶対」はないのですが、「米国による報復核攻撃が実行されることはほぼ間違いあるまい」と見える態勢というのは、欧州NATOについては、実在するのです。 それは具体的には、米空軍が欧州NATO加盟国内で共同使用している5ヶ所ほどの空軍飛行場の敷地内に、米空軍所管の投下式核爆弾の貯蔵用地下施設を維持することによっています。 5ヶ所がどこの空軍基地なのかは非公開であるうえ、常に同じ場所でもありません。が、ベルギー国内には間違いなく1ヶ所あるようです。トルコのインシルリク基地にも、2016年のクーデター未遂事件以前には、核爆弾が数十発、貯蔵されていたそうです。 核爆弾は「B61」という型番の軽量の水爆です。これがヨーロッパ全体で、現在、100発前後、貯蔵されています。米本土にも、いくぶん異なった複数のバージョンの「B61」が、もっと多数ストックされています。(中略) もしロシアが欧州でNATO加盟国に対する戦争を仕掛けるとすると、ロシア軍の参謀本部は、まずNATO軍の有力な航空基地を数日間、機能停止させたいと願うでしょう。航空優勢が確保されていなければ、機甲部隊の一挙躍進も難しくなるからです。 そのための敵航空基地への開戦第一撃に、もしもロシア軍が戦術核兵器を用いたなら、米空軍はただちに、ドイツ空軍やイタリア空軍やオランダ空軍の戦闘攻撃機のために、この「B61」爆弾を提供することになります。(中略) クレディビリティの高い核反撃態勢が整っているその結果として、ロシア軍のほうからNATO諸国を先制核攻撃するようなことはまずない、と思えるようになっている。欧州には、そのような形で米国の「核の傘」が与えられています。■日本に「核の傘」はあるのか ひるがえって日本国には、これと同様の抑止機能を果たす「核の傘」が米軍によって差しかけられているでしょうか? 1971年11月に、衆議院で「非核三原則」が決議採択されて、日本国内には米軍の核弾頭も持ち込ませないのだと、内外に公式表明した格好になっています。その時点より以降は、欧州NATO式のクレディビリティの高い「核の傘」は、日本政府の意思によって拒絶されているのです。 この1971年とは、どんな時節だったでしょうか? 北朝鮮国境に接した吉林省に、東京まで届く中共の水爆ミサイル「東風3」が初めて並べられた年なのです。 そのタイミングで、佐藤栄作内閣は、米国のリチャード・ニクソン政権を手玉に取ろうとする毛沢東の望み通りに、「中共の核ミサイルに対して日本は独自の核報復手段は整備しません。クレディビリティの高い米空軍の核の傘もお断りします」と宣言したわけです。 非核三原則のうち「持ち込ませず」は、「ニュークリア・シェアリングを拒否します」という宣言と同義です。中共の地域覇権を公認するも同然、さすがに官僚と与党から反対意見があったようですし、米国政府も腑に落ちない思いだったでしょう。 しかし佐藤は戦前の鉄道省の官僚に過ぎず、国民に近代自由主義の理念や国防政策の合理性を談話によって説諭し得るだけの言語能力は持ちあわせていませんでした。なんと、対外公約として「持ち込ませず」を打ち出しておき、米軍には「裏で黙って核を持ち込んでくださいよ」という「公人が公的に嘘をつく」政策を、国是として堂々と採用しようとしたのです。ウーム 著者は佐藤さんのとった政策をケチョンケチョンに貶しているが・・・ここまで言うか♪『日本の武器で滅びる中華人民共和国』1『日本の武器で滅びる中華人民共和国』2『日本の武器で滅びる中華人民共和国』3この本も嫌中本あれこれR2に収めておきます。
2017.05.20
コメント(0)

図書館に予約していた『戦争のグラフィズム―『FRONT』を創った人々』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。「テロには屈しない」と言いつつも、テロにはしゃぐかのような安倍さんの言説に、何やらきな臭さを感じる昨今であるが・・・『FRONT』は秀逸なグラフィック誌として、時宜を得た本でないかと思うのです。【戦争のグラフィズム―『FRONT』を創った人々】多川精一著、平凡社、2000年刊<「BOOK」データベースより>第二次大戦中、対外宣伝誌『FRONT』はいかに計画され、岡田桑三、原弘、林達夫、太田英茂、木村伊兵衛など東方社の人々がどのように関わっていったかを初めて明らかにする。本格的グラフ誌のモンタージュ手法、編集・視覚効果の圧倒的な宣伝力と素晴らしさを、多数の図版で紹介。<大使寸評>「テロには屈しない」と言いつつも、テロにはしゃぐかのような安倍さんの言説に、何やらきな臭さを感じる昨今であるが・・・『FRONT』は秀逸なグラフィック誌として、時宜を得た本でないかと思うのです。<図書館予約:(5/06予約、5/10受取)>Amazon戦争のグラフィズム―『FRONT』を創った人々このグラフィック誌の運搬エピソードを、見てみましょう。p101~108『FRONT』は潜水艦で運ばれた? 1942(昭和17)年初め、「海軍号」「陸軍号」が相次いで発行され軍に納入された。前にも述べたが東方社は軍事予算で運営されていたわけではなく、『FRONT』などの製品を買い上げてもらう形で経営していた。 その納入先は必ずしも参謀本部だけでなく、各部隊や出先機関に個別に送られることもあったようだ。したがってそれから先の配布方法に関してはほとんどっわかっていない。「海軍号」が海軍でどのくらい買い上げたのかも不明である。ただ緒戦の華々しい戦果で気をよくしていた時期でもあり、内外の評判もよかったことから、これをぜひ国内にも配布したいとう要望もあって、8月に日本語版が内容を一部手直しして5万部増刷された。 誌名は『大東亜建設画報』と変わり、定価1円80銭、発行者は日本電報通信社(現・電通)出版部、編集名義人はなぜか総務担当理事の杉原二郎になっている。 ソ連とは敗戦直前まで中立を保っていたから、相当量が送り込まれていたと思われる。のちに東方社総裁になった建川美次中将は、開戦時ソ連駐在日本大使としてモスクワにいたが、1942(昭和17)年3月、離任の挨拶に外相モロトフを訪問したとき、その机の上に意図的であるかのように『FRONT』がデンと置かれているのを見たという。 このころソ連はドイツ軍とスターリングラードで死闘を繰り返していたときで、日ソ両国とも長年の仮想敵国同士でありながら、手を出せない状況にあった。したがってソ連との交流はあっても、シベリア・東欧経由でヨーロッパに行く道は閉ざされていた。また日本とアメリカが参戦した後は海路もすべて戦場となり、船で中立国へ行く手段もなかった。しかし、あとでわかったことだが、このころ『FRONT』は中立国やドイツなどの枢軸国側ばかりでなく、敵国である英国にも少数だが渡っていた形跡がある。 これについてヨーロッパへは潜水艦で運んだという説が、当時東方社内部でも流れ、関係者の間で今も信じられている。 「戦時中ドイツと日本の間では定期的に潜水艦による連絡便があり、『FRONT』はこれに積んで中立国のトルコに揚げ、帰りにはライツ社のカメラや引伸機を運んだ」というのがそれである。 しかし、これには疑問がある。当時日本とドイツ・イタリアの間で、何らかの方法で連絡をとることに努力を払っていたことは確かだが、潜水艦といえども英国海軍が押さえているジブラルタル海峡を突破して地中海を横断し、最奥のトルコの港に入るなど、まず不可能であろう。仮に往路はなんとかたどり着いたとしても、当然日本の潜水艦が入ったことはキャッチされ、港を出たとたんに撃沈されることは間違いない。 この潜水艦による連絡便のことを書いたノンフィクション『深海の使者』(吉村昭/文春文庫)には、日独双方の乗組員の苦労がよく描かれている。これを読んでみても、ケープタウンから先は敵の制海圏下にあり、ドイツの占領下にあった大西洋岸のフランスの軍港ブレストやロリアンに入ることは並み大抵のことではなかったようだ。 大部分は往路帰路に敵襲や事故にあい、日本の潜水艦もUボートも、無事往復できたものはわずかしかなかったという。そのような効率の悪い輸送手段で、陸軍のつくった重くかさばる宣伝物を運んだであろうか。おそらくこれは1942(昭和17)年秋、最初にフランスの軍港に入港した伊号第8潜水艦が、重要書類とともに数冊の「海軍号」を運んだというのが実相ではないかと思われる。 しかし、敵味方を問わずヨーロッパの国々にまで『FRONT』がわずかでも渡っていたとすれば、おそらくシベリア鉄道経由で中立国トルコの日本大使館に運び、そこから外交ルートを通じて各国に運ばれたというのが真相であろう。また当時日本軍の占領下にあった中国の上海は、敵国をも含めて外国に通じる裏口でもあった。 上海に運んだ『FRONT』は、すぐに地下組織を通じて国民政府側に渡り、そこからインド・中近東経由で英国に行ったり、また援蒋ルートで重慶に入っている米軍の手に渡るのはいとも簡単なことであった。軍がそうしたルートを意識的に使って敵側に配布をはかったことも十分考えられる。電通も出版に絡んでいるが…昔も今もかぎりなく国策会社だったようですね。今ではブラック企業のイメージが強いが技術的には見るべきものがあるようです。ネットでFRONTを探してみました。幻のグラフィックデザイン誌:FRONTよりFRONTという戦争グラフ誌をご存じだろうか。太平洋戦争時、錚々たるデザイナーによって制作された日本のグラフィックデザイン史に輝く傑作である。制作スタッフの一人だった多川精一氏による「戦争のグラフィズム」という書籍に詳しいが、ロシアアバンギャルドばりの「カッコイイ写真」で「ぞくぞくするような画面構成」をノリノリで追究した結果、とんでもない完成度に達することになったが、紙質がよすぎたり重かったりして結局効果的に配布できなかったらしく、まあ本来の目的(対外てきに日本の軍事力を宣伝すること)からはななめ上をいったようなキワモノ雑誌だったともいえる。費用対効果なんて頭になかったのだろう。第二次世界大戦の少し前に、帝国陸軍参謀本部の肝煎りで、莫大な資金のもと「東方社」なる小さな謎の出版社(しかも株主に縛られる会社組織ではない)が設立された。従業員は、特高警察に追われている共産党員や、日本でトップクラスの芸術家・画家や写真家等で、戦時中も長髪のままスーツを着こなし、そこだけは自由を謳歌出来たという。ソビエトのグラフ雑誌を参考に作られた、対外謀略用のプロパガンダ雑誌は「FRONT(フロント)」という。モンタージュ写真や、加筆により増えた艦隊や墜落する戦闘機等、改竄も激しいが、これらの技術は、戦后の写真界に多大な影響を与えた。見開き写真の構成も、他の雑誌を圧倒している。1989年~1990年に、平凡社から極めて高価ながら僅かに復刻した事があったが、現在は品切れのまま重版未定の状況である。
2017.05.19
コメント(0)

図書館の海外小説の棚で『熱帯雨林の彼方へ』という本を、偶然に手にしたのです。熱帯雨林というタイトルと日系の著者名が気になったのだが、解説を見ると翻訳者がオールタイム・ベストと絶賛しているので、これが決め手になったのです。・・・・期待できるかも♪【熱帯雨林の彼方へ】 カレン・テイ・ヤマシタ著、新潮社、2014年刊<「BOOK」データベース>よりアマゾンの密林に出現した万能の力を持つ物質マタカン。時を同じくして登場する人々の苦痛を癒す魔法の羽、幸運の予言をもたらす伝書鳩、腕や乳房が三つある男女。そして物語の語り手は、日系移民カズマサの顔前で回転する謎の球体…歓喜と興奮の坩堝と化したこの地に、何が起きようとしているのか? <読む前の大使寸評>熱帯雨林というタイトルと日系の著者名が気になったのだが、解説を見ると翻訳者がオールタイム・ベストと絶賛しているので、これが決め手になったのです。・・・・期待できるかも♪rakuten熱帯雨林の彼方へこの小説の語り口をちょっとだけ、見てみましょう。p14~17 日がたつにつれて、カズマサの額の傷も徐々に癒え、肌にピンク色の跡をかすかに残すのみとなった。ボールはあいかわらず、どこで何をしていようとカズマサの額のすぐ前にあったが、彼も両親も、しだいにその存在を受け入れるようになっていた。 カズマサがそのボールから自信と安心感を得ている様子を見るにつけ、両親も、当初の不安を忘れていった。子どもを持ったせいで自分自身の自由を失ったことを嘆くおおかたの親たちと同様、カズマサの両親も、しだいにボールを頼りにしはじめていた。 つかの間、子どもたちを慰めて両親はほっと一息つく時間を与えてくれる。おしゃぶりや古ぼけたぬいぐるみと同じ役割を果たすものとしてボールの存在価値を認めたのである。 父親は、しかるべき機関に連絡するという考えを捨て、母親も、息子の将来を思ってそれに反対したのはやはり間違っていなかったと満足げだった…母親というものは、人生のいかなる場面においても、こうした満足感にひたるものである。 もうカズマサはけっしてひとりぼっちになることはなかった。日中は、育ちゆく筋肉のリズミカルな動きをおのずと感じとって跳ねまわる少年の活発な動きに呼応して、ボールも彼の前で楽しげに飛びまわり、学校がひけると、彼らはいっしょに、ものすごい勢いで走って帰ってきた。そして夜は夜で、ボールはまるで救命ブイのように、枕元で甘く呟くような音をたてるのだった。 ボールはカズマサのペットであり友だちだった。それでいて、カズマサにはボールに対して何か特別な注意をはらったり、責任を持ったりする必要はなかった。特にやりたいこともないようなとき、カズマサはただぼんやりと、ボールの動きを目で追っていた。いっぽう、勉強や遊びで忙しいとき、何か目新しいことに取り組んでいるようなときには、いつもボールは文句も言わず、忠実に彼につき従っていた。 どういうわけか、ボールはカズマサの周囲の人たちにも不思議な影響力をおよぼした。人々はこのボールを驚嘆の目で眺めこそすれ、カズマサの両親が心配したように嘲笑ったりすることはけっしてなかった。(中略) こうして何年かが過ぎ、カズマサのボールは、誰からも当然のものとして認められるようになった。額のすぐ側にぶら下がっているにもかかわらず、たいていの人は、それがあることさえ、ほとんど忘れてしまっていた。ただしみんなは、カズマサと真正面から視線を合わせることは避けていた。何か人を落ち着かなくさせる邪魔者、あるいは第三者の視線といったものをどうしても感じてしまうからだ。(中略) 高校を卒業すると、カズマサは鉄道会社に就職した。彼は切符に鋏を入れ、郵便物の袋をはこんだ。また、遺失物の棚から乗客の忘れ物を見つけてやり、通過する、あるいは停車する列車にそれぞれ正しい旗を振った。時刻表を貼ったり、改札口を開け閉めしたり、列車通過時に子どもたちをホームの白い線の内側にさがらせたりするのも彼の仕事だった。そんなある日、鉄道会社における彼のほんとうの才能が発見された。 カズマサはときおり、乗客の切符を回収するために隣町まで列車に乗り込むことがあった。動いている列車の通路をバランスをとって進みながら切符を受け取り、「ご乗車ありがとうございます」と挨拶する。ところが、ある地点を通過するとき、きまってボールが急に跳ね上がり、めちゃくちゃに動きだすのに気づいた。そのようなことが起こるたびに記録をつけたが、何度か同じことが繰り返されたのち、カズマサは上司にそのことを報告した。 上司は半信半疑だったが、石橋を叩いて渡るような男だったので、ある日、ボールが明らかに異常なほど動きまわる問題の地点に列車を止めると、カズマサといっしょに線路に降りて注意深く調べてみた。すると驚いたことに、線路のその部分が危険なほどすり減っていたのだ。そのまま線路の交換が行われなかったら、列車は間違いなく脱線していただろう。 突然、カズマサは時の人となった。彼のボールが何百人もの命を救ったのだ。彼こそ、日本の鉄道システムの安全のためになくてはならない人物だ、というわけで、給料は一気に上がり、「線路保安・修理監督」という新しい肩書が与えられた。そして、国鉄本社から、国じゅうの線路網をくまなく点検するよう依頼された。以来カズマサは、日本海に面した浜辺にあるわが家にはほとんど帰らなくなった。北は雪深い北海道から、南は陽光の満ち溢れる長崎の港まで、およそ列車の通る場所なら日本じゅうどこへでも、ボールとともに旅して歩いたのである。 ちょっと漫画チックな世界を斜めから見るような著者の視線が独特であり・・・けっこう引き込まれるのです。 このあと、カズマサとボールのコンビは、勇躍として海外に飛び立つのであるが・・・そのあたりはこの本を読んでみては如何でしょう♪
2017.05.19
コメント(0)

