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半年ぶりか、1年ぶりか。とにかくひとり酒を飲む。フォレスト・ガンプをひとり観る。夏が終わっていく。
2013.08.23
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私は宗教的にはかなり不届き者なので神妙にお盆を迎えるということはない。ただ、盆正は、人間関係の希薄になっている現代において人と人との結びつきに働きかけるという意味において重要だなと思う。こんなことを偉そうに言っている自分はといえば今年の盆も熱心な生徒が泊まりこんでいるので動けない。各方面に対しての不義理、ご容赦。今年は卒塾生も忙しいらしく、寂しいお盆となっている。寂しいといえば、今日、終戦の日。戦争を語る大人が少なくなったことが寂しい。
2013.08.15
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言葉に出来ない苦しみ、悲しみ。きっとそれは想像できない絶望なのだろう。ただ、現代は、ひょっとしたら大昔も我々が「言葉にできない」理由はただ単に文字通り「言葉に出来ない」のかもしれない。「かわいい」「やばい」「うざい」の高度な抽象化は少なくとも私の周りでは、想像以上に子どもたちを蝕んでいる。厳密な言葉の定義がない世界では個々それぞれがそれぞれの感じたように世界を捉える。そしてその世界はA∧Bの要素を持ちづらく同じ言葉に対する軽重が人によって違いすぎてしまう。また、そういう世界ではそもそも自と他の間に共通要素があるとも思わないのかもしれない互いの共通理解など生まれないと思うのかもしれない。また、気分を害すれば、相手を遮断してしまうのかもしれない。嫌なものは見ない。それができる電脳上のコミュニケーションがそれを助長しているのかもしれない。現代は、メールやチャットで広大な世界に遊びつつも、実際には自分の世界の中から一歩も出ていないようにも思える。それが現代の自分本位な世界の捉え方の原点であり、個の時代をゆるやかに育んでいるのかもしれない。なんでも言葉にすれば良いというものでもないが言葉にすることで楽になることもある。思いを言葉にする。それができたからこそ、人間は高度な知能と多様な行動様式を手に入れ、今それに自ら傷ついているのかもしれない。それでも、思いを言葉にしなければ誰にもわかってもらえない。私はそう信じたい。
2013.08.05
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