図書館で『小説工房12ヶ月』という本を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、作家志望の大使にとって、なかなか良くできたハウツー本になっているようです♪【小説工房12ヶ月】阿刀田高著、集英社、2004年刊<「BOOK」データベース>より著者が幾多の名作を生み出して来た“小説工房”の扉を開き発信する、目からウロコ、の最新エッセイ集。“再ブーム”松本清張の初期の謎、創作の秘密を明かし、イラク、ペットブームの本質を衝き、社会と生き方への含蓄深い提言満載。 <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家志望の大使にとって、なかなか良くできたハウツー本になっているようです♪amazon小説工房12ヶ月作家とは1日に何枚の原稿を書いているのかを、見てみましょう。p231~233 <原稿を書く作業> 4百字詰めの原稿用紙を1枚、日本語で埋める作業にどのくらいの時間がかかるか、あなたはご存じだろうか? 文筆を生業とする人なら、なんとか答えられるだろう。あるいは、 「どういう埋めかた?」 と、作業の内容を問い返すかもしれない。 ただ、書き写すだけなのか、考え考え書くのか、あるいはビッシリと詰めて書くのか、行かえがたくさんあって余白のある原稿か、きれいに書くか、乱雑でもよいか、などなど条件により相当に異なる。 ものは試し、と、たった今、私は実験を試みてみた。字は格別丁寧ではないけれど、だれでもが読めるくらい。手紙を書くレベルとした。内容は、ただ記憶を引き出すように頭に浮かぶ文章をどんどん書いていく。すなわち、「上野発の夜行列車おりた時から…」と歌詞の一番を終え、二番のほうは記憶に自信がないので、すぐさま「格子戸をくぐり抜け…」とし、さらに恐れ多いけれど「君が代は千代に八千代に…」次なる連想は「都の西北早稲田の杜に…」要するに思いつくまま手を止めることなく書いて4百字を埋めるわけだ。ストップウォッチを使って計った。途中で二度間違えて消しゴムを使った。 かくて1枚に9分02秒。べったりとます目を埋めるから結構時間がかかる。実際に私が書いている原稿は、もっと余白があるから、そのぶん時間が少なくなる計算…だが、日ごろの執筆は当然のことながら頭を使う、筆の運びもにぶる。そのための時間をどれだけ考えたらよいか、簡単ではない。 実験はともかく、私は一つの目安として、自分の原稿を書き写すときには1時間に4枚、つまり1枚15分と考えている。因みに言えば、自分の原稿だからよいのであって、他人の原稿を清書するとなると一字一句まちがってはいけないから、もっと時間がかかる。 自分の場合は、清書しながら修正が加わったり、そのための思索があったりして、その時間が少しかかるが、意味が同じであればコピイのように同じでなくとも許される。差し引きして結局他人の原稿を清書するより自分の原稿を清書するほうが時間がかからないのが通例だ。 つまり、ただ書き写すだけで1枚15分。1時間で4枚。5時間で20枚、これが1日の分量である。 えっ! 1日に5時間しか働かないのか、と言われそうだが、今の計算は一心不乱に書き写した場合であり、実際には途中でコーヒーを飲む、トイレットへ立つ、電話がかかってくる、一休みもしたくなる、食事だって入る、1日8時間労働だとしても正味のところは5時間くらいのものである。サラリーマンだって、こんなもの。勤務時間のすべてをべったりと仕事一筋で埋めているわけではあるまい。(中略) どの道、原稿用紙の上にペンを走らせる作業はしんどい。できれば楽に書きたい。少しでも短くしたいそれが本心だ。 私はワープロを使わないけれど、ワープロはキイを叩くこと自体に快楽のようなものがあるらしい。書く作業そのものが、ペンを走らせるのに比べて、楽しく、らくちんらしい。かくてワープロでは原稿が少しずつ長くなる。 このごろの小説は厚いなあ・・・・ ワープロ以前に比べて私は絶対に小説が長くなったと信じている。 最後にひとこと、この章は原稿用紙で4枚、書斎に入って仕事にかかり、完成まで百七分かかった。まあ、平均的な仕事ぶりであった。
2017.05.18
コメント(0)

今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「予約本」でしょうか♪<市立図書館>・戦争のグラフィズム・トウガラシの文化誌・熱帯雨林の彼方へ・小説工房12ヶ月<大学図書館>(今回はパス)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【戦争のグラフィズム―『FRONT』を創った人々】多川精一著、平凡社、2000年刊<「BOOK」データベースより>第二次大戦中、対外宣伝誌『FRONT』はいかに計画され、岡田桑三、原弘、林達夫、太田英茂、木村伊兵衛など東方社の人々がどのように関わっていったかを初めて明らかにする。本格的グラフ誌のモンタージュ手法、編集・視覚効果の圧倒的な宣伝力と素晴らしさを、多数の図版で紹介。<大使寸評>「テロには屈しない」と言いつつも、テロにはしゃぐかのような安倍さんの言説に、何やらきな臭さを感じる昨今であるが・・・『FRONT』は秀逸なグラフィック誌として、時宜を得た本ではないかと思うのです。<図書館予約:(5/06予約、5/10受取)>Amazon戦争のグラフィズム―『FRONT』を創った人々************************************************************【トウガラシの文化誌】アマール・ナージ著、晶文社、1997年刊<「BOOK」データベースより>トウガラシは、人の味覚を挑発してやまない。辛い。なのにやめられない、奇妙な快感。トウガラシと人間の、この滑稽な関係とは?トウガラシの魔力に取りつかれた一人の男がその正体を探る旅に出た。起源を辿ってアンデスへ。世界一の辛さを求めてメキシコへ。各国それぞれのピリ辛料理。知られざる薬効。品種改良の最前線。「タバスコ」商標裁判。俳優グレゴリー・ペック、写真家ブレッソンらトウガラシ中毒者の症状エピソード…。世界の食卓を席捲しつつある「第五の味覚」の謎に迫り、かくもにぎやかな食文化の歴史を明かす、初のトウガラシ大全。<読む前の大使寸評>この本をざっと見渡して見ても、キムチの話が出てこないのが意外であるが・・・そのあたりがトウガラシ・ワールドの広さということなんでしょうかね♪<図書館予約:(5/08予約、5/12受取)>Amazonトウガラシの文化誌************************************************************【熱帯雨林の彼方へ】 カレン・テイ・ヤマシタ著、新潮社、2014年刊<「BOOK」データベース>よりアマゾンの密林に出現した万能の力を持つ物質マタカン。時を同じくして登場する人々の苦痛を癒す魔法の羽、幸運の予言をもたらす伝書鳩、腕や乳房が三つある男女。そして物語の語り手は、日系移民カズマサの顔前で回転する謎の球体…歓喜と興奮の坩堝と化したこの地に、何が起きようとしているのか? <読む前の大使寸評>熱帯雨林というタイトルと日系の著者名が気になったのだが、解説を見ると翻訳者がオールタイム・ベストと絶賛しているので、これが決め手になったのです。・・・・期待できるかも♪rakuten熱帯雨林の彼方へ************************************************************【小説工房12ヶ月】阿刀田高著、集英社、2004年刊<「BOOK」データベース>より著者が幾多の名作を生み出して来た“小説工房”の扉を開き発信する、目からウロコ、の最新エッセイ集。“再ブーム”松本清張の初期の謎、創作の秘密を明かし、イラク、ペットブームの本質を衝き、社会と生き方への含蓄深い提言満載。 <読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、作家志望の大使にとって、なかなか良くできたハウツー本になっているようです♪amazon小説工房12ヶ月************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き216
2017.05.18
コメント(0)

ちょっと前から気になっていた『日本の武器で滅びる中華人民共和国』という新書を、買ってしまったのです。手元不如意の大使としては、本は原則として図書館で借りるものなのだが・・・新刊本をすぐ読みたいときは、買うしかないわけです。それから・・・嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。【日本の武器で滅びる中華人民共和国】兵頭 二十八著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本国が、自衛隊の最新の戦闘機や艦艇をいくら増やそうとしたところで、中共の領土的な野望が消えてなくなることはありません。核武装国の中共が日本に降伏することもあり得ません。しかし、マレーシア、ベトナム、フィリピン等、地政学的に中共の味方とはなり得ない国々に対して、わが国から「機雷敷設専用の超小型潜航艇」等を武器援助するならば、日本の有権者は、驚くほど廉価な負担で、東アジアから侵略的な専制政体を除去し、世界の平和に貢献することができます。これが、「日本の武器で中華人民共和国が滅びる」という意味です。<読む前の大使寸評>嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。rakuten日本の武器で滅びる中華人民共和国中華からの核脅威にどのように対応すればよいのか、見てみましょう。p99~101■日本が中共の核脅威から逃れる術 毎日毎晩、反日ドラマが多数のTVチャンネルで放映され続けている中共が、1971年から水爆ミサイルでずっと東京に照準を合わせ続けているという現実は、日本人の私たちとしては、迷惑な話です。 この近隣の厄介な核脅威が消えてなくなってくれる日は、いつか来るのでしょうか? 儒教圏文化に、「対等な他者」を受け入れる余地がそもそもない以上、彼らが日本国民や欧米先進国民を妬み憎む情動がきれいさっぱりなくなることは、将来もあり得ないでしょう。 こうした反近代文化を近代陣営の側から「リスペクト」しても友好関係の永続にはつながらず、なぜか逆に彼らは近代陣営に対する「ヘイト」を本音の部分で蓄積させるばかりである・・・というパターンが看取されることについては、内外で当事者になったことのある人たちなら覚えがあるのではありませんか? そうなりますと残る手段は、実際に中共軍の核ミサイルを除去することしかありません。 そんなことができるでしょうか? 実は、中共体制が崩壊してシナ大陸の各地方に「軍閥」政権が乱立し、天下大乱の様相を呈したような場合には、放射能の専門知識を持った米軍の特殊部隊が「」のため、シナ奥地にまで介入することになっています。この研究は、ソ連・東欧が崩壊するよりも前から始められており、いまでも非公開ながら、米政府内で営々として準備が進められているのです。 他国領内に特殊部隊を送り込んで、他国軍の核弾頭を、有無をいわさず押収してしまうとは、なんとも穏やかではありません。けれども、非民主的な、ああるいは不安定な政府の溜め込んでいる核弾頭や核物質が、わけの分からない武装集団や第三国政府の手に落ちてしまうという「無統制核拡散」の事態だけは、米政府は何としてでも阻止する決意なのです。 なぜなら、まわりまわってその核爆弾は、ニューヨーク市内で爆発することになるからです。 米国が最も恐れる脅威は、ロシアのICBMなどではなくて、こうした既存核武装国の政体倒壊の結果としての「核テロ」だということは、承知しておきましょう。 このような準備と決意が米政府にはあるとするなら、日本政府は、ことさら中共の核ミサイルを、わざわざ敵国人の余計な恨みを買う流儀で直接手を下して破壊する必要はないのだということも分かるでしょう。私たちは、中共体制がシナ人民の総意によってさっさと崩壊するように、間接的に手を貸せばよいだけです。 ウーム 「戦争のセンス」というのは、こういうことなのか♪『日本の武器で滅びる中華人民共和国』1『日本の武器で滅びる中華人民共和国』2この本も嫌中本あれこれR2に収めておきます。
2017.05.17
コメント(0)

ちょっと前から気になっていた『日本の武器で滅びる中華人民共和国』という新書を、買ってしまったのです。手元不如意の大使としては、本は原則として図書館で借りるものなのだが・・・新刊本をすぐ読みたいときは、買うしかないわけです。それから・・・嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。【日本の武器で滅びる中華人民共和国】兵頭 二十八著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本国が、自衛隊の最新の戦闘機や艦艇をいくら増やそうとしたところで、中共の領土的な野望が消えてなくなることはありません。核武装国の中共が日本に降伏することもあり得ません。しかし、マレーシア、ベトナム、フィリピン等、地政学的に中共の味方とはなり得ない国々に対して、わが国から「機雷敷設専用の超小型潜航艇」等を武器援助するならば、日本の有権者は、驚くほど廉価な負担で、東アジアから侵略的な専制政体を除去し、世界の平和に貢献することができます。これが、「日本の武器で中華人民共和国が滅びる」という意味です。<読む前の大使寸評>嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。rakuten日本の武器で滅びる中華人民共和国トウ小平の海洋軍拡の経緯を、見てみましょう。p60~63■海洋進出を決意させた天安門事件 ところが、トウ小平の抱いていた束の間の安心感が、とうとう瓦解する日がやってきたのです。東欧諸国の専制政権が軒並み人民から攻撃を受け、本尊のソ連邦が崩壊に向かうさなか、1989年に「民主革命」の火種が北京の天安門広場に飛び火して、学生による騒動になってしまった。 ソ連があのような形で崩壊していくということは、米国との核軍備対等等条約が必ずしも専制的「政体」の延命を保証するものではなかったという事実が中共に突き付けられたようなものでした。トウ小平にとってはそれは苦々しい現実です。 が、米国のジョージ・ブッシュ(父)大統領以下の言論が、こぞって天安門広場に集まってシナ人学生の味方をしたことは、もっと深刻な衝撃でした。 「米支はICBM競争をしない」との毛沢東・ニクソン密約には、米国が中共の体制の将来の存続を保証する含意はない、という声明が、米国政府から発せられたに等しいのです。 それを象徴していたのが、学生たちがどこからか天安門に運び入れてきた縮小レプリカの「自由の女神」像でした。 江沢民が指揮を執った武力鎮定の過程で学生たち数千人が中共軍によって闇のなかで殺されたと噂されています。いまだに、その死傷者名簿等は明らかにされていません。 この天安門事件後の西側世論の反発に対し、最高権力を把持したままひとまず政界のバックステージに退隠したトウ小平は、見込んだ後継者である江沢民に命じて、果然、シナ沿岸海上における攻勢的な軍備拡張と、沖合遠くまでの海底資源奪取政策を、強力に推進させ始めたのです。■侵略優先順位が高い海域とは 中共軍が、対米戦争用を念頭にした新戦略ミサイル原潜(094型/普型)の開発を始めたのも、天安門事件後です。まず「093型/商型」という海戦用の新型原潜を試作させて、それを大型化させるという段階を踏んでいます。 搭載するSLBMの射程を延長する研究は、大型原潜の設計や建造以上に時間がかかるものなので、初号艦の進水は2005年になりました。 それ以前の中共海軍には、対ソ核報復用の習作的な戦略ミサイル原潜「092型/夏型」がたった1隻あったのみでした。しかし、天安門事件に関する米国政府の態度を見て、トウ小平は断然、決心したのです。 「ニクソン=毛密約」には抵触をしない流儀で、将来の対米抑止用戦略核戦力の構築準備を開始すべき時が来たのです。 「対米戦争用の戦略ミサイル原潜の基地は、海南島に造れ」という指示も、トウ小平が出したのでしょう。遼東半島や山東半島にはよい海軍工廠ができています。しかし黄海に面しているため、韓国内の米空軍基地から近すぎる。開戦と同時に圧倒的な反復空襲を軍港に受けてしまうのでは、面白くありません。 もし海南島の前に点在するパラセル諸島とスプラトリー諸島を平時からすべて中共軍の支配下に置き、南シナ海に米空母が入ってこられないようにできるのならば、海南島の軍港は、「対米開戦直後の空襲」を受けにくくし得るでしょう。黄海に面した遼東半島や山東半島の海軍基地では望み得ないメリットでした。 スプラトリー海域の支配強化は、探査するまでもなく確実に「大慶油田」以上の巨大原油溜まりが存在しているボルネオ島西沖へ中共の支配力や影響力を及ばせるという点で、まさしく「一石二鳥」の長期政策でした。 現在では、南シナ海について中共が勝手に主張中の「領海」エリア(いわゆる9段線)の内側には、有望な油田などないことも分かっています。 しきりにあると騒いでいるのは、CNOOCという中共の国有油田開発会社だけ、彼らは莫大な国庫資金を運用していますから、ポジショントークとしてそんな嘘でも言い続けないと、党内ライバル派閥からの告発で、役員が裁判にかけられ、あげく銃殺までされかねません。『日本の武器で滅びる中華人民共和国』1この本も嫌中本あれこれR2に収めておきます。
2017.05.17
コメント(0)

図書館で『日本の起源』という対談本を、手にしたのです。なんか既視感のある本であるが、まいいかと借りたのです。帰って調べてみたら、およそ半年前に借りた本でした(イカン イカン)【日本の起源】東島誠×與那覇潤著、太田出版、2013年刊<「BOOK」データベース>より古代の天皇誕生から現代の日本社会までを貫く法則とは? 歴史学がたどりついた日本論の最高地点。いつから私たちは「こんな国、こんな社会」に生きているのだろう。どうしてそれは変わらないのだろう。 <読む前の大使寸評>なんか既視感のある本であるが、まいいかと借りたのです。帰って調べてみたら、およそ半年前に借りた本でした(イカン イカン)・・・で、この記事を、その6としています。amazon日本の起源日本で機能するラディカル・デモクラシーとやらを、見てみましょう。「日中のあるべき姿」が語られています。p239~242 <天皇に独占された一般意思>与那覇:実際、二大政党の公約を読み比べて合理的に選択するよりも、とにかく陛下の聖徳をお慕い申し上げるというほうが、有権者にとってもハードルが低いので、戦前にはそちらの道をゆくほうが「ラディカル・デモクラシー」だった。少なくとも国会で泥仕合を繰り返す政友会や民政党よりは、多くの日本人にとって天皇のほうが、一般意思に近そうに見えたのでしょう。東島:議会制不信とワンセットで天皇のほうに行く、という流れが大正デモクラシーから総力戦体制を経て、今日までずっとあるということですね。だとするといちばん大きな問題は、ラカンが「大文字の他者」、大澤真幸さんが「第三者の審級」などと呼んできたものが、日本近代史の文脈のなかではなんで天皇に収斂していくのか、という問題です。 前近代史をやっていれば、「第三者の審級」に相当するものは、それこそ八百万とありうるということにぶつからざるを得ません。そこに天皇を置く必然性はかならずしもなかったわけです。与那覇:起請文を差し出す神様でも、八幡大菩薩でもなんでもよかったと。おそらく、天皇以外の信仰がすべて世俗化したのに、皇室にだけ宗教性が残っていた時代が、日本の近代だったのでしょう。だから戦前のあいだだけ、天皇が第三者の審級を独り占めした。 いま焦点になっているのも、要するに天皇抜きのかたちで、日本で機能するラディカル・デモクラシーをどう構想するかという問題ですね。東浩紀さんが『一般意思2.0』で提示したのは、いわば「君主なき一君万民」の体制をソーシャルメディアで設計できないか、という話です。 ツイッターやニコニコ動画のコメント画面で流れる民意の勢いこそが一般意思だ、と見なしてしまえば、天皇やロベスピエールのような「立法者」がいなくても、それを政治に反映していくしくみを作れるというアイデアですね。 中国文学者の福島亮大さんも、同書の書評でヴィリリオの言う「速度の政治」の観点から、今日の中国の一党性のような独裁的機構を設けずに、大衆のスピードへの要求を満たす方法の模索として論じていました。実際のところ中国共産党というものも、プロレタリア政党というより皇帝専制の継承者で、一君ならぬ「一党万民」の体制でしょう。東島:しかしニコ動的な民主主義というのは、ヴィリリオならば民主主義の危機と論じるんじゃないでしょうか。議員代表制民主主義がだめになって世論民主主義が台頭し、その世論民主主義さえも、彼が「毒入りの果実」と呼ぶ公共的情動の民主主義の無節操さに取って代わられる。ニコ動的民主主義が情動の民主主義に回収される危険性を回避できるかどうか。 それどころか、熟議の民主政は手間暇かかり処理速度が遅いとか言っているうちに、自民党政権が復活して、またぞろ滅私奉公的な時代が戻ってくると、ソーシャルメディアの民主政は周回遅れのランナーにさえ追い抜かれてしまった。与那覇:どれだけ最新のデバイスで武装しても、結局天皇という最強のプラットフォームを握っている側に勝てないと。 日本は原理原則がなく、なんでも「足して二で割る」なぁなぁ政治の国だというイメージがある反面、なぜか「絶対の真理」のような発想を括弧に入れて、手探りで相互に妥協しながら他者との合意を見出そうというプラグラティズムが根づかない。これが不思議で仕方なかったのですが、どうもその理由が見えてきましたね。 プラグマティックな政治には、「あくまでもこれは理念で、現実とは違うのだけれども・・・・」という割り切りが必用です。たとえばアメリカ独立宣言やフランス人権宣言に記された「あるべき姿」に、現実のアメリカやヨーロッパはまだ追いついていない、という自覚を持つことですね。東島:ハーバーマスの『近代 未完のプロジェクト』は西洋中心主義だとか近代主義だとか、さんざん批判されてきたが、じつは「未完」の感覚があるだけましだった、ということですか。与那覇:そう思います。逆に東アジアは中華皇帝にせよ天皇にせよ、あまりにベタに「一君万民そのもの」な人格が存在してしまう。これではプラグラティズムにならない。「単に理念ではない。現にいる!」と言われてしまうと、不敬罪を覚悟でないと反論できないから。 いまの中国で言えば、「人民の党として共産党がすでにある。だから、あらゆる問題は党を通じて解決できる」という公式見解を否定したら、監獄送りになるのと同じです。だから、議会制に代表される妥協としての政治のほうを、理念として掲げてやってゆくことは中国のみならず、日本でも難しい。ウン 中国共産党は、皇帝専制の継承者で一君ならぬ「一党万民」の体制という簡明なくだりが・・・・ええでぇ♪『日本の起源』1:日本を変えなかった高度成長と68年『日本の起源』2:混乱の平成へ、そして歴史学は何をすべきか『日本の起源』3:東アジアと日本の動乱はつねにリンクする『日本の起源』4:唐物グローバリズムとクールジャパン政策の起源『日本の起源』5:儒教を使いこなせなかった日本人
2017.05.16
コメント(0)

『文芸春秋6月号』を買ってしまったが・・・・雑誌や週刊誌は図書館で読んでいる大使にとって、雑誌を購入するのは久々のことなのです。つまり、特集(下記)が、如何にキャッチーだったかが知れるというものです。・特集 朝鮮半島クライシス:半藤一利、舟橋洋一、黒田勝弘、他・大特集 人口減少はこわくない:細川護煕、藻谷浩介、古市憲寿、阿川佐和子、他・小池百合子の急所を突く:猪瀬直樹、片山善博、他・東芝前会長の「イメルダ夫人」:大西康之【文芸春秋6月号】雑誌、文芸春秋、2017年刊<文春オンライン>より【大特集】人口減少はこわくない・江戸時代の日本に戻れ 細川護熙▼[ルポ]子どもが増えた地方の秘密 森健▼「女性活躍」ママ議員の生活と意見 山尾志桜里/金子恵美/大沼瑞穂▼経済成長をあきらめるな 吉川 洋/増田寛也/藻谷浩介/古市憲寿▼スイスの移民政策を参考にせよ 國松孝次▼老後に「第二の義務教育」が必要だ 秋山弘子▼水泳岩崎恭子の父「定年後里親のすすめ」 岩崎勝稔・介護の秘訣はユーモアよ 阿川佐和子×朝井まかて<読む前の大使寸評>キャッチーな特集に、つい捕まってしまった。bunshun文芸春秋6月号韓国では反日色の濃い新大統領が誕生して、日韓の雲行きがあやしいのだが・・・最強の韓国ウォッチャー黒田勝弘さんのご宣託を、見てみましょう。p122~129左翼大統領誕生にオタオタするな 初の女性大統領・朴槿恵を、まるで中世ヨーロッパの宗教的魔女狩りのような大規模ロウソク・デモで弾劾、罷免、逮捕に追いやった韓国政治は、相変わらず(?)激しい。 本誌が出るころは中途退陣を余儀なくされた朴槿恵に代わり、新たな大統領が誕生しているはずだ。 朴槿恵は「韓国中興の祖」とされる朴正煕の娘として保守本流を受け継いだはずだったが、結果的には今回の罷免、逮捕によって与党を瓦解させ、保守派を分裂させてしまった。(中略) 朴槿恵と文在寅が争った5年前の大統領選で朴槿恵が当選した時、筆者は「これで韓国もひと安心」という感じから、長年にわたる韓国への関心についても「もう政治はいいかな・・・」と思った。個人的にはある種の政治離れを考えていた。李明博政権に続く朴槿恵・保守政権の誕生で安定志向、政治的激変回避が予想された。(中略)■「恨」の大統領たち 前述のように金大中にとって最大のカベは、全羅道出身者に対する韓国社会に根強く存在する政治的、社会的な差別感情だった。その由来についてはここでは省く。ただ結果として韓国人にそういう地域差別意識があるということだけを指摘しておく。 20年前の選挙ではそのカベが乗り越えられたのだ。それが韓国国民の知恵である。このまま全羅道を権力から疎外、排除し続ければ、韓国社会に半永久的に「ハン(恨)」を残し、地域的不満勢力が存在し続けることになる。これは政治的、社会的いや国家的安定には困る。そこで彼らにも権力を握らせ、その「ハン」を解く必用があったのだ。(中略) このことは次の2002年の盧武鉉当選についてもいえる。 韓国社会で政治的に長く抑圧され、これまた「ハン」を溜め込んできた左翼勢力にも、その反政府という「ガス抜き」のために一度、権力掌握のチャンスを与えてみようというわけだ。 それに初の解放後世代の大統領の誕生は、ある種の政治的世代交代の試みでもあった。民主化の進行を背景に、左派的市民団体・運動団体(NGO)の影響力増大による「NGO国家化」と世代交代が、盧武鉉・左翼政権の特徴となった。(中略) 領有権をめぐって日本と外交紛争になっている竹島・独島問題もそうだ。本来は無人島で絶海の孤島だった島を民間に開放し、年間20万人もの韓国人旅行者が訪れ「大韓民国バンザイ!」を叫ぶ愛国観光地にしてしまったのだ。NGO的発想からくる愛国ポピュリズム以外の何ものでもない。 この大衆感情の動員は、次の李明博が大統領として初めて「独島上陸」(2012年)を敢行したことによりはるかに悪質(?)である。盧武鉉の一番弟子で後継者の文在寅もこうしたNGO体質、NGO政治を受け継ぐのだろうか。
2017.05.16
コメント(0)

図書館で『シルクロード文明の旅』という文庫本を、手にしたのです。先日読んだ椎名誠著『砂の海』の余勢を借りて、ちょっと古くなったけど、この本を借りたのです。【シルクロード文明の旅】加藤九祚著、中央公論社、1994年刊<「BOOK」データベース>より1989年から92年にかけて、文明の交流を基軸に西は黒海北岸のオデッサから東はサハリンまでを旅した記録。シベリア抑留以後、旧ソ連とアジア諸国を訪れること50回を越える著者の関心はシベリアと中央アジアの歴史、文化にとどまらず、ペレストロイカ末期の社会情勢、人間模様にまで及び、古代から現代に至る「シルクロード文明」を生き生きと描き出している。 <読む前の大使寸評>先日読んだ椎名誠著『砂の海』の余勢を借りて、ちょっと古くなったけど、この本を借りたのです。amazonシルクロード文明の旅タクラマカン砂漠の南側、西域南道の旅の続きを、見てみましょう。p287~350第四章 青海から西域南道の旅 以下は、1992年7月29日から8月18日まで、上海と北京を経由し、青海省の西寧から敦煌へ出、アルティン・ター山脈北側のクムダム砂漠を通ってチャルクリクに至り、そこから西域南道のオアシスを経てカシュガルに着くまでの旅に基いて書かれたものである。同行の仲間は27名であった。クムダム砂漠の雄大な景観が今も忘れられない。 ■ホータン=サカ人について まず古代においてこの地に住み、20世紀初頭に考古学者によって発見されるまで、砂中に彼らの言語文献を残したホータン=サカ人についてふれたい誘惑にかられる。以下、旧ソ連の学者L・ゲルチェンベルグの論文「ホータン=サカ語」とM・ウォロビヨワ=デシャトフスカヤの論文「ホータン=サカ人」に基いて紹介しよう。 ホータン=サカ語は中期ペルシャ語に属する言葉である。ホータン=オアシスのイラン系住民は、ゲルチェンベルグによれば、インドへ移動したサカ人の一部である。 中央アジアから南方へ移住するとき、彼らの一部はチベットの北縁沿いに東へ向かったものと考えられている。中国資料はホータンの形成が前3世紀であるとつたえている。7世紀中頃ホータンを訪れた玄奨はホータンについて極めて好意的に書いている。 「俗として礼儀をわきまえ性格は温順で、学芸を習うを好み博く技芸に達している。国がらとして音楽を尊び、人は歌舞を好む。…篤く仏法を尊んでおり、伽藍は百余ヵ所、僧徒は五千余人、みな大乗の教えを学習している」。王性はヴィジャといい、ヴィジャ・サンバワ、ヴィジャ・ジュラ、ヴィジャ・ダルマらが有名である。ホータンはしばしば中国、チベット北方遊牧民などによって侵略されたが、約1000年にわたり独立を保ち得たことは注目される。 ホータン=サカ語の文献は7-10世紀に書かれた仏教関係のものが大部分をしめる。多くはサンスクリットとプラクリットで書かれた仏典と古代インド文学、教訓書、医術書などで、M・ドレスデンによって目録が作成されている。行政組織、社会経済関係の古文書も含まれており、古代ホータンが自らを語るものとして極めて重要な意義をもっている。 11世紀のはじめ、ホータンはイスラム教徒のウイグル人によって占領され、仏教文化に結びついていた文字も、ホータン=サカ語そのものも消滅した。ホータン=サカの文字が成立したのは紀元のはじめ頃、仏教の東トルキスタン伝播にともなうものとゲルチェンベルグはのべている。ホータン=サカ語は、他のイラン系言語がわりあい西アジア文化圏と強く結びついているのに対し、仏教文化と密接に関連していることに特徴がある。 ホータン=サカ語の文書の多くはマザルタグ、ハダルィク、ダンダンウィリク、トゥムシュク、敦煌などで発見され、パリ、ロンドン、ストックホルム、ペテルブルグの図書館、博物館に収蔵されている。少数の文書はデリーと日本の龍谷大学に保管されている。 ホータン・オアシスに人間が住むようになったのは極めて古く、インド・ヨーロッパ系のサカ人が移住したときにはすでに先住民がいたと考えられている。紀元1000年紀のホータンには、M・ウォロビヨワによれば、いくつものエスニック・グループが住んでいた。最も数の多いのは東イラン語を話すイラン人で、つぎがインド人であった。榎一雄も「コータンの人口の基礎をなしたのは・・・イラン系の民族であったであろう」と書いている。しかしインド人はホータンの文化と宗教に大きな役割を果たした。8-9世紀にはチベット人が支配権をにぎり、中国人を排除した。チュルク系の人びとがホータンに入りはじめたのは6-7世紀とされている。『シルクロード文明の旅』1『シルクロード文明の旅』2『砂の海』7
2017.05.15
コメント(0)

『メッセージ』という言語学的SF映画が5月19日公開とのことで・・・これは期待できるかも♪言語学とSF映画という大使のツボが二つかぶると・・・期待はいや増すのでおます♪【メッセージ】ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、2016年、米制作<Movie Walker作品情報>よりSFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化し、第89回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、音響編集賞に輝いたSFドラマ。突然、地球に襲来した異星人との交流を通して言語学者が娘の喪失から立ち直っていく姿が描かれる。主人公の言語学者をアカデミー賞では常連の演技派エイミー・アダムスが演じる。<観るまえの大使寸評>言語学とSF映画という大使のツボが二つかぶると・・・期待はいや増すのでおます♪Movie Walkerメッセージこのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、『ブレードランナー 2049』も手がけるそうで、すごいやんけ。『ブレードランナー』続編と『メッセージ』の共通点より第89回アカデミー賞で8部門のノミネートを果たしたSF映画『メッセージ』(5月19日公開)のトークショーが4月13日にTOHOシネマズ六本木ヒルズで開催され、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督とタレントの関根麻里が登壇。『ブレードランナー』の続編『ブレードランナー 2049』(10月27日公開)も手がけるヴィルヌーヴ監督が、『メッセージ』と『ブレードランナー 2049』の共通点を明かした。本作は、巨大な宇宙船の襲来と地球外生命体とのコンタクトというSFの王道的な設定と、ヒロインの人生の物語とを繊細に絡ませたSFドラマ。200人の映画監督の卵たちが集ったこの日。『ブレードランナー 2049』に続き、『デューン 砂の惑星』の続編の監督にも抜擢されたヴィルヌーヴ監督が登場し、学生たちの質問に答えた。話題の監督とあって、学生たちからもたくさんの手があがった。映画監督を目指す学生から「準備をする時に追い詰められることがある。大きな作品を撮る時にそうなることは?」と聞かれると、ヴィルヌーヴ監督は「僕は撮影をしている時にパニックに襲われることがある。不安と戦いながら現場にいることが多い」と正直な思いを吐露。次々と大作を手がける監督でも壁にぶち当たる時があるとのことで、大きくうなずく学生も。ヴィルヌーヴ監督は「すぐに答えが見つからない状態も、それをうまく自分の味方にしてしまうことを学んだ。すると、それがすごくパワフルなものに変わる。その時間を居心地のいいものに変えてしまえば、そこから素晴らしいものが生まれてくる」。さらに「僕は準備がすごく好きなんだ。作品のことを夢想できるからね。準備を好きになるといいよ」と真摯にアドバイスを送っていた。『ブレードランナー 2049』は、現在「編集がそろそろ終わる段階。SFXも膨大だけれど、その作業も終わりそう。今、音を付けています」とのこと。それ以上「何もお話できない」と苦笑いを見せながらも、「僕にとってこれまでで一番の野心作で、一番難しい作品になった。早くお届けしたい」と胸を張ったヴィルヌーヴ監督。「『メッセージ』も『ブレードランナー 2049』に共通するのは、ほとんどグリーンバッグを使っていないこと。なるべくカメラの前で物理的にセットを組み、役者にも実際の環境に触れてもらいながら、演技をしてもらった。超大作をそのように撮れたことは、夢が叶ったような思い」としみじみと語っていた。【取材・文/成田おり枝】この映画も個人的言語学12に収めるものとします。
2017.05.15
コメント(0)

図書館に予約していた『老いる家崩れる街』という新書を、待つこと約4ヶ月でゲットしたのです。大使の関心としては、住宅過剰社会とか、バブルを煽るかのような新築誘導税制、コンパクトシティ、古民家再生あたりになるわけです。【老いる家崩れる街】野澤千絵著、講談社、2016年刊<「BOOK」データベース>より現在約800万戸の空き家が15年後には2100万戸を超える…3戸に1戸が空き家に!「再自然化」する空き家、スラム化する分譲マンション、漏水・破裂する水道管、不便な立地の「サ高住」住みやすい「まち」に必要なものとは?【目次】第1章 人口減少社会でも止まらぬ住宅の建築(つくり続けられる超高層マンションの悲哀/郊外に新築住宅がつくり続けられるまち/賃貸アパートのつくりすぎで空き部屋急増のまち)/第2章 「老いる」住宅と住環境(住宅は「使い捨て」できるのか?/空き家予備軍の老いた住宅/分譲マンションの終末期問題/住環境も老いている~公共施設・インフラの老朽化問題)/第3章 住宅の立地を誘導できない都市計画・住宅政策(活断層の上でも住宅の新築を「禁止」できない日本/住宅のバラ建ちが止まらない/都市計画の規制緩和合戦による人口の奪い合い/住宅の立地は問わない住宅政策/住宅過剰社会とコンパクトシティ)/第4章 住宅過剰社会から脱却するための7つの方策<読む前の大使寸評>大使の関心としては、住宅過剰社会とか、バブルを煽るかのような新築誘導税制、コンパクトシティ、古民家再生あたりになるわけです。<図書館予約:(12/28予約、5/10受取)>rakuten老いる家崩れる街『第2章4.インフラの老朽化問題』を、見てみましょう。p131~135■毎日、市内で水道管の漏水や破裂が起きる 老いた空き家が放置・放棄され、周辺に著しく悪影響を及ぼす場合には、最終手段として、税金を使って自治体が対応しかないケースが増えてしまうことが想定されます。市民も、こうした問題は行政が対応すべきと考える傾向があります。しかし、自治体には、こうした対応をする財政的体力が、もうなくなってきているのです。 日本は高度経済成長期、急激な都市化に対応するために、小・中学校、公民館などの公共施設や、道路・公園、高速道路、トンネル・橋、上下水道施設などのインフラが集中的に整備されてきました。これらは建設されて30~50年経っていることから、老朽化しているものが多いのです。そして、古くなった設備が次々と故障したり、修繕箇所が増えたりと、維持管理だけでもどんどん費用がかさんでいきます。 要するに、住まいや居住者が老いているだけでなく、公共施設やインフラなど、住宅と密接に関わる住環境自体も老いて崩れてゆくのです。 たとえば、私たちの暮らしに欠かせないインフラの一つとして「橋」があります。国土交通白書(平成25年度版)によれば、適切な補修・修繕が実施されないことで、損傷がひどくなり、危険性が増して通行止め・交通規制が行われている橋は、全国で約1400件(2013年)もあります。そのほとんどが市区町村が管理している橋です。 また、厚生労働省の調査によると、水道管の法定耐用年数は40年とされていますが、これを超えている水道管の割合が2014年度末時点で12.1%もある一方で、2014年度中に更新できた水道管は0.76%にとどまり、このままのペースだと、今ある水道管の更新に約130年もかかると試算されています。 しかし、今後、人口は減少し、水道事業の採算性が悪化していくため、更新に使える資金はさらに不足すると推計されています。水道管の老朽化による漏水問題の頻発、水道料金の値上げなど、将来的に国民生活に重大な影響を及ぼしかねません。 また、下水道についても、下水道処理区域の人口密度の低下によって、採算性の悪化や老朽化した下水道管の更新費用の不足など、上水道と全く同じ問題を抱えているのです。■人の命も奪いかねない 老朽化したインフラの点検・補修や更新がおろそかになれば、インフラの本来の機能の提供に支障が出るだけでなく、場合によっては、人の命に関わる重大な事故を引き起こしかねません。実際に2012年12月、中央自動車道の笹子トンネルで、天井板の落下事故が発生し、死者9名と日本ではこれまでに類を見ない大惨事が発生しました。(中略) 実は、日本と同じような問題が1980年代のアメリカでも起こっています。日本よりも30年早く1930年代に大規模な公共投資が着手されたことから、アメリカではその50年後にインフラの老朽化問題が深刻化しました。橋の崩落事故、損傷、通行止めが相次いで起きるなど、経済や生活に様々な面で影響を及ぼしたのです。著者はこれらの問題について、七つの方策を提案しているが、その一つを見てみましょう。p210~212方策5■今ある住宅・居住地の再生や更新を重視する 日本は、第2章で詳述したように、老いた住宅に老いた居住者が多いという空き家予備軍が大量に控えており、老いた住宅の居住者の寿命が尽きた後、相続人が継承しない空き家・空き地が急増することが懸念されています。 特に大都市部では、駅からの徒歩圏の戸建て等の空き家率が高いという結果があきらかになっており、これまで公共投資で公共施設やインフラを整備してきた居住地のスポンジ化の進行がますます深刻化していく危険性があります。 現在、新築住宅のうち、もともと住宅が建っていた敷地に住宅が建てられる再建築率はたったの10%しかありません。新築住宅の着工が旺盛にあっても、再建築率が低いという日本の状況は、スポンジの穴(空き家)は埋まらないまま、スポンジ本体(居住地の総量)がどんどん膨張していくという非効率な状態のままでいるのです。 そのため、こうした既存の居住地の穴を埋めるように、まちのまとまり内にある賞味期限切れとなった空き家をよみがえらせ、利活用するためのリノベーションに取り組み、中古住宅市場に流通させるための支援や、利活用の可能性が低い空き家が円滑に解体・除却できるようにするための支援を行ない、まちのまとまりでの建て替えを重点的に支援していくなど、今ある住宅・居住地の再生や更新を重視した枠組みへと軸足を移し、中古住宅市場を成熟させる必要があります。 たとえば、空き家をシェアオフィスや公民館に代わる新たなコミュニティの居住所にリノベーションして、収益は固定資産税を支払える程度の事業採算性で良いとする場合には、賃料をかなり安く抑えられます。つまり、若い世代や子育てが一段落した女性、リタイア世代が、ローリスクで起業にトライできる場を創出する貴重な資源になる可能性もあります。こうした取り組みにより、まちのまとまりとして設定した立地の魅力を向上させることで、新規の住宅立地の誘導へとつなげていくのです。 加えて、空き家を除却する場合には、除却後に生まれる空き地の利活用への支援策として第2章で紹介したように、隣接した敷地を家庭菜園や駐車場利用する、あるいは、地域で共同に利活用する農園・広場・臨時駐車場にするといった動きに対する税制・金融等の優遇措置を設けるなどの取り組みを充実させることも重要です。 実際に、アメリカ・デトロイト近郊のフリント市では、放棄される空き家への対応策として、2003年に「ランドバンク」というものを設立しています。ランドバンクは、放棄された空き家を管理・所有し、空き家を解体するか、手を加えて賃貸・売却するかなどを見極め、解体した後の土地は緑地やコミュニティスペースに転換する取り組みを行っています。このランドバンクの活動資金には、企業の財団や政府からの支援、税金滞納者への罰金、入手した物件の賃料や売り上げ等が活用されています。『老いる家崩れる街』1『老いる家崩れる街』2
2017.05.14
コメント(0)

図書館で『シルクロード文明の旅』という文庫本を、手にしたのです。先日読んだ椎名誠著『砂の海』の余勢を借りて、ちょっと古くなったけど、この本を借りたのです。【シルクロード文明の旅】加藤九祚著、中央公論社、1994年刊<「BOOK」データベース>より1989年から92年にかけて、文明の交流を基軸に西は黒海北岸のオデッサから東はサハリンまでを旅した記録。シベリア抑留以後、旧ソ連とアジア諸国を訪れること50回を越える著者の関心はシベリアと中央アジアの歴史、文化にとどまらず、ペレストロイカ末期の社会情勢、人間模様にまで及び、古代から現代に至る「シルクロード文明」を生き生きと描き出している。 <読む前の大使寸評>先日読んだ椎名誠著『砂の海』の余勢を借りて、ちょっと古くなったけど、この本を借りたのです。amazonシルクロード文明の旅タクラマカン砂漠の南側、西域南道の旅を、見てみましょう。p287~311第四章 青海から西域南道の旅 以下は、1992年7月29日から8月18日まで、上海と北京を経由し、青海省の西寧から敦煌へ出、アルティン・ター山脈北側のクムダム砂漠を通ってチャルクリクに至り、そこから西域南道のオアシスを経てカシュガルに着くまでの旅に基いて書かれたものである。同行の仲間は27名であった。クムダム砂漠の雄大な景観が今も忘れられない。 ■青海の民族 青海省の民族についてはプルジェワリスキーもポターニンも記述している。ここでは『青海掠影』によって簡単に紹介する。 青海省は多民族の地域で、少数民族の居住地域が省の総面積の約98%を占め、チベット族、回族、土族、サラル族、モンゴル族の五つが主力を占め、総数は1990年現在で164万2583人である。・チベット族 81万1261人で、全省の人口の19.67%である。宗教はチベット仏教。生業は農業と半農半牧である。チベット語を話す。・回族 56万4638人で、全省人口の13.69%である。商業に長じ、一部は野菜や青果の栽培に従事している。先祖は唐宋の時代にさかのぼり、元代以後明清にかけて多数この地域に移住した。チベット語と漢語を話す。スンニ派のイスラム教徒である。・土族 14万350人で、全省人口の3.4%である。農業が主で、少数が牧畜業に従事している。土族の起源については議論があるが、中世初期の吐谷渾が他の民族と融合して形成されたとの説が有力である。言語はモンゴル系であるが、多数の方言に分かれる。宗教はチベット仏教である。・サラル族 6万599人で、全省人口の1.6%である。主に農業、とくに果樹栽培に長じている。元代(13世紀)に循化地区の中央アジア系住民が移住して周囲の漢、回、モンゴルなどと混血したものといわれる。チュルク語を話すが、漢語も通じる。スンニ派のイスラム教徒である。・モンゴル族 6万337人で、全省人口の1.47%である。主として16世紀にこの地方に移住した。言語はモンゴル語のエルート方言であるが、漢語、チベット語も通用する。牧畜と農耕に従事。宗教はチベット仏教。第14世ダライ・ラマと第10世パンチェン・ラマが青海生まれで、黄帽派隆盛のうえで大きな影響を与えた。 (中略)ソグド文字■ソグド人の活躍 敦煌の歴史をシルクロード文明から考えるとき、東イラン系のソグド人のことにふれないわけにはいかない。ソグド人の故地は言うまでもなく、中央アジアのサマルカンドを中心とする一帯である。5-8世紀頃、彼らは主に商人として中央アジアから東トルキスタンの敦厚、トウルファンをはじめ中国の各地に移住した。 伯勤の研究によれば、敦厚、トウルファンのソグド人には二種類あった。一つは登録ソグド人で、唐代中国住民の一員として、その商業活動は敦厚、トウルファンとそれら以東の地域に局限されていた。それに対し未登録ソグド人は、ソグディアナ本土や安西四鎮以東各地に往来できたという。 イギリスの学者プリーブランクは書いている。「ソグド人のすぐれた商人だけでなく、芸術家や職人、新宗教の担い手たちが旅行し、内陸アジアの商路沿いの地や中国の奥地、遊牧民のステップに住みついた」。彼らは現地住民の文化に大きな影響を与えたのである。『シルクロード文明の旅』1『砂の海』7
2017.05.14
コメント(0)

図書館で『シルクロード文明の旅』という文庫本を、手にしたのです。先日読んだ椎名誠著『砂の海』の余勢を借りて、ちょっと古くなったけど、この本を借りたのです。【シルクロード文明の旅】加藤九祚著、中央公論社、1994年刊<「BOOK」データベース>より1989年から92年にかけて、文明の交流を基軸に西は黒海北岸のオデッサから東はサハリンまでを旅した記録。シベリア抑留以後、旧ソ連とアジア諸国を訪れること50回を越える著者の関心はシベリアと中央アジアの歴史、文化にとどまらず、ペレストロイカ末期の社会情勢、人間模様にまで及び、古代から現代に至る「シルクロード文明」を生き生きと描き出している。 <読む前の大使寸評>先日読んだ椎名誠著『砂の海』の余勢を借りて、ちょっと古くなったけど、この本を借りたのです。amazonシルクロード文明の旅タクラマカン砂漠の北側、西域北道の旅を、見てみましょう。p197~203第三章 西域北道からパミール・ヒンドウクシュの旅 以下は、1990年8月3日から8月26日まで、上海からウルムチ経由で西域北道を通り、カシュガル、タシュクルガンを経て、フンジュラブ峠を越えてパキスタンに出、ギルギットからヒンドウクシュの山に入り、チトラル、カフィリスタン、スワット、ペシャワルに至る旅行に基いて書かれたものである。 同行の仲間は22名、大部分は東京、大阪、名古屋、姫路から参加した人たちで、男女は半々であった。 まず上海からウルムチまでは飛行機、西域北道はバス、カシュガルから先は、帰国のときの空港であるイスラマバードまでジープで移動した。私はこの3年前にもフンジュラブ峠を越えたが、ギルギットからチトラルへ入った。途中2日間は持参のシュラーフを利用する野営であった。■ウルムチ ウルムチは年々発展している都市で、3年前にくらべて、ビルも多く建てられていた。当時建築中であったイスラム教のモスクも、完成していた。私はこの町には、4回訪れたが、ウルムチ博物館は何度見てもあきない。(中略)■トウルファン 8月5日午後、ウルムチからトウルファンへ向かった。トウルファンは今回の「西域北道くるまの旅」の中でも、クチャとともに最も重要なポイントである。 トウルファンは自然条件が極めてユニークである。海抜5445メートルの天山の巨峰ボグド山とクルクターグという山の間にある鍋底のような盆地で、東西245キロ、南北約75キロ、面積5万147平方キロをしめている。このうち約4050平方キロは海面より低い地域で、その半分は海面下100メートル、最も低いアイディン・クル(湖)は海面下145メートルである。まわりのほとんどがゴビ灘とよばれる礫砂漠で、夏の気温は47.6度に達し、そのときの地表の温度はふつうで70度になるという。 現地の人びとの間には「沙窟裏コウ熱鶏蛋、石頭上ラク熱麺餅」(砂丘では卵を焼くことができ、岩の上ではケーキが焼ける)という言葉があると書かれている。年間の降水量はわずか16ミリ、蒸発量は3000ミリ。それに風が強く、秒速8メートルの風が吹く日が最低30-40日、多い年は60-80日にもなるという。トウルファンの西部にあるトクスンの町は、最も風が強いことで知られている。 トウルファンの「火焔山」は有名である。これは盆地の東西を走る長さ100キロの山脈で、幅は広いところで10キロ、最高点は851メートル。白亜紀と第2紀の砂礫岩層と紅色の泥岩からなっていて、暑い夏の斜陽のもとでは火焔がたちのぼっているように見えるところから、この名がある。
2017.05.13
コメント(0)

図書館で『浅田次郎とめぐる中国の旅』という本を、手にしたのです。先日、浅田さんの『日本の「運命」について語ろう』という本を読んで良かったので、その勢いでこの本を借りたのです。【浅田次郎とめぐる中国の旅】浅田次郎著、講談社、2008年刊<「BOOK」データベース>より中国は美しく、奥深い。四年にわたり取材を重ねた著者自身が語る見どころと魅力。【目次】1 紫禁城(エッセイ 正大光明/浅田次郎と紫禁城を歩く ほか)/2 北京(北京中心部地図/北京広域地図 ほか)/3 満洲へ(エッセイ 英雄たちの囁き/瀋陽市街地図 ほか)/4 万里の長城(華北地方の長城を訪ねる/インタビュー 浅田次郎、歴史小説を語る ほか <読む前の大使寸評>先日、浅田さんの『日本の「運命」について語ろう』という本を読んで良かったので、その勢いでこの本を借りたのです。rakuten浅田次郎とめぐる中国の旅浅田さんが歴史小説について語っているので、見てみましょう。(インタビュアー:末国善己)p139~141 <歴史小説>Q:『蒼穹の昴』では、悪女として有名な西太后が、実は中国民衆に慕われていたことを指摘されていました。こうした読者の思い込みを覆すことは、意識されているのでしょうか。浅田:これは読者の思い込みを覆すというよりも、西洋史観の見直しですね。日本で教えられる東洋史は、実は西洋史観に基いています。日本人は西太后と聞くと、悪女、鬼女というイメージを持つと思いますが、北京に行って西太后の史料を集めていると、生けるみ仏様を意味する「老仏爺」と呼ばれて親しまれていた西太后像が見えてきたんです。 実際に西太后はスーパーヒーローで、生前はブロマイドが売られていたし、葬式の時には北京の市民がこぞって出てきて泣き叫んだというエピソードも残っているほどです。 それで西太后が悪女にされた理由を考えていくと、ヨーロッパ列強の影が見えてきた。20世紀初頭の資本主義は、植民地経営なしでは成立しないと考えられていましたが、中国は地球上に残された最大の植民地だったわけです。西欧列強が中国を滅ぼし、自分たちの利権を獲得するためには、清朝を倒さなければならない。清朝の実質的な指導者である西太后が悪女でなければ、西欧列強が中国を滅ぼす大儀が立たなかったんです。 それで調査を進めていたら、エドモンド・バックハウスとジョン・ブランドという二人のイギリス人の共著になる『西太后治下の中国』という本に行き当たりました。これは1910年にロンドンd出版されて大ベストセラーになり、すぐに各国語に翻訳されて世界的にヒットします。 この本には、西太后がどれほどの悪女かが書いてあるのですが、その多くは漢の呂后と唐の則天武后のエピソードと同じなんです。だから西太后が悪女という説は、中国の古典や歴史に詳しい二人の著者の捏造だと思っています。ただ彼らばかりが悪いのではなく、彼らに本を書かせた政治力も働いていたはずなので、裏の事情を見極める必要はあると思います。 バックハウスは、何か事件を起こしてイギリスに住めなくなって中国に渡ってきたようですが、語学の天才で、何ヶ国語も自在に操れたようです。非常に困った人物ではあったのですが、さまざまの交渉事では通訳を務めているし、文学的な素養もあった。『中原の虹』の二巻以降では、間違った中国像を世界に発信した責任を取ってもらうために、バックハウスを重要な役割で登場させています。Q:『中原の虹』の張作霖も、中国では支持されているのでしょうか。浅田:中国では張作霖の評価は非常に低いです。一般的な評価では、日本軍の走狗となって中国を売り渡した売国奴として軽蔑されています。その一方で、息子の張学良は極めて評価が高い。 現代の中国は、毛沢東がいなくても、蒋介石がいなくても、誰かが代わりにリーダーシップを取れば成立したと思います。ただ張学良が、国民党と共産党を命懸けで合作させなければ、間違いなく現代とは違った形になっていたでしょう。日本の明治維新でいえば、薩摩と長州を結び付けた坂本龍馬の立場です。日本でも龍馬の人気は高いですが、それと同じで張学良も民衆から支持されているようです。Q:『中原の虹』では、独裁者というイメージが強かった張作霖が、実は満州の民衆には支持されていたとお書きですが、この人物像はどのようにして作られたのでしょうか。浅田:中国の東北地区を歩いていると、北京で語られている張作霖とはまったく違った人物像が見えてきました。当時のことを知るお年寄りや学者の方から話を聞くと、張作霖はヒーローなんです。「東北王」という言葉が残っていて、今でも張作霖のことを「東北王、東北王」と呼んでいる。そのくらい尊敬されていたんです。 というのも張作霖が満州を統一するまでの中国の東北部は、自分の命は自分で守るしかない無法地帯でした。そこに張作霖が統一政権を樹立したので、治安もよくなったし地域も安定した。何も持たない貧しい青年が、軍閥のトップに登り詰めた事実ひとつを考えても、張作霖は英雄です。今も「東北王」と親しみを込めて呼ばれているのは、それなりに善政を敷いたからだと思います。『浅田次郎とめぐる中国の旅』1『浅田次郎とめぐる中国の旅』2
2017.05.13
コメント(0)

図書館に予約していた『老いる家崩れる街』という新書を、待つこと約4ヶ月でゲットしたのです。大使の関心としては、住宅過剰社会とか、バブルを煽るかのような新築誘導税制、コンパクトシティ、古民家再生あたりになるわけです。【老いる家崩れる街】野澤千絵著、講談社、2016年刊<「BOOK」データベース>より現在約800万戸の空き家が15年後には2100万戸を超える…3戸に1戸が空き家に!「再自然化」する空き家、スラム化する分譲マンション、漏水・破裂する水道管、不便な立地の「サ高住」住みやすい「まち」に必要なものとは?【目次】第1章 人口減少社会でも止まらぬ住宅の建築(つくり続けられる超高層マンションの悲哀/郊外に新築住宅がつくり続けられるまち/賃貸アパートのつくりすぎで空き部屋急増のまち)/第2章 「老いる」住宅と住環境(住宅は「使い捨て」できるのか?/空き家予備軍の老いた住宅/分譲マンションの終末期問題/住環境も老いている~公共施設・インフラの老朽化問題)/第3章 住宅の立地を誘導できない都市計画・住宅政策(活断層の上でも住宅の新築を「禁止」できない日本/住宅のバラ建ちが止まらない/都市計画の規制緩和合戦による人口の奪い合い/住宅の立地は問わない住宅政策/住宅過剰社会とコンパクトシティ)/第4章 住宅過剰社会から脱却するための7つの方策<読む前の大使寸評>大使の関心としては、住宅過剰社会とか、バブルを煽るかのような新築誘導税制、コンパクトシティ、古民家再生あたりになるわけです。<図書館予約:(12/28予約、5/10受取)>rakuten老いる家崩れる街住宅過剰社会に対して著者の挙げたアラームを、見てみましょう。p14~16■私たちに残された時間は長くない 私たちは、現時点で投票権を持たない将来世代の住宅やまちを作っています。このまま住宅過剰社会を助長すれば、将来世代に負の遺産となる住宅やまちを押しつけてしまうのです。最も迷惑を被るのは、私たちの子供や孫たちです。 住宅過剰社会からの脱却に向けて、私たちは、空き家を減らす、中古住宅の流通を促進する、市場に依存しすぎた新築住宅中心の市場から転換することが必要不可欠です。特に、すでにある住宅のリノベーションや建て替えをし、住宅の質を市場性を持つレベルに高めたうえで、住宅市場に流通させていくことが必要です。 さらに、こうした住宅単位の話だけではなく、災害リスク、インフラや公共交通・生活利便サービスの維持、公共施設の再編・統廃合、地域コミュニティ、ライフスタイルの変化に対応した暮らしやすさといった生活環境・・・など、多様な分野が複雑に絡み合う住環境としての問題を多元的に解きながら、現世代だけでなく、将来世代も暮らしやすいまちへと改善していかなければならない時期にきているのです。 私たちに残された時間は、そう長くありません。 私は都市計画の研究者として、これまで、都市計画法制度、特に人口減少社会にむけた土地利用計画や開発許可制度のあり方の研究とともに、様々な自治体の都市計画行政にも関わらせて頂いています。その中で、都市計画や住宅政策が高度経済成長期の都市化志向の枠組みのまま、いわばフリーズ状態に陥っている点に強い危機感を持っています。 本書の第1章では、住宅の「量」の観点から、大都市部ではなぜ大量の超高層マンションがつくり続けられているのか? 大都市郊外や地方都市の農地エリアでは、なぜ野放図に住宅地の開発や賃貸アパート建設が続いているのか? について、都市計画の観点から具体的に解き明かしていきます。 第2章では、住宅や住環境の「質」とりわけ「老い」の観点から、老いた戸建て住宅や分譲マンションに待ち受ける終末期問題、公共施設やインフラなどの住環境の老朽化問題に着目しました。そしてこのまま何も手を打たなければ、次世代に負の住宅・負のまちを押しつけかねないという深刻な実態を明らかにします。超高層マンションの欺瞞や危険性を、見てみましょう。p38~40■資産価値の下落と管理不全状態 もちろん、非常事態になることは極めて稀だから、こうした災害時のリスクを認識したうえで購入すればよいという考え方もあります。「大手企業関連の管理会社がいるし、今は問題なさそうだから安心だ」とも考えられがちです。しかし、分譲マンションは、どのような区分所有者がいるのか、区分所有者による管理組合にどのような意識・能力があるかによって、将来にわたって建物の維持管理が適正に行われるかどうかが未知数という、極めて不安定な仕組みで成り立っていることも認識しておく必要があります。 超高層マンションについては、一般のマンションに比べて、建物の上層階、中層階、下層階で、購入する所得階層が分かれていたり、世代・家族構成が多様なため、管理組合が、様々な事情を抱えた区分所有者同士の合意形成を行ない、将来にわたってマンションの維持管理を行うことが果たしてできるのか、専門家の間でも疑問視する声が多いのです。 そして、マンションの維持管理を管理会社に丸投げすると、ずさんな管理や場当たり的な修繕をされたり、新築時に分譲会社が設定した修繕積立金だけでは大規模修繕ができなくなると、資産価値が大幅に下落したり、最悪の場合、管理不全状態に陥る危険性さえ懸念されています。 もし、超高層マンション1棟全てが賃貸住宅の場合には、所有者は企業等であることが多いため、事業者が自分たちの資産価値の維持や収益確保を目的として、建物等の維持管理をきちんと行う場合が多く、たとえ複数の企業間の合意形成が必要な場合でも、住民同士の場合に比べると、ハードルはそこまで高くない場合が多いでしょう。 しかし、分譲の超高層マンションでは、1棟500~1500戸もの住戸数があることから、区分所有者が大量にいるというだけでなく、居住用か投資用かといった取得目的や区分所有者の所得階層・世代・家族構成・国籍が多様であるが故に、合意形成が極めて難しくなってしまうのです。 特に、大規模修繕等で修繕積立金が不足したり、災害などで突発的に修繕が必要となった場合、修繕すべき内容や各住戸が支出すべき金額についての合意形成ができないと、一気に管理不全状態に陥り、不良ストック化の道をたどる危険性も考えられるのです。いやー 超高層マンションとは怖いですねえ。短期に転売する才覚がないと買えないシロモノのようです。『老いる家崩れる街』1
2017.05.12
コメント(0)

図書館に予約していた『老いる家崩れる街』という新書を、待つこと約4ヶ月でゲットしたのです。大使の関心としては、住宅過剰社会とか、バブルを煽るかのような新築誘導税制、コンパクトシティ、古民家再生あたりになるわけです。【老いる家崩れる街】野澤千絵著、講談社、2016年刊<「BOOK」データベース>より現在約800万戸の空き家が15年後には2100万戸を超える…3戸に1戸が空き家に!「再自然化」する空き家、スラム化する分譲マンション、漏水・破裂する水道管、不便な立地の「サ高住」住みやすい「まち」に必要なものとは?【目次】第1章 人口減少社会でも止まらぬ住宅の建築(つくり続けられる超高層マンションの悲哀/郊外に新築住宅がつくり続けられるまち/賃貸アパートのつくりすぎで空き部屋急増のまち)/第2章 「老いる」住宅と住環境(住宅は「使い捨て」できるのか?/空き家予備軍の老いた住宅/分譲マンションの終末期問題/住環境も老いている~公共施設・インフラの老朽化問題)/第3章 住宅の立地を誘導できない都市計画・住宅政策(活断層の上でも住宅の新築を「禁止」できない日本/住宅のバラ建ちが止まらない/都市計画の規制緩和合戦による人口の奪い合い/住宅の立地は問わない住宅政策/住宅過剰社会とコンパクトシティ)/第4章 住宅過剰社会から脱却するための7つの方策<読む前の大使寸評>大使の関心としては、住宅過剰社会とか、バブルを煽るかのような新築誘導税制、コンパクトシティ、古民家再生あたりになるわけです。<図書館予約:(12/28予約、5/10受取)>rakuten老いる家崩れる街空き家問題の惨状を、見てみましょう。p7~11■3戸に1戸が空き家に 年々、住宅のストック数が積み上がっていく一方で、空き家率は一貫して増え続けています。2013年度住宅・土地統計調査によると、空き家総数は全国で820万戸にものぼっています。空き家総数は図表のとおり、この10年で1.2倍、20年で1.8倍と、まさに右肩上がりの空き家増加国家が日本という国なのです。 ここで皆さんは、「2025年問題」と言われるものをご存知でしょうか? 2025年、人口の5%を占める団塊世代が75歳以上となり、後期高齢者の割合が一気に20%近くにまで膨れ上がる問題のことです。これを踏まえて、日本人平均寿命84歳を参考にすると、2035年前後から、団塊世代の死亡数が一気に増えると予想されるのです。 そのため、住宅地の行く末は、団塊世代の死後に相続する子供世代(団塊ジュニア世代)や親族が、実家をどのように取り扱うかにかかっています。相続した世代はすでに実家を離れ、それぞれ自分の家を持っていることも多く、相続した実家に住むというケースは少なくなっています。 そのため、実家の売却・賃貸が進まなければ、近い将来、町のあちらこちらで空き家が一気に増えるという、言わば「時限爆弾」を日本は抱えているのです。(中略) 3戸に1戸が空き家という将来が待っています。■住宅業界は反論するが・・・ 前述したとおり、住宅のストック数は世帯総数よりもすでに約16%も多く、あと10年もすれば大都市部も、世帯数の減少が予測されているのに、国は経済対策や住宅政策の一環として、これまでと変わらず新築住宅への金融・税制等の優遇を行ない、住宅建築の後押しを続けています。すなわち、日本では、住宅過剰社会の助長を食い止めようという兆しがほとんど見られないのです。■居住地の拡大で税金がどんどん使われる ただし、ここで強調しておきたいのですが、住宅過剰社会だからといって、新築住宅をつくること、購入すること自体は悪いわけではありません。 問題なのは、新築住宅が、居住地としての基盤(道路や小学校・公園など)が十分に整っていないような区域でも、いまだに野放図につくり続けられ、居住地の拡大が止まらないことです。(中略) 自治体もデベロッパーも、まるで焼畑農業のように、既存のまちの空洞化を食い止める努力をしようとせずに、埋立地や工場跡地、農地など、少しでも開発しやすい土地や規制の緩い土地を追い求めています。地権者側も何とか土地を売りたい、活用したいと考える場合が多く、その結果、居住地の拡大が止まらないのです。(中略) 高度経済成長期のように、人口も経済も右肩上がりで、大都市部などで住宅が不足していた時代には、居住地の拡大は必要でした。しかし、人口も世帯数も減少する現代、焼畑的に居住地を拡大してしまうと、限られた人口や開発需要というパイを単に近隣のエリア同士で奪い合うだけに留まり、全体として見れば、居住地を維持するために必用な税金の支出だけが増大していくという非効率な状況をつくり出してしまっているのです。 この現状はこの先、必ずや大きな問題になってくるでしょう。ウーム 大企業や富裕層優先のアベノミクスでは、空き家対策などという儲からない仕事は後回しになるのでしょうね。
2017.05.12
コメント(0)

図書館で『浅田次郎とめぐる中国の旅』という本を、手にしたのです。先日、浅田さんの『日本の「運命」について語ろう』という本を読んで良かったので、その勢いでこの本を借りたのです。【浅田次郎とめぐる中国の旅】浅田次郎著、講談社、2008年刊<「BOOK」データベース>より中国は美しく、奥深い。四年にわたり取材を重ねた著者自身が語る見どころと魅力。【目次】1 紫禁城(エッセイ 正大光明/浅田次郎と紫禁城を歩く ほか)/2 北京(北京中心部地図/北京広域地図 ほか)/3 満洲へ(エッセイ 英雄たちの囁き/瀋陽市街地図 ほか)/4 万里の長城(華北地方の長城を訪ねる/インタビュー 浅田次郎、歴史小説を語る ほか <読む前の大使寸評>先日、浅田さんの『日本の「運命」について語ろう』という本を読んで良かったので、その勢いでこの本を借りたのです。rakuten浅田次郎とめぐる中国の旅康有為張競さん(明治大学教授)との対談の一部を、見てみましょう。p84~87 <康有為のSF世界>張:2004年に、江沢民が政権の一線から引退しましたね。たとえばそのときに私がまず連想したのが西太后です。江沢民は2年前から政権の主要3ポストのうちふたつを譲りましたが完全には引退しなかった。西太后も戊戌変法(ぼじゅつへんぽう)ではいったんは和園に退きます。そこであとは老後をゆっくり過ごそうというようにできていれば、歴史は確実に変わっていたでしょう。しかしそうはできなかった。毛沢東にしてもそうですが、歴史は繰り返されるのです浅田:西太后があのとき何を考えたかというのは、実はぼくにはよくわからないんです。おそらく新しい変法が許せなかったんでしょうけれども。張:西太后は変法に対してそんなに拒否感を抱いてはいなかったんじゃないでしょうか。というのも、戊戌変法を潰してわずか2年後に、彼女自身が主導した変法をはじめていますから。浅田:そうですね。張:彼女にとっては清王朝さえ続いていければ、変法自体は大したことではなかっただろうと思います。アヘン戦争以降に列強と結んだ屈辱的な条約、あの老婦人のプライドからすればとても飲み込めるものではないものを、全部認めたことに比べれば。しかも自分が信頼していた光緒帝がやろうというんだから、任せておけばよかったんです。それがおそらく周りからのいろいろな進言を聞いているうちに、許せないということに変わってしまったんでしょう。浅田:このときのキーパーソンは康有為だとぼくは思うんです。彼の思想はちょっと極端過ぎて、SFっぽいんです。将来の共産主義を予見しているような先見の明はあるんですが。張:大同世界ですね。浅田:康有為の考え方は突き詰めていけば王制否定です。だから、西太后が気に入らなかったのはそこではないかと思うんです。張:康有為の一派は、みずから行動を起こさなければという思い込みが強すぎたのではないでしょうか。もうちょっと待っていれば情勢は変わったかもしれません。浅田:そうですね。革命というのは古い体制を壊す人と新しい世の中を作る人が別なんです。明治維新のときも壊した人たちはほとんど死んでしまって、そのあとに二番手の伊藤博文や山県有朋の世代が新しい明治を作りました。フランス革命でもそうなんです。戊戌変法は康有為の世代ですべてをやろうとしたところに無理があったということですね。張:しかもその壊し方がへたなんです。そのあたりが文人の弱いところでしょう。浅田:康有為たちが古いものを壊して袁世凱が新しい時代を作っていたら、まったく違う国ができたでしょうね。袁世凱がもうちょっといい人だったら(笑)。張:どう見ても袁世凱は人柄が悪すぎるんですね(笑)。浅田:権力欲があからさまなんですよ。だからのちの皇帝即位のときも物笑いの種になってただちに取り消す羽目になりました。ただ、ぼくは袁世凱という人は嫌いじゃないんです。清王朝を滅ぼした立役者の一人であることは間違いないし、面白いキャラクターですから。張:曽国藩や李鴻章より、袁世凱の方が大きな器を持っているとはいえますね。曽国藩も李鴻章も清王朝を倒そうと思えばできたのに、おれにはそんな野心はないといっていさぎよく去ってしまいます。袁世凱がもう少し前の時代に登場していたら、大人物になれたかもしれません。権力欲があるのはいいとしても、彼の場合は時代遅れだから茶番になってしまったんですね。浅田:アヘン戦争のあと、太平天国の乱のときの将軍が袁世凱であったなら、その時点で清王朝を滅ぼしているかもしれませんね。張:そうですね。曽国藩の下で李鴻章の立場だったとしても、いずれはそうなったかもしれません。そういう意味ではやはり彼には天命がなかったんですね。1916年の皇帝即位のとき、袁世凱は王座に座ったもののめまいがして、すぐに下りたという伝説があるんです。『蒼穹の昴』では「龍玉」として描かれていますが、中国でも天命があるのかどうかということは語られるんです。毛沢東の文革が語られています。p89~90 <龍玉=天命はどこに?>張:『蒼穹の昴』を読んでいて、毛沢東が出てきたのには驚きました。浅田:あれは大サービスです。中国語に翻訳されるのを期待して(笑)。張:たしかに時代的には合うんですよね。おそらく毛沢東にとって西太后というのは同時代の人間だったろうと思うんです。そして彼には明らかに帝王思想がある。晩年は完璧に自分が帝王だという意識でいたでしょう。浅田:ええ。そういう意識がなければ文革は起きないですよね。文革は先生が何歳のときですか。張:はじまったのが13歳です。浅田:それならはっきり記憶がありますよね。張:もうはっきりと。はじめはむしろ共鳴したところもあるんdす。古いものを新しくするのはいいんじゃないかと。だんだんと悪い面が見えてきて、紅衛兵は最後にはみんな反毛沢東になったんです。のちに民主化運動を起こしたのはその人たちなんです。浅田:当時の学者はみんな大変だったらしいですね。張:大変ですよ。全部持っていかれるか、焼かれてしまうんです。文革がはじまった当初の1966年7月から9月くらいまでは、市内の至るところで本を焼いたり、服を焼いたり、とにかく何かしら燃やしている光景を目にしました。集合住宅の庭に、各家から古いものを持ち出して燃やしたんです。浅田:取り返しのつかないことですね。そういうふうに文化を破壊してしまうのは。張:私たちの世代はみんなそうだと思いますが、毛沢東だけは許せないですね。彼は女性秘書たちを周りに侍らせていましたが、そういうところも皇帝的でしょう。江青との間に子供もいましたし。浅田:江青にもいろいろな伝説がありますね。張:悪女としての西太后にたとえられた現代政治家ですからね。彼女は毛沢東と同じぐらいの気概をもって、天下は私のものだと思っていたでしょう。毛沢東が生前に「おれが死んだら真っ先にお前が殺される」といったという伝説があります。本当かどうかはわかりませんが、ありそうなことですね。それぐらい周りのみんなから憎まれ、恐れられていたんです。『浅田次郎とめぐる中国の旅』1『日本の「運命」について語ろう』5byドングリ
2017.05.11
コメント(0)

図書館で『浅田次郎とめぐる中国の旅』という本を、手にしたのです。先日、浅田さんの『日本の「運命」について語ろう』という本を読んで良かったので、その勢いでこの本を借りたのです。【浅田次郎とめぐる中国の旅】浅田次郎著、講談社、2008年刊<「BOOK」データベース>より中国は美しく、奥深い。四年にわたり取材を重ねた著者自身が語る見どころと魅力。【目次】1 紫禁城(エッセイ 正大光明/浅田次郎と紫禁城を歩く ほか)/2 北京(北京中心部地図/北京広域地図 ほか)/3 満洲へ(エッセイ 英雄たちの囁き/瀋陽市街地図 ほか)/4 万里の長城(華北地方の長城を訪ねる/インタビュー 浅田次郎、歴史小説を語る ほか <読む前の大使寸評>先日、浅田さんの『日本の「運命」について語ろう』という本を読んで良かったので、その勢いでこの本を借りたのです。rakuten浅田次郎とめぐる中国の旅田中裕子の西太后冒頭のエッセイを、見てみましょう。p8~11 <正大光明> 私が清王朝の末期を舞台にした『蒼穹の昴』を上梓したのは、1996年の春であった。 執筆には1年半を要したので、満43歳から44歳にかけての大仕事ということになる。できれば小説家として安定してから書きたかったのだが、『プリズンホテル』や『きんぴか』などの極道お笑いシリーズが暴走を始め、「行先がちがう」と危機感をつのらせた結果、この最重量の機関車を出発させることにした。読者はさぞ困惑したであろう。 私の文学的出自はけっして「極道」ではなく、「漢籍」である。40になってからようやく陽の当る場所に出たとたん、おのれの出自の古臭さに気付き、愕然とした。で、仕方なく机のかたわらに笈を置いて、とりあえず小説家として認知してもらうための小説を書き始めた、というのが真相である。そういう私が『蒼穹の昴』を書くタイミングはたいそう難しかった。 文学の歴史の流れとともに衰弱するのは、全世界共通の宿命である。文学大国たる中国もまたその例に洩れず、私は明清代の文学にほとんど興味をそそられることがなかった。 しかし、いくつかの例外はあった。呉敬梓の『儒林外史』を愛読したのは受験勉強の真最中のことで、もしあのとき読みさえしなければ、おそらくすんなりと大学に進んで学者になっていたのではなかろうかと今さら悔やまれる。私は同著によって科挙制度に興味を持ったばかりか、受験そのものに懐疑してしまったのだった。前後して宮崎市定の『科挙史』を読んだ。それが思いがけぬ契機となって、清王朝の虜となってしまった。 遥か満州の野に起こって漢土を制したこの王朝には、たとえば混血児のおもざしを見るようなひしぎな美しさがある。華麗にして質朴。複雑だが実は単純。儀礼的と見えて合理的。柔にして剛。そうしたあらゆる相反性が、この王朝のたたずまいには奇蹟のように調和している。 文化的遺伝子の配合の妙は世界中のどこにも見出すことはできるが、宗教という決定的な対立条件がないぶん、この国家は美しい完成を見た。私がこの国に魅了された理由は、ひとえにその奇蹟の均衡のもたらす美しさである。 清は初期にこそ習俗の強制をしたが、総じて漢民族の文化を否定せぬどころか、敬意を抱き続けていた。「満魂漢才」・・・そんな言葉はないが、おそらくそうしたものが建国期における清の国家的スローガンだったのではあるまいか。 満州族はかつて定住地を持たず、文字すらも必要としない狩猟の民であった。武力によって漢土を制したのちも、北夷たることを自覚していた彼らは聡明である。 私は初めて紫禁城を訪れたとき、何よりもまず乾清宮の王座の上にかかる「正大光明」の扁額に心を打たれた。馴治帝の手になるその文字は、まるで小学生の手習いのように稚拙でバランスも悪い。しかし、まったく小学生の手習いのように誠実だった。幼いころに長城を越え、王朝の礎を築いて24歳の若さで死んだこの皇帝は、懸命に異国の文字と言葉を学んだのであろう。そして子孫の未来に、「正大光明」の扁額を遺した。のちの英主たちを啓発したものは、その言葉の意味よりも、その文字におのずと表された謙虚さであろう。 清王朝は歴代の英明な君主によって引き継がれた。歴史上の王家に比べればこれといって暗愚な皇帝はおらず、少なくとも個性に富んでいる点では、まるで千両役者を並べた観がある。「正大光明」の異国語の下で政(まつりごと)を行った彼らは、みな一様に勤勉で誠実で謙虚だった。ウン 浅田さんは漢族は別にして、満州族や清王朝になにがしかの共感があるようですね♪
2017.05.11
コメント(0)

図書館で『検証福島原発、1000日ドキュメント』という本を、手にしたのです。本の表紙に「発生から事故処理まで原発を考えるうえでの必須資料」と書かれているが・・・まったくそのとおりで、原発の全てについて書かれた教科書のような本である。【検証福島原発、1000日ドキュメント】ニュートン・ムック、ニュートンプレス、2014年刊<「BOOK」データベース>よりムックにつき、データなし<読む前の大使寸評>本の表紙に「発生から事故処理まで原発を考えるうえでの必須資料」と書かれているが・・・まったくそのとおりで、原発の全てについて書かれた教科書のような本である。rakuten検証福島原発、1000日ドキュメント想定外の津波「事故の検証」あたりを、見てみましょう。p50、51<甘い想定と危機管理能力の不足。黙認した規制機関>より抜粋■甘かった地震や津波の想定 2011年3月11日、福島第一原発は事前の想定を上まわる地震と津波に襲われた。地震については2,3,5号機で想定を上まわる揺れが観測された。津波については、想定の高さが6.1メートルだったところに、高さ11.5から15.5の津波が押し寄せた。 地震によって、まず外部の発電所からの電気を届けるための設備がこわれてしまった。送電鉄塔が倒壊したり、屋内の設備(遮断器)がこわれたりしたのだ。外部電源に関する設備は、原子炉などにくらべて、耐震強度が低く設定されていたことがその理由である。 建物の地下1階にあった非常用電源設備(ディーゼル発電機や配電盤など)は、津波による浸水で機能を停止した。地下に置かれていたのは、発電機稼動時の振動対策やメンテナンスのしやすさが主な理由だった。■もしも免震重要棟がなかったら 事故時に現地の指令本部として重要な役割を果たした「免震重要棟」は、2010年に完成した。地震のゆれを低減させる免震装置がついているほか、放射性物質を内部に侵入させない構造になっており、自身災害時の対策活動の拠点となる建物である。2007年におきた新潟県中越沖地震の際に、柏崎刈羽原発の建物が地震の影響で使えなくなったことをふまえて設置されたものだ。 事故の前年に完成した免震重要棟がなかったら、事故対応はきわめて困難なものになっていたことは想像にかたくない。■実効性にとぼしい日本の原発規制 日本で原子力の安全管理をになう機関は、経済産業省の機関である「原子力安全・保安院」だった。地震や津波の甘い想定を承認してきたことからわかるように、適切な規制や指導が行われてきたとはいいがたい。経済産業省は原発を推進してきた省庁だ。そこに安全管理や規制を行う機関があるというのは、そもそも矛盾をはらんでいた。(中略) 2012年、環境省に原子力規制委員会が設立され、原子力安全・保安院の役割を引きついだ。今後、実効性のある規制を行えるのかどうか、注目されている。 『検証福島原発、1000日ドキュメント』1
2017.05.10
コメント(0)

今回借りた5冊です。(受取予定1冊を含む)だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば、「日中摩擦」でしょうか♪<市立図書館>・浅田次郎とめぐる中国の旅・日本の起源・老いる家崩れる街<大学図書館>・シルクロード文明の旅・素描 用具と基礎知識図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)************************************************************【浅田次郎とめぐる中国の旅】三留理男著、講談社、2008年刊<「BOOK」データベース>より中国は美しく、奥深い。四年にわたり取材を重ねた著者自身が語る見どころと魅力。【目次】1 紫禁城(エッセイ 正大光明/浅田次郎と紫禁城を歩く ほか)/2 北京(北京中心部地図/北京広域地図 ほか)/3 満洲へ(エッセイ 英雄たちの囁き/瀋陽市街地図 ほか)/4 万里の長城(華北地方の長城を訪ねる/インタビュー 浅田次郎、歴史小説を語る ほか <読む前の大使寸評>先日、浅田さんの『日本の「運命」について語ろう』という本を読んで良かったので、その勢いでこの本を借りたのです。rakuten浅田次郎とめぐる中国の旅************************************************************【日本の起源】東島誠×與那覇潤著、太田出版、2013年刊<「BOOK」データベース>より古代の天皇誕生から現代の日本社会までを貫く法則とは? 歴史学がたどりついた日本論の最高地点。いつから私たちは「こんな国、こんな社会」に生きているのだろう。どうしてそれは変わらないのだろう。 <読む前の大使寸評>なんか既視感のある本であるが、まいいかと借りたのです。帰って調べてみたら、およそ半年前に借りた本でした(イカン イカン)amazon日本の起源************************************************************【老いる家崩れる街】野澤千絵著、講談社、2016年刊<「BOOK」データベース>より現在約800万戸の空き家が15年後には2100万戸を超える…3戸に1戸が空き家に!「再自然化」する空き家、スラム化する分譲マンション、漏水・破裂する水道管、不便な立地の「サ高住」住みやすい「まち」に必要なものとは?【目次】第1章 人口減少社会でも止まらぬ住宅の建築(つくり続けられる超高層マンションの悲哀/郊外に新築住宅がつくり続けられるまち/賃貸アパートのつくりすぎで空き部屋急増のまち)/第2章 「老いる」住宅と住環境(住宅は「使い捨て」できるのか?/空き家予備軍の老いた住宅/分譲マンションの終末期問題/住環境も老いている~公共施設・インフラの老朽化問題)/第3章 住宅の立地を誘導できない都市計画・住宅政策(活断層の上でも住宅の新築を「禁止」できない日本/住宅のバラ建ちが止まらない/都市計画の規制緩和合戦による人口の奪い合い/住宅の立地は問わない住宅政策/住宅過剰社会とコンパクトシティ)/第4章 住宅過剰社会から脱却するための7つの方策<読む前の大使寸評>大使の関心としては、住宅過剰社会とか、バブルを煽るかのような新築誘導税制、コンパクトシティ、古民家再生あたりになるわけです。<図書館予約:(12/28予約、5/10受取予定)>rakuten老いる家崩れる街************************************************************【シルクロード文明の旅】加藤九祚著、中央公論社、1994年刊<「BOOK」データベース>より1989年から92年にかけて、文明の交流を基軸に西は黒海北岸のオデッサから東はサハリンまでを旅した記録。シベリア抑留以後、旧ソ連とアジア諸国を訪れること50回を越える著者の関心はシベリアと中央アジアの歴史、文化にとどまらず、ペレストロイカ末期の社会情勢、人間模様にまで及び、古代から現代に至る「シルクロード文明」を生き生きと描き出している。 <読む前の大使寸評>先日読んだ椎名誠著『砂の海』の余勢を借りて、ちょっと古くなったけど、この本を借りたのです。amazonシルクロード文明の旅【素描 用具と基礎知識】ジェームズ・ホートン著、美術出版社、1994年刊<「BOOK」データベース>よりこれから素描を始めようという方から、経験豊かなアーティストレベルの腕を持つ方まで、この1冊には素描に必要なすべての知識とテクニックが解説されています。各ステップをやさしく、解説した内容は、素描とはどういうものかという基本的な知識から、「形態と立体感表現法」や「動きとしぐさ」など、実際にトライしてみたくなるような上級テクニックまで、ていねいに解説しています。 <読む前の大使寸評>「暇になったら、絵を描く」と思いつつも、なかなか手をつけられずにおるわけです。ときどき、画材を買ったりしてはいるんですけどね。rakuten素描 用具と基礎知識************************************************************まあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き215
2017.05.10
コメント(0)

ちょっと前から気になっていた『日本の武器で滅びる中華人民共和国』という新書を、買ってしまったのです。手元不如意の大使としては、本は原則として図書館で借りるものなのだが・・・新刊本をすぐ読みたいときは、買うしかないわけです。それから・・・嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。【日本の武器で滅びる中華人民共和国】兵頭 二十八著、講談社、2017年刊<「BOOK」データベース>より日本国が、自衛隊の最新の戦闘機や艦艇をいくら増やそうとしたところで、中共の領土的な野望が消えてなくなることはありません。核武装国の中共が日本に降伏することもあり得ません。しかし、マレーシア、ベトナム、フィリピン等、地政学的に中共の味方とはなり得ない国々に対して、わが国から「機雷敷設専用の超小型潜航艇」等を武器援助するならば、日本の有権者は、驚くほど廉価な負担で、東アジアから侵略的な専制政体を除去し、世界の平和に貢献することができます。これが、「日本の武器で中華人民共和国が滅びる」という意味です。<読む前の大使寸評>嫌中本に喰いつかないよう自戒していたのだが、5年ぶりに喰いついてしまったのです。rakuten日本の武器で滅びる中華人民共和国尖閣防衛のキモあたりを、見てみましょう。p26~27■中共が尖閣を実効支配する方法 「軍艦」は、ギリギリ後方をうろついて、短時間の領海侵犯は試みるが、せいぜい射撃前段階のレーダー照射だとか、日本艦船の「前路の横切り」などのイヤガラセを繰り返すにとどめておく。そしてもっぱら、警察機関である「海警」の公船や海上民兵の漁船が前面に出て、わが尖閣領海内に踏み込み、日本側の主権を蹂躙し、日本の海上保安庁の船艇に船体をわざと衝突させようとしたり、火器ではない凶器等を振り回して海上保安庁や海上自衛隊を挑発したりします。 もし日本の側から威嚇警告射撃や必要最小限の毀害射撃をすると、それは国際的に「日本の警察行動」とは説明可能でも、「日本の自衛戦争」とは説明がしにくいので、まず海保も海自も先には発砲ができないのです。 そのうち、ホンモノの漁民を荒天下で「偽装難破」させて、尖閣諸島に深夜に「緊急避難上陸」させ、それを「救援」という名目で海警の大型船艇が1隻あたり数百名の「武装警察」を尖閣の陸上に送り届けることができるでしょう。 島の上にトリップワイヤー(鳴子の紐)がなければ、そこでゲームオーバー。日本には、武装警察の尖閣上陸、居座りを、実力で排除させられるような度胸のある政治家も外交官もいません。 また、中共が赤十字マークの付いた輸送機を飛ばして空から補給物資を魚釣島に投下するのを、日本の航空自衛隊の戦闘機は「撃墜」できないでしょう。 そうやって時間が経過するうちに、尖閣諸島の「中共による実効支配」は既成事実化し、現在の島根県竹島と同じことになるのです。■偽装漁民の上陸でも侵略戦争に おさらいしますと、洋上では、外国艦艇が他国の領海線を越えて「無害通航ではない通航」をやったぐらいでは、トリップワイヤーを引っかけたことにはなりません。 中共海軍と自衛隊のあいだで明々白々な交戦が始まったのでない限りは、米国大統領としては、米軍に対して「日米安保条約に基いて中共軍を攻撃せよ」とは命令ができません。さらに読み進めます。p35~37■中共が尖閣を諦める簡単な措置 わが国も尖閣諸島の陸上にトリップワイヤーを設けることが、安全、安価、有利です。現状のように、文字通りの何もない無人島に突然、シナ人の工作隊が上陸して占領を宣言したって、在沖縄の米軍海兵隊は出て行かれるものではありません。 だって、常識で考えてみてください。米国大統領はそのとき、何といって銃後の国民に説明をするのか? 「中共の警察部隊が、前から中共領土だと主張している小さな無人島に上陸した。そこで、米国はこれより中共と戦争を始めたい」・・・。 ありえないでしょう。 米国の連邦議会議員も、米国内の有権者大衆も、そんな「開戦」には誰も納得してくれません。だってまだ一人の日本人もそこで死んだわけではない。日本の自衛隊による自衛戦闘も起きてはいないのですから。 おまけに現場は、クウェートのような大産油地帯でもない。 どうしてそこに米軍が出て行き、米軍人が戦死傷するリスクを冒さねばならないのでしょうか? トリップワイヤーとなる少人数の自衛隊員は、なにも、魚釣島に居住する必要まではないのです。ローテーションで数日ごとに次々と新手の隊員が警戒配備に就けばいいだけです。たったそれだけの措置で中共側は、「海警」や「武警」を使ったグレーゾーン侵略も、もう諦めるしかなくなる。これ以上に安全で安価で有利な対支抑止の妙薬なんて、ありません。 グレーゾーン侵略の成功の見込みがなくなったと判断すれば、「戦争のセンス」がある彼らは、最初から、尖閣諸島への上陸占領など企図しなくなります。この呼吸が理解できるのもまた、「戦争のセンス」です。この本も嫌中本あれこれR2に収めておきます。
2017.05.09
コメント(0)

日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・自然史・THE PIVOT-アメリカのアジア・シフト***************************************************************【自然史】自然史より<非情の眼で切り取る風景写真:横尾忠則(美術家)> 最初、書評委員会の場に提示された本書を手にとり、何げなくパラパラと頁(ページ)を繰っていた。そのうち、不思議な感覚に襲われ始めたことに気づいた。老齢である自分の肉体の変化を、この風景写真が表象しているように感じたからである。 肉体が生老病死のプロセスを歩むように、風景もまた人間の肉体同様の運命を辿る。一生を何度も繰り返しながら生死を流転していく仏教思想を垣間見て、言葉にならないある種の寂寥感のようなものを感じた。それはきっと老いていく自分の肉体への愛執と惜別が入り交じった、たとえようのない終末意識だったかも知れない。と思って見ると、これらの風景があの世の景色に変容し始めた。 この風景写真は一体、僕に何を語りかけようとしているのか、と疑問と好奇心が泡のようにブクブクと湧き出したので、とりあえず家でじっくり眺めましょう、と思って持ち帰った。 冒頭の河原とも沼ともつかない水の風景の寂しさは、何かの惨状の跡にも見えるが、著者の言葉を借りれば、かつてのアイヌ民族の生活の場がダム建設によって水没した残像であることを知った。僕には、この世に忘れ去られたあの世の風景に思え、アイヌの他界観と結びついた。 『自然史』は、北のアイヌの森と水から始まって東日本大震災の記憶を経て、著者の古里である南の徳島の湿った深い森と浅く乾いた川の写真に辿りつく。北の賽の河原から出発して、未曽有の災禍の地を経て写真家の生地へと。その旅の途で、自然と人間を分断したあの原発事故の痕跡、森と水の国土の鎮魂の記憶に触れながら、僕は「草木国土悉皆成仏」の思想に到達した。 「草木国土悉皆成仏」という言葉を知ったのは梅原猛氏の著書『人類哲学序説』の「森の思想」だった。『自然史』の語る風景写真のビジョンは「草木国土悉皆成仏」そのもので日本人の自然観につながる問題提起として、または文明論として見ることもできなくはない。 自然を写すとつい情緒的になるものだが、この写真家は「今」の風景を見たまま、感じたままに非情の眼で切り取る。 「草木国土悉皆成仏」とは草も木も山も川もことごとく仏になれるという仏教思想で自然は人間と同じく、生死の輪廻を繰り返しながら、いつかは輪廻の鎖を断ち切って不退の土(ど)に辿りつく。 最後に僕の好きな写真、寝起きの頭髪みたいに髪がもつれあって、ジャクソン・ポロックのオールオーヴァー・ペインティングのようにみえる、焦点の定まらない無数の草がからみあった風景である。 ◇露口啓二著、赤々舎、2017年刊<商品の説明>よりかつて大量に鮭が遡上し、アイヌと和人に共有されていたとも思われる漁川流域の狩猟儀礼の場シラッチセや、石炭産業衰退後、坑道を地中に残したまま地上に放置されたボタ山、生活の場。原子力発電所の事故により居住が認められなくなった場。多様な事態が起こり、そして変容していくそれらの場所が「自然」に浸透されてゆく諸様態、諸様相は、私たちの目にはどう映り、写真にはどう写るのか。<読む前の大使寸評>横尾忠則さんは『自然史』の語る風景写真のビジョンは「草木国土悉皆成仏」そのものと述べているが・・・ええでぇ♪amazon自然史***************************************************************【THE PIVOT-アメリカのアジア・シフト】THE PIVOT-アメリカのアジア・シフトより<米国の思考読み解く重要参考書:立野純二(本社論説主幹代理)> トランプ米大統領がシリア政権軍を攻撃した。中国国家主席との会食直前に下した異例の命令だった。 全米メディアの目は瞬時に中国から中東へ移った。太平洋よりも大西洋へと向かう関心の比重は、歴代の米外交の伝統でもある。 その変革を求めるのが、本書の主眼である。米国の未来はアジアにこそあり、外交を太平洋中心にすべきだ―オバマ政権下の国務省でアジア政策を仕切った著者はそう訴えている。 「ピボット」は当時のアジア重視策の通称だ。政権は交代したが、ワシントンのアジア政策集団の基本理念は変わらない。日本にとっても米国の思考を読み解く重要参考書となろう。 旧来の米国のアジア政策は、自国を軸とする「ハブ・アンド・スポーク」型だった。これからは各国同士の協力による「タイヤ」を強化するよう提言する。 「連邦型アプローチ」と呼ぶ考え方で、同盟・友好国間の連携を促し、各国政府と防衛産業なども巻き込んで統合する。それが米国の負担減と地域の安定の両面で役立つとみている。 米国が仲介した日韓関係は典型例であり、日本の対アジア安保支援や、豪州・インドとの接近も、そんな米国の思惑に沿うものだ。 本書が顧みる歴史によれば、米国は一貫してアジアの覇権国の登場を阻んできた。先の大戦で日本、冷戦でソ連を封じたように。 今世紀の挑戦者は中国である。ピボットで提唱される対処は「安心供与と決意の混合物」だという。 グローバル経済下、米中は互いを死活的に必要としている。米国の戦略が硬軟両様なのは必然だろう。 むしろ問うべきは、米国に従う以外に原則を持てない日本外交だ。根拠の乏しい武力行使にも即座に寄り添う安倍首相の姿に、普遍的な理念は見えない。 トランプ流のニクソン・ショック再来も語られる昨今、日本に必要なのは、米国とアジアを俯瞰し、自ら東方戦略を描く構想力だ。 ◇カート・キャンベル著、日本経済新聞出版社、2017年刊<「BOOK」データベース>よりアメリカの次の一手は?「ピボット」は、トランプ新政権も無視できない歴史的必然。米国きっての日本・アジア通の著者による包括的な戦略論。日本の対米・対中関係を展望する上で最良の書。<読む前の大使寸評>著者のカート・キャンベルはジャパン・ハンドラーズのひとりであるが・・・気になる本である。少なくとも、テロにはしゃぐかのような安倍首相の言説よりは、キャンベルさんの構想力は聞くに値するのでしょう。rakutenTHE PIVOT-アメリカのアジア・シフト**************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本朝日デジタルの書評から100
2017.05.09
コメント(0)

図書館で『「ガロ」という時代』という本を、手にしたのです。「ガロ」は、わりと名のある雑誌なんだが・・・発行当時に、この雑誌を本屋で買ったこともないわけで、逆に、何故そうだったのか自問しているんです。【「ガロ」という時代】青林堂編、青林堂、2014年刊<「BOOK」データベース>より【目次】長井勝一氏の思い出(小野耕世)/月刊「ガロ」創刊50周年記念に寄せてーわたしが魅せられた「ガロ」の漫画家たち(清水正)/60年代資料編 昭和39年(1964)~昭和44年(1969)全号収録作品・作家と出来事/60年代「ガロの作家」論/70年代資料編 昭和45年(1970)~昭和54年(1979)全号収録作品・作家と出来事/70年代「ガロの作家」論/80年代資料編 昭和55年(1980)~昭和64年・平成元年(1989)全号収録作品・作家と出来事/80年代「ガロの作家」論/90年代~資料編 平成2年(1990)~平成14年(2002)全号収録作品・作家と出来事/90年代~「ガロの作家」論/「ガロ」の時代とその影響(小野耕世)<読む前の大使寸評>「ガロ」は、わりと名のある雑誌なんだが・・・発行当時に、この雑誌を本屋で買ったこともないわけで、逆に、何故そうだったのか自問しているんです。rakuten「ガロ」という時代この本は、「ガロの作家論」と各年代の「資料編」の二つで構成されているのだが、「資料編」の中で個人的に注目する個所をメモ書きしてみました。(あくまでも、今注目するのであって、当時では気にもならなかったでしょうけど)・1964【9月創刊号】:ガロ始動・1964【12月号】:カムイ伝、開始・1965【8月号】:つげ義春、初登場・1966【3月号】:水木しげる児童漫画賞受賞記念号・1966【11月号】:佐々木マキ、登場・1967【4月号】:滝田ゆう、登場・1967【11月号】:林静一、登場・1968【6月臨時増刊号】:特集つげ義春、「ねじ式」初出・1968【7月号】:ゲンセンカン主人、初出・1970【1月】:赤色エレジー、連載開始・1970【2月増刊号】:特集、林静一・1970【6月号】:赤瀬川原平、登場・1972【2月号】:嵐山光三郎、参加・1972【4月号】:鶴見俊輔、参加・1973【8月号】:蛭子能収、登場・1974【9月号】:安西水丸、登場・1975【3月号】:荒木経惟、登場・1980【10月号】:みうらじゅん、登場・1980【11月号】:杉浦日向子、登場・1982【8月号】:特集、長井勝一・1987【12月号】:とり・みき、登場・1993【8月号】:特集、「つげ義春」する!・・・古書店で購入・1996【3月号】:追悼、長井勝一「ガロの作家論」のなかで気になる箇所を、見てみましょう。 <【杉浦日向子】江戸の無名の人々の群れ:山下聖美>p200~201 杉浦日向子と言えば「江戸」である。NHKの人気番組であった『コメディーお江戸でござる』において、にこやかに、物腰柔らかく解説する彼女は、お茶の間と「江戸」をつなぐ、実に親しみやすい着物のお姉さんであった。 こんな彼女の出身は、異色のアーティストを多数輩出した伝説の雑誌「ガロ」。 1980年、江戸の吉原を題材としたマンガ「虚々実々通言室乃梅」(「ガロ」1980年11月号)にてデビューし、男たちとおいらんの一夜を細やかに描いた。20歳そこそこの女性のデビュー作としては目を見張るものがあった。 マンガ家・いしかわじゅんの目から見れば「決して漫画としてはうまくはない」ものであり、「大手の出版社なら、掲載になったか怪しい」ものであり、しかし「表れた形はまだ少し幼かったのだが、優れているとしかいいようがない」ものであった。 目先のビジネスではなく、文化を育てる役割を果たしてきた「ガロ」の存在意義を今更ながら深く感じる。無難な完成品ではなく、どのように発展していくか未知数の表現を世に放つ余裕が、この雑誌にはあった。 だからこそ「ガロ」出身のマンガ家たちは、デビューの後、漫画という枠にとどまらず、それぞれの個性に応じた表現様式へと自由に行き来する場合が多い。杉浦日向子もまたそんな作家の一人であり、あるときはマンガで、あるときはエッセイで、あるときはテレビの解説者として、「江戸」を現代に伝える役割を生涯に渡り、狙っていった。 そうなのだ。個性派アーティストが多数終結する「ガロ」における杉浦日向子の個性とは、「江戸」を忠実にマンガにしたことだ。これに間違いはない。しかし注目したいのは、彼女が描いた「江戸」に生きる人々には「個性」とか、我がない、ということだ。江戸人は、この無名の人々の群です。このような人生を語らず、自我を求めず、出世を望まない暮らし振り、いま、生きているから、とりあえず死ぬまで生きるのだ、という心意気に強く共鳴します。(「スカスカの江戸」初出・高橋克彦『浮世絵鑑賞字典』講談社文庫) こうした考えはマンガの絵にも表れている。 杉浦日向子のマンガを読んでいると、登場人物の区別がつかなることが多々ある。描かれる人間たちが自我を主張し過ぎないからだろうか。 例えば『合葬』(青林堂、1983年)は、江戸から東京へ、歴史的な変換を遂げようとする時代、幕臣たちより結成された彰義隊を描く作品だ。ここにおいて作者のまなざしは、どうも個人そのものへと向かっていないかのように見える。杉浦日向子の視点は、個人たちが生きた時代という背景にある。彼女は、圧倒的な知識で江戸という背景の細部を描いた。 これは杉浦日向子の作品全般に言えることであり、時代考証の技、その正確性、知識の豊富さはただごとではない。高く評価されるべき技巧であるが、彼女は、専門性をただ披露するために背景の細部を描いたのではない。背景の細部を描くことで、人間が生きてある営みを浮き彫りにし、そこから匂い立つものを表現したのだ。 個人そのものではなく、無名の人々の群が生きる営みから匂い立ってくる心意気や人情。これこそ、杉浦日向子が伝えたことだ。『合葬』で印象深いのは、彰義隊の男たちの大義名分や運命ではない。人と人の間に生じた人情や心意気だ。家を捨て、行き先のない主人を見捨てることができない奉公人。彼は、孤独と不安を抱え、あてどない1夜を過ごさなければならない主人の傍らに、ただただ共にいる。そこにあるのは主人に対する忠義というよりも、人と人との間に生まれた情だ。 また、官兵相手に殺傷事件を起こしてしまった男たちをかばい、傷の手当をする。任侠心の強い江戸女房の女将は言う。「何を水臭い。おまかせなさいまし。」思わず、姉さんかっこいい、と叫びたくなってしまう。テレビの中にいた実に親しみやすい着物のお姉さんの本当の姿がここにある。
2017.05.08
コメント(2)
全68件 (68件中 1-50件目)
![]()
![]()